神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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二十五話

護堂と静花は、病院にいた。

 

あの後アテナが人を呼び二人を運ばせたのだ。

 

なお、アテナ本人は傷ついた身体を癒すため、どこかの霊山で静養しているそうだ。

 

護堂の傷は『雄羊』の化身によってほとんど塞がっており、静花の傷もすでに治っていたが、全身に残った疲労までは簡単に消えてくれない。

 

「あのジジイのせいで、酷い目に遭った……」

 

静花が枕へ頭を沈めながら、恨めしそうに呟いた。

 

「ああ。はた迷惑なじいさんだったなあ」

 

護堂も静花の意見に同意した。

 

今回の戦闘により、戦場となったホテルとその周辺の街は崩壊した。

 

荒れ狂う嵐と雷撃によって建物は吹き飛び、ヴォバンの従僕や兄妹の権能によって道路や地面も大きく抉られている。

 

そのうえ、『贄』の影響で一帯は極寒の寒さに覆われ、一切の光が灯らない空間まで生まれてしまった。

 

被害の全容を調べるだけでも、相当な時間がかかるだろう。

 

「あいつには、この戦いで出た被害の弁償をさせてやらないとね! 壊したホテルとか街とか、『贄』のせいで出た被害とか! それと、あたしたちの治療費と新しい服も!」

 

静花はベッドの上で叫ぶようにして言った。

 

「静花……お前だって街を壊してるし、『贄』のせいでかなり迷惑をかけてるからな!」

 

護堂が横目で妹を見ながら、呆れた声を出した。

 

ヴォバンが最大の原因であることに間違いはない。

 

だが、静花の権能も被害の拡大に一役買っている。すべてを老魔王へ押しつけるのは、いくら何でも無理があった。

 

「そう言うお兄ちゃんもでしょ。それに、元はと言えば、あのジジイが万里谷先輩を拉致しようとしたのが悪いじゃん」

 

静花は悪びれることなく言い返した。

 

「だからって、全部あいつに押しつけていいわけじゃないだろ」

 

「ふん。いいじゃん。今までかなり好き勝手したんだから、自業自得よ」

 

静花は腕を組み、当然のように言い切った。

 

護堂は何とも言えない顔で妹を見る。

 

護堂が小さくため息を吐いた、その時だった。

 

病室の扉が控えめに叩かれた。

 

「入っていいですよ」

 

静花が答えると、ゆっくりと扉が開いた。

 

入ってきたのは、万里谷祐理だった。

 

「失礼します」

 

祐理は病室へ入ると、二人のベッドを交互に見た。

 

「万里谷さん。わざわざお見舞いに来てくれたんですか?」

 

静花が祐理にそう尋ねた。

 

「わざわざなどと言わないでください。あなたたちは、自分たちがどれほど無茶をなさっていたのか分かっているのですか?」

 

祐理は険しい表情で二人を見据えた。

 

「無茶って言われてもなあ。俺たちは、わがまま放題のじいさんを懲らしめただけだぞ?」

 

護堂は困ったように頬をかいた。

 

「あのジジイの場合、わがまま放題なんてレベルじゃないけどね」

 

静花も横から口を挟む。

 

二人とも、ヴォバンと戦ったこと自体を後悔している様子はなかった。

 

「そんな程度の話ではありません!」

 

祐理が思わず声を荒らげた。

 

普段の控えめな祐理からは想像しにくい剣幕に、護堂と静花がわずかに身を引く。

 

「侯爵のお力は凄まじいものなのです! いくつもの都市や村をその権能で蹂躙してきただけでなく、神殺しとして数多の死戦を潜り抜けてきた歴戦の猛者です! 過去には複数の神と戦い、勝利したこともあると聞いています。軽々しく戦ってよい相手ではありません!」

 

祐理は一息に言い切った。

 

「あたしたちは、軽々しく戦ったわけじゃないんです」

 

静花は先ほどまでの軽い調子を消し、真剣な顔で祐理を見返した。

 

「あんな身勝手なやつに、万里谷先輩を渡したくなかったから戦ったんです」

 

護堂も静花の言葉に頷く。

 

「静花の言う通りだな。俺たちは、万里谷があのじいさんのために犠牲になるのが嫌だったから戦ったんだ」

 

護堂は祐理から目を逸らさずに続けた。

 

「アテナも言ってたぞ。万里谷がじいさんの好きなようにされるのは気に食わないって」

 

「あなたたちは、一歩間違えていれば死んでいたのですよ! それに、他の手段もあったではありませんか」

 

「他に手段なんかあったのか?」

 

護堂は純粋な疑問を口にした。

 

ヴォバンが祐理を求め、力ずくで連れ去ろうとしていた。

 

話し合いが通じるような相手でもない。護堂には、戦う以外の道があったとは思えなかった。

 

「私を引き渡せばよかったのです。そうすれば東京は戦いに巻き込まれませんし、草薙さんたちも戦わずに済みます」

 

「駄目だ」

 

「駄目です」

 

護堂と静花は、ほとんど同時に答えた。

 

兄妹の言葉に、祐理が目を見開く。

 

「な、何故ですか!」

 

「万里谷を差し出して、丸く収めたくなんかないからだよ。そんなの、俺たちのやり方じゃない」

 

護堂は当たり前のことを告げるように言った。

 

自分たちが戦わずに済むからといって、祐理を犠牲にするという選択肢は、最初から存在していない。

 

「そうですよ。万里谷先輩を差し出すなんて、納得できませんからね」

 

静花もベッドの上で祐理へ向き直った。

 

「万里谷先輩が連れていかれたら、あたしたちが嫌な思いをします。先輩の家族や友達だって悲しむでしょうし、何より万里谷先輩自身は嫌なんじゃないんですか?」

 

祐理は言葉に詰まった。

 

ヴォバンに連れ去られることが怖くなかったはずがない。

 

だが、自分一人が耐えれば被害を防げるのなら、そうするべきだと考えていたのだろう。

 

「それを一人で我慢して、みんなのためだからって犠牲になろうとしないでください」

 

静花は少しだけ語気を弱めた。

 

先ほどまで祐理に叱られていた少女とは思えないほど、穏やかな声音だった。

 

「静花の言う通りだよ。俺たちが勝手に決めて戦ったんだから、万里谷が責任を感じる必要はないんだよ」

 

護堂も静かに告げる。

 

祐理はしばらく何も言えず、俯いたまま両手を握りしめていた。

 

「……そんなの、勝手すぎます」

 

やがて、祐理が小さく呟いた。

 

その時、再び病室の扉がノックされ、返事をするよりも早く開かれた。

 

「あなたたち、話は終わったかしら?」

 

入ってきたのはエリカだった。

 

金髪を揺らしながら堂々と病室へ足を踏み入れる姿には、他人の部屋へ入ることへの遠慮など微塵も感じられない。

 

「エリカ……入るなら、せめて返事を待ってからにしてくれ。ノックをした意味がないじゃないか」

 

護堂が疲れたように言った。

 

ヴォバンとの戦いを終えたばかりだというのに、今度は別の意味で気を休められそうになかった。

 

「入っても大丈夫そうだったから入ったのよ。いちいち返事を聞く必要なんてないわね」

 

エリカは悪びれもせずに答えた。

 

「勝手な人ですよねー、エリカさんって」

 

静花が語尾を伸ばし、皮肉気に言った。

 

静花はエリカに対して、同族嫌悪に近い感情を持っているらしい。

 

性格が似ている部分があるからこそ、相手の振る舞いが必要以上に鼻につくのだろう。何度顔を合わせても、なかなか態度が軟化しない。

 

もっと仲良くしてほしいのだが、と護堂は思っていた。

 

「空気を読んだだけよ」

 

エリカは静花の皮肉を軽く受け流した。

 

先ほどまでの会話が一段落するまで、扉の外で待っていたという意味らしい。

 

「それより、あなたたちはまた派手にやったみたいね。侯爵相手に暴れるだけでも十分無茶なのに、よりによって一国の首都であんな大騒ぎを起こすなんて。さすがに私も驚いたわ」

 

エリカは呆れたように言った。

 

「うっ……!」

 

護堂が返す言葉に詰まる。

 

「も、元はと言えば、あのクソジジイのせいだから!」

 

静花が慌てたように反論した。

 

「それは否定しないわ。侯爵が原因なのは間違いないもの」

 

エリカは肩をすくめた。

 

「けれど、だからといって、あなたたちがやったことが消えるわけではないでしょう? ホテルは崩壊、周辺の街も滅茶苦茶。おまけに、貴女の『贄』の影響で、現場は今も異常な寒気と闇に覆われているそうよ。すごいわねえ」

 

一つひとつ確認するように並べられた被害を聞くたび、静花の表情が引きつっていく。

 

「ぐはっ……!」

 

最後には、胸を抉られたかのような苦悶の声を上げた。

 

「今回の件は、護堂さんたちのせいだけではありません。私も一緒に背負います」

 

祐理が護堂たちをまっすぐに見ながら言った。

 

先ほどまでの迷いは、その表情から消えていた。

 

「万里谷、これは俺たちがやったことだから、気にする必要なんかないぞ」

 

だが、祐理は静かに首を横へ振った。

 

「いいえ、私が気にしますから。護堂さんたちがおっしゃったように、私も勝手に背負わせてもらいます」

 

祐理は少しだけ笑って言った。

 

「あら、祐理ったら。いつの間に護堂を名前で呼ぶようになったのかしら? ずいぶん親密になったのね」

 

「……さりげなく呼び方が変わってるし……万里谷さんは陥落寸前だっていうの!?」

 

静花が愕然としたように声を上げた。

 

「わ、私は護堂さんとはただのお友達ですから! それ以上でもそれ以下でもありません!」

 

祐理が慌てたように声を上げた。

 

それを静花が、疑わしいものを見るような目で見つめていた。

 

「まあ、いいわ。祐理については後にしましょうか。……それで、ヴォバン侯爵はお亡くなりになったのかしら?」

 

エリカが話題を切り替えるように問いかけた。

 

すると、静花が苦々しい顔をした。

 

「じいさんは死んでないみたいだぞ」

 

護堂がベッドへ身体を預けたまま答えた。

 

「魂だけで逃げたって、アテナさんが言ってた」

 

静花も嫌そうに付け加える。

 

「亡くなっていないことには驚かないけれど、魂だけになって生き延びたというのは驚きね」

 

エリカは感心半分、呆れ半分といった様子で言った。

 

神殺しが常人離れした生命力を持つことは、彼女も十分に理解している。

 

それでも、肉体を失ったまま生存するというのは予想の外だったらしい。

 

「あのじいさん、無茶苦茶だよなあ……」

 

護堂は天井を見上げながら、しみじみと呟いた。

 

「ええ。私も驚いています」

 

祐理も神妙な面持ちで頷いた。

 

「カンピオーネが並外れて生命力の強い方たちだというのは聞いておりましたが、これほどとは」

 

魂だけになってなお生き延びる存在など、人間としての常識では到底理解できない。

 

「はあ。あのジジイ、そのうち肉体を取り戻して戻ってくるらしいんだよね。おとなしくくたばっておきなさいよね」

 

静花が深いため息をついた。

 

声には心底うんざりしている様子が滲んでいる。

 

「それに、今度は一人ずつ倒すとか言ってたからなあ」

 

護堂がそうぼやいた。

 

「侯爵は、一度狙った獲物は忘れない方よ。必ずまた戦いを挑んでくるでしょうね」

 

エリカは迷いなく言い切った。

 

「……あなたたちって、いるだけで厄介事を招き寄せるんじゃないかと疑いたくなるわね」

 

その言葉に、護堂はすぐには反論できなかった。

 

「……言い返しようもないな」

 

護堂は苦笑しながら認めた。

 

「……反論できないわね」

 

静花も苦い顔をしながら、小さく頷いた。

 

できれば否定したかった。

 

しかし、自分たちがこれまで巻き起こしてきた騒動を考えると、あまりにも説得力がない。

 

「で、ですが、今回は護堂さんたちだけの責任ではありませんから。それに、私にも責任がありますから」

 

祐理が慌てたように二人を庇った。

 

護堂と静花が素直に落ち込んでしまったことに、居たたまれなくなったのかもしれない。

 

「……それと、お見舞いの品として軽食を作ってきたのですが、よかったら召し上がりますか?」

 

そう言いながら、祐理は持っていた鞄へ手を入れた。

 

中から取り出したのは、布に包まれた小さな包みだった。

 

責任やヴォバンの話で重くなった空気を変えようとしているのだろう。

 

「作ってきてくれたのか。ありがとう、万里谷。それじゃあ、もらうよ」

 

護堂は素直に礼を言い、差し出された包みを受け取った。

 

包みを開くと、中には一つずつ丁寧に包まれたおにぎりが並んでいた。

 

形は綺麗に整えられ、同じ大きさに揃えられている。

 

派手さはないが、祐理の丁寧な性格がそのまま表れているようだった。

 

護堂はそのうちの一つを手に取り、口へ運んだ。

 

柔らかく炊かれた米がほどけ、程よい塩味が舌の上へ広がる。

 

静花も小包からおにぎりを一つ取り、一口頬張った。

 

「万里谷先輩の料理って、すごいですよね」

 

静花は感心したように言った。

 

「具の入っていない塩おにぎりなのに、ちゃんとお米の味が引き立っていて、おいしいです」

 

「私もひとついいかしら?」

 

エリカも祐理に断りを入れると、おにぎりを一つ手に取り、口へ運んだ。

 

「たしかに美味しいわね。すごく単純な料理のくせに、意外と奥が深いわ。ただ、ここに何か具が入っていたら、もっとよかったのだけれど」

 

エリカがそう言った。

 

相変わらず、エリカは女王様気質で一言多い。

 

「具の代わりに、何か面白い話でもないかしら?」

 

「いきなり何を言い出すんだよ……」

 

「このおにぎりは美味しいけれど、素朴すぎるのよねえ」

 

「おにぎりに何を求めてるんですか……」

 

静花が呆れたように言った。

 

とはいえ、何か話題が欲しいのは確かだ。

 

護堂は少し悩んだ末、あの話をすることにした。

 

「面白いかどうかは分からないけど、俺たちが神様を倒した時の話ならできるぞ」

 

すると、エリカがその瞳を興味深そうに輝かせた。

 

「それはぜひ聞きたいわね」

 

エリカは護堂たちへ体を向け直した。

 

「あなたたちが神殺しになった経緯については、まだ詳しく聞いていなかったもの」

 

「たしか、女神アテナと共にウルスラグナとヘカテーを斃されたのですよね?」

 

祐理も興味を引かれた様子で尋ねてくる。

 

「ああ。色々と大変だったけどな」

 

「聞きたいのなら、話しますけど……」

 

エリカと祐理が期待するように頷くのを見て、草薙兄妹は顔を見合わせた。

 

そして、自分たちがアテナと出会い、神殺しとなるまでの出来事を語り始めた。

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