ノラの頭上で確かに何か金色の物が光っていた。なんだろう。思わずぼやけた視界で手を伸ばそうとして、手は動かなかった。もう一度瞬きをすると寝っ転がったノラを覗き込んでいた人物がはっきりと目に入る。
「ダンブルドア、先生」
「ノラ、こんにちは」
どうして自分はダンブルドアの言葉を聞いているのだろう。ぼやけた思考が、はっきりと見えた場所でノラの記憶を蘇らせる。医務室、ここは医務室だ──。
「先生、ここは!」
「もう安全じゃよ、ほれ、ゆっくり寝ておらんとわしが怒られるのでな。体を動かさんようにしながらわしの話を聞いてくれ」
「……はい」
ノラの言葉を聞いて満足げに微笑んでからダンブルドアは口を開いた。あれだけ話したかった人間が目の前に居るというのにどこか落ち着かない。けれどもダンブルドアの話を遮る程、ノラは愚かではなかった。
「本当に利口な子じゃ。それで、まずは顛末から話させてもらおう。君と同じく被害にあったジュディ・ボードマンの話から。まず彼女はもう元気になっておる。君とジェームズから受けた報告をミネルバから聞いて、わしは即座に聖マンゴ病院に連絡を取った。優秀な癒者が居ての。マダム・ポンフリーというのじゃが、これはまた美人で……まぁ、この話は後々理解するじゃろう。彼女はヌンドゥの息に対する薬を持って箒に乗って飛んできた。その薬を飲んでジュディは元気になった」
「良かった。ジェームズは無事ですか?」
「勿論無事じゃ。ここから少し時間は遡る。普段大広間に現われる君が現われなかった事で、大広間に居た生徒達は君が倒れているのではないかと心配になったのじゃ。けれども、最近はジュディの側で特別に愛情の籠もったノートを作成していることを思い出した生徒が居ての。みんなでぞろぞろと医務室に向かった。不思議と、それまで医務室に行く用事が無かったのじゃよ」
「ダイアゴン横町と同じ魔法ですか?」
「
「……なんらかの意図が?」
ノラが問い掛けるとダンブルドアは小さく首を横に振った。
「……いいや、わしには分からん。じゃが、間違いなくそのトランクが置かれていたおかげで時間稼ぎはできた。わしはそのトランクの中に入り、君とジェームズを見つけた。そして、君たちをトランクから救い出した頃、ちょうどマダム・ポンフリーが現われた。その薬を使って、君は一命を取り留めた。君たちがミネルバに報告をしたおかげじゃ。ほとんどタイムラグがない状態で薬を手に入れる事ができた。報告がなければ命の保証はできなかったじゃろう」
「ジェームズに救われました。ヌンドゥの事を伝えようと言い出したのは彼です」
「良い友達を持ったのぉ。ポッターに一点加点じゃ」
「ジェームズは元気にしていますか?」
「無論。彼は君のようにヌンドゥの息を直接浴びてはおらんかったからの。二日程度熱が出たぐらいでそれ以降は元気にいたずらをしまくっておる。困ったものじゃ。ポッターから一点減点じゃな」
そういたずらっ子の様に点数を上下させながらダンブルドアは話を続ける。
「君が昏睡している間にホグワーツ全員に対ヌンドゥ用の薬が配られた。現在、風邪を引いている人間はこのホグワーツにはおらんじゃろうて」
「……ヌンドゥはどうなりましたか?」
「ヌンドゥはしかるべき所に引き取られた。──そんな顔をしなくてもよい。ちゃんとした所に預けたから。彼は過去にもヌンドゥを飼育していた経験があっての。ヌンドゥも順調に回復しているようじゃ。人間の肉を食べていれば殺処分を免れなかったが、君たちが奮闘したおかげで罪のない命がまた、一つ救われたわけじゃ。ミス・ファースは現在指名手配を出されておる。しかし今後も気をつけるように。いいね?」
「はい。でも、これ以上私に用はないと思うので。……でも、気をつけます」
ノラは警戒の意味はないように見えたがダンブルドアの青い瞳が見つめていて、素直に頷く事にした。そんなノラを見てダンブルドアはこれ以上ない程に愛情の籠もった眼差しをする。その視線をどのように受け止めていいのか分からず、黙り込む。
「君は本当に良く頑張った。こっそりと君が作成したノートを見せてもらったのじゃが、流石はレイブンクロー。綺麗に要点がまとめられたノートじゃった。あれだけの量を、良く一人で作りあげたものじゃ。わしの知らない事まで書いてあっての。知らない事を知って驚いたのは久しぶりじゃ。君の作ったノートを真面目に勉強しておれば今居る全員で学年を上がることができるじゃろう。みんな君の作ったノートを中心に勉強会など開いておるよ。むしろ普段以上に点数があがるのではないかと、職員室でもっぱらの噂じゃ」
「先生、褒めすぎです」
「いいや、わしの語彙で賛辞の言葉を如何に並べようとも君の行為を褒めすぎることはできん。更に感嘆すべきは君のその精神じゃろう。君は全身を傷つけながらも、それでも立ち上がった。負けるわけにはいかないと。わしが現われても尚、立とうとしておった。その生命として輝きは誇るべきことじゃ。生きていると言うことは素晴らしい。その生を保つ事に全力を注ぐ事は、時に、難しい。けれども君はどれだけの苦痛を味わおうともその生命を失うまいと立ち上がった。生きるという簡単な事がどれだけ難しいか。身を以て知ったことじゃろう」
「はい、痛い程」
ダンブルドアの言葉に苦笑いしながら答える。
「君がヌンドゥの病からみんなを救ったことはもうホグワーツの中で広がっておる。魔法省も君に勲章を与えるべきだという話になっている」
「章、ですか」
「嫌かね?」
青い瞳がノラの目をはっきりと見る。ダンブルドアの瞳に自分が映っている事に普段とは違う雰囲気を感じながら首を縦に振る。
「はい。私は……私は、誇るべき事を行ったとは思えません。章なら、他の人達にあげてほしいです。私が耐えたのは一日にも満たない出来事で、他の人達は一日以上苦しみました。私はあの苦しみを忘れることはないと思います」
「君は──本当に気高い。しかし君の否応無しに勲章は与えられるじゃろう。君の戦績は魔法史に残すべき偉業として残される。未来の人々が更なる高みに登る為には過去が必要なのじゃ。欲しくなくても受け入れてもらうしかない」
ダンブルドアはどこか遠くを見るように天井を見上げる。ダンブルドアも要らない勲章を与えられた事があるのだろうか。
「さて、君は後三日ほどは医務室で眠っていてもらわなければならない。体を癒やすには更に時間がかかるじゃろう。ヌンドゥの病はもう回復したのじゃが、ミス・ファースからかけられた石化の呪文を強引に解いた時に使った強引な魔力使用による血管の破裂はすぐに癒えるものではない。医務室で過ごす事はホグワーツ生活の中でも寂しい事のトップの出来事じゃろうが、君にとってこの時間は孤独にはならんじゃろう。ほれ、見てごらん」
促され、少し体を起こして足下を見てみるとそこにはお見舞い品の山ができあがっていた。
「わぁ、凄い」
「ほれ、ここにわしの好きなレモン・キャンディーまである。一つ頂いても?」
「勿論です先生」
「この酸っぱさこそ忘れてはならん出来事を思い出させてくれる。いわゆる思い出の味というものじゃよ。そう、青春の味じゃ。このレモン・キャンディーだけではない。ホグワーツ内外問わず君にはプレゼントが届いている。命を救ったこともあるじゃろうが、君が周りに与えた優しさが、君を支えにやってきたのじゃ」
「……人に優しくすると優しさが返ってくる」
ポツリと少年の言葉を思い出して呟く。
「そう、その言葉が正しいじゃろう。なにか問題があれば臆せず問題に駆け寄り、解決しようと模索する勇敢な君の姿は誰かの感謝を生み出すには十分なものじゃった。日々の努力は報われる、というやつじゃな。プレゼントの数は君の元に届いたクリスマスカードの二倍は届いておるようじゃの。保護者からも届いておる事がある」
「そんなに……そういえば先生。一つ聞きたい事があるのですがいいですか?」
「当然じゃ。なんにでも答えよう」
「その、私のクリスマスカードは先生の元に届きましたか?」
ダンブルドアはノラの問い掛けにこれ以上はないほどに微笑み、頷いた。
「勿論。いの一番に確認したよ」
「ごぼ、ごぼぼぼぼ」
「文句を言わずに浸かりなさい。ミス・エディソン」
新しい医務室の主、マダム・ポンフリーは優しいが厳しい人だった。どのぐらい厳しいかというとバスタブに溜められた蛍光グリーンに輝くネトネトした液体の中に問答無用で全裸にされたノラをぶち込んで頭を押さえる程度には厳しかった。
「飲ゴボ、詰まゴボボボ……!」
「当たり前です。全身の強引な魔法の適応、理論的には可能ですが内出血だけで済んだ自身の外殻の強さに感謝なさい。それだけの胆力があるのなら治療の為に少しは我慢なさい。それに、一か月の魔法禁止は守っていますか?」
「
「治療をして死ぬのとしないで生きるならして死ぬ方を選びなさい!」
無茶苦茶な話があっていい筈はない。そう思いながら僅かに息を吸って頭を押し込められる。薬が効いてきたのかそれとも疲れが回ってきたのか、眠たくなってきてそのまま眼を閉じた。
そんなこんなでノラは日常生活に戻る事ができた。朝目覚めると友達や先輩たちが寝ぼけた顔でおはよう、と声をかけてくれて、授業の準備をして大広間に行く。今日はゆっくりな足取りだ。大広間についた頃は時計の針は八時を指していた。
授業に向かって先に教室に着いていた生徒たちと昨晩の出来事から今朝起きた事件に対する最新の噂話をする。なんてことのない時間だが必要な時間で、楽しく行われなくてはならない。一日が始まる前の準備運動。
「おはよう。ノラ」
「よーっす」
「お、おはよう」
「ノラ、今日も元気そうでなによりだよ」
「ジェームズ、シリウス、ピーター、リーマス。みんなおはよう」
この四人はもう既にいたずら仕掛け人として学校の中で十分有名人になっていた。最後の後押しをしたのは先日の事件。それでジェームズの名が売れた事で彼らの噂が絶える事はない。
「ほら、君たち、ぴーちくぱーちく話しているけれど今日は小テストだよ。勉強しなくていいのかい?」
「えっ、そうだったっけ」
「うげ、俺勉強してない」
「昨晩勉強したけど……最後の確認しとうかな」
そんな事を言い合いながらノラの周りに居た生徒達は蜘蛛の子を散らすように去って行った。
「それで、なにか用?」
周囲の人物を散らしたということは何か用があるのだろう。それを問いただす事にした。
「いいや、君に勝負を挑もうと思って」
「勝負?」
「俺はジェームズと勝負になんかならないっていう話をしたんだが、ジェームズがどうしてもと言うんだ」
「どうしても?」
「あぁ、ノラ。ボクは君に学年末テストの点数で戦いを挑む。どっちが真の天才か、勝負しよう」
ジェームズの目はキラキラと輝き、ノラにどうするのかと問い掛けている。その挑戦的な輝きに乗ることにした。
「……えぇ、良いわよ。勝ったら何かある?」
「キミの欲しい物を買ってあげる。カタログの中から、だけど」
「それは絶対に買ってもらわなくてはならないわね。あなたに負けないように勉強、頑張るわ」
「それは殊勝な心掛けだ。よし、ボクもキミに負けないようにしなくちゃね。それじゃ、小テストの勉強に戻るよ」
「えぇ、私もそうするわ」
ジェームズと別れを告げ、ジェームズは友達と話しながら席につく。勉強すると言っていたのにわいわいと賑やかに四人で話しているところを見ると勉強をするつもりはなさそうだ。視線を教科書に向けてテスト勉強をした。
そうして学年末テストだ。筆記試験の大教室で試験用のカンニング防止の羽根ペンが配られ、テストを行う。当然と言えば当然で実技試験もあった。ノラの魔法禁止令は実技試験前にギリギリで許可されたのでなんとか受けることができた。
「後は結果を待つだけね!」
「……そうだな」
ノラの言葉に隣を歩くジュディが相づちを打つ。ジュディが前よりも心を開いてくれた、というのがあの事件の結果で一番嬉しいことだった。命を救われた、と思ったのだろうか、最初は無理していないかと思っていたのだがそれが自然な態度に見えて少し安心する。とりとめの無い話をしながら歩いていると前からモリーが現われた。
「ノラ! テストは終わった?」
「えぇ、さっき最後の魔法史のテストを終えたところよ」
「私、錬金術のテストなんだけど……終わる頃になったら温室に来てくれない? 一人で」
「温室に? いいけれど」
「ありがとう。それじゃあ、また後で会いましょう」
「えぇ、モリー。頑張って」
手を振ってモリーと別れを告げる。どうしようか、という事で試験の答え合わせをすることになった。
「……お前のノート通りの問題が出たな」
「えぇ、まぁ、過去問を先生達がうっかり落としたりしたからそれを中心に作ったの」
「本当に物好きなやつ」
ジュディのそんな感想を貰いながら時間を過ごしているともうそろそろテストが終わる時間になった。ジュディに一時の別れを告げて温室に向かう。誰も居ない温室は珍しく、ベンチに座って待つ事にした。ぼーっと風も無いのに揺れる桜の木を眺めているとトタパタと足音が聞こえ、扉の方を見る。
「やぁノラ、待たせたね」
「いいえ、そんなに待ってないわ」
アーサーとモリーが二人で現われた。
「誰か人は居る?」
「
アーサーが呪文を使い、人が居ないことを確認する。
「ちょっとついてきて。奥に用事があるの」
「奥?」
意味が分からないまま二人についていく。木の回りに池のある場所に連れてこられ、行き止まりである。
「ここに立ってちょうだい。そして呟くの『君の事を愛してる』って」
モリーの言っている意味が分からないが左側に立ち、君の事を愛してる、と呟く。気が付けば足元の石畳がガタガタと音を立てながら蠢いて地下に続く階段が作られた。
「ここは……」
「私とアーサー、秘密の場所。ほら、降りて降りて」
背中を押されるようにしながら階段を降りていく。そこは水族館の様にキラキラとした場所だった。光が窓の外から差し込み、暗い室内を照らしあげている。暖炉や大きなソファ、ここで勉強する事も考えたのだろう、勉強机や小さな本棚も置いてある。アーサーがインセンディオ、と暖炉に火をつけ、モリーが灯りをともす。途端部屋はキラキラと煌めき、あっというまに小さな部屋へと変わった。
「素敵でしょう? 昔ここに居たデネボラっていう人が作ったらしいわ。五年生から入学した彼は、元はすぐ入れるようにしてあったここを魔法で隠して家具を置いた。──デート場所にしたかったらしいの。けれども、意中の彼女はこの場所に来てくれなかった。諦めて私のご先祖様たちに教えたらしいわ。ここはギデオンも、誰も知らない秘密の場所。私たちだけの秘密基地」
モリーはそう言いながらソファーに座る。
「そんな、私に教えて良かったの?」
「アーサーとも話をしたの。私たちは十分あなたに命を救われた。出会った時、風邪の時。だから、この場所をあなたに譲る事にしたわ、ノラ。信頼できる人と二人で使ってちょうだい」
「ありがとう、二人とも。こんなに嬉しいプレゼントを貰えるなんて」
「君は頑張り過ぎるところがあるからね。ここでいっぱい羽を休めてくれ。ただ、ここはちょっと湿っぽい。時折薪に火がつきにくい難点はあるが……それ以外は十分快適に過ごせる場所だよ」
そう言いながらアーサーはノラにモリーの隣に座るように促し、自分は勉強机の椅子に座る。アーサーの指示に従い、ソファーに座ったノラとモリー、アーサーは意味の無い雑談を始めるのだった。
「遅れちゃうわ」
ノラはパタパタと廊下を怒られない程度に走り、一人大広間に向かっていた。マダム・ポンフリーが自宅に帰る前の最終診察をすると言い張ったので医務室に居たのだ。大広間についた頃には大広間は人でいっぱいになっており、慌てて大広間の右手にある個室へと向かう。
この後執り行われることを考えてみると綺麗にしてもらわないと一生の恥なのでそれを選択して本当に良かった、と思いながら自分の見た目を確認する。
「髪型……あっ、リップ塗らないと……。うん、問題ないわ。ネクタイは大丈夫、ね」
手鏡で慌てて現われた自身をソワソワと正しながら呼ばれるのを待つ。ギィと扉の音がして思わず跳び上がりそうになりながら扉を開けた主を見る。
フリットウィックが嬉しそうな顔でノラを見詰めていた。
「エディソンおめでとう。寮の先生として実に誇らしい。この三十年近く頂いてないからね」
『全ての生徒を試験に合格させる』と名高いフリットウィック教授に褒められて嬉しくないはずはない。思わず照れているノラを見てフリットウィックは微笑ましくなりながらも厳格さを顔に湛える。
「それだけの賞だ。緊張しすぎず弛み過ぎず、いつもの自分で行きなさい」
「……はい!」
ノラの返事を聞いたフリットウィック教授は頷いて大広間に歩き始めた。今頃になって心臓がバクバクしている。
薄暗い部屋に居たので少し目が眩むのではないかと思っていたが蝋燭の光は驚く程暖かく迎えてくれた。フリットウィック教授に引率されて今年の始めに登った教師陣が居る段に足を掛ける。普段であれば登りもしないその場所で全校生徒の目線がノラに注目しており、言葉通りに視線が痛い。思わず自分が真っ直ぐ歩けているか心配になってしまうがそんなノラを見て微笑むマクゴナガルを見つけて少し安堵する。
それでもやっぱり緊張するものは緊張するもので。
教師陣の机の側に立たされて若干の居心地の悪さに思わず手遊びをしてしまいそうになる。
ダンブルドアが立ち上がり、口上を述べ始めた。
「今年のトレンドは風邪じゃった。──そう言われてもおかしくない程に誰しもが風邪を引いていた。ワシも夜寝る前に鏡を見た時に鼻をかみ過ぎて鼻の下が真っ赤に晴れていたのを見た時にはこれでワシもそろそろ天寿かのぉ、と幽かに頭に過ぎったものじゃ。けれどもどうしても大切な先輩の、後輩、ルームメイト、友達。彼らの体調不良を何とかしようと多くの生徒が解決策を模索していた事をわしは知っておる。風邪に引かぬよう身体作りに努めた者、距離を置いて感染を抑えようとした者、風邪を引いた者を看病した者、そして──風邪の原因を模索しようとした者。その一人一人の努力を讃え各寮に五十点を追加しよう」
最後の一言に各寮から歓声が沸き上がる。同じ点数を貰ったからと言って寮杯の点数に差が出るわけではないが五十点の減点なら兎も角加点はなかなかお目に掛かれることは無い。隣の席の友人らとハイタッチする様をダンブルドアは髭を揺らしながら笑う。しばらく生徒たちのざわめきを聞いてから片手を上げる。それを合図にシンとした静けさが広がっていく。
「ここで一人の名前を挙げなくてはなるまい。……みんなが知っている通り、ノラ・エディソンの事じゃ。こっちに」
その呼び声に従いダンブルドアの横に歩いて行く。青い瞳が蝋燭に照らされてキラキラとこちらを見詰めている。
ダンブルドアだけではない多くの生徒が、多くの先生が、銀色の靄のようなゴーストまでノラの事を見ている。
「彼女は原因の模索の末に真相を突き止めた。その結果……主犯であったソフィア・ファースがノラ・エディソンとその友人であジェームズ・ポッター。そして一番強い菌を保有していたジュディ・ボードマンの三名を殺害しようと操っていたアルバート・エリオットを嗾けた。信頼していた教師が悪事を働いており……しかも杖を向けられる事は実に、実に恐怖を感じ、耐え難い事であったろう。最終的にはソフィア・ファースによってジェームズ・ポッターと共にヌンドゥの居住区の中に投げ入れられた」
息を呑む音、小さな悲鳴、呆れたようなため息、大広間中から様々な反応が上がる中ダンブルドアは続ける。
「だがノラ・エディソンは知恵と勇気を振り絞り友人であるヌンドゥを撃退するに至った。今年入学したばかりの一年生がじゃ。実績は勿論の事だが、友人を守る為にそして、このホグワーツを守る為に自身の命を賭して勇敢に知的に戦った。その活躍を讃えてこのホグワーツ特別功労章を与えよう」
そういうと厳かな表情をしたマクゴナガルが立ち上がり、盆を持ってくる。その上には盾型のトロフィーとバッジ、そして賞状が乗っていた。
「ノラ・エディソン」
「……はい」
「ホグワーツの為に、そして大切な学友たちの為にホグワーツに差し迫った脅威をその勇気と努力で退けた事を讃える。アルバス・パーシヴァル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア」
「ありがとうございます」
礼をして顔を上げると長い口髭に微笑みを浮かばせたダンブルドアが『
「た……助けてくれてありがとう‼」
グリフィンドールの席から大きな声と拍手の音が聞こえて振り向くとそこには顔を真っ赤にしたピーターが立ち上がって拍手をしてくれていた。それを皮切りに多くの生徒たちが立ち上がって口々に感謝を述べて拍手をしてくれる。
あの少年が教えてくれたこと。それを信じて日々を生きていた。その結果ノラにとって指針となったあの言葉は現実になったのだ。嬉しくて大広間中を見つめる。勿論全員が立って拍手をしてくれているわけではない。
こうして、あの日誰にも知ってもらえなかった少女が多くの人々に知ってもらえた。それだけでなく、誰もが感謝まで口にしてくれている。待ち望んでいた誰かとの繋がりがこうして目に見える形で現れたのだから。嬉しくて胸がいっぱいになる。眼が熱くなってきてそれを我慢する。でも。
「良かったのぉ」
ダンブルドアのその優し気な一言にそんなちっぽけな我慢は崩壊した。自分の頬に涙が浮かぶのを感じながらノラは手に持ったトロフィーを掲げる。それに呼応するように大広間には歓声が沸き上がった。
「それで、ボクは君に負けたわけだ」
「百点超えのテストの点数で勝負なんて若干おかしいとは思うけれど……加点で勝ったわね」
湖の畔でジェームズと二人でテストの結果を確認したのだ。薬草学や天文学など負けている科目もあったが合計の点数ではノラの方が上だった。
「改心の出来だったと思うんだけどなぁ」
「私の方が改心の出来だった、というだけよ。ジェームズ」
「あー! 嫌味だな!」
「事実よ、ジェームズ」
ノラの言葉に悔しい! と叫んだジェームズは湖に石を投げ込んだ。ポチャンと池に石が投げ込まれて十秒後、湖の中から大イカが現われ、怒りを表した様にジェームズに墨を吐きかけた。
「うわー!」
「ちょっと! こっちに来ないでちょうだい!」
ジェームズが慌ててノラの方に走ってくるのを見てノラも立ち上がってジェームズから逃げる。一緒に墨まみれにされるのは困る。絶対に嫌だ。しかし足を砂に取られて上手く走る事ができない。二人でわーきゃー言いながら坂を駆け上り、真っ黒になった湖の畔を眺める。
「まったく、気をつけてちょうだい。次湖の畔に行ったらまた墨を吐きかけられるわよ」
「幸運にも次に湖の畔に行くのは一ヶ月後でね。その頃には大イカもボクの事を忘れてるよ」
「……それなら良いけれど」
ノラとジェームズはまだ知らない。一ヶ月後、二年生に上りたての頃にジェームズが真っ黒な墨に覆われて大広間に現われる事を。
「それじゃあ、キミの家にカタログを送りつけるよ」
「えぇ、分かったわ」
「それじゃあ、また会おう、ノラ・エディソン。ボクも荷物の片付けをしなくちゃ」
そして、あっという間に洋服たんすは空になりトランクケースはいっぱいになった。入学式の時とは違い、馬にも何にも繫がっていない馬車に乗り、ホグズミード駅に向かう。馬車を降り、階段を上れば入学式の時に来たと同じ「HOGSMEAD STATION」と書かれた看板を下げた小さな歩道橋やペンキの剥がれかけの赤いベンチが陽の光に照らされてよく見える。昼間に来るだけでこんなに印象が変わるのか。そう思いながらホグワーツ特急に乗り込む。
「おっ、空席はっけーん」
ジュディはそういうと窓から強引にショルダーバックを放り投げて入れる。トスンと綺麗にコンパートメントのソファに鞄が着地した。
「で、またあんたらがいるわけ」
「へへ、お邪魔します」
「邪魔するのが分かってるなら帰れよ……」
「まぁまぁそう言わずに」
「お前にも言ってるんだよ」
レオとノラの言葉にまったく、と言いながらジュディは背もたれにドカリと背を着けて、窓の外を眺める。ノラもそれに合わせて窓の外を眺める。色々な生徒が窓の外でざわめき、別れを惜しんでいる。そうしていると汽笛が鳴らされ、慌てて生徒達がホグワーツ特急の中に入り込む。
カタン、カタン。と線路の上を走り出す。しばらくして、多くの生徒がノラのコンパートメントを訪れる。これから卒業する生徒が多かった。最後にノラに会いたかったと言われて嬉しく思いながら対応する。お昼になる頃にはその訪問者達も落ち着き、三人でお昼ご飯を食べる。
「二人にまた手紙を出すわね」
「僕も! 二人にいっぱい手紙書くね!」
「私は書かないからな」
そんないつも通りのやりとりをして、ノラ達は自分たちの家に向かうのだった。