多くの人間の助けを得ながらノラはようやく一時の休みを手に入れる。ホグワーツの中は灰色と白に染まっていた。
廊下の外では雪が降り積もり、塔の窓には結晶が模様を描く。その中で、赤と黄色と青の灯りが瞬く。誰しもがターキーレッグにナイフを差し込み、赤と白の服を着た白い髭のお爺さんが空を駆け回るのを見ながら、真っ赤なイチゴと白いクリームに胸を躍らせる。
そう、クリスマス休暇だ。
多くの生徒たちはクリスマスを家族と祝う為にホグワーツ特急に乗って家に帰っている。かくいうレイブンクロー寮に居るのは一年生ではノラとジュディ、そして上級生では寮の説明をしてくれたアリスの三人であった。ノラも家に帰る事も考えたが、自分の勉強も進めたい。フリットウィックの手が空いているうちに色々と学びたいのだ。ギデオンに教えて貰った
「ジュディも残ったのね!」
嬉しくて思わず音符が出そうなぐらいのトーンで話しかけてしまった。ここ最近、忙しくしていたからジュディと話す時間も取れなかったのだから。
「お前、帰らないのか」
「フリットウィック先生に教えて欲しい事があるの」
「まだ勉強するのかよ。ご家族に会わなくてよろしくて?」
呆れてふざけたように問いかけるジュデュにノラが返事する。
「帰っても家族は居ないもの」
その言葉にジュディは少し口を開けて唖然とする。ここまで人に囲まれて過ごしていた彼女の家に家族が居ないなどと考えた事はなかった。その所作から上等な家系でさぞ愛されて育ったのだろうと思い、その事実を疑った事はなかった。それはきっと、孤独で──
「屋敷の管理はしてくれる人は居るのだけれど」
「屋敷を持ってるのかよ!」
思わず手に持っている本を投げつけようとして止める。そんなのは八つ当たりでしかない。
「……ジュディはどうして帰らないの?」
「別に。語ることでもない」
「聞きたいわ」
問われて自分の
「硬いベッドに寒い部屋、止まることのない騒ぐ音と怒鳴り声。休まらない理由なんてそんなもんで十分だろ。帰りたくない場所なだけだ」
「ジュディは今居るところが嫌いなの?」
「今の話を聞いてどう思う? 好きだと思うか?」
「じゃあ今年の夏休みは私の家に来たら良いわ」
「話噛み合せることぐらいしたらどうだ?」
「まぁ考えていて。夏休みでも、クリスマスでも、どちらでもいいから」
「……」
ノラの考えにジュディは黙ることで返答とした。
「この魔法は最初から無理することではないよ。下手すると魔力が血管を内側から破れさせて死んでしまいますから。今日はこの程度で終わらせておこう」
「……はい、ありがとうごいます」
「君の努力はみんな分かっているよ。私からもありがとうと伝えさせてくれると嬉しい。君は──本当に勇気があって、優しくて、勤勉だ」
「そう言って頂けると嬉しいです」
フリットウィックの褒め言葉に照れながらそれではおやすみなさい、と続けて部屋を出る。教員塔から自室に戻ろう。寒さに身を震わせながら階段を降りる。
その時だった。耳を劈つんざく爆発音が廊下に響いた。キィーンと、耳から音がするのを感じながらその爆発音は銃声を彷彿とさせる。だが、少なくと銃などの生命を終了させるものではないだろう。イギリスでは1870年には銃規制が敷かれており、この国において銃を所持しているのは全体の三%だ。そもそもここはホグワーツである。科学はもれなく魔法によって拒絶される。故に、科学兵器など真っ先にただの重石に成り果てるだろう。
けれども爆発音など日常的に聴く物ではない。自然界で聞き得ない音は何らかの人為的な
しかしノラはこの音は、と音の元を探ってみる。なんだか嫌な予感がしたからだ。魔法族の第六感は当たりやすい。ノラはその第六感を信じる事にした。
「上……!」
階段を駆け上る。そこには一人で騒ぐ赤い口のような手紙。
「親に対してなんたる無礼!! 家に帰らぬ連絡すら入れないとは‼ あなたのせいで
心の底から怒っていることが伝わる声で真っ赤な手紙が一人喚いていた。録音した当人が相当怒っていたのであろう。呼吸の一つをとっても獣を彷彿とさせる程の唸りが聞こえてくる。しかしその相手がどこにもいない。──いや、何か、黒い物体が転がっている。あれはもしかして人? と思った時に、手紙が叫ぶ。
「シリウス・ブラック‼ ブラックの名に恥じぬ行動をするようにと散々言った筈でしょう‼
吠えメール。送り主の普段の100倍の声量でメッセージを届ける手紙だ。届いた手紙をすぐに開けなければ、温度が急上昇して破裂する。先程の爆発音は吠えメールが豪快に開いた音だったのだ。
そのメールは聞き覚えのある名前を発した。つまり、あそこに倒れているのはシリウス・ブラック。
倒れているシリウスを気にかけずに嘆き騒ぎ立てている手紙にノラは杖を向ける。
「それなのにあなたは相も変わらず悪い息子で‼ どうして⁉
「
手紙を黙らせてからシリウスの体を揺する。
「大丈夫? ブラック。……ブラック!」
返事が無い。吠えメールはあくまで相手を威嚇し威圧する事が目的で攻撃をする機能は付いていないので気絶するほどの衝撃を受けたとは思えない。それによく見ると頬が林檎の様に赤くなっている。額を触ってみると想像以上に熱を持っていることが理解できた。恐らくホグワーツで最近流行っている風邪にかかったのだろう。二本のマフラーをグルグル巻きにしているところから自分でも体調が悪いと気が付いていたのだろうか。医務室に向かうところだったのかもしれない。
だが、此処から癒務室までは距離があり、十一歳の腕力で最上階にある癒務室まで連れて行くのは難しい。けれどもここで放置するわけにもいかない。
「少しゆっくりだけど我慢して」
脇の下に入りこんで一歩一歩、ゆっくりと教員塔に戻っていく。流石に階段を登る事はできないので階段に強引に座らせる。下手に座らせて頭をぶつけさせるにはいかない。かといって寝っ転がっていたら踏みつけられる可能性もある。
「ブラック。ブラック! 目を覚まして! ブラック――シリウス!目を覚ましてちょうだい!」
「……ぁ?」
まどろみから目を覚ましたような声が聞こえてきて、ノラはより一層強く呼びかける。
「ここはベッドじゃないわ。目を覚ませて!」
「……おまえ、やめろ。おれは、だいじょうぶだ」
「そんな言葉より、いまは体を休めることの方が大事よ。ほら、私のローブを着て。寒いんでしょう? まだ熱が上がるわ」
起き上がろうと頑張るシリウスにローブを上から被せて肩を貸す。
「
「関係ないわ」
弱っている動物が威嚇するように警戒の色を隠そうともせずに口を開くシリウスにノラはきっぱりと否定する。そもそも、倒れていたのにそのような立場を持ち出す方が間違っているのだ。
「例えあなたがシリウス・ブラックじゃなくても、純血主義者でも、マグル産まれ──いいえ、マグルであったとしても私は同じことをしているわ」
その言葉を聞いてシリウスはしばらくしてから軽く笑う。何も面白い事は言ってないのだけれど、と思いながらノラは無視することにしたが熱のこもった声でシリウスは口を開く。
「
「私は、軟弱者とは思わないわ。誰かの味方になるって、そういう事、だものね。……うん。でも実は、ブラックたちとの会話の前はそこまで深く考えた事はなかったの。だから私は考えた。でも、結論は同じ。無関心で選ばない事と考えた事で選ばない事は違うと信じたい。結果的には同じものだから、ブラックからしたら面白くもない結論でしょうけど」
「ふん」
再び短く鼻で笑ってシリウスは黙り込む。辛いのだろう。倒れて起きて目覚めたら嫌いな奴が居たから意地を張った。しかし、その意地も尽きてきたのだ。
「今すぐフリットウィック先生を呼んでくるから! それまで座っていて!」
返事を待たずフリットウィックの部屋まで駆け戻る。ドンドンと恥を知らぬノックをしながらフリットウィックの名前を呼ぶ。
「どうしました? あれ、エディソン? まだ分からないところでも?」
ノラが状況を話すとフリットウィックは顔色を変えて階段の下まで向かう。フリットウィックは杖を振るうと魔法でシリウスの体を持ち上げた。あの小さな体からどれだけの速度が出ているのか分からないほどフリットウィックは素早く駆けていく。一歩がノラの速度よりも早いのに、その一歩がノラの足の歩幅よりも長い。
「脈拍120、熱は39.8。インフルエンザの反応はなし……。風邪ねぇ」
「しかしここまで風邪が広がるものかね」
「そう言われても、広がっているものは広がっているのよぉ。こればっかりはどうしても仕方ないわぁ」
「教職員に風邪がでてないのは奇跡に近い」
「病原体は生徒達の間に流行る様な所にある、のかもしれないわねぇ」
ミス・ファースはそう言いながら手早くシリウスに処置を施していく。
「あら、エディソン。どうしたの?」
「あぁ、彼を発見したのはエディソンなんです」
「ブラックは私が面倒見ておくから気にせずに大広間で豪華な昼食を味わってきなさい」
そう言われノラは頭を下げる。
「ありがとうございます。ブラックをよろしくお願いします」
「もうこの数ヶ月であなたのお礼はもう聞き飽きる程聞いたわぁ……」
そう言われて、確かにこの二ヶ月辺りでもう十人以上はこの医務室に風邪の人間を運んでいる事に気がついた。普段であれば魔法で浮かせられる上級生がいるが、今はそんなことができる上級生はいない。後で呪文の練習をしないと。
考えながら降りていき、教員塔から出た時だった。
「そうだ、ブラックの手紙を拾っておかないと」
あんな所に放置されていたら誰が読むか分からない。
諦めて、ハンカチを広げてからバラバラになった真っ赤な手紙を拾う。中には丁寧さよりも神経質さの方を先に感じてしまう程、整い揃った文字が並んでいた。この綺麗な文字と先程の罵詈雑言は一致しないようにも見えた。が、あまりジロジロと中身を見るのはよろしくない。
シリウスは嫌がるだろうが取り合えず手紙は渡しておかなくては。先程は趣味が悪いと黙らせたが最後の方に冷静さを取り戻している可能性も──わずかながらに──存在している。それに、大切な事柄も書いてあるかもしれない。出来る限り中身を見ないようにしながら欠片を拾い集めていく。
寮に戻って一端予備のローブを着て、暖炉の横の椅子に座ってからレイブンクローの談話室の中を一望する。アリス曰く、レイブンクローの寮内は他の寮に比べてクリスマスの色が強いらしい。
確かにレイブンクローの談話室の中では入り口近くの場所においては堂々とど真ん中にクリスマスツリーが飾ってある。朝など人がごった返す時間は移動では邪魔だと感じる時もあるがクリスマスが近づいていると言うことに喜びを感じる事もある。そこかしこに緑と赤が飾られている。
レイブンクローの談話室は冬の柔らかな日差しが無数に差し込み、床に敷かれた青い絨毯を照らしている。絨毯の中心部には黄金の羅針盤の様な模様が描かれていた。その心臓部には一本のクリスマスツリーが飾られていた。そのツリーは大広間に飾られている程大きくはない。それでも青色のオーナメントや頭上に輝く星がまるで魔力が込められているように輝いている。
そして小さなサンタが雪を降らしながら飛んでいるので、本を読んでいると気がつけば肩に雪が積もっている、なんてこともよくあることだ。
フリットウィックはクリスマスを装飾するのが好きらしいので、その影響なのかもしれない。
昼食後、午後の三時、ティータイムの時間に医務室を訪れる。
人気のない医務室の中には一人分だけ毛布が膨らんだベッドがあり、そこに寝転んでいる艶やかな黒髪は他の誰でもないシリウスである。
端正に整った顔つき、白い肌には熱で赤みが産まれ、閉じられた長い睫毛が赤い頬に影を落としている。まるで眠り姫の様な印象で、芸術家はこの一瞬を切り取る為にあらゆる技術を用いようとするだろう。
寝ていても絵になる男の子だな、と思いつつ、足音を殺してシリウスのベットに近づいていく。ノラの目的は彼のベッドの足元に掛けてある。
が、パチリ、と聞こない音が聞こえる程にハッキリと灰色の目が開かれてノラは驚嘆の声を上げる。
「わっ!」
「コソ泥じゃねぇんだろ。もっと堂々と近づいて来いよ」
「わぁ、言葉のパンチが強い」
厭味を軽口で返しながら普段の歩き方でシリウスの元に近づいていく。
「……何の用だよ。俺、別にお礼言う気ないぜ」
「別にお礼を言ってほしくてやった事じゃないからそれは要らないわ。ただ、ローブを取りに来たのよ」
「ローブ? は?」
信じられないものをしているシリウスに苦笑いする。本当に信用がないのね、と思いながら返答をする。
「まるで恩を売って欲しいみたいだわ。ブラック」
「は?」
「……私、あなたが寒そうだったからローブを着・せ・て・あ・げ・た・の・よ・」
理解していないその顔に、腰に左手を、胸に右手を当てて、顔を斜めに上げて上から目線にしてわざとらしく言ってみる。ポカン、と一瞬の間が空いた後、シリウスが噴き出した。
「お前、意外とそういうキャラも似合ってるじゃん」
「あら、あなたがそういうことを望んでいたんでしょ?」
「はっ──底抜けの善意なんて押し付けにも程があるからな。底があった方がまだ安心するってもんだ」
険悪な様子など一つもない様にも見える屈託のない笑いに少しノラの胸が安堵する。純血主義とかマグル派とか、そういうことを無しで考えるとやはりシリウスも自分も、ただの学生なのだ。
けれどもまたシリウスの機嫌を落とさせることを言わなくてはならない。
女子特有の可愛らしい簡易的なラッピングを施したものをシリウスの枕元に載せる。
「なんだよ? お見舞いか?」
「ごめんなさい。私、ソレの言葉を聞いたわ」
お道化た調子で言葉を返してきていたシリウスの顔色が一瞬で変わっていく。驚愕、焦燥、怒り、侮蔑、そして、諦め。
「
ポツリと、呟いた。
「両親の言う通り、純血主義に傾倒する素敵な息子の弟が居るからな。余計に俺と弟を比べたがる。今回の手紙もそういう内容だったろ?」
俺は倒れてたから聞いてなかったけどな、とシリウスは吐き捨てる。
「
な? くだらないだろ? そう問いかけるシリウスの目が、どこか同意するように促しているように思えて、ほんの一瞬、頷きかけてしまう。
考えた、考えたのだ。明確な暴力が絡まない限りどちらかには立たない、と。
純血主義が間違った文化か正しい文化か、その一言だけで言えば確実に間違っている。誰かを産まれだけで排他的に接する。これまでに数々の苦しみが間違いなくそこには存在しているのだ。なにもそれは魔法族だけのものではない。マグルの世界にもソレは存在している。
人間と言う種は何かを言い訳に常に攻撃する事を望んでいる。まだ人類は未熟で、隣人を愛し、愛されるには進化が足りない生き物だ。故に、平和を
黒人は劣った人種なのだから。ユダヤ人はキリスト神殺しの一族なのだから。──マグル生まれは穢れた血なのだから。
だとするならば、抗う理由はどこにあろう。純血主義は叩き潰すべき差別なのだ。純血主義者は自分達がした報いを受けるだけ。それだけなのだ。
正しき人類として産まれたならば思いやりを持たない
法律だってそう。非道や不道徳を罰するのは正しい人間であることを望むのではなく、社会という仕組みを維持するための結論。非道や不道徳を見逃していると社会として成り立たなくなるから犯罪として扱うのだ。新聞を一部買ってみろ。あちらこちらで個人間の犯罪が起きている。暴行、窃盗、強盗、強姦、放火──殺人。この世の中には間違った人間が多すぎる。彼らを罰する事は社会に生きる者として義務であり、権利である。
そら、頷いてしまえ。正義の御旗を掲げ、
「──」
しかし、しかし純血主義を罰したところでなんになる。差別自体は止められよう、だが
特に、純血主義者には一貫して同じ理由がある。
かつてグリンデルバルドも主張していた事だが、マグルは
ある時期まで曖昧だった魔法族とマグルの境界線を明確にしたのは産業革命、更には二度行われた世界大戦だ。数多くの国が戦いに参加し、その戦いの規模に順応するかの如く、人間を殺すことに特化した兵器は
機関銃、化学兵器、戦車、航空機、潜水艦。そして原爆。
その暴力は野蛮であることに他ならない。マグルは魔法とは格段に違う、誰にでも扱える殺傷力の高い野蛮を持ってしまった。
故に、同じ国に住みながらマグルは“違う国”のようなものなのだ。魔法界とマグル界は文化の根底からして違う。自分たちが築き上げた魔法界をマグルという、マグル生まれという“違う人種”に荒らされたくないのだ。
現在、マグル界でも各地で難民への受け入れに対する反発がある。差別ではない。ルールやマナーを守れない人間が、文化が違う人間が自国に居るのは嫌なのだと、これまで国内で築き上げてきた社会が崩れてしまうのは嫌なのだと、そう感じてしまう人も居る。
あまりにも多くの人間を殺戮するマグルの世界は魔法使いの世界を知らず、世界を牛耳っている。魔法使いは隠れて生きるべきものなのだと、無自覚に上から目線で語りながら。
その上、更に暴力的で野蛮なマグル生まれが自分たちが整えてきた魔法界に入り込んでいる。それが純血主義者にとってそれがどれだけ耐えられないことか。
「──ぁ」
底なし沼を歩いている気分だった。重くて、考えても考えても前に進むことが出来ない。
正しい、正しくない。それを判断する材料は酷く脆い。人と関わるだけでどちらの立場にも立たない、と決めたノラでさえ、あのシリウスの眼を見て、話を聞いて、揺らいでしまう。分かっている、分かっているのだ。この世は理不尽な事ばかりなのだと。
けれど、それでも、あの少年の言葉が頭の中で反芻する。世界を繋ぐものは、そういう厳しいモノばかりではない事をノラはその身を以て、知っている。
矛盾していく思考に思わずグラグラと頭が揺れそうになった時、シリウスが口を開いた。
「お前、馬鹿なんだな」
単純明快な罵倒。これ以上はない程にシンプルだった。その言葉にグルグルと回っていた思考が止まる。
「馬鹿、って」
「そうだろ。こういう時はほら、『でも、私は誰とも敵対したくないの』とか、そういう言葉を適当に言う場面だろ。何分も黙り込んで考えやがって」
ノラの声色を真似して馬鹿にしたような顔でシリウスが言い放つ。けれども、その瞳には何故かあの大広間で浮かべていた不満の色は無くなっていた。その顔が想定外でノラはポカンとした表情でシリウスを顔を見つめてしまう。
「あぁ……あぁ。少し理解できた気がする。ジェームズの言葉が」
「……もしかしてジェームズ、私の事馬鹿って言ってたのかしら」
「馬鹿を馬鹿って表現するのは当たり前だろ? リーマスもピーターも馬鹿って言ってたぞ」
「えぇっ⁉ じょ、冗談でしょう⁉ 私、そんなに間抜けな事を言った覚えがないのだけれど」
「馬鹿だから馬鹿だってことに気づいてないんだよ。この馬鹿」
「ちょっと! 馬鹿馬鹿言い過ぎじゃないかしら⁉ わ、私だって怒れるのよ! えいっ!」
「痛ッ! おいこら病人様にデコピンを食らわせるとはいい度胸じゃねぇか!」
「あわわわわわ、そんな強くしたつもりはないのだけれど、痛かった?」
「だぁー‼ この馬鹿女!! 冗談が通じねぇ‼」
「通じるわよ! でもその、ブラックは病人だし……」
「別にお前のへなちょこデコピン食らったところで痛いどころか痒みも感じねぇな。蜘蛛に噛まれた方が痛い」
「でも痛いって言ったわ!」
「言ってねぇ!」
やんのやんの言い合っている内になんだか楽しくなってくる。その内に何か暗い話をしていたことさえ忘れきって、ある種のダンスを踊っているような気分になっていた。
「ここは覚えたてのノラさんスペシャル魔法をかけてあげたって良いのよ!」
シャーッ!と軽い威嚇をかまして見せながらノラがそういった次の瞬間
「それはやめてもらいたいのだけれどぉ」
「「わっ‼」」
医務室の主がひょっこりと顔を出してきていた。ノラは勿論、シリウスも気づいていなかったのか、揃って驚きの声を上げる。
「それだけ元気ならお薬の方が効いたみたいねぇ。うんうん。良かったわぁ」
「あ、あの。うるさくしてすみません!」
「ん……? あぁ、そういう事。別にぃ? 困るのはこの癒務室をボロボロにされる事だけなのだしぃ。他に生徒も居ないから騒ぎたいだけ騒いで良いわぁ」
ノラがペコペコ頭を下げるもミス・ファースは気にする様子もなく、のんびり言って退けた後、ミス・ファースは、あ、と短い音を発する。
「でも、私の部屋には入ってきたら危ないから絶対にダメよ。頭から伝染病患者の尿の入った瓶をぶちまけられたいのなら構わないけど」
そう言われてしまえばコクコクと首を縦に振って頷くしかあるまい。
上級生であれば防御魔法等使えるかもしれないが一年生はまだそこまでの魔法を使う事は出来ない。だとするなら入らない。そもそも、人の私室に勝手に入る等よっぽどの非常事態じゃない限りは許されることはないだろう。
ノラは元より、悪戯好きのシリウスも今は流石に起き上がって、という気分にもなれないのだろう。特に反応する事もなく聞き流している。
「それじゃあ、後はお好きにねぇ。あぁ、寒いならストーブの火力上げて良いわよぉ」
それだけ言うと再び自室へと引っ込んでいく。過ぎ去った嵐に二人は黙り込む。
一旦の勢いを失ってしまえば、こんなものだった。
ノラとシリウスは仲が良いわけではない。
妙に重苦しい沈黙が癒務室の中で歩き回り、ノラはどうしようか、という思考にシフトする。そもそも此処に来た理由はローブを取りに来た事だった。だが、先程まで倒れていた同級生を相手に「それじゃ、ローブは取ったから帰るわ」などという薄情なセリフを述べる事は出来ない。だからと言って「トランプで遊ぼうか」と言い出せる関係性でもなく。
「それで、取りに来たんだろ? ローブ」
「……えぇ。そうね。目的はそれよ」
「そんじゃ、持ってとっとと談話室に帰れよ。俺は別に残ってくれだなんて頼んでない」
「ブラックが言うのならそうするわ」
ベッドから黒色の布を持ち上げて自分のものであるという事を再確認する。一度アリスから貸してもらったローブを脱いでから自分のローブを羽織る。アリスから拝借した雪避け用のマントもその上から羽織って外に出る準備は万端である。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「本当にな」
言い返そうかとも思ったが今のブラックには休息が必要だ。ミス・ファースはあぁ言っていたが魔法薬も万能と言うわけではない。
またね、と言葉を言い残してノラはローブを翻す。大きな木の扉が近づいてきて、後数歩で扉に手が届くという所で後ろから、おい、と声が掛かる。
「何かしら……? どこか変?」
ローブが折れ曲がっていたりするだろうか。そう思いながらノラは右に左に体を回してローブを確認する。しかし、特に異常は見当たらない。
「シリウス」
せわしなく自分の姿を確認していたノラに少年は自分の名前を告げる。
「え?」
「ブラックって呼ばれるの好きじゃないんだよ」
少し、考えて合点が言った。彼を名前で呼べと言われている事に気が付いてノラは笑う。
「そう、そうよね。それじゃあ、──シリウス」
シリウスからの返事は無い。入り口とは反対方向に寝っ転がって返事をする様子が無い。ノラは黒髪に向かって声を投げかける。
「また、夜に来るわ。起きてたら一緒にクリスマスイブを楽しみましょう」
クリスマスの朝はノラの元に沢山のプレゼントが飛んできており、ノラは朝からプレゼントの仕分けをすることになった。
「このプレゼントの山、邪魔なんだけど」
「メリー・クリスマス、ジュディ。ごめんね。私、どうしてこんなにプレゼントをもらえるのか分からなくて、とりあえず仕分けするわ」
「あっそ」
ジュディの返答を聞きながらながらノラの手は止まらない。寮や学年問わず届いたそのプレゼントやクリスマスカードには、どのカードにも“ありがとう”の言葉が綴られていた。
クリスマスカードを交換しようね、とお話していた友達にはクリスマスカードを書いたのだが交換の約束をしていない人物に対しては書いてない。シンプルなカードから、手作りの手袋まで──どれも心のこもった贈り物ばかりだった。
「えっと、リリーには……送ったわね。メアリーも、送った。あっ、でもケビンには送ってないわ。返さないと。モリーとアーサーからも届いてるわ。クリスマスカードとこれは何かしら。『このタロットを引いたら未来の君が決まるかもしれない。右を上に取るか、左を上に取るか、それは君に任せるよ』……? タロットカード?」
読み上げながら首を傾げ、封筒から一枚のタロットを取り出す。手書きの太陽のタロットカードを逆位置で取り出した。が、
「ふふ、動くのね」
その逆位置を正位置にするように太陽の絵が動いた。簡単な魔法だが頑張れば成功する。と言われているようで嬉しくなる。大切に封筒にしまい込んで他のプレゼントの仕分けに戻る。
「これは誰から? 『君の心が曇らぬ様に』? 贈り主の名がないわ」
見たことのない涼やかに踊るような細長い字に少し疑問を覚えつつも包装紙を開く。淡い空色の羽ペンと、古びた──けれど不思議と温かみのある日記帳が入っていた。
この羽根ペンは、心が曇ると書けなくなる。この本は、心が開かれた時にしか言葉を受け取らない。君がいつか、自分の“言葉”を見つけた時、きっと両方が輝くだろう
このプレゼントにはノラを惹きつける何かがあった。少し使ってみようと机に向かいインクの壺に羽根ペンをつける。
「……インクがつかない?」
とりあえず何かを書いてみようとして──何を書くかに悩んだ。
「十二月、二十四日……あれ、書けない。まぁ、それもそうよね。インクがついてないんだもの」
インクは当然ついていないので何も書けない。けれどもそんないたずら用品を贈るような文字には見えなかった。もっと思いを込めて書いて、送ってくれたプレゼント。ノラはそのプレゼントについて素直な感想を、何気ない一言を日記の上でなぞる。
「贈り物をくれてありがとう……あら?」
不思議にもその羽根ペンから文字が書き写され、文字の後ろには勝手に日付が書き足されている。
「……本心しか書けない? そんな魔法、聞いたこともないわ」
新しい魔法だろうか。ひとまず、日記帳と羽根ペンの使い道が分かったので丁寧に片付けた後、仕分けを続ける。10分ほどでカードを送った相手と送ってない相手で分け終わった。プレゼントを自分のスペースに飾り付けて、カードは集めてカードケースにしまい込む。
「お返しをしなきゃ……」
ノラはうーんと考え込む。この四十枚程度のクリスマスカードのお礼を書いていたら一日は潰れてしまう。
「ま、頑張るしかないわよね」
考え込んでも仕方ない。ノラはペンを置き、朝の光を背に大広間へ向かう。ホグワーツで迎える初めてのクリスマスの朝だった。
ほとんどの生徒がクリスマス休暇で家に帰っているので大広間には普段では考えられない程の人数で座っていた。合計で十人ぐらいではないだろうか。
しかしそれでも豪勢な食事が出てきて残りの食事はちゃんと食べられるのだろうかと思いながら食事をする。ジュディはノラが入ってきた時にはもう食べ終えており、どこかへと行ってしまっていた。
「おはよう、シリウス。体調はどう?」
「見ての通り、元気爆破薬で一発復帰だ」
「他の生徒達が帰っていたから運が良かったんだ、シリウス。風邪に気をつけるように言っちょったのに」
「「ハグリッド!」」
普段は大広間で見ない巨体を見てシリウスとノラは声を合わせて彼の名を呼んだ。
「クリスマスはここであのクリスマスツリーを見んとクリスマスを迎えた気がせん。ほれ、ノラ。隣座って良いか?」
「勿論、ハグリッド。一緒に座れて光栄だわ」
「ハグリッドこいつ、すぐにこういうこと言うんだ。真に受けちゃいけないぜ」
「シリウス。恩人になんて言い草なの」
「はっ、あの程度で恩なんて言われちゃ困るね。もっと命の危機を救ってもらわなきゃ」
「こらこら、二人とも喧嘩すんじゃねぇ。お前さんたちはまだ小っこいんだからもっと食わにゃ」
そういうとハグリッドはノラとシリウスの皿の上に二人の顔よりも大きい七面鳥を乗せる。
「おかわりもあるぞ」
結構です、とはとても言えずノラとシリウスはハグリッドが満足するまでご飯を食べる羽目になった。シリウスとハグリッドが会話をしている真ん中でノラはもう食べられないと突っ伏して胃の消化を待つ。
チラリとダンブルドアの方を見た。今はスラグホーンと楽しそうに会話をしており、ノラが見ている事に気がつく様子はない。
無事にノラが贈ったクリスマスカードに気がついただろうか。ダンブルドアの元にはノラとはレベルが違う程プレゼントが届いたに違いない。そのプレゼントの山にはノラからのクリスマスカードも混じっているだろうか。直接問い掛けるには校長と一般生徒という立場が邪魔をする。……きっとまだ気づいてない、そう諦めてシリウスとハグリッドの会話に戻った。