妖小琳(ヤオシャオリン)と因習と夏   作:ノースリバーサイド小木木

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5話です


5話 楽しくない宴会と露天風呂

小琳は宴席を抜け出し村長の家の縁側にいた。

宴会が始まった時は年寄り達は小琳に対してギクシャクしつつ話しかけていた。

小琳自身も会話が弾む話題を振らなかったという事もあったが、それは年寄り達も同様であった。

当たり障りのない「どの辺に住んでいるのか」「どんな仕事か」「村の良い所、不便な所」等々、話題で場を繋いでいたのだが、時間と共に酒の量が増えるにつれ、村の年寄りたちは遠慮がなくなっていった。

やれ「結婚はしているのか」「彼氏はいるのか」「好みの男は」「昔のワシはかなりモテた」云々、どんどん下世話な話になり、明らかにセクハラでライン越えだなぁと感じたところで一度手洗いを口実に抜け出した。

なぜだか妙に居心地の悪さを感じたのでちょうど良かったのかもしれない。

 

その時に畑中さんが座椅子と日本酒を持ち縁側へ案内してくれたのである。

 

足元には小さく赤く火が灯った蚊取り線香が3つほどあり、畑中さんが「このくらい置いておかないと効きませんから…」と日本酒と一緒に遠慮がちに置いていった。

小琳は畑中さんの人の良さそうな顔を見て「煙たいので持って帰ってくれ」と言えず、好意をありがたく受け取る事にした。

風呂も用意しているとのことで、準備が出来るまでの合間はゆっくりさせてもらう事にした。

昼間とは打って変わり、涼しい風が頬を撫でた。

月明かりに照らされた庭園は美しく、暫くここにいたいと思えるほどに心地よかった。

 

日本酒の脇に添えられた魚の乾物、おそらく焼きあごと思われる物を少し齧る。

潮の風味と魚の旨みが口いっぱいに広がる。

すかさず日本酒を一口、これがマリアージュというやつであろう。

口を酒で満たした後はつまみが欲しくなる。焼きあごを齧ったら日本酒…といった具合に延々と酒が進んだ。

 

途中、差し水を飲み一息つく。

本当は宴会の席で村の歴史や風習について聞いてみたかったが話の糸口が掴めなかった。

自身にもう少し軽快に話せる話術と社交性があればと思案したがほろ酔いの頭ではうまく思い浮かばなかった。

いや、素面でも思い付かないだろうと反省した。

 

「妖さん」

 

振り返ると徳利とお猪口を持った畑中さんが立っていた。

どうやら音もなく近づいていたようだった。

 

「私も一杯いただいていいですか?」

「どうぞどうぞ、私がいうのもなんですが座ってください」

 

畑中さんは小琳の隣に腰掛け、小琳の空いたお猪口に日本酒を注いだ。

小琳もお返しに畑中さんのお猪口に日本酒を注ぐ。

 

「手酌させてしまってごめんなさい。中々手が空かなくて…」

「そんなお気遣いして頂かなくても大丈夫です。乾杯…」

 

お猪口を交わし、小琳は日本酒を唇を濡らし程度に口に含んだ。

対して畑中さんは一息にクイっとお猪口を空にした。

すかさず小琳はお猪口に日本酒を注ぐ。

 

「お酒強いんですね」

「銅地の女に酒に弱い人はいないんです。焼酎だって日本酒だって、水みたいに呑むんですよ」

 

そういってまた一息に日本酒を飲み干した。

 

「通りで…おじいさん達もすごい勢いでした。お年寄りとは思えないほどおつまみも沢山食べてましたし」

 

小琳も日本酒を半分ほど呑む。村の年寄りのセクハラ発言に対する文句を少しばかり話そうと思ったが日本酒と共に呑み下しておいた。

 

「…………つまみも下処理とか準備が大変で…男は厨房に立つな…って考えがある所ですから…」

 

畑中は庭園を遠い目で見つめる。

少しばかり目が潤んでいるように見えて妙に艶っぽかった。

 

「あれだけの人数の料理を作るのも大変ですよね。お肉と野菜の煮込みとかすっごい美味しかったですけど、あれはなんのお肉なんですか?」

「今回は猪です。去年の11月頃に獲ったものですね」

 

あれが最後です。と言いつつ畑中は自身と小琳のお猪口に日本酒を注いだ。

 

「日本酒もこれで終いです。お猪口とかは置いたままでいいので飲み終わりましたらお風呂に入っちゃってください。今日は楽しかったです」

 

そういうと自身の日本酒をまたまた飲み干し、空いた徳利とお猪口を持って立ち上がる。

 

「それとこの家のお風呂は露天風呂なんですけど…期待してもらっていいですよ!」

 

畑中さんは焼きあごを咥え、笑顔で去っていった。

 

「あの人…本当に呑みに来ただけか…」

 

ギャップ萌え…というやつを感じた夏であった。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

美味しい日本酒とつまみを堪能し、ほろ酔い気分の小琳は脱衣所に移動した。

脱衣所はサムターン式の鍵が付いており鍵を回して閉めた。

 

「荷物まで運んでもらって申し訳無いな…」

 

益介に感謝しつつ、運んでもらった大きなバッグから化粧水や乳液、外出用のシャンプーやボディソープ等々が入ったポーチとゆったりしたTシャツとズボン、某有名メーカーのグレーの肌着をバッグの奥底から引っ張り出した。

 

「至れり尽せりすぎる…もしかして取って食われるのか…?」

 

見ず知らずの人間に迎えの車を出し、美味しい食事とお酒、立派な庭園。

あまりにも扱いが良すぎる。

脳裏にヘンゼルとグレーテルや注文の多い料理店だったら今頃美味しく頂かれているだろう。

 

「まあ…まさかね…」

 

嫌な考えではあったが、笑い話だなと思い考えるのをやめた。

着ている衣服と肌着を脱ぎ、洗濯機前の籠に畳んで入れておく。

ヘアゴムを外し、愛らしいお団子ヘアを解くとサラリとピンクの髪が揺れた。

 

「いざ…露天風呂へ…!」

 

積んで置いてあったタオルを一番上から取り、首にかけ浴室の引き戸を開けた。

凹凸が大きいとは言えない体躯ではあったが、決して無い訳ではない。

女性的な肉体美というよりも、スポーティで引き締められた曲線美を感じる肉体であった。

さらに目を見張るのは堂々たる立ち姿である。

この瞬間を知るのは妖小琳本人と満点の星空、妖小琳の美しさを見て雲の後ろに隠れしまった月だけというのは非常に歯がゆい物であった。

 

小琳は引き戸を開け感嘆の声を上げた。

 

「おぉ…これは見事な…」

 

目の前には開放的な風景とそれはそれは見事な露天風呂があった。

鼻腔をくすぐる檜の香りと心安らぐ虫の鳴き声。

そして大きな満点の星空。

非常に良い値段がする旅館にも引けを取らないだろう。

 

「もしかして村長はとんでもないお金持ちか…?どんな仕事をすればこんな家を建てられるんだろう…」

 

小琳は早々に湯に浸かりたい欲を堪え、風呂椅子に腰掛けた。

地方の温泉にありそうな馬油やボタニカルのシャンプー類が置いてあったが、自身が愛用しているシャンプーやボディソープを使い手早く洗った。

 

手慣れた様子でタオルで髪を纏め、意気揚々と浴槽へ向かった。

ひとまず足を湯に浸ける。

丁度良いお湯の温度で若干ぬるめであったが足元からゆっくりと疲れが解けていくような感覚があった。

このまま肩まで浸かりたいという誘惑を抑え、小琳の胸の位置よりも少し高いぐらいの塀から顔を出し、ひょいと覗いてみた。

 

絶景だ。

点々と明かりが見え、村の営みが垣間見えた。

よく見ると村に入るために渡った橋に明かりが灯っており、怪しげな男、小林とシャイフェイがいた診療所もよく見えた。

 

「意外と距離があるな」

 

益介の軽トラックに乗っていたので気が付かなかったが、結構な距離を移動していることに気がついた。

明日の移動が少し不安であったが、それは明日考えることにした。

 

ゆっくりとその場に座り肩まで湯に浸かる。

 

「はぁ〜〜〜〜〜…」

 

吐息と共に疲れが一気に流れ出るような心地よさだ。何度か伸びとリラックスを繰り返し、足ツボを押して疲れをほぐしていった。

お湯には少しとろみがあり、小琳の白くもちのような肌にしっとりと染み込んでいくようだった。

 

「流石に…温泉の元じゃないよね…?」

 

お湯の出所が気になったりもしたが、そんな疑念も湯が溶かしていくかのようにハラリと消えていった。

その後、ぼーっと湯に浸り、広々とした浴室を泳いでみたり浮かんでみたりと露天風呂を満喫していたが、なんの気なしに……いや、視線を感じ浴室の引き戸に目をやった。

 

一瞬、人影が見えたような気がした。

覗きかと思い身体を隠す。だが、確実に鍵を閉めたはずだ。

 

「あの!誰ですか!?」

 

声を張り上げるが返答はない。

ただただ、虫の鳴き声と湯が流れる音だけが聞こえている。

辺りを見回すが当然誰もいない。

 

「は、畑中さんですか!?」

 

勿論返答はない。

湯に浸かっているはずだが、小琳の小さな背中に虫が這うような寒気に襲われていた。

村に入ってから感じていた違和感の一つ。

視線だ。

常に何かに、第三者に見られているような感覚があった。

それが今、確信に変わった。

 

浴槽から出るか。畑中さんを呼ぶか。どうするか思案をしている時、洗面所の方から声が聞こえた。

 

「小琳さん?呼びましたか?なにかありましたか?」

 

畑中さんだ。

 

「開けますね!」

 

ガチャガチャと音が聞こえ始めた。

 

「あ…えっと…今開けます!」

 

小琳は慌ただしく浴槽から出て洗面所に置いてあったバスタオルを巻いた。

鍵を開けて扉を開けると心配そうな顔をしている畑中さんが立っていた。

少し酒臭い。

 

「あらあら…大丈夫ですか…?」

「あの…えっと…誰か洗面所にいたりとか…してないですよね…?」

 

畑中さんは怪訝な顔をして首を振った。

 

「えぇ、鍵も閉まってましたし、どうかしました?」

 

畑中さんの言葉に先ほど見えたナニカが気のせいなように思えてしまった。

 

「いえ…お風呂に入っていたらそこの引き戸に影が見えたような気がして…」

「一応、他の人に浴室に近づかなかったか確認しておきますね。小琳さん、まず身体を拭いちゃいましょうか。お風呂場も念のために見ますから」

 

畑中さんはそういうと洗面所の鍵を閉め風呂場に入っていった。

数分ほど辺りを見回すが何もないようであった。

 

「とりあえず何も無いみたいです。落ち着いたらお昼に案内した客室に来てください。泊まるところまで送りますから」

 

畑中さんは大丈夫ですよと、小琳を安心させるように声をかけ洗面所から出ていった。

 

小琳は不快感を拭うように体を拭き身支度を整えた。

 

だが、違和感と不快感を消えることはなかった…




備考
村長邸宅→豪華な客室、村の住人が十数人集まっても問題ない広い部屋、広い庭園、風光明媚な露天風呂。
銅の算出で莫大な利益を得た金で精一が作った邸宅。

畑中さん→今から数十年ほど前、小林が好きであった。

宴会→村長が定期的に村人を集めて宴会を開いている。村の女は大忙しで準備をする。
猪の肉は今回で食べ切った。
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