神殺し兄妹と女神様 作:ダッソー
周囲にいた狼たちが四方八方から飛びかかってくる。しかし次の瞬間には、静花は別の場所へと転移していた。
転移先でもすぐに狼たちが襲いかかってくるが、それもまた転移で回避する。
「……あいつ、全然攻めてこないなぁ」
先ほどから飛びかかっては転移して、また飛びかかっては転移する。その繰り返しで何も変化がない。
だが、山頂に鎮座する大口真神はしっかりとこちらを見据えていた。
ただこちらに襲いかかるのではなく、配下の眷属たちにまず攻撃させ、様子をうかがっているらしい。
静花は能力によって周囲の地形と狼たちの正確な位置を把握していた。
転移すればすぐに狼たちがそこへ殺到する。それは、大口真神の嗅覚が転移先を嗅ぎ取り、即座に眷属へ指示を飛ばしているからに違いない。
麓の森だけでなく、山の斜面にまで狼たちが散らばり、転移直後を狙おうと網を張っている。
さて、どうしたものか。このまま転移を続けても埒があかない。
町に転移して『松明』で一掃するのが早いか。
その後は付近の建物を贄に『弓矢』で狙撃すればいい。
強力な攻撃は、下手に出し惜しむよりも大胆に使った方がいい。
そう結論づけ、近隣の村である片品村へ転移する。
そして『松明』を発動した。
「恐るべき女神の火よ! 我に仇なす者どもに裁きを下せ。
その破滅の火をもって、我が敵を壊し、滅ぼし、すべてを奪い尽くせ!」
暗闇が辺りを覆う。直後、天に劫火が現れ、地上へと降り注いだ。
大口真神が咆哮を上げ、自身を包むように結界を展開する。
次の瞬間、『松明』の炎が着弾し、地上のすべてを焼き払った。
天を焦がす火柱が立ち上がり、上州武尊山を中心に半径数キロのクレーターが穿たれる。
……メルカルトの時より威力が出ている。
だが、意図したより火力が抑えきれていない。本来、ここまでの破壊を望んだわけではなかった。
権能の掌握が未熟なのだろう――威力の調整が効かない。
そう思いながらクレーターの中心を見下ろす。
カンピオーネの夜目なら、闇の中でも視界は確かだ。
そこには、全身を焼き焦がされながらも再生しつつある大口真神の姿があった。
狼は、かつて田畑を荒らす鹿や猪を狩り、農作を守った。
そのため農業の守護と五穀豊穣の神として崇められた。
その豊穣の力が、再生能力として働いているのだろう
「陽光よ、運び手たる我が手に集え!」
静花は付近の電信柱を贄に捧げ、『弓矢』を創り出す。
引き絞った弓から矢が閃光のように放たれた。
大口真神は獣の俊敏さで横へ飛び、矢をかわす。
地面に突き刺さった瞬間、矢が爆ぜ、爆風が土煙を巻き上げた。
『弓矢』は応用の利く権能だ。
閃光を生む矢、爆発する矢ーー使い勝手は抜群だ。
大口真神の体毛が逆立ち、そこから狼たちが飛び出す。
瞬く間に数百の群れとなり、地を蹴って静花へ迫った。
静花は矢を四本同時に番え、空へと放つ。
矢は上空で炸裂し、無数の光を降らせた。
降り注ぐ光に狼たちは貫かれ、次々と倒れていく。
だが、大口真神には通じない。
多少の傷は与えられるがすぐさま再生してくる。
「……だったら!」
大口真神へ向けて矢を放つ。
しかし、咆哮一つで光の矢は弾かれ、空気が震えた。
ーーならば、ゴリ押しだ。
静花は矢を連続で放ち始めた。
大口真神の全方位を囲むように、光の矢が曲線を描き降り注ぐ。
結界が展開され、矢が弾けて光の粒となる。
それでも撃ち続ける。
光の奔流が機関銃のように唸り、大口真神の結界を削り取っていく。
狼神が群れを引き連れ突撃してくる。
闇夜の中、流星が流れ、世界が光に呑み込まれた。
「我は全てを与えられしものにして、全てを奪い去るもの!」
光で大口真神の姿が見えなくなった瞬間、静花は聖句を唱え、強力な矢を放つ。
光に包まれた中を貫くその矢は結界を突き破り、大口真神の肉体に突き刺さった。
直後、轟音と共に爆発が起こり、狼神の巨体を抉る。
だがそれでも大口真神は止まらない。群れと共に突進し、傷など意にも介していない。
「ちょっとは怯みなさいよ!」
思わず毒づきながら、静花は光弾を連続で放ち、目前の狼たちを蹴散らした。
しかし、肝心の大口真神にはほとんど効果がない。
群れはある程度減らせたが、このままではすぐに距離を詰められる。
能力を切り替えようとした――その瞬間、背中に鋭い痛みが走った。
「ぐうっ!」
振り返ると、背後に回り込んでいた狼が爪を振り下ろしていた。
静花は即座に矢を放ち、その頭を貫いて仕留める。
「あいつ……いつの間に!」
どうやら大口真神は群れの一部を迂回させ、奇襲を仕掛けていたらしい。
「恐るべき門よ、鍵持つ我が今こそその門を開けよう!」
冬の権能を発動。周囲の温度が一気に下がり、極寒の世界が広がる。
氷の力で傷口を覆い止血すると、激痛が走った。
「いったっ……!」
凍傷の痛みに顔を歪めるが、このまま出血し続けるよりはマシだろう。
目前まで迫り来る大口真神を鋭く睨みつけながら、静花の体が吹雪に巻き上げられる。
静花は空中で両手を大きく広げ、パキパキという音と共に数十本もの巨大な氷柱が形成されていった。
それらは静花が両腕を振り下ろすとともに標的である狼神へと一斉に叩きつけられる。
地面に氷柱が刺さる度に衝撃が走り、雪煙が巻き上がる。
だが、大口真神はその巨体からは考えられない速度で左右へ飛び、氷柱をかすりもしない。
氷柱の雨を抜けた瞬間、狼神はそのまま空へ跳び上がり、口を大きく開いて静花を噛み砕こうと迫った。
静花は即座に吹雪の力を片手に収束させ、バスケットボールほどの球に圧縮する。
周囲の温度が一段と下がり、息をするだけで肺が痛むほどの冷気が凝縮されていく。
「……っ!」
それを狼神の口へ投げつける。
次の瞬間、爆音が響き、白い世界が弾けた。
吹雪の爆発が大口真神の顔面を包み込み、周囲は一瞬何も見えなくなる。
しかし、炸裂した白煙を突き破り、大口真神は勢いを緩めず突っ込んできた。
右の爪が勢いよく伸び、空中の静花を裂こうと迫る。
静花は吹雪を操り水に流されるように左に回避する。
同時に彼女の左右に巨大な氷柱が現れ、狼神へ向け放たれた。
だが大口真神は左の爪を横薙ぎに振り払うと、氷柱はまとめて粉砕された。
砕けた氷片が雨のように降る中、大口真神の体毛が逆立ち、そこから次々と狼の眷属が生み出される。
無数の狼達は空中に灰色の群れを作った。
低い唸りとともに、大口真神が咆哮を放った。
衝撃波が一直線に走り、大気が震える。
静花は氷壁を瞬時に生成し受け止めるが、眷属の狼たちが側面に回り込み飛びかかってくる。
さらに正面からは大口真神が突撃。
「っ……!」
静花は冬の力を圧縮して複数の冷気爆弾を生成し、自身の周囲にふわりと浮かせて配置した。
それを機雷のように空中に静止させると共に自身は墜落するように急降下をする。
静花が急降下すると同時に、狼たちが爆弾へ飛び込み冷気の爆発が起こった。
雪煙が激しく立ち上り、眷属たちは氷片となって吹き飛ぶ。
大口真神はその肉体が部分的に凍り付き流血しているものの、傷はすぐに塞がり、凍結部分すら剥がれ落ちていく。
雪煙が薄れる中、静花と狼神は互いに距離を取り、
ただ静かに、しかし殺意を帯びた視線を交わした。
神と神殺しは再び勢いよく激突した。
大口真神は、ニホンオオカミが神格化された神である。
「真神」とは「まことの神」「正しい神」という意味を持つ。
『日本書紀』によれば、日本武尊が東征の際、御岳山を登っていると、白鹿の姿をした邪神が道を塞いだ。
日本武尊は
その時、白狼が現れ、日本武尊らを導いた。
日本武尊は自分たちを導いたその白狼に対して
「大口真神としてこの御武山に留まり、すべての魔物を退治せよ」
と命じたとされる。
この伝承から、大口真神は魔除けの神として知られるようになった。
また、ニホンオオカミは古来より畑を荒らす鹿や猪を捕食していたため、農業を守る神としても信仰されている。
守護神としての性質が広く知られる一方で、大口真神は獰猛な狼の習性も併せ持っていた。
『万葉集』には「真神が原」という地名が登場する歌があるが、これは大和国(現在の奈良県)に棲む人をも捕食した獰猛な老狼が神格化され、その地を「真神が原」と呼んでいたことに由来する。
大口真神は、荒ぶる神と守護神、その両方の性質を併せ持つ神なのだ。
まつろわぬ神として顕現したのはある意味で当然とも言えた。
獰猛な牙でその華奢な体を噛み砕こうと、巨大な口を開けて迫り来る。
静花は右手を伸ばし氷柱を生成すると、その口へと放ち、自身は吹雪とともに上昇して回避した。
氷柱は確かに口内へと吸い込まれたはずだった。
だが、悲鳴どころか、痛みを覚えた気配すらない。
吸い込まれた瞬間、攻撃が防がれたようにも思える。
何度か口の中を狙ったが、やはりダメージが入っている様子はなかった。
戦闘中のためよく見ることができなかったが、もしかするとあの口の中は特殊な空間になっており。口内に入ったものを“権能”で噛み砕かれているのかもしれない。
そう思考しながら、大口真神の頭上へ舞い上がった静花は、吹雪でできた大蛇を生成し、巨大な狼へと向かわせた。
「オオオオオオオオオオオオン!!」
咆哮とともに放たれた衝撃波が大蛇を砕き散らす。
続けざまに飛ぶ衝撃波が静花に迫る。
静花は空中で身を翻し、右へ旋回しながら回避し、防ぎ切れないものは氷壁を展開するか、吹雪の力を圧縮して投げ放つことで相殺した。
「元気なくなってきてるんじゃないの?」
次第に衝撃波の密度が落ち、動きにも鈍くなっている。
召喚される狼の数も目に見えて減っていた。
「それも当然だよねー。
あたしの『松明』から生き残るために、かなりの呪力を使ったんだから。
体力勝負じゃ、あんたがあたしに勝てるわけないよね」
静花は薄く笑いながら言った。
大口真神は『松明』の炎を耐えるため、結界と再生に大量の呪力を消費していた。
その後も傷の回復や攻撃のために残った呪力を削られていったのだ。
静花も攻撃にかなりの呪力を使っているが、大口真神のように防御や再生に使っていない。
ただ余裕を持ちながら攻め続ければどちらが先に呪力が切れるかは分かり切っていたことではあった。
静花が巨大な氷柱を生成して投げつけると、巨狼はそれを牙で噛み砕いた。
だが次の瞬間、下から吹雪で形づくられた大蛇が跳ね上がり、その巨体へ巻き付いて凍らせにかかる。
大蛇が締め上げると同時に、静花は自身の周囲に吹雪の爆弾を六つ生成し、そのまま一気に投げつけた。
巻き付かれた大口真神は大蛇を砕こうとするが、動きが鈍い。
もがきながらも解けないまま、爆弾が直撃する。
巻き付いた大蛇ごと爆発に呑まれ、巨狼の肉体は抉れ、凍り付きながら吹き飛ばされた。
たまらず大口真神が悲鳴を上げる。
静花は続けざまに右手を掲げ、数十メートルの氷柱を生成して投げつけた。
大口真神は今度こそ防ごうと結界を張り、正面から受け止める。
だが次に吹雪が左側から殴りつけた。
凍える暴風に煽られ、体勢を崩したところへ吹雪に混じっていた氷柱の破片が体表に突き刺さる。
体勢を崩している隙を逃さず、静花は両手を前に出し吹雪の力を溜め込んだ。
膨大な冷気が球体状に圧縮され、それを隙だらけの大口真神へと放つ。
轟音とともに巨大な爆発が起こり、雪煙と氷の破片が空へ散る。
戦果を確認する間もなく、静花は再び巨大な氷柱を生成し、雪煙の中へ迷いなく投げ込んだ。
直後、巨大な悲鳴が響きわたり、雪煙が晴れた。
そこには全身の肉を抉られ凍り付き、肩には巨大な氷柱が深々と突き刺さった大口真神の姿があった。
「結構しぶといなぁ」
ダメージは確実に蓄積しているはずなのに、大口真神はなお生きている。
それに『冬』の効果時間もそろそろ尽きる。
「でも、もう終わるかな」
静花は焦ることなく、大口真神の姿を真っ直ぐに見据えた。
大口真神の取れる手段は、もうほとんど残されていない。
このまま静花の猛攻に押し切られるか、呪力切れまで粘るかのどちらか。
たとえ『冬』が切れようと、静花にもまだ第一権能の能力が残っている。
大口真神の敗北は、もはや確定事項と言っていい。
敗北以外の結末を取れる手段は一つしかないだろう。
次の瞬間、大口真神が天へ駆け上がった。
静花は追撃をしない。
地面を一望し、森が残っている地点へとゆっくり降り立つ。
「やっぱり、そうくるかー」
天高く舞い上がった大口真神の肉体が溶けるように崩れ、黒煙が吹き出す。
そして煙が晴れたとき、二キロメートル級の巨大な狼の顎門が空に口を開いていた。
残っている呪力を振り絞り、静花を自分と共に道連れにするつもりなのだろう。
これさえ凌げば静花の勝ちだ。
試しに氷柱を幾つか口に投げ込むが、触れた瞬間に砕け散った。
やはり物理的な牙ではなく、内部に入った瞬間に権能で噛み砕いている。
「これなら大丈夫かな」
もしも単純な物理的破砕が主体なら、別の手段を講じる必要があったが。
権能による破壊なら問題はない。
静花が森へ降りたのは、この能力を発動するためだ。
「死せる者たちよ、我に供物を捧げよ。我は供物を食らい、我が身を力で満たす!」
聖句と同時に、周囲の森林がみるみる枯れていく。
生命を贄とすることで『再生』の能力を得る。
その再生能力はたとえ半身を引きちぎられようとも瞬時に元へ戻る、不死に近いものだ。
これに呪力抵抗を重ねれば、あの噛み砕きの権能にも耐えられるだろう。
「はあ……服はボロボロだし、痛い思いばっかりだし……ほんっと最悪」
迫る巨大な顎を見上げながら、静花はぼやく。
服は裂け素肌がところどころ露出し、すでに治っているが肌には裂傷があった。
「神様のくせに人の願いも叶えずに、迷惑だけかけるなんて……神様名乗るのやめたら?」
大口真神の顎はもう目前だった。
「ならせめてあたしの服の代金。
その命と権能で、あたしに弁償しろ!」
叫んだ瞬間、静花は巨大な口へ飲み込まれた。
闇が全身を覆い、押し潰されるような圧力が襲う。
筋肉が裂け、骨が砕け、内臓が破裂する――だがそのたび、逆巻くように再生が起きる。
さらに呪力抵抗を高め、圧力に抗い続ける。
血が噴き、骨が飛び、肉が裂ける。
それでも即座に巻き戻すように修復される。
全身を焼くような激痛に、静花は思わず悲鳴を漏らした。
どれほどの時間が経ったのか。
やがて圧迫は消え、周囲が光に満たされていく。
視界が晴れたとき、静花を中心に巨大なクレーターが形成されていた。
その直後、体の奥に重みが加わり、新たな権能が馴染む感覚が生まれた。
「可愛い妹がこんな目に遭ってるっていうのに……お兄ちゃんは……!」
戦いが終わるや否や、兄が女に会いに行っている姿が脳裏に思い浮かぶ。
今ごろ、あのエリカとかいう女に惚れられてでもいるのだろう。
「帰ってきたら絶対に、お兄ちゃんはあたしに付き合わせてやるんだから……!」
兄が女のところへ行っていた間に、自分は神と死闘を繰り広げていたのだ。
それくらいの埋め合わせはしてもらわないと割に合わない。
そう思うと、静花はその場にどさりと横たわった。