とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
鼻を突く臭いがセスの鼻を擽る。
紫煙が透けた青空に向かって上がり、風に揺られて踊る様に消えていく。
「ミフネさん」
「………」
ミフネは何も言わない。町の隅にある公用の喫煙所で草臥れたベンチに座り、ただ紫煙が煙草を噛む口の隙間から漏れ出る。
「ミフネさん」
「……小僧もやるか」
煙草の箱を取り出し、軽く揺すると中の一本がセスに向けて飛び出てくる。
「いえ、オレは煙草はやりません」
「最近の若いのは本当に酒も煙草もやらんな。嗜みくらいには覚えておいても損はないぞ」
「酒は違いますが、煙草は百害あって一利無しですよ」
「俺ら世代の機械人にゃ、百利あって一害無しだ」
煙草の箱を仕舞い、吸殻を灰皿に放り捨て立ち上がる。
「小僧、行くぞ」
「何処へ行きますか?」
「事件現場だ」
車に乗り込み、ダッシュボードに入れていた資料を確認する。
「……リェンも身体を戦闘用から民間用に変えてはいたが、所々に改造の跡があった。つまり、襲撃を予期はしていた」
「それでも……、だからこそ生き残れた。ですか?」
「ああ、そうでなけりゃフレデリック相手に生き残るのは無理だ」
被害者は全員軍人か元軍人で、戦闘のプロでもあった。そのほぼ全員が倒され、身体の一部を奪われている。
「……フレデリック」
「あの、ミフネさん」
「なんだ?」
「容疑者はどんな人だったんですか?」
「ブリーフィングで言ったろ。青臭い、お前さんみたいなガキだったよ。理想に燃えて、真っ直ぐな眩しい若者。皆に可愛がられていたよ」
目を閉じれば、思い出せる。
基礎訓練を終えたばかりの新兵が、何故か自分の様なはみ出し者の隊に配属されて、どうせすぐ転属願いを出すと思っていた。
だが、現実は違った。
「ただの研究施設の護衛。花形の部隊からはかけ離れた裏方。すぐに逃げ出す。そう思ってたんだがなぁ」
「でも、違ったんですよね」
「ああ、真面目に仕事に取り掛かって、施設の研究員からも頼りにされて、俺もあれこれ手を焼いた」
目を開け、ダッシュボードに資料を放り込む。
「だからこそ、止めてやらにゃならん」
「お前、リェンと俺の話聞いてたか? 奴は仕留める」
「いえ、どんな犯罪者だって法の下に裁きを受ける権利があります!」
「だから! 奴はその段階を通り越してんだ!」
「いいえ! 死んでいい殺していい人なんて居ません! 誰だってやり直すチャンス、罪を償う機会の為に法が、オレ達が居るんです!」
「小僧の癖に頭が固えな! いいか! フレデリックは狂っちまった! カウンセリングも無駄だった! 兄弟同然の相棒すら手に掛けてんだ! もうどうしようもねえんだよ……!」
横に乗り出した身体をどっかと座り直し、煙草に火を点ける。
「あ、ちょっと禁煙ですよ!」
「うるせえ! 後でドラッグストア寄れ。いい消臭剤買ってやる」
「いや、そういう事じゃなくて……」
「まったく、禁煙してたってのに。いいか、絶対寄れよ」
「そんなに効果あるんですか?」
「……煙草嫌いの娘が気付かん程度には効く」
「だから禁煙してたんですね。というか、娘さんが?」
「ああ……」
手帳を取り出し、中に挟んでいた写真を見る。
胡座をかいて座るミフネに、幼さの残る少女が満面の笑みで飛び乗り、肩車の体勢でカメラに向かってピースをしている。
「可愛らしい娘さんじゃないですか」
「……娘はやらんぞ」
「いや、そういう意味じゃないです」
「あ? アイリに文句あんのか? 小僧」
「そうじゃないですって! というか、娘さん。機械人じゃないんですね」
「ああ、十年前のホロウ災害で俺はこの子の両親を守れなかった」
「す、すみません!」
「気にするな。あの仕事をしてたら、わりとある事だ」
写真を指でなぞる様に撫でる。
その様子は先程までの頑固親父とは違う。ただ娘を愛する父親の顔だった。
「それにな、お前さんの言う様に逮捕するなりしないと、奴は人やシリオンすら狙う。この子の様な家族を失う子供が出てくる可能性は潰したい」
「……ですね」
「それに、もう奴にそんな事をさせたくない。次の現場は何処だ?」
「三分街付近の共生ホロウ内です」
「なら、その先のハイウェイに乗れ」
煙草を携帯灰皿に押し込み、案内を再開する。
「被害者はアニー・マッケンジー。ホロウ調査協会の調査員で調査中に襲撃を受けたと見られます」
「アニーか。高飛車で偉そうな女だったが、面倒見がいい奴でな。実力も俺が知る中でもトップクラスだった」
「フレデリックと対峙した場合、通常ではどちらが勝ちますか」
「アニーだ。射撃も近接も通常ならフレデリックは勝てん。通常なら、な」
ハンチング帽を被り直し、ダッシュボードの資料にあるアニーのページを見る。
写真にあるのは凄惨な事件現場、フレデリックが転属してからの付き合いだが、会う度にボディの何処を変えたとか、クリーニングオイルがどうとかうるさい奴だったと、ミフネはよく覚えている。
その金をかけたボディは、もう二度と動く事は無いとはっきり解る。
「小僧、フレデリックは無音戦闘術に長けてる。戦闘用素体の機械人でも、油断していたら察知出来ん程のな」
「それは、厳しいですね」
「資料にも書いてあるし、一応だがあの
と、そこまで語ったところで、ミフネのスマホが鳴った。
「ん? おい、小僧。電話はどうやって出るんだ?」
「え、画面をスワイプしてください」
「すわいぷ? んだそりゃ?」
「……画面の電話マークを指でなぞってください」
「最初からそう言え。……あー、もしもしアイリか。どうし……」
瞬間、セスも耳を押さえそうになる怒声がミフネのスマホから響いた。
今何をしてる、一体何時までかかる、どうして連絡をしてこない。と、畳み掛けてくる少女の声がパトカー内に反響し、ミフネは思わずスマホを離して聴覚モジュールを手で塞ぐ。
『ちょっとお父さん! 聞いてるの?!』
「聞いてる! 聞いてるからキンキン喚くな。お前のその声はモジュールに響く」
『だったら、ちゃんと連絡してよ! 毎回毎回、何かあったら人伝だったり置き手紙だったり……!! 心配するこっちの身にもなってよ』
「すまん……」
『で、どれだけかかりそうなの?』
「上手く事が運べば今日明日中か」
『つまり、予定は未定って事ね。……はぁ、時間かかりそうなら連絡してよ』
「分かった。お前も店長達に迷惑をかけるなよ。あと、ちゃんと飯食って歯ぁ磨いて寝ろよ。夜更かしすんなよ」
『お父さん。私もう中学生だし来年には高校生! いつまでも子供じゃないの!』
「やっかましい! んな事言ってる内は子供だ! ……って、切りやがった」
「む、娘さんですか?」
セスが若干引いた様子でミフネを見る。
「まったく、あのバカ娘……」
そのミフネは頭痛を堪える様な様子で、溜め息を吐きながらハンチング帽を被る頭を片手で抱えていた。
リェン・シューメイ
元国防軍情報部所属、現在は情報部時代の伝を利用して情報屋兼趣味を兼ねた料理屋をしていた。
フレデリック討伐作戦の立案者であり、彼を情報部に引き抜いた本人であり、潜伏や尋問の基礎を教えた。
そして、その事を深く後悔する事になる。
アニー・マッケンジー
元国防軍情報部所属、現在はホロウ調査協会の調査員となっていた。
戦闘に長け、フレデリックに戦闘術の手解きをした。
自身の外見に強い拘りを持ち、事ある事にパーツ交換や機械人専門のエステに通っていた。
◯◯年後のミフネさん家
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