エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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第一章
入学式


 ホグワーツ特急が到着した時には綺麗な三日月が夜を照らしていた。

 ランプと月光のみが足下を照らし、人の顔もよく見えない。「HOGSMEAD STATION」と書かれた看板を下げた小さな歩道橋やペンキの剥がれかけの赤いベンチをキョロキョロと見回す。

 

「うわっ」

 

 レオが少し大きめのローブに躓いたのを支えながら上級生よりも頭が一つ二つ抜けているぼうぼうとした髪の長い大男を見ると彼が叫ぶ。

 

「イッチ年生はこっち! イッチ年生はこっち!」

 

 暗闇で隣のジュディやレオの顔も怪しいまま、大男の呼び声に集まった。大男が十分ほど呼びかけて周囲より一際小さい少年少女達が集まったのを見て、よし、と呟くと大男は先導して歩き始める。他の上級生達は先に行ってしまったのだろうか。ノラと同じ身長の子供達しか集まっていない。

 大男はその巨体に似合わぬ朗らかな顔で笑う。

 

「今年のイッチ年生も可愛い顔が揃っとる。さぁ、着いて来い。お前さんたちの(いえ)に行こう」

 

 冷気を感じながら階段を降りていく。ホグズミード駅は相当高い所にあったのだろう。四の踊り場を通り過ぎて五番目で地面に着いた。ランプがあったとは言え、数多くの集団で歩いて行けばランプすら見えなくなる。恐る恐る降りた階段に比べて舗装された道にたどり着けてホッとする。

 小さな橋を通り過ぎるとノラの身長の何倍もある塀と門。屋敷と似ているなと感じながらその門の両上に飾ってある猪に翼の着いた像を見つめる。

 

「ねぇ、あれって」

「ホグワーツの象徴、とかって事? ──きゃっ!」

 

 門を通り抜けた前の生徒が急に立ち止まったのだ。背中に思いっきりぶつかり、何事かと顔を上げて、思わず息を飲む。

 先ほどまであった煙たさはどこかへと行って、視界がはっきりとする。そして、まるで現実世界を引き剥がすかのように城は現れた。

 きっと、ここに居る誰もが、この瞬間を忘れることはないだろう。

 湖畔にそびえ立つそれ()は壮大で神秘的な要塞ににも思えた。夜の闇に浮かぶシルエットは、尖塔が空を突き刺し、無数の窓から漏れる橙色の光が、まるで星屑のように煌めく。石壁は古く、歴史を語り、魔法の気配を忍ばせている。水面に映る城の姿は、鏡のように揺らめき、現実と幻想の境目を曖昧にする。

 これから過ごす七年間はあの城で過ごすのだという実感。それがようやく湧いてきた。その感動に涙が溢れそうになる。夢にまで見たホグワーツ城が目の前にあるのだ。

 

「あれが、ホグワーツ」

 

 赤髪の女の子がその緑色の目をキラキラ輝かせながら呟いた。

 

「あぁ、僕たちの城だ」

 

 隣にいるひょろりとした黒髪の男の子がその言葉に同調する。

 

「おい、ほら、初めての感動なのはわかっちょるが、遅れるとダンブルドア校長に迷惑がかかる。それ、行くぞ」

 

 大男の声に促されるようにノラたちは歩き出す。道なりに沿って歩いていく。道には光る何かが居て、ノラたちが歩くと避けるのに、何かを確認するように近づいてきたりする。その光を避けた先にはポツンと一つだけ街灯があった。

 

「こっちだ、こっち」

 

 大男は舗装された道から街灯の横の森の中に歩いていく。

 少し不安そうな顔をしているレオをジュディが蹴っ飛ばしながら歩いていくのを見た。先ほどまで舗装された道だったのに、と思いながらノラは二人の後ろをついていく。大きな石や雑に作られた階段に足を取られないように気を付けて歩いていく。

 しばらく進むと小さな小屋があり、その先には船着き場があった。

 

「四人ずつボートに乗って!」

 

 その言葉に従って生徒たちは四人に分かれてボートに座ったが、ノラたちは最後尾。丁度人数にあぶれてしまったようで、そのまま三人でボートに乗り込む。

 黒い湖をのぞき込んでみると自分の顔がそのまま映り少し怖くなって顔を上げた。その様子を見ていたのかジュディは呆れた様子でノラを見ている。ジュディと目が合うと、ジュディはフンと鼻を鳴らして目を逸らす。恥ずかしくなってノラは足元を見て誤魔化した。

 大男は一人でボートに乗って全員が乗ったかを確認してから大きな声を張り上げる。

 

「よし、進めぇ‼」

 

 静かな湖面を木造の小さい船たちがゆっくり滑るように動きだした。漕いでいるわけではないのにさざ波が広がる。船は穏やかに目的地へと進む。船着き場の光が見えたがその船着き場を無視して滝の流れる崖と崖の間に。これは大丈夫なのだろうかと思っていると脇に光が見えた。どういうことなのだろうと思うと同時に大男が号令をかける。

 

「頭下げぇ‼」

 

 なんということはない、蔦で船着き場が隠されていたのだ。二重に蔦で隠されていた船着き場に着くと降りるように指示される。上に上がるにはエレベーターを使うらしい。前の方でわいわいしているのをジュディとレオと三人で後ろで見ていると肩をトントンと叩かれた。

 後ろを見てみると笑顔を浮かべた大男がノラを呼んだのだ。

 

「おまえさん、名前は?」

「ノラです。ノラ・エディソン」

「そうか。……ちょっとお前さんは大変だろうがみんなすぐに慣れる。あんまり気にすんじゃねぇぞ」

 

 はぁ、と言葉に困っていると大男は自己紹介を始めた。

 

「俺の名前はルビウス・ハグリッド。禁じられた森の森番をしちょる。困ったことがありゃ俺の小屋──そうさな、最近来た暴れ柳の奥だ。あの暴れ柳っちゅうやつはちとやっかいでな。動物たちに近づかんように言いくるめるのが大変だった」

 

 ハグリッドは困ったと言わんばかりに頭を掻きながら話している。

 

「暴れ柳ってなんですか?」

「あぁ、俺はセンセイじゃないから敬語じゃなくていいぞ。暴れ柳っちゅうのは、去年植えられた言葉通り暴れる柳でな。……おっと、おまえたち、そろそろ順番だ」

 

 人が居なくなったエレベーター前を見ながらハグリッドが促した。

 

「待っててくれたの、二人とも」

「うん!」

「アタシは待つつもりはなかった」

 

 乗れなかったんだ。と付け加えるジュディの言葉に嘘はないようで。ここまで素直な人はなかなか居ないなと嬉しくて笑うとレオも同じことを思ったのか二人でクスクス笑う。

 

「なんなんだよ!」

「「なーんでも!」」

 

 レオと二人で声を合わせながらエレベーターに乗り込む。ジュディもため息を吐いて乗り込んできた。少し古めかしいガチャガチャという音と共に上にあがる。

 狼人間の像を見つめていた生徒たちに混ざり、狼人間とはこのような風体をしているのかと考え込んでいる最後にハグリッドが昇ってきて生徒たちを引き連れていく。

 階段を上ると大きな扉があり、ハグリッドが近づくと勝手に扉がギィと音を立てて開く。中に進むとマクゴナガルが立っており、その背後にはマクゴナガルよりも大きな校章が金色に輝いていた。

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生たちです。素直でいい子たちですよ」

「ご苦労様です。ハグリッド。では、いつも通りここから先は私が預かります。あなたは先に大広間へ」

「あぁ、分かりました。そいじゃな。大広間で待っちょるぞ」

 

 ハグリッドはぼさぼさの髪で若干見にくいが可愛らしいウィンクをして先に歩いて行った。

 

「皆さんも行きますよ」

 

 マクゴナガルに着いて歩いていくと左手に大きな砂時計のようなものがあるのが見えた。中にあるのは宝石だろうか。

 

 左手から

 金色の支柱に赤い宝石の入った獅子の砂時計。

 銅の支柱に黄色の宝石の入ったアナグマの砂時計。

 銅と青色の支柱に青色の宝石の入った鷲の砂時計。

 銀色の蛇の支柱に緑色の宝石が入った蛇の砂時計。

 四つの砂時計の横でマクゴナガルが止まる。

 

「皆さん。まずは入学おめでとうございます。このホグワーツには四つの寮があります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。あなたたちが所属する寮がこのホグワーツにおいての家族です。授業を一緒に受けるのも寮生、寝食を共にするのも寮生。ですのでこれから行う組み分けの儀式はとても大切なものになります。どの寮にも輝かしい歴史があり、どの寮にも歴史に名を残した偉人達が何人もいます。七年間、皆さんが行ったよい行いは寮の点数となり、この横にある砂時計に宝石が溜まります。そして逆に悪い行いをすれば減点され、この宝石は減っていくことになるでしょう。学年末には、この点数が一番多い寮に寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、皆さんが寮にとって誇りとなるよう望みます」

 

 毎年の事で慣れているのだろう。マクゴナガルはスラスラと砂時計と寮の説明を行った。

 

「それでは大広間に入りますので各々準備を整えるように」

 

 マクゴナガルはそういうと砂時計たちと同じ、獅子、アナグマ、鷲、蛇の描かれた扉を開ける。この四つの動物が各々の寮を象徴する動物なのだろう。開けるとすぐに大広間かと思ったが、一つ小さな部屋があり、そこで一呼吸落ち着けろということか、マクゴナガルはしばらくそこで立ち止まる。制服を整え、ノラは緊張を抑えるように自身の髪留めにしている少年からもらった水色のリボンを触る。

 

「さぁ、皆さん。一列になって。ついてきてください」

 

 

 

 

 

 アルバス・ダンブルドアは入り口に注目していた。今年の入学生は非常に癖が強い。純血主義の筆頭ブラック家の長男。イグノタスペベレルの子孫。狼人間。加えて──彼女が居る。

 上級生たちはざわざわと新入生が来るのはまだかまだかと待ちわびている。新しい後輩たち。どのような人物が来るのかを期待している。

 扉が開く。期待に顔を輝かせた新入生が入ってきた。一列で入ってくる新入生を見て、新二年生から新七年生までが話を始める。あの家の子はどこの寮に入るのだろう。自分の親族が入寮するのはどこなのか。自分の寮にはどのような新入生が来るのか。一人一人に値をつけるように見つめる。

 

 そして──大広間は静寂に包まれた。その瞬間、大広間の時間は確かに止まったのだ。一人の少女を除いて。

 

「──」

 

 彼女は、黄金の陽光を溶かしたような金髪を三つ編みのハーフアップにして清楚に流し、ろうそくの光を髪に反射して煌めかせていた。髪の結び目にある愛らしいリボンと瞳は夏の空をそのまま閉じ込めた青空の宝石の様に輝き、のぞき込む者を優しく、しかし抗いがたく引き込む。足跡のない雪原の様な感動と神聖さを醸し出す肌は、仄かにピンクに染まった頬を際立たせる。完璧に整った顔立ち。高く細い鼻、ふっくらとした桜色の唇、長い睫が縁取るその瞳は、神々が──彫り込んだ芸術品のようだ。

 誰もが息を呑んでその完璧さに魅了される。彼女はただ、そこに居るだけで世界を優しく、美しく染め上げる、夢の様な存在だった。

 ヴィーラの様に暴力的な美しさではない。生まれながら魅了を背負わされた魔性による本能ではなく、間違えようもない程に理性で魅了された。

 人知に穢されぬ自然を思わせる穢れのない無垢は、ヴィーラのように軽率には触れられない。触れてしまえば、冒涜してしまう。貶めてしまう。傷つけてしまう。辱めてしまう。その行為は何を犯すよりも恥ずかしい。

 

 それは、繊細で触れると同時に割れてしまうガラス細工のエンゼルランプ(幸福を告げる花)を意識させた。

 

 全身を使い彼女を記憶しようとした。忘れられない。文字通り夢中になる。──彼女もそうだった。ダンブルドアの中に一人の女性が蘇る。忘れられない、忘れてはいけない、女性を。強い風が女性の長い黄金の髪で顔を隠そうとする。思わず手を伸ばしそうになって。

 一人の校長がそんな幻想(ゆめ)から目覚めて、数秒後。爆発したように大広間は喧騒に包まれた。

 ヴィーラを初めて見たという知識のある人間は語り、ヴィーラとは違うと経験のある人間は語る。生徒達はたった一人の少女について語り合い、その少女を見つめる事だけをしていた。

 

 

 

 

 その大広間は素晴らしい空間だった。四つの長テーブルが空に浮かぶろうそくに照らされ、そのテーブルには上級生達が座りノラを見つめている。青白いゴースト達もふわふわと浮きながらノラ達を眺めている。一瞬静かになってから歓声が沸いたが一年生は非常に歓迎されるものらしい。

 

「凄い……」

 

 レオの一言に後ろを振り向いて見るとレオは天井を見上げながら歩いている。その視線に促されるようにノラは天井を見上げ、感嘆した。石の天井かと思いきや曇りのない星空が広がり、真っ黒い空の中で星々が輝いている。

 マクゴナガルが一年生達の前に四本足のシンプルなスツールとその上には古い帽子が一つ。その帽子はまさに魔法使いが被るようなとんがり帽子で、魔法使いが被るにはぴったりだと感じた。

 そうして一年生が並んだが、喋りが止まらない上級生達をマクゴナガルが一瞥して静かにさせる。シンと静まりかえった中でとんがり帽子の折り目が口であるかのように歌い始めた。

 

 

さぁ寄っといで、若き魔法使いたちよ、

四つの心が眠る学び舎へ。

我が古き帽子はすべてを見通す、

どの魂が、どこへ向かうのかを。

 

勇気を誇るはグリフィンドール、

恐れ知らずの心が炎を灯す。

闇を裂く剣のように、

仲間のために戦う者をここへ導け。

 

忍耐と誠実、金の穂を育むハッフルパフ、

汗と笑顔で絆を結ぶ。

誰かの涙に背を向けぬ者よ、

その手で大地を照らしなさい。

 

知を求めるレイブンクロー、

空よりも高く、理よりも深く。

思索の翼を広げる者よ、

真理は青き瞳のように澄み渡る。

 

そして野心を抱くスリザリン、

闇を恐れず、運命さえも掴み取る。

己の誇りに嘘をつかぬ者、

その魂こそ蛇の誇りなり。

 

この古き学び舎は知っている。

四つの寮を結ぶ心が、いつか現れることを。

勇気も知恵も忠誠も野望も、

ひとつに調和した魂が、未来を照らすだろう。

 

だから被れ、若き魔法使いたちよ。

私が見るのは今の姿ではない、

いつか世界を変える光を──

それを秘めた心を、私は探している。

 

 

歌が終わると一年生を除く生徒達は帽子に手を叩く。その拍手に答えるように帽子は一つ一つのテーブルに頭を下げた。これが毎年の決まりなのだろう。

 

「帽子を被るだけ? 適正をどうやって把握するんだろう?」

 

 レオが疑問を抱いたように首を傾げる。

 

「血液型で決まるんじゃないだろうな。冗談じゃない」

 

 ジュディが腕を組みながら呟いた。

 

「どうしよう、私まだ組決めてないわ」

 

 ノラの焦りを誰も気にとめる様子はなく、マクゴナガルが長い巻物を持って現れた。

 

「ABC順に名前を呼びます。椅子に座って帽子を被り、組み分けを受けてください」

 

 コホン、と咳払いをすると生徒達の名前を呼び始める。

 

「アディントン・ビリー」

 

 黒髪のボブヘアの女の子が前に出た。活発そうな少女だが、一番最初に選ばれた事に怯えているように見える。ノラも人のことは言えない。そう、自分の名前は早めに呼ばれる。

 その美しい緑色の瞳が隠れるまで被り──。

 

「レイブンクロー!!」

 

 レイブンクローの寮テーブルから拍手が湧き、少女はピンバッチを付けた上級生に受け入れられるようにレイブンクローの席に座る。次々と名前が呼ばれる。

 目立ったのは一人の少年だった。

 彼の黒髪は夜の帳のように滑らかで、歩き光に照らされるごとに銀の糸を思わせる光沢を放つ。灰色の瞳は、霧に包まれた冬の湖面を写したかのように静かで、深く。覗き込む者を無意識に引き込むような力を纏っていた。思わず、といったように女子生徒はほぅとため息を吐き、男子生徒は口をとがらせる。

 

 「ブラック・シリウス!」

 

 細く引き締まった輪郭の顔立ちはまるで古代の彫刻家が息を吹き込んだように。薄い唇に挑戦的な笑みを浮かべ、座る動作一つで堂々とした存在感を放つ。そして彼が被るか、被らないかの時に組み分け帽子は高らかに彼の寮を告げる。

 

「スリ──」

 

 パァンと乾いた音が大広間に響いた。シリウスが組み分け帽子を叩き落としたのである。ざわめきが上がる。眼鏡の少年は一人榛色の瞳を愉快そうに細めて笑う。

 

「ブラック!」

「拾いますよ、っと」

 

 ミネルバの叱責を鼻で笑うように返答して自ら叩き落とした組み分け帽子を拾う。そうして三分ほど被っていただろうか。

 

「グリフィンドール‼」

 

 スリザリンから大きな歓声が上がった。下級生は『流石ブラック!』だと騒ぎ、上級生たちは上品に笑みを浮かべ大きく両手を叩き、シリウス・ブラックの入寮を歓迎した。だが、それはシリウスがグリフィンドールの席に座ったことでシンと静まる。スリザリンの学年が上がっていくほどにその驚き様はすさまじかった。監督生ピンバッチを付けた金髪の六年生などは特に動揺が激しい。

 

「俺の事は歓迎してくれないんですか?先輩方」

 

 呆気に取られているグリフィンドールの上級生たちに向かって挑発的に笑いながらシリウスは言い放つ。

 

「いいや、私たちは君を歓迎するよ」

 

 アーサーがシリウスの肩を叩きながら歓迎した。それと同時にグリフィンドールから拍手があがった。

 

「ボードマン・ジュディ」

「へぃ……」

 

 どこにで好きに組み分けしてくれと言わんばかりにがさつにスツールに座り、帽子を被った。三十秒後に帽子は叫ぶ。

 

「レイブンクロー‼」

 

順序よく組み分けは続く。そして次はE、そう、ノラの名字は──。

 

「エディソン・ノラ」

 

 ドクン、とノラの心臓が高鳴る。ジュディとレオとは違い、ノラはどの寮に入るかを決めていない。

 ノラ・エディソンが組み分け帽子を頭に載せられると、世界の音と光がすっと遠のいた。耳の奥で、掠れた老いた声が囁く。

 

「……ほう、珍しい心を持っておる。風のように澄み、鏡のように静か……だが、その奥は底知れぬ湖のようだ」

 

 ノラは息を呑んだ。

 声は彼女の思考を覗き込むように、優しく、それでいてぞっとするほど深かった。

 

「おや? 自分が何者か、まだ知らないようだな。ふむ……それも良い。知ることは時に、魔法よりも危ういもの」

「な、何のことですか?」

 

 ノラが小さく問い返すと、帽子はくつくつと笑う。

 

「気にする必要は無い。ただ──君は“作られた形”ではなく、“選ぶ心”を持っておる。それだけで十分に、生きる理由になる」

 

 ノラは意味を理解できずに黙り込む。

 けれどその言葉が、不思議と胸の奥を温かくした。

 

「さて、どこへ導くべきか……。勇気はある。優しさもある。偉大になれる可能性もある。だが何より、知を求め、世界を理解しようとする瞳を持っている。まるで──空に浮かぶ真昼の日輪だ」

 

 帽子の声が静かに笑みを含む。

 

「レイブンクローに向いておるな。その知恵が、いずれ多くの者を照らす。……ただし覚えておくんだ、小さき光。いずれ訪れる影の時、君は選ぶだろう。自らの意志で」

 

 その瞬間、帽子は高らかに叫んだ。

 

「レイブンクロー!!」

 

 大広間が歓声に包まれる中、ノラはただ、不思議な余韻に包まれていた。そんな状態だがレイブンクローの寮の席まで行かなくてはならない。青色の旗の下に向かい、ジュディの隣に座る。

 

「……隣かよ」

「友達の隣はキープしておきたいわ」

「友達じゃない」

 

 寮生の席に着いて初めて上座が見えた。横一列に並んだ先生方の真ん中に大きな黄金の椅子に座った白い髭の老人が一人。その白髪は銀色に輝いていた。きっと、彼がアルバス・ダンブルドア。ホグワーツ魔法魔術学校の校長だろう。そして──ノラの保護者。しかしダンブルドアはノラの方を見ずに次の生徒の組み分けを微笑んで見つめている。どこの寮に入ったら喜ばれたのだろうか。でも、あわよくば、どの寮に入っても嬉しいと思ってもらえたら。なんて考えながら他の生徒の組み分けを見る。

 多くの生徒が組み分けされていく。グリフィンドール、レイブンクロー、スリザリン、ハッフルパフ。特にグリフィンドールとスリザリンが今年は多いようで監督生が「レイブンクローも良いのに」とぼやく。

 

「ホプキンズ・レオナルド」

 

 レオは帽子を被ってから少し長かった。ハットストールになるのではないかと周囲がざわめき始め、帽子とレオは二分の沈黙後、帽子はレオの行く道を告げる。

 

「ハッフルパフ!!」

 

 ハッフルパフ寮から歓声が上がり、レオは少し気恥ずかしそうにしながらハッフルパフの寮へと向かっていく。

 

「レイブンクローじゃないのか」

 

 少し驚いた様な口ぶりでジュディが呟く。

 

「ハッフルパフがレオには合ってたんだね。レイブンクローに来ると思ってたの?」

「……いや、あいつはレイブンクローが良いと言っていたから。本当に性質で決まるんだな」

 

 自分が良いと思った寮じゃないのは意外だと言わんばかりだ。

 

「ジュディはレイブンクローを願ったの?」

「そんなの、どうでも良いだろ。アタシはどの寮に入ろうともやることは変わらないんだから」

「それも、そうね」

 

 どの寮に入ろうとも多くのことを学び、多くの友達を作り、喧嘩し、仲直りをする。それについては何も変わらない。

 レオが同じ寮ではないことに少し寂しさを覚えながら他の生徒の組み分けが終わるのを待つ。自信たっぷりに帽子を被る跳ねた黒髪の男の子、どこかおどおどとした様子の男の子、同じ顔をした二人の女の子、少し鷲鼻の黒髪の男の子。

 全員が各々寮に組み分けられ、新入生が前から誰も居なくなって、ダンブルドアが立ち上がる。その両腕を天井に突き上げて万歳をしながら本当に嬉しそうに笑う。生徒達が揃ったのが嬉しいようだ。

 

「おめでとう! またこの席にみんなが、そして新しい生徒達が座ることをわしは嬉しく思う! そこでここで一言、ご馳走じゃ!」

 

 ダンブルドアが座ると同時に上級生が拍手をする。いつもの事なのだろう。ノラも合わせて拍手をした。ノラとて馬鹿ではない。アルバス・ダンブルドアがどのような人物であるかは調べている。数多くの新たな魔法の開発、理論を発表し、様々な著名人と合同で研究、そして最強の闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドを打ち倒した、現代の英雄。生ける伝説。どこまで堅苦しい人物かと思えば、想像以上、いや、それを上回る程の明るい性格の持ち主だったとは。ノラはダンブルドアに目を奪われていると、ふととんでもない良い匂いに包まれた。

 

「うわ」

 

 となりでジュディが驚くのが聞こえてジュディの方を見ようとして自分も驚く。先ほどまで何もなかった長テーブルの上に様々な料理が乗っており、ジュディは早速その状況に慣れ、ステーキを三枚も取っている。バイキング形式の様で好きな物を好きなだけといった様子だ。

 さぁサラダから頂こうとノラが身を乗り出した時だった。とんでもない程の悪寒がノラを襲う。

 

「きゃあ」

「失礼。驚かせてしまいましたな」

 

 そう言いながら紳士的に礼をする数世紀以上前の服装をしたゴーストがそこに居た。白く透明で、宙に浮いている。

 

「えぇ、まぁ」

「レイブンクロー寮に入られたのだね。いやはや、スリザリンに来てくれると嬉しいと思っていたのだが……私はあそこの卒業生だからな。一人でも多くの才能のある生徒を集めたいのだよ」

「スリザリン? ではあなたがスリザリンのゴーストなのですか?」

「いえいえ、スリザリンのゴーストは血みどろ伯爵ですよ。恐ろしい男なのでね、軽率に近づかない方が良い」

「えっと、あなたのお名前聞いてもいいかしら?」

「私の名前はパドリック・デレニー・ポドモア卿、首無し狩りクラブのリーダーをしております」

「私の名前はノラ・エディソン。よろしく」

 

 ノラの言葉にパドリック卿は上品な礼を返す。

 

「えぇ、よろしく頼みます。それで──あなたは首無し狩りをどう思いますかな?」

「首無し狩り?」

「えぇ、首ホッケーや首騎馬戦、首ポロなどの愉快なゲームを行うクラブのことです」

「いまいち要領を得ないのだけれど……首ホッケー?」

「あぁ、そうそう。私、見ての通り首が繫がっておりません」

 

 そう言いながらパドリック卿はまるで瓶の蓋を開けるように自分の首を取り外した。

 

「おぇー。ちょっと、食事時に止めてくれよ」

 

 それを見たジュディが気持ち悪いものを見たと全身で物語っている。

 

「食事時でしたな。我々ゴーストにはもう食事なんてものは要らないもので……」

「パドリック卿、新入生に絡むのもそのくらいに。これから機会は沢山あるもの。新入生の一番最初の食事時をあまり邪魔しないであげて」

 

 一人の女子生徒の声がした。パドリック卿はしまったと言わんばかりに飛び去る。

 

「ミス・アリス。それでは、楽しいお食事を」

「えぇ、ありがとう、パドリック卿。大丈夫?」

「大丈夫かと言われたら」

「大丈夫なわけないだろ。一気に食欲無くなった」

 

 困った様子のノラと三枚目のステーキを食べる気を無くしたのかステーキをフォークで突くジュディが返事をする。

 

「ねぇ、ノラ。あ、ノラって呼んで良いかしら? さっきパドリック卿に挨拶しているのが聞こえて」

 

 女子生徒がノラの隣に座る。

 

「えぇ、勿論。あなたの名前は?」

「私の名前はアリス・ジョンソン。レイブンクローの案内人をやっているの」

「案内人?」

「今年の女子の監督生は七年生なんだけど、来る途中でタランチュラに噛まれてしまって……今医務室に居るのよ。代わりに近くに居た私にレイブンクローまでの案内をしろって委ねられたの」

「でもあなたは高学年には見えないわ」

「えぇ、今年で三年生よ」

「それなのに?」

 

 ノラの疑問にアリスは笑って答える。

 

「えぇ、まぁ。たまたま近くに居て。それに監督生に憧れていて去年からずっと監督生の仕事を聞いていたから──任せてもらえたんだと思うわ」

「監督生になりたいの?」

「人の役に立つ事がしたいの。ほら、監督生って他の生徒の面倒も見るでしょう? だから、そうね、世話好きなの」

「じゃあ私もお世話になるかも」

「どんとこいよ」

 

 そういうとアリスは胸を張って答えた。

 

「さぁほら、ご飯を食べましょう。お話ならこれからずっと時間はあるもの」

 アリスにそう促されてノラも食事にありつく事にした。肉は食べる気が起きなかったのでサラダを中心にゆでたポテトや卵を取っていく」

「今のうちにあの程度慣れておかないと大変よ。これから授業で……いや、自分で分かることだわ」

 

 そう不安な事をアリスが漏らした事を無視してノラはご飯を食べる。

 大体の生徒がお腹がいっぱいになった頃、次はデザートが出てきた。

 

「本当に無料なのか?」

 

 それらを見たジュディが心配そうに呟きながらもプチシューを取っているのを見る。ノラももう少し食べようとケーキを取り分ける。アリスも食べたそうだったので取るかと聞くとお願いと返事を貰ったのでアリスの分のケーキも取り分ける。

 

「レイブンクローのゴーストはいないの?」

「灰色のレディは基本誰も近づけないわ。美人なんだけどね。生前何があったのかは分からないけど……少し威嚇的なの」

「いつか挨拶できる機会があると嬉しいわ」

「めっきり見ないわけじゃないわ。たまに寮にも訪れるし、灰色のレディにその気があれば話してくれるかも」

 

 そんな話をしているとダンブルドアが再び前に立ち上がる。それと同時にデザートは消え去った。

 

「よし、みんなよく食べたようじゃな。それでは寝る前に少し、言わねばならんことがある。一年生、そして上級生の数名に特に注意しておかねばならぬことがあるが、禁じられた森へ行くのは禁止じゃ。なにがあろうともな」

 

 何名かのいたずらっ子を目で追いながらそういうと次に管理人であるアポリオン・プリングルからのお知らせじゃ。廊下や授業の合間に魔法を使わないようにとのこと。それと、今学期は三週目の日曜日にクィディッチ選手の選抜があるので寮のチームに参加したい人間はマダム・フーチに申し出るように」

 そうしてホグワーツの校歌を各々自由な音程で歌うと──ジュディは早口言葉の様に言ってしまうとすぐに黙り込んだ──最後の最後にダンブルドアが誰も揃わぬ校歌に感動し涙を流し、それを拭いながら新学期の終了を告げた。

 

「レイブンクロー生はこっちだ!」

 

 男子生徒の監督生が声を上げる。

 

「こっちだよ~! 一年生は最初ね! 上級生達は一年生達がはぐれないように見てあげて!」

 

 隣に居たアリスが観光案内のガイドさんのような旗をどこからともなく取り出し、青色の旗を見せつける。

 

「分かりやすいでしょ?」

 

 そう言いながらウィンクをする。大広間とは違い、廊下は薄暗かった。いくつかの階段を上り終わる頃には体力の無い生徒がゼハゼハと息を切らしていた。階段の途中で曲がり、後は直線の廊下が見える。もう少しだろうか。ノラはそう思った数分前の自分の浅はかさを呪った。再び階段だ。果てしないらせん階段を登り終えるとようやく木でできた小部屋のような場所にたどり着いた。

 

「この鷲のドアノッカーをノックし、鷲が答える問題に答えを返す事ができたら扉が開く。──誰か答えたい一年生はいるか?」

 

 ノラは手を挙げる。ここで答えられなければ今後寮に入ることなどできない。鷲の形をしたドアノッカーをノックするとくちばしが開き、歌うような声が聞こえた。

 

「時間逆行する魔法は、因果律にどう影響を受けるか」

 

 ノラは少し考えてから答える。

 

「……因果律は逆転し、結果が原因を先行するわ。けれど、魔法の枠組みが理論を保つなら、逆行を閉じた時間はループを形成し、因果の矛盾を防ぐ、はずよ」

「そう、誰にも見られない事が大切です」

 

 そういうと扉が開いた。

 

「よくやった! 他の一年生達も見習うように! 他学年もだぞ! 忘れ物をして取りに来たのはいいが中には入れないなんて事態はできるだけ避けるように」

 

 中にはドアノッカーの鷲よりも大きな彫像の鷲が大きく翼を広げて待っていた。階段を上ると白い彫像が目に入る。一年生がそれを見ようと立ち止まると監督生が急かすように声を掛ける。

 

「これはレイブンクローの創設者ロウェナ・レイブンクローの像だ。ほら、もう今日はいいから中に入った入った。感動ならいつでもできる。

 

 談話室は円形だった。少し狭いように感じたが、よくよく見ると奥にもこちらよりもう少し広めの談話室があるようだ。小さな暖炉が目に入る。

 

「女子はこっち!甲冑が守ってくれている方が女子寮って覚えたら早いわよ」

 

 アリスがそういいながら前に現われた。

 

「四年生の扉の前は洗面台とお風呂場とトイレがあるわ。一年生は一番下の階、いちに、十五人か。少し時間が掛かるけど着いてきて」

 

 促されて一年生達は一階まで降りる。

 

「例えばそうね、ノラ、こっちに来て」

「私?」

 

 アリスに呼ばれて一年生の中を通り抜けて扉の前に立つ。

 

「一見一年生の部屋は一つに見えるけど。扉を握って」

 

 ドアノブを握るとチリンと鈴の音が二度鳴った。

 

「これで各々の部屋に入ることができるわ。さぁ、ノラ。次の女の子が来るから早く入って」

「えぇ、分かったわ」

 扉をパタンと閉めるとそこはほとんど真っ暗だった。ローブから杖を取り出す。

ルーモス(灯りよ)

 

 ランプを見つけて灯りを点す。そうは言ってもベッドの間に取り付けられた柱に着いている二つのランプと鏡の上のランプだ。どうやら四人部屋らしい。ベッドが四つ。窓側に並んでいる。二段ベッドで、よくよく見てみるとベッドの下に名前が書いてあり、ノラは右側のベッドの二段目らしい。

 杖先に明かりを灯し壁灯(ウォールランプ)を着けた。そうすると部屋の中がはっきりと見えた。

 高い尖塔アーチの窓が三つ並び、それぞれに格子状の窓枠がはめ込まれ、月光を細かく砕いて室内に落としていた。四人分あるベッドを仕切り覆い隠すように重厚な青色に星の描かれたカーテンが優雅に結ばれている。床には青色に静かに寄り添うような紺色の花柄が描かれており、それを隠すように黄色の星が乗っていた。空気には古い本の匂いとかすかな魔法薬の残り香が混じり、知的好奇心に満ちた物たちが知識を追い求めた日々を語りかけてくる。

 トランクはノラの分を含めて四つあり、四人部屋であることが分かった。そしてそのうち一つのトランクは──。

 

「ジュディ!」

「げぇ、お前と同室!? 冗談じゃない!」

「えぇ、現実よ!」

「だから嫌だって言ってんだ。……はぁ、もう、疲れた」

 

 ジュディが荷ほどきを始め、ノラもそれに習って荷ほどきをする。杖は口にくわえる。そうしなければ両手で荷ほどきはできない。

 よくよく見て見るとベッドの縁に小さく一つ銀色のネームプレートが埋め込まれているのを確認する。ノラは右手側の二段目のようだ。

 そうしていると一人の女子生徒が入ってきた。茶髪に茶色の瞳を持つポニーテールの少女は、暗い部屋にも関わらず、明るく活発な印象を与える。彼女の髪は仄かに赤みがかったブラウンで、肩を少し超える長さを高めのポニーテールでまとめ、毛先は歩く度に軽やかに揺れる。

 瞳は温かみのあるチョコレートブラウンで、好奇心と優しさが混ざった輝きを放つ。肌は健康的で、頬にはほのかにピンク色が差す。

 

「四人部屋なのね。そう」

「わぁ、あなたが同室?」

「そう、私があなた達の同室よ。私の名前はアラクネ・トゥアハ」

「トゥアハ?どこかで聞いたことがあるような……」

「あぁ、私の両親はダイアゴン横町で」

 

 そう言いかけた時にもう一度扉が開く。もう一人に同室だ。ジュディが軽く悲鳴を上げる。

 茶髪に茶色の瞳を持つ、三つ編みの少女は、暗い部屋に沿うように落ち着いた印象を与える。彼女の髪は仄かに赤みがかったブラウンで。胸上までその髪を三つ編みに編んでいる。

 

「えっ」

 

 瞳は温かみのあるチョコレートブラウンで、少し怯えたような瞳でノラとジュディを見つめる。肌は健康的で、頬にはほのかにピンク色が差す。

 ドッペルゲンガーだ。

 

「この子の名前はマーサ・トゥアハ」

 

 仰天した顔をするノラとジュディを見て私の双子よ。とアラクネが笑いながら付け加える。

 

「ほら、マーサ。挨拶しないと」

「えっと、私の名前はマーサ・トゥアハ。両親がダイアゴン横町で洋装店を開いているの。もしかしたら二人も私たちの店に来てくれたかも」

「「あっ!!」」

 

 ノラとジュディは思い出したように声を上げる。あの個性的な店主。そういえばマクゴナガルが親だと言っていた。

 

「その様子だと来てくれたようね。私たちの店の腕は完璧だからこれからの学生生活のうちはよろしく。勿論、私服も取り扱っているから私服の方も任せてちょうだい。個人に似合う服装を必ず見つけるわ」

「アラクネ。もうみんな疲れているから」

「あ、それもそうね。それじゃあ、みんなぐっすり寝ましょ」

 

 自信満々に自分の店を紹介していたアラクネはマーサの制止にあっさりと答え、黙々と荷ほどきを始める。ノラは早々に寝間着に着替え、二段ベッドの梯子を登り、ベッドに潜り込んだ。

 疲れていたのか夢も見ずにぐっすりと眠り込んだ。

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