神殺し兄妹と女神様   作:ダッソー

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六話

万里谷祐理は社務所の一室で身支度を整えていた。

鏡に向かって長い髪を梳いていたが、突然櫛が折れてしまった。

 

……何かよくないことが起きるのだろうか。

 

普段なら気にも留めないことだが、媛巫女である彼女はその特殊な霊能力によって

凶兆を感じ取ることができる。

武蔵野を守護する媛巫女として、こうした凶兆を覚えたなら調査に乗り出すべきだろう。

 

祐理は社務所を出て、すれ違う数人の神職と挨拶を交わしながら境内を歩いていると、

突然声をかけられた。

 

「やあ、媛巫女。お初にお目にかかります。少しお話をさせていただけますか?」

 

気配もなく声をかけてきた青年は、掴みどころのない雰囲気を漂わせながら歩み寄ってきた。

 

「はじめまして、あなたは?」

 

「や、これは失敬。申し遅れました。私は正史編纂委員会の使いの甘粕冬馬と申します。

本日は、麗しき媛巫女にお会いできて光栄ですよ」

 

名乗りながら差し出した名刺には、名前と「正史編纂委員会」の肩書きが記されていた。

 

「……正史編纂委員会の方が、私にどのようなご用でしょうか」

 

「いえね、現在非常に厄介な事態が起きていまして、

その解決のために手を貸してほしいのですよ」

 

「……私などでは、あまりお力になれないと思いますが」

 

「またまた。ご謙遜を。媛巫女の中で、あなた以上に霊視の呪力に長けた方はいませんよ。

……それに今回は媛巫女としての力ではなく、万里谷祐理さん個人の力をお借りしたいのです」

 

「……? それは一体どういう意味でしょうか」

 

媛巫女としてではなく、自分自身の力が必要とは。それはいったいどういう事態なのだろうか。

 

「対応を誤れば、我が国が滅びます。

……そしてこの事態に対処できるのは、あなたしかいないのですよ」

 

「日本が滅びる……?」

 

祐里は思わず口に出した。

 

ますます理解できない。日本の存亡がかかっているのなら、

自分よりも幼なじみである『太刀の媛巫女』のほうが適任ではないだろうか。

だが、目の前の青年が嘘を言っているようには見えず、その表情には焦燥すら浮かんでいる。

 

「色々と聞きたいことがあるでしょうが、疑問はひとまず脇に置いて。

まずは、私の話を聞いていただけませんか」

 

甘粕が語ったその内容に、祐理は思わず目を見開いた。

 

 

甘粕は祐理の協力を取り付けると、上司である沙耶宮馨に連絡を入れた。

 

「馨さんですか? ええ、無事に祐理さんの協力をいただけました。

そちらの様子はどうですか?」

 

『良くはないね。僕らは今パニック状態で、なんとか先走る人が出ないよう抑えるだけで精一杯だよ』

 

「……そこまでですか」

 

『……組織の運営そのものに影響が出てる。

このままだと正史編纂委員会がバラバラになりかねないね』

 

「それは困りますね。

まだ私は無職にはなりたくありませんから」

 

『同感だよ。ただ、古老たちが「手を出すな」と釘を刺してくれているから、

どうにか組織の形を保ててはいるけどね。

……でも、その隙に良からぬことを考えている連中が暴れていて。

人手不足で、軽犯罪は見逃している現状だね』

 

「なるほど。あまり猶予はなさそうですね。

例の王様たちの様子はどうでしょうか?」

 

『イタリアから帰国してからは普通に暮らしているよ。

外から見れば、ただの春休みを過ごす学生と同居している外国人にしか見えないよ』

 

「その実態は、人類史上初の兄妹のカンピオーネと、

彼らと暮らす女神様ですか」

 

『何かの悪い夢であってくれないかな』

 

沙耶宮は珍しく弱音を吐いた。

 

「私も夢であってほしいと思い、何度も頬をつねりましたけどね。

……残念ながら、夢から覚めませんでしたよ」

 

二人は冗談を交わしながらも、状況の深刻さにため息を漏らす。

 

兄妹のカンピオーネ、そして彼らと共に暮らす女神の存在は、世界中の魔術・呪術業界を混乱の渦へと突き落とした。

当然ながら、彼らが暮らす日本の混乱ぶりは他国の比ではなく、政府直属の呪術組織・正史編纂委員会は分裂の危機に瀕していた。

 

誕生したカンピオーネが一人だけなら、実力が身につくまで静観していたはずだ。

だが兄妹となれば話は別である。しかも仲は良好、神との戦いにも協力して挑む。

たとえ未熟でも、二人のカンピオーネから庇護を受けることができるのだ。

 

ただし、女神が傍らにいるという最大の問題を除けば、だ。

それでもなお、女神の存在を危険視しながらも二人に取り入ろうとする者は後を絶たない。

「カンピオーネが二人そろえば、ある程度の神やカンピオーネならばどうとでもなる」と考える者が多いからだ。

 

二人と女神の関係性も人柄も知らず、何が逆鱗に触れるのかも理解しないままに。

挙げ句の果てには、彼らの怒りを正史編纂委員会へと向けさせ、転覆を狙う者すら現れていた。

 

さらに、この混乱に乗じようとする呪詛師たちも少なくない。

いまや呪術界は内乱一歩手前の状況にあり、いつ本格的な戦乱へと発展するかも分からない。

残された時間は、もはやないと考えるべきだ。

 

「我々にとって幸運だったのは、祐理さんが妹君の友人だったことですね」

 

『まったくだ! 祐理さんのおかげで、彼らと穏当に関係を結べる可能性がある。

彼女がいなければ、この状況はもっと酷いことになっていただろうね』

 

彼らにとって唯一の幸運と呼べるのが、万里谷祐理の存在だった。

妹のカンピオーネと友人だという祐理の存在により

下手に動くより祐理を通じて利益を得ようと考える勢力が静観しているのだ。

もし彼女がいなければ、先走る者を止めることはできなかっただろう。

 

「あまり王様たちを待たせるわけにはいきませんからね。

できるだけ早く接触しますよ」

 

甘粕はそう言って電話を切り、

これからのことを思いながら、もう何度目かも分からないため息をついた

 

 

 

「お兄ちゃん。ちょっといい?」

 

「どうしたんだよ、静花?」

 

「あたしの茶道部の先輩に万里谷祐理さん、ていう人がいるんだけど。その人から今連絡があったの。あたし達に会いたいから来てほしいだって」

 

「もしかして、カンピオーネに関することで会いたいのか?」

 

「多分そうだと思う。この国は正史編纂委員会っていう国の直属の魔術組織があるみたいだし、そこの関係者なんじゃないかな?」

 

また前のように王様扱いされるのは辟易するのだが、行くしかないだろう。

 

「俺たちはどこでその万里谷って人に会えばいいんだ?」

 

「七雄神社で会ってほしいって言われたんだけど」

 

「なんで神社なんだ?」

 

「万里谷さん、神社で巫女さんのバイトしてるって言ってたし。その魔術組織の関係者なら神社とか寺で働いててもおかしくないんじゃないかな? ほら聖職者は魔術師の人が多いってあっちで聞いたし」

 

確かにそういう話なら納得できる。

 

「ほう、この地の神に仕える巫女に会いに行くのか」

 

「アテナもついて来るのか?」

 

「別にいいけど、アテナさんにはこちらから会いに行くって言ってたから、あたし達と一緒に来なくても会えると思うけど?」

 

「ここのところ無聊でな。戯れに会ってみても良いと思ったのだ……それにこの地の神に仕える巫女には興味があるのでな」

 

特に何をするまでもなく部屋にいたアテナが言った。

 

その後、静花が万里谷にアテナも来るという連絡をしてから、指定された場所に向かうことにした。

 

高い石段を登り切り、鳥居をくぐると、巫女装束の少女が彼らを出迎えた。

 

「よくいらして下さいました、草薙護堂様、草薙静花様――そして女神アテナ。御身達をお呼びたてした無礼、お許しくださいませ」

 

万里谷は深々と頭を下げた。

 

「草薙静花様はすでに知っておいでですが、万里谷祐理と申します。昨日はいきなりお電話して、申し訳ありませんでした」

 

「万里谷さん、そういうのはやめてくれませんか。いつも通りに接してもらいたいんです」

 

静花が嫌そうな顔をしながら言った。親しい先輩に恭しい態度を取られるのは居心地が悪いのだろう。

 

「ですが、我々はカンピオーネを王と崇めているのです。私とは身分が違いすぎますので、今まで通りにはいきません」

 

「万里谷さんにまでそういう態度をされるのが嫌なんですよ」

 

「万里谷さん、静花もこう言ってることだし、その話し方はやめてくれないか? 俺も同じ歳の子にそういう話し方はしてほしくない。

静花にいつも話してるみたいに気楽にしてくれないか?

アテナだって失礼な言い方さえしなければ怒らないと思うぞ」

 

「はあ。……わかりました。草薙護堂さんのことは草薙さんと呼んでもよろしいですか?」

 

万里谷がこちらの反応をうかがいながら言った。

 

「ああ、それで頼むよ」

 

同年代に『さん』付けもむず痒いが、『様』で呼ばれるよりはマシだろう。

 

ふと祐理とアテナの目があった。すると祐理にイメージが湧き上がってきた。

かつて天と地と闇を統べた零落した女神。古き大地母神の末裔。冥府を支配する闇の神。

 

「ほう、妾の来歴を一目で見抜いたか」

 

「も、申し訳ありません! 女神アテナ!」

 

「気にせずとも良い。人の子にしては良い勘をしておるようだな」

 

「万里谷さんがどうかしたの?」

 

「巫女の血を継ぐ者は、ああして天啓を得る事ができるのだ」

 

「あの子が?」

 

「妾のような智慧の神ならば容易く得る事ができるが、人の子では困難なことだ。だが、あやつは一目で天啓を得て、妾の来歴を読み取ったのだ。あの巫女ほどの者は長き人の歴史の中でもそうはおらんだろう」

 

「万里谷さん、そんなにすごい人なんだ」

 

「いえ、私の霊視は何も分からない時も多いのですから。過大な評価だと思いますが」

 

そう万里谷が恐縮しながら言った。

 

「それで万里谷は俺たちにどんな用があるんだ?」

 

護堂が問いかける。

 

「私はあなたたちにお聞きしたいことがあるのです」

 

「その聞きたい事って?」

 

静花が首をかしげると、祐理は真剣な顔で答えた。

 

「あなたたちはそのお力で何をなさるつもりなのでしょうか?」

 

「何って言われてもなあ」

 

「特に何かをしようとは思ってはないです」

 

護堂と静花が示し合わせたかのように行った

 

「すでにあなた達はサルデーニャ島で破壊の限りを尽くし、その力を世界に見せつけているのですよ……

そして、あなたたちの力を知ったこの国の呪術界は現在混乱の中にあります」

 

「混乱の中?」

 

護堂が疑問の声をあげる。

 

「はい。人類史上初である兄妹のカンピオーネであるあなた達の扱いをめぐり、紛争一歩手前の状態にこの国は置かれているのです」

 

「紛争一歩手前ですか!」

 

静花が驚いて声を上げる。

 

「なんで俺たちの扱いでそんなことになるんだよ!」

 

「あなた達は兄妹のカンピオーネなのです。

そして、先にも言った通り、あなた達の力はすでに証明されています

……兄妹のカンピオーネの力さえあれば、この世を思うがままにできると考える人が後を絶たないのです」

 

護堂は顔をしかめる。

 

「何だよ、俺たちの力があればどんなこともできるって……俺たちはワガママし放題になる気はないぞ。

それに、そういうことなら俺達に相談すればよかっただろ」

 

「そういう訳にもいかなかったのです。

あなた達が兄妹のカンピオーネだけでなく、女神アテナと共に暮らすカンピオーネだったため、何があなた達の逆鱗に触れるのか分からなかったのですよ」

 

「エリカと静花が言ってたのはこう言うことかよ」

 

サルデーニャ島でエリカと静花が言っていたことを思い出していた。

 

「だからこそ、あなた達に先んじて接触しようとする者を牽制する必要があったのです。

牽制された側は不満を抱き、さらに、この機会に混乱を起こそうとする者が多くいるため、この国は紛争一歩手前の状態になっているのです」

 

護堂は少し呆れた顔になる。世界中が大パニックになっているとは、こういうことだったのか。

 

「私は正史編纂委員会より、あなた達がその力で何をなさるのか伺うことを指示されています。改めてお聞きしますが、あなた達はその力で何をなさるのでしょうか?」

 

話をまとめると、強大な力を持つ自分たちの存在でパニックになっているため、これからの方針を明らかにして沈静化させたい、ということらしい。

 

「俺は王様扱いされたって困るんだけどなあ。俺は自分を王様だと思ったことはないし、王様扱いされたからって調子に乗りたくはない。でも、俺の力で困ってる人がいるなら助けたいとは思ってるよ」

 

「あたしも大体はお兄ちゃんと同じです。あ、でもあたしの舎弟になるっていうなら面倒は見ますけど」

 

「……神殺しの王としての気概は足りんが、己を戒めるのは悪くはないな」

 

アテナが兄妹の答えを聞いて、静かに評価した。

 

「困ってる人を助けたいですか……ところで、舎弟とは何ですか?」

 

どうやらお嬢様の辞書には「舎弟」という言葉はなかったようだ。

 

「子分……じゃなくて。部下みたいな感じです」

 

「部下……ですか」

 

祐理が考え込むように呟いた。

 

「静花は面倒見がいいから、変なことはしないと思うぞ。

……人をあれこれこき使うけどな」

 

「あたしはこき使ってなんかない!」

 

「ほう、人を使う術をすでに心得ていたか。王としての素質はあるようだな」

 

感心したようにアテナが言った。

 

「あなた達は妾と雌雄を決するに

ふさわしき者になってもらわねばならんからな

……王としての素質があることは良いことだ」

 

「俺たちはアテナと戦う気はないっていつも言ってるだろ」

 

「女神アテナ。雌雄を決するとは一体どういう事でしょうか?」

 

祐理が疑問の声を上げた…

 

「護堂と静花は妾が果たすべき報復を果たしたのでな。妾はこの者達に敗北を与えることで果たすべきだった報復を果たさねばならん」

 

「いつも思ってるけど、何でそうなるのよ……」

 

静花がげんなりしながら言った。

 

会話の途中、祐理はきた当初よりも少し柔らかい表情で兄妹とアテナのやり取りを見つめていた。

不倶戴天の敵である神殺しと神が普通に会話していたのだ。

ふとした事で争いが起こるのでは無いかと思っていた当初の怯えは少しおさまっていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「どうしたんだ?」

 

「いえ、少し予想外だっただけです」

 

祐理がそう言うと、彼女の考えに気づいたのかアテナが少し気恥ずかしそうにしていた。

 

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