神殺し兄妹と女神様 作:ダッソー
「ふふ、この私が神との戦いじゃなく、人間との戦いに負けるなんてね。
……でも、これはこれで面白いわ」
腰まで届く夜闇のような黒髪に、漆黒の瞳、全身を包む黒い衣。
まるで夜そのものが形を取ったかのような女神が、楽しげに笑う。
「こやつらに出し抜かれておきながら、ずいぶん呑気なことを言うのう」
そう口を挟んだのは、ボロボロの外套をまとった象牙色の肌をした少年神。
見た目は十五歳ほどだが、放つ気配は輝かしい勝利を象徴していた。
「あら、それはあなたも同じじゃないかしら」
「ふん、抜かせ女王よ。我はお主と違って、慢心で二度も足をすくわれたりはしとらんわ」
「度量が大きいって言ってほしいわね、ウルスラグナ。
私は元々、この世を楽しむために地上に現れたのよ、何事も余裕を持って楽しまなきゃね」
「お主は変わらんやつじゃのう……ここまで愚かじゃと、呆れを通り越して感心するわ!」
「妾は腹立たしいがな。妾にあれほどの陵辱を加えた者が、こうも上機嫌とは」
銀色の髪を月の光のように淡く輝かせ、先の女神と同じく漆黒の瞳をした幼い少女の姿をした女神が、不機嫌そうに吐き捨てる。
「これが私ですもの、仕方ないでしょう?
……でも、それについては少しは悪いと思ってるのよ。これでもね」
その言葉に、アテナは忌々しそうに一つ舌打ちをした。
「それにしても意外ね。あなたが人間の手を借りるなんて。
てっきり自分の力で私に報復すると思っていたけれど」
「妾がこの者たちの手を借りたのではない。妾が助けてやったのだ、履き違えるな。
……だがまあ、よくぞ勝ったと褒めておくがな」
「相変わらず、素直じゃないのね」
「それにしても遅いのう。話に聞く魔女は、新たな“落とし子”の誕生にすぐ気づくと聞いておったのじゃが」
「申し訳ありませんわ、ウルスラグナ様。少し儀式に手間取ってしまったの」
その声と共に、艶やかな女の姿をした女神が現れた。
「久しぶりね、パンドラ」
「ようやく来たか」
「ええ、お久しぶりですわお二方。皆様、遅れてしまって申し訳ありませんわ。でも仕方ないでしょう。
新たな私たちの子供が二人同時に生まれるなんて、初めてのことですもの。
でも安心して。儀式には何の支障もありませんわ」
「ふふっ、苦しい? でも我慢なさい。その痛みはあなた達を最強へ導く代償。
甘んじて受けるといいわ!」
「さあ皆様、この子たちに祝福と憎悪の言霊を!
七人目と八人目の私たちの子供たちに、聖なる言霊を授けてちょうだい!」
「いいわ、草薙静花。あなたは最強の女神である私から、最初に権能を奪った神殺しよ。
あらゆるものに勝利し、全ての栄誉を得なさい。
私が再びあなたと戦うその日まで、この世に名を轟かせ、あらゆる者がひれ伏す最も偉大な女王となるといいわ!」
「よかろう、草薙護堂。新たなる神殺しとして生まれ変わったおぬしに、勝利の神の権能を奪った最初の神殺しとして祝福を与えよう!
誰よりも強くあれ。再び我と戦うその日まで、誰にも負けぬ身であれ!」
「草薙護堂、そして草薙静花よ。今よりあなた達は妾の宿敵だ。
しかるべき時と戦場にて雌雄を決し、あなた達に敗北を与えるのが妾の役目。
いずれ来る大戦にて妾と戦うふさわしき戦士になるまで鍛えてやるとしよう」
そう言うと女神は、倒れ伏していた兄妹を抱え、背から翼を生やすと空へと飛び去っていった。
これは、ある戦いの結末――。
『最後の王』との戦いを望んだ最強の地母神と、その神気に誘われた敗北を求めていた勝利の軍神。
そして『最後の王』の復活の贄として地母神に囚われた女神。
その戦いは、囚われた女神と、彼女に協力した数奇な運命を背負った兄妹の勝利に終わった。
軍神と地母神は敗れ去り、物語はひとつの幕を閉じた――。
明け方、目を覚ましたアテナは、隣で眠る少年を起こすため、自分の唇を彼の唇に重ねた。
昨夜かけた眠りの術を、ゆっくりと解いていく。
やがて少年が呻き声を上げ、まぶたを開いた。
「起きたか」
「……よう」
護堂は上体を起こすと、すぐさま抗議の声を上げた。
「なぁアテナ、いい加減、この起こし方どうにかならないのか。
静花には別の方法で起こしてるんだろ?」
「ならぬ。この方が早い」
「俺は高校生なんだぞ! こういうのはよくないんだって!」
「ならば慣れよ。これも鍛錬の一つだ」
真っ赤になって抗議する護堂を無視し、アテナは部屋を後にした。
次は彼の妹を起こす番だ。
妹を起こす際には眠りの魔術を解く呪文を空気に混ぜ部屋中に充満させて起こしているため時間がかかる。
少し前、護堂と静花が神殺しになってからというもの、アテナが近くにいるだけで二人の体は自動的に戦闘態勢に入り、脳が覚醒状態になる。
そのせいで眠れなくなってしまったのだ。
当初、アテナは「常在戦場の心構え」と放置するつもりだったが、二人の抗議があまりに激しかったため、仕方なく眠りの魔術をかけることにしたのだった。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ」
朝のランニングから戻った護堂に、今日の食事当番の静花が声をかける。
「そこはおはようって返すとこじゃないの?」
「別にいいだろ、兄妹なんだし」
「アテナさんにも同じような挨拶してなかった?」
「あいつは友達だろ」
「あたしは友達と同じ扱いってわけ?……ふん」
静花がむっと顔をそむける。
「同じ扱いって……別に差別してるわけじゃない。どっちも大事だってことだ」
「じゃあ……あたしはお兄ちゃんにとって、すっごく大事な人ってこと?」
「当たり前だろ。十年来の兄妹だぞ」
「そうなんだ……お兄ちゃんったら。あたしのことそんなふうに思ってたんだ。
もう、あたしの前でそんなこと言うなんてちょっと恥ずかしいよ」
先ほどまでの不機嫌が嘘のように、静花は嬉しそうに微笑む。
別にすっごくとは一言も言ってないのだが。
わざわざ訂正する程でもないので、護堂は黙っていた。
ふとテレビに目をやると、東京湾に突如出現したという謎の浮島についての討論が行われている。
地層学者や火山学者らが集まり様々な議論が交わされているが、答えは出ないままだ。
挙句のはてには政府の極秘実験の影響ではないかというトンデモ論まで飛び出していた。
……実際には、ある女神が『最後の王』と戦うために浮上させたものだが、一般人に分かるわけがない。
自分達も関わったことでもあるので、少し気落ちしながらもテレビから視線を外し、護堂は尋ねた。
「アテナとじいちゃんはどうしたんだ?」
「アテナさんなら、おじいちゃんと話があるって言ってた。
もう少ししたら、2人とも来るんじゃないかな?」
2人が話していたちょうどそのとき、アテナが姿を現す。
「アテナ、じいちゃんはどうしたんだ?」
「あなた方の祖父には席を外してもらっている。
妾たちの話が終わるまでは、ここには来ぬ」
「……もしかして神様がらみの話か?」
「その通りだ、護堂、静花。あなた方に見せたいものがある」
アテナはどこからともなく一枚の石板を取り出し、テーブルに置いた。
長方形の古びた石板に、鎖で両手両足を縛られた男が描かれている。
その周囲には、翼を広げた鳥、太陽、月、星のような模様が散りばめられていた。
「……おい、これ、神様の力の気配がするんだけど。何なんだよ、これ」
「察しが良くなったな。良い傾向だが、まだまだだ」
静花が、ふと何かに気づいたように口を開く。
「これって、神様の力を奪ったりするものじゃない?」
「ほう、なぜそう思った?」
静花は自信満々に指差した。
「この縛られてる男って、多分プロメテウスでしょ?
人間に火を与えた罪で磔にされ、鷲に肝臓を食われ続けた。
この石板の絵は、その時の場面を描いたものだと思うの」
「それって神さまのうんちく話か? あんまりそういうのは聞きたくないんけど」
一応は平和主義者を自称しているのだ。戦いの準備などはしたくない。
「護堂、戦士としての気概がまだ足らんようだな。
戦場に立てば荒ぶる神殺しの本能を見せるというのに……嘆かわしい」
「あのな、俺は平和主義者なんだぞ。人を野蛮人みたいに言うなよ」
「野蛮人かはともかく、非常識な人だとは思うけどね」
「どこがだよ、俺は普通人だぞ、静花の方が大物になりそうだけど」
「何言ってんの?あたしはお兄ちゃんと違ってちゃんと常識があるからね。
真面目なことばかり言って、無茶苦茶なことばかりするところとか、おじいちゃんそっくりじゃん」
「な、そういう静花の方こそ母さんそっくりだろ!
すぐに人をこきつかったりするところとか」
「あたしをあの人と一緒にすんな!
あたしは暇そうな人に仕事を与えてるだけ!」
これ以上は不毛ないい争いになると察した2人はため息を吐いた。
静花は一度深呼吸すると、話を戻した。
「はあ。……プロメテウスは文化神で、神々を欺くトリックスターでもあった。
この石板は、その性質を反映したもの。
つまり、神の力を奪い、その力を使えるようにするものなんじゃない?」
「おい、まだその話続けるのかよ」
「ここまで来たら最後まで話した方がいいじゃん
で、どうアテナさんあたしの考え当たってる?」
「然り。これは『プロメテウス秘笈』と呼ばれる魔導書だ。
持ち主が長く語らった神の力を奪い、その力を振るえる」
「便利そうだな……でも何で石板が魔導書なんだ?」
「紙がなかった時代、神々はこうして石に刻んだのだ。
古の魔導書は皆この形をしておる」
「あなた達は知らんだろうが、人間と神が長く話し込むことはまずない。
我らにとって人間など野に生える草花と変わらん。大輪の花があれば愛でもするが、
そうでないのなら、ただ歩み踏み潰す。その程度の存在だ。
それに、奪った力は人間には過ぎたもの。使えば死ぬ」
神にとって人間ひとりひとりのことなど気にもしない。
人間を種族単位でしか認識せず、仮に半数の人間が死のうとも
まだ人間がいるとしか思わないのだろう。
神と出会った場合生きるか死ぬかは神のみぞ知る。
そんな存在と長く話し込まねば使えず、奪った力を使えば死ぬとなると
まともに使えたものではないだろう。
世の中そう上手いことはいかないものだ。
「そもそも何でこれがここにあるんだよ」
「あなた方の祖父が持っておった」
「なんでじいちゃんがこんな物持ってたんだよ!」
聞けば、昔、“魔女”を名乗るルクレチア・ゾラという人物が持っていたらしい。
彼女が昔起きたという祟り神の事件を解決した際、社に置いていった物が
巡り巡って祖父の手に渡ったのだ。
「……それで、それを何でお前が持ってるんだ?」
「祖父に術をかけ、妾に渡すようにしてもらった」
「おい、それ大丈夫なのか?」
「無論だ。本来、祖父が魔女に渡すはずのものをあなた方が渡すことになっただけだ」
「何で俺たちが渡しに行くことになるんだよ。」
「実は近頃、妾の闘神としての気が昂っておってな。
もしや戦いの場が近いておるやもしれんと感じておったところに、『プロメテウス秘笈』が現れてな。
この流れに任せれば必ずやいくさばに行き着くと思ったのだ」
「ねえ、アテナさん、もしかして」
「アテナ、まさかと思うけど」
2人はアテナが自分達に何をさせようとしているのか察し始めた。
「ふむ、気づいたか。そろそろ安寧の日々を終わらせるべきと思うてな。
戦士の女王として、あなた方を戦場へ導く。
千日の鍛錬にも勝る経験になるだろう」
「何でわざわざ危険に飛び込まなきゃいけないんだよ!」
「何でそんなとこ行かなきゃいけないのよ!」
するとアテナがほくそ笑んだ。
「ふむ、良いのか? 神を放っておけば、民は犠牲を出す。
天地は傷つき、嘆きに包まれるぞ」
「くっ」
「ぐぬぬ」
そう言われてしまうと、見過ごすわけにはいかない。
二人はため息をつき、覚悟を決めた。
「わかったよ。それで、どこに行くんだ?」
「妾の版図――人間どもがイタリアと呼ぶ国だ」
こうして、草薙兄妹のイタリア行きが決まった。
その地で、彼らは二柱のまつろわぬ神と相まみえることになる――。
キャラ崩壊していないかとても不安です。