エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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釜の中へ

 クリスマス休暇が終わり、同時に“まとめ作業”という日常がそっと戻ってきた。

 生徒たちの風邪は相変わらず増える一方だが、重症者が出ていないおかげで学校が閉鎖されずに済んでいる──今のところは。

 それと同時に巨悪で極悪な寒さが襲いに来た。正直なところ、十二月も一月もさして気温は変わらないのだが、温度計が一、二度下がるだけで人間は寒さを感じ始める生き物だ。所謂プラシーボ効果である。

 そんなプラシーボ効果に引っかかりながらも二人は禁じられた森に居た。

 

「あば、ばっ、ばばばっばばびぼばっばばぁ‼」

 

 一人は人間の言語を話すことができていないのはお馴染み、春の陽気を詰め込んだような金髪の少女。そして、もう一人は

 

「な、ななな、なんてぇ⁉」

 

 寒さで歯の根をガチガチと言わせながらもガッツで言語を話す小太りで藁葺き屋根の様な髪をした少年。ピーター・ペティグリューは、必死に聞き返した。

 

「さ、ささささむ、寒すぎる⁉ 本当にドクシーが居たのよね‼」

「いた、いた、居たんだ‼ 僕は間違いなく見た‼ 僕を信じて‼」

 

 ザクザク、と雪を音を立てて踏みしめながら二人は歩いて行く。木々に守られているが、その分吹雪に晒されている木々の音で周囲の音が聞こえ辛く半分叫ぶようにして話す。

 ここまで来ているのには理由がある。

 元々ノラは息抜きにグリフィンドールとレイブンクローのクィディッチ練習試合を見に来ないかと誘われ、試合が吹雪によって中止されるというわざわざ寒い中クィディッチ競技場に向かっただけという徒労を味わった。前も後ろも怪しい吹雪と雪に足を取られながら歩いているとホグワーツの城とは違う方向に走っていくピーターを見つけた。

 ピーター曰く、ドクシーを見た、というのだ。

 ピーターは敬愛してやまないシリウスを助けるために思わず禁じられた森に飛び込むという勇猛果敢さ(ガッツ)を見せ、ノラは吹雪の中、小さくなりつつあるピーターの背中を追って走ってきたのが今の状況である。これが一連の顛末である。

 ホグワーツでの風邪は一向に収まる気配を見せない。クリスマス明けには全員元気だったのだが、やはりホグワーツに帰ってきて授業が始まり一週間も経てば休暇前と同じ状況を辿っていた。ノラも相変わらずダウンをした状態の生徒達のノートに取りかかり、ホグワーツ全体も落ち着く様子はない。

 

 そんな中で、再度同じ話が回ってきた。元気爆発薬の材料がない、と。

 ピーターが見つけたというドクシーの卵は元気爆発薬の原材料となる。元気爆発薬の材料は、クリスマスが始まって以降、減る一方だった原材料の一つを手に入れられるとしたら、そういう希望を持って二人はドクシーの後を追って来たのだ。

 

「これって本当に風邪なのかな?」

「分からない……。でも、風邪って特定の病気じゃないから、治すのが難しいって本に書いてあったの」

「つまり……なんの病気が流行ってるかも分からないってこと⁉」

 

 そういう事になる、という事を言うのは控えた。あまりそういう状況を気軽に話すのは良くない。自分で調べてその結論に至るなら納得も飲み込むこともできようが、ノラの口から語られたらそれはもう真実である、と思い込んでしまう可能性もある。

 

「でも元気爆発薬を作ることができたら少しでも状況は変わる。元気になる生徒達が増えるわ」

「僕たちがドクシーの卵を手に入れたら──」

 

 この騒動は少しでも鎮火する。

 二人で再度自分たちの目的を確認して頷く。気合を入れて探しに行かなくてはならない。昼間とは言え禁じられた森に一年生二人で入る等、殆ど命の綱渡りであるのだから。

 

「ドクシーって普通家に住み着くんじゃなかったかしら?」

「うん。僕の家でも何回か見かけたことがある。でも、少し大きくて青くてキラキラしてたんだ。きっとあれはドクシー・クィーンだよ‼ ドクシー・クィーンなら間違いなく卵を産んでる‼ この時期は青黒いクィーンのせいでドクシーが増えて大変だってママが言ってたんだ‼ 僕は、その、邪魔だからって、近寄らせてもらえなかったけど、あの大きさで空を飛んでるのは間違いなくドクシーだ‼」

 

 その言葉にノラが固まる。それでもピーターは自分が見た物はドクシーだと思っているようで自信満々に叫ぶ。

 

「……青くて?」

「耳は尖ってたよ‼」

「腕は何本?」

「えっと、二本だった‼ ──ほら、()()!」

 

 ピーターがノラの真横を指さす。嫌な予感がしてゆっくり横を見ると、青い体に二本の触覚。まるで人間のミニチュアのような体が二本の薄い羽で飛んでいる。その大きく白眼のない黒い瞳と目がある。

 

「ピーター……これは──」

「ドクシーだ‼」

()クシーよ‼」

 

 叫びながら悪意を隠そうとしない笑みを見て思わずノラは横に飛び退る。けれども小さくもすばしっこい相手に意味はなくピクシーの脚が額に当たる。言葉通りの()()蹴りである。

 ビタン、と派手な音がして白い額に赤い紅葉が浮かぶ。

「ノラ!」

「ピーター!後ろ!」

 

 ノラが声を掛け、ピーターは悲鳴を上げながらしゃがみこむ。ピーターの耳を掴もうとしていたピクシーがピーターに避けられたことを悟って哀しそうな顔をして、再び悪辣な笑みを浮かべた。

 

「逃げましょう!」

「う、うん!」

 

 二人は転げるようにして元来た道を振り返って驚愕に黙り込む。()()()()()。どこからか付いてきていたピクシーたちが雪で出来た足跡を消していたのだ。その数約三十匹程。後ろからもピクシーたちの羽音が沢山聞こえてくる。冬になって久しい悪戯先(人間)を見つけたのだから寄ってこないはずもない。

 この足も取られる雪の中だとようやく使い物になってきたアレも意味を成さない。悔しくてノラは歯噛みする。

 

「ど、どどど、どうしよう!」

「魔法での迎撃しか、ないかしら……っ!」

 

 ピーターの問いにそう叫んで答え杖を取り出そうと胸ポケットに手をかけて、違和感に気が付く。対処としては間違いないはずだ。でも、何かを決定的に間違えている。この選択肢だけは現段階においてはあり得ない。

 そう、例えば、一年生の魔法で対応できることに対して何故ピクシー・キラーなどという杖を使わない対処法があるのか、という疑問。

 そう、例えば、何匹かはノラたちを揶揄っているのにも関わらずニヤニヤとノラたちの動きを観察して今か今かと待ち望んでいる残りのピクシーたちの目。

 ──そうか、ローブの上には雪避け用のマントがある。その服と言う名の二重の(守り)、そして杖という重さを持ち出すには手が余る。なら、どうすればいいのか? 簡単だ。()()()()()()()()()()()()。それを今か今かと希望している。防衛本能に身を任せて動く事こそが狙いなのだ。ノラの一声にピーターも杖を取り出しかけている。

 

「違う。ごめん撤回! ダメ! 取り出してはダメ‼」

「えっ」

 

 服に手を突っ込んでいたピーターが手を止める。

 早とちりの癖はあるがピーター・ペティグリューはこの立ち回りが上手い。強者に媚び、強者の指示を仰ぎ、それに瞬時に従う。無能で闇雲に動く味方より、能力値が低くとも言う事(オーダー)を素直に聞いて動く味方の方が何千倍も有益である。それに、ピーター・ペティグリューは皆が思うより能力値は低くない。

 ノラはソレに気が付いてはいないが本能で察知する。この場においてはノラが指示を出した方が正解だ、と。

 

「今すぐ杖から手を離して! それが狙いよ!」

「──っ」

 

 ピーターが言われた通りに瞬時に手を離し、ピクシーたちはそれを見て嫌そうな顔をする。やはりそうだ。魔法使いから杖を奪ってしまえば魔法を使える人間は少ない。体内で魔力を回す術なら兎も角、対戦闘となるとそうはいかない。杖を奪われたらそれこそ物語の終わりだ。

 特にここは家ではなく禁じられた森。このような場所で備えも杖もなく過ごせるほどサバイバル能力に長けてはいない。

 

「で、でもここからどうするの⁉」

 

 ピーターの問いかけにノラは考える。このまま後ろに下がりたいところだが、後ろには数十匹のピクシーたちが居る。狩りの基本でもある。数人で動物を山の上の方に追い込み、山の頂上で待ち構えている実力者がその動物を撃ち殺す。マタギなども使う術。生きる上で獲得している技術。ピクシー一匹一匹だけで言えばそんなに戦闘力はない。けれども数が集まるとそれだけ対処が難しくなる。

 数匹で追い込み杖を使おうとしたところでその杖を奪取。後ろにも引けず、前には杖を奪ったピクシーたちが。絶対絶命のコンボだ。

 だとするなら。

 

「前へ! 前へ走るわよ! 私が後を走って付いてくるピクシーたちを追い払うわ!一度振り切って魔法で防ぐ! ピーターは道を開いて頂戴!」

「ぼ、ぼぼぼ僕が前⁉ ──わ、分かった!!」

 

 よーい(Ready)、とノラが掛け声を発する。

 

行って(Go)!!」

 

 ノラの掛け声にピーターが駆け出し、ノラがその後を追う。

 ピーターは全力で駆け抜けていく。スタミナ配分など考えずにただ真っ直ぐ、こけないように道を見極めながら走る。ノラは走り続けろ、とは言わなかった。ピーターに与えられた役割はマラソンランナーではない。ピクシーをいかに振り切るかの短距離走者(スプリンター)になる事だ。

 

 フワフワの新雪を踏みしめながら十数メートル走っただけで後ろの白い少女との運動性能の違いを思い知る。ノラは毎朝ホグワーツの周りを走っていると聞く。それだけでかなりの距離だ。ノラとピーターの経験値はそもそも同じ場所に居ない。もう既にピーターの足の裏や肺も慣れない運動に痛みを発している

 

「は──は、っ。うァ、はっ……はっ」

 

 そもそも、ジェームズ達と一緒に居る時に注目されているだけで自分が三人の様に一緒に歩けているのかを疑う時がある。

 ──でも、それでもピーターは男の子だ。黄金に輝く彼女の前で情けない姿を晒したくない。ドクシーとピクシーを間違えるといううっかりはあったものの、運動神経という男女の差が明確に出るところで負けるわけにはいかないのだ。

 

 ノラはピーターの後ろを走りながらドクシーたちを強引に放出した魔力だけで追い払う。ピーターが先行してくれているおかげでどの場所に木の根があるかなどを把握しやすい事で動きに余裕ができている。自分たちの周囲にピクシーが居ないことを確認して、杖を取り出す。全速力で走りながらの魔法行使はやったことが無い。だからといって、やらないわけにはいかない。

 気合を入れろ。自分はできると思い描け。魔法とは、それ即ち、力である。

 

イモビラス(付いてこないで)!」

 

ピクシーたちの動きが止まる。一息つき、ピーターが後ろを振り返って安堵の表情を見せる。だが、まだ止まるわけにはいかない。

 

「止まらないで! このまま視界に入らないように突っ切るわ!」

「は──⁉ う、うん! はっ……ふ、はぁっ!」

 

 それから三分ほど走った。もう一度確認するがこれは長距離走ではない。そもそも雪の上での全力疾走など転ばなかっただけ幸運である。

 ピクシーたちの姿が見えなくなって足を止める。流石にノラも息を切らし、ピーターも雪もなんのそのでしゃがみ込み精一杯肺に酸素を取り込む。そうしていた時、キキッ、と甲高い鳴き声が聞こえた。だが、どこにもピクシーの姿が見当たらない。闇雲に呪文を放つほど勇猛果敢でもない。悩んでいると耳の後ろからシュルリ、と何かがほどける音がした。

 

「えっ」

 

 後ろを振り向くとそこにはピクシーがノラの、顔も思い出せない少年から貰った、水色のリボンを持って飛んでいた。

 

「待、待って!それは、それだけはダメ!!」

「あっ、ノ、ノラ!待って!」

 

 魔法より、身体が先に動いていた。飛んでいくピクシーに魔法をかける事すら忘れてノラは追いかける。数秒走って魔法の事を思い出し、杖を振り上げる。

 

「イモビラス!」

 

 ピクシー妖精が止まると同時に、灰色の空に水色のリボンが舞う。リボンにはメイドのステフに頼んで保護呪文をかけてもらっている。だが、それはあくまで保護。亡くしてしまえばそれまでだ。

 風で舞い上がったリボンを掴む。ホッと、安堵したと同時にピーターの金切り声がノラの耳に入る。

 

「足元!」

「──え」

 

 言葉を発する暇など無かった。身体は浮遊感に襲われ、自分がようやく崖に飛び出したことに気が付いた。

 対処法など思いつかない。いや、ジュディのやっていた通りに杖先からロープを出してしまえばいい。けれども、そういった冷静な対策など思い至りもしなかった。ノラには咄嗟の出来事に対応するだけの経験が圧倒的に足りなかった。

 ノラはリボンだけは手放してはならない、としっかり握りしめ崖を伸ばす。だが、もう片方の手には、杖が握られている。

 

「っ」

 

 両手は塞がっている。何も握れない。絶対絶命。生命線である杖とただのリボン。どちらを取るべきか考えるまでもないが、選べない。いや、選ばない。

 つまり──そんな生と死の選択を放置する愚者は死者の世界に落ちる他ないのだ。

 

 

 

 

 

 だが、その瞬間が訪れる事はなかった。何とか伸ばした腕を、誰かが掴んでいる。ピーター? いや、それにしては腕が大きすぎる。まるで、これでは裸の()()()()()()()()()

 

「人の嬰児()。まだ死ぬには気が早い」

 

 男性の声。落下しないノラの体。男性の声は落ち着いていて、ノラの耳にゆっくりと入ってくる。

 

「──っ。た、助かった……」

「まぁ、そうだ、人の嬰児よ。君は助かった」

 

 そう言いながら彼は難なくノラを引っ張り上げた。崖の上に、身体が持ち上がる度にその(からだ)が目に入る。明るい金髪に胴はプラチナブロンド。そして、月毛の下半身。ケンタウルスだった。

 だが、ノラからしてみれば正直そんなことは二の次だった。心臓がバクバクして止まらない。一度息を整えた筈なのに呼吸が荒い。指先が少し震える。死と言う常に隣に居る獣の牙を再確認してしまったのだ。到底穏やかでは居られない。たまたま、ケンタウルスが近くに居なかったら死んでいたところだ。しばらくその事が頭の中でグルグルして、ようやく状況と頭が同期した。まずはそう、しなくてはならないことがある。

 

「──ありがとうございます。お陰で助かりました」

「星が動いている。人の嬰児の死は他の星に影響が出る」

「えっと……その、私はノラ・エディソンと申します」

「君たちの社会はまるでそう、湖だ。鳥が一羽飛ぶだけで波が立つ」

 

 会話が通じないことに困惑しつつも先程ノラが助かった、と呟いた時には確かに会話が成立していた事も覚えている。何か話しかけられると困る事でもあるのだろうか。そう思った時だった。木の陰から何かに手を引っ張られて走り出す。間違えて杖を落としてしまわないようにギュッと握って少し丸い手の主を見る。

 

「はや、早く、逃げよ、ノラ!いつ、お、襲われ、るか分からない!」

「ピーター! 待って、まだちゃんとお礼を言えてないわ」

「こと、言葉が通じたようには見えなかった! きっと理性が無いんだ‼ き、君を助けたのだって、もしかしたら食べるためかもしれないだろう‼」

「でも……」

「それは失礼だぞ。人の子よ」

「うわぁっ⁉」

「──っ」

 

 先に駆け出していたのにすぐに回り込まれる。それもそのはず、馬の脚を所有しているのだ。どう考えても基礎身体能力では敵わない。

 

「ぼ、ぼぼぼ、僕の後、ろに、かく、れ」

 

ピーターが杖を出そうと胸元に手を伸ばすがそれよりも早く、ケンタウロスが弓を番える。

 

「君が所有しているのは私にとっての攻撃手段(コレ)だ。それを持ちながら話をしようとするのは些か礼儀知らずではないか?」

「ピーター。大丈夫」

「でも」

「大丈夫。本当に攻撃するつもりなら既に弓を放っているはず。狩りに会話は必要ない。さっきのピクシーたちがそうだったでしょう?──ありがとう、守ろうとしてくれて」

「……そんな、僕は、何もできなかった」

 

 そう言いながらピーターが杖を胸元に戻し、それを確認したノラも杖を服の中に戻して、軽く膝を曲げてお辞儀(カーテシー)をする。

 

「そしてもう一度お礼と、そして謝罪を。ケンタウルスの方。彼は私を守ろうとしてくれたのです。お許し下さい。彼も、そして私も杖を持ったままで話をする、という事の意味を理解していませんでした。命の恩人に対する行動ではなかった。今後気を付けていくようにします」

「人は理解していない。自分たちだけが文明を手に入れて二千年が経過していると思っている。他の命も同じだけの時を過ごしている事を理解していない」

「……」

 

 会話が通じると思ったらこれである。どうしたものか。だが、ひとまずお辞儀の形を崩さない。命を救われて、その上で無礼を見逃してもらっている。これ以上の事を求めてはいけない。

 足が吊りそうになった頃ようやく声が掛かる。

 

「進化の魍魎、新たな歴史を紡ぐ者、人の嬰児よ。汝にとって惑星(ほし)とは何や──?」

「私にとっての星……?」

 

 星。それは、宇宙空間にある物体のことである。宇宙に存在する岩石、ガス、塵などの様々な物質が、重力的に束縛されて凝縮状態になっているものを指す呼称として用いられる。だが、確実にそういう事ではない。

 ケンタウルスは占星術を大切にしているという。事実、先程から星を口にする。星を見て未来を占うという彼ら。それ即ち、星とは指針である。その指針が何か? とノラに問うているのかもしれない。

 

「私にとっての星とは、優しさです。私と誰かを繋ぎ、私の心を温めてくれるものです」

 

 少しの沈黙、ケンタウルスは口を開いた。

 

「私の名前はフィレンツェだ。もうじき森は暗くなる。早めに帰る事を勧めよう」

「でも、帰り道が」

 

 分からない、とポツリとピーターが呟く。確かに。その通りだ。闇雲に走ったのでこの場所がどこなのか。そもそも、そうでなくても帰りの指針であった足跡も消されてしまっている。

 

「……私はロバではない。よって、君たちを背に載せる事はできない、が。城まで送り届ける事はしよう。君たちの未熟な魔法でこの森を荒らされるのはたまったものではない。今後は木の根を傷つけぬ歩き方を覚えてくるんだ」

 

 そういうとフィレンツェと名乗ったケンタウルスは驚く程素直に城までの案内してくれていて、最初は警戒していたピーターもだんだんと落ち着いてフィレンツェと話が出来るようになっていた。

 

「フィレンツェ。その、どうして僕たちを助けてくれたの?」

 

 ピーターのその問いにフィレンツェは困ったように眉を下げながら微笑んで、そして答えを返す。

 

「気まぐれだよ。この世界は誰もかれもが強い意志で生きているわけではないんだ。ただ、そうしたいと思う事。それは別に、悪いことではないんだ」

 

 森の外に城が見えるようになり、気が付けば夕方になっていた。オレンジ色の夕陽がホグワーツ城を照らしている。ノラとピーターがそれに気が付いたと同時にフィレンツェはその場で足踏みをして立ち止まった。

 

「それじゃあ、私はこのぐらいにしよう。好奇の眼に晒されるのは好きではないのでね」

「ありがとう、フィレンツェ」

「えぇ。どういたしまして。ピーター・ペティグリュー。君が──いや、彼女を守ろうとした時の君は凄く素敵だったよ」

「ありがとうございました」

「はい。ノラ・エディソン。貴方も無理はしない事です」

 

 そういうとフィレンツェはクルリと背を向けて走り去っていった。

 

「凄い、最初はビックリしたけれど、良い人……人? だったね」

「凄く素敵な方だったわ」

 

 ピーターとノラは帰ろうか、と今度こそホグワーツに向けて歩き出す。ようやく鏡を見て自分の顔に着いた泥を軽く落としてリップクリームを塗る。できればハンドクリームなんかも塗りたいが正直もう疲れた、と言うのが本音である。まとめておいた三つ編みも形が崩れていたので解いてリボンと一緒にポーチにしまい込んだ。諸々のケアはシャワーを浴びてからにしよう。

 二人で疲れた足を無理矢理に動かし、口数は少ないままグリフィンドールとレイブンクローの分かれ道に来たので、それじゃあまた、と挨拶もそこそこに別々の道を行くことになった。

 元々の原因であった風邪の治療法を探すレイブンクロー生に「ボロボロじゃないか」と心配の声を掛けられながら部屋の扉を目指す。

 ドアノブを掴み、鈴がチリンと鳴るのを確認して扉を押す。ギィッと蝶番が音を立てて扉が開──かない。何かに当たっているようで、ノラは首を傾げる。

 けれども何かが当たって開かないと言うことは誰かが中にいるのだろう。

 

「誰か居る? 開かないから荷物をどけて欲しいのだけれど」

 

 ノラがそう扉の隙間から語りかけても返事はない。

 

「開けるわよ」

 

 強引に扉を押して、なんだか嫌な予感がした。何かに惹かれる様にして床を見る。まるで分かたれた川のように銀色が床に広がっている。

 ノラはそれが何であるかを理解するのに少し時間が掛かった。

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