神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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十三話

「あなた達の故国であるこの島の神話における『カミ』の観念は、自然から見出された自然崇拝、人の手によって作られた物をも『カミ』とする精霊崇拝、そして死者の魂を対象とした死霊崇拝に分けられるな」

 

アテナはそう切り出した。

この国の神話を語るにあたっての基本として、まずは『カミ』の観念から語り始めたのだ。

 

「……自然崇拝とか死霊崇拝は何となく分かるんだけど、精霊崇拝って何だよ?」

 

すると、静花がジトっとした目で護堂を見る。

 

「お兄ちゃん、そんなことも知らないの?

おじいちゃんは民俗学者なんだから、少しくらい興味持っててもいいと思うけど?」

 

「じいちゃんが民俗学者だからって、孫もそうなるわけじゃないだろ」

 

兄妹が言い合う中、妹である静花は机の上にある教材の一つを開き、護堂に説明を始めた。

 

「いい? そもそも自然崇拝っていうのは、山や川、雷みたいな自然現象をそのまま神格化して信仰すること。

それに対して精霊崇拝は、自然現象だけじゃなくて、人の営みや人工物を含めた、あらゆる物に霊性を見出して神格化する考え方なの」

 

「そして、精霊崇拝は自然崇拝から発展したもので、両方の性質が重なり合うことも多いの」

 

「最後に死霊崇拝は、死んだ人の魂そのものを崇める信仰ね」

 

そう言いながら、静花は開いた本を指差して説明を続けた。

 

精霊信仰の一例として、『蛇』が挙げられる。

『蛇』は、自然信仰と精霊信仰、その双方の性質を併せ持つ存在だ。

 

世界各地で、雷や河川から蛇が見出され、神格化されてきた。

蛇は脱皮する習性と大地を這う姿から、生命力と大地の象徴とされ、地母神と結びつけられることも多い。

 

河川や雷と結びつけて蛇を神格化するのは自然信仰の側面であり、

その生態や象徴性そのものから霊性を見出すのは精霊信仰の側面だ。

 

「お兄ちゃんも、ヤマタノオロチくらい知ってるでしょ?」

 

「それくらいはな」

 

「ヤマタノオロチは、たたら製鉄に必要な砂鉄を川から採取した影響で起きた川の氾濫を神格化した存在であると同時に、たたら製鉄そのものの象徴でもあったの」

 

ヤマタノオロチの姿は、赤い目を持ち、腹には血が滲み、その体には杉や檜を生やした、八つの頭と尾を持つ、八つの山谷を越えるほど巨大な蛇だ。

その八つの頭と尾は川を、赤い目と血の滲んだ腹は、たたら製鉄の炎を象徴していると考えられている。

 

そしてヤマタノオロチの神話の内容はこうだ。

 

高天原を追放された須佐之男命(スサノオノミコト)は、出雲国(現在の島根県)斐伊川上流の鳥髪山(船通山)に降り立った。

そこからしばらく行くと、美しい娘と老夫婦が泣いているのを見かける。

 

老夫婦は大山津見神の子である足名椎(アシナヅチ)と手名椎(テナヅチ)、娘は櫛名田比売(クシナダヒメ)と名乗った。

夫婦には八人の娘がいたが、年に一度、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が現れては娘を一人ずつ食らい、今年はいよいよ最後の娘である櫛名田比売がその番だという。

 

須佐之男命が八岐大蛇について尋ねると、

「目はホオズキのように赤く、一つの胴体に八つの頭と八つの尾を持ち、体には苔や杉、檜が生え、長さは八つの谷と八つの山に及び、腹には常に血が流れただれている」

と語られた。

 

須佐之男命は櫛名田比売との結婚を条件に、八岐大蛇の討伐を申し出る。

まず彼女を爪櫛の姿に変えて髪に挿し、足名椎と手名椎に、七度絞った強い酒を醸し、八つの門を設け、それぞれに酒桶を置くよう命じた。

 

やがて八岐大蛇は現れ、八つの頭をそれぞれの酒桶に突っ込んで酒を飲み、酔って眠り込んだ。

須佐之男命はその隙に剣で斬り伏せ、尾を切った際に刃が欠けたことで、尾の中から一振りの大刀を見つけ出す。

 

この大刀こそが、後に天照大御神へ献上された天叢雲剣――すなわち草薙剣である。

 

アテナが、補足するように言った。

 

「そこに付け加えるならば、ヤマタノオロチの神話は、治水と征服を意味している。……剣は国の象徴だ。

ヤマタノオロチを討伐は治水を意味し、そこから得た草薙剣を天照大神に献上したという行為は、服従を意味する……《鋼》の神話だな」

 

アテナが補足するように言った。

 

「そういえば、前にも言ってたけど……《鋼》って何だよ?」

 

「……《鋼》とは、生ける剣として、外敵をまつろわす性質を持つ神のことだ」

 

アテナは、声に嫌悪を滲ませながら語った。

 

「《鋼》の神は、竜蛇を斃すことでその力を奪い取り、大地を征服する者どもだ。

故に、我ら大母の裔にとっては仇敵でもある」

 

また《鋼》の神はそのほとんどが男神で女神は極めて稀だ。その稀な女神をひとつ上げるなら『摩利支天』がそうだろう。

 

「……話が少し逸れたな。

つまるところ、精霊崇拝とは、自然と人の作りし道具、その双方を『カミ』とする考え方だ」

 

「どう、お兄ちゃん、理解できた?」

 

「ああ」

 

イメージとしては、万物に神を見出す八百万の神だろうか。

そんなことを思いながら、護堂は何となくだが理解した。

 

「じゃあ、次は日本の死霊崇拝についてね」

 

「日本では、死霊崇拝の代表的な形として、祖霊崇拝や氏神信仰があるの」

 

静花はそう前置きして話し始めた。

 

「氏神信仰は、古代の血縁関係にあった人たちの祖先神や守護神を崇めることなんだけど、時代が進むにつれて、国や地域を守る鎮守の神や、生まれ育った土地を守る産土神と混同されるようになったの」

 

なお、氏神を祀る血縁関係の集団を、氏子と呼ぶ。

 

「祖霊崇拝は、東アジアで見られる信仰で、自分の一族の先祖を信仰すること。日本では農耕の発達とともに開拓した先祖を祀るようになったのが始まり。

これらが日本の信仰の形態なの」

 

「……日本の信仰については何となく分かったんだけど、これ、どれくらいかかるんだ?

他の神話についてもやるんだろ?」

 

「日本神話だけでも、かなりかかるよ。

一日一時間くらいのペースだったら、全部終わるまでに数年くらいはかかると思う。

……いい機会じゃん、日本史を大学レベルまで学べるよ」

 

「嘘だろ……どれだけ時間かかるんだよ」

 

いくら学生の本分が学ぶことだとはいえ、家で大学の講義レベルの内容を叩き込まれるのは、正直気が滅入る。

 

「ふん。あなたが今まで学ぼうとしなかったからだ。

己の浅学を恥じ、智慧を深めるがよい」

 

「普通は、学者でもない限り、そこまで専門的に学ばないんだって」

 

護堂は呆れたように言った。

 

それからも夕食を挟みながら、古代の価値観や歴史についてたっぷりと教え込まれ、すべてが終わったころには、頭が疲れ切ってしまっていた。

 

「……アテナは『鋼』の神様ってのが嫌いなのか?」

 

「……いきなり何だ、護堂」

 

アテナは不機嫌そうな視線を護堂に向ける。

護堂はその目を正面から見返し、できるだけ誠意を込めて言葉を選んだ。

 

「今まで一緒に過ごしてきたけどさ、俺、アテナのことを知らないことが多いって思ってたんだよ。

アテナって、あまり自分のことを話さないだろ? だから、少しでも知りたいんだ」

 

「……妾の来歴など、自分で調べればよかろう」

 

アテナは忌々しげな声色でそう返す。

 

「違う。俺が知りたいのは、アテナが何が好きで、何が嫌いかとかみたいなことだよ」

 

「何故、そのような事を気にする?

妾のことなどあなたに何の関係がある?」

 

「一緒に過ごしてるのに、お互いのことを知ろうともしないのはおかしいだろ。

それに、相手のことを知らないせいで怒らせたりしたくないんだよ」

 

「……妾たちは、いずれ戦う身だが、それまで共にいるのも事実か……」

 

アテナはそう呟き、一つ、静かに息を吐いた。

 

「……『鋼』の者どもは、妾たち地母神より誇りを奪ったからだ」

 

アテナは、抑え込んでいたものが溢れ出すかのように、低い声で語り始めた。

 

「神が戦に敗れ、死することも、その力を奪われることも、自然の成り行きだ。

勝者が敗者を従えるのは、咎めるべきことではない。敗者は勝者の言い分に従うものだからな」

 

一度言葉を切り、アテナは吐き出すように言った。

 

「だが、『鋼』の者どもは、ただ力を奪うだけでは飽き足らなかった。

大母の裔を辱め、犯し尽くした。……断じて、認めるわけにはいかぬ」

 

その声には、露骨な怒りが滲んでいた。

 

零落し、まつろわされた神々の中には、怪物として貶められ、討伐される存在となった者もいれば、

征服者たる神々の王の妻、娘、妹と位置づけられ、従属的な役割を与えられた者もいる。

 

アテナもまた、その一柱だった。

かつてはエーゲ海を中心に「神々の女王」として崇められていたが、やがて零落し、ゼウスの娘という位置づけを与えられたのだ。

 

「……して、この話を聞いて、どうする気だ。

妾に同情でもするつもりか?」

 

アテナの問いに、護堂は目を逸らさずに答えた。

 

「……俺、半年くらい前まで野球をやってたんだ」

 

「才能は大したことなかったけど、それなりに練習して、チームのレギュラーになってたんだよ。

でも、肩を壊してさ……挫折したんだよ」

 

「……あなたが人間の競技をしていたことと、妾に何の関係がある?」

 

アテナは訝しむように護堂を見た。

 

「肩を壊してから、周りの連中に同情されるようになったんだ。それが……悔しくてさ」

 

「スポーツをやってれば怪我はつきものだし、それが原因で続けられなくなることもある。

起きてほしくはないけど、仕方ないことだって思ってるんだよ

 

「でもさ、精一杯やって怪我した結果を、同情されるのはさ。

なんていうか……プライドを踏みにじられた気分になるんだよ」

 

「……何が言いたい?」

 

「あー、その、つまりだな」

 

言葉を探しながら、護堂は頭を掻いた。

 

「アテナはさ、負けたことよりもさ、プライドを傷つけられたのが許せないんだろ?

そういうの俺も分かるからさ。だから、見返そうとするのは、間違ってないと思うって言いたかったんだ」

 

「……足らぬ舌を回して、言うことがこれか」

 

アテナは呆れたように言った。

 

「ふん、わざわざあなたに言われるまでもない。

このアテナが、忌まわしき『鋼』どもに、されるがままに終わるなど、女王として相応しくないからな」

 

そう言って、アテナは闘争心に満ちた笑みを浮かべた。

 

「さっさと寝るぞ。

妾にあれだけ口答えしておきながら、まだ眠りに着こうとせぬとは、不躾だ」

 

突然の理不尽な宣告だった。

 

だが、いつも通りの傍若無人さでもあり、ここ最近は、むしろこうしてくれた方が接しやすいと感じる自分もいる。

 

「わかったよ、もう寝るから、頼むよ」

 

そう言うと、アテナは護堂の唇に自分の唇を重ね、術を吹き込んだ。

全身麻酔をかけられたかのように、一瞬で眠りにつく。

 

護堂が眠りについたのを確かめると、アテナもまた、何事もなかったかのようにベッドに潜り込んだ。

 

遠く離れた国で、まつろわぬ神が顕現した。

その神にとって重要なのは、『蛇』を取り戻すことだった。

 

己を完全なものとし、かつての力を取り戻すための魔導書。

それを求め、神はただ流れに身を任せるように放浪を始めた。

 

自分と『蛇』の間には、確かな絆がある。

ならば、その行き着く先は自ずと定まる。

『蛇』へと導かれるのは、必然だった。

 

同じ頃、『蛇』に誘われたもう一柱の神がいた。

『蛇』だ。『蛇』の気配がする。

 

その神は、竜を従え、竜を討つ性質を持つ存在だ。

ゆえにこそ、『蛇』の気配を感じながら、見過ごすことはできない。

 

『蛇』は竜と深い縁を持つがために

 

かの神は、己の本分を果たすため、

そして定められた宿敵と相まみえるために、静かに、『蛇』へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

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