神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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二十四話

「先ほどから思っていたが、兄妹とはいえ『王』同士が手を組むとはな。それだけではなく、『神』とも手を組むとは。珍しい光景を見たものだ」

 

嵐の中に佇みながら、ヴォバンが愉快そうに言った。

 

護堂は大口真神の毛を掴みながら、歯噛みした。

こちらは三人がかりでようやく嵐に耐えている。

それに対して、ヴォバンはまだ余裕を崩していない。

 

「あいつの権能をなんとかしないと。使ってる権能が多すぎるだろ!」

 

護堂の声は、風にかき消されそうになりながらも、どうにか静花とアテナのもとへ届いた。

 

「『戦士』で斬るつもりなの? でも、あいつの奪った神様たちのことなんてわからないでしょ?」

 

静花は大口真神の背にしがみついたまま叫び返す。

 

「いや、妾は分かる」

 

アテナが静かに告げた。

 

「本当なのか?」

 

護堂は思わずアテナに問いかけた。

 

アテナは銀色の大楯を構えたまま、老魔王を見据えていた。

 

「ああ。あやつの権能を間近であれだけ見たのだ。ならば、その力の源を見抜くこともできる」

 

アテナは淡々と言った。

 

「どんな神様を殺してんのよ」

 

静花が思わず尋ねる。

 

「狼はアポロン。冥府の檻はオシリス。嵐は風伯、雨師、雷公だな」

 

アテナの口から、神々の名が次々と告げられた。

 

「なんで狼がアポロンなのかとか、色々ツッコミたいとこはあるんだけどな」

 

「神とは一つの顔だけを持つものではない。太陽の神が別の貌を持つのはおかしいことではない」

 

アテナは当然のように言った。

 

「あいつなんで中国とか朝鮮あたりのマイナーな神様まで殺してんのよ……」

 

「彼奴は祝融の権能も使っておったからな。東方にも足を延ばしたことがあるのだろう」

 

「フットワーク軽すぎでしょ!」

 

静花が思わず叫ぶ。

 

「して、どれを斬るつもりだ? あやつの権能は多い。それに、恐らく今まで見せた権能以外にもまだ持っているはずだ」

 

「まだ権能を持ってるのかよ。とんでもないじいさんだな……」

 

護堂は思わず呻いた。

 

「嵐のやつをなんとかしたいな……その風伯、雨師、雷公ってやつを教えてくれないか?」

 

「いいだろう」

 

アテナはあっさりと頷いた。

 

その即答に、静花がぴくりと眉を動かす。

 

「ねえ。お兄ちゃん。アテナさんからどうやって教えてもらうつもりなの?」

 

静花の言葉に、少し棘が混ざった。

 

護堂はぎくりと肩を揺らす。

『戦士』の剣を振るうためには、斬る神の知識を深く理解しなければならない。

 

そして護堂は、そんなマイナーな神のことなど知らない。

この場ですぐに知識を得る方法は、ひとつしかなかった。

 

「そ、それはだな」

 

護堂が露骨に言葉を濁した。

 

静花の目が細くなる。

嵐の中だというのに、その視線だけはやけにはっきりと冷たかった。

 

「接吻に決まっているだろう」

 

アテナが当然のように言った。

 

「ぐぬぬ。やっぱりこうなるの! うー。でも……」

 

静花は悔しそうに唸る。

 

しばらくの間、あーだの、うーだのと唸った後、深くため息を吐いた。

 

「……早くしてよね!でも、無駄に時間かけたら許さないから!」

 

「こんな状況で時間をかける余裕なんてあるわけないだろ!」

 

護堂は静花の反応に戸惑いながらも、思わずそう言い返した。

 

アテナはそんな二人を見て、小さく鼻を鳴らす。

 

「まったく。戦場でまで騒がしい兄妹だな」

 

「誰のせいだと思ってるのよ!」

 

静花が叫び返した直後、闇の中から幾匹もの蛇が這い出す。

 

黒く艶めく蛇たちは大口真神の白い毛並みの上を素早く這い回り、アテナと護堂の身体へ絡みついた。

 

「うわっ!」

 

護堂が思わず声を上げる。

 

蛇はそのまま二人の胴や腕を巻き取り、大口真神の背へしっかりと固定した。

 

「な、なにするんだよ!」

 

「口移しの最中に吹き飛ばされては面倒だ」

 

蛇に体を巻きつけられている感触が、どうにも落ち着かない。

 

冷たい鱗が服越しに擦れ、腕や胴を締めつけるたび、背筋にぞわぞわとしたものが走った。

 

「な、なんだか変な感じだな」

 

「感想を述べている暇があるか」

 

アテナが呆れたように言う。

 

その直後、嵐の奥から稲妻が迸った。

 

大口真神が空をかけて回避するが、稲妻がすぐそばを駆け抜けた。

 

「早くして! さっきからジジイの攻撃が激しくなってる!」

 

静花が声を張り上げる。

 

嵐の渦はさらに勢いを増し、吹き飛ばされた建物の残骸が駆け巡り、荒れ狂う気流が大口真神を絡め取ろうとする。

 

「分かっている。護堂早く済ませるぞ」

 

「あ、ああ」

 

アテナは護堂の顔を掴むと、自分の方へ向けさせた。

そして、有無を言わせずその唇を奪う。

 

唇を開き、舌を絡ませあい、唾液を混じり合わせた。

 

「……何でお兄ちゃんのイチャイチャを聞かなきゃいけないのよ」

 

静花が苦々しく呟いた。

 

護堂はアテナから風伯、雨師、雷公についての情報を受け取ると『戦士』となり光球を生み出す。

 

「俺たちはアテナを後ろから援護するからアテナは前衛を頼むよ」

 

「よかろう。遅れはとるなよ」

 

「我は言霊の技を振るい、世に義を顕すーーアテナ、ほら」

 

護堂はそういうと光の球を集めて一本の『剣』を作るとアテナに手渡した。

 

アテナは黄金の剣を受け取り、その刃を一瞥した。

 

「見事な『剣』だ、護堂」

 

「じゃあ、あたしはお兄ちゃんの足ってわけでしょ」

 

「ああ。頼むよ」

 

「なら、落ちないでよね!」

 

静花がそう言うと同時に、大口真神が空を蹴った。

 

護堂たちの周囲には光の『剣』が浮かび上がり、迫り来る嵐を次々と切り裂いていく。

風も、雨も、稲妻も、黄金の光に触れた端から消え去っていった。

 

「また、胡乱な力を使ったか!貴様の権能は面倒だな!」

 

ヴォバンは嗤いながら言った。

 

「何個も権能を使ってるじいさんにだけは言われたくないな!」

 

アテナが大口真神の背から飛び出した。

 

嵐の中を黄金の『剣』で切り裂きながらヴォバンに迫った。

 

黄金の『剣』を横薙ぎに振るう。

 

しかし、ヴォバンは狼に化身すると獣の身のこなしで荒々しく跳び退いた。

 

巨大な狼の体躯に似合わぬ俊敏さで宙を蹴り、黄金の刃を紙一重でかわす。

 

「その『剣』、ただの『剣』ではないな。神力を切り裂くものか……あの若造の権能は小癪なものが多そうだな」

 

ヴォバンはその野生の勘と戦闘経験から黄金の『剣』の性質を一目で見抜いた。

 

「風伯、雨師、雷公は元々は中国の道教と民間信仰の神だ」

 

護堂は智慧の言霊を唱え、『剣』を生み出す。

 

「中国神話では雷公は妻である電母とともに雷神として崇められ風伯と雨師は悪神である蚩尤が従えていたとされた」

 

護堂は黄金に輝く光球を、ヴォバンへと差し向けた。

 

「その『剣』は厄介だが、二つの神力を同時に切り裂けるほどの余裕があるかな?」

 

ヴォバンはそう言うと、数百頭ほどの狼の群れを呼び出した。

 

嵐の中から現れた狼たちは、牙を剥き、唸り声を上げながら黄金の『剣』へ殺到する。

 

狼の群れと『剣』が激突した。

 

だが、黄金の刃は狼の身体を斬ることなく、空しく砕け散るだけだった。

 

「やはりな。その権能は言霊で暴いた神のみを切るのだろう。ならばたやすい」

 

「くそっ!もう気づいたのかよ!」

 

護堂は悪態をついた。

 

「お兄ちゃん、しっかり掴まってて!狼が来る!」

 

静花が叫ぶと同時に、大口真神が空を蹴った。

 

気がつけば周囲を狼が取り囲み、その牙と爪で飛びかかってきた。

 

大口真神はその巨爪で狼たちを薙ぎ払いつつ取り囲まれないように立ち回っていた。

 

「やがて、風伯と雨師は朝鮮の建国神話にも取り込まれた。天帝の子、桓雄が地上へ降りた時、風伯、雨師、雲師を従えていたんだ。……そこに雷公の名はない。だが、雲師は雷公と同一視される豊隆の名にもつながるんだ!だから雲師と雷公は重なり合っているんだ!」

 

護堂は言霊をさらに唱え、光の球を追加する。

 

黄金の『剣』は渦を巻き、アテナを援護するようにヴォバンへ殺到した。

 

だが、いつの間にか復活していた『死せる銀竜』が、その巨体を盾にして黄金の『剣』を受け止めた。

しかも、その背には弓を構えた騎士や年代物のライフルを構えた者。魔術師や魔女が並んでいる。

 

そして大口真神の背に乗っている静花と護堂に向けて、矢、弾、魔術が放たれた。

 

「真神!」

 

静花が叫ぶ。

 

大口真神は空を蹴った。

白い巨体が嵐の中を左右に跳ね、降り注ぐ矢と弾丸、魔術の光をかわしていった。

 

「うわッ! 静花、俺を振り落とさないでくれよ!」

 

護堂が激しく揺れる大口真神の背で、思わず叫んだ。

 

「無茶言わないでよね! こっちだって攻撃を回避するので精一杯なんだから!」

 

静花が叫び返す。

 

大口真神の背で兄妹が揺さぶられる中、護堂は必死に『戦士』の『剣』を操っていた。

 

ヴォバンは人狼に化身し、アテナが振るう『戦士』の剣を獣の身軽さでかわした。

そして、天から稲妻を呼び落とす。

 

アテナは銀色の大楯を掲げ、その雷撃を受け止めた。

返す刀で、闇の中から猛禽の爪と獣の牙を持つ異形のフクロウを放つ。

 

だが、ヴォバンがエメラルド色の瞳を向けた途端、フクロウたちは空中で硬直した。

次の瞬間、天から落ちた稲妻が、その黒い影を焼き焦がす。

 

「獣の中の獣とも呼ばれる者が、神殺しの『剣』に臆するとはな!」

 

「安い挑発だな、女神よ。それにだ。戦とは近距離の格闘戦だけを指すものではないだろう?」

 

アテナの攻撃をいなしながら、ヴォバンが言った。

 

「遠距離から一方的に敵を撃つのも、多数で蹂躙するのも戦だ。ああ、多数の敵を一人で滅ぼすのも、私好みの戦と言えるだろう」

 

「間違ってはいないな、デヤンスタール・ヴォバン」

 

アテナはそう言いながら、ヴォバンの懐へ飛び込んで『剣』を振り上げた。

 

ヴォバンは獣の本能で後方へ跳ぼうとする。

だが、その脚の一部がいつの間にか石へ変わっていた。

アテナの魔眼が、老魔王の動きを一瞬だけ縛っていたのだ。

 

「くっ!」

 

ヴォバンは咄嗟に狼たちを呼び出し、アテナへ差し向けた。

 

だが、アテナは怯まない。

銀の大楯を大鎌へと持ち替えると、その場で横薙ぎに振るった。

 

闇を帯びた刃が嵐の中を走り、飛びかかってきた狼たちをまとめて一刀両断する。

 

「厄介な『眼』を持っているようだな」

 

「妾はメドゥサと血を同じくする者だ。石化の『邪視』は妾も使える」

 

ヴォバンは呪力を高めて石化を解くと、すぐさま距離を取った。

そして、アテナへ向けて狼と嵐を再び差し向ける。

 

「静花! じいさんに近づけるか?」

 

「できないことはないけど、あの従僕が邪魔してくるよ!」

 

「大丈夫だ! あいつは俺がどうにかする!」

 

静花は大口真神の向きを変えると、ヴォバンへ向けて突撃を開始した。

 

銀竜が火を吐き、その背に乗る屍たちが矢、弾丸、魔術を一斉に放った。

 

白い巨体が横へ跳び、火炎の奔流を紙一重でかわす。続けて迫る矢と弾丸を、右に左に飛び跳ね翻弄しながら避けた。

 

大口真神はその場で急停止することで、魔術の火や雷を回避し大きく跳躍して距離を詰めた。

 

「静花、俺を投げてくれ!」

 

「はあ!? ……もう、分かったわよ!」

 

静花は護堂の襟首を掴むと、その怪力に任せて空中へ放り投げた。

 

「世界の終末の時、我は己の翼に屍を乗せ、閃光を放ち舞い上がる!」

 

護堂が黒竜へと化身する。

 

黒竜になっている間に使える能力の一つに死者の魂を解放する力がある。

ヴォバンに縛られ、屍の兵として使役されている者たちには、まさに天敵となる力だった。

 

黒竜が咆哮する。

 

従僕たちが動きを止めた。銀竜がボロボロと砂となり崩れ、その背に乗っていた者たちもまた塵となって崩れ去った。

 

囚われていた魂が、黒竜の咆哮によって強制的に解き放たれていった。

 

「『死せる従僕』の檻を砕いただと?!」

 

ヴォバンが驚愕の声を上げた。

 

護堂は光の球をヴォバンに差し向ける。

 

黄金の『剣』が嵐の中を走った。

 

ヴォバンは咄嗟にその場を飛びのくが、アテナが追撃し戦士の『剣』でヴォバンを切り裂いた。

 

荒れ狂っていた風と稲妻が止み、雷雲が裂ける。

雲間から青空が覗き、眩い日光が地上へ差し込んだ。

 

ヴォバンは巨大な狼の姿で、地面へ着地する。

 

「やってくれたものだな。我が『嵐』を斬り裂き、従僕の檻を砕くとは。厄介な芸を持っているようだな」

 

「じいさんが嫌われすぎてるからだよ。あの人たちも、すんなり成仏してくれた」

 

「ふん。自業自得ね。……もしかして囚われた人たちが惜しい? そういえば便利に扱ってたみたいだし、すぐに後を追わせてあげるわよ」

 

「彼奴の厄介な力を二つも封じることができたのは僥倖だ。兆しが傾いたか」

 

「減らず口を叩くものだ。その口がどこまで続くか見ものだな」

 

ヴォバンはそう言うと人間に再び戻った。

 

「この着ぐるみを被るのも久しぶりだなーー竜蛇の冥王イナンナの復活に……刮目せよ」

 

ヴォバンの体から青白い光の玉が現れた。

 

光の玉は身の丈30メートルほどの鮮やかな黒瑪瑙色のドラゴンになったのだ。

 

「じいさんもドラゴンになることが出来るのかよ」

 

「それは私の台詞だな小僧。……この着ぐるみを被るのには面倒な手続きがいるからな滅多なことでは使えんのだが、出した甲斐があったな」

 

黒瑪瑙色の鱗を持った竜が、自身の肉体を片手に持ち翼をはためかせた。

 

「貴様は、少し私に似ているな。魔術を知らぬ身で神を殺し、権能を手に入れ、本能と智慧で使いこなす。それに、権能にも私と似たところがある」

 

ヴォバンの影から、再び巨大な二頭の人狼が姿を現した。

 

静花は大口真神を地上へ降り立たせると、自らもその背から飛び降りた。

 

静花の呪力は、これまでの戦いでだいぶ消耗している大口真神を空に留めたまま動かし続ければ、それだけ消耗も激しくなる。

 

ならば、地に足をつけて戦うべきだ。

 

大口真神は静花を庇うように前へ出ると、ヴォバンの影から現れた人狼たちへ牙を剥いた。

 

「貴様たちには楽しませてもらったがそろそろ最終ラウンドと行こうか」

 

ヴォバンはそう言うと護堂に飛びかかった。

 

ヴォバンはそう言うと、黒瑪瑙色の翼を大きくはためかせた。

 

それと同時に、二頭の巨大な人狼が地面を蹴る。

 

片方はアテナに、もう片方は静花と大口真神へと向かった。

 

ヴォバンは護堂に飛びかかり、護堂も迎えうった。

 

空中で2頭の巨大な竜が激突した。

 

竜たちは互いの爪を相手の肉体に突き立て、牙を食い込ませた。

 

黒い鱗と黒瑪瑙色の鱗が擦れ合い、火花のように呪力が散る。

 

「こうして、神殺し同士が竜となり、食らい合うことなど初めてだ! 感謝するぞ、小僧!」

 

ヴォバンは右前脚で人間の身体を抱えたまま、左前脚の爪を護堂の胴へ突き立てながら言った。

 

「元気いっぱいだな、じいさん! ……余計なお世話かもしれないけど、その荷物、邪魔じゃないのか?」

 

「それがこの権能の厄介なところでな。自分の体という荷物を抱え込まねばならんのだ」

 

ヴォバンは愉快そうに喉を鳴らした。

 

「本来ならば、我が従僕に預けるところだ。だが、貴様は従僕どもを解き放つことができるようだからな。こうして、私自ら持たねばならん」

 

黒竜となった護堂が、右後脚でヴォバンの腹を蹴り飛ばした。

 

黒瑪瑙色の竜がわずかに宙で押し返される。

 

だが、ヴォバンは笑っていた。

 

「だが、この程度の荷物を抱えたところで問題はない。貴様らを叩き潰すには、これで十分だ」

 

ヴォバンはエメラルド色の瞳を輝かせた。

 

その瞬間、護堂の巨体が一瞬だけ硬直する。

 

護堂が動きを止めた隙に、ヴォバンは黒瑪瑙色の翼をはためかせ、側面へ回り込んだ。

 

そのまま左前脚の爪を振るい、護堂の左前脚を深く切り裂く。

 

黒い鱗が砕け、血が宙に散った。

 

護堂も咄嗟に右前脚の爪を突き立てようとする。

だが、ヴォバンはすでに後方へ羽ばたき、護堂の反撃を紙一重でかわしていた。

 

「くそっ、厄介な眼だな!」

 

護堂の左前脚は、たちまち再生していく。

傷口が塞がり、砕けた鱗が生え変わる。

 

再生が終わるより早く、護堂は翼を広げてヴォバンへ飛びかかった。

 

アテナは大鎌を両手に持って巨大人狼と対峙していた。役目を終えた戦士の『剣』はすでに消えている。

 

「妾がこの程度の獣の相手をするとはな……手早く狩りを済ませるとしようか」

 

アテナはそう言うと、大地からコンクリートの大蛇を造り出した。

 

「我が牙よ、獣を砕け」

 

大蛇はうねりながら人狼へ迫り、その巨体へ巻きつこうとする。

 

人狼は爪を振り下ろし、大蛇の頭を砕いた。

 

だが、砕けた頭はすぐさま周囲の土とコンクリートを巻き上げ、再び形を取り戻す。

 

大蛇は砕かれながらも止まらない。

太い胴体を人狼へ巻きつけ、その腕と胴を締め上げていく。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

人狼は咆哮し、暴れ狂った。

 

大蛇の身体が砕け、土とコンクリートの破片が周囲へ撒き散らされる。

しかし、砕かれた端から破片は再び集まり、蛇の形へ戻っていく。

 

アテナはフクロウの翼をはためかせて急降下し、大鎌を振り上げていた。

 

漆黒の刃が人狼の首を断ち切った。

 

だが、人狼は首だけになってもなお止まらなかった。

宙に浮いた頭部が牙を剥き、アテナを飲み込もうと大口を開ける。

 

「しぶといな」

 

アテナがひと睨みする。

 

その邪視を受けた人狼の頭部が、石となっていき動きが鈍った。

 

コンクリートの大蛇が大口を開け、石化しかけた人狼の頭部を丸ごと飲み込む。

 

直後、鈍い破砕音が響いた。

 

大蛇の内側で、人狼の頭部が砕け散る。

 

「所詮は神獣。大した相手ではなかったな」

 

アテナはそう呟くと、静花の方へ視線を向けた。

 

大口真神が巨大人狼を地面へ押さえつけている。

白い神狼の牙が肩口に食い込み、巨爪が人狼の四肢を押さえ込んでいた。

 

静花はその人狼の頭の毛を掴み、腕を振り上げだ。

 

「やあああああああ!」

 

叫びながら、静花は拳を振り下ろした。

 

人狼の頭部が深く陥没する。

肉片が飛び散り、獣の咆哮が苦悶の音へ変わっていった。

 

何度も拳を叩き込み、原形を留めないほどに頭部を粉砕する。

 

そして、大口真神は人狼の喉元へ噛みつき、そのまま力任せに首をもぎ取る。

 

「……あんたたちに構ってる暇なんかないのよ!」

 

静花の言葉には疲労が混じっていた。

 

「静花。呪力はまだあるのか?」

 

静花に近寄ったアテナが問いかけた。

 

「だいぶ使ったから、あんまりない。でも『松明』一発分くらいは残してあるわよ。ただ、呪力を大して込められないから、威力はそんなに出ないと思う」

 

静花は大口真神を霧に包み込むようにして権能を解きながら答えた。

 

「だから、あいつの動きを止めて確実に当てたいんだけど……アテナさん、出来る?」

 

アテナが空を見上げる。

 

そこでは、二頭の竜が激しくぶつかり合っていた。

 

互いに食らいつき、爪を突き立て、肉を引き裂く。

血肉を撒き散らしながら、二頭の竜は空中で凄まじい闘争を繰り広げていた。

 

「……容易いことではないな。あの獣はああ見えて、妾たちにも気を向けている。隙がない」

 

アテナは静かに言った。

 

「だが、妾の邪視でほんの一瞬、動きを鈍らせることはできるはずだ。あとは護堂次第だ」

 

アテナはそう言うと二人は機を待つことにした。

 

ヴォバンは護堂の体に組み敷くべく、左前脚で護堂の首を掴みそのまま噛みつきにかかった。

 

「ぐあっ!」

 

牙が体内に食い込む痛みに苦悶の声を上げながらも『駱駝』の化身を発動する。

 

これで忍耐強さと得るとともに後脚に駱駝の強力な脚力が宿った。

 

「これならーー」

 

護堂は首を掴まれ、牙を突き立てながら両後脚を引きつけてヴォバンの肉体を蹴り飛ばした。

 

「ぬおおお!」

 

予想を超える力にヴォバンの肉体が大きく吹き飛ばされた。

 

「ここだな」

 

大勢を立て直そうとしたその時、ヴォバンの動きが一瞬だけ鈍った。アテナの邪視だ。

 

「ありがとう。アテナ!」

 

護堂はアテナに礼を言うと両前脚で両肩を掴み、両後脚の爪を胴に突き立てた。

 

「この程度で私を捕らえたとつもりか!舐めるなよ!」

 

すると狼の群れが虚空から現れ、護堂の右前脚に群がり噛みついた。

 

狼の牙が肉を抉り取り、右前脚を噛みちぎった。

 

「ぐぅっ!」

 

ヴォバンは自由になった左前脚で護堂の頭を掴みそのままひっくり返した。

 

視界の上下が反転する。

 

護堂は歯を食いしばりながら右前脚を再生しつつ、残った左前脚と両後脚でヴォバンにしがみついた。

 

「しぶといな、小僧! やはり同族は活きがいい!」

 

ヴォバンは左前脚で何度も護堂を殴りつけながら、翼をはためかせる。

護堂の巨体を地面へ叩きつけようとしているのだ。

 

「静花! 俺ごとやれ!」

 

「……っ! 分かったわよ!」

 

静花は一瞬だけ躊躇した。

だが、すぐに撃つことを決めた。

 

その時だった。

 

「させん!」

 

ヴォバンが叫ぶ。

 

「我は告げる。生あるものは全て平等であると。罪人も聖人も、凡愚も英雄も、無垢なる子供もその母も、我は等しく火の糧としよう。焔の煉獄、火の王国が生まれる瞬間に刮目せよ!」

 

ヴォバンは再び劫火の言霊を唱えた。

 

上空に、殲滅の焔が顕現する。

 

「あのジジイ、まだあんな力を残してたの!」

 

静花が思わず叫ぶ。

 

このままでは、殲滅の焔によって周辺一帯が焼かれてしまう。

止めるには、『松明』をぶつけるしかない。

 

だが、そうすればヴォバンを仕留めるための切り札を失ってしまう。

 

「……静花。あれは妾が止めてやる」

 

アテナが少し不満そうに告げた。

 

「故に、その冥府の劫火で必ず獣を仕留めよ」

 

そう言うと、アテナはフクロウの翼を広げ、上空へ飛び立った。

 

「暗黒よ! 妾が愛し、妾と共に在り続けた聖域よ。女王の滅びに立ち合う、忠義の衛兵たれ。勅旨である!」

 

アテナの言霊と共に闇が広がる。

 

暗黒の障壁が、上空に現れた殲滅の焔を包み込むように展開された。

 

焔と闇が激突する。

 

「くっ……! 早くせんか!」

 

上空で焔を抑え込みながら、アテナが苦悶の声を上げた。

 

静花は残った呪力を全て権能に注ぎ込んだ。

 

「恐るべき女神の火よ! 我に仇なす者どもに裁きを下せ。その破滅の火をもって我が敵を壊し、滅ぼし、その全てを奪い尽くせ!」

 

静花が言霊を唱える。

 

周囲が闇に包まれると上空に冥府の劫火が現れそのまま地上に叩きつけられた。

 

炎は護堂とヴォバンをまとめて包み込む。

 

「ちぃっ! 貴様らを甘く見すぎたか……!」

 

劫火の中で、ヴォバンが吼えた。

 

「この場は私の負けとしておいてやる! 貴様らに勝利をくれてやろう! だが、次はこうはいかんぞ!」

 

ヴォバンは己のドラゴンの肉体に爪を突き立てた。

 

「貴様らを敵として認めよう。一人ずつ狩ってくれる。再び戦場で相見える時までに、数多の修羅場を潜り抜け、腕を磨いておくがいい!」

 

ヴォバンはそう言うと、自身の胸から心臓を抉り出すとドラゴンの姿が跡形もなく消えた。

 

劫火が消えると、黒竜から人の姿へ戻った護堂が倒れ伏していた。

 

「お兄ちゃん!」

 

静花は慌てて駆け寄ると護堂の体は『雄羊』の化身による再生が始まっていた。

 

静花は力が抜けたように息を吐くとそのまま、自分も疲労に耐えきれず、その場にへたり込んだ。

 

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