1970年8月31日。あらゆる家族がホグワーツ魔法魔術学校入学に向けて様々な感情を向けていた。
少年の家族は喜びに満ちていた。
「あぁ、私の可愛くて賢い坊や。もう行ってしまうのね」
「母さん。ホグワーツに行くのは明日だよ」
「私、本当に心配だわ。十一歳だなんてまだ子供じゃない!」
「ユフィー。私の可愛いユーフィミア。ボクも心配だけど、それでも言うだろう? 『可愛い子には旅をさせよ』って」
「えぇ、そうね。分かっては居るの。でも、心配よ」
「もう、母さんったら。大丈夫だよ。きっと上手くいく。ボクは母さんと父さんの才能溢れる息子だよ? 絶対にボクはグリフィンドールに入るんだ! 勇猛果敢で他とは違うグリフィンドール!」
歌うように言う息子に母親は感動したように抱きしめる。
「母さん。苦しいよ」
そんな母子を愛おしく思ったのか父親も二人を抱きしめる。
「父さんまで」
三人家族は心の底から幸せそうに笑い合う。父親は思い出したかのように自然にズボンのポケットを漁ると、いたずらっ子のように笑ってみせた。
「これを渡しておこう」
「ん? 父さん。何?」
少年は、父親がズボンから取り出した一枚の大きな布を受け取る。その布は大きさには見合わぬほど軽く、今までに触れたことの無い、まるで水を一本一本繊維にしたかのような滑らかな質感に驚く。畳まれた状態で薄く銀色に光るその布。少年の知識通りであれば。
「これ、『透明マント』かい? 父さん」
こんな高いモノ、と呟いた少年に父親は縦に頷いて少年の言葉を肯定した。
「あぁ、そうさ。だけどね、これはそんじょそこらの透明マントとは違う。そう、一生なんだ。「これは、父さんが子供の頃に手渡されたものだ。そして──この透明マントは、一度たりとも効力を失ったことがない」
「──それって、国宝級に珍しいんじゃ」
「父さんが子供の頃、そしてお爺さんが子供の頃、そのお爺さんのお父さんが子供の頃。ずっとこのマントと共に過ごした。賢い坊やはきっとこの透明マントの大切さを分かってくれる。そう、私と母さんは信じているよ」
「父さん」
「死すら、お前を見つけ出せないわ。賢く使うのよ。そうすればあなたは守りたい人をきっと守り抜ける」
「母さん」
「頑張るのよ。ジェームズ・ポッター」
同時刻
「僕、本当に友達できるかな?」
少年の嬉しそうで希望に満ち溢れた言葉に両親は言葉を失った。なんと返せばいいのだろうか。七年間、同じ場所に居て、七年間、同じ歳月を過ごし、七年間、その中で“満月”を知られずにいることなど、あるだろうか。誰もが気づくに違いない。誰もが怖がるに違いない。誰もが見捨てるに違いない──。
「遊ぶんだ。ゴブストーンをパパとママと、ダンブルドア校長先生以外としたことないから、ほら。上手くできるかな。相手の動揺を引き出して臭い液体をブチュッと……ううん。ゴブストーンって友達と遊ぶには最悪の遊びかも、どちらかはお風呂に入らなきゃいけなくなるから」
「きっと、きっとできるわ。私、信じてる」
少年の言葉に少し震えながら母親は少年を抱きしめた。これ以外は何もしてあげられないという様な顔つきで。少年も馬鹿ではない。母親の顔に気づいている。だが、夢にまで見た学校に通うという事実に喜びを噛み締めたかったのだ。自分が喜んでいるということを少しでも知って欲しかった。自分の気持ちが良い方向に向かっているということを。そしてそれを両親に肯定して欲しくて。
「ホープの言うとおりだ。君は優しい。学校でできる友達はその優しさに気づいて仲良くしてくれる。人に優しく在りなさい。人生も、君と一緒に歩いてくれるから。君はそれができる子だ。リーマス・ジョン・ルーピン」
同時刻
「明日からホグワーツね」
嬉しそうに言う母親の言葉に姉はイライラした様子を隠すつもりもなく、ガラスのグラスを机に叩きつける。最近少女がホグワーツ魔法魔術学校に通うことになったということで魔法界に連れて行かれ、妹が楽しそうに買い物をする様子を見るだけで姉は気が狂いそうだった。ただでさえ不気味な妹が更に“不気味に”なりにいくのだ。あの近所の何を考えているのか分からない少年と共にホグワーツに向かう。もう顔を見なくて済むのは助かるが、それは妹が魔女になっていくということで──。
「ねぇチュニー。機嫌を直してよ! 私、チュニーと喧嘩したままで学校に行きたくないわ!」
「なら行かなきゃ良いでしょ!」
「……それは」
「ほらね! 私のことよりもあんな生まれ損ないの人間達の居る所に行くんだわ! いい? あんたなんか私の妹じゃない。捨て子なのよ。私はしっかりとした母さんと父さんの子供、あんたは違う。隔離されるのよ」
「チュニー!」
「もう話しかけないで! 早く──早く行ってしまえば良いのよ。あの汚らしい子と一緒にね」
そう言うと姉はバタバタと足音を立ててリビングを出て行く。その様子を困った顔で見ていた両親は一瞬の躊躇いの後、口を開く。少女はその言葉がただの誤魔化しでしかないのを知っている。
「チュニーは君が居なくなるのが寂しいのさ。今は許してあげてくれ、明日は大事な日だ、もう寝なさい。大丈夫だから。ね? おやすみ、リリー・エバンズ」
同時刻
この黒い家の中で家族四人が団欒とは言えない雰囲気の中でリビングに集まっていた。
「私は明日、見送りには行けない。問題行動を起こさぬ様注意して動け。あまりに酷いようだとダームストラングへ転校させることも検討する」
「……」
声を掛けられた少年は返事をすることなく手元の本に目を落としている。少年はこんな場所に居たくない、とっとと自室に戻りたいという事を隠す様子もない。
「お父様に返事をなさい」
「……あぁ。分かったよ」
「そんな言葉遣いを許した覚えはありませんよ‼」
「えぇ、承知しております。我が御父上、我が御母上。お楽しみに、しておいて下さい。僕はホグワーツにてこの家の中で誰も成しえた事の無い事を成してみせましょう」
少年はクスクスと愉快な事を思いついた様な笑みを浮かべながら両親にそう言った。少年の言葉に安堵したように母親はため息を吐き、少年の弟は嫌な予感を感じ取っているのか、ピアノの椅子に座っているがピアノを弾く様子は全く見せない。父親は少年を無遠慮に見つめている。その言葉の真意を探るように。
「ブラック家の名に恥じぬ学園生活を期待している。シリウス・ブラック」
同時刻
「ホグワーツ、どんなところなのかしら」
少女の独り言に、側に居るメイドは何も答えない。知らないのか、興味がないのか、それとも──他に何か思うところがあるのか。しかし、ポツリと疑問の様な音をこぼした。
「楽しみですか?」
「えぇ、勿論。ねぇ、ステヴ、もう一度荷物の確認を手伝ってくれないかしら。次に帰ってこれるのはクリスマス休暇だもの」
「承知しました。あなたのご命令とあらば、何度でも。ノラ・エディソン様」
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