神殺し兄妹と女神様 作:ダッソー
全長30メートルはある水の蛇があちこちからメルカルトに噛みつこうとするが、巨体に見合わぬ身軽さで飛び退くことで回避し、同時に棍棒を素早く振ってその首を吹き飛ばす。
ある蛇はメルカルトに巻き付いて身動きを封じ、別の蛇が口から水のブレスを放とうとするが、体から烈風を放ち蛇を散らす。
そしてブレスを放とうとした蛇には、稲妻の棍棒を投げつけ爆発を起こす。
「くくく、良い、良いぞ。戦とはこうでなくてはな!」
高波がメルカルトを押し流そうとするが、全身に雷を纏い水蒸気爆発とともに押し返す。
「いくさ場で振るうべきは刀と弓、そして拳!
嵐の力を振るうのも悪くはないが、やはり己の肉体を使ってこその戦よ!」
「む、無茶苦茶するなぁ。」
静花は少し離れた波の上に立っていた。
波と大蛇をぶつけて以来、メルカルトは近接戦闘を仕掛けるようになった。
稲妻と水がぶつかり合うたびに水蒸気爆発が起こるため、静花は慌てて離れたのだ。
四方八方から水の大蛇が襲いかかるが、メルカルトは巧みに棍棒を振り、爆発とともに蛇たちを吹き飛ばす。
先ほどから襲いかかる高波には、全身から雷を放つことで対抗していた。
「神殺しよ、貴様のことも忘れてはおらぬぞ!
貴様の作りし海の化身との戦いを愉しませてもらった礼に、我が眷属を呼ぶとしよう!」
黒い霧が周囲に集まってきた。霧からは凄まじい羽音がする。
それは霧ではなく、大量に集まったイナゴだった。
静花はそれを理解し、鳥肌が立つ。
「神殺しよ、我が眷属との戦いを愉しむがいい!」
「こ、こんな気持ち悪いのと戦ったって、何も楽しくない!」
少し涙目になりながらも大蛇を作り、イナゴを飲み込ませていく。
大蛇は飲み込んだイナゴの群れで黒く染まり、その中ではイナゴたちが水中でジタバタともがき、息絶えていく。
大蛇の中で繰り広げられるトラウマ級の光景に、しばらくの間は虫など見たくないと心の底から思った。
静花はその光景を生理的嫌悪感で一杯になりながらも、波をサーフィンのように使い、滑るように港へ降り立つ。
港に着くと振り向きざま、大蛇から水のブレスを放ち、イナゴの群れを吹き飛ばしていく。
メルカルトは大蛇に包囲され、それを棍棒を右へ左へと振りながら立ち向かう。
その光景を見て、静花は能力を発動した。
「クロノスの御子よ、我に天の特権を与えよ。」
雷を操る能力。贄は『雨と雲』。
雲を奪うことで発動可能な能力で、発動後はその地域に雨が降らなくなる。
空から雲が奪われ、太陽が顔を出した。
静花は両手を前に出し電光を集め、一息に解き放つ。
「っ何!」
メルカルトが驚愕する中、放たれた電撃は一直線に彼へ向かい、周囲の海ごと吹き飛ばす。
凄まじい水蒸気爆発が起こり、水飛沫と衝撃波が静花の元まで届く。
爆発後、メルカルトの姿は見えないが、油断はできない。
不意を突いたとはいえ、あの程度の一撃で死ぬとは思えない。
何かが走ったように見えたため、雷をドーム状に展開し、自身を覆う青白い防壁を作り上げる。
防壁に棍棒が阻まれ弾かれる。やはり死んでいなかったようだ。
「今の一撃を防ぐか、神殺し。」
メルカルトは肉体のあちこちが焼け焦げながらも、空中に仁王立ちしていた。
「今の一撃に気を取られ、隙を見せてしまったが、次はこうはいかんぞ、神殺し。
わしは今の言霊で貴様の力の源を見抜いたからな!」
「貴様が殺した神はヘカテーだな!
全てを与えられし女、
あの最強の地母神を殺したのか!」
「まあ、流石に分かるよね」
「あの女神を殺す者が現れるとは……
くくく、あの女王が目をかけることだけのことはあるようだな!」
「何?あたしのこと今まで舐めてたの?」
「未熟な戦士に戦を教えていたのだぞ。
侮るのも仕方なかろう。許せ」
「だが、あの女神を殺したのならば申し分もあるまい。
このわしが貴様に華々しい死を送り、神王復活の号砲としてその首を掲げてくれよう!
何、案ずるな。貴様の兄の首も共に掲げるのだからな!」
「残念だけど、それは無理。だってあんたはこれからあたしに倒されるんだからね!」
その言葉と共に、二人は再び激突した。
神殺しは言霊を唱えるのをやめた。おそらく、もう言霊が尽きたのだろう。
ニーズヘッグの絶え間なく繰り出される攻撃が『剣』の防壁を削り続ける中、ついにその時が訪れた。
ニーズヘッグが大きく息を吸い込み、これまでとは比べ物にならないほどの火球を放つ。
「グワァ!」
火球が防壁に直撃すると、天を突く火柱が立ち上がり、数百メートル一帯を焦土へと変えた。
やがて煙が晴れると、防壁を破られた神殺しの姿が露わになった。
「大釜よ!蛇よ!忌まわしき神殺しを飲み込め!」
すかさず言霊が唱えられ、大地から泉と大蛇が現れ、護堂を包み込むように飲み込んでいく。
抵抗する暇もなく、泉と蛇は彼を呑み込んでいった。
「ふん、終わったか。所詮は神殺し。この破滅の申し子に敵うはずもなし」
そう言い放つと、ニーズヘッグは戦っていた神殺しのことなど忘れたかのように海へと視線を移す。
そこでは神殺しの妹とメルカルトが激しく戦っていた。
この戦いでは大した消耗はしていない。このまま、あの2人の戦いに乱入しまとめて食い殺すとしよう。
そう考え翼をはためかせた瞬間、流星がニーズヘッグの体を貫いた。
バランスを崩したニーズヘッグは苦悶の咆哮を上げ、泉へと墜落する。
「グアアアアア!」
水面を見やると、そこには神殺しが顔を出していた。
「神殺し! なぜ生きている!」
――時は少し前に遡る。
『剣』で作った防壁も、もう長くは持たない。
だが戦士の化身を使った際の洞察力が、かすかな勝機を見出していた。
色々と痛い目にあわなくてはならないが、やるしかない。
言霊を温存したままニーズヘッグに防壁を破らせ、破られる直前に自らの体へ『剣』を突き刺し、呪力を高める。
「我は最強にして、すべての障害を砕く者なり!」
泉に飲み込まれる直前、息を大きく吸い込み、目を閉じ、腕を顔の前に持ってくる。
全身を毒蛇に噛まれ、泉の冷気と毒が肉体を凍らせ溶かそうとする。だが、泉は高めた呪力で防ぎ、体内に送り込まれる毒は突き刺した『剣』で無効化する。
毒蛇の毒は一噛みで鯨すら殺すが、噛む力そのものは大したことがなく、カンピオーネの肉体を食いちぎることはできない。
ゆえに毒と冷気さえ防げばよい。
顔を手で覆うことで噛みつかれないようにし、目は閉じることで泉の侵入を防いだ。
泉の中を勘に任せて浮上し、顔を水面に出して蛇を振り払い、最後の言霊を唱える。
「ニーズヘッグ! お前は北欧神話でリスのラタトスクを通じ、フレーズヴェルグと口論を繰り返すんだ!
その物語は、秩序と混沌の対立を象徴している!」
彼の周囲に最後の『剣』が生まれ、流星のようにニーズヘッグを貫いた。
同時に泉と蛇が霧散する。
護堂に絡みついていた蛇と泉も消え、彼は地上へと降り立った。
対するニーズヘッグは、先の一撃から立ち直れず、地を這うように伏していた。
護堂もまた、膝をつく。呪力と『剣』で防いでいたとはいえ、完全ではない。
自らに『剣』を突き刺し、泉の毒と冷気に晒されていたのだ。激痛が全身を苛んでいた。
「神殺しめ! よくも我をその穢らわしい剣で傷つけたな!
許さん! 許さんぞ! 必ず食い殺してやる!」
「まだ一発殴り返しただけだろ……こっちは全身が痛いんだぞ……」
ニーズヘッグは怒り狂っていた。冷静さを失った相手なら、付け入る隙ができる。
だが護堂の体も毒と冷気でうまく動かず、相手は巨体。近接戦闘用の化身は使うべきではない。
「主は仰られる。咎人には裁きを下せと。背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出し、血と泥と共に踏み潰せ!
鋭く近寄りがたき者よ、契約を破りし罪科に鉄槌を下せ!」
言霊とともに空間が裂け、猪が出現する。
猪は爆発的な速さで突進し、ニーズヘッグも迎え撃つように飛びかかった。
猪の牙が迫るが、ニーズヘッグは突進を受け止め、そのまま持ち上げて叩きつけ、前足で押さえつける。
頸を伸ばし、鋭い牙で噛みついた。
「オオオオオオオオオン!」
苦痛に叫ぶ猪はもがくが、牙はさらに深く食い込んでいく。
「くそ……猪のやつ、完全に押さえ込まれてるじゃないか」
もはや先ほどのような不意打ちは通じない。今『白馬』に切り替えても対処されるだろう。
実際、猪を押さえつけながらもニーズヘッグの警戒は護堂に向けられている。
ちらりと妹を見ると、彼女は雷の防壁でメルカルトの猛攻を防いでいた。
兄として情けないが、彼女にかけるしかない。
猪に耐えるよう念を送りつつ、護堂はニーズヘッグとの距離を取った。
静花が放った電撃に焼かれながらも、メルカルトは意に介さず静花へ迫り、棍棒を叩きつけた。
稲妻の防壁で受け止めるも、疾風と稲妻を帯びた棍棒が繰り返し振り下ろされ、防壁を破ろうとしている。
「どうした小娘! 亀のように殻に籠もるばかりか!」
「今、あんたをどう倒すか考えてるの! すぐ返り討ちにしてやるんだから!」
「ふはは……わかっておるぞ、神殺し。貴様はあの冥府の火を使うつもりだな!」
やはり気付いている。ヘカテーの『松明の火』を叩き込む能力は確かにある。
そして、今静花が唯一使える能力でありこの戦況をひっくり返せる切り札だ。
「ふん。あんた冥府の力に弱いんでしょ? モトとも決着つかなかったし、だからニーズヘッグも殺せなかった。
最強の竜狩人なんて言ってるけど、名前負けしてるんじゃない?」
バアルは神話において宿敵である冥府の神モトと決着はついてない。
それはこの物語が雨季と乾季の循環を象徴するためであったためだ。
ニーズヘッグが冥府の力を持っていたため、竜狩人でありながら苦戦を強いられたのだ。
「神殺しごときがわしを語るか! だがその口車には乗らんぞ!」
挑発には応じないようだ。これからどうするべきか。
戦場に召喚されていた猪が息絶え、霧散していく。
「神殺し。貴様の下僕は食い殺したぞ」
「何か小賢しいことを企んでおるのだろうが!
その全てをわしの顎で砕き、喰らい尽くしてくれる!」
咆哮とともにニーズヘッグが護堂へ飛びかかり、大顎を広げ食い殺そうとする。
護堂はその光景から目を逸らさず、叫んだ。
「静花ぁ!」
兄の声が聞こえた。振り向いたその先で、兄が今まさに喰われようとしていた。
その光景に、静花は己のするべき事を悟る。
「――来て、お兄ちゃん!」
渦巻く強風が来るとともに静花は防壁を解除。護堂と共にやってきた烈風がメルカルトを吹き飛ばす。
「ぬおお!」
「なにっ!」
体勢を崩したメルカルト。そして必殺の一撃を外したことで隙を晒しているニーズヘッグーー今しかない。
二人は己が持つ権能の最大火力を解き放った。
「我が元に来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、輝ける駿馬を遣わしたまえ。
俊足にして霊妙なる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」
「恐るべき女神の火よ! 我に仇なす者どもに裁きを下せ。
その破滅の火をもって我が敵を壊し、滅ぼし、その全てを奪い尽くせ!」
護堂が発動したのは『民衆を苦しめる大罪人』にのみ使える化身――『白馬』。
東の空から第二の太陽が昇り、その焔の槍を放つ。
同時に、静花の言霊が発動する。周囲から全ての光が奪われ、世界は闇に沈む。
上空に紅蓮に輝く火球――女神ヘカテーの代名詞にして最強の武器『松明』の劫火が空に現れた。
贄は『光』。一定期間『光』の灯らぬ『夜』の空間となる。
護堂は自らの肉体に鞭打ち、静花を抱え海へと飛び込む。直後、二つの焔が降り注いだ。
アルゲーロ市を丸ごと飲み込み、天を焦がす焔の柱が立ち昇る。
兄妹は海に浮かびながら、その光景を見上げた。
焔の柱が消えゆくと同時に、護堂の体に重みが加わり、その感触はすぐに消えた。
権能が増えたのだ。
また一つ人間離れしていく自分に辟易しながらも、妹と共に陸へ上がる。
静花の権能の贄により光を奪われた闇と極寒に支配された世界。
海水に濡れた体ではさすがのカンピオーネの肉体も堪える。
「ありがとう静花。おかげで助かった。
メルカルトと戦ってる最中だったのに、悪かったな」
「ううん。気にしなくていいよ。あたしも、あのままだったらどうなってたかわかんないし」
「それにしても、打ち合わせなしでよくわかったな。正直、伝わらないかもしれないって思ってたんだ」
「わかるに決まってるじゃん。あたしたち、ずっと一緒だったんだから。
お兄ちゃんの考えることくらい、わかるよ」
やはりこの妹は、自分よりも賢い。
神との戦いで妹に縋るしかなかった愚兄の意図を、言葉にせずとも察してくれるのだ。
護堂は静花の頭に手を乗せ、優しく撫でながら改めて礼を言った。
静花は照れくさそうに笑い、護堂も釣られて笑う。
程なくして目の前の光景に目を向けると惨状が目に入った。
アルゲーロ市は跡形もなく消え、巨大なクレーターだけが残っている。
光を失った世界と極寒の気温。この戦いでどれだけの被害が出たのか、想像もしたくなかった。
二人が頭を抱え、今後について話そうとした瞬間。
護堂は嫌な予感に駆られ、静花を突き飛ばした。
次の瞬間、熱と衝撃が全身を貫き、護堂は大きく吹き飛ばされる。
意識が薄れゆく中、黄金の羊の姿を思い浮かべた。
「お兄ちゃん! しっかりして!」
静花は突き飛ばされた直後、兄が天高く吹き飛び、地面に叩きつけられるのを見た。
返事をしない護堂の体を揺さぶり、何度も名を呼ぶ。
「案ずるな、静花。護堂は『雄羊』の化身を発動しておる。いずれ目を覚ますであろう」
やがて現れたアテナが告げる。
半ば半狂乱で兄の名を叫んでいた静花は、その言葉に胸を撫で下ろした。
「神殺しどもが連携を取るとは……抜かったわ!」
プラズマ状の球体が現れ、メルカルトの声が響く。
「メルカルト! まだ生きてたの!」
「左様……だが、もはや余力は尽きた。しばしはこのまま空を漂うしかあるまい!」
「最後の最後で気を抜き隙を晒すとは……未熟者どもめ!
護堂が目覚めたら、貴様らの蒙を開いてやろうぞ!」
「別にいい……とは言えないかな」
静花は小さく呟く。
「いずれわしが甦った後に再戦するほどの逆縁も、貴様らにはあるまい。
此度の戦いは、わしの負け――否、引き分けとして……」
「あたしの負けでいい」
「……何?」
「静花、どういうつもりだ」
「あたしのせいでお兄ちゃんが一回死んじゃったんだから。……あたしの負けでいい」
「自ら敗北を認めるだと! 軟弱者め! 再戦して勝つとは言えんのか!」
「ふん、だってあたしの負けじゃん。あたしが隙を見せなければお兄ちゃんは死ななかったんだから。
それに、お兄ちゃんが庇わなきゃあたしが死んでた。あたしは蘇生の権能を持ってない。だから、あたしの負け!」
静花とアテナが言い争う中、メルカルトが口を挟む。
「神殺しが己の敗北を認めるとは……まあ良い。
此度の戦い、貴様の言う通りわしの勝ちとしよう!」
言葉を残し、雷は去っていった。
アテナは静花を睨みつける。
「妾が与えるべき敗北を、他の者に先を越されるとは……!」
「仕方ないじゃん。負けは負け!
あたしは負け以外絶対に認めないからね!」
「……敗北を認めることも王者の度量か」
アテナは舌打ちをし、護堂を担ぎながら呟いた。
「ふん。もう負けるでないぞ」
「当たり前じゃん。もうこんな間違いはしない」
「己の敗北を糧に成長するのも鍛錬の一つか……」
「それで、これからどうするの? 早くお兄ちゃんを病院に運びたいんだけど」
「まずは休め。ちょうどヘルメスの弟子がいるゆえ、そやつに休息所へ案内させよう」
「じゃあ早く行こ。体中痛いし、寒いんだもん」
二人はそう言葉を交わし、エリカのもとへ向かった。
静花の権能は護堂同様かなり面倒くさいです。
ある意味では護堂以上に発動しにくいのがいくつかあります。
ちなみに一番発動しやすいのは実は『松明』だったり
アイーシャ程ではありませんがものすごい傍迷惑な権能です