完結「嫌な公爵家」   作:埴輪庭

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で投稿予約。最終話で完結。


厭な大戦争④

 ◆

 

 戦争はまだ終わっていない。

 

「ああ、なんて素晴らしい朝でしょう。地平線が火と煙で赤く染まっているわ。まるでお父様が焼いたクレームブリュレみたい」

 

 デスデモーナは陣幕の前に立ち、戦場を一望していた。黒絹の軍装に身を包んだその姿は、戦場の女神というよりは葬儀屋の令嬢と形容した方が正確だろう。

 

 緒戦の勝利から三日。ルミナス王国軍は本格的な反攻作戦を開始している。

 

 戦況を一言で表すなら、「蹂躙」である。

 

 ドゥームズガル帝国軍は二十万の兵力を擁していた。アレクセイ元帥が軍事クーデターで実権を掌握して以来、国民の不満を外に向けさせるために集められた大軍である。だがその大半は満足な訓練も受けていない農民たちであり、与えられたのは旧式の装備だけだった。

 

 先鋒五万がアルド平原でカスパリウスの魔導戦車部隊に一時間足らずで壊滅した。バルバロッサ将軍の自慢の密集隊形は長距離魔導砲に蹂躙され、帝国が誇る魔術師団は魔導拡散フィールドに完封される。旧時代の戦争の常識が、粉々に砕け散った瞬間である。

 

 残存兵力およそ十五万。だが「通常」という概念は、ルミナス王国の戦場には存在しない。

 

 まず魔導科学技術の差が圧倒的だった。帝国が剣と弓と初歩的な攻撃魔法で戦っているのに対し、ルミナス王国は影鋼鉄を基盤とした魔導兵器を惜しげもなく実戦投入する。長距離精密魔導砲は帝国軍の陣地を三里先から粉砕し、魔導障壁は帝国軍のあらゆる攻撃を露のように弾く。

 

 カスパリウス・ヴォル・ガイア元帥の指揮は冷厳にして正確である。帝国軍の主力が展開した平原を正面から押し潰す。奇策も謀略もない。王国軍は帝国軍を純粋な軍事力の差で圧倒していた。

 

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 だが真に恐ろしいのは正面の戦力ではない。

 

「裏」だ。

 

 ヘルゲート公爵家の作戦は三段構えで設計されている。

 

 第一段はウェネフィカの領分である。

 

 彼女は戦場に姿を見せない。見せる必要がない。帝国軍の補給線に忍び込ませた工作員たちが、食糧や飲料水に微量の幻覚毒を混入する。致死量には遠く及ばないが、精神を確実に蝕む量である。

 

 効果は三日後に現れた。

 

 帝国軍の前線部隊で同士討ちが頻発し始める。味方の顔が敵に見え、友軍の旗が敵国の軍旗に見える。将軍たちは混乱の原因を掴めず、士気は瓦解の一途を辿った。

 

「あら、お母様の仕事はいつも見事ね」

 

 デスデモーナが感嘆する。母の毒術を心から尊敬しているのだ。

 

 第二段はレドラムの出番である。

 

 帝国軍の指揮系統の要所が次々と爆発した。伝令所、狼煙台、補給拠点。精密かつ同時多発的な爆破工作。前線と後方の連携は完全に断ち切られ、帝国軍は無数の孤立した小集団に分断される。

 

 レドラムは丘の上で起爆装置を手に、満面の笑みを浮かべていたという。

 

「素晴らしい! やはり爆発は芸術だ! この連鎖する炎の花弁、見たまえカスパリウス殿!」

 

「……私に話しかけるな、外道」

 

 カスパリウスは視線すら合わせなかったが、その声には隠しきれない感服が僅かに滲む。

 

 そして第三段。これこそがヘルゲート家の真骨頂だった。

 

 デスデモーナ自らが指揮する心理戦部隊である。捕虜となった帝国兵に「ヘルゲート式歓待」を施し、三日後に前線へ送り返す。歓待の内容は公式には記録されていないが、送り返された兵士たちの証言から断片的に推測することはできる。

 

 すなわち、毎食出される料理は絶品だが、必ず一品だけ微量の毒が入っている。どの料理に入っているかは食べてみるまで分からない。就寝時には枕元で美しい音楽が流れるが、不定期に絶叫が混じる。そして毎朝、デスデモーナ本人が「ごきげんよう」と笑顔で挨拶に来る。デスデモーナの笑顔はヘルゲート公爵家でも一等不気味で邪悪だと賞賛されているのだが、それが捕虜たちの精神を殊更に病ませてしまった。

 

 送り返された捕虜たちは異口同音に叫ぶ。

 

「降伏しろ! 降伏した方がマシだ! あの女は──あの女だけは──」

 

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 一方、エリアスは後方で別の戦いを繰り広げていた。

 

 帝国軍の将軍たちに密書を送っていたのだ。

 

 内容は簡潔である。降伏すれば地位と財産を保証する。抵抗すれば、ヘルゲート公爵家が責任を持って「歓待」する。

 

 密書を受け取った将軍のうち、三名がその日のうちに白旗を揚げた。残りの将軍たちも動揺を隠せない。レドラムに教わった人心掌握術の応用。恐怖を与え、同時に逃げ道を用意する。追い詰められた人間は理性よりも本能で動く。

 

 かくして帝国軍は、わずか十日で壊滅する。

 

 二十万の兵のうち、戦死者は一万に満たない。残りは投降、離散、あるいは発狂して戦線を離脱した。戦史家たちは後にこの戦いを「史上最も犠牲者の少ない、そして最も精神的被害の大きい大戦」と記録することになる。

 

 カスパリウスは渋面のまま呟いた。

 

「……認めたくはないが、あの外道の手口なくしてこの勝利はなかった」

 

 この硬骨な軍人にとって、レドラムを賞賛するというのは屈辱以外のなにものでもありえない。

 

 ◆

 

 帝都ドゥームズガルへの進軍。

 

 アレクセイ元帥は帝都への退却を余儀なくされている。

 

 軍事クーデターで政権を掌握してからわずか数ヶ月。宰相を殺害し、閣僚たちを粛清し、皇帝を傀儡と化してルミナスに宣戦を布告したあの男は、今や帝都の城壁の内側で最後の抵抗を試みていた。

 

 残存兵力はおよそ三万。その多くは敗走の中で掻き集めた敗残兵であり、士気は地に落ちている。腹心のバルバロッサ将軍はアルド平原の戦いで捕虜となり、もはや信頼できる指揮官は残っていない。

 

 だがアレクセイは諦めていなかった。

 

 あるいは、諦めることができなかった。

 

 彼の目には未だ、あの危うい理想主義の炎が燃えている。祖国の栄光を取り戻すという夢。ルミナスの邪悪な魔術を打ち破るという幻想。その炎は敗北のたびに、より激しく、より狂おしく燃え上がる。追い詰められた理想主義者ほど危険な存在はない。

 

 皇帝ヴァルケリオン四世は玉座の間で膝を抱えていた。完全にアレクセイの操り人形と化している。宰相の血が飛び散った夜から、彼の目にはもう何も映っていないのだ。しかし──。

 

「アレクセイ元帥。もう、やめにしないか」

 

 皇帝が震える声で言う。

 

「陛下」

 

 アレクセイは恭しく膝をつくが、その目は皇帝を見ていない。

 

「我々はまだ戦えます。帝都の城壁は堅牢です。籠城戦に持ち込めば」

 

「何万の民が死ねば気が済むのだ」

 

 皇帝の声に、かすかな怒りが混じる。傀儡でありながら、この男には最後まで民への慈悲が残っていた。それこそが彼の唯一の美徳であり、同時にアレクセイにとっては最大の障害であった。

 

「陛下。今は帝国の存亡がかかっております。犠牲は避けられません」

 

「犠牲を強いているのはお前ではないか、アレクセイ」

 

 皇帝の目がほんの一瞬、鋭く光る。だがその光はすぐに消え、再び虚ろな瞳に戻った。

 

 ・

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 ルミナス王国軍は帝都を包囲する。

 

 カスパリウスは正攻法の攻城戦を提案した。城壁を魔導砲で崩し、突入する。損害は最小限に抑えられるはずだ。

 

「退屈だなあ」

 

 レドラムが溜息をつく。溜息をつく暇があったら人の提案を聞けと、カスパリウスは思ったが口には出さない。

 

「もっと楽しい方法がある」

 

 レドラムの目が爛々と光った。カスパリウスは嫌な予感がする。嫌な予感は常に的中する。少なくともこの男の隣にいる限り、例外なく。

 

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 その夜から、帝都は地獄に堕ちた。

 

 いや。地獄ならばまだ救いがある。なぜなら地獄には少なくとも秩序がある。罪に応じた罰がある。終わりがある。

 

 だがレドラムが仕掛けた「攻城戦」には秩序も道理も終わりもない。

 

 毎晩、帝都の城壁のすぐ外で晩餐会が催されたのだ。

 

 芳醇なワイン、焼きたてのパン、炙った肉の香りが風に乗って城壁を越えていく。飢えと恐怖に苛まれる帝都の兵士たちの鼻腔を、容赦なく、甘美に、暴力的に刺激する。

 

 笑い声が響く。音楽が奏でられる。時折、レドラムの陽気なバリトンが夜空に響き渡った。

 

「いやあ素晴らしい夜だ! ワインをもう一杯!」

 

 城壁の上で見張りをしていた兵士が泣く。三日も満足な食事を取っていないのだ。

 

 そしてさらなる追い打ち。

 

 二日目の夜、デスデモーナが城壁に向かって拡声魔法で呼びかけた。

 

「帝都の皆様、ごきげんよう。デスデモーナ・ヘルゲートですわ」

 

 透き通った美声が帝都を包み込む。静寂が落ちた。三万の兵士と数十万の市民が息を呑んで耳を傾ける。

 

「もし降伏なさるなら、皆様全員をわたくしの素敵なお友達として歓迎いたしますわ。お食事も、お部屋も、ご用意しております。ヘルゲート家特製の『素敵な悪夢(ナイトメア・ディライト)』も! さあ、一緒に楽しみましょう?」

 

 城壁の上で意見が真っ二つに割れた。

 

「降伏した方がマシだ! 飢え死にするよりは……」

 

「馬鹿を言え! あの女の友達にされるくらいなら死んだ方がマシだ!」

 

 どちらの意見にも一理がある。そしてどちらの意見にも致命的な欠陥がある。すなわち、どちらを選んでも地獄だということだ。

 

 内部分裂が加速した。

 

 三日目の夜、エリアスが最後通牒を矢文で城壁の中に送り込む。

 

 宛先は二通。

 

 一通はアレクセイ元帥宛て。

 

「ドゥームズガル帝国軍最高司令官アレクセイ元帥閣下。三日以内に全軍の武装解除と無条件降伏を行われない場合、我が義父レドラム・ヘルゲート公爵が、閣下の御前に直接ご挨拶に伺う所存です。なお、義父は現在大変ご機嫌麗しく、閣下とお話しすることを心より楽しみにしております」

 

 もう一通は皇帝宛て。

 

「ヴァルケリオン四世陛下。陛下の御身の安全と名誉は、ルミナス王国が責任を持って保障いたします。陛下が望まれるのであれば、この戦を終わらせる道を、我々は用意しております」

 

 文面の対比は意図的である。アレクセイには恐怖を、皇帝には救いの手を差し伸べる。エリアスの外交は冷酷なまでに精密だった。

 

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 城壁の内側で、最後の決裂が起きる。

 

 アレクセイは矢文を握り潰し、抗戦を続行しようとした。だが彼の傀儡であったはずの皇帝が、このとき初めて自分の意志を示す。

 

「もう、終わりにする」

 

 ヴァルケリオン四世は玉座から立ち上がり、アレクセイを見据えた。病弱な体は震えている。だがその目には、クーデターの夜以来ずっと消えていた光が、微かに戻っていた。

 

「余は帝国の皇帝である。傀儡であったとしても、その名においてまだ命令を発する権利がある」

 

「陛下、それは」

 

「黙れ、アレクセイ」

 

 皇帝の声は低く、静かで、しかし有無を言わせぬ力がある。

 

「お前が宰相を殺した夜から、余は全てを見ていた。民が飢え、兵が死に、この帝都が日に日に壊れていくのを。お前の理想は、いつも立派だった。だが理想のために民を殺す指導者を、余はもう認めない」

 

 アレクセイの顔から血の気が引いた。

 

 玉座の間に居合わせた近衛兵たちは、皇帝とアレクセイの間で視線を彷徨わせる。彼らの忠誠は本来、皇帝に捧げられたものだ。クーデターの夜に奪われたその忠誠が、今、元の持ち主に帰ろうとしている。

 

「近衛兵。アレクセイ元帥を拘束せよ」

 

 近衛兵たちが動いた。アレクセイは抵抗しなかった。抵抗する気力が、もう残っていなかったのかもしれない。あるいは、彼もまた心のどこかで、この結末を待っていたのかもしれない。

 

 理想に殉じる覚悟はあった。だが理想のために民を殺し続ける覚悟は、最初からなかったのだ。

 

 ◆

 

 降伏は、その翌朝に行われる。

 

 帝都の門が開いた。重い軋みを上げて門扉が左右に開いていく。門の内側には帝国の文官たちが白旗を掲げて整列し、その奥には帝都の民が不安と恐怖に顔を強張らせて佇んでいた。

 

 帝都の民が予想していたのは、略奪である。暴行である。虐殺である。敗戦国の民に与えられる運命として、歴史上繰り返されてきた定型。

 

 だが門をくぐって最初に現れたのは、カスパリウス元帥の率いる完璧に統率された軍隊だった。一兵たりとも隊列を乱さず、一人の市民にも手を出さず、粛然と帝都の大通りを行進していく。

 

 そしてその後ろから。

 

「いやあ、素晴らしい帝都だ!」

 

 満面の笑みのレドラム・ヘルゲート公爵が現れる。

 

「この陰気な街並み! 灰色の空! 絶望に打ちひしがれた民の表情! 実に、実に味わい深い!」

 

 帝都の民は凍りつく。この男が噂に名高いヘルゲート公爵か。陽気に絶望を賞賛するこの男が、帝国軍を壊滅させた張本人なのか。

 

 降伏の儀式は帝都中央の大広場で執り行われた。

 

 皇帝ヴァルケリオン四世が、石段を降りてきた。痩せ衰え、髭は伸び放題、目の下には深い隈が刻まれている。だがその足取りは、傀儡であった数ヶ月間のどの瞬間よりも、しっかりしていた。自らの意志で降りてきたからだ。

 

 彼は頭上に掲げた帝冠をリチャード国王に差し出す。

 

 リチャードはそれを厳かに受け取った。

 

「ヴァルケリオン殿。貴殿の命と名誉は保証しよう。戦は終わった」

 

 リチャードの声には勝者の傲慢さはない。あるのは深い疲労と、レドラムが隣で何を言い出すか分からないことへの切実な不安だけである。

 

 案の定、レドラムが口を開く。

 

「陛下の寛大さ、実に素晴らしい!」

 

 レドラムは感動したように言った。

 

「生きていれば、これからもたくさんの絶望を味わえるのですから! なあ、ヴァルケリオン殿。死んでしまっては何も感じられなくなる。それはとても、もったいないことだ。だが生きていれば、ああ、生きてさえいれば! この世界にはまだまだ素敵な苦しみが満ちているのだから!」

 

 その言葉は拷問にも聞こえたし、慈悲にも聞こえた。

 

 皇帝は顔を上げ、この不可解な男を見る。嘲笑でも侮蔑でもない。レドラムの目には、心からの温かさが宿っていた。それは本物の善意である。善意でこんなことを言えるという事実が、何よりも恐ろしかった。

 

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 アレクセイは鎖に繋がれたまま、大広場の隅に引き出された。

 

 軍事クーデターで政権を奪取し、宰相を殺害し、帝国を戦争に引きずり込んだ男。その末路である。

 

 彼は憔悴しきっていた。あの危うい理想主義の炎はもう消えかけている。だが完全には消えていない。燃え尽きる蝋燭のように、最後の揺らめきが目の奥にまだ残る。

 

 レドラムがアレクセイの前に立った。

 

「アレクセイ元帥。いや、少佐か。いやいや、どちらでもいい。私は階級には興味がないのでね」

 

「……何の用だ、悪魔」

 

 アレクセイの声は嗄れている。

 

「君は面白い男だな」

 

 レドラムは、いつもの陽気さで言った。だがその言葉の奥には、何か別のものが潜んでいた。

 

「理想のために国を壊した男。祖国を救いたくて、祖国を滅ぼした男。自分が正しいと信じて、全てを間違えた男」

 

 アレクセイの目が見開かれる。

 

「黙れ。お前に何が分かる」

 

「全部分かるさ。なにしろ私も似たようなものだからね」

 

 レドラムは微笑んだ。それは陽気な笑顔ではなく、もっと深い、もっと古い感情を含んだ微笑みである。

 

「違いがあるとすれば、私は自分が正しくないことを知っている、という一点だけだ」

 

 アレクセイは長い沈黙の後、目を伏せた。

 

「……俺は、何がしたかったんだろうな」

 

「それを考えるには、生きていないとね」

 

 レドラムはアレクセイの肩を叩いた。

 

「生きろ、若者。絶望するだけの価値がある人生を送りたまえ。なにしろ絶望こそ、最も人間らしい感情なのだから」

 

 アレクセイの処遇は後にリチャードの裁定に委ねられた。死刑は免れたが、生涯にわたる厄地作業所での労働を命じられる。アレクセイはその判決を聞いたとき、ほんの僅かに笑った。それは自嘲であり、あるいは安堵だったのかもしれない。少なくとも、まだ何かを成せる場所が与えられたのだから。

 

 ◆

 

 デスデモーナがエリアスの腕に手を添え、降伏の儀式を見守っている。

 

「ねえ、エリアス様」

 

 彼女が小さく囁く。

 

「お父様、嬉しそうね」

 

「ああ……本当に嬉しそうだ」

 

 エリアスは恍惚とした表情で頷いた。義父の喜びが純粋なものであることを、もう疑う余地はない。レドラムは心の底から、この皇帝が生き延びたことを喜んでいるのだ。生きていれば苦しめるから。そして苦しみこそが生の証だから。

 

 リリアーナはその光景を陣幕の影から無表情で見ていた。

 

「……奇妙な戦争でした」

 

 誰に言うともなく呟く。

 

「二十万の軍隊を壊滅させて、戦死者は一万に満たない。帝都を陥落させて、略奪も暴行もない。占領軍が最初にしたのは、門前で晩餐会を開くこと。そしてクーデターの首謀者を処刑するのではなく、厄地で働かせること」

 

 彼女は小さく首を横に振る。

 

「この一家の常識は、やはり理解できませんね」

 

 だがその口元には、微かな笑みが浮かんでいた。

 

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 帝都の民が恐怖から解放されるまでには、なお時間を要する。

 

 だが彼らはやがて知ることになる。ルミナス王国が、正確にはヘルゲート公爵家が敷く統治は、恐ろしいが、公正であること。手段は狂っているが、結果は驚くほどまともであること。

 

 そしてそれは、あのレドラム・ヘルゲートという男が、どこまでも陽気に、どこまでも悪趣味に、そしてどこまでも真剣に、この世界の「幸福」というものを追い求めているからこその結果であることを。

 

 もっとも、「幸福」の定義がヘルゲート流であるという一点において、その道のりが平坦であるはずもなかったが。

 

 帝都の夜空に、レドラムの高笑いが響き渡る。

 

「さあ諸君! 祝宴だ! 今宵は帝都の皆さんにもご参加いただこう!」

 

 帝都の民は震えた。

 

 だが不思議なことに、その震えの中に、ほんの僅かな期待が混じっていることに、彼ら自身は気づいていない。

 

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