神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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十七話

「お前は、メソポタミアに存在した古代都市エシュヌンナの守護神だ」

 

護堂は『智慧の剣』を抜いた。

すると同時に、光の球体が数百、数千と現れ、煌びやかに周囲を満たしていく。

 

「ほう。奇妙な武具を取り出したか。ならば、余も武具を出さねばな!」

 

その瞬間、空が曇り、暴風が吹き始めた。

いつの間にか、ティシュパクの両手には棍棒が握られている。

 

次の瞬間――天から電光が護堂めがけて降り注いだ。

 

護堂はそれを『剣』で切り裂いて防ぐ。

 

だが、護堂を吹き飛ばそうとする暴風と稲妻が、立て続けに襲いかかってくる。

それでも護堂は『剣』を振るい、電光を散らし、暴風を無風のものへと変えていった。

 

轟音とともに石畳が割れ、地面の下から巨大な根が幾本も噴き上がる。

それらはまるで意思ある蛇のようにうねり、護堂の足元へと殺到した。

 

護堂はすぐさま『剣』を差し向けバラバラにした。

砕かれた根は木片となって四散する。

 

「おまえはそれまで崇められていたニナズにとって変わる形でエシュヌンナの守護神になった。おまえが司るものは戦いと王権だが、都市神である以上、土地の繁栄とも無縁じゃない」

 

「そうか、言霊の『剣』だな!中々に厄介なものを使うな!」

 

すると、立て続けに幾百もの雷霆が降り注ぎ、大地からは樹木が飛び出して護堂を串刺しにしようとし、さらに巨大な竜巻がその身体を吹き飛ばそうとする。

 

護堂は、輝く『剣』をもってそれらすべてを薙ぎ払った。

 

「邪悪なる者、我を打つにあたわず! 強力なる我を畏れよ!」

 

言霊を唱え、『剣』を操る。

 

数十の光球がティシュパクへと差し向けられた。

 

その肉体を切り裂こうと迫る『剣』に対し、ティシュパクは軽やかに跳躍して回避する。

 

「このような攻撃では、余に傷など与えられぬぞ!」

 

「くそ、そう簡単には当たらないよな!」

 

当たらなかったことに毒づきながらも、護堂は言霊を唱える。

 

「おまえの神格の中核にあるのは戦いと王権。『神々の戦士』、『軍勢の主』として語られながら、同時に都を支配する王の威そのものでもあった!」

 

言霊の光が大規模に展開する。

嵐と樹木を受け止めながら、その一部がティシュパクを取り囲むようにして向かった。

だが、ティシュパクはその身から放った雷霆で、それらを次々と撃ち落としていく。

 

「おまえを語るうえで欠かせないのは《蛇》だ! おまえは蛇を斃す神であると同時に、蛇を従える神でもあった!」

 

「よく知っているな、草薙護堂! 余こそは《蛇》を斃し、従える《鋼》の軍神!」

 

そう言いながら、雷霆と暴風と樹木が絶え間なく襲いかかってくる。

ティシュパクは力技で押し切る気だ。

 

「おまえの《蛇》の象徴こそがムシュフシュだ! あれはただの怪物じゃない。主神の威と支配を可視化する聖獣であり、王権を背負う竜蛇だ!」

 

――ムシュフシュとは、シュメール語で『恐ろしい蛇』を意味する。

二本の角を生やした蛇の頭と長い胴体、蛇の尾、ライオンの前足と鷲の後脚を持った竜だ。

 

「もともとムシュフシュはニナズとも結びついていた。だが、おまえがエシュヌンナの主神となったことで、その威の象徴もまた、おまえのもとへ移った!」

 

このまま遠くから攻撃されてはジリ貧だ。

だから、向こうからこちらに来てもらう。

 

護堂は手を掲げると、その手に黄金の光が集まり、黄金の長剣が形成された。

 

護堂はその黄金の剣の切先をティシュパクに向けた。

 

それを見たティシュパクが愉快気に笑った。

 

「ははははは! 余に立ち合いを望むか、草薙護堂! それも、計略の網に飛び込めと言うのだな!」

 

目の前の神殺しに、近接戦闘の技術がないことは見て取れていた。

それでもなお仕掛けてくるのは、何らかの策を練ったからだろう。

 

しかも相手は、自身がそのことに気づくと分かっていながら、近づいて打ち合えと言っているのだ。

 

「面白い! 権能任せの攻めなど、戦士の神たる余に相応しくない。あなたの計略ごと打ち砕いてくれる!」

 

ティシュパクは笑いながら、手に持った棍棒を振りかぶって飛びかかってきた。

 

一気に間合いを詰め、振り下ろされる棍棒には風雷がまとわりついていた。

 

護堂は構えた『剣』を滑らせるように動かし、その棍棒を受け止めた。

 

「ぐぅっ――!」

 

棍棒そのものは受け止めた。

だが、それにまとわりついた風雷までは防ぎきれない。

 

激しい風圧と迸る雷光が護堂の肉体を打ち、皮膚を裂き、焼けるような痛みを走らせた。

 

ティシュパクは、棍棒という重武器を驚くほど軽やかに振るっていた。

そこには野蛮さよりも、むしろ流麗と呼ぶべき技の冴えがあった。

 

何度も叩き込まれる一撃を、護堂は『戦士』の観察眼でかろうじて見切り、『剣』で受け止めていく。

 

「ラッブーー海より現れた怪物を討った神話は、おまえが怪物殺しの英雄神であることを示すだけじゃない。蛇や竜を敵としながら、その力と象徴性を自らの神格へ取り込んだことまで示している」

 

摩耗する『剣』を言霊で研ぎ直す。

 

打ち下ろし。薙ぎ払い。振り上げ。突き。

どれも重く、正確に打ち込まれてくる。

『戦士』の観察眼がなければ、打ち合うことなど到底できなかっただろう。

 

護堂は必死で棍棒を逸らしながら、そう思う。

 

真正面から受け止めれば押し潰される。

だから芯を外し、角度をずらし、殺しきれなかった勢いだけを流す。

 

「おまえは怪物を討ち、蛇を従え、都の王権をその手に握らせた。だからこそ、戦いと王権と《蛇》は、おまえの中で切り離せないんだ!」

 

「そして、おまえには嵐を司る側面すらあった! 蛇を従え、怪物を制するその神性は、フルリ人の嵐神テシュブと結びつけられ、やがてはマルドゥクにすら重ねられていったからだ!」

 

最後の言霊を使い切ると同時に、黄金の『剣』を勢いよく突き出した。

 

ティシュパクはそれを右手の棍棒で逸らしながら、左手の棍棒を護堂に叩き込んだ。

 

「がはっ――!」

 

護堂の身体が大きく揺れる。

肋骨がきしみ、肺の中の空気がまとめて吐き出された。

 

だが、護堂は呻き声をあげながらも、『剣』に命令を下した。

 

突き出した『剣』が弾ける。

 

砕けた黄金の刃は、そのまま無数の光球となってティシュパクへ襲いかかった。

 

「ぐはっ――!?」

 

ティシュパクが苦悶の声をあげた。

 

肩口、脇腹、胸元。

神の巨躯に幾筋もの光が走り、鮮血が散る。

深手ではない。だが確かに、ティシュパクの肉体を切り裂いた。

 

護堂はすぐさま『駱駝』に切り替え、ティシュパクへ渾身のハイキックを放った。

 

ティシュパクはそれを咄嗟に手で防いだ。

だが、『駱駝』の化身によって増幅された脚力が、受け止めた腕ごと神の巨体を押し流した。

 

「ぬっ――!」

 

ティシュパクの身体が大きく浮き、後方へと吹き飛ばされる。

 

護堂は、その様子を、自身の肉体を再生させながら見つめていた。

 

ニーズヘッグより簒奪した第二権能――後に『世界を喰らう黒き竜』とよばれる権能。

 

その効果は、《蛇》の不死性と、黒き竜への顕身能力だ。

不死性は、不老の肉体と高い再生能力をもたらす。

一方、竜への顕身は一度につき十分間のみ可能であり、その間は特殊な能力が使える。

 

だが代償もある。

一度顕身すれば、五日間は再び顕身できなくなる。

さらに、その同じ期間だけ再生能力も失われるのだ。

 

今はまだ切ることができない札だ。

 

そう考えていると、ティシュパクの笑い声がした。

 

「余に手傷を負わせるとは見事!」

 

見ると、体のところどころから血を流しながら立ち上がるティシュパクがいた。

 

まだまだ元気そうだ。

 

護堂は化身を『山羊』に切り替え、民衆に呼びかける。

 

突然街を作り変えられ、無理やり超常の戦いを観戦させられた民衆は、強い恐怖に囚われていた。

護堂はその者たちに、精神感応で呼びかける。

 

集まった負の精神エネルギーが力となり、護堂に雷霆をもたらす。

 

「義なる者たちの守護者を、我は招き奉る。義なる者たちの守護者を、我は讃え、願い奉る。天を支え、大地を広げる者よ。勝利を与え、恩寵を与える者たちよ。義なる我に、正しき路と光明を示し給え!」

 

護堂は『山羊』の化身へ切り替える。

それと同時に上空の雷雲を奪い取り、巨大な雷霆をティシュパクめがけて落とした。

 

「ぬぅ!」

 

ティシュパクは、その雷霆を手に持った棍棒である程度散らし、威力を分散する。

 

「余の呼び出せし雷雲を奪い取るとは。胡乱なことをする!」

 

「おまえが人さまに迷惑をかけすぎなんだよ。だから、こういう厄介な力まで使えるんだ!」

 

護堂は右手から電光を立て続けに放った。

 

ティシュパクは棍棒を交差させ、正面からそれを迎え撃った。

風雷をまとった棍棒が振るわれるたび、青白い閃光が砕け、周囲の空気が激しく震える。

 

だが、護堂の攻めは止まらない。

 

右手から放つ雷。

上空から奪った雷雲による落雷。

さらに足元から電流を走らせ、ティシュパクの逃げ場を削っていく。

 

「ははは! 面白い! 余の雷を奪ったうえで、それを余へ返してくるか!」

 

ティシュパクは左の棍棒で落雷を弾き、右の棍棒で正面の電光を叩き割る。

 

雷霆の隙間を縫うようにして、ティシュパクが迫り来る。

 

「邪悪なる者、我を打つに能わず!」

 

護堂はあたり一帯に散った電光のエネルギーを集め、一瞬にして電光のドームを形成した。

 

「ぬぅ!」

 

ティシュパクの棍棒がそれに叩きつけられる。

電光はその一撃を受け止めると同時に、逆巻く奔流となってティシュパクの肉体を焼き尽くそうと迸った。

 

だが、ティシュパクもまた嵐の担い手だ。

全身を走る電光すら、巧みに捌いてみせる。

 

「さすがは嵐の神様。あまり効かないな!」

 

「ははは! 雷霆を巧みに操るな、草薙護堂!」

 

二人の間に、獰猛な笑みが交わされた。

 

「余は余の聖獣を呼ぶとしよう! 草薙護堂! ぜひ堪能していくといい!」

 

「別に呼ばなくてもいいぞ。おまえだけでも十分満足してるからな!」

 

軽口を叩き合う。

 

「王権を示す輝く蛇よ、王たる余の前に現れ、その威を表せ!」

 

聖句を唱えると炎が燃え上がり、その中から全長30メートルほどの巨大な竜が姿を現した。

 

二本の角を生やした蛇の頭と長い胴体。

蛇の尾、ライオンの前足、鷲の後脚を持つ竜――ムシュフシュだ。

 

炎の中から現れたムシュフシュは、長い胴体をうねらせた。

その動きは獣というより蛇に近い。だが、前足は獅子のごとく力強く、後脚は鷲のように鋭い。

 

ぬらり、と細長い首がもたげられる。

赤く光る双眸が、護堂をじっと見据えた。

 

次の瞬間、ムシュフシュは地を蹴った。

 

雷霆のドームを噛み砕こうとその巨大な顎で噛み付いてきた。

 

「言霊の技を以て不義なる者、邪なるものを征す!これ勝利の天則なり!」

 

護堂は咄嗟に出力を上げた。

電光の障壁が眩く膨れ上がり、噛みつこうとした竜蛇の頭部を迎え撃つ。

 

激しい火花が散った。

 

雷霆のドームとムシュフシュの顎がぶつかり合い、周囲の空気そのものが震える。

だが、ムシュフシュは怯まない。

顎に迸る電流をものともせず、そのまま力任せに障壁へ食らいついた。

 

硬質な雷の膜が、ぎちぎちと嫌な音を立てる。

噛み砕かれていっているのだ。

 

護堂は電光の力を圧縮し、球体を作り上げると、電光のドームを食い破ってきたムシュフシュの頭めがけて投げつけた。

 

圧縮された雷球は唸りを上げ、竜蛇の顔面へ叩きつけられる。

 

「――ッ!」

 

ムシュフシュの首が大きく仰け反った。

青白い閃光が炸裂し、鱗の隙間を焼きながら電流が全身を駆け抜ける。

 

だが、それでも竜蛇は落ちない。

 

焼け焦げた鼻先から黒い煙を立ちのぼらせながら、ムシュフシュは怒り狂ったように咆哮した。

その口から飛び散った毒液が石畳へ落ち、じゅう、と音を立てて床を溶かしていく。

 

「毒まであるのか!」

 

護堂はすぐさま距離を取る。掠っただけでも危険だ。

 

「ははは! どうした草薙護堂! 余の聖獣はその程度では止まらぬぞ!」

 

ティシュパクが笑いながら飛びかかってきた。

 

ムシュフシュで体勢を崩し、本体で仕留めるつもりだ。

 

『駱駝』を使わなけれ近接戦闘などできやしない。

 

ーーならば。

 

「世界の終末の時、我は己の翼に屍を乗せ、閃光を放ち舞い上がる!」

 

聖句を唱え、護堂は全長三十メートルほどの巨大な黒き邪竜へと変わった。

 

「蛇殺しである余に、竜で挑むか!」

 

権能を二つ同時に使っているため頭痛が走る。

だが、まだ耐えられる。

 

黒き邪竜となった護堂は、その巨体をうねらせるようにして前へ出た。

ムシュフシュの牙が迫る。だが今度は避けない。

 

漆黒の顎が真正面からぶつかり合い、轟音が決闘場を揺らした。

 

護堂はそのままムシュフシュの首筋へ食らいつく。

黒き竜の顎が鱗を砕き、肉を裂き、神獣の血を撒き散らした。

 

ムシュフシュもまた、毒牙を護堂へ突き立てようと暴れる。

だが、《蛇》の不死性が、その程度の傷を許容する。

 

邪竜に顕身している間は、毒や冥府の力に対する耐性が生まれる。

ムシュフシュの毒も、それで無効化できるのだ。

 

護堂はムシュフシュに噛みついたまま、その体内へ強引に電流を流し込んだ。

 

ムシュフシュの巨体が大きく痙攣した。

 

鱗の隙間という隙間から青白い閃光が漏れ、喉の奥から押し殺したような唸り声が洩れる。

外側からではない。内臓も骨も、血の流れすらもまとめて焼き焦がすように、雷が内側を這い回っていた。

 

ムシュフシュはなおも抵抗する。

 

長い胴を激しくくねらせ、護堂を振りほどこうと叫び声を上げながら暴れる。

 

だが、護堂は離さない。

 

顎をさらに深く食い込ませ、逃がすまいと首筋へ喰らいつく。

そのまま流し込む雷の出力を、さらに引き上げた。

 

瞬間、ムシュフシュの口から苦鳴にも似た咆哮が迸る。

 

やがて、暴れていた長い胴が大きく痙攣し、ついに力を失ったように地へ崩れ落ちた。

体表にはなお電流が走り、ところどころの鱗の隙間から煙が細く立ちのぼっている。

 

神獣が斃れると同時に、ティシュパクが飛びかかってきた。

 

護堂は咄嗟にバスケットボールほどの雷球を叩きつけて牽制し、その隙に翼をはためかせて空へと舞い上がる。

 

ティシュパクもまた跳躍した。

風を踏み、雷を纏い、空中へと飛翔する。

 

ティシュパクは笑いながら、二本の棍棒を振りかぶった。

振るわれた瞬間、風雷が爆ぜる。

烈風と衝撃波が空を裂きながら護堂に迫り来る。

 

「うわっ!」

 

護堂は空中で強引に身を捻る。

翼を大きく打ち振り、さらに高度を上げる。

下では、組み替えられたヴェローナの街並みが歪な闘技場のように広がっていた。

 

棍棒が振るわれるたび、圧縮された暴風が弾丸のように飛ぶ。

護堂は翼を傾け、その合間を縫うように飛び抜けた。

 

「また力押しかよ!」

 

「ははは、計略は余の得意とすることではないからな!」

 

ティシュパクは豪快に笑う。

 

雷を奪い取られないようにするためか、ティシュパクは先程から雷そのものは使ってこない。

 

護堂は雷球を五つ生成し、それらを放ちながら、雷雲からも雷霆を落とした。

 

五つの雷球は軌道をばらけさせながら空を走り、上空から落ちる雷霆と挟み込むようにしてティシュパクへ迫る。

正面、左右、そして頭上。逃げ場を削るような攻めだった。

 

ティシュパクは棍棒で雷球を吹き飛ばし、落ちてくる雷霆は己の権能で逸らしていく。

 

振るわれる棍棒は重いはずなのに、その動きには無駄がない。

一つを打ち払い、次を弾き、さらに身を捻るだけで落雷の軌道までずらしてみせる。

 

『山羊』では、ティシュパクを仕留めるのは難しいだろう。

 

ならば、自身に迫り来る烈風を前にして、化身を『鳳』へと変える。

 

「羽を持つ者を恐れよ。邪悪なる者も強き者も、羽を持つ我を恐れよ! 我が翼は、汝らに呪詛の報いを与えん! 邪悪なる者は我を打つに能わず!」

 

神速を発動する『鳳』の化身には、いくつか厄介な難点がある。

一つは、速さゆえに精密な動きができないこと。

もう一つは、神速発動中の負担が蓄積し、制限時間が来れば心臓に激痛が走り、しばらく動けなくなることだ。

 

だが、邪竜へと顕身した今なら話は別だ。

 

その巨大な体躯ゆえに、精密な動きができなくとも攻撃は当てられる。

加えて、神速発動中の負担も大きく軽減されている。制限時間が来ても、動けなくなることはないだろう。

 

神速に突入した護堂は、すれ違いざまにティシュパクの肉体を巨爪で引き裂きにかかった。

 

空を裂くような一閃だった。

黒き巨爪が残像を引き、ティシュパクの胴を薙ぎ払う。

 

「――っ!!」

 

ティシュパクはかろうじて棍棒でその爪を受け止めたが、体勢を大きく崩した。

 

踏ん張る間もなく空中で押し流される。

交差した棍棒にはきしむような音が走り、そのまま数メートルほど弾き飛ばされる。

 

護堂はそこで止まらない。

 

神速のまま大きく旋回し、今度は逆方向から襲いかかった。

一撃目で守りを崩し、二撃目で傷を刻み、三撃目で流れを奪う。

そんな意図が見える苛烈な連続攻撃だった。

 

ティシュパクは、その苛烈な連続攻撃に対応する。

神速を見切る心眼の心得があるのだろう。

 

巧みな技で、迫り来る巨爪を受け流す。

 

まともに受けるのではない。

流し、ずらし、殺しきれなかった勢いだけを逃がしていた。

 

棍棒が爪とぶつかるたび、空中に火花めいた雷光が散る。

黒き邪竜の巨体が神速で翻り、そこへ棍棒が寸分違わぬ角度で差し込まれる。

真正面からの力比べではなく、技で制しているのだと分かる受け方だった。

 

護堂はさらに高度を変える。

上へ、下へ、右へ、左へ。

 

急上昇、急降下、急旋回。空を裂くように軌道を変える。

 

あらゆる角度から襲いかかるが、それでも対応されてしまう。

 

ティシュパクは棍棒を滑らせて爪を逸らし、

次の瞬間にはその場を飛び退いて下方からの突進をかわした。

その動きには一切の迷いがない。

見えているから防ぐのではなく、見切ったうえで最善の受け方を選んでいる。

 

棍棒が唸るたび、風雷が防壁となって護堂の爪を弾き返した。

 

爪が届きかけても、その直前で風が軌道を押し曲げ、雷が鱗を焼いて勢いを鈍らせた。

ただ速いだけでは届かない。

そんな厄介さが、いやというほど伝わってくる。

 

「厄介すぎるだろ……!」

 

護堂は思わず毒づいた。

 

このままでは、権能の制限時間が来てしまう。

 

そう考えた護堂は、あえて真正面から突っ込んだ。

 

回り込みも、攪乱も捨てる。

一直線に、黒き邪竜の巨体ごとティシュパクへぶつけるような突進だった。

 

ティシュパクもまた、それを迎え撃つ。

二本の棍棒を交差させ、黒き邪竜の巨爪を正面から受け止めた。

 

空中で激突した瞬間、雷鳴にも似た轟音が響く。

 

「悪くない攻撃だが、それでは余は倒せんぞ!」

 

ティシュパクがそう言った。

 

護堂は激突したまま、化身を切り替える。

 

「我が元に来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、輝ける駿馬を遣わしたまえ。俊足にして霊妙なる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

組みついたまま『白馬』の化身を発動する。

 

東の空に第二の太陽が昇った。

そこから、太陽の白き槍が放たれる。

 

護堂ごと、ティシュパクを閃光と焔が包み込んだ。

 

「我は世界に終末と再生を告げる黒き竜なり!」

 

聖句を唱え《蛇》の再生能力を全開にする。

 

飛翔する力が失われて火だるまになりながら地面に墜落した。

 

見上げるとティシュパクがいた。

 

全身から流血し焼き焦がされ息も絶え絶えといった有様だ。

 

ティシュパクは自らの肉体を雷霆に変えることで直撃を避けたのだ。

 

「なんと荒々しき方法を使う……!これでは獣の方がまだ良いぞ」

 

ティシュパクが呆れたような笑い声をだす。

 

護堂は邪竜の姿のまま地面に倒れ伏していた。

 

余力はあまりない。

 

「草薙護堂、見事だったぞ。だが、もうあなたには戦う力はないだろう?」

 

「いや、そうでもないぞ」

 

護堂がそう言いながら最後の力を振り絞った。

 

「主は仰られる。咎人には裁きを下せと。背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出し、血と泥と共に踏み潰せ!鋭く近寄りがたき者よ、契約を破りし罪科に鉄槌を下せ!」

 

上空に空間の裂け目が現れ、巨大な黒い『猪』が飛び出した。

 

今回指定した破壊対象である護堂自身を狙い、ティシュパクごと粉砕しに来たのだ。

 

「オオオオオオオオオオオオオン!!!」

 

魔獣の咆哮が轟く中、『猪』はティシュパクごと護堂を押し潰した。

 

『猪』がティシュパクを踏み潰すと同時に、護堂は顕身を解除して破壊目標を失わせた。

そして大慌てで『猪』から離れる。

 

やがて『猪』は不満げな咆哮を上げながら消えていった。

 

「アテナは大丈夫なのか?」

 

神を倒した手応えを感じながらも、疲労でその場に座り込み、護堂はそう呟いた。

 

アテナのことだから大丈夫だろう。

そう思いながらも、護堂はアテナの戦場へと向かった。

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