神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

2 / 24
一話

カリアリ市はサルデーニャ島最大の都市で、その起源は古代フェニキア人が築いた植民都市「カラリス」にまでさかのぼる。

石造りの建物が連なる古都だ。

夏になると、世界中から観光客が集まり、ビーチと歴史的遺産を巡り、そして地元の海産物や肉料理を堪能していく。

 

3人は現在市内にあるトラットリアにいた。

テーブルの上には、前菜だという野菜と魚の盛り合わせ、ハーブ入りのフォカッチャやパン、小さな粒状のパスタ、さらに乳飲み子豚を炭火でじっくり焼き上げた肉料理が並んでいた。

どれも素材の風味がしっかり生きており、絶品の味わいだった。

 

「これだけでも、サルデーニャに来た甲斐はあるよな」

 

護堂はフォークを手に取り、前菜を口に運んでいた。

……来た目的を考えなければこの味を純粋にたのしめたのだが。

 

彼は軽くため息をつき、冷えた水を口に含んで喉を潤すと、静かに口を開いた。

 

「全然神様の気配がしないんだけど、本当に出てくるのか?」

静花はパスタを乗せていたフォークを止め、半眼で兄を見やった。

 

「お兄ちゃん、もう少し調べたら? 神様が出てきた形跡なら、もうあるんだから」

 

そう言って、彼女はスマホを取り出し、画面を護堂に向ける。

そこには、数日前にサルデーニャ島を襲った大規模な嵐が、何の前触れもなく発生し、同じく突如として消えたというニュースが表示されていた

 

「これ、多分神様の仕業だと思うよ。だってあまりにも不自然すぎるし」

 

「なら、なんで急に消えたんだ? 神様が現れたなら、こんなに早く消えたりはしないだろ?」

 

「それは、現れた二柱の神が争っていたからだ」

 

可憐な声がテーブルの端から響く。

アテナは小皿に子豚の肉を切り分け、端然とナイフを動かしながら語った。

 

「神殺しや神の戦いで、どちらかが命を落とすことはそう易々とはない。双方ともに深傷を負い、今は肉体を休めておるのだろう」

 

「何でそんなことが分かるんだよ」

 

「分からぬのか。この島には二柱の神の神力の気配がしておる。この感触からして、そう遠からず神は復活するであろう」

 

「じゃあ、復活する前に倒せばいいじゃん」

 

「駄目だ。それでは鍛錬にならぬ」

 

そう言い終えるや否や、ウェイターが高そうなワインを持ってきた。

アテナは幼い少女の姿でありながら、当然のようにグラスを受け取り、真紅の液体を口に含む。

 

「ちょっと! なんで一人だけワイン飲んでるの! あたしは我慢してるのに!」

 

静花はテーブルに手をつきアテナに怒鳴った。

見た目が幼い少女の姿でいつ、どうやって頼んだのかは分からないが、おそらく神の力で持って来させたのだろう。

きっと注文すらしていない。

 

「神が酒を飲むのは当たり前であろう。……ふむ、人間が作ったにしては悪くはないな」

 

古来より、酒は神聖な飲み物とされてきた。

日本では神事の際に「お神酒」が振る舞われ、神棚や祭壇に供えられる(神に飲食物を供えることを神饌という)。人々はそのお下がりを口にすることで神と交わり、その加護を受けると信じられてきた。

酒は、神の力を宿す媒介として、神道の儀礼に深く根付いている。

 

古代ギリシャでも、アテネの酒神ディオニュソスの祭りにおいて、ワインは喜びと生命の象徴として人々を酔わせると同時に、神と人を結ぶ媒介として用いられた。

また、キリスト教の聖餐においてもワインは「キリストの血」とされ、信者と神を結びつけるための役割があった。

 

中国では祖先や神々への敬意を示すために酒が供物として用いられ、南米ではトウモロコシで作った酒が儀式に用いられた。

いずれの文化においても、酒は神と人とをつなぐ存在として重要視されてきたのである。

 

ゆえに、アテナのような存在が食事の場でワインを傾けるのは、決しておかしくない。 

むしろ、未成年でありながら祖父に酒の味を教えられ酒豪となっている静花の方が、間違っていると言うべきだった。

(さらに言えば、アテナは数千歳を超える存在であり、年齢的にも問題ない。)

 

草薙一族の非常識さが垣間見える話である。

 

「あのな静花、俺たち未成年なんだぞ。こんな場所で飲めるわけないだろ」

 

護堂がそう言うと、静花は椅子に座り直し、ふくれっ面になった。

言外に“場所さえ変えれば飲んでもいい”とも取れる台詞だが、本人はまったく気づいていない。

自身は常識人だと言っている護堂だが、すっかり草薙一族の常識に染まっているのだ。

 

「そんなのバレなきゃいいじゃん。せっかくイタリアに来たのに、買い物も観光もできてないし、神様とは戦わなきゃいけないし……」

 

静花が不機嫌そうな顔になった。

 

「お兄ちゃん、神様との戦いが終わったら、あたしとの約束を最優先にしてよね!絶対だからね!」

 

「約束って何だよ、そんなのしたか?」

 

護堂が首をかしげると、静花は信じられないという顔をした。

 

「まさか、お兄ちゃん、あたしとの約束忘れたの!? 最低で最悪ね!」

 

護堂は記憶をたぐり、中学の卒業式後の一幕を思い出す。

あの日、静花が勝手に決めた約束を、彼は軽く受け流したはずだった。

 

「あの時、お兄ちゃん『まあ、暇だったらな』って言ったじゃん! それなのに可愛い妹との約束を忘れるなんて……お兄ちゃん失格!」

 

「こ、こんなことで兄失格になるのかよ。それと、自分で自分のこと可愛いって言うなよ」

 

確かに静花は可愛い部類に入る少女だ。だが、それを外で堂々と言うのはやめてほしい。

彼女には、もう少し慎みを持ってほしいものだ。大和撫子とまでは言わないが、せめて多少の落ち着きは持ってもらいたい。

 

「分かった、神様とのことが終わったら付き合ってやるよ。それでいいだろ」

 

「そこは『付き合ってください』でしょ! あたしとの約束を忘れておいて、あたしがお兄ちゃんのために貴重な時間を割いて付き合ってあげるんだから。そこ、勘違いしないでよね」

 

勝手なことを言う静花。言葉の端々が母親そっくりだと護堂は思う。

だが、長年の付き合いでわかっている。ここで余計なことを言えば、不機嫌メーターが急上昇するだけだ。

 

その時、アテナがワインを置き、静かに告げた。

 

「あなた方はこれから神と戦うのだ。いい加減、気を引き締めよ。

戦場で隙を見せ、他の者に命を奪われるなどという失態は許さぬ。

……あなたたちを倒すのは、この妾なのだからな。他の者に奪われるなど、決して認めぬぞ」

 

「俺はアテナと戦うつもりなんてないからな」

 

「あたしだって嫌。なんでそんな面倒なことしなきゃいけないのよ」

 

「本来、妾が果たすべき報復を、あなたたちが果たしたのだ。妾が戦いを挑むのは当然のこと」

 

「その時は一緒に戦っただろ。それに、俺も静花も、アテナのことを友達だと思ってるよ」

 

「あたしは……まあ、悪い人ではないとは思ってるけど」

 

「ならばなおさらだ。友というのなら、共に戦技を磨き、戦士として高め合うもの。

言葉を交わすのも悪くはないが、戦場で互いの技と術をぶつけ合うことこそ、真の語らいよ」

 

アテナの瞳には、冷たさと熱が同居している。

どこかの少年漫画に出てくる“強敵と書いて友と読む”関係を地で行く台詞だ。

護堂は心の中でため息をつく、自分たちは、そんな暑苦しい物語の主人公になる気はないのだが。

 

「話はここまでだ」

 

アテナが空に視線を向けた。

 

「先ほどから神力の高まりを感じる。程なくして神が復活するであろう」

 

「神との戦いに備えよ。これより始まるのは、天地を震わし、大海を裂く、神と神殺しの大戦なのだからな」

 

「分かったよ」

 

「分かりましたよーっだ」

 

二人は呑気な返事をして席を立つ。

会計を済ませ、アテナに続いてテラスを後にした。

 

「おやめください、メルカルト神! 御身はかつてこの地を治められた王であられたはず!

その王が、自らの領土を滅ぼすなどあってはなりません!」

 

「ハハハハ! 小さき者よ――我が版図を踏みにじった下郎どもには、必ず裁きを与えねばならん!

一度この地を海に沈め、汚れを洗い流すのだ。なに、案ずるな……海で洗い流した後は、再び島を浮かべ、わしが再びこの地を統べるとしよう!」

 

そのやり取りは、まるで暴君に必死に諫言する忠臣のようだった。

エリカ・ブランデッリは《赤銅黒十字》が誇る、将来有望な神童だ。

サルデーニャ島に降臨した二柱のまつろわぬ神の調査で功績を立て、叔父が受け継いでいた『紅き悪魔』の称号を継承するつもりだった。

彼女はサルデーニャ島を覆う嵐を起こした神がいるアルゲーロ市に偵察に行っていた。そしてそこで神と遭遇しその目の前で膝をつき頭を垂れていた。

幸いにも嵐が起こったことで付近の住民は近辺魔術結社によって避難していたが。このままでは島ごと海に沈められてしまう。

 

「さて、王への礼節をわきまえた小さきものよ、貴様に役目を与えよう。

わしはこれより竜狩人としての狩を行い、古き王の復活の号砲とする。

貴様は王の復活をふれまわれ。下郎どもに報せるのだ!最強の竜狩人が再び狩を行い勝利したことを讃えよ!

そして恐れるがいい!このメルカルトは己が版図を汚した下郎どもに怒りを燃やし裁きを下さんとしているとな!」

 

神々の戦いがいつ始まってもおかしくはない。このままでは、戦いによる甚大な被害がでるだけでなく、戦いの後、神たちは荒ぶる心のまま人の世を破壊しようとするだろう。

ただ見ているわけにはいかない。少しでも注意を引くことで、戦いを遅らせ、サルバトーレの帰還までの時間を少しでも稼ぐことができるはずだ。

そう考え、愛剣を抜き封印を解こうとしたそのとき、後ろから声がかかった。

 

「やめた方がいいと思いますよ。神様相手に立ち向かっても、無駄死にするだけでしょうし」

 

「静花、そんな言い草はないだろ……ここは俺たちに任せて、君は早く逃げた方がいい」

 

振り向くと、そこには少女達と少年が立っていた。

 

彼らと共にいる銀髪の少女の全身から神力を放つその姿は、間違いなく“まつろわぬ神”だ。

まつろわぬ神が、なぜ人間と共にいるのか。どうしてここに来たのか。

 

「あなたたち、どうやってここに。いえ、それより、なぜ神と共にいるの!?一体ーー」

 

「ほう、神殺しが並び立つだけでなく、神まで傍におるとはな!一体なぜだ?」

 

「俺と静花は兄妹なんだ」

 

「この人はあたしたちを鍛えるためとか言ってここまで連れてきたアテナさん」

 

「兄妹のカンピオーネですって!」

 

目まぐるしく変わる状況に、エリカは言葉を失った。

 

「くくく、神殺しの兄妹とは。一体どれほど罪深い一族なのであろうな!」

 

「まあ、確かにあたしの一族は変人揃いだけどね」

 

「妾は闘神として、未熟な者どもを鍛えておる。闘争の兆しが見えたので、ここに来たのだ」

 

「ほう、神々の女王が神殺しを鍛えるとはな」

 

「不服か?」

 

「そんなわけあるまい!戦士を鍛えるは王者の役目、異論などないわ!」

 

そのとき、上空から大地を震わす咆哮が轟いた。

 

「神殺し共を鍛えるだと!? 忌まわしき神殺し共に肩入れするとは! 恥を知れ!」

 

その声と同時に、雲間を裂く巨大な影が現れる。

全長五十メートルほどの黒き竜ーー鱗は漆のように艶やかで、陽光を反射して鈍く光り、双眸は燃えるような赤色を放っていた。

 

「妾は、ただ来るべき決戦へ向けてこやつらを鍛えておるだけだ。」

 

「鍛える必要性がどこにある!神だというならさっさと彼奴等を殺さんか!」

 

黒竜の声は大気を震わせ、耳の奥に鈍い痛みを残す。

 

「今ここで戦いその命を奪ったとしても何の名誉も得られぬ。

偉大な戦士としてふさわしき力と権威を持つ者を討ち果たした時こそ、誉ある勝利となるのだ」

 

「誉ある勝利だと!? そんなもののために神殺し共を鍛えるというのか!」

 

「ふん、我ら戦士にとっては誉こそが何よりも重要なのだ。

獣にはこの道理が分からんか」

 

「貴様ぁ!我を愚弄するか!」

 

メルカルトがそう言うと黒き竜が激昂した。

 

「なあ、提案があるんだけど」

 

口論を続ける神々の間に、護堂が割って入った。

 

「アテナから聞いたぞ。もともとあんたらでケンカしてたんだろ? だったら人に迷惑がかからない場所でやってくれないか。そしたら俺たちも手を出さないからさ」

 

その場にいた神々と人間が、一斉に冷ややかな視線を送ってきた。

 

「忌まわしき神殺しめ!我らが争い、傷ついた隙を狙う気だな!いいだろう、まずは貴様から食い殺してくれる!」

 

「確かにわしには貴様らと逆縁はない。だが良いのか? わしはこの狩りの後、人間共の都を海に沈めるぞ。それでも良いなら構わんがな」

 

どうやら藪蛇だったらしい。

 

「ねえ、何してるのお兄ちゃん。完全に怒らせてるじゃん」

 

「も、もしかしたら戦わずにすむかも知れなかっただろ」

 

「護堂、貴様の愚かしさは筋金入りよな。まずは戦士として……いや、男子の心得から教えねばならんか」

 

静花とアテナが、呆れを隠そうともせずに護堂を見つめる。

 

「わ、悪かったって。あいつとは俺が戦うからさ」

 

「おい、護堂」

 

「何だよ、アテナ?」

 

そう声をかけられた瞬間、アテナが唇を護堂の唇に押し付けた。

ひやりとした感触と同時に、体内へ『教授』の術が流れ込む。

静花がそれをみて声を振るわせながら言った。

 

「な、な、何やってんのアテナさん! それにお兄ちゃんも、なんでされるがままなの! ちょっとは抵抗しなさいよ!」

 

「こやつは知識がないからな。こうして智慧の術をかけねば『剣』を研げぬ。それに、これはいつもやっておることだ」

 

「お兄ちゃん!いつもってどういうこと!」

 

静花が護堂の肩をつかみ、前後に揺さぶる。

 

「ま、待て、静花! 落ち着け! あれはアテナが勝手にしてるだけなんだよ!」

 

「……まさか、朝起きるために毎日キスしてるの?! お兄ちゃん、何考えてんの!こ、こ、恋人にでもなったつもりなの!」

 

静花が護堂にさらに詰め寄る。

するとその姿を見かねたのかアテナが声をかけた

 

「いい加減、諍いはやめぬか。あやつらが痺れを切らしておるぞ」

 

「アテナさんも関係あるんだけど!」

 

静花は不満げにアテナを睨んだが、やがてメルカルトに顔を向けた。

 

「お兄ちゃん! 後で詳しく教えてもらうからね! アテナさんも!」

 

「わ、分かったよ」

 

戦いが終わったら、どう言い訳しようか。

護堂は心の中でぼやきながら、この戦いの後の面倒事を思ってゲンナリしていた。

一つため息をついて気を取り直すとアテナに言った。

 

「アテナ、その子を早く逃してくれないか。」

 

「ふん、神々の女王たる妾に、かような雑事をさせるとは……まあいい。よかろう。この者が足枷となっては妾の望みも果たせぬ。あなた達は存分に戦技を振るい、技を磨くといい。」

 

そう言うと、アテナは背から梟の翼を広げ、エリカを抱き上げて離れていった。

 

「随分待たせるではないか、神殺し。このメルカルトが戦士の流儀を教えてくれる! さあ、まずは名を名乗れ!」

 

「あたしは草薙静花。別に大層な肩書きなんてないけどね」

 

「俺は草薙護堂。静花の兄だ」

 

「ふん、我が怨敵も! 宿敵も! そこの女神も! この破壊の申し子――ニーズヘッグが食らってくれる!」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。