エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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箒と医務室と繧、繝ウ繝壹Μ繧ェ

 目を開けると、見慣れない天井があった。……いや、正確に言えば見たことはある。けれど、この角度から眺めるのは初めてだ。

 そう、ここは医務室の天井だ。今まで怪我をした生徒を連れてきた事はあるが自分自身がこのベッドに寝かされる事はなかった。やはり、このベッドはふかふかではなく、清潔感を重視した固いベッドだということを呑気な頭の片隅で考える。

 どうしてここに居るのかを思い出したくはないが思い出さなくてはならない、自分自身の身に何があったのかを。

 

 

 

 

 

 ジュディはそれなりに今日を楽しみにしていた。

 今日は何を語るにしても外せないのは本日一番の目玉、箒の授業だ。

 魔法使いといえば、三角帽子に、怪しげな薬瓶、そして──空飛ぶ箒。その三つの中で、子どもたちが一番心を躍らせるのは、もちろん箒の授業だ。何もない空を自由自在に飛び、空の一つになる。それは憧れの対象でしかない。

 例に漏れず、ジュディもその一人であった。

 顔を洗顔してぱっちりと開いた目で今日は絶対にスパッツ、もしくは短パンを履き忘れてはいけない事を思い出す。同室の四人で穿いたかを確認し合い、意気揚々と部屋の扉を開けた。

 先に登っていったトゥアハ姉妹を追いかけて階段を上ったのだが、談話室で本に噛みつかれている上級生を発見。ローブがボロボロになるだけではなく体までボロボロにならない内に引きはがして朝食に向かう。若干遅れはしたものの時間の余裕はまだある。と、思った瞬間、同級生の悪戯でスープの中に嚙みつき豆を入れられた生徒が驚いてスープをひっくり返し噛みつき豆がぴょんぴょんと跳ね、周囲の生徒にも被害が増大するという事件が発生。

 

 朝から誰もかれも噛みつかれているのでは、と思わずにはいられなかった。気がついたら着いてきた隣のお人よしの(ノラ)は、それを見過ごせない質であるジュディは悪くないが、見て見ぬふりをすると恨みを買いそうだ。噛みつき豆の捕獲を手伝う。

  魔法薬等で使用するドラゴンの革の手袋を装着し、握りつぶす勢いで豆を回収し復讐心に燃えた生徒が、麻袋の中に噛みつき豆を入れて抱え走った後には、どこからか別の生徒の悲鳴が聞こえてきた。因果応報である。

 ご飯も満腹にはならない程度で食べた。そして後は授業に向かうだけ──なのだが。

 大広間の扉に粘着とりもちをぶつけるクソガキの誕生である。ご丁寧に大広間から出る扉の二つ両方にとりもちをぶつけている。

 上級生が消失呪文エバネスコを使用するも流石悪戯道具というべきか、跳ね返って男子生徒の服を消失させるという大事件の発生である。慌てたようなどこか歓喜したような女子生徒の叫び声が聞こえるも、これを好機とみた男子生徒が己の美(筋肉)を見せつけるべくポージングを取ると先程とは違った批難めいた悲鳴が聞こえてきた。ちなみに男子生徒からは感嘆の声があがっている。

 

 そんなこんなで箒の授業に遅れぬ為に爆走する生徒二人の完成である。

 

「だァもう!なんでったってこの先絶対に必要になるであろう授業で遅刻寸前になってるんだよチクショウ!」

「談話室を出てからすぐに教科書に噛みつかれてる先輩が居て、大広間では噛みつき豆の処置、致命的だったのは大広間の扉があかなくなってこれから箒置き場まで箒を取りに行ってから運動場に行かなくちゃいけない事かな」

 

 ほぼ全力疾走でヤケクソ気味に叫ぶジュディに、ノラは呑気に事情説明する。ノラとずっと一緒に居たジュディにはその情報は不要のモノだ。仕方ないこととはいえ教授が納得してくれるかどうかは謎である。

 加えてアリスの話によると箒の授業は若干頭の固いマダム・フーチという教授だという。生徒事情として受け入れてもらえると良いのだが、みなが箒に跨っている中二人だけ見学とか言い渡されたらそれこそ事である。二時間地面に待機の後レポート提出とかになったら恐ろしい。

 授業開始まであと五分。まだ足は石畳の感触を伝えている上に箒置き場までは結構な距離がある。

 さて、ここでジュディはある事に気がつく。

 

『別にこいつ(ノラ)に着いていく必要なくね?』

 

 そう気がついたジュディはヨッと階段を飛び降りた。

 

「えっ」

 

 ノラの驚いた声が聞こえるがジュディは丁寧に無視して走る。

 

「待ってちょうだい!」

 

 そう言われて待つ奴がいるかよ。というか一緒に行ってたら遅刻するし。内心そう思いながらパルクールで道を繋ぐ。平坦な道では、魔法の糸で牽引する。

 

「──」

 

 ノラは、その様子にあっけにとられていた。なんなのだろう、あの呪文は。パルクールで段差を飛び越し、道を紐で移動するその姿はまるでターザンだ。ジュディにそれを言ったら、三日は口をきいてくれなくなるだろう。だが、それを言うジュディはノラの遙か彼方。ノラも駆け足でその後を追いかけた。

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ──」

 

 肩で息をしながらようやく箒の運動場に来た。他の生徒は既に並んでおり、息を切らしているノラの事を不思議そうに見つめている。ノラをおいていったホグワーツ・ターザン(ジュディ)は何食わぬ顔で箒の横に立っていた。

 さっきの技術について教えてください、と言いたい所だが銀髪を短く切り揃えた魔女がこちらへと歩いてきている。ギロリと生徒たちを一瞥すると開口一番。

 

「ボサッとしてないで早く持ってきた箒の横に立ちなさい。さぁ、早く。時間は有限ですよ」

 

 と言って退けた。その様子を見ながらノラはある一言が頭を過ぎる。遅れなくて良かった。

 

「立ちましたか?立ちましたね? えぇ。この授業では理論についてあまり教える事はありません。何故なら箒の運転は理論ではなく経験と技術こそが物を言います。では、はい。右手を箒の上に突き出して。「上がれ」です」

 

 はいどうぞ。とマダム・フーチが言うよりも早くあちこちから「上がれ」という言葉が飛び出している。ノラも合わせて「上がれ」と言う。数名の生徒の手の中に納まったが、ほとんどの生徒とノラの手の中に箒は収まらない。一応、ノラの箒は浮いてはいる。それどころが気が付いたら額にゴン、と鈍い衝撃が走ったぐらいだ。

 

「いっ……!」

 

 目の前で流星が流れていく。額を抑えながら後ろによろめいて、ノラの額を全力殴打した箒が重力に従い地面に転がっている事を確認する。

 もう一回、と気合を入れ直して箒の横に立つ。先程は少し上に引っ張るイメージが強すぎたのかもしれない。今度はもう少し優しく持ち上げよう。そう心に誓ってもう一度。

 

「上がれ!──うっ!?」

 

 ガンッと鈍い音がする。右足の弁慶の泣きどころを箒による容赦のない横凪が襲っていた。おもわず転がりそうになるのをしゃがんで耐える。痛みが落ち着いてから立ち上がる。今度は力が弱かったのだろうか、と考えて先程響いた乱暴な音を思い出した。

 明らかに弱い、とかそういう感じではない気がする。周囲の生徒は失敗しても転がったり、そもそも浮かない、という可愛いものである。間違ってもフルスイングのような薙ぎ払いを受けている生徒は見つからないし、ノラの隣で箒を持っているジュディなどドン引いた顔でノラを見ている。

 

「……う」

 

 別にノラだって殴られたいわけではない。だが、箒は暴走し、目の前の生徒にミサイルのように突進し、草むらを掃き、ヘリコプターのように高速回転する……そんなこんなをしているうちに最後の一人になってしまって周囲の生徒がみんなノラを心配そうに見つめ、マダム・フーチも注意をしようとノラの真正面に立ったのを見て、これなら安心もう一度、と手を体の横に出す。深く息を吸い、握った手に力を込めて──

 

「……上がれッ!」

 

 

 

 

 

 そして、その結果が今である。あの後何かあって気絶したという他考えられない。ズキズキと痛む額を考えると再び箒に頭でも殴られたのだろう。

 楽しみにしていたのに、とため息をついてみるもため息をついたところで何かが変わるわけもなく。起き上がってローファーを履く。医務室横の扉をノックしようとして、その前に扉が開く。

 

「あらぁ、起きたのねぇ」

 

 間延びしたのんびりとした様子で一人の女性が出てきた。短く切り揃えた髪は月光のように白い。肌も同じ白さで陶器のように滑らかだが、触れれば氷の様に冷たいのではないかと想像させる。白衣も相まってまるで雪の結晶が人の形を取ったかのような印象を与える。

 だが、その瞳だけは違う。

 深い緑。まるで古い森の奥に潜む蛇の目だ。睫の陰から覗くその視線は、まるで獲物を見定めているかのように鋭い。

 

「元気そうで良かったわぁ。でも、脳震盪で運ばれてきたんだもの、動き回るにはお転婆すぎないかしらぁ?」

「えっと、脳震盪?」

「覚えてないのね。そこら辺に座って? 立ったままで治療とか……うーん、できなくはないけど、何事にも気分って大事だと思うのよぉ」

「は、はい」

 

 促されるまま素直に近くのベッドに座る。ノラの後ろについてきた彼女は右手を右手を振り下ろすと、袖から短い杖がすっと現れる。その様子にノラが驚いて目を見開くと五インチ(約十二センチ)よ、と呟く。

 

「珍しいでしょう? 一般的に杖の長さは九インチ(約二十二センチ)以上だって言われているのに対して私の杖はその半分。でもおかげでこうやって袖の中にしまえるのがメリットなの。女性の腕の長さは大体八インチ(約二十センチ)程度。普通の杖じゃ袖の中にしまうなんてできっこないわぁ。杖ホルダーから取り出すより何倍も楽なのよぅ。ここにしまっておけば杖を使えない事態なんて腕が切り飛ばされた時ぐらいねぇ」

 

 これ以上はない程物騒な事をケラケラと笑いながら言う彼女にノラは笑って返す。笑っていいのか分からないが癒者ジョークなのだろう。安全面からどうなんだとは思うが魔法界の事故では腕が吹っ飛ぶなんてよくある事だ。

 

「難点としては、遠距離魔法が使いづらいことなのだけれど……」

 

 患者にはこうやって近いところで杖を使うから癒者の私にはあまり関係ないわねぇ。と、言いながらノラの額に杖先が当たる。体に走る不快な振動が、杖先から全身にギィーンと広がる。

 

「う、わ」

 

 思わず出た小さな悲鳴に彼女はクスリと笑う。

 

「血管の中に振動を通して調べてるのよぉ。そうねぇ、クジラとかそういうモノが近いかしらぁ。音で血管に振動を与えてその反動で体の中に異常が無いかを見回ってるわぁ。……うん、うん。異常無し。一番心配だった脳にも損傷は現れてないみたいねぇ。間違いない健康体。むしろ寝たぶんちょっと楽になったんじゃない? あ、どちらかというと倒れた時かしらぁ、肩に軽い打ち身があるみたい。魔法族の肉体はマグルとはちょぉっと違うから一晩待たなくても治るレベルよぉ。一応、塗り薬してくぅ? それとも飲み薬ぃ?」

「いえ、大丈夫です。ご迷惑おかけしました。えっと、ミス・ファース」

「いつも言ってるじゃないソフィアで良いって。それに今のところ仕事が無くて暇なのよん」

「癒者さんは暇な方が良いんじゃないですか?」

「それもそうなのだけどぉ……。ま、いっかぁ、うん。それじゃ、箒と戯れるのもほどほどにねぇ。貴重なサンプルを取らせてくれてありがとう。それじゃあね、ノラ・エディソン」

「はい。ありがとうございました。失礼します」

 

 そう言って医務室を出る。ミス・ファースは少し掴み所の無い人間だ。たまに変な事を口走る(・・・・・・・)。まるで見えてない物を見えているかのような発言だ。ノラが怪我人を医務室に連れて行く度嬉しそうに微笑んで対応する。癒者としてあるまじきなのではないか、そう思いながら腕時計を見た。

 今が昼休憩の直前であることを確認し、大広間に向かう。そろそろ慣れたホグワーツで足が自然と大広間に向かうのに任せつつ、ノラは先ほどの振動による診察を思い出していた。

 音の波による診療。確かにこれであれば血管の傷や血管の外に怪我があったとしても分かりやすいだろう。加えて大掛かりな機材を使用しないので患者の負担にもなりにくい。魔法療術、と言うものはそこまで発達しているのかぁ、と感想を抱いた直後、ハッと思い出す。先程ミス・ファースは何と言っていたか。『箒と戯れるのもほどほどにね』と。

 

「やっぱり、箒の授業中に倒れたのかしら……!」

 

 事実確認を急がねばならない。自分で操る箒に殴られて脳震盪を起こして倒れました、と噂が広がるのはちょっと恥ずかしい。どの程度かと言われるとかなり恥ずかしい。それに、ホグワーツで永久に語り継がれるマヌケな一年生になりかねない。

 それを阻止する為には出来得る限りの情報工作をする他にない。

 若干の手遅れ感を感じながらもレイブンクローの新入生ノラ・エディソンは駆け出す。そう、己の名誉を守るためにッ!

 そう意気込んで大広間の扉を開けたのだが、アリスと目が合うなりこう、言葉を掛けられた。

 

「あ、箒の授業は散々だったみたいね。怪我、大丈夫?」

「……怪我以外は大丈夫じゃないわ」

 

 何を言っているのか分からないと言わんばかりに首を傾げるアリスにノラはため息で状況を説明することになる。

 

 

 

 

 

 

 季節は間もなくハロウィーン。ホグワーツのあちこちにジャック・オー・ランタンが飾られ、最近はカボチャ料理も増えてきた気がする。

 

「それで、箒にはまだ乗れてないんだね?」

「はい……」

 

 フリットウィック教授の言葉にノラは肩を落としながら応える。

 

「箒の授業が始まってからもう二ヶ月。少し焦ってしまう時期だね」

「そうなんです!」

 

 ノラの必死な声と共にポーン、ポーン、と午後七時を告げる鐘の音が部屋に響いた。

 フリットウィック教授はふむ、と呟いた為ノラは何か言われるのではないかと身を固くしたが、フリットウィックが杖を振ると棚の中から純白のティーカップと木で出来たティーキャディーが飛んでくる。

 

「何か苦手な味は?」

「えっ」

「紅茶です」

「あ、いえ、特には」

「では、ロイヤルミルクティーを淹れようかね。お砂糖も少し多くして。最近は風邪を引く生徒も多い。私も甘いものは好きだから」

「私も、ですか?」

 

 ノラの不思議そうな顔にフリットウィックは笑顔のままで答える。

 

「君が晩御飯のデザートを少し多めに取っているのは見てれば分かる話さ。──心配しなくても、食べすぎを気にしているわけではないよ。ただ、寝る前の歯磨きはしっかりするように」

「はい、気を付けま……見られてたんですか?」

「これでも先生だからね。生徒の事は気をつけるようにしているよ。特に自分の寮の生徒ならね」

 

 なんてことの無いように答えたがその観察力は馬鹿にはできない。生徒の一人一人の食事量など普通は覚えておけない。それをあっさりと覚えていると言ったのだ。流石フリットウィック先生、そう思いながらノラは話を続ける。

 

「それで、箒の授業は箒磨きばかりしていて……」

 

 何度も箒の授業はあったが一度も浮かび上がる事は出来ずに、マダム・フーチに「もう少し箒と仲良くなりなさい」と箒磨きを教えられて箒乗りの技術ではなく箒磨きの技術が身についてしまった。スリザリン生に『将来は箒磨きになれるぞ』と呆れられるほどである。

 

「箒磨きはそれはそれで気になる職業なんですが……」

「箒に乗れないのに箒磨きを目指すのは違うでしょう。まずは乗れるようにならないと」

 

 ノラの言葉に返事しながらフリットウィックはうーんと唸る。

 

「けれども珍しい。呪文学は勿論、他の授業でも良い成績を収めていると職員室でもよく話しを聞くのだがね」

「ありがとうございます。まさか、話しをされているとは思いもしませんでした」

「教師も人だからね。行き過ぎた事は流石に話しませんがその程度の事であれば生徒の話をするよ。勿論、悪行も伝わるのでそのつもりでいるように」

 

 やるなら見つからないように、とノラは心の中でメモする。しかし、それだと──。

 ノラの怪訝そうな視線に気が付いたのかフリットウィックは頷く。

 

「今のところあなたとアルバスの関係を知っているのは、私とミネルバくらいです。ホラスは……非常によく人を観察する方なので、気付いているかもしれません」

 

 でも、そのぐらいです。とフリットウィックは蒸らし終わった紅茶をティーカップに注ぐ。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ロイヤルミルクティーのその温かさにホッとする。ホットだけに──。何を考えているのだろうか。首を振ってノラはその思考を切り離す。

 

「それで、相談なのですが」

「あぁ、そうだね。君はその為にこの部屋に来てくれたんだ」

「ある日からこんな光景を見ることがありまして」

 

 フム。フリットウィックはそう言うと悩むように首を傾げた。ノラはジュディのホグワーツ・ターザンを見て以降、あのホグワーツ・ターザンをしてみたいと思ったのだ。だが、決心が上手くつかず困っていた。

 

「それならオススメのクラブがありますよ」

「クラブ?」

 

 杖十字会。()公式の決闘大会。そこに居る、ギデオン・プルウェットという生徒がそのような技術に詳しいというのだ。

 

「プルウェット……といえばモリー・プルウェットの家族ですか?」

「おや、グリフィンドールの高学年とも知り合ってるのかい? 本当に君は顔が広い。そう、彼と彼女は姉弟だ。ギデオンは今の六年生の中で一番闇祓い(オーラー)に近いと言われていてね。それ相応の実力者だO.W.L(フクロウ)でも受けた教科は全て優(O)でね。彼に習ってみるといい。彼の動きは常人じゃ真似できないから」

「……非公式なのに、先生はご存じなんですね」

「先生は何でも知っているのさ」

 

 そう言いながらフリットウィックはウィンクをした。

 

 

 

 

 

 そう言われてやってきた非公式の杖十次会。ノラがその辺の生徒に尋ねると生徒は嬉しそうに、しかしヒソヒソ声で場所と時間を教えてくれた。

 

「君がノラ・エディソンか」

 

 そうして現われたのは赤毛を短く刈り上げ、茶色の瞳には琥珀の粒。知性と優しさが同居した顔をしており、そばかすに散るえくぼが覗く、柔らかく笑う人だった。

 

「あなたは……」

「あぁ、自己紹介がまだだったね。俺はギデオン・プルウェット。君の話は姉さんのモリーから聞いているよ。どうも、勇猛果敢らしいじゃないか」

 

 話を聞く限りグリフィンドールに似合いそうだったからグリフィンドールは惜しい人物を逃したよ。

 そんなことを言いながらノラに握手を求めてくる。その握手を受け入れながら一回りも二回りも大きな手に──驚いた。その手には長年杖を握った痕跡があり、たこができていた。それだけ、杖を握ってきた人物だ。ノラは尊敬の目で彼の手を見る。

 

「……はは、洞察力もあるんだね。年上の人には気づかれた事があるんだけど、一年生に気づかれたのは始めてさ」

 

 そう言いながら彼は恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「君は少し、エキセントリックな技を身につけたいと思っているんだろう?」

「それをどこで?」

「ホグワーツの中では噂が回るのは早い。君が箒に殴り飛ばされたのはもう知っているよ。嫌みを言ってきたスリザリン生を箒で殴り飛ばしたこともね。箒以外の高速な移動方法を知りたがるのは当然さ」

「な、殴り飛ばしてない……」

 

 とある噂の出所から尾ひれがつき、いつの間にかそんな噂へと変貌していたのだ。本当に勘弁して欲しい。

 

「それじゃ、まずは腕試しだ。おーい、そこの六年生達! この子と一緒に僕と戦ってくれ!」

「お前とか!? お前と戦えって!?」

「そりゃないぜ、ギデオン」

「そうよ。誰があなたに敵うっていうのよ」

「ほら、この子と一緒に戦うんだ」

「一年生と戦うの!? 正気!?」

「ほら、ノラは優秀だろう? 少し気になってね」

「ギデオン、買い被りよ。私、四年生ぐらいまでの呪文しか知らないわ。六年生のみんなと肩を並べて戦える自信は無いわ」

「四年生まで!?」

 

 六年生達が驚いた表情でノラを見る。

 

「知ってるだけ、使えないわ」

「まぁ、やってみるだけ、やってみるだけ」

 

 そう言うとギデオンはノラ達とは反対方向に歩いて行く。

 

「それじゃあ、スリー、ツー、ワン。……征くぞ!」

 

 ギデオンの台詞に他の六年生も杖を出し、一瞬送れてノラも杖を出した。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

「ッ! プロテゴ(護れ)!」

 

 ギデオンより放たれた呪文は雷撃より速く。それを一人の六年生が慌てて防御する。

 

アクシオ(服よ! こっちへ来い)!」

インセンディオ(燃えよ)!」

 

 しかし流石六年生。しかも杖十次会に参加しているだけある。状況に素早く適応し、連携して呪文を放つ。引き寄せて、近距離でかつ攻撃性の高い呪文で攻撃する。しかしその連携を不意にするかの如く、ギデオンは豪快に魔力だけで自身への攻撃を防ぐ。プロテゴなど要らぬと言わんばかりだ。杖腕とは逆の腕を振り、膨大な魔力を以て、アクシオを防いだ。自分の技量と魔力に自信があるのだろう、それが伝わってくる。

 プロテゴ程防御力が高いわけではないがアクシオは下級生が習う呪文だ。その程度なら自分の魔力で薙ぎ払うだけで十分だと、ギデオンは判断した。

 そしてそれは事実として、アクシオはギデオンを引っ張ることに失敗し、ギデオンの動きが止まることはない。このたった十秒の間に六年生達は目まぐるしいやりとりを行っている。

 ノラも動かなくてはならない。しかし──しかしこれだけの相手に何をしろと言うのか。けれどもこの場所で棒立ちしているよりかはマシだろう。そっと駆けてギデオン達より距離を置く。ギデオンも楽しいのだろう、ノラの事を見ることなく戦っている。

「技量を見たいって、自分が戦いたかったワケじゃないわよね……」

 しかし、まるで踊るように呪文を放つギデオンを見ている限り、完全に違うとは言い切れない。いつか、あんなに生き生きと魔法を使えるようになるのか、その事実にドキドキワクワクとしながら自分自身のできることを考え始めた。

 

「せいっ!」

「ぐ……はっ!」

 

 最後に残った六年生が放った呪文の隙を突いて、ギデオンは魔力で強化した足で蹴り飛ばす。相手も魔力で強化した腕で防いだがそれでも完全に威力を殺しきる事はできなかったのだろう、胃液を吐き出しながら地面に崩れ落ちる。さて、誰かを忘れているような。

 

「動かないでちょうだい」

 

 その時、今までなかった筈の死の気配を感じ取る。思わず、回し蹴りをしてしまいそうになり、止まった。そう、これはただの決闘の演習だ。相手をなにがなんでもコテンパンにすることが目的ではない。状況としては自分は確かに背中に杖を突きつけられている。本来なら死んでいる距離だ。

 

「……死んだな、俺は」

 

 だが、その事実を受け入れられない。ただの一年生に自分が遅れを取るなどあり得ない。確かに実力を見たいと言いながら見ていなかったのは自分だ。当然と言えば当然。実力の強い者から潰していくのが決闘の決まり。

 RPGなどだったらHPの低いものから倒すのがセオリーなのだろうが、ここは魔法界。強い者はそれだけ呪文を知っており、弱い者はそれだけ魔法を知らない。必然、強い者から倒していく事になる。一対一で戦うというのは明らかにノラを舐め腐っている事になる。どう頑張っても勝てないから、だから六年生を着けたのに。まさか勝ってしまうなんて誰が思おうか。

 

「君は、どうやって」

 

 俺の後ろに。と問い掛けた。

 

「目くらまし呪文よ。あなたは他の人にかかりきりになってくれたから、気配を消すのは簡単だったの」

「目くらまし呪文……そうか君は!」

「えぇ、レイブンクロー生。レイブンクロー生なら最初に習う呪文、目くらまし呪文。呪文に答えられず寮に入れなかった生徒達は先生達がやってくると、この呪文を使う。先輩達から減点されないようにと教え込まれる。それが寮の伝統」

「そして呪文で隠れた君は俺が他の生徒達に気を配っているうちに背後に迫った」

「間を測るのに苦労したわ。あなた達、強いんだもの」

「まるで暗殺者(アサシン)みたいだな」

「一年生に活路を見いだすにはこれしかなかったのよ。どうやって勝てって言うのかしら」

「俺の計画だと君がどの程度呪文を使えるのかを知りたかったんだよ。直接やり合えって言うのも話が別だろう?」

「私の魔法を見てくれるだけで良かったのに」

 

 ノラの言葉にそれもそうだな、とギデオンは口に出す。それだったら、こんな言葉を発さずに済んだだろうに。

 

「降参だ。俺の負けだよ」

 

 ギャラリーから大きすぎる歓声が沸き上がる。拍手に口笛、上級生など派手に花火を上げている。

 一年生があのギデオン・プルウェットを破ったと、ホグワーツの中でその事実(ウワサ)はネズミより速く駆け巡るだろう。

 そんな興奮の中でノラはどうするか悩んだ後観客に向かって、礼儀正しく優雅に一礼した。

 

 

 

 

 

「それで、どうやって勝ったの?」

「えっと、その、さっき話したとおりで」

「もしかしてプルウェットに何か貢ぎ物をしていたとか」

「し・て・な・い・わ!」

 

 ノラは助けてくれと言わんばかりに早足で逃げ出す。が、この少女、バーサ・ジョーキ

ンズとはもう既に何度もやりあっている。噂の為ならとスリザリン寮の入り口の前で張り込みをすることも辞さない彼女は本当に厄介な人間だ。

 別に喧嘩をしたわけではない。ノラにとってバーサは無害だが面倒な人、という立ち位置を持っている。根は悪くないというのは分かっているのだが、如何せん軽率な行動や噂好きには度々頭を抱えてしまう。この前の箒の事件などノラが喧嘩を売ってきたスリザリン生を箒でホームランした等という噂を流したのも彼女だ。ただ誰かを貶めたくてやっているわけではなく、単に人のことを知りたい、という純粋な好奇心で動いている事から完全に拒絶することができない。

 

『甘すぎるわよ』

 

 そういったアリスの言葉が頭から離れない。しかし、純粋な人間を切り捨てる事ができないのが、ノラ・エディソンである。けれども、止めて欲しいのもまた、ノラ・エディソンである。

 ギデオンを破った呪文、目くらまし呪文だがこんなに近くで呪文を使うと意味がない。

 大広間に行ったのが運の尽き、悪臭の通路でも通って逃げようかとも考え始めた頃だった。

 

「あー、エディソン。今、ちょっと良いかな」

「「きゃあ!」」

 「ん? あぁ、すまない。驚かせたね」

 

 バーサとノラは同時に声を上げる。溶けるような暗がりの中から黒い嘴の着いたガスマスクのようなモノを付けた人が現れたのだ。謝罪しながらマスクを外すとそこには見慣れた顔が現われる。

 

「エリオット教授。それはいったい?」

「これかい? なんてことはないマグルの作ったものさ。ペストが流行った頃に作られたものでね。対瘴気防御用仮面(ペストマスク)さ。このくちばしの中に特定のハーブを入れる事で穢れた空気を拒もうとしたってわけだ」

「穢れた空気?」

「マグルは魔法を否定する癖に魔法を肯定するような矛盾した性質を持ち合わせている。魔女狩りなどをするくせに魔法を前提とした行動をする。いや、魔法はあると信じているからそういう行動を取るのか?」

「えっと……」

「不思議だ実に不思議だ。一貫性が無い。行動の裏付けが出来ない。彼らの行動の裏を読むのは難しい。これは私には理解できず不思議で一貫性が知性体と言うより何故僕──」

「エリオット教授!」

 

 どこかに意識が飛んでいるのではないか、と大声で呼びかけると教授はハッとした後にノラを見る。

 

「……ん? あー君は、エディソン? どうしてこんなところに?外出禁止時間じゃないのか?」

「どうしてって、エリオット教授が話しかけてきたからですけど……それにまだ、外出禁止時間じゃありません」

「私が? ……そういえばそうだった、な……」

「あの、大丈夫ですか? どこか具合が悪いんですか?」

「……少し具合が悪くてね、一緒に医務室に行ってくれないか。あぁ、ジョーキンズ、君は職員室に行ってこのことを知らせてくれ」

「は、はい」

 

 少し様子のおかしいエリオット教授が恐ろしかったのか、それともノラにひっついていた事をバレたと焦ったのか。どちらかは分からないがバーサは階段を駆け下りていった。

 

「大丈夫かい?」

「は、はい。それよりも医務室に行きましょう。少し様子が変ですよ」

「あぁ、それなら大丈夫よぉ」

 

 あれ、とノラは口に出す。本来ならこの場所でなかなかお目にかかれない存在がそこには居た。

 

「ミス・ファース」

 

「大丈夫よぉ。さっきまで一緒にお酒を飲んでいたのだけれどもぉ、ちょっと飲ませすぎちゃったみたい。最近風邪を引く生徒たちが多いからぁ、たまには息抜きしたくって」

「僕、私は……」

「ほらぁ、エリオット教授って不思議ちゃんでしょ? 世界各国を回って色んな人や動物と触れ合ってきたって言うんだからぁ、ちょっと色々と聞き出そうと思ってぇ。コレ、の一人や二人居たっておかしくないでしょぅ?」

「恋人を聞き出そうとしてたんですか? ……でも……お酒を飲んだというか、なんだか言動がおか──」

「お酒を飲み過ぎた。それ以外に理由はないわ」

 

 ギィィン、と響く音がした気がした。

 それと同時にどこか酩酊感がした、と思ったがすぐに元通りになる。むしろ悪いところなど一つもないみたいに。いや、実際に悪いところなど一つもない。

 酩酊感なんかはノラの気のせいで、誤認識で、考えすぎで、錯覚で、偏見で、誤謬(ごびゅう)で、愛らしくも愚しい勘違いである。

 そうか。と素直に従順にノラは頷いた。

 確かにそれもそうだ。癒務室の主であるミス・ファースが言うなら絶対に間違いはない。ただの生徒であるノラではなく、立派な技術を持った人が言うのだ。この場に誰が居たってきっとミス・ファースが言う事に疑     とはないだろう。それがこの世の正義で、世界の真理と言っても過言ではない。故にノラもその一人でその判断に対して何も   必要などない。

 

「……」

「さぁ、ここは私に任せて。ほら、外出禁止時間過ぎるわぁ」

「――はい、それでは、失礼します。ミス・ファース。エリオット教授。おやすみなさい」

「はぁい。おやすみぃ」

「次は飲ませすぎちゃダメですよ」

 

 ノラはごく自然に、それ以外は何もなかった、当然のことのようにそう思いながら寮へと向かった。

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