エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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善と悪

 ようやく一週間経ち授業にも慣れ始め、自己学習を行ってきた事から授業の中でもそれなりに点数を取る事ができていた。

 有り難いことに、多くの生徒が声をかけてくれるようになり、少しずつ知り合いも増えていった

 それに、ダイエットをさせようと餌を減らされたフクロウが朝食のベーコンを攫っては落として、繰り返しするのを止めてフクロウを捕まえるのを手伝ったり、動く階段が逆走モードに入り、一階に降りたかった人間が塔のてっぺんまで向かい、降りたいのに登らされるという悲劇を止めたり、マンドレイクの赤ちゃんが大合唱を起こし、数多くの生徒が気絶したのでマンドレイクを黙らせたり、逃げ出したペットを探したりというホグワーツに来て早々に濃厚過ぎる一週間を過ごした。

 そしてこれからは人生最初の魔法薬の授業である。

 

「やぁ! 君に会いたくて待っていたよ! エディソン!」

「えっと……私何かやっちゃいましたか?」

 

 思わず定番の台詞を返すが本当に何かやらかしたのではないかと思いながら返答する。

 

「おっと、まだ自己紹介をしていなかったね。私はホラス・スラグホーン。どうか気楽に接してくれたまえ」

 

 ホラス・スラグホーン。彼は収集癖(・・・)の持ち主であるとアリスから聞いている。何を集めるのかというと、生徒を集めたがるのだという。本人自身は前に出たがらないが、後ろで誰かを支えるのが好きだという。生徒の興味を引く導入に、教科書通りの分かりやすい説明。質問を受けた事には意気揚々と答え、有能な教授であることも聞いている。

これだけを聞くのであれば実に有能で謙虚な人間だと思うだろうが、そこで終わらないのがスリザリン寮の先生(スリザリンハウス・マスター)である。後ろに立つのはあくまで優秀な人間のみ。自分が好みではないと思った人間は切り捨てるのだそうだ。有能な生徒の贔屓。ある種の実力主義者。

 だがこれは現代社会においても行われている事である。有能な人間にはそれなりの褒美とその褒美に見合った働きを。この点を彼の美点と捉えるか悪癖と捉えるかは個人の尺度による。

 少しそんな人物に話しかけられてドキッとするのは当然だと思いながら、それでも少し強張った声が出る。

 

「スラグホーン先生、その、私、なにかしでかしたり……?」

「いいや、いいや! 君はもう既に教授の中で有名さ。君はレイブンクローに見合った知識の持ち主だと。入学時からみんなの視線を独り占めしていたしね」

 いまいち要領を得ずにはぁ、と少し抜けた返事がノラの口から飛び出る。

「もしよければ、私が主催する“集まり”に来てみないかね。才能ある若者たちが集まって互いに刺激を受ける、そんな会だよ。君の事を少しでも知りたくてね」

「食事会、ですか?」

「君と少しでもお近づきになれたらと思ったんだよ。なに、退屈させたりはしないさ。君が楽しい思い出を作れる事も保証しよう。それに、参加するメンバーはみんな君のことを待ちわびているさ。なぁ、エイブリー」

 

 不意に話を振られたスリザリンの少年はぴょこんと飛び跳ねてからスラグホーンの方を向く。

 

「えぇ、勿論です。ミス・エディソンと話せることを僕は楽しみにしています」

「このように多くの素晴らしい人達と知り合うチャンスがあるんだ。そう、それも全員が君の様に素敵な存在でね。勿論、防犯上この学校の中にのみ限られるがな。ルシウス・マルフォイをご存じかな?」

「えぇ。まぁ、名前は。彼の家は有名な資産家だと聞いています」

「彼ももう六年生だからな。二年後には卒業してしまう。あぁ、悲しいことだ。だが、君のように能力のある存在とお近づきになれたら彼もとても喜ぶだろうし、君もきっとなんらかの繋がりを得ることが出来る。そうなれば私も嬉しくなるだろう──勿論、教師としてね。どうだろう? 他にも沢山の素敵な生徒が居る。そう、君の寮の有名人、監督生(ヘッド・ガール)候補のアリスも。彼女はとても優秀で話も面白い。なかなか居ない存在だ」

スラグホーンがそう語っている時だった。ドンッとノラの背中に誰かがぶつかってきた。

 

「わっ」

「……次からは入り口に立たないでくれ」

 

 黒髪に眼の下にクマを作った不健康そうなスリザリン生の少年が不機嫌そうにそれだけを言うとさっさと席に座ってしまった。

 

「すまないね、私が妙なところで話しかけたせいで。彼も私の寮の生徒なんだ。少し陰気ではあるが、悪い子ではない。ええと……名前は……スナイプ? スニープ? なんだったかな……」

「スネイプ、です」

「ああ、そうそう! セブルス・スネイプ君。ありがとう」

 

 ノラは若干スラグホーンの言葉を遮り気味に答える。当人に聞こえるかもしれない声量で名前を忘れたなどと言って退けることはあまり良くないのではないか、と判断したからだ。

 若干の申し訳なさにノラが襲われる中、当の本人(セブルス)は既にスラグホーンの事もノラの事も頭になく魔法薬の本にガリガリと書き込みをしている。不幸にもノラはそれに気がつくことがなかった。

 

「それでどうだね? 昨日の今日という話ではないさ。来週の土曜日などどうかね?」

 

 少し、悩んだ。スラグホーンの特別な催しは『特別』な、もしくは『特別な人間』に近しい人が集まるモノである。しかし、ノラはまだ一年生。知識で世界との齟齬を埋めようとしたあの頃。ノラにとって知識を所有している事は誇るべきことでも恥ずべきことでもない。ただ、それしかなかった(・・・・・・・・)。それを『特別』と呼ぶことは許されるのか。

 一瞬のタイムラグ。スラグホーンが黙ったノラの顔を観察するように眺める。この金色に輝く白い宝石は己が手に収まる事を良しとするのか、しないのか。それをただジッと、獲物を見る蛇の目で。 そんな目に気づく事なく、別に断る理由もないと判断し、ノラは首を縦に振る。

 

「分かりました。今週の金曜日ですね。場所はどこでしょうか? ドレスコードなどはありますか?」

「それは良かった! うん。なにせ君は引っ張りだこだというじゃないか。断られるんじゃないかとヒヤヒヤしていたよ。そう、場所はここさ。魔法でちょちょいのちょいと素敵な場所に早変わりする。──たまにやりすぎてミネルバには怒られてしまうんだ、アルバスは笑って許してくれる。あぁ、そうだ。ドレスコードはあまり気にしなくていい。ただの先生と生徒たちの交流の場だからね。まぁ、ドラゴンの頭を模したモノを被ってこられると少し困るな。前に居たんだよ。ゲリック・コナードっていうやつなんだが、発明が好きでね。口から炎を吐き出すんだ。テーブルクロスが燃えて危うく生徒が一人丸焦げのディナーになるところだった!」

 

 嬉しそうな声が魔法薬学教室の中で響いた。それと同時にチャイムが鳴る。

 

「おっと、楽しい時間もこれまでのようだね。楽しい時間は来週の土曜日に取っておこう。さぁ、ほら。席について」

 

 ジュディと同じテーブルはもう埋まっていたのでアラクネとマーサと同じテーブルに着く。

 

「なんの話だったの?」

 

 小声でアラクネが聞いてくる。

 

「どうも食事会に誘われたみたいなの。お話したいことがあるみたいで」

「わぉ、それって……最高に不安だわ」

 

 アラクネがそういった所でスラグホーンが黒板の前で話し始めた。ノラ達は真剣に授業を聞くために会話を切り上げた。

 

「それでは魔法薬学の授業を初めていこう。魔法薬学といえば少し下に見られがちなのだが。杖を使わないのでね、一部の人間には鍋の前に立ってぐるぐるおたまを回すのはエレガントではないと考えるんだ。けれども魔法薬学は時に杖を振るときよりも素晴らしい効力を得る事が多い」

 

 スラグホーンは自信たっぷりに微笑む

 

「例えばそうだね……この緑色の液体が何か分かるかね、ミス・エディソン」

 急に振られた話ではあるがノラの頭の中には一つの答えが現れる。

「ウィゲンウェルド薬ですか?」

「そのとおり! レイブンクローに一点! ウィゲンウェルド薬なんかは非常に役に立つ。傷ができたら飲んでも良し、傷口にかけても良し。味はそう……少し、味は良いとは言えないがね。上級生になるほど常備することが多い。危険な授業が増えるからな」

 

 そう言いながらスラグホーンは緑色の液体を小瓶の中で振る。

 

「さて、今日はまず基礎の基礎から行こう。心配する必要は無い。ちゃんとした手順で、ちゃんとした順番で魔法薬を作れば怪我をすることはないからね。今日は『おできを治す薬』を作ろう。まずは手本を見せるからこっちにおいで」

 

 その言葉を聞いてレイブンクロー生はガタリと集団行動を取るように一斉に立ち上がり、スラグホーンの前に隊列を組んだかのようにまっすぐに、かつ魔法薬を作っているのを見られるように並ぶ。スリザリン生はその様子に若干ドン引きながらバラバラと前に現われる。

 その様子をスラグホーンは笑ってから見ると干しイラクサの測り方から丁寧に教え始めた。

 

 

 

 

 

 その日の晩ご飯の時だった。ほとんどの生徒が大広間に集まり、ノラもこれから席に座ってご飯を食べよう。

 テーブルに近づき座ろうとした時だった。

 

「ノラ・エディソン!」

 

 大きな声で誰かから声を掛けられ、何事かと振り向く。大広間も少年の大きな声にシンと静まりかえって少年を見る。

 そこに居たのはグリフィンドールの生徒だった。黒いローブを靡かせてノラの元へやってくる。彼は黒い髪は夜の風に踊るカラスの羽の様に四方八方に無造作に散らしている。ハシバミ色の瞳は蝋燭の光に照らされれば黄金にも見える。高い鼻、薄く結ばれた唇は静かに威厳を湛えている。そう、端的に言ってしまえば容姿端麗。そんな彼だが笑うと春の陽気が訪れたかのように周囲を明るくする。彼の名前は──。

 

「ジェームズ・ポッター。何か用かしら?」

「あぁ、君に重要な用がある。君のこれからについても関わってくる大切な話だ」

 

 その言葉に大広間が更にシンと静まる。もしかして告白だろうか。そんな予想を周囲がする中でノラは体を固める。真正面から見ている自分には分かる。そんな物ではない。その瞳はノラだけを見据え、表情はノラを値踏みするかのようだ。

 

「それで、僕の名前を知ってくれていたのかい? てっきりお高くとまってるんだと思っていたけれど。僕はジェームズ・ポッター。以後お見知りおきを」

「ジェームズ。そりゃ、お前は顔が良いからな。ピーターは存在すらそもそも知らないんじゃないのか?」

「おいおい、キミにだけは顔の良さを語って欲しくないよ。シリウス」

 

 組み分けで非常に目立ったシリウス・ブラックが茶化すように合いの手を入れる。その会話にピクリ、とくすんだ茶色の少年の髪が揺れた。だが、誰も気にしない。有名人の引っ付き虫。この一週間でそういうポジションだという理解は多くの生徒に届いていた。

 

「ピーター・ペティグリュー。当然覚えているわよ」

「あ、うん。覚えてて、くれたんだ?」

「勿論。庭で話しかけてくれたよね。あの時逃げ出したペットの調子はどう?」

「あー、その、まだ僕に懐いてないみたいで、まだ逃げちゃうんだ」

 

 ピーターとノラの会話をフンと嬉しくなさそうにシリウスは顔を背けた。

 

「お前、コイツと話した事あるのか」

「彼のペットを捕まえた事があるの。それで? 食事に誘われたことが何か問題があるのかしら?  ……もしかして私、あなた達と何か約束をしてた? 今日が会話をするのは初めてだと思うのだけど」

「問題と言うより疑問だね。君、差別主義クラブに行くことが良いと思っているのかい?」

 

 ジェームズの言葉を聞いたノラの顔が初めて怪訝そうに歪む。どういった質問なのか理解が出来ないからだ。

 

「良いか悪いか、だけで話すと私は良いことだと思っているわ。その質問の意図を聞いても?」

「純血主義者の集まりに行くのかってことだよ」

 

 ノラの質問に答えたのはジェームズではなくその隣のシリウスだった。そしてその質問に周囲の生徒がシンと静まる。

 穢れた血、と呼ぶことは勿論タブーであるが、純血主義を揶揄する事も当人にとって今後悪い影響を与えないとも断言できないからだ。しかし未だ純血一族による影響は強い。

 それどころか純血主義の旗頭を勤める人物が現れたという噂が広がり始めている。これ以降、更に純血主義者の権力が強まらないとも限らない。

 

「……聞いている意味が分からないわ」

「お前は純血主義者とも仲良くしてるようだから問いかけてやってるんだよ。どちらの陣営につくのかってな」

 

 一年生とは思えない重い問いかけ。純血主義者に与するとなればマグル生まれから軽蔑の眼差しで見られるだろう。どれほど仲の良い存在であったとしても見下されている相手に仲良くできるか? 否。そして親マグル派になるというのであれば純血主義者からは袂を分かつ者として扱われる。

 故に、こういった大広間で問いかける話題として相応しくはない。しかし彼らはこの場でノラを問いただそうとしている。

 それはどういう意図かは分からないが少なくとも適当な返事をするわけにはいかない。ノラはジェームズと向き直る。

 

 

 

 

 勿論、ジェームズに悪意があるわけではない。彼は正義感で行っている。

 ノラが純血主義者に(・・・・・・・・・)いいように扱われる(・・・・・・・・・)のではないか(・・・・・・)。美しく賢い彼女を欲しがる陣営も多くあるだろう。だが、その陣営が欲しがるだけで済ますだろうか?

  そう特に悪逆非道な純血主義者(・・・・・・・・・・)は何をするか分からない。差別の対象になってしまうのではないか? 搾取の対象になってしまうのではないか? そうなる前に皆の前でどちらの陣営に属するのかという問いかけは最良かつ最善策である。

 しかも彼女が純血主義者(・・・・・)であるならば周囲の人間を守る事ができる。

 多くの人間の前で、どちら側の人間なのか問う。勿論、この問いかけをしたジェームズにも周囲の目も向けられ、敢えて純血主義者を否定するような言葉で問いかけた。

 批判の声はジェームズに向くように。メリット・デメリットだけで言うのであればデメリットの方が大きい。だが、信頼のおけるグリフィンドール(親マグル派の集まり)とは違う寮であるノラが安全かつ最適な答えを言えるように。秀才の脳はそこまで考えが及んでいた。そう、彼女の答え以外は。

 

「陣営で仲良くするだなんて考えた事なかったわ。勿論、どちらかだけと仲良くなる、っていう考えも。血でも家柄でもなく、ね」

「──は?」

 

 驚きの答え。親マグル派だと答えた時、純血主義者だと答えた時、どちらにも付かないと答えた時、全ての答えを用意していた。だが、まさか考えた事なかったと言われるとは思っていなかった。

 

「私は、その人がどんな人なのかで付き合うかどうかを決めたいの──勿論、差別を良しとするつもりもないわ。でも、私が関わりたいのはその人自身であって、その人の所属する寮や陣営じゃないの」

 

 マグルだから、と言うのも。純血主義だから、と言うのも。同じことなんじゃないかな? と、あっけらかんと言い放ったのだ。

 マグル産まれは悪か? (違う)。純血主義は悪か? (その通り)。純血主義は悪い思想である。だから、自分が変えようと思えたその時、変わることが出来る。敢えて差別主義を突き進む人間を気にしない? それこそ悪ではないか。自分の親しい人間が誰かを差別する事を良しとすることを許す事こそ、何よりの肯定であり、後押しである。変えようという声を上げる事こそが差別を踏み切る第一歩である。ジェームズはジロリを睨みつける。

 

「じゃあ、キミは差別を良しとするってことでいいんだね?」

「私は差別を許さない。これは断言できる。それにスラグホーン先生の食事会は別に純血主義者の集まりじゃない。……──フランスのアンシャン・レジーム(絶対主義)によってフランス国民は厳しい経済状況にあった。それを廃する為に国民たちは革命を起こした」

「そう、だから僕たちは──」

「でも、その平和を求める為にどれほどの血が流れたと思うの? 貴族の子供だからと処刑された人も居るわ。ただ、圧政を強いた親の子供だから、圧政の利益を得た存在だからって。確かに、いえ、今の未来には間違いなく必要な暴力だったのかもしれない。でもね、結局暴力は暴力なの。それを正当化しちゃいけない」

「キミは、守る為にも力を使うなと? 襲い掛かってくる敵に自ら槍を向ける事はいけないというのかい?」

 

「極端な結論で揚げ足を取らないで。──正直なところ、誰かが嫌な思いをする前に守ろうとするのも正しいと思うわ。私も誰かを助ける為に力を振るう場面も出てくるかもしれない。実際にそれで助けられたこともある。でもね、私は平和的な解決が出来るうちはもっと平和的な解決ができたらいい、と思うの。彼らが信じる物を罰する、奪うだけで世界は変わらない。それは憎しみの連鎖の始まりよ」

「その平和的な解決の為に見知らぬ誰かが犠牲になるとしても? 迅速で正確な対応こそ最小の被害で済ませられる手だ」

「けれども、純血主義を差別や暴力で否定するのではなく、差別がないという理想を理解させること(・・・・・・・)の方が重要だと思うのよ。だから……」

 

 ジェームズの言葉にノラの言葉が詰まる。

 差別を罰することを必要経費(・・・・)、と言ってしまえばそれまでだ。歴史の中で表立って処刑された貴族の少年も、裏で飢餓で死んだ老人も、歴史的建造物も、誰も住んでいない廃屋も、全ての存在は常に流動的だ。

 存在する(生きる)という事は終わる(死ぬ)ことであり、その生き方が、死に方が、有名だろうと無名だろうと、時間の前ではただの過去として終わってしまう。そこで犠牲になった者をただの過程(経費)だと数える事が出来てしまう。死者は未来には居ないのだから。

 けれども、それを良しとしてはいけない。それを良しとすることは、人間として必要な何かが欠落しており、ノラの倫理観とは相容れぬ価値観だ。

 なんと答えたらいいのか分からない。ノラとしてはどちらの犠牲も避けたい。それが本音である。ここに来てあやふやな結論で良いのだろうか。もしも、の犠牲を良しとしたくはない。

 ノラのその困惑をジェームズは確かに見た。

 

「優しいね、キミ。人に対して優しすぎるんだ」

 

 けれどももっと世界は悪意に満ちている。ジェームズはそう口ずさむように呟いた。

 

「はっ、ただの日和見主義者だろ。誰かの悪者にはなりたくない。非現実的すぎる。お花畑で生きてるのか?」

 

 その言葉を聞いたシリウスが蔑むような眼をしながら口を挟む。ジェームズはその言葉に肩を竦める。

 

「ま、優しさってそういう事だろ。誰かにとっての善は誰かにとっての悪。彼女はそう言ってるし、事実彼女もその矛盾に苦しんでいる。彼女は正義のヒーローになるつもりはない。今はこれが結論だそうだ。我々の出る幕ではなかったという事さ。シリウス」

 

 少なくとも誰かさんたちみたいに罪のない人々を差別したりするつもりはないみたいだし。自分たちを見ていたスリザリン生の方にわざとらしくニコリと笑いかけながらジェームズは言葉を紡ぐ。その笑っていない眼を見て数名のスリザリン生が目を逸らし、一年坊が馬鹿にして、と鼻で笑う。

 今はそれでいい(・・・・・・・)。だが、それも今だけだ。自分が上級生になったら誰にも文句を言わせない程に強くなってやる。正しい者が強いのだと。性根の腐った奴らになんて負けないと。知らしめてやるのだ。

 

「またいつか同じ問いかけをさせてもらうよ。その時に君がどういう結論を出すのか楽しみにしてるよ。次は楽しい会話をしようノラ! それじゃ、いい夕食を!」

 

 まだ納得のいかない節のある相棒(シリウス)の腕を掴みグリフィンドールに引きずっていく。リーマスが周囲の女子生徒に会釈し、反応の遅れたピーターがドタバタと後ろを着いてくる。

 

「おいおい、あの女がどちら側なのかを見極めるんじゃなかったのか。あんな適当な解答で見逃すのかよ」

「誰かを差別するような女の子には見えなかったから別にいいんじゃないかい?」

「リーマスまで! ピーターはそんな事言わないよな?」

「えっ、ぼ、僕!?」

「お前以外にピーターなんて名前の知り合い、俺には居ないぞ」

「シリウス。キミは頭が良いが硬いな。もっと柔らかく生きないと」

「なっ、ジェームズ! そりゃないぜ!」

 

 嵐を巻き起こした四人は何事もなかったかのようにグリフィンドールの席に戻る。行われたやりとりにドキマギしていた生徒達だったが段々と落ち着きを取り戻し、なんでもない日々を過ごすことにした。

 ノラが純血主義に対する姿勢がどういったものかを考えているとマーサが控えめに声をかけてくる。

 

「大丈夫?」

「……えぇ、大丈夫。心配してくれてありがとう。ご飯、食べましょう」

 

 ノラはそのまま席に座り、周囲と同じく、なんてこと無いと言いながらご飯を食べ始めた。

 その小さな対話は、やがて多くの人々の運命を変える火種になることを、この時の彼らはまだ知らない。

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