神殺し兄妹と女神様 作:ダッソー
護堂が目を覚ますと、豪奢な部屋のベッドの上にいた。
隣では静花が寄り添うように眠っている。
――確か、静花を突き飛ばして『雄羊』の化身を使ったところまでは覚えているが。
「……お兄ちゃん!」
護堂が目を覚ましたことに気づいた静花が目を覚まし、安堵の声をあげる。
「よかった……!」
「……俺、なんで死にかけたんだ?」
「メルカルトがまだ生きてて……最後の力を振り絞って、あたしを殺そうとしたの。
でもお兄ちゃんが庇ってくれて……」
静花は沈痛な顔をして唇を噛む。
「ごめん。あの時、気を抜いたあたしのせいで……」
「いいって。気にすんなよ」
「だって、あたしがちゃんと倒してれば――」
「静花は俺と違って蘇る能力なんか持ってないだろ。静花じゃなくてよかったよ」
「でも……」
「それに、俺だって静花に助けられた。おあいこだろ」
護堂が妹の頭をくしゃくしゃと撫でると、静花は複雑そうな顔で、それでも小さく頷いた。
「ようやく目を覚ましたか」
声とともに扉が開き、アテナが入ってくる。
「妾があれほど気を抜くなと申したのに……愚かにも隙を晒すとはな!」
冷ややかな眼差しが突き刺さる。
「静花。護堂が庇わねば、蘇ることなくそのまま死していたのだぞ!肝に免じよ!」
静花はうつむき、沈痛な顔をする。
「護堂あなたもだ。メルカルトの攻撃に少しでも勘付いたのならば。
『鳳』の化身を使えばよかったろうに!」
言葉は鋭く、容赦がない。
さらに彼女は続けた。ニーズヘッグが『泉』ではなく火球を放ってきたらどうするつもりだったのか。
『松明』ももっと良い使い所があったのではないか。
矢継ぎ早に突き刺さる指摘の数々に、護堂は顔をしかめ、静花はますます小さくなる。
「……なあアテナ、そのへんにしてくれないか。俺たち、戦い終わったばかりで疲れてるんだ」
「妾の教えは黄金にも勝るのだぞ。
それを感激の至りをもって受けようとは思わんのか!」
気迫に押されて言葉を失った兄妹だったが、アテナはふっと表情を和らげる。
「だがまあ、あれほどの神相手によくぞ戦った。
未熟者なりに、悪くはなかったぞ」
「……褒められてるのか、怒られてるのか分からないよな」
「うん、全然」
神殺しになるまで戦士でもなかった兄妹には、何がどう悪くないのか皆目見当もつかない。
ただアテナが兄妹を称賛したことだけはわかった
「……あなた達には戦とはどういうものかをわからせねばならんようだな」
「そんなの分からなくていいんだけど!」
「俺たちは平和に暮らしたいんだよ!」
アテナはふんっと鼻を鳴らす。
兄妹は思わず背筋を凍らせた。これからどんな目に遭わされるのか
これからの未来を考えるだけで恐ろしい。
「そういえば、ここはどこなんだ?」
「サルデーニャ島のホテルだよ。それも最高級のね」
「なんでそんなとこに……病院には連れて行かなかったのか?」
「お兄ちゃんはそのうち復活するし、あたしも霊薬っていうのを飲めば治るから。
それなら、ゆっくり休める場所のほうがいいってエリカさんに相談したの……
まさか、こんなところに案内されるとは思わなかったけど」
「エリカ?」
「あたしたちが助けた人だよ」
そう話していると、アテナが切り出した。
「そろそろ此処を出るぞ。あなたたちには、やらねばならぬことがある」
「ルクレチアさんに石板を渡しに行くのか?」
「そのような些事ではない」
アテナの声が低く響いた。
「――王としての凱旋だ」
その言葉に、兄妹は思わず顔を見合わせた。
「草薙両陛下及び女神アテナ様の拝謁の栄誉。我ら一同、大変、喜ばしく思います」
ホテルの部屋から出ると、3人の前に魔術関係者を名乗るもの達が整然と膝をつき、右手を胸に当てていた。
最前列には七人が跪き、その後ろにずらりと続いている。昨日助けた金髪の少女も、その群衆に混じっていた。
「両陛下及び女神アテナ。
この度は我が姪、エリカ・ブランデッリの御助命を、深く感謝申し上げます」
最前列の、彫りの深いハンサムな男が、頭を下げて礼を述べた。
「私からも重ねて感謝申し上げます。
そして、七人目と八人目のカンピオーネである御身たちへの挨拶が遅れてしまったこと、深くお詫びいたします」
先ほどの男の言葉に続いて、兄妹達が助けた金髪の少女が感謝の言葉を述べた。
「いいですよ、気にしなくて」
「それよりも、その喋り方をやめてくれませんか。むず痒くて、仕方がないんです」
「我ら騎士は全てのカンピオーネに最高の敬意と畏怖を捧げるのです。
どうか敬意を受け取られたく存じ上げます」
兄妹が"いい"と言っても彼らはやめない。
自分たちより年上の者が目の前で膝をつき、厳粛な態度で畏まっている。
今までこんなに敬われたことはないので、非常に居心地が悪い。
「……アテナさんが前に言ってた、神殺しを王として崇めるって、こういうことかぁ」
「然り。あなた達には、王としてふさわしき権威と威光を身につけてもらわねばならん。
故にこうして妾が集めさせたのだ」
「俺は王様なんてやる気はないぞ……」
「王としての自覚を持たんか。
あなた達がどれだけ否定しようと、神を殺め、神殺しとなったのだからな」
護堂は頭を抱えたくなる。静花は、先ほどのナーバスな気持ちはすっかり吹っ切れたようだ。
この兄妹は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」性格ゆえ、ナーバスな気持ちが長続きしないのが共通項である。
そんな二人の様子を見たエリカが立ち上がり、堂々と言った。
「……なら、あなた達のことは護堂、静花と呼ばせてもらっていいかしら?」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。えっと君は?」
「私の名はエリカ・ブランデッリ。<赤銅黒十字>の総帥、パオロ・ブランデッリの姪であり、大騎士よ」
名乗った瞬間、周囲は一瞬ぎょっとした表情を浮かべる。王や神に対する不敬と受け取られると思ったのか、周りの魔術師達はすぐに真面目な顔に戻した。
最前列にいた。叔父パオロ・ブランデッリも注意しようとしたが、護堂達の様子を見て思いとどまったようだ。
……もしかすると、こちらに気を使ってくれたのかもしれない。
「君が俺たちをここまで運んできてくれたのか?」
「違うわ。私はただ場所の手配と王の布告をしただけよ。
あなたを運んだのは女神アテナ様よ」
「王の布告?」
護堂は疑問を口にした。
「我らは御身らの誕生を全世界へ布告するよう、女神アテナ様より命じられたのです。
此度のご活躍は、全世界に轟いていることでしょう」
「アテナ、お前そんなことしてたのか!」
「当然であろう。王としての権威と威光を示す、良い機会ではないか。
……これからは王として己を改めるのだな」
「静花は止めなかったのか!」
「あたしだって戦いで疲れてたし、面倒くさいからいいかなって
……まあ、ここまでの扱いをされるとは思わなかったけど」
「俺の普通の生活が……!」
アテナと出会ってからというもの、神や権能といったものと関わり、挙句のはてに神殺しになり。
こうして周りから王様扱いされる日々が始まるとは。護堂は頭を抱え、これからの未来を思い悩む。
護堂がそう思い悩んでいる中静花が言った。
「あたし達は神様と戦う以外に、ルクレチア・ゾラという人に『プロメテウス秘笈』を届けにきたんです。
その人の居場所まで連れていってくれませんか」
「その必要はないわ。女神アテナ様からあなた達の来た目的は聞いているから、すぐに彼女へ連絡が行き、こちらに来るよう伝えてあるのよ。
神との戦いの影響で遅れているけど、いずれ来ると思うわ」
「そうなんですか。
……お兄ちゃん、いつまで落ち込んでるの?お腹すいたし、ご飯食べよ。
あとワインも飲みたいし」
「お、俺はこれからの人生設計に悩んでたんだよ。それと、
人前で堂々と酒を飲むとか言うな」
「王様なんだし、別にいいじゃん。これからは人目を気にせず酒も飲めるなぁ」
静花は自然に女王様然とした態度になっている。普段から人をこき使うのが趣味のような性格だ。
今更女王様扱いされても、すぐに順応できるのだろう。
「お食事の前に、少しお話してよろしいですか?」
「何でしょうか?」
「何ですか?」
「御身達の戦場の跡地は、光や火の類が全て無効化される異常な暗闇に覆われています。
そればかりか、極寒の寒さにより長く居ることも困難です。何か心当たりはありませんか?」
静花がビクッと反応した。
「それは静花の権能による影響だと思います。静花は権能を使うとき、何かを贄にするんです」
「なんと……では、影響はいつまで続きますか?」
「静花、どれくらい影響が残るんだ?」
「……最低でも一週間……だと思う」
静花が小さく呟く。
「贄にした『光』と『春』……つまり奪った光と火。それから暖かい気候は、約一週間で元に戻ると思うんだけど。
でも、戦いで使った『冬』の影響はそのまま残るみたいなんだよね」
「と言いますと?」
周囲は冷や汗をかく。静花はバツの悪そうな顔で言った。
「あたしの冬の能力を使った後
戦いで使った『冬』の寒さはそのまま残るみたいだから
……それがどれだけ残るのかはあたしにも分かんない」
「何ということだ……!」
「アイーシャ夫人が以前呼び込んだ冬も半年から一年程残ったそうです。
おそらく、今回の寒さもそれくらい残るかと……!」
サルデーニャ島は地中海性気候で、夏は乾燥して暑く、冬は穏やかで雨が多い。
1年中通して気温が1℃未満になることはない場所で、0℃以下の極寒地帯を引き起こしてしまったのだ。影響がどれほど広がるかは未知数だ。
「静花。後で島の人たちに一緒に謝りに行こうな」
「仕方ないじゃん!それにお兄ちゃんだってあたしと一緒にアルゲーロ市を『白馬』で消し飛ばしてるでしょ!」
「あれは仕方なくだ!俺は静花より被害を出してない!それにお前も共犯だろ!」
「あなた達の出した被害は二人とも大差ないわよ……
サルデーニャ島がメルカルト神によって海の藻屑にならなかっただけ、『マシ』と思うしかないわね」
エリカが呆れたように言った。周囲から見れば、二人の主張は五十歩百歩だ。
「我らの闘争により民草に犠牲が生じるのは当たり前の事だ。
しかし、此度の戦では誰一人倒れておらん。
比較的少ない被害ではあるな」
アテナがフォローを入れた。
「今はこの話、やめにしない?戦いが終わったのに、これ以上頭を悩ませたくないからさ」
「……そうだな」
二人は問題を先送りにし、とりあえずルクレチア・ゾラを待つ間、食事をしながら時間を過ごすことにした。