「……ま、まずは状況を整理しよう」
硬直の魔法が解けたのは俺の方が先だった。
シングルベッドの上、肌が触れ合うほどの距離から見る優雨の顔は相変わらず美少女にしか見えない。いっそ彼が女の子であってくれればこの状況も学生としては完全にアウトながらも自分の中では納得できる。
しかし、細くて白い首筋から胸元には一切のふくらみはなく、華奢ながらも少年然とした体が布団のうちには隠されていた。
ふと見ると首筋や肩甲骨のあたりにはなんか虫に刺されたような跡。
たぶん……。
虫に刺されたんだろう……!
「う、うん」
俺の言葉に優雨もなんとかぎこちなくも頷いた。
彼は彼で俺の胸元に視線をやっていた。
嫌な予感がしつつ下を向くと優雨と同じように胸元やお腹に不可思議な赤いあざのようなマークが残されている。
頼むから……。
ダニか何かであってくれ……。
心の中で真に願う。
「えっと……そうだな。聞きたいことは山ほどあるんだが。まずは、そうだな……優雨は……今、パンツは履いてるか?」
「ぱ、ぱんつ?」
「重要なことだ」
俺は鋭い視線を冬布団の上へとやった。
一糸纏わぬ姿と言えどもここから見えるのは上半身のみ。
大事なのは下半身。幸いにも俺は俺の下半身――つまりは後方の
優雨はゆっくり布団の中に手を忍ばせる。
「……履いてない」
「そう……そうか」
「…………」
なぜか優雨はちょっぴり頬を染めてしまった。
正直言って俺はもうそれ以上聞く勇気はないのだが、勇気がなくとも確かめなくてはならないことというのはどうしてもこの世には存在する。
「ねぇナツ。僕からも聞いていい?」
「ん……ああ」
「ナツは、昨日のことどこまで覚えてる?」
「昨日のことか」
そういわれて思い出す。
いや、正確には先ほどからずっと思い出そうとは努力していた。
昨晩は夕方からずっと三人で飲み続け、途中、仲のいい先輩とクラスメイト一人も合流して深夜過ぎまで麻雀や映画を見ながら飲み明かしていたことだけは覚えている。
しかし、それより先。
なぜ俺は優雨の部屋にいるのか、俺は全裸なのか、優雨も全裸なのか、なんかちょっとすっきりしているのかがどうしても思い出せない。
「深夜くらいまでは一緒に飲んでたよね。
「ああ。それで……それで?」
「王様ゲーム一緒にしたよね。五人で」
「王様ゲーム!」
そうだ。言われて思い出した。
俺たちは男五人。何をとち狂ったのか将来開かれる合同コンパの事前練習だなんだ理由をつけて王様ゲームを開催した。
そもそも、今の合コンで王様ゲームとかやってるん?
と内心思いながらも、まぁ、楽しければなんでもいいかと何度か繰り返していた。
というか、優雨さんもうあなた昨晩のこと思い出してません!?
なんだか遠回しに俺の記憶を呼び起こそうとしてくれているような気すら若干する。
「やった。やったよ。最初は腕立て十回だとか、黄泉水一気飲みとかだったけど少しずつ内容が過激になって……」
そうだ。
だんだんと思い出してきた。
酒が進み、回数をこなしていくうちに男五人のこのメンバー。
どう考えても標的が優雨となるのは自明の理。
ぶっちゃけ俺たちの中に男色の気のある人間はいないと思うのだが、どうせゲームとしていちゃつくなら優雨とがいいと優雨ばかりが狙い撃ちされていた。
朦朧とした意識の中、可哀そうだなーっと思っていたことは覚えている。
そして、そして。
俺と優雨以外のメンバーはお酒によって力尽き。
立てなくなってしまった優雨を俺は肩を担いで部屋まで運んであげたのだ。
「……あっ」
記憶とはこうやって思い出すものなのか。
そこまで思い出したら後はもう芋づる式だった。
「お、思い出した……?」
「……ハイ」
優雨は掛布団の上に掛けられた毛布を引っ張って顔を少し覆ってしまった。
その仕種が全てを物語っている。
……具体的なことは俺は言わない。
でも、まぁ、やってないかやってるかの二択なら余裕でやってた。バカ!!
「あ、あの昨晩のことは……」
そういいつつ俺は弁明がしたかったのか謝罪がしたかったのか。
いや、しいて弁明するなら別に一方的なものではなかったとだけは言っておきたい。
しかしそんなことを言う前に。
コンコン、と扉がノックされる音がする。
チャイムもあるのにそれを使わず優しいノックの音。
俺たちは互いにビクリと体を震わせた。
「わ、わわっ、
「おっ、おう」
香枝とは同級生の優雨の付き人。
本名は三宅香枝といって優雨や良い友人には礼儀正しいが、俺や塁はそのグループにカテゴライズされていないので結構辛辣な少女。
起こってしまったことは仕方ない。
大事なのはいつだってその後だ。
優雨の部屋という密室での出来事。
今のままなら外部に情報が漏れることはない。
俺はバッと勢いよく布団から飛び出すと机に散らばっていた衣服とパンツを手に取り急いで着替えを済ませていく。普段からギリギリの朝を過ごしている俺にとって早着替えならお手の物。
ばばばばばっ、と一瞬で身だしなみを整える。
まぁ、付き人が勝手に主人の部屋に入ってくることはない。
優雨も机に置かれたパンツとパジャマを手を伸ばすと布団の中で隠れるようによいしょよいしょと着替えをする。
問題はここからだ。
優雨の部屋は寮の三階。
間取りは俺たちの部屋と同じなので分かっているがベランダはない。
隠れるという選択肢を取るならトイレか風呂場かベッドの中か。というところなのだが、その選択肢を取るということは、もしバレた時、俺たちはやましいことをしていました。と自白するようなものだ。
そして、たぶんなのだが、三宅香枝という人物は部屋の僅かなほころびを頼りに俺を見つけ出してくるだろう。
それならばいっそ。
「いいか! 優雨! 俺たちは先につぶれた塁たちを起こさないように場所を変えて静かに夜中二人で飲みなおした! そうだな!」
「ええっ! ナツが出るの!?」
俺は力強くこくりと頷いた。
やってしまったことは覆らない。
しかし、大事な友のプライドだけは守ってみせる。
それが、男ってもんだろおおぉ!!
俺は優雨が着替え終わるのを確認するとかちゃりと内側から部屋のドアを開けた。
「おはようございます。優雨……さ」
「んーっ。おはよう、香枝くん。いい朝だねぇ。ふぁー、昨晩は飲みすぎたよ。じゃ、優雨、俺は部屋戻るねー。ふぁー」
俺はあくまで究極の自然体を装いぱちりと瞬きをする割烹着姿の一人の少女の横を通り抜ける。
「ぐえっ」
しかし、廊下に出て一歩目のところで首根っこを掴まれて喉から変な声が出た。
「待ってください梓川不法侵入」
どんな名前だとつっこむ間もなく寝巻用トレーナーの襟をつかまれたまま部屋へと引きずり込まれる。優雨と同じ150センチくらいの身長。
右側の横髪だけ長く、あどけなさの残る顔つきだが、俺は彼女以上にポーカーフェイスが得意な女性を知らなかった。
「うっ」
そうして、一歩部屋に足を踏み入れた香枝はそんな声を漏らして顔を
「イカくさいです」
そういって俺を見る。
「つまみはイカだった」
だが、俺もポーカーフェイスは得意だった。
見抜けるか、君はこの嘘を。
薄く笑って挑発してみる。
香枝はじーっと俺の首元を見た。
しまった。
俺はぱっと手のひらで視線の先をさり気なく隠す。
「この部屋。ダニいる」
「この部屋。ダニいない」
「それは君の
香枝は無視して部屋を
「ゴミ箱に大量のティッシュが捨てられています」
「それは自然なことだ」
そして最後に香枝はベッドの前。
着替えは済ませたものの未だ布団にくるまる優雨の前までやってきた。
「優雨さま、布団の中を拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
その問いに優雨は俺と香枝の顔を一度見比べた後。
「ダメ……」
と小さく拒否をした。
「優雨さま、私は旦那様ではなく、優雨さまの味方です」
そう言われてしまったら優雨も断れなかったのだろう。
いや、もうここで強情を張っても状況が悪化する以外に道はない。
それを優雨も感じ取ったのか何も言わずにゆっくりと布団から這い出てくる。
それは香枝の最低限の配慮なのか、布団を
十秒ほどじっくり中を検めた香枝は優雨ではなくこちらを向いた。
「ギルティ」
もはや言い逃れはできないようだった。
「サー、イエッサー」
俺は罪を認めて頷いた。