部屋の掃除と心の整理。
そんな理由で部屋を追い出された俺はふらふらと三つ隣の自室へと戻ってくる。
部屋の中は昨夜のまま。
炬燵の上には山のように空き缶が積まれ、ベッドもあるのに塁は炬燵でくーかーと呑気にいびきをかいている。普段は俺が使う二段ベッドの一段目には先輩が枕に顔を伏せて死んだように眠っていた。
もう一人のクラスメイトは既に部屋に戻ったのか姿は見えない。
いつも通り。
とまではいかないものの割と見慣れたそんな光景が今やなぜか懐かしい。
日常と非日常は隣り合わせ。
人は何気なくも簡単に、一線というものを飛び越えてしまうものなのかもしれない。
後悔はある。
けれど、後悔したって仕方ない。
俺はよし、と気持ちを切り替えるとシャワーを浴びるためにタオルと着替えを取り出した。
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昨晩塁たちが寝たのは夜中の三時ごろ。
普段から休日は昼頃まで目覚めないし、俺も二度寝する気分でもなかったので朝食を取るために一人で部屋を出る。
私立
それが俺たちが通う学園の名前だ。
中高大と一貫校で、中学は全通学制、高校は全寮制、大学は自由選択式と一風変わった学校でその敷地面積は広大の一言に尽きる。
各種校舎に俺たちの住む男子寮。5分ほど離れた場所には女子寮が建てられ、格安で三食食べられる食堂建屋。テニスコートやゴルフコートなど部活のための運動施設に、自由に利用していい屋内プールに屋内ジム。漫画やパソコンも置かれた大図書館にサウナ付の大浴場にその他諸々。
高校生は全寮制だが、別に敷地内から出てはいけないとかそんなルールはない。
けれど、別に敷地内から出なくても何不自由ない、むしろ、十分に充実した生活を謳歌できる程度にはこの学校の規模はおかしかった。
寮から出て徒歩5分。
緑豊かで小川流れる庭園は青豊か。しいて難点をあげるとするならどこへ行くにも多少歩く必要があるのと少し北よりの地区なのでこの時期雪が多いくらい。
まだ朝八時を回らない時間。連休初日なこともあって人通りはほとんどなかった。
衣服に付いた雪をパッパと払うと食堂建屋の中へと入る。
中は暖房が効いておりとても暖かい。
食堂は二階建て。
一階はビュッフェ形式と様々な定食を提供する二つのコーナーがあり、二階は入ったことはないが、三ツ星シェフが料理するコースメニューが出てくる食堂がある。
うちの学校は優雨を含む一部の超富裕層によってここまでの設備を維持しているらしい。そのため、食堂など一部の場所はこういった格差社会がまじまじと存在する。
ただ、おこぼれを預かっている身からすると羨ましさはなくはないものの、ありがたさの方がダブルスコアで勝つ状況。文句などあるはずもない。
俺は朝はパンなので今日はクロワッサンとスープとベーコンエッグを貰う。支払いは生徒用のカードがあり、月末に引き落とされる。
ビュッフェはいくら食べても一食百円。ここに長くいると外での生活が出来なくなりそうな不安は若干ある。
席はガラガラだったが、軽く見渡すと見知った顔の二人が何やらノートを前に話し合っている姿が見えた。
どうしようかと少し迷ったが、気分転換がてら話しかけてみることにする。
俺は長テーブルの一席。
彼女たちの向かい側に勝手に座ると気づいた二人は驚いたように視線を上げた。
「よう。朝早いな」
「なっ、なんだよナツかよ。座る前に声かけろよな!」
そんな男勝りの口調で話すのは塁の幼馴染の藤川
ゲーム的な話をするなら塁のヒロインの一人。幼馴染なだけあって友愛が恋愛に変わっていくタイプのヒロインのはずだが、未だに変わった様子はない。
香枝よりもさらに幼い見た目で身長は140センチくらいしかない。髪はいつもタヌキのように二つお団子を作って布をかぶせている。シニヨンネットとかいうらしい。
そしてもう一人。
「
彼女は呪いによってアザラシの言葉しか喋れなくなった少女、
全国トップクラスの学力を誇る天才で、少し色素の薄い髪を後ろで一つに束ねている。身長は百五十センチくらいでおっとりとした雰囲気を持つ少女だ。
因みにゲームには出てこない。
「パウパウ」
そんな返事をしてみる。
「
ミアは喜んでいた。
この子と話していると頭がおかしくなりそうだった。
「何してるんだ?」
二人は一冊のノートに相談しながら何かを纏めているようだった。
ぱくりとクロワッサンを頬張りながら尋ねてみる。
「そりゃ、一か月後には新学年! 一発目に出す校内ゴシップの精査に決まってんだろが」
尋ねてはみたが、答えは大体予想の通りだった。
彼女たち二人はうちの新聞部に所属している。そして年に数回校内新聞を発行しているのだが、その内容といえば、やれ誰と誰が付き合っただとか、誰と誰が破局しただとか。そんな内容。
個人的にはクソほどどうでもいいのだが、うちの学年は一学年100人程度のそこまで人数が多い学校ではない。身近な人間が記事になることもあってかそれなりに評判はあるようだった。
「なんか面白いニュースはあるのか?」
「ま、そうだなー……いくつか候補はあるんだが、やっぱ最初はこれかな」
そういってノートをこちらに向けてくれる。
商売内容をそんな簡単に見せていいのかとも思うが、まぁ、根本的にそこまで興味を持っていないとある意味信じられているせいだろう。
見るとそこには『風紀委員で行われた秘密の花園!? 委員長と書記の間で行われた空白の一時間……』と汚い字で書かれていた。
クソみてぇな記事だ。
「クソみてぇな記事だな」
「なんてこというんだてめぇ!?」
つい思ったことをそのまま言ってしまうと璃子茄に怒られる。
「パウ! パウパウ!」
「あ……うん」
本当にこいつは何なのか。
ミアが話すと俺はいつも冷静になってしまう。
「大体な、根拠はあるのか?」
その内容は風紀委員の二人(どちらも女子)が放課後の一室でみだらな行為をしていたのではないか? その二人の関係性は? と煽るような内容だった。
「ないと思わないでか」
反語を使うなと心で突っ込む。
どうやら証拠はあるらしい。
「別に女同士だっていいじゃねぇか……」
あれ?
俺はそこまで反論するつもりもなかったのだが、つい口から感情が零れだす。
「性別がなんだってんだ。年齢がなんだってんだ。場所がなんだってんだよ……」
「お、おい。ナツ?」
普段と違う雰囲気を感じ取ったのか璃子茄がぱちりと目を丸くして問いかけるが俺はもう止まれなかった。
「うるせぇ! 確かにな! 世間一般では受け入れづらいことなのかもしれない!! でもな、しょうがないんだよ!! やってしまったことは! 確かにそれはいけないことだったのかもしれない!! でも、止まれなかったんだよ!! その情動が罪なのか!? その感情が悪なのか! 俺は違うと思うね」
「お、おおおおちつけ、おちつけな。みんな見てるから」
この状況が恥ずかしかったのか璃子茄が戸惑いながら制止する。
「許せねぇ……許せねぇよ。もし世界が許さなくても、俺は許すよこの二人を。だって、たとえ、それが一時の過ちだったとしても、その瞬間に芽生えた恋に……二人は人生を賭けたんだからな…………俺は許す!!!」
「ずっと何言ってんだお前は!! 落ち着け!」
バシン、と頭をはたかれる。
「
「あ……うん」
俺は冷静になった。
そして。
璃子茄はふと視線を俺の後ろに向けて口を開いた。
「あれ? 優雨と香枝」
びくうぅぅ!! と俺の背筋はかつてないほどぶるりと震えた。
ぎぎぎと振り向くとそこには、困ったように頬を染める優雨と死んだ目をした香枝の姿。
「…………」
「…………」
「…………」
誰か。
誰か、この沈黙を破壊しておくれ。
俺はかつてないほど静かになってしまった食堂で。
高い天井を見上げて涙がこぼれないようにと目を瞑った。