妖小琳(ヤオシャオリン)と因習と夏 作:ノースリバーサイド小木木
年を取るにつれ琴線に触れるという事は減っていくが、妖小琳は目の前の風景に感動をしていた。
15分ほど軽トラの助手席で上下左右に揺られギブアップ寸前であったが、村に入るための大きな橋を渡るあたりでスピードを落としゆっくりと走り始めた。
川を越え、木立を越え、「銅地村(ドウチムラ)」と書かれた石碑を超えた先には美しい田園風景が広がっていた。
植えられた稲は青々と色づき辺りを美しい緑に染めていた。風が吹き抜けるたびに稲は踊り、まるで風が見えるようだった。
「綺麗な所ですね…」
小琳は思わず呟いた。決して田園風景を知らない訳ではなかったが、心の中には郷愁を感じていた。
「なんにもねえ所だ…」
お爺さんの声色は淡々としていた。
エンジン音と道路を走る音、風の音が聞こえ非常に心地が良い。
「とりあえず村長に挨拶したら村の集会所まで送ってやっから…とりあえず泊まりって聞いてっけどええんだな?」
「はい、大丈夫です、何日かお世話になると思います」
泊まる日数が曖昧なのは取材を終えるまでは帰るつもりがないからだ。
資材費用は社長に拝み倒してそれなりに貰っており、伸びた日数分追加で貰える算段になっている。美味しい話でなければ苦労して田舎までは来ない。
「あれが村長さんの家ですか?」
小琳は山の中腹に見える大きく立派な門構えの屋敷を指差した。
「地主って奴だ。代々この村のまとめ役をやってる…おっと、ちょっと待て」
お爺さんは何かを見つけ、車の窓から少し頭を出して声を張り上げる。
「シャオフェイ!」
今までボソボソと小声で話していたお爺さんであったが、大きな声が出せるのかと少し驚いた。
だが、さらに驚いたのはシャオフェイと呼ばれた人物である。
シャオフェイと呼ばれた人物は非常に美人であった。まるでフランス人形の様に美しい蜂蜜色の金髪。白いワンピースから伸びた白磁のように透き通った肌、こちらを見る満面の笑みはまるでひまわりのようだ。
嬉しそうに腕を大きく振り何かを言っていた。
軽トラは道の脇にゆっくりと停車すると少女が話しかけてくる。
「益介(ありすけ)おじ様こんにちは!そちらはお客様?」
この爺さん、益介という名前だったのか…と思いつつシャオフェイを見た。
身長は小琳と同じか少し大きいくらいか。遠くから見ても近くから見ても可愛らしい。
顔つきは海外の人間の雰囲気を感じられるが、くりっとした黒い目は日本人らしかった。
「客だ…そんなことより歩き回ってええんか。小林はどうした?」
益介の声色には若干の怒気が孕んでいた。
だがシャオフェイはあまり気にしてないようで眼を閉じ片手を上げた。
さながら牧師の宣誓である。
「お昼ご飯は残さず食べましたし課題は終わりました。それと鉢植えの水やりと洗濯も忘れずにやりました。あと……先生から外出の許可を貰ってます。なにか問題でも?」
一瞬だけ言い淀み小悪魔の様な笑みを浮かべこちらを見る。小琳は庇護欲を感じていたが益介には効果がないようだった。
「………送る。乗れ」
シャオフェイは眉に皺を寄せ「全く久しぶりの散歩なのに…」「失礼しちゃうわ!」等々文句を言いつつ軽トラの後ろにドタバタと乗り込み始めた。
手慣れた様子なのでよくある光景何だろう。
明らかに道路交通法違反だが今回は目を瞑ろう。
「矢尾さん、申し訳ないが寄り道する」
「いえ、全然大丈夫ですけど…あの子は?」
「シャオフェイか。この村の鍼灸院、いや、診療所だな。そこの娘だよ…それとシャオフェイ!客の荷物を触ろうとするな!」
ミラー越しににシャオフェイを見ると目があった。まるで仔猫のようにビクッと反応し一瞬バツが悪そうな顔をした後、誤魔化すかのようにこちらに手を振っていた。とりあえず愛想笑いをしつつ手を振り返してあげた。
「お医者さんがいるんですね。」
「小林って奴がいる。変わった男だが腕は確かだよ」
それだけ言って軽トラックは再び走り出して。
山道を走る時と違って非常にゆっくり、いやノロノロ運転である。
走るスピードが村と山道とでは逆では…と小琳は言いたかったがグッと堪えた。
目的の場所まではまだまだかかりそうだが、心は踊っていた。
これから先、苦難の連続となる事をしらずに。