深夜0時。
休みの間は俺も塁も基本的に夜更かしばかりしていた。大抵
今日も今日とてサブスクで今期追っているアニメを流しながら適当な話をしていたのだが、ちょうど一話が終わったタイミングで俺はよいしょと炬燵から立ち上がった。
「ん? どっか行くのか?」
「ちょっとコンビニ」
「この寒いのによう行くなー」
という話をして俺はジャンパーを羽織ると部屋を出た。
実際、塁に告げた名目は半分ホントで半分嘘。
今日は夕方、帰省していた優雨から夜中に帰ると連絡がグループチャットで来ていた。
明日になったらいつも通り。
たぶんだが、本当に人の機微に
俺が何もなかったように普段通り振舞えば、優雨も同じように振舞ってくれる。
そんな気はするのだが、それは俺も優雨もそれが自然になるまで演技をするということ。
それは俺の望むところではない。
本当は俺たちの寮は防音であるし、一人部屋の優雨の部屋が都合がいいのだが、流石にその選択肢は危険が過ぎる。なので俺は個別チャットで。
『よかったら、今晩星でも見に行かないか?』
と、男相手に何を言っているの?という文章で優雨を誘ってみた。
30秒くらい待った後。
『今晩星がでるの?』
と返事がくる。知らなかったので。
『出なかったら月を見よう』
『曇っていたら?』
『雲を見よう』
そう返事をすると笑顔のアイコンが送られてくる。
『今晩、星は見れるみたい。うん、いいよ。誰か誘う?』
『二人で』
また十秒ほど待った後。
『香枝にバレたら怒られちゃうよ』
『その時は俺に連れ出されたと嘘をついてくれていい』
『嘘かなー……帰ったら連絡入れるね』
俺はグッドアイコンを押してスマホの電源を落とした。
**
そして寮を抜け出した先。
寮に門限はないが、流石に深夜を回った時間に外に出る生徒は皆無に等しい。
四階建ての寮の窓から漏れるいくつかの光にやんわり照らされ、優雨は敷地の外壁の陰ですでに待っていてくれた。
「さすがにまだ寒いねー」
暗がりで見にくいが、鼠色のコートと紺色のマフラーをぐるぐると首元に巻いていた。
帰省から戻ってきて、そこまで時間がたっていないこともあり、ちょうどお風呂に入ったばかりなのかシャンプーのいい香りがする。
「なんだか久しぶりだな」
「ふふ、まぁ、年明けからほとんど毎日顔合わせてたしね」
そんな話をしながら歩き出す。
流石に人通りがあるかもしれない寮の前で長く立っていたくはなかった。
「ゴルフ場の方まで行ってみるか」
「そうだね」
学園敷地内は大きく運動場や部活棟のあるエリアと校舎が建つエリアに分かれている。一応、星を見るという名目で来ているので、街灯の少ない方に行くのは道理に適っているはずだ。
「実家はどうだった?」
「……それ聞く?」
優雨は少し恨めしそうに視線を向けてくる。
「すっごく居たたまれなかったよ。すぐ隣に香枝だっているし」
あんなことがあった後、事情を知る香枝を傍らに置きながら健気に学校生活を報告する優雨を想像するとその最悪の状況に少し笑ってしまう。
「背徳感すごそうだな……楽しそうだ」
「もー……笑いごとじゃないよ! ホントに大変だったんだから」
「香枝とも話したか?」
「話さないワケにはいかないでしょ……どっちが先手を取るか。先に動いた方が負ける……って感じだったよ」
「勝ったのか?」
「勝てるわけないよ、あの状況下から」
案外優雨も冗談が好きだった。
まぁ、実際その場面に遭遇したら笑いごとではないが、話を聞く分には面白い。
喉を鳴らして笑うと、優雨もつられて少し笑った。
「ナツは僕がいない間どうしてた?」
「俺か? 女の子とデートしてたな」
正直に答えると。
「女の子とデート~? 僕があんな目に合ってたのに~? 誰と?」
「優雨の知らない子だ」
「ふーん……」
なぜか優雨はちょっと機嫌を損ねてしまった。
その反応はどう捉えればいいのか少し悩む。
しばらくそんな話をしながら歩いていくとゴルフ場付近にやってくる。
この付近は緩い丘となっており、道沿いの幅の広い階段を下ると打ちっぱなし場とその先には簡単なゴルフコースもある。そこまで行ってももいいが流石に距離があるし、雪は止んでいるとはいえ緑の上は湿っていそうだった。
「座ると服汚れそうだな」
「いいよ」
優雨は気にしないと階段に座る。
俺も隣に腰を掛ける。
「ナツは星好き?」
「いや、マジでオリオン座しか知らない」
「あはは、じゃあ今日は見れるね」
二人揃って空を見上げると澄んだ空。
森の中だけあって満天の星が夜空に映し出されている。
正直、今日の目的で星空なんてどうでもいいとは思っていたのだが、こうしてみると星も案外悪くなかった。
「……優雨は」
まぁ、しかし、コンビニに行くといって出てきたこともあって流石に一晩中星を見ているわけにもいかない。
どうしたい?
どう思ってる?
とか、いろいろ疑問文が頭に浮かんだが、それらを聞くのはいったんやめておいて。
「お酒って怖いな……」
「……んー、本当に」
しみじみと言い合う。
この一点だけは共感しかない。
「実際、何であんなことになっちゃったんだろうな」
「僕の記憶では、ナツからしてきたと思ってるけど……」
「どっちが先とかそういうのはやめよう。誰も幸せにならない」
ダメだなこれは。
根本的に話題がセンシティブすぎて冗談を交えながらではないと話が進んでいかない。
それでもいいのだが。
はっきりさせておくべきことは少しくらいはっきりさせておきたい。
「後悔してる?」
尋ねてみると、優雨はこちらを見て質問には答えなかった。
「ナツは?」
「もちろんしてるよ……特に、お酒が入ってたことが」
「入ってなかったら、あんなこと起きないでしょ」
「それは分からないだろ」
そう答えると、優雨はちょっと手を頬に当てて反対を向いてしまった。
「分からないんだ?」
けれど、少し待つとこちらを向いてそう尋ねてくる。
「分からない」
「今も?」
俺はうんと一つ頷いた。
「優雨は?」
俺からも尋ねてみる。
「……僕も分からない」
俺はその言葉に安心して、もう一度ゆっくり頷く。
それが聞けただけ、今日この時間は意味があったと思う。
俺はよいしょ、と立ち上がる。
「よかった。優雨だけ分かってたらどうしようかと思ってた」
「……もう」
「戻ろう。あんまり遅いと塁がデートしてると邪推する」
「名推理だと思うけど」
そんな話をして俺たちは来た道をゆっくり戻っていく。
「今度、僕が星座教えてあげるよ」
「……それは楽しみだ」
二人の距離は、来た時よりほんの少し小さくなっていた。