エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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知を紡ぐ青の一日

 まぶしさに目をやられて目を覚まし、自宅から持ってきた時計を見てみると六時だった。昨晩は暗さで気づかなかったが窓側にもカーテンが着いていたらしい。それを閉め忘れた。

 伸びをして部屋側のカーテンを開く。どうも誰も起きていないようだ。この隙に昨晩入れなかったお風呂に入ってしまおう。

 まだ疲れの残る体を動かし、トランクから着替え一式とバスタオルを一枚、短いタオルを一枚、それにシャンプー、トリートメント、ヘアミルク、化粧水、乳液……諸々を持って階段を上った。

 朝から階段は疲れる。そう思いながら扉を開く。

 忘れ去られたような洗面所だった。白いタイルの壁と青色のタイルの床はランタンの光を受けて艶を魅せていた。中央に立つ二つの石柱は、天井を支えながらも、この空間に荘厳な静けさを与えている。

 天井からは黒い鉄製のランプが吊り下げられ、暖かな橙色の光が部屋全体を包み込んでいる。中央には大理石の洗面台が孤を描いて連なり、鏡の前にある小さなランプが灯り、暖かな光を落としていた。そんな鏡の前に、一人の女子生徒が鏡の前で化粧水を付けていた。

 

「あら、おはよう」

「おはよう──アリス」

「こんな時間に起きちゃったの?」

「えぇ、窓のカーテンを閉めるのを忘れちゃって」

「朝にお風呂に入るならこの時間がオススメよ。七時半には洗面台の前が戦場になるわ」

 

 ノラの手元を見て、アリスはタオル掛けを指さした。

 

「タオルならそこに沢山あるから使っていいわ。使い終わったら掛けておけば、夜には綺麗になってるから」

「ありがとう」

「それじゃあ良い一日を」

 

 アリスは顔の手入れに戻り、ノラはお風呂に入ってカーテンを閉めた。体を温めてから髪や体を洗い、浴槽を軽く流して上がる。

 着替えて、髪の水分を取りながら顔の手入れに取りかかる。乙女にとって、日々のケアは欠かせないのだ。

 

 

 

 

 部屋に戻るともう全員起きていて、アラクネはノラが帰ってきた事に気づいた。

 

「あぁ、お風呂に行っていたのね」

「分かる?」

「まだ髪が乾いていない様に見えるもの」

 

 アラクネの言葉にノラはもう一度軽くタオルで髪を叩いた。

 

「みんなは今何を?」

「トランクの片付けをしているの」

 

 マーサの言葉になるほどとノラもトランクの片付けに加わり、先ほどアリスに聞いた情報を伝えながら持ってきた本や小物を枕元に置いて、鞄に今日の時間割の教科書と羊皮紙を詰める。

 

 

 

 

 階段を登っていくと陽の光が入っているのに気がついた。窓から柔らかな光が目の中に入り込んでくる。

 昨夜ははっきり見えなかったが、寮内は円形の広間で構成されていた。高く孤を描く天井は深い青のヴォールトで、描かれた金色の星々が夜の星空を思わせる。中央に釣らされた巨大なシャンデリアは寮内に会わせたように円形だ。

 床の絨毯も部屋と同じく深い藍色の円形の絨毯が敷かれ、絨毯の縁には小さな星々が連なり部屋自体が夜空の一部のようにも感じられた。右手側には真鍮の望遠鏡が三脚で置かれておりガラスの向こう側の空をいつでも見れるようになっていた。置かれたハープの音色が寮内に響き、落ち着く空間ができあがっていた。

 ノラはその談話室を眺めて、上級生から「どうだ?」と肩を叩かれて端的に「凄いです」と返事した。

 

「ほら、新入生、授業始まるぞ」

 

 そう言われて

 

「今日の授業は──」

 

「まさか送迎付きとはね」

「今日一日だけって言ってたからちゃんと覚えないといけないわ」

 

 一日目はフリットウィックという名のレイブンクローの先生が道案内をしてくれるというのだ。しかし、フリットウィックは非常に身長が低く、すぐに生徒の中に潜り込んでしまうのが難点だった。曰く、104センチらしい。

 

「階段が、多いわ」

「マーサ、頑張ってちょうだい」

 

 ホグワーツのキングズクロス駅と言われる中央ホールまで連れてきて貰う。ここまでは良かった。なんと言っても階段を降りるだけなのだから。

 

「こっちは図書館、左手は温室、右手は変身術の中庭に続いていて。変身術の中庭からは闇の魔術に対する防衛術の塔に行くことができるんだよ」

 

 それでは今日の最初の授業は呪文学なので闇の魔術に対する防衛術の塔に行きます。

 そう言うとくるりと背中を向けると階段を上っていく。

 

「右手側から行くんじゃないんですか?」

 

 昨夜ビリー・アディントンと呼ばれていた少女が問い掛ける。

 

「まぁ、いいから着いてきなさい」

 

 そういうとフリットウィックは階段を少し上って横の扉を開けた。そこは外廊下であり、塔と同じ方向でありながら、少し違う位置のようにも見えた。

 

「ほら、右下を見てご覧なさい」

 

 フリットウィックがそういうと外廊下の縁に生徒達がよる。

 

「高い……!」

「違うわ、アラクネ。多分これ、こっちの塔に来るまで」

「そう、少し登ってくるだけで四階まで一気に登ってくる事ができるんだ」

 

 ノラの言葉にフリットウィックは少し嬉しそうに答える。そう言いながらフリットウィックは廊下を歩き出す。そしてまた階段だ。

 マーサが絶望の声を上げるのを聞きながら階段を上がる。多くの生徒が通ったせいか、踊り場の板は真ん中はすり減っていた。

 

「ここの奥にトイレがあるから覚えておくように」

「ここの奥には他に何かあるんですか?」

「あぁ、今は使われていない教室があるんだよ。自習室に使われたりすることもあるから覚えておいたらいい」

 

 そう言いながらフリットウィックはまた階段を上る。マーサではないけれども階段が多すぎる。階段を上り終えるとそこは空間が広がっていた。

 階段がないというマーサの歓喜の声を聞きながらノラは壁に掘られた文字を指でなぞる。

 

「……呪文?」

「そう、この壁には多くの呪文が書かれてるんだ。呪文学の教室の近くらしいでしょう? まぁ、教室の中もそんな感じなんだけれど」

 

 そう言いながら教室の中に入っていく。

 

「ここが呪文学の教室です。壁を見ればカンニングし放題──とはいえ、気をつけて呪文を取り扱うように。まだ習っていない呪文を使う際は必ず私の元を訪れること。壁の呪文を唱えながら適当な杖の振り方をすると腕がどこかへ飛んで行ってしまうことがあるからね」

 

 生徒のほとんどが笑ったが、フリットウィックの表情を見て、どうにも冗談ではないことを察知し生徒達は静まりかえる。

 

「まぁ、そう恐れずに。先生達が側に居るときは安心して呪文を使いなさい。さて、そう、これは皆さんに言っていることなのですが、何か悩み事があったり、困ったことがあったらこの上の部屋か後で行く教員塔に気軽に来るように。友達感覚で来ても大丈夫ですよ。美味しいお茶とお菓子を用意していますから。それじゃあ席に座って、早速授業を始めます」

 

 そこからは早かった。流石「知」を重んじるレイブンクローの集まりは、授業を受けるまでに三分と掛からなかった。その事実にフリットウィックは喜びながら授業を始める。

 

「まずは杖の握り方から。力任せに握らず。一端杖を机の上に置いてから」

 

 全員が恐る恐る杖を杖ポケットから取り出す。ノラはそうではないがここに居るほとんどの生徒はこれが杖の使い始めだろう。かくいうノラも実際どの程度の授業が行われるか分からず緊張している。

 杖が机に置かれたのを確認してからフリットウィックは続ける。

 

「まずは人差し指と親指で杖を摘まみます。そう、そうです。そして中指、薬指、小指は添えるだけ。そう! その通り! みなさん飲み込みが早い! それではもう一度やってみます。杖を置いて、杖を摘まんで、残りの指は添えるだけ」

 

 そこからは杖の握り方の修正だった。ノラも独特な杖の握り方をしていたようでフリットウィックに治される。生徒が一人一人しっかりと握っているのを確認したフリットウィックは嬉しそうに微笑み、ひとやすみにと紅茶を全員に配ってくれた。その紅茶を淹れるのも呪文で行い、将来皆さんはこうなります。と言ってみせた。自信があるのだろう、すでに杖の握り方が分かりやすく教えられている。今後の授業もこのように分かりやすく行われるのだろうという思いがあった。

 

「では次の授業は天文学です」

「天文学は夜にやるんじゃないんですか?」

「今の君たちが夜中に歩いたら全員が迷子になる可能性があるでしょう?」

 

 そういうとフリットウィックは教室の左手に出る。少し進むと開けた場所にソファーなどがある休憩スペースがありその奥には──階段があった。マーサが血の涙を流している。アラクネは特に気にしていないようでヒョイヒョイ階段を上っていく。

 

「あの、荷物持つ?」

「う……ううん。今から慣れておかないと死んでしまうから大丈夫。ありがとう」

 

 ノラの言葉に首を縦に動かしかけたマーサだが、それを振り払うように首を横に振ってから深呼吸。そして階段を上っていった。らせん階段で悲鳴を上げるマーサにアラクネが天井を指さす。

 

「マーサ。上見て」

「わぁ……! 凄い……!」

 

 そこにはミニチュアの星空が並んでおり数々の星々が線となって星座になっては消えていく。そして少しの感動の後、更に階段を上り、連れて来られたのは円卓のように座席がある、いわゆる“黒板”のない教室だった。

 

「それではまた、次は大広間で会いましょう」

 

 そういうとフリットウィックは自分の教室に戻るのか立ち去っていく。そうして天文学の授業を受けていると、天文台に案内すると言われ、絶望したのはマーサである。鞄を置いていって良いと言われたことが嬉しかったのか最初のうちはスキップしていたがだんだんと登る度に顔色が悪くなる。

 オーロラ・シニストラという先生はそんな生徒達には慣れていると言わんばかりにずんずんと進んでいく。マーサはそんなシニストラを恨みがましい目で見ていたが頂上に着いた途端目の色を変えた。

 

「凄い……!」

 

 そう呟いたのはマーサだけではない。誰しもが圧倒された。青く晴れた空、手つかずの山々、ホグワーツを一望できるその高さは感動を覚えさせる。

「ここはホグワーツの中でも一番高い塔なので一番景色が良く、一番星に近い場所になります」

 

 天文学の授業が終わると次は昼食だ。天文台の塔が一番背が高いなら後は階段を下るだけだと喜んだマーサだが、その分大広間に向かうまでの距離が長い。ジュディをチラリと見てみると特に疲れた様子もなく鼻歌交じりに階段を下っている。

 

「授業はどう?」

「は? お前に関係なくね?」

 

 ジュディは呆れたような目つきでノラを見た。

 

「友達が疲れてるか心配するのは友達の役目でしょう?」

「アタシは友達だと認めたつもりはないんですけどねェ……」

「あなたほど素敵な人間はいないわ。素直で、人助けをして、それを誇る事もなく当然として受け入れる。本当に素敵な人なの。だから私はあなたとずっと友達で在りたいと思うの」

「はァ……? そりゃ買い被りってモンだろ。お前を助けたのはあの場所でひと悶着起こしたくなかっただけだし、そもそも助けたつもりなんてない」

 

 ジュディは心底意味が分からないと言った形でノラから目を逸らす。

 

「それでも結果は助けているのよ」

「あぁ、そうかい。それじゃ、命の恩人様からのお願いだ。放っといてくれ」

「いやよ。私があなたを見て学びたいから」

「は?」

 

 今度こそなんのことだか分からないと言った顔でジュディはノラの事を見る。

 

「あなたは階段をどれだけ登っても息を切らす様子はなかった。その身体能力は基礎的な物から生み出されているわ。それだけの体力、どんな風にすれば手に入るのか、実際に横で見ていたいって思うのは間違いじゃない。魔力とは、実際に動いた血液の循環の分だけ増える。だからそう思うの。……レイブンクローとしてね」

「レイブンクローに入るんじゃなかった」

 

 ノラの言葉に頭を抱えながらジュディは呟く。

 

「……それじゃあもう好きにしろ。アタシから話しかけることはないからな」

「うん! 好きにさせて貰うわ!」

「……はぁ」

 

 大広間で水を一気飲みするマーサの様子を見ながらジュディの隣に座り料理を見る。

 山盛りのチキンにベーコン、スープ、サラダ、ミートパイにパン。

 些か肉に食事が偏っている気がするが学生の食事とはこんな物なのだろう。特に食べ盛りの男子生徒からすればご馳走の山である事には間違いない。

 

「ねぇジュディ。どれから食べたらいいかしら」

「肉食え肉」

「そうね。それじゃあ、チキンから頂こうかしら」

 

 ジュディが適当に言ったがノラがそれを受け入れてチキンをトングで掴んで皿に置く。そしてナイフとフォークを使って──。

 

「嘘でしょ」

「わぁ、あなたってお嬢様だったのね」

 

 アラクネとマーサが驚いた表情でノラを見る。

 

「え?」

「普通こういうチキンはかぶりつくものよ。ほら、隣を見て」

もがもがぐばぐ(勝手に例にするな)

 

 ジュディが遠慮無く手でチキンを掴んで豪快に食べているのを見る。

 

「多分、その食べ方目立つわよ」

 

その声と共にグリフィンドールの席から大きな声が上がる。

 

「シリウス! キミ、チキンを食べるのにナイフとフォークを使うのかい!? ひゅー! お上品だね! こういうチキンはほら、こう、豪快にガブリと」

 

 黒髪の男の子が同じ事を誰かに伝えている。

 

「……本当みたいね」

 

 ノラはナイフとフォークを机に置く。別に、目立つのがいやだった訳ではなく、TPOに合わせて食べたいと思ったのだ。別に畏まった場でもないので豪快に食べてみるものアリなのだろう。そしてナイフとフォークを置いてこう、大きな口を開けてガブリ。

 

「手がベタベタするわね」

「手で食べているもの」

 

 ノラの感想にアラクネはさっくりと答えてご飯を食べ始めた。

 授業の感想などを言い合いながらゆっくり昼ご飯を食べて──また、移動である。

 

「次は皆さんが初めて受ける授業ですよ」

「初めて?」

 

 そりゃ初めての授業しかないけれど、とアラクネが呟く。

 

「これから午後の授業は他の寮との合同授業。次の授業は闇の魔術に対する防衛術の授業で、グリフィンドールと合同だよ」

 

 その言葉にぴりと緊張が走る。その緊張はグリフィンドールだからと言うわけではなく、同じ寮として過ごす仲間とは別の寮の人間と過ごすという新しい感覚であるからだ。

 

「これから君たちは闇の魔術に対する防衛術を受けに行って貰う。ほら、午前中に通った場所だよ」

「また……階段……ッ!」

 

 マーサの絶望の声はもうBGM見たいなものなのか、皆気にせずに歩き始めた。

 闇の魔術に対する防衛術の教室はこれまでの教室の中でもまた雰囲気が違った。大きな魔法動物の模型や到底平和の為に作られたとは言えない物が右から左までずらりと並んでいる。ドアを開けて一歩目から既にお化け屋敷(ホラーハウス)か何かに足を踏み入れた気分である。そのような催しの建物と違う点は窓から太陽の光が差し込んでいる事と教卓に生徒用の机と椅子がお行儀よく並んでいる事だろう。晴れていても些か不気味さを隠しきれていないのはご愛敬である。

 恐らく雷雨の日であれば教室に入れない生徒もでるのではないのだろうか。

 ジュディは適当な席を選んだのか、ノラもそれに習って隣に座る。嫌そうな顔をされたのはサラリと受け流す。

 しかしジュディはその顔だけで済ませたのが間違いであることを三分後には理解してしまった。

 

「えっと、エディソンさん?」と話しかけてきたグリフィンドールの女子生徒が居たのだ。もちろん、ソレでそれで済むはずもなかった。

 メアリー・マクドナルドと名乗った少女に話しかけられたノラは、快く自己紹介して彼女の住んでいる地域を聞いて話題を広げていき、それはもう話が盛り上がっている。

 ジュディは隣で知らん顔をしながら本を読んでいたが、和気あいあいと違う寮の二人が話しているを見て、友達を増やそうと虎視眈々と狙っていた少女たちが輪の中に入ってきたのだ。そして三分後にはこの人だかりである。挙句の果てに気を使った一人の女子がジュディの方にまで話題を振ってきたのだ。

 これだけの女子が居て喧しくなるのは当然の事だが、集団になりすぎるとそれはそれでまた衝突をしやすい少女たちを上手く誘導して穏やかで楽しい方向に話を持っていくノラの手腕に内心感嘆しつつも、それは中央にいるノラの役目だと思考を投げ捨てる、ジュディは次の授業は別々に座ろう、と考えた。

 

 予鈴が鳴り、流石に初回から先生に睨まれたくないので集まっていた女子達は蜘蛛の子を散らしたように席に戻り教室は静かになり始めた。そして授業のチャイムが鳴ると同時に黒板奥の扉が開き、中から茶色のローブを羽織った男性が出てきた。本人に驚かす意図はないのだろうが、この不気味な教室である。数名の生徒がビクリと肩を震わせた。その様子に少し反省したような顔をしながらも男性は前に立った。

 

「あー……、一年生の皆さん。入学おめでとう。みなさんの体が欠けることなく卒業出来る事を心から祈っております?」

 

疑問符で祈られてしまった。なんとも不穏な駆け出しである。既に数名の生徒がこの先生大丈夫かな? と心配し始めた。

 

「一年生の皆さんが知ってるかどうか分かりませんが、実は僕も一年生なんです。先生としてね。これまでは色々な闇の魔術や生物を研究する為に世界各国を回っていました。ダンブルドア校長から直々に教師としての打診を頂きましてね。えぇ。そろそろ研究費も尽きてきたのでこれ幸いにと飛びついたわけです。素直に話すな? って思いました? 何でもかんでも素直に言ってしまうのは問題あるかとは僕も思うんだけどね、でも、闇の魔術や生物ってそういうモノなんですよ。己の欲望の為に魔法を使う。言い換えて見たら素直な証でもあるんですよ。えぇ。勿論犯罪を美化するつもりはありませんがね」

 

 あぁ、そうだ。と杖を振るとチョークが浮かび上がる。

 

「アルバート・エリオット。それが僕の名前です。出身学校はボーバトンです。ボーバトンは実に美しい校舎でした。ホグワーツの荘厳さにも負けず劣らず。錬金術で作られた金を元手に作られた学校ですからね。校風としては上品な社交的な者を作り上げる、というモノでしたよ。故に、素直さが足りなかった」

 

 その言葉に多数の生徒が怪訝そうに眉を顰める。どういうことか理解が出来なかったのだ。

 

「つまり、闇の魔術に対する勉強をあまりしてこなかったんだよ。勿論、普通の魔法使いには闇の魔術は必要ないし、表の話だけどね。表面を飾り立てて裏側はねちっこく。それが社交界の基本さ。僕はソレに飽き飽きした。だから素直に欲望を探求する彼らに僕は興味を抱いた。そして研究した結果、得たものや君たちが必要としている知識を与える事が出来るようになったんですよ」

 

 そこまで語った時、一人の生徒が真っ直ぐに手を伸ばした。

 

「あー……キミ、名前は?」

「ポッター。ジェームズ・ポッターです。先生」

「まだ疑問を抱く授業を始めたつもりはなかったんだけど、僕の発音おかしかった? それとも聞き取り辛かった? フランス訛りを取るのは大変でね」

「いえ、そうではありません。先生は闇の魔術に対して興味を抱いているように感じたのですが、それは良くない事では? どんな理由があろうと闇の魔術は良くない物です」

 

 良く言った! そう彼の腰を隣に座っている黒髪の少年が叩く。しかしエリオット教授は何を言われたのか分からないと言わんばかりに少し首を傾げた後に逆にジェームズに問いかけた。

 

「良くないものに興味を持つのはいけない事なのかい?」

「え?」

「すまない。質問に質問で返すのは僕の良くない癖だ。だが、悪いもの全てを悪だと決めつけるのは、それこそ悪ですよ。──マグルの世界にもかつて、民族を悪と断じた虐殺者がいました。もちろん、彼の行いは赦されない。しかし彼が広めた『喫煙の害』という考えは、今も生きている。つまり、悪の中にも真実はあるということです。その真実は嘘だと思うかい?」

「……いえ、思いません」

「つまり、そういう事ですよ。どんな人物にも善と悪は存在する。悪だからその行動は全て悪い、と決めつけてかかるのは愚の骨頂さ。闇の魔術も同じ、表裏一体。それをどのように使うかでその行動が『祝福』になるのか『呪い』になるのかは変わる。そしてこの授業ではその裏側を学ぶことで相手がどのような意図を持って行動したのかを理解できる。じゃあ、引き続きで悪いのですが、ミスター・ポッター。相手がどのような意図を持っているかが分かったらどうなります? 例えば目の前の人間が棒を振りかぶってきた時と背後から棒を振りかぶってきた時。どちらの方が行動をとりやすい?」

「目の前から棒を振りかぶってきた方が分かりやすいです」

「その通り。グリフィンドールに三点。君は実にいい質問をしてくれました。この教科に興味を持つことを悪だと考えてしまう人が居るかもしれませんから。でも相手を知ることは決して悪じゃない。更にこの授業は闇の魔術に対する防衛術(・・・)だ。相手を知ることはそれだけで対抗できる。それじゃあ、授業を始めよう。まずは教科書の十ページ。基本的な闇の生物だが──」

 

 授業が終わり、ガヤガヤと生徒たちが教室を出ていく。初動のおかげで若干身構えた事もあったがなかなかに面白く興味深い授業であった。ノラはそう思いながら羊皮紙を巻き、次の授業に行くために立ち上がる。先ほど仲良くなったグリフィンドールの少女達と手を振って分かれながら一人歩きだしたジュディの後を追いかける。

 次に着いたのは薬草学の教室。次はハッフルパフとの合同授業だった。

 

「レオ!」

「ノラ!」

 

 昨日組み分けで分かれて、まだ一日も離れていなかったのにもう何週間も会ってなかったの様な感動ぶりだ。

 

「ジュディとは仲良くやってる?」

「うん。私たち同室だったの」

「なりたくてなったんじゃない」

「良かったね。ジュディ」

「だからなりたくてなったんじゃねェ」

「うんうん。ひとりぼっちは寂しいもんね」

「ジュディが一緒で良かった。私安心したの」

「聞けよ、オイ」

 

 そんなこんなで三人──一人は不服そうで黙り込んでいるが──で話し合う。他の生徒たちも合同授業に慣れてきたようで徐々に仲の良いグループができあがる。そのグループで横並びに机に並んでいく。薬草学の先生はポモーナ・スプラウトという女性の先生だ。恰幅の良い穏やかな優しい女性でノラはどこか絵画から出てきた様な人物だな、という印象を抱いた。

 薬草学とは何かと言うことから授業は始まった。基礎の基礎。薬草学は主に魔法薬学にて使われ、簡単な魔法植物であれば自分で栽培し魔法薬の材料に使えるという。勿論薬草一つで様々な効力を発揮する物もあるのだという。そういう植物は主に攻撃的な物が多く、一人では触らないようにと注意をされた。

 そんなこんなで授業が終わり、レオとノラでジュディを挟んで会話をする。ジュディは嫌そうな顔をしながらも逃げることはなく、強引に話に混じらされる形だがところどころ自身の意見を挟む。

 

「それでね、ハッフルパフの入り口を入るには樽を正確なリズムで叩かなくちゃいけないんだ。これが上手くいく自信がなくてね」

「私もよ、レイブンクローの寮も入るのが難しいわ」

「どういうこと?」

「質問に答えなきゃいけないの。答えられなかったら誰か答える人が現われるまで中には入れないそうよ」

「僕なら入れないかもしれない。レイブンクローじゃなくて良かった」

「あっ、そういえば話したいことがあったの」

 

 ノラが思い出したようにレオに問い掛ける。

 

「僕に?」

「えぇ。その、私、あなたがレイブンクローに入るものだと思っていたから。ハッフルパフに行って少し驚いたのよ」

「あー、それ? ……聞く?」

「ううん。ただ驚いたっていう話よ。別に詮索するつもりはないわ。組み分け帽子()との話はかなり個人的な情報が含まれると思うから」

「いや、そういう訳でもないんだ。ただ、僕は誰かに忠実であることの方が重要だと言われたんだ」

「忠実であること?」

「友人や家族、みんなに忠実であることが僕を幸せにするって、組み分け帽子が言ったんだ」

「なるほど、レオに必要だと思ったことを組み分けの要素にしたのね」

「ノラはどうだった? 答えたくなかったら答えなくていいけど」

「ううん。ただ、私の場合、ちょっとなにを言っているのか分からなくて……ひとまず性質にあった寮に入れられたんだと思うわ」

 

 レオの質問にノラは首を横に振りながら答える。レオは上手く人生に必要なものを埋めてくれる寮に入れたのだろう。だが、自分はどうなのだろう。私はまだ自分が何者かを知らない。それを知るために──レイブンクローに入ったのだろうか。

 いまいち自分で答えが出ないことに頭を悩ませるもその時間が三人の喋る時間を沈黙に変えてしまうと感じたノラはその思考を止めて他の話題へと移った。

 

 

 

 

 

「うーん。ようやく歩く事から解放されるわ」

 

 マーサはそう言いながら足を壁に沿わせて逆さにしている。

 

「ご飯を食べた後にレイブンクローの塔に戻るのは一苦労だったわね」

「本当にそれ、流石の私も気絶しそうだったわ」

「マーサはずっと気絶しながら歩いていたみたいなもんじゃない」

 

 アラクネの言葉にマーサはやる気の無い声でそうね、と返事をする。

 

「けれどノラは人気者ね。今日一日だけで多くの友達を作ったじゃない」

「ううん。相手の人から上手く話しかけてくれただけ。嬉しいことにね」

「ジュディもそれなりに返事してたじゃない。私、あなたが人恐怖症なのかと思ってた」

「勝手に意見をねつ造されるのはごめんだ」

「確かに、噂って一人歩きするものね」

 

 孤独を保つっていうのは社会に存在する以上できないことだもの、とアラクネは続けた。

 

「明日の授業は何~?」

 

 マーサの言葉にノラは時間割を広げる。

 

「えーっと明日は変身術の授業、午後からは呪文学を二時間続けて、ね」

「二コマ連続の授業にも慣れろと言うことなのかしら、はぁ……明日も色々と歩かなくちゃいけないけれど教室が変わらないのは嬉しいわね」

「そこに至るまでが遠いと思うけれど?」

 

 少し意地悪なトーンでアラクネが聞くが本当に気力がないのか力の無い声でマーサが続ける。

 

「天文学じゃないだけマシよマシ。あぁ、あんなのが夜にあるって考えただけで空恐ろしいわ」

 

 ホグワーツってほんとダイエットに最適。そう言いながら起き上がって足のマッサージを始める。ノラもそれを見ながらストレッチを始めた。お風呂に入ろうか悩んだのだが先ほど洗顔と歯磨きをしに向かった所、どうにも今晩中にはお風呂に入れない程の列ができていたので、また明日の朝入ろうと思ったのだ。

 

「ジュディは疲れたりしてないの?」

「この程度で疲れたり……いや、疲れたな。よし、アタシは疲れた。寝るから話しかけるなよ」

 

 そういうとノラの下の自分のベッドに入り込みカーテンをシャッと閉めた。アラクネはそれが気に入らなかったのか顔をフンと背ける。

 

「少しツンが過ぎるツンデレなだけよ」

 

「デレたことねェよ!」

 ノラのフォローは当然聞こえていてカーテンの奥から鋭い訂正(こえ)だけが届いた。

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