神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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十五話

アテナが家から飛び出した瞬間、地面を突き破り、巨大な樹木が何本も生え上がる。

それらは意思を持つかのように枝を伸ばし、アテナへと襲いかかった。

 

 

アテナは虚空から漆黒の大鎌を引き抜くと、迫る樹木を一閃で薙ぎ払った。

 

鈍い音とともに幹が断たれ、木片が雨のようにぱらぱらと降り注ぐ。

 

「この程度では足止めにすらならぬぞ。疾く姿を見せるがいい」

 

その声に応えるように、くすりと笑う気配がした。

 

「少し遊んでみたかったのよ。許してくださらない?」

 

声とともに現れたのは、長い金髪を揺らし、羽飾りのついた外套をまとった女神。

豊満な肢体を隠そうともせず、悠然と歩み寄ってくる。

 

「わたしはフレイヤ、古き大地母神にして愛と戦争の女神よ。貴女の名前を教えてくださいな」

 

アテナが目を細める。

 

どうやら相手は自分と同じく古い大地母神のようだ。

 

「妾はアテナだ」

 

「まあ、アテナ!あの古き大地と闇の女神がこんな可愛らしい姿をしているだなんて!」

 

フレイヤの目に情欲が混じり舌舐めずりするようにアテナを見つめた。

 

アテナは不愉快そうな顔をすると自身から漆黒の闇が広げ、その中から巨大なフクロウが羽ばたいて飛び出す。

 

鋭い鳴き声とともに、フレイヤへと羽ばたいた。

 

だが、フレイヤが軽く手を振った瞬間、フクロウの動きが鈍った。

 

まるで酔わされたかのようにふらつき、羽ばたきが乱れ、そのまま力なく地面へと落ちる。

 

「いきなりひどいわ。貴女にわたしの愛を与えてあげたいだけなのに。でもいいわ。わたしの虜にした後にたっぷりと愛し合いましょう」

 

アテナは不愉快そうな顔をしフレイヤは好戦的な笑みを浮かべていた。

 

そうしているうちに、護堂たちがアテナに追いついた。

 

「アテナ、そいつがやってきた女神なのか?」

 

「ああ。フレイヤと名乗っておるがな」

 

どこか含みを持たせるように、アテナが言う。

 

「あらあら。もしかしてと思っていたけど。あなた神殺しと一緒にいたのね!」

 

フレイヤが楽しげに視線を向けた。

 

「草薙護堂といってな。縁あってこの者を鍛えるために、神との戦いを経験させておる。だが、此度の戦は譲らぬがな」

 

「ほう。では、その神殺しとの戦は余がもらってもよいかな、アテナ殿?」

 

その声とともに、大地がざわめいた。

 

植物が一斉に芽吹き、絡み合うように盛り上がる。その中心から、蛇を肩にまとわりつかせた精悍な顔立ちの青年が姿を現した。

 

間違いなく、まつろわぬ神だ。

 

「ふふ。《蛇》の気配を追って来てみれば、かように面白い光景が見られるとは!」

 

「神様がもう一人来るのかよ」

 

護堂は思わず辟易した声を漏らす。

 

周囲の人間たちは、あまりの事態に息を呑み、強い緊張を漂わせている。

 

「名乗るのが遅れたな! 我が名はティシュパク! 戦士の中の戦士! あらゆる軍勢の主よ!」

 

高らかに、己の名を宣言する。

 

「厄介な神が現れたか……ちと面倒よな」

 

アテナが小さく呟く。

 

「ティシュパク……?」

 

まったく聞いたことのない名だ。

だがアテナが警戒を強めている以上、侮れない存在なのだろう。

 

「《鋼》と《蛇》、それに神殺しまで集うなんて、滅多にないことね。なんて巡り合わせかしら」

 

フレイヤが愉快そうに微笑む。

 

「はは、確かに喜ばしい! だがこれは必然よ! ここに集うは皆、戦の申し子! 引き合うのは当然であろう!」

 

それに応じるようにティシュパクも笑った。

護堂としては、彼らのような戦闘狂と一緒にされたくはないのだが。

 

すると、フレイヤが世間話でも始めるかのような調子で言った。

 

「アテナ。あなた、神殺しを愛人にするだなんて。わたしも愛の女神として負けていられないわね。せっかくだし、あなたたちまとめて愛ししあげるわ!」

 

「へ……?」

 

護堂が間抜けな声を上げた、その瞬間。

 

場の空気が、ぴしりと凍りついた気がした。

 

「はは! 処女神を抱くとは! いったいどのような手練手管を弄したのでしょうな?」

 

ティシュパクが豪快に笑う。

 

「護堂、女神に手を出すだなんて、あなたって恐れ知らずなのね。しかもずいぶんとマニアックな趣味の持ち主みたいだし」

 

アテナの幼い体と護堂を見ながらエリカは言った。

 

「待ってくれ! 俺はノーマルだ! あれはアテナが無理やりやったことなんだ!」

 

「あー王様。気にしなくてもいいんですぜ。そういう趣味があったって、誰も咎めやしません。ただ……うちの娘に手を出すのは早すぎるんで勘弁していただきたいんですがね」

 

「本当に違うんです! お願いですから誤解しないでください!」

 

周囲から生温かい視線を向けられてしまっている。

 

護堂は、戦いとは別種の深刻な精神的ダメージを受けていた。何としてでも、誤解を解かねばならない。自分は決してアブノーマルな趣味の持ち主なのではないのだ!

 

「護堂は妾の情人ではない」

 

アテナがキッパリと言った。

 

「戦術の才はある。だが男としては煮え切らぬ。戦いを楽しむ己を認めきれず、詭弁で誤魔化す愚か者よ。しかも忠告は聞かぬときた」

 

「ほう」

 

ティシュパクが面白そうに目を細める。

 

「つまり、覚悟を叩き込むために抱いた、ということですかな?」

 

「そのようなものだ」

 

アテナは平然と肯定した。

 

フレイヤが肩を震わせて笑う。

 

「大胆ね。ところで草薙護堂はあなたを満足させられたのかしら?」

 

「なんてことを聞いてるんだ!」

 

護堂が絶叫する。

 

「端女のように喚き、ほとんど妾にされるがままだったな。いざ抗おうとしても及ばぬ。満足とは言い難い」

 

周囲の視線が一斉に護堂へ突き刺さる。

心が痛くなってきた。

 

「いかん、いかんぞ。草薙護堂」

 

ティシュパクが神妙な面持ちで言った。

 

「あのアテナほどの戦女神を満足させられぬとは。男としてどうなのだ?」

 

「あら、私は可愛げがあって良いと思うわよ」

 

フレイヤが艶やかに微笑む。

 

「神殺しは勇ましすぎてつまらないことが多いもの。あなたは面白いわ。愛人にしたら、どう可愛がってあげようかしら」

 

護堂は本気で頭を抱え始めた。

なんでこんな下ネタトークで精神が削られなくてはならないんだろう?

 

「……あんたたちは戦いに来たんじゃないのかよ」

 

絞り出すように声を出し、無理やり話題を戻す。

 

「ふむ」

 

ティシュパクは腕を組み、空を見上げた。

 

「《鋼》と神殺しは宿敵。だが英雄の戦いは語られてこそだというのに語り継ぐものがおらず、見物する者もおらんのは寂しく思う」

 

嫌な予感がした。

 

「近くに人の都があるようだな。そこでなら、我らの戦いを見届け!語り継ぐものもいよう!」

 

「おい……一番近い大都市っていったら」

 

「ヴェローナだろうな」

 

騎士たちが揃って頭を抱えた。

 

ヴェローナは先史時代より人の営みが確認され、ローマの植民地となり交通の要衝となり栄え、現在では街全体が世界遺産として登録されている。

 

「畏れながら申し上げます、ティシュパク神」

 

騎士たちを代表して、パオロが一歩前に出る。

 

「御身はかつて都市を守護する偉大なる守護神であられたはず。そのようなお戯れは、王としてふさわしき振る舞いではないと存じます」

 

「うむ」

 

ティシュパクは頷いた。

 

「確かに余は守護神であった。だが、いまは『まつろわぬ神』ゆえに《鋼》の神として、闘争と英雄の名を世に轟かせることこそ、いまの余にふさわしき在り方よ」

 

笑いながら「すまんな」と言いながらも、まったく悪びれた様子はない。

 

まつろわぬ神は己の本性に忠実だ。

人の話など、耳を傾ける訳がないのだ。

 

ここにいる騎士の中で最も神と相対してきたパオロは、そのことをよく理解していた。

ゆえに、説得が失敗しても落胆はしない。ただ静かに息を吐いた。

 

「安心せよ。見物する者たちに犠牲はださぬ。それに人の都をいかほど壊そうとも、人がいる限りいずれ再び築かれよう。ならば問題はあるまい。安心して余の戦いを見届けるがよい」

 

違う。そこではない。その場にいる者たちはそう叫びたくなった。

 

「あのな」

 

護堂が顔をしかめる。

 

「街を壊されたら、直すのにどれだけ大変だと思ってるんだよ。戦いたいなら人の迷惑にならないところでやってくれないか?」

 

「神と人には、それぞれ相応しき役目がある」

 

ティシュパクは悠然と言う。

 

「人は我らの偉業を伝え、余らは英雄として戦う。それこそが正しき神と人の在り方ではないか。それに人の都は壊れればいずれ人が直すだろう?

ならば問題はないではないか」

 

「自分の戦いの後始末を人任せにするな! 少しは人のことを考えろよ!」

 

「まあまあ」

 

フレイヤが笑う。

 

「そう怒鳴ったら駄目よ、もっと余裕を持たないと。壊れたら直す、恋に破れたらまた恋をする。似たようなものでしょう?」

 

「全然違う!恋愛と一緒にするんじゃない!」

 

アテナが溜め息をつく。

 

「派手好きどもめ、妾たちの聖戦は、見世物でも恋遊びでもない」

 

「誰かに見られてこその戦だと思うけどね。わたしはティシュパクの案にのるわ、ここじゃ寂しいもの」

 

フレイヤは肩をすくめ、楽しげに笑った。その声音には緊迫感の欠片もない。

 

「はは。フレイヤ殿は話が早い! では余は相応しき決闘場を用意すべく先に行っているとしよう! あなた方にはしばし待っていただくぞ!」

 

「ならわたしも行きましょうか。ただ待っているのもつまらないしね」

 

次の瞬間、フレイヤの身体が光に溶け、成人ほどもある巨大な鷹へと姿を変え飛び去っていった。

 

一方、ティシュパクの足元からは無数の樹木が噴き上がる。やがてティシュパクの姿を包み込むと木々とともに大地へと沈んでいった。

 

 

エリカは魔術結社からの通信を終えると半ば感心したかのような声を上げた。

 

「すごいわね。ヴェローナ全域が結界で覆われたうえに、市街地そのものが作り変えられているそうよ」

 

護堂たちは再び先程までいた家に戻っていた。

 

エリカ以外の魔術師たちは各地の結社と連絡を取り合い、慌ただしく対応を協議している。

 

ヴェローナには有力な魔術結社が存在していたが、ティシュパクとフレイヤが到着した直後、音信不通となってしまった。

 

「作り変えられてるって……そんなことまでできるのかよ」

 

護堂は額を押さえる。

歴史ある都市が、神の手によって作り変えられている光景を想像し、軽く眩暈がした。

 

「神さまって、ほんとめちゃくちゃだな」

 

「驚くほどのことではないわ」

 

エリカは冷静に続ける。

 

「アレク王子は『まつろわぬミノス』から迷宮を創り出す権能を簒奪していて、様々な迷宮を創り出せるそうよ」

 

「そうなのか。これもそれと同じようなもんなのか?」

 

「おそらくティシュパクの権能ね。彼は都市の守護神。人の都を自在に操る力を持っていても不思議ではないわ」

 

「ティシュパクって聞いたことがない名前だな」

 

「ティシュパクはバビロンの地にかつて存在した古き都市の守護神であり、蛇殺しにして蛇を従わせる王だ。だがその信仰は廃れてしまっているが故、知らぬのも無理はない」

 

するとアテナが淡々とした声色で答えた。

 

「彼奴は蛇殺し故にニーズヘッグの権能は封じられよう。後で妾の智慧を授けてやる。それで『剣』を研ぐがいい」

 

「またあれをやるのかよ……! 頼むから静花にやってる方法でしてくれ!」

 

都市の危機とは別方向の焦りが、護堂の顔に浮かぶ。

 

アテナは首を傾げる。

 

「口付けのほうが手早い。それに、あなたを抱くからな」

 

「待て待て待て! なんでまたその流れになる!」

 

「男女の交わりが精気を高めると、その身で知ったであろう。神との戦が控えているのだ。万全を期すのは当然だ」

 

常識を語るような顔で言っているが、全く常識的ではない。

 

「普通に寝て休めばいいだろ。頼むからそれはやめてくれ!これ以上俺の評判を落としたくないんだ!」

 

緊張と羞恥が入り混じり、声がやや大きくなる。

このままでは自身がロリコン扱いされてしまう。それは避けなくてはならない。

 

エリカがくすりと笑う。

 

「護堂。いくら否定しても、見た目が幼い女の子と関係を持った事実は消えないわよ」

 

「待ってくれエリカ、あれはアテナが無理矢理やったことだからな! 俺の方から手は出してないんだ!」

 

必死の反論だったが、内容は半ば自爆している。

 

エリカの視線がますます楽しげになる。

まるで新しいおもちゃでも見つけたようだ。

 

「それに、女神がここまで言っているのに躊躇するなんて。あなた、意外と奥手なのね」

 

「あのな、こういうのは普通は恋人同士でやるもんだし、段階ってものがあるだろ!」

 

「そうかしら? イタリアじゃワンナイトくらい普通よ」

 

「お、俺はイタリア人じゃなくて日本人だし」

 

「そういう言い草は男らしくないわね。減点よ」

 

エリカははっきりと断じた。

 

「あなたって、女の子の口説き方はイタリアの小学生の男の子よりも下手そうね」

 

「それに、あなたはカンピオーネなのよ。世間一般と同じな訳ないじゃない。むしろ少し外れた趣味を持っていた方が自然よ」

 

自分は普通に生きたいのだが、と心の中で抗議する。

 

「これから戦いがあるんだし、少しでも勝率を上げる努力は必要じゃない? もしかして周りに音が漏れることを心配してるのかしら? なら大丈夫よ、あなたたちの部屋は防音仕様だから心配しなくていいわよ」

 

「そんな心配してない! 俺はしないからな!」

 

エリカは悪戯っぽく微笑む。

 

「いくらあなたが言おうとも、最後にはすると思うわよ。だってあなた、勝つためならえげつない手段を取るでしょう?」

 

 

その後もエリカに揶揄われながら夜になり、部屋にはアテナと共にいた。

 

寝るためにはアテナに口移しで術をかけてもらわねばないため、生殺与奪の権を握られたようなものだ。

どうやって乗り切ろうかと必死で頭を回しているが、何も思いつかない。

 

「な、なあ……考え直してくれないか? 普通に寝ればいいと思うんだよ」

 

「あなたはいつまでそのようなことを言っておるのだ」

 

アテナは心底呆れたように言った。

 

「そもそも俺たちは恋人同士じゃないだろ。お前は好きでもない奴としてもいいのかよ?」

 

「妾たちは恋仲ではない。だが順縁はある。それに、護堂のことは好ましい男だとは思っている」

 

「へ?!」

 

思わず間抜けな声が出た。

 

「何を驚いているのだ。そうでなくては臥所を共になどせん」

 

「そ、それは友達とか、息の合う相棒としてって意味だよな?」

 

「何を当たり前のことを言っているのだ。あなたを女として好いているわけではない」

 

「そ、そうだよな当たり前だよな。アテナが俺のことなんか好きになるわけないよな」

 

安堵したはずなのに、心のどこかで落胆の気持ちが湧く。

 

冷静に考えてみてそうだ、あのアテナが自分のような男と釣り合う訳がないのだ。

 

アテナはそんな内心など露ほども察していない様子で、淡々と告げた。

 

「……そろそろ始めるぞ。あまり時間をかけるわけにはいかん」

 

「うわっ!?」

 

次の瞬間、護堂は押し倒されていた。

 

幼い身体とは裏腹に、力は圧倒的だ。

馬乗りになられ、身動きが取れない。

 

「あ、あのなーー」

 

「くどい。男なら腹を決めんか。それともそのつまらぬ迷いのために勝利を逃す気か?」

 

勝利を逃す。それは嫌だ。

負けたくない気持ちが人一倍強い護堂は、そう言われてしまっては腹を括るしかない。

 

護堂は抵抗をやめた。

 

するとアテナが笑みを浮かべた。

 

「ふん。ようやく腹を括ったか。あなたは勝つためには手段を選ばん男だからな。こうした方があなたらしい」

 

「……するのはいいけどさ、前みたいに服を破かれたくないんだ。せめて服を脱がせてくれないか?」

 

「なら早くしろ」

 

そう言うとアテナは護堂から離れた。

 

護堂は、こうなったらもう行くところまで行ってしまえと、半ばやけになりながら準備を始めた。

 




コロッセオの代わりにお亡くなりになるヴェローナに合掌
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