雀の鳴き声と、窓から差し込む柔らかな朝日で目が覚めた。
普段なら心地いい目覚めのはずなのに、その日は違った。
最初に感じたのは、喉の奥に張り付くような痛みと、全身の鉛みたいなだるさ。
――チッ、風邪でも引いたか? それとも昨日の喧嘩のダメージが予想以上に深かったか。
ああ、そうだ。自己紹介がまだだったな。
俺の名前は龍園翔、中学三年。ケンカも口喧嘩も得意な、いわゆる不男子だ。
……だった。
ベッドから体を起こした瞬間、妙な違和感が走る。視界の高さが微妙に変だ。
「……こんなにドアって高かったか?」
寝ぼけた頭を振りながら、ふらつく足取りで階段を降り、トイレに向かう。
用を足そうと、ズボンとパンツを下ろした瞬間――俺は時が止まった。
「な、な、ない!? 俺の息子が……ない!? どういうことだ!?」
その声が廊下に響き、すぐに母親の声が返ってくる。
「翔? 早くしないと学校遅れるわよ。いい加減出なさい!」
いや、そうじゃねぇ! もっと重大な事件が起きてんだよ!
用を済ませ、渋々ドアを開けると、母親が絶句して俺を見ていた。
「……あんた誰?」
――まさか自分の母親に言われるとは思わなかったぜ。
「俺だ! 龍園翔だ!」
「あなた、もしかして翔の彼女? あらまぁ、翔ったら可愛い子を……やるじゃない!」
……は? このババア何言ってんだ?
心臓が嫌な音を立てながら、俺は洗面所へ駆け込む。鏡を覗いた瞬間、口から変な悲鳴が漏れた。
「は!? なんで俺が女になってんだ!?」
そこに映っていたのは、金髪碧眼、前髪が一房だけ垂れた――どう見ても超美少女。
正直、ぶっちゃけ……すげー可愛い。
「本当に翔なの? もう、ならそうと言いなさいよ。私、娘の方が欲しかったし、これでいいじゃない!」
最初に言っただろ、このくそババア!
……まあ、元に戻る手段はわからねぇけど、そのうち戻るだろ――そう呑気に考えていた。
まさかその考えが、後で盛大に後悔することになるとは知らずに。
⸻
女としての中学卒業、そして――
それから日々は地獄だった。
ファンクラブは勝手に結成されるわ、ナンパはされるわ、女子からは「男取らないでよ!」と睨まれるわ。
でもまあ、利点もあった。
男どもに色目を使えば、大抵のことは言うことを聞く。
昼飯なんか、ほぼ毎日おごってもらってた。
……そのせいでファンクラブがさらに勢いづいたけどな。
⸻
そして迎えた高校入学式
結局元に戻らぬまま、高校入学の日を迎えた。
俺はスカート姿にも、もう抵抗はない……悲しいことにな。
「君かわいいね。今から俺とお茶しない?」
通学中のナンパは、もはや朝のルーティンだ。
「ごめんね! 今から入学式なんだ! 次会ったときは行こうね!」
「はーい! 気をつけてね!」
……我ながら気色悪い声だと思う。
最初は反抗的に断ってたが、それだと無理やり腕を掴んでくる奴がいる。
女になったせいでパワーも体格も落ち、145cmじゃ勝てるわけねぇ。
だから今は、こうして笑顔でかわす戦法を取っている。
⸻
高度育成高等学校
この学校を選んだ理由は簡単だ。
平和に暮らしたかったから。
入学すれば三年間、外部との接触はほぼゼロ――つまりナンパされない。
……ただ、スカート短すぎだろ、この学校。
校門をくぐり、敷地を進んでいると、ふいにつまずいた。
倒れる――その瞬間、茶髪でどこか死んだ目をした男が支えてくれた。
「大丈夫か?」
普通ならここで惚れる展開だろうが、あいにく俺は元男だ。
「うん、大丈夫! 助けてくれてありがとね。じゃあまた!」
さっさと離れる。これ以上話すと、また面倒になる。
⸻
教室にて
教室の後ろの窓際、いわゆる当たり席に腰を下ろす。
ぼんやりしていると、男子三人組が近づいてきた。
「同じクラスの石崎大地だ。よろしくな!」
「俺は小宮!」
「近藤だ!」
……絶対下心で来たな。
「龍園翔だよ。よろしくね」
気づけば男子ほぼ全員が俺の席を囲んでいた。隣の女子は迷惑そう、何人かの女子は露骨に睨んでくる。
あー、中学時代の再放送だこれ。
「みんな、話してくれるのは嬉しいけど、周りの人に迷惑だから、また後で話そうよ」
ウィンクまでしてしまった俺。何やってんだ。
「わかりました! じゃあ入学式終わったら遊びに行きましょう!」
「ごめんねー! 今日は生活用品買わなきゃだから無理。また別の日にね!」
石崎たちは「やった!約束取り付けた!」と騒ぎ、俺はため息。
⸻
隣の女子、伊吹澪
「……あんたも大変ね。あんな奴らに口説かれて」
隣の女子がぼそっと言った。
「そんなことないよ。むしろ嬉しいよ。同じクラスの仲間だし!」
善人路線。これも平和のため。
「物好きね」
「私、クラスみんなと仲良くなりたいんだよね」
「それって私も含まれてる……?」
「当たり前だよ。仲間なんだから。名前は?」
「伊吹澪」
「伊吹さんね。私は龍園翔、よろしく」
「あんた、顔はいいのに男みたいな名前」
クク……実際元男なんだよ。
「うん、よく言われる。……少し疲れたから寝るね」
「あんたやっぱり疲れてたんだ。先生来たら起こすから」
伊吹の声を聞き流しながら、机に突っ伏した。
この先の三年間が、波乱だらけの予感しかしなかった――。
モチベーションに繋がるので評価、コメントお願いします。