神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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十二話

朝、ホームルーム前の教室で、護堂は友人の名波から話しかけられた。

 

「我が同志草薙よ。お前に、先達として贈り物があるんだ」

 

「何だよ同志って。今まで普通に友達付き合いしてただろ?」

 

クラスの三バカのリーダー格である名波が、ニヒルな笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

「草薙、友と同志は違う。たとえ種族が違っても、友にはなれる。

だが、同志になるには、同じ道を歩み、志を分かち合う血と魂の絆が必要なのさ」

 

訳知り顔で、名波は語り始めた。

 

「オレたちの調査の結果、草薙、お前はオレたちと同じ孤独を抱える漢だとわかったんだ」

 

「ああ。世界の荒波に飲まれようと、貫き通さなければならない信念を持つ漢だと……!」

 

高木も反町も、何やら熱弁している。

一体、自分のどこがこの三バカの琴線に触れたのだろうか。

 

「今はまだ自覚がないお前に、道標として用意したものがある。

受け取るといい!」

 

名波は自分の席に戻ると紙袋を取ってきて、そのまま護堂に押し付けた。

何だこれはと中身を見ると、ゲーム機とソフトが入っていた。

 

「……学校に何持ってきてるんだよ。見つかったら没収されるぞ」

 

「ふ。同志のためなら、その程度のリスク、何とでもないさ」

 

名波がキメ顔で言ってくる。

この三バカの行動力は、草薙一族に匹敵するのではないだろうか。

 

そう思いながら、周囲にバレないようにソフトのパッケージを見ると、

『リトル☆ナイト ロリ神との秘め事』

と書かれたタイトルと、幼い少女のイラストが描かれていた。

 

「……は?」

 

思わず、間の抜けた声が漏れた。

 

「隠すことはないぞ草薙。お前がロリコンだというのは、すでに調べがついている」

 

「隠してない! 俺がロリコンだなんて、どこで調べたんだ!」

 

すると、アルカイックスマイルを浮かべた反町が、

微笑ましいものを見るかのような優しい眼差しで声をかけてきた。

 

「誤魔化すことはないぞ草薙。

お前が中学生くらいの女の子に目を奪われているところを、目撃しているからな」

 

「っ!」

 

自分がそんな変質者まがいのことをしていたとは。

草薙が自らの行動に驚愕していると、三バカはなおも続けた。

 

「確かに、お前の趣味はマニアックだ。

理不尽な現実はお前を拒絶し、孤独を与えるだろう!」

 

「だが、ここには同志がいるんだ!

お前と同じように、過酷な現実と戦い続け、己を貫き通してきた同志が!」

 

「そうだ草薙! お前は一人じゃない!

オレたちと共に、同志として道を歩もう!」

 

少年漫画に出てきそうなことを言っているが、

要するに「性癖に正直になれ」と言っているだけである。

 

護堂としては、ロリコン扱いを認めるわけにはいかない。

否定するしかなかった。

 

「そんなの事実無根だ。そんなこと、やってないからな」

 

名波が、迷える子羊を見るような目で護堂を見た。

 

「ふ。お前はまだ正直になれないようだな、草薙。

だが、それもこの『リトル☆ナイト ロリ神との秘め事』をやれば変わるはずだ!」

 

「ウム! 突然押しかけてきた美少女と暮らすという王道設定!

それが幼女であることで、周囲にバレないように暮らす背徳感がたまらんのだ!」

 

「それでいて、シナリオも奥深い!

怒涛の衝撃と、涙あふれる感動をプレイヤーに与える、素晴らしい作品だ!

お前もこのゲームをプレイし、己を改めるといい!」

 

三バカは「必ずプレイして感想を語れ」と言い残し、護堂のもとを去っていった。

 

護堂は改めてパッケージを見つめた。

そこには、銀髪の幼い少女が描かれている。

 

それを見ているうちに、次第にアテナのことを思い出してしまう。

 

淡く煌めく銀色の髪。

神秘的な深い闇の瞳。

儚く美しい幼い肢体と、抱きしめた時に感じた生命力。

彼女の、わずかなふくらみと――

 

そこまで考えたところで、護堂は頭を振った。

 

これ以上、思い出してはならない!

思い出したが最後、後戻りできなくなってしまう!

 

色んな意味で過激な夜の記憶を振り払うべく、護堂は頭の中で必死にお経を唱え始めた。

 

ちなみにだが、「ロリコン」という言葉は精神医学には存在せず、正確には「ペドフィリア」と呼ばれる。

 

ペドフィリアの定義の一つに、十三歳以下の少女に興奮を覚え、それを実行に移す、というものがある。

 

護堂はアテナに襲われたとはいえ、途中からは開き直って『実行』に移していたため、すでに手遅れだったりするのだが本人は気づいていない。

 

昼休みのチャイムが鳴り、各々が食事を取ろうとしたその時、教室の扉が開き、万里谷が入ってきた。

 

「突然申し訳ありません。草薙さんはいらっしゃいますか?」

 

万里谷がその言葉を発すると同時に、教室にいたすべての男子生徒が一斉に草薙の方を向いた。

 

「静花さんから昼食のお誘いを受けましたので、草薙さんもぜひご一緒していただけないかと」

 

その瞬間、何人かの男子生徒が音を立てて崩れ落ちた。

 

「あら、わたしも一緒に食事をしてもいいかしら、祐理?」

 

そう声をかけたのはエリカだった。

エリカはつい先日、ミラノからの留学生としてやって来たばかりだが、「本国で大学卒業者と同程度の単位をすでに取得済み」という理由で、フレックスタイムでの通学が許可されているという、滅茶苦茶な理論が適用されている。

 

当然ながら、この無茶な言い分を通すために、催眠系の魔術が使われているのだが。

 

「生憎ですが、私はエリカさんのふしだらな思惑を邪魔するために、ここへ来たのです」

 

祐理はエリカに対して、毅然とした態度でそう言った。

 

――万里谷がこうして護堂を食事に誘ったのには、理由がある。

 

『エリカ・ブランデッリが草薙護堂氏を籠絡しようとしている?

それはいけませんね。このままでは、彼女の誘惑にぐらついて利用されてしまうかもしれません』

 

『ですから、祐理さんが草薙兄妹に対する影響力を大幅に増やしましょう!

他の女性に誘惑されたり、自身の権能に目がくらんで暗黒面に堕ちそうな時、彼らを正しい道へ導くのです!』

 

『え? 自分にはエリカ氏のような魅力がない?

叱ってばかりで良い印象を持たれていない?

ご安心ください。世の中には“オカン属性”というものがありましてね』

 

『母親のように世話を焼く人のことなんですが、彼らは母親とは疎遠らしいですから。

あなたが母性を発揮し、時に叱り、時に甘やかせば、男なんてイチコロですよ。

草薙静花氏も、あなたを慕っているようですし問題ありませんよ。

試しに、手作り弁当を贈ってみてはどうでしょう?』

 

――などと吹き込んだ、正史編纂委員会のエージェントがいることを知らない。

 

「う、うおおおおお!妹である静花ちゃんだけでなく、万里谷さんとエリカさままでだと!」

 

「草薙! お前は俺たちと同じ孤独な者ではなかったというのか?!

う、裏切り者ォ! よくもだましたなぁ!」

 

「我々恋愛共産主義は不法に富を独占するブルジョワジーに共産主義の思想と平等の名の下正義の裁きを下すことを誓う!」

 

「草薙ィ!夜道には気をつけるんだな!」

 

「非モテ達を敵に回したことを後悔するがいい!」

 

「草薙に死を!我々プロレタリアートは草薙を決して許しはしない」

 

三バカを筆頭に、クラス中の男子生徒たちの怨嗟と恨みが、護堂に一斉にぶつけられた。

 

このままここにいれば、男子たちに呪い殺されかねない勢いである。

 

「……万里谷。言いたいことがあるのはわかったから、とりあえず場所を変えないか?

ここじゃ、話しにくいだろうからさ」

 

護堂はそう言ってから、エリカにも「ついてこい」と身振りで示し、万里谷の後についていくことにした。

 

教室の外へ出て万里谷についていくと、屋上へと案内された。

 

昼休みの屋上にはすでに何組かのグループがいて、弁当を食べたり、すでに食べ終えて遊んだりと、そこそこ賑わっている。

 

その中に静花が待っていた。

 

「万里谷先輩、遅かったですね。

何かあったんです——」

 

そこまで言いかけたところで、兄である護堂とエリカに気づいた。

 

「……お兄ちゃん、いつの間にエリカさんと仲良くなったの?

手が出るのが本当に早いよね。少しは落ち着きなよ?」

 

静花は護堂に毒づくように言った。

 

「静花、俺はエリカに手なんか出してない」

 

「どうだか。お兄ちゃんの自己申告なんて、ちっとも当てにならないからね」

 

そう言いながら、静花は購買で買ってきたサンドイッチの袋を開け、頬張り始めた。

 

一方、護堂の弁当は、おにぎりと各種漬物という極めてシンプルなものだった。

 

護堂と静花のまったく手の込んでいない昼食に比べ、エリカと万里谷の弁当は明らかに手が込んでいる。

 

万里谷の弁当箱は小ぶりながら、卵焼き、ほうれん草の和え物、鰤の照り焼きにプチトマトが添えられ、色鮮やかで美味しそうだ。

 

エリカの方は、野菜を挟んだバゲットサンドに、オリーブの実が入ったプラスチック容器、そして丸ごとのリンゴと、いかにも欧風なランチだった。

 

やはり育ちが良いと食べる物も違うのだろうか。

半ば感心に近い感想を二人に抱いていたのだが、エリカが何食わぬ顔でワインを取り出したところで、護堂は思わず面食らった。

 

「エリカ、お前は学校で何を飲もうとしてるんだ!」

 

「あら、イタリアでは昼食にワインを飲むのは普通のことなのよ」

 

「ここは日本で、しかも学校なんだぞ!

そもそもお前、イタリアでも飲める年齢じゃないだろ!」

 

「確かに法改正で十八歳以上しか飲めなくなったけど、飲酒文化自体は残っているから、十八歳以下でも飲むのは珍しくないのよ」

 

エリカの言う通り、イタリアでは法改正により十八歳以上しか飲酒できなくなったものの、飲酒文化自体は残っており、親が酒を買って子供が飲むという光景も珍しくない。

 

「エリカさん。ここはイタリアではなく、日本で、しかも学校の中です。

郷に入っては郷に従うもの。そうした規則を乱す行いは慎むべきではありませんか?」

 

万里谷は凛とした表情で、きっぱりとエリカに言った。

 

「仕方ないわねえ。これは後で飲むことにしましょうか」

 

そう言って、エリカはワインボトルをしまった。

 

「……あなた達兄妹って、似た者同士よねえ。私たちの弁当と比べると、趣向がないわよ」

 

「人の弁当を興味津々に見て、そんな正直な意見を言うなよ」

 

「別にいいじゃん、食べられれば。何か文句でもあるの?」

 

料理のセンスが護堂よりもさらにイマイチな静花が、不服そうに言った。

 

「あの……よろしければ、どれか一つ、お好きな物を食べませんか?」

 

万里谷が遠慮がちに言う。

 

すると、遠慮なくエリカが卵焼きに手を伸ばした。

 

「悪くない味ね。でも、アリアンナ並みに私好みの、ふわふわでとろとろな風味を出してほしかったけど……そこまで言うのは贅沢よね」

 

エリカは上から目線の評価を、万里谷の卵焼きに下した。

 

「お前、人の料理を食べておいて、一言多くないか?」

 

エリカに文句を言いながら、護堂もだし巻き卵をつまむ。

 

確かに、いい味のだし巻き卵だ。鰹出汁の風味が心地よい。

 

「ほんとだ、美味しい……作ったのは万里谷さんのお母さんですか?」

 

静花も護堂に続いて、卵焼きを分けてもらった。

 

「いえ、私が作った物です。ただ、前の夜に母が作った残り物もありますから、すべて私が用意したわけではありません」

 

「万里谷は料理が上手いんだな。……もしかして、エリカも自分で用意したのか?」

 

「私のは、アリアンナが用意してくれたものよ」

 

「アリアンナ?」

 

「アリアンナ・ハヤマ・ハリアディ。私の直属の部下で、身の回りの世話をしてもらってるの」

 

それは部下というより、メイドではないだろうか。

どうやらこの中で、まめに料理ができるのは万里谷だけだったようだ。

 

思わず万里谷と二人を見比べてしまう。

 

二人はその視線に気づいたらしく、静花は不満そうに兄を見つめ、エリカはわざとらしく空へと目を向けていた。

 

学校が終わり家に帰宅すると、先に家に帰っていた静花がいきなり声をかけてきた。

 

「おかえり、お兄ちゃん。……早速だけど、あたしと一緒に神話の勉強してもらうから。いい、分かった?」

 

テーブルの上には神話の本はもちろんのこと、歴史、考古学、民族学、民俗学の書籍が山のように積み上げられている。

 

草薙家はかつて古本屋だったため、書物には事欠かない。

 

「あのな静花、帰ってきたばかりだから、そういうのは少し休んでからだな……」

 

「この前もそう言って、お兄ちゃん、うやむやにしてやらなかったでしょ。

今日という今日は絶対に逃がさないからね!」

 

護堂は静花から逃れるため、二階の自室へ避難しようとしたが、アテナによって道を塞がれてしまった。

 

「護堂、あなたは愚かしいよな。妾があれだけしてやったというのに、この体たらくとは……まだ教え足りなかったようだな」

 

アテナは暗く鋭い眼光で護堂を見据えた。

 

「まさか……またアレをするつもりなのか!」

 

「当然であろう。言葉をいくら紡いでも改まらぬなら、力づくで教え込むのがよかろう」

 

「わ、分かった、やるから! それだけは止めてくれ!」

 

絶対に、あんなことはしないと誓ったのだ。

もし次もやってしまえば、手遅れになってしまうような気がする。

 

静花は二人を訝しげに見つめたが、アテナが煮え切らない護堂に、きついお灸でも据えたのだろうと納得した。

 

実際は、アテナが護堂を無理矢理性的に襲うという、とんでもないことをしたのだが、さすがにそんなことまでは想像できなかった。

 

「じゃあ、お兄ちゃん、まずは日本神話からね。

それと、アテナさんも手伝ってくれるって言ってたから。

あたしが知らないところも、全部きちんと教えられるから安心していいよ」

 

「ああ。知恵の女神であるこのアテナが、直々に教えを授けてやるのだ。

本来ならば、その栄誉に随喜の涙を流さねばならんのだぞ」

 

静花もある程度の神話の知識はあるが、そのすべて網羅しているわけではないため、アテナの力を借りることにしたのだ。

 

護堂は、うんざりするほど積み上げられた本の山を見つめながら、これから訪れる苦行にため息をついた。

 

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