完結「嫌な公爵家」   作:埴輪庭

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厭な婚儀①

 ◆

 

 結婚式とは畢竟、社会的な契約と個人的な幻想が、最も華やかな儀礼をもって衝突する祭典である。

 

 それは「永遠の愛の成就」という美辞麗句で粉飾されているが、その実態は家と家、権力と権力が激突する極めて政治的な催しに他ならない。

 

 古の帝国においては花嫁は神聖な色のヴェールを被り、生贄の獣の内臓で未来を占ったという。形式こそ違えど現代においてもその本質は変わらない。莫大な費用という名の供物を捧げ、参列者という名の証人の前で互いの自由を差し出す契約を交わす。それを「愛の成就」と呼ぶのだから、人の営みとは実に複雑怪奇なものである。

 

 そして今、この王国において、史上最も悪趣味で、最も不毛で、そして最も王の胃に負担のかかる結婚式の準備が、静かに始まろうとしていた。

 

 ◆

 

 王宮で最も格式高い会議室の一つ、『黄金の間』。その豪奢な装飾とは裏腹に、室内の空気は鉛のように重かった。

 

 円卓を囲むのは五名。国王リチャード、王妃イザベラ、エリアス王子、デスデモーナ・ヘルゲート、そしてこの悪夢の采配を振るう宰相ガンジャである。本来、王族の婚儀は貴族評議会や教会との度重なる折衝を経て決定される国家事業だ。だが、今回の婚約者があまりに規格外であるため、まずは内々のすり合わせを行い、交渉のたたき台を作る必要があった。

 

 リチャードは会議が始まる前からすでに三錠目の胃薬を噛み砕いていた。彼の顔には国王としての威厳よりも、これから始まるであろう不条理劇への深い諦念が刻まれている。

 

「……さて。皆を集めたのは他でもない。エリアスとデスデモーナ嬢の婚儀についてだ」

 

 リチャードが重々しく口火を切った。それは宣戦布告にも似た響きを持っていた。

 

「王家の威信に関わる重要な儀式だ。他国の要人も多数参列する。よって、盛大かつ王家の伝統に則った形で進めたい」

 

 リチャードは「伝統」という部分をことさら強調した。それは目の前に座る婚約者たちへの、無言の牽制だった。だが、その牽制はいとも容易く粉砕される。

 

「まあ! 陛下、素晴らしいですわ!」

 

 デスデモーナは両手を胸の前で組み、恍惚とした表情を浮かべた。

 

「わたくし、この日を夢見ておりましたの。わたくしたちの愛の門出を祝う、最高に陰鬱で、絶望的で、そして悪夢のように美しい結婚式を!」

 

 リチャードの眉間の皺がさらに深くなった。隣に座るイザベラ王妃がレースのハンカチでそっと口元を押さえる。彼女は心優しく、そして致命的なまでに常識的な女性だった。

 

「では早速ですが、議題に入ります」

 

 ガンジャが感情のこもらない声で議事を進めた。

 

「まずは招待状について。意匠と文面についてご意見を」

 

「はい!」

 

 待っていましたとばかりにエリアスが勢いよく手を挙げた。彼はこの数ヶ月のヘルゲート家での生活によって、もはや完全に「あちら側」の住人となっていた。

 

「僕から提案があります。招待状はヘルゲート家の慣わしに則り、最高級の人皮紙を使用したい」

 

 リチャードは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 

「まあ、エリアス様!」

 

 デスデモーナが感極まった様子でエリアスの手を取った。

 

「なんて素晴らしい発想でしょう! 人間の皮膚の滑らかな質感、そしてそこに宿る微かな怨念……これぞ、私たちの永遠の絆を示すに相応しい素材ですわ!」

 

「だろう? そして文面は僕たちの血を混ぜたインクでしたためるんだ。さらに封蝋にはヘルゲート家秘伝の『呪いの刻印』を押す。これを受け取った者は三日三晩、楽しい悪夢に苛まれるという寸法さ。実に心のこもったもてなしだ」

 

「素敵! 効率的で、そして邪悪! これこそが真の歓待の極意ですわ!」

 

 二人は恍惚とした表情で見つめ合っている。イザベラ王妃が小さく「ひっ」と息を呑み、そのまま椅子から崩れ落ちそうになった。

 

「馬鹿なことを言うな!」

 

 リチャードは叫んだ。彼の血圧が危険水域に達している。

 

「それは招待状ではない、脅迫状だ! それに人皮紙など、どこで手に入れるつもりだ!」

 

「父上、ご心配なく」

 

 エリアスは涼しい顔で答えた。

 

「ヘルゲート家には良質な素材の在庫が豊富にあります。全て法に則って処理されたものです」

 

 その「法」の基準が常人のそれと著しく乖離していることは言うまでもない。

 

「ガンジャ、どう思う」

 

「……外交問題に発展する可能性が極めて高いかと」

 

 ガンジャは淡々と答えた。

 

「特に教皇庁からは即座に異端宣告を受ける危険性がございます。また、人皮紙の調達コストは通常の羊皮紙の約百倍。予算を大幅に超過します」

 

「ほら見ろ!」

 

「予算……」

 

 デスデモーナが僅かに眉をひそめた。彼女にとって予算とは、最も退屈な概念の一つだった。

 

「では折衷案を提案します」

 

 ガンジャは一枚の意匠画を提示した。それは黒い厚紙に銀色のインクで文字が書かれた、一見して気品のあるデザインだった。

 

「こちらはいかがでしょうか。最高級の黒檀紙を使用し、インクには銀粉を混ぜます。そして、このインクに」

 

 ガンジャはデスデモーナを見た。

 

「ヘルゲート家秘伝の『微睡みの香』をほんの僅かだけ混ぜ込むのです。悪夢とまではいかずとも、少しばかり奇妙な夢を見る程度の効果は期待できるかと」

 

 デスデモーナの目が輝いた。

 

「まあ! なんて素晴らしい妥協案! 分かりました。それで手を打ちましょう」

 

 リチャードは頭を抱えた。妥協点が低すぎる。だが、人皮紙よりは遥かにマシか。

 

 ◆

 

 最初の議題で既に疲労困憊のリチャードだったが、悪夢はまだ序章に過ぎなかった。次の議題は「会場と装飾」。これこそが、ヘルゲート家の悪趣味が最も発揮される領域である。

 

「次に式典の会場ですが、王家の伝統に則り、王立大聖堂にて執り行われます」

 

 ガンジャが告げると、デスデモーナは心底がっかりしたように溜息をついた。

 

「大聖堂? まあ、なんて退屈な。あんなに明るくて、清浄で、希望に満ちた場所では、わたくし息が詰まってしまいますわ」

 

「同感だ」

 

 エリアスが頷いた。

 

「もっとこう、歴史の闇と絶望が凝縮された場所が良い。例えば、王都の地下墓地(カタコンベ)はどうだろう」

 

「まあエリアス様! なんて浪漫的なのでしょう!」

 

 デスデモーナが歓喜の声を上げた。

 

「あの湿った空気、壁に並ぶ無数の人骨、そして死者たちの囁き……そこで愛を誓い合うなんて素敵すぎますわ! 音楽は楽団ではなく、風が骨の間を吹き抜ける音だけで十分ですわね」

 

「カタコンベだと!?」

 

 リチャードが絶句した。

 

「そんな場所で王族の結婚式など前代未聞だ! 国賓の方々をどうするのだ!」

 

「国賓の方々には、特別製の『死者の仮面』を着用していただきますわ」

 

 デスデモーナは涼しい顔で言った。

 

「これで皆様も死者の仲間入り。一体感が生まれて、きっと場も和みますわよ」

 

 和むのはヘルゲート家だけだろう。

 

「ガンジャ、何とか言え」

 

「カタコンベは衛生上の問題がございます。疫病が発生する危険性もさることながら、閉所を嫌う貴族も多く、混乱は避けられません。現実的ではありませんな」

 

 ガンジャの冷静な指摘に、エリアスは不満そうに唸った。

 

「では会場は大聖堂で構わん。だが、内装については我々に一任していただきたい」

 

 その言葉に、リチャードは嫌な予感しかしなかった。

 

「内装だと? 何をするつもりだ」

 

「大聖堂のあの忌々しいステンドグラス。あれは全て、黒い布で覆い隠します」

 

 デスデモーナが宣言した。大聖堂のステンドグラスは、王国の歴史と信仰を象徴する国宝級の芸術品である。それを覆い隠すなど、冒涜以外の何物でもない。

 

「馬鹿なことを言うな!」

 

「そして祭壇には白薔薇ではなく、ヘルゲート領から取り寄せた最高級の黒薔薇を飾るのです。さらに天使の像は全て撤去し、代わりにヘルゲート家伝来のガーゴイル像を設置します」

 

 黒薔薇。自然界には存在しないとされる伝説の花。花言葉は「憎悪」「復讐」、そして「永遠の愛」。実にヘルゲート家好みである。

 

「ガーゴイルだと!?」

 

 リチャードは叫んだ。悪魔のような姿をした石像を神聖な大聖堂に持ち込むなど。

 

「陛下」

 

 ガンジャが静かに進言した。

 

「ステンドグラスを覆うことは、教会からの猛烈な反発を招きます。ですが、装飾については交渉の余地があるかと。こうしましょう。ステンドグラスはそのまま。ですが、式は夜に行います。そうすれば光は最小限に抑えられます」

 

「夜の結婚式……」

 

 デスデモーナが少し考えた。

 

「悪くありませんわね。月明かりと蝋燭の光だけでの挙式。幽玄の美ですわ」

 

「装飾は黒薔薇と銀の燭台を主とします。ガーゴイル像は、大聖堂を管理する司教猊下を説得する落としどころとして、入り口付近に二体だけ設置することを許可しましょう。予算的にもそれが限界です」

 

「二体だけか……」

 

 エリアスは不満そうだったが、デスデモーナが頷いたので彼も同意した。リチャードは、もはやこの流れに身を任せるしかなかった。

 

 ◆

 

 戦場は装飾から衣装へと移った。ウェディングドレス。それは花嫁の夢であり、そしてこの場合、王妃イザベラの最後の砦だった。

 

「ドレスは、やはり純白でなければ」

 

 イザベラが、か細いながらも強い意志を込めて言った。

 

「王家に嫁ぐ者は、純潔と無垢を象徴する白を纏うのが古くからの慣わしですわ」

 

「純白ですって?」

 

 デスデモーナは、まるで汚物を見るかのような表情を浮かべた。

 

「そんな悍ましい色を、わたくしが身に纏うと? あの目に染みるような色彩は、わたくしの魂を焼く拷問に等しいのです。わたくしのドレスは漆黒でなければなりません」

 

 彼女はきっぱりと言い放ち、自らが描いた意匠画を広げた。それは肋骨を模したコルセットと、無数の小さな頭蓋骨(模造品)が縫い付けられた、異様で退廃的なデザインだった。

 

「素晴らしい!」

 

 エリアスが感嘆の声を上げた。

 

「これこそ君に相応しいドレスだ。僕も黒の礼服で揃えよう。二人で闇を纏い、この世界の欺瞞に満ちた光に反逆するのだ!」

 

「黒は喪の色ですわ!」

 

 イザベラが悲痛な声を上げた。

 

「婚礼の儀に喪服を着るなど!」

 

「あら王妃様。結婚とは人生の墓場とも申しますでしょう? ならば、それに相応しい装いをするのが礼儀というものですわ」

 

 議論は平行線を辿った。常識と狂気が激突し、火花を散らす。その時、デスデモーナが突然、悲痛な表情を浮かべた。

 

「……分かりましたわ。皆様がそこまで仰るのなら、仕方ありません」

 

 彼女は力なく椅子に座り込んだ。

 

「わたくし、身の程をわきまえておりませんでした。所詮は日陰者のヘルゲート家の娘。王家の皆様にわたくしの価値観を押し付けるなど、烏滸がましいことでしたわ」

 

 その殊勝な態度に、リチャードとイザベラは驚いた。あのデスデモーナが、素直に引き下がるとは。

 

「分かってくれたのですね、デスデモーナさん」

 

 イザベラが安堵の表情を浮かべた。

 

「ええ、王妃様。わたくし、反省いたしました。ドレスは皆様の望む通り、純白にいたしましょう」

 

 デスデモーナは、まるで毒を吐き出すかのように言った。そして、うっとりと目を細める。

 

「ああ、想像するだけでゾッとしますわ。眩いばかりの純白のドレス……それを身に纏う苦痛、その屈辱……わたくしに耐えられるかしら。ですが、それもまた一興」

 

 彼女は妖しく微笑んだ。

 

「王家の皆様の望む完璧な花嫁を演じてみせましょう。その裏で、わたくしの魂がどれほど苦悶するか……ああ、楽しみですわ」

 

 リチャードは気づいた。彼女は引き下がったのではない。「悲劇の花嫁を演じる」という新たな愉しみを見出したのだ。

 

「素晴らしいぞ、デスデモーナ!」

 

 エリアスも彼女の意図を理解した。

 

「君のその自己犠牲の精神、実に感動的だ。僕も君と共にその苦痛を分かち合おう。健全で幸福な夫を演じ切ってみせるさ」

 

 リチャードは頭を抱えた。結局、何も解決していない。

 

「ですが、純白のドレスにも条件がございます」

 

 デスデモーナが付け加えた。

 

「裏地は漆黒にしていただきたいの。そしてその裏地には、わたくしが用意した呪いの言葉を銀の糸で刺繍していただきますわ」

 

 外見は純白でも、その内側には濃厚な闇と呪いが渦巻いている。イザベラは再び言葉を失ったが、もはや反論する気力もなかった。

 

 ◆

 

 会議は終盤に差し掛かっていたが、まだ重要な議題が残っていた。料理と余興である。

 

「料理については、宮廷料理長が腕によりをかけて最高級の祝宴の膳を用意させる」

 

 リチャードが先手を打った。

 

「前菜は『海の宝石』と謳われる七色の帆立のカルパッチョ、スープは黄金に輝くコンソメ・ロワイヤル、主菜は聖騎士団が育てた聖なる仔牛のローストだ。これ以上ない、光に満ちた献立となるだろう」

 

「まあ……」

 

 デスデモーナはうっとりと目を閉じて聞き入っていたが、やがてゆっくりと目を開き、心底うんざりしたように眉をひそめた。

 

「聞いているだけで胸焼けがしそうですわ。宝石だの、黄金だの、聖なるだの……。そんな胃もたれのするような凡庸な料理で、大切な客人をもてなすと?」

 

 彼女は続ける。

 

「もっとこう、刺激的で、危険で、生命の危機を感じるような料理でなくては。例えば、主菜は『絶望茸のパイ包み焼き』。素敵な幻覚と被害妄想を楽しめますわ」

 

「却下だ!」

 

 リチャードが叫んだ。

 

「他国の要人が発狂したらどうする!」

 

「では、食後の菓子はいかがでしょう」

 

 エリアスが提案した。

 

「僕が考案した『運命の十二片』だ。十二切れの祝祭菓子(ケーキ)のうち、一つにだけ強力な瀉下薬が入っている。素晴らしい趣向だろう?」

 

「瀉下薬!?」

 

 リチャードは絶句した。もし他国の王族に当たったらどうするつもりだ。

 

「その時は、心からお祝い申し上げますわ」

 

 デスデモーナはにこやかに言った。

 

「その方のこれまでの罪が全て洗い流されるのですから。これ以上ない穢れ祓いですわ」

 

「穢れ祓いではない! ただの嫌がらせだ!」

 

 その時、ガンジャが再び口を挟んだ。

 

「絶望茸は劇物指定されており、使用は一部の国では法で禁じられております。我が国では使用用途によりますが。ともあれ、祝祭菓子の一件は他国の使節に当たれば宣戦布告と見なされかねません」

 

「なんと保守的な……」

 

 エリアスが口を尖らせた。

 

「では折衷案を」

 

 ガンジャは淡々と続けた。

 

「料理は伝統的なものを基本としますが、色彩を全体的に暗めに統一します。黒トリュフやイカスミなどを多用し、視覚的にヘルゲート家の雰囲気を演出します。そして、祝祭菓子の意匠については、ヘルゲート家に一任するというのはいかがでしょうか」

 

「意匠!」

 

 デスデモーナの目が輝いた。

 

「素晴らしいですわ! それならば、墓石を模した三段重ねの黒いチョコレート菓子を用意いたしますわ! 刃を入れた瞬間に、血のように赤いベリーのソースが流れ出す仕掛けで!」

 

 リチャードは再び胃を押さえた。「菓子による惨事」。そんな言葉が彼の脳裏をよぎったが、もはや承認するしかなかった。

 

 ◆

 

 最後に残った議題は、誓いの言葉と儀式。これこそが、婚儀の核心部分である。

 

「誓いの言葉は、古来より伝わる伝統的なものを用いる。司教の前で、神に愛を誓うのだ」

 

 リチャードが言うと、エリアスが鼻で笑った。

 

「神、ですか? 父上。そんな不確かなものに愛を誓うなど、児戯に等しい。我々の愛は、もっと確実で、絶対的なものに誓うべきです」

 

「では何に誓うというのだ?」

 

「悪魔です」

 

 エリアスはこともなげに言った。

 

「ヘルゲート家に伝わる秘術を用いて高位の悪魔を召喚し、その前で血の契約を結ぶのです。これならば、決して破られることのない永遠の絆が保証されます」

 

「馬鹿なことを言うな!」

 

 リチャードは激怒した。

 

「王家は代々、聖光教会との誓約によってその正統性を示してきたのだ! 王族の結婚式で悪魔を召喚するなど、王家の存続に関わる!」

 

「まあエリアス様、なんて素敵なのでしょう」

 

 デスデモーナがうっとりと彼を見つめた。

 

「悪魔との契約。それこそが真の愛の証ですわ。わたくしたちの両親も、そうして結ばれたのですもの」

 

「ああ、畜生! そうだった!」

 

 リチャードは王という立場も忘れて慨嘆した。

 

「火刑台で求婚され、悪魔の前で愛を誓う。これ以上の浪漫がありまして? 誓いの言葉も、もちろん我々だけのもの。『汝、この者を夫(妻)とし、呪いも、毒も、死も分かち合うことを誓うか?』。ああ、なんて素晴らしい響きでしょう!」

 

「だが駄目だ! 絶対に認めん!」

 

 リチャードは頑として譲らなかった。これだけは、絶対に譲れない一線だった。

 

 議論は完全に膠着した。黄金の間は、一触即発の緊張感に包まれていた。

 

「……では、こうしましょう」

 

 沈黙を破ったのはガンジャだった。彼はいつものように冷静な声で、一つの提案をした。

 

「儀式を二部構成とするのは、いかがでしょうか」

 

「二部構成?」

 

「はい。第一部は、公式な儀式。これは教会の司教を招き、伝統的な形式で行います。招待客も全員参列し、王家の威信を示すのです」

 

「うむ。それで?」

 

「そして第二部は、非公式な儀式。これは、ヘルゲート家の皆様だけで、心ゆくまで行っていただく。悪魔を召喚するなり、血の契約を結ぶなり、ご自由になさってください。ただし、その内容は一切外部には漏らさないことを条件とします」

 

 その提案に、リチャードは目を見開いた。それは実に現実的で、そして巧妙な妥協案だった。

 

「なるほど……それならば、王家の面目も保たれる」

 

 エリアスとデスデモーナは顔を見合わせた。

 

「……まあ、仕方ありませんわね」

 

 デスデモーナが少し不満そうに呟いた。

 

「公式な儀式など退屈な茶番劇に過ぎませんが、それを乗り越えれば本当の儀式が待っているのですもの」

 

「同感だ」

 

 エリアスも頷いた。

 

「では、それで決定だ」

 

 リチャードは力強く宣言した。長かった会議が、ようやく終わりを告げた。

 

 ◆

 

 会議が終わり、エリアスとデスデモーナが退室した後、リチャードは椅子に深く沈み込んだ。全身から力が抜け、どっと疲れが押し寄せてくる。

 

「……ガンジャ」

 

「はい、陛下」

 

「わしは、正しい判断をしたのだろうか。あの折衷案は、結局奴らの要求を部分的に認めたことになるのではないか」

 

「左様でございますな」

 

 .ガンジャは淡々と答えた。

 

「ですが陛下。時には小さな毒を許容することで、大きな毒を防ぐことも必要なのです。全てを拒絶すれば、彼らはもっと過激な手段に出たかもしれません。例えば、結婚式当日に大聖堂を爆破するとか」

 

「……やりかねんな」

 

 リチャードは、親友レドラムの顔を思い浮かべ、身震いした。

 

「……イザベラ。大丈夫か?」

 

 リチャードが隣を見ると、イザベラ王妃は青白い顔で虚空を見つめていた。

 

「あなた……わたくし、もう何も考えたくありません……」

 

 彼女の心もまた、限界に達していた。

 

 かくして、王国の未来を賭けた結婚式の準備は、一応の決着を見た。だが、それは新たな混乱と、さらなる悲劇の始まりに過ぎなかった。

 

「ああ、なんて素晴らしいのでしょう、エリアス様」

 

 廊下を歩きながら、デスデモーナがうっとりと呟いた。

 

「この中途半端さ、この居心地の悪さ、そして隠しきれない欺瞞の匂い……すべてが不完全で、歪で、だからこそ美しい。これぞ、わたくしたちに相応しい、最高の結婚式ですわ」

 

「同感だ、デスデモーナ」

 

 エリアスも狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 

「この退屈な世界に、我々の愛の証を刻み付けてやろうではないか」

 

 二人の狂気は、留まるところを知らない。そしてその狂気がもたらす結末を、まだ誰も知らなかった。

 

 めでたし、めでたし──とは、やはり、とても言えそうにない。

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