その日の晩。
俺は学園前の駅から一駅向こうの繁華街まで足を運んでいた。
目的は深夜のアルバイト。
シフトは10時からで、駅前の時計台は現在9時20分を指している。
電車の都合でいつも30分くらい時間が余るのだが、それは睦竜学園に通う生徒は皆同じだ。
全寮制の学園ゆえに長期休暇は帰省する生徒も多いのだが、俺や塁。一部の生徒は残留組。
帰省組としては今朝話をした
昨日の今日。
こういう言い方はどうかと思うが、この空白期間は渡りに船というか。
俺にとっても優雨にとっても自分を見つめ直すいい時間だ。
まぁ、見つめ直してどうこうなる話でもない気もするが、今の状態では墓穴しか掘らないのは今朝まじまじと痛感した。
結局。
なぜあんなことが起きてしまったかということを冷静に考えると知らず
気の置ける相手とは言え二人部屋。
俺に限った話ではないが発散する機会はなかなかない。
冬の終わりの夜。
ベンチから見る景色は、少し凍ったコンクリートの地面を慎重に歩く社会人に、俺たちのようにバイトの時間を待つ学生。
そして、仲睦まじい様子で肩を寄せるいくつかのカップル。
「……彼女、か」
そんな光景を見てつい独り言が漏れる。
「なんだ、女日照りか?」
すると隣に座るクラスメイトが少しからかうように尋ねてくる。
昨夜の飲みにも途中参加した男。名前は
黒のダウンに青のジーパン。前髪を上げて黒縁の眼鏡に隠れた目元は鋭い。細身ながら筋肉質な体つきで運動神経も抜群なため孤高を気取りつつも皆からはアオと慕われている。
高校からの友人だが、俺や塁、優雨と違って彼はこの近くが地元らしく、それなりに普段から実家にも顔を見せているそうなので丸々帰省するということはしないそうだった。
塁もバイトはするが今日は休み。
一緒に時間をつぶす相手はいつもバラバラだ。
「女日照りねぇ」
俺はアオの軽口を少し考える。
女日照り。まぁ、ある意味そうなのかもしれない。
俺の周りには香枝や璃子茄、ミアだけではない。流石ギャルゲの世界というべきなのか。本当に可愛い子ばかりなのだが、彼氏彼女の関係性になりたいかと言われると別に今のままでもいい気はする。
しかし、そんなことを言っていると昨夜の二の舞にいつなるかも分からない。
「昨夜の塁のじゃないが、アオは作らないのか? 彼女とか」
「……彼女ねぇ。ま、欲しいっちゃ欲しいけど、適当に作ってもしょうがないだろ」
さも当然のようにいう。
根本的にモテる男の言い分だ。
アオはアオで自信家ではっきり物事をいうし、そういう性格が好きな女性も多そうだ。
昨日のメンバーだと運命力もコミコミで塁、優雨、アオ、創先輩の順でモテている認識だ。それもかなり高い水準で。
「運命の相手か?」
「はっ」
尋ねると鼻で笑いつつも続ける。
「別に普通に生きてて好きな相手ができりゃよし。できなきゃ作る必要なんてねぇだろ」
なるほどねぇ……と俺は頷く。
こいつは本当に16歳なのだろうか?
前世の享年は25だが、俺よりよっぽどしっかりしている。
「その相手のために恋愛経験積むってのも一つの考え方だと思うけどな」
「ま、否定はしねぇよ」
俺はしないけどな、と無言の言葉が続いてる。
「…………」
まぁ、カッコいいこと言ってはいるが、野郎二人がカップルを眺めながらする恋愛談義。
これほどむなしい時間もなかなかない。
「今日はバイト何時までだ?」
「6」
話題を変えるとアオは一言。
「同じだな。ラーメンでも食いにいくか?」
「朝からラーメンなんか食いたくねぇよ。サテンでいいだろ」
なんだかんだ付き合いはいい。
因みにバイトはいろいろやるが、短期の仕事以外は基本的に皆バイト先はバラバラだ。俺は今日はコンビニバイト。アオは交通整理らしい。
その後もだらだら適当な話をしていると時計台の針は9時50分を指していた。
そろそろ行くかと二人揃って立ち上がる。
途中までは方向は一緒だ。
駅前の通りはこの辺りでは一番の栄えた場所。高い商業ビルがいくつか立ち並び、夜道を明るく照らしている。11時も過ぎればめっきり人通りは減るのだが、今はまだそれなりに賑やかだ。
「そういや……」
普段分かれるまでの短い道のり。
言い忘れていたとアオが口を開く。
「今度、俺の中学の先輩の手伝いのバイトがあってな。暇ならどうだ?」
「ほーう。どんな?」
「普段クラブでDJしてる先輩が、仲のいい女友達にラップで告白するとかでな。そのエキストラだ。いろいろ条件はあるんだが」
「何て?」
いろいろ意味が分からない。
そんな反応にアオは薄く笑う。
「その反応は分かる。だが、金はいいぞ。二時間で5千円。告白成功時は追加で5千円」
「儲かってんのか……ま、別にいいよ。どうせ暇だし」
特に悩むこともなく了承する。
春休み中バイト以外の予定もなかったし、休み中に遊ぶ金くらいは稼いでおきたかった。
すると、アオはふっと鼻息を一つ鳴らす。
「夏樹ならそういうと思っていた」
そういって、ポンと俺の肩を叩くのだった。