神殺し兄妹と女神様 作:ダッソー
「我は言霊の技を振るい、世に義を表す!」
聖句と共に、護堂の周囲に光球が次々と浮かび上がる。
同時に周囲の気温がじわりと下がり始めた。静花が冥府の吹雪を呼び込む権能を発動したのだろう。
あれを使えば、辺り一帯がしばらくの間冬の寒さに閉ざされてしまうと聞いているのだが。
内心で島の住民に謝罪すると、目の前の敵に集中する。
「大釜よ、沸き立て! 蛇たちよ、罪人共の血を啜れ!」
その声とともに、大地の裂け目から冷たく澄んだ水が湧き上がった。
氷の冷気に包まれたその流れは、周囲の建造物を凍らせ、深い霧を立ち上らせていた。
北欧神話においてあらゆる川の源であり、生命の泉であると同時に冥府の泉でもあるフヴェルゲルミルの泉。
その濁流の中を、無数の毒蛇が泳ぎ、波のように襲いかかってくる。
「邪悪なるもの、我を打つにあたわず!強力なる我を畏れよ!」
凍てつく毒の泉の濁流とその中で蠢く毒蛇の群れを、護堂は光球の防波堤で必死に押し留める。
目の前で押し留められた濁流から無数の蛇が飛びかかり『剣』に切り裂かれる様は背筋に寒いものが走る。
「静花は……巻き込まれてないよな?」
妹の姿を探すと、吹雪をまといながら空中へと避難していた。
ふと視線が合い、互いの無事を確かめる。再び目の前の光景に意識を戻すと、護堂は『剣』を研ぐべく言霊を紡いだ。
「ニーズヘッグ、あんたはただの『蛇』じゃない。あんたは北欧神話における、破壊と再生の循環そのものを体現する存在なんだ」
「神をまつろわす言霊の剣か!忌々しい奴め!」
ニーズヘッグが空高く舞い上がり、火球を連射してくる。
護堂は『剣』でシェルターを作り、火球を防ぐ。だが爆炎はフヴェルゲルミルの流れと蛇を吹き飛ばし、大地を抉りながらも何度も降り注ぐ。
吹き飛ばされて生まれた空白も、毒と蛇の濁流が押し寄せて埋め尽くす。
剣は凄まじい速度で消耗し、言霊で研ぎ直してもジリ貧だ。反撃の糸口を早く見つけねばならない。
「ニーズヘッグの名は『噛みつく者』を意味する。その名の通り、世界樹の根に噛みつき世界樹の根を枯らそうとするんだ。
でも、世界樹は枯れない。なぜならノルンたちがウルズの泉で再生させるからだ。そしてこのことは死と再生の循環を示している」
蛇、蛇、蛇――視界を埋め尽くす無数の蛇が、牙から毒液を滴らせ飛びかかってくる。
「ラグナロクの後、あんたは生き残る。そして世界が新生していくときあんたは死者の魂を翼にのせ舞い上がるんだ。
ラグナロクを生き残る様からは不滅と永遠を意味し。世界の新生とともに舞い上がる様は世界の破壊と新生を意味している。
そして北欧神話は破壊と再生の物語だ!あんたは破壊と再生を強く象徴する存在だからこそ、北欧神話の象徴としてふさわしいんだ」
空から火球が降り注ぐ。爆炎がフヴェルゲルミルの流れと蛇を吹き飛ばし、大地を穿ちながら防壁を打ち破ろうとする。
火球の合間にも、蛇と泉の猛攻が続き、反撃の隙はない。
護堂は剣を生み出し続けながら、逆転の一手を探し続けた。
「恐るべき門よ、鍵持つ我が今こそその門を開けよう!」
静花の第一権能、後に賢人議会より『女神の相』と名付けられる事になるこの権能は、贄を捧げることで女神に関する九つの能力を発動するもの。
今回発動したのは冥界の吹雪を呼ぶ能力で、贄は『春』。発動後しばらくの間、温暖な気候が奪われたことでその地一帯は極寒の地域に変わる。
「ほう、冥界の冬を呼ぶとはな。どこぞの冥府の神から簒奪せしめたか」
メルカルトは天より稲妻を降らせ始めた。天候神の矛たる幾千の雷霆が大地を打ち据える。
「腕白きものよ、その姿を現せ!」
静花は氷の大蛇を編み出し、降り注ぐ雷霆を防ぎながら吹雪をメルカルトへ叩き込む。だがメルカルトは暴風をその身から撒き散らし、吹雪を押し返す。
「ははは、その程度か。これならば、我が宿敵モトの方がまだ歯応えがあったぞ!」
「そう言ってられるのも今のうち! すぐに後悔させてやるわよ!」
「ならばその力でもって証明してみせるがいい、小娘!」
静花が冬の力をぶつけようとした瞬間。背筋を走る悪寒に静花は直感的に猛吹雪を巻き上げ、自らも空へ舞い上がる。
地上を見下ろせば、紫色の毒水が周囲の建物を凍てつかせながらさきほどまでいた場所を呑み込んでいく。もしあそこに留まっていれば自分も氷漬けにされていた。
「っ!お兄ちゃんは」
視線を巡らせると、兄が光球のシェルターに籠もり無事を保っていた。互いに目を合わせて無事を確認し、静花は再び目の前の敵に集中する。
「あの竜の作り出せし毒の泉から逃れるとは。さすがは神殺しよ」
「あれが来るなら、来るって教えてよね。あたしとの戦いなんでしょ?」
「神殺しが何を言うか。隙を見せた者が敗北するのは戦の常だ。
いくさばにてそのようなことを言うとは……貴様はあの女王が言うとおり未熟なようだな。
では、熟達した戦士であるこのわしが貴様に戦を教えてやろう!」
「そんなの、教えなくていい!」
暴風が竜巻となって静花の体を打ち砕かんと迫る。静花は猛吹雪を自らにまとい、風と風をぶつけて打ち消す。
お返しとばかりに吹雪でメルカルトを包囲し視界を奪うと、全方位から氷の礫と氷柱を生み出し叩きつけた。だが、メルカルトの身に竜巻を纏うことで
その全てを吹き飛ばす。
「くくく、貴様も風を扱うか。では試してやろう――風よ! 雨よ! 雷よ!」
雷が黒雲から絶え間なく放たれ、暴風が吹き荒れる。静花はその暴風を猛吹雪に変えて返すが、メルカルトは竜巻で身を覆い吹雪を散らす。
静花は吹雪をバスケットボールほどに圧縮し、暴風雪を閉じ込めた冷気の爆弾を放つ。だが、複数の竜巻に阻まれ、炸裂した冷気は全て暴風に流されてしまう。
「ふ、所詮は神殺し。この天の支配者にして嵐の具現たるわしの風に比べれば、貴様の風など児戯にすぎん!」
ならばと氷でできた冬の力を宿した大蛇を作り上げメルカルトの体をその牙と巨体で氷づかせようとするがこれも
メルカルトが放つ幾百の雷霆に砕かれてしまう。
巨大な竜巻が挟み込むようにして襲いかかってきたため同じく吹雪で作った竜巻を作り上げることで
相殺し、畳み掛けるように襲ってきた天から降り注ぐ幾千の雷霆には氷の防壁を作り上げることで破片が飛び散りつつも
防いでいく。
あからさまに攻め手にかけている。このままでは何一つ傷を与えられないまま冬の効果時間が尽きてしまう。
「このままじゃ、ジリ貧ね」
次の能力に切り替えねばならないが、何を発動するか――思案の末、静花は海へ向かう。
「ふん、逃げるか神殺し。……では、風比べの次は鼠狩りと行こうか。ヤグルシよ、アイムールよ、雲に乗る者バアルがお前達を呼んでいる!」
虚空より第一の棍棒ヤグルシが、雷雲より第二の棍棒アイムールが飛来する。
「追いて駆ける者ヤグルシ・アイムール! 疾く駆け、疾く飛び、薙ぎ払え!」
二つの棍棒がそれぞれ疾風と稲妻をまとい、靜花を追う。
「我は全てを与えられし者、何人たりとも我から奪う事は叶わず」
静花は聖句を唱え、周囲を数百メートルにわたり冷気と吹雪で包み込む冬の結界を展開。外からは内側の様子を見ることができず、中に入れば視界を奪われ、触れるものは全て凍りつく。静花は吹雪を通じ、外の動きを感覚で把握する。
「ほう! 冬の結界を作り上げたか。よいぞ、その結界、わしの武具で打ち砕いてくれよう!」
ヤグルシは吹雪を裂き、アイムールは雷の熱で氷を焼き切ろうと突き進む。静花はヤグルシを吹雪で逸らし
アイムールは氷で防ぐ。
海上へと到達しかけた時、二つの棍棒の攻撃が止んだことに気づく。次の瞬間、天から巨躯が降り立つ。
「ぬうううん!」
15メートルの巨体となったメルカルトが暴風と雷をまとい、棍棒を振り下ろす。
吹雪は暴風に払い飛ばされ、冷気も雷の熱と呪力で耐え切られる。静花は全力で冬の力を集中させ、拮抗を保つ
「吹雪で見えなかったはずなのに、なんであたしの居場所がわかったの?!」
「わしは不撓不屈の竜狩人にして海と大地の征服者!貴様の居場所など、見ずとも分かるわ!」
「……まさか勘で当てたっていうの!? なんて出鱈目!」
嵐と冬が衝突し、やがて嵐が勝る。棍棒が静花を打ち据え、結界が威力を軽減するも全身に激痛が走る。雷が肌を焼き、骨が軋む感覚が広がる。
静花は吹雪で落下速度を殺す。
「灰色の荒れ狂う海よ、偉大なる力をもつ我にその領域を与えよ」
海面に青い炎が現れ、水を蒸発させていく。やがて周囲の水が彼女の元へ集まり、静花は水を操る力を得る。
50メートルの波の頂に立ち、周囲に9頭の蛇を形作る。
「海の征服者であるこのわしに海の力で挑むとは……ましてや蛇の姿を取るとは、愚かだな神殺し!」
「愚かって、使おうとしたら自然とこうなったんだけど」
「……そうか分かったぞ。貴様は一柱の神から複数の力を簒奪したのだな。だが、その力を扱うには制約があると見える。
我ら神の力は貴様ら神殺しにはすぎたもの。己が身に余る力を求めるからそうなるのだ!」
「別にあたしは欲しがったわけじゃないし。それに、
使いやすい使いにくいじゃなくて持ってる手札をどう使うかなんじゃないの?」
「ははは、確かにその通りだ」
水を操る能力は大量の水を消費するくせに水を生み出す能力はないため、海のような大量の水がある場所でないと使えない。
使える場面が限定的なのだ。
自身の権能は兄と同じで制約が多く、その捧げる贄による被害は米国の王よりも凄まじいのだ。
先ほどの冬の権能もその性質状当然ながら冷たい気候だと発動できないし、周囲に寒さが残ることで不毛の地となり甚大な被害が出る。
人の作った道を贄とするものがあれば、命を奪い尽くすことで発動可能なものもある。
軽々しく使えず、機転を効かせなくてはならない。
次に使う能力で相手の意表をつかなくては。
そう考えると再びメルカルトに挑んだ。
「この辺りで良いか。」
アテナは港町から離れた場所に来ると、地面を二、三十メートルほど隆起させ大蛇の形を作り、その頭の上に降り立って抱えていた魔女を下ろした。
抱えられていた魔女――エリカ・プランデッリは地に降ろされると、アテナに向き直り恭しく頭を下げた。
「女神アテナ様。この度はご助命いただき、深く感謝申し上げます。
このエリカ・ブランデッリ、このご恩を決して忘れはいたしません」
「ヘルメスの門下の者よ、気にするには及ばぬ。妾はあの者らが十全に戦えるようにしたまで。礼など不要だ。――それより一つ、役目を与えよう」
「何なりとお申し付けください」
「あの者らの戦いを見届け、人の世に知らしめるのだ。新たな神殺しが――新たなる王が誕生したとな」
「謹んで拝命いたします」
アテナと言葉を交わし、エリカは悟る。
アテナは彼女個人を善意から助けたのではなく、あの兄妹のカンピオーネの戦いを邪魔させないため、そして自身を伝令として使うために救ったのだ。エリカ個人の存在など認識すらしていないのだろう。現に女神の視線は神殺しの戦場にのみ注がれ、エリカに向けられることは一切ない。
その事実に、エリカは愕然としつつも、それを顔に出すことなく女神と共に戦場へ目を向ける。
兄妹のカンピオーネは、いま劣勢にあった。
兄は結界を張って持ち堪えているものの反撃の術を持たず、防戦一方でこのままでは結界が破られるのは時間の問題だ。
妹もまた決め手を欠き、メルカルトに傷を負わせられぬまま、少しずつ自らが傷を負っていた。
このままでは神に徐々に追い詰められていくだろう。
暗い戦況に悲観的な予測を立てるエリカに、アテナは見透かしたように告げた。
「案ずるな。この程度の苦難、すぐにでも退けよう」
その言葉とともに、戦場に変化が訪れ始めた。