横町の喧噪にて
「あの女ッ! ほんっとうに頭おかしいわ! ごく稀に見る馬鹿! あほ!」
そんな暴言で物語は始まった。そう騒いだのはノラと同室のアラクネ・トゥアハ。
「私……もうあの人の顔見たくない……」
あからさまに落ち込んだ様子でアラクネと双子であるマーサ・トゥアハが呟く。
「何よあの女、思いっきり偉くそばっちゃって!」
「ママが出入り禁止の魔法をかけてくれたから二度とうちの店には入れないわ」
同じ顔で同じようなことを、バタービールを呷りながらブツブツと愚痴を吐き出している。とんでもない出来事があったのだろう、これは、軽々しく口を挟んでいい話ではない。しかし──。
「聞いてよ」
「はい」
アラクネの一言で会話の方針は決まった。ノラは思わずその怒気の籠もった一言に背筋を伸ばす。
「それじゃあ……何があったの?」
ノラの一言に待ってましたと言わんばかりにアラクネがドンッと音を立ててバタービールを置く。マーサが怯えたような声色で端的に何が起こったのかを話した。
「昨日、変な人が来たの」
「これがもう理不尽で、自分がデザイン案を持って来て『この通りにつくってちょうだい』って言ったのに、『思ってたのと違う! この店のセンスは最悪ね!』ですって。完成予想は魔法で見せたっていうのに!」
「そもそも注文予定はなかったの……強引に予定にねじ込んで来たからよっぽどの事だと思って、ママと私たちは受け入れたの」
「そしたら『こんな布を選ぶなんてろくでもない教育だわ!』と陳列商品を指差しながら批難して、他のお客様はその凄まじさにいなくなってしまったわ!」
わぁ……とノラが驚いた表情で言葉を選ぶも双子はまだまだと言わんばかりに言葉を続ける。
「採寸してその身体に合うようにサイズの調整をしたのだけど、『もう少し私の身体はスマートな筈よ』といってサイズの変更を求めてきたの。確かにサイズを小さくして身体に服を合わせるんじゃなくて、服に身体を合わせるお客様もいるから言われた通りにサイズの変更をしたの」
「そしたら『この服、サイズが嘘よ! 着られないなんて詐欺じゃない!』ですって! 信じられる!? 私たちにわざと小さいサイズを渡したって怒鳴るのよ! しかも苦しいのか分からないけど……いいえ、アレは怒りね。試着室のカーテンを引きちぎりそうになるわで」
「カーテンを引きちぎる!?」
想像しただけで、ノラは背筋が寒くなった。
ノラの信じられないという表情にアラクネは満足そうに顔をうんうんと縦に動かす。
「魔法生物との混血の人も居るからうっかり引きちぎれないように頑丈な布を使っているから無事だったの」
「無事……無事なの? それは」
ノラの困惑など意に介さず、アラクネは話を続けた。
「あげくの果てには『この陳列の仕方、教育的に非効率よ! 全部入れ替えなさい!』って言い出して、魔法で勝手に棚を動かして商品や布が落下して破損したり!」
「それで出てきた埃を見て『不潔ね! こんな店閉めるべき』って大騒ぎ、自己流の清掃魔法をかけ始めたの」
「それでもう大変! その清掃魔法をかけたのは良いけれど、それが暴走してしまって。偶然一年生を連れてきたマクゴナガル先生が居たからなんとかなったけどその騒動で二日は店はお休みよ」
「その、弁償とかは?」
問い掛けにアラクネはそうなの! とバタービールを煽った。
「ブツブツ自分は悪くないって言い張っていたけれど、魔法警察を呼ぶって行ったら素直にガリオン金貨を取り出したわ。お金があれば何をしてもいいって勘違いしているの、本当に恥ずかしいと思った方が良い!」
「店の物は弁償されたけど、この夏休み期間で休業は痛いわ。マクゴナガル先生が連れてきてくれた一年生も怯えてお店の中に入ってこなくなっちゃうし……」
「あー……その、私とは少し感覚が違うようね」
「誰とでも違うわよあの女ッ!」
ノラの言葉に力強くアラクネは否定した。
「次見かけたら間違いなく気絶する自信があるわ」
「私は間違いなく殴りかかってしまうわ」
「わぁ、真逆」
そんな二人の言葉に簡潔に感想を漏らしながらノラも残りのバタービールをぐいっと飲み干した。そんな時だった。漏れ鍋の間を通っていく人物がいた。
「ジュディ!」
三人で声を合わせてその人物の名前を呼んだ。
「こっちこっち!」
「早く早く!」
マーサとアラクネがジュディを呼ぶ。無視するのも後々がめんどくさいと思ったのか、ジュディは素直に席に着く。
「偶然ね」
「本当に偶然だな。アタシに気づかなければ最高だったんだが」
「そんなこと言わないで。お疲れのお二人とジュディにアイスクリーム買ってくるわ。冷たいものでも食べて落ち着いて? 何味がいい?」
「ベリー」
「バニラ」
「チョコ」
ノラの言葉に三人同時に食べたいものを口に出す。ジュディも食べる様子であっさりと答えていた。ベリー、バニラ、チョコ、とメモを取り出してノラが書いているとマーサが声をかけてきた。
「……一人で大丈夫? あなたかなりの話題の人なんだから気をつけないと」
マーサの言葉でノラは自分の状況を思い出す。魔法がかかっているのか自宅近辺に現われる事はなかったが、連日ノラの元に日刊予言者新聞を中心とした雑誌などにインタビューを受けて欲しい、だったり、コメントが欲しい、だったりの手紙が届いている。ホグワーツに居る時はダンブルドアが断ってくれていたようだが、夏休みになるとお構いなしである。
「まぁ、そうね。でも今はパーカーにジーパン。帽子もかぶってるから大丈夫よ。ここは人が多いから、人の顔なんていちいち見てられないもの」
「まるで芸能人のお忍びセットね」
ノラの言葉にアラクネはにやりと笑って過ごす。
「それじゃ、お言葉に甘えてアイス待ってるわね」
自分は何を食べようかと考えながらフローリアン・フォーテスキューに向かう。ここの店は美味しくて少なくとも店主が生きている間は間違いなく店がつぶれる事はないだろうとまことしやかに囁かれている店だ。
「いらっしゃい、お嬢さん。何をお求めで?」
「バニラと、ベリー、チョコ……紅茶味を別々に。一つ上にバタービールアイスクリームを全部に一つずつ載せてください」
「あいよ。ちょっと待ってくれ」
店主が杖を一振りするとコーンが宙でふわりふわりと浮いて一つずつ注文通りに入れる。その隙に支払いを終えるとアイスクリームがノラの前にふわりと浮いて渡された。二つは自分の手で持って、残りの二つは自分の横で浮遊させて歩き出す。本を読みながら歩くのと大差はない。
「こけたりしなきゃ大丈夫」
ところでフラグってご存じですか?と神の声がした気がした。
と、いうわけでノラの体は空中に浮いていた。わ、と声が出かけた頃に聞きなれた声で呪文が聞こえる。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ。──若干大掛かりとはいえこの初級呪文がまさかボクを救うなんてね。大丈夫かい? ノラ」
四つのアイスクリームをジェームズが魔法で受け止めて、身体の方はリーマスの方が支えてくれる。ピーターは体の無事を聞いてくる。なんというかフォローが完璧である。
「真後ろに居たのに気が付かないなんてよっぽど間抜けなんだな」
何も手助けしませんとジェスチャーをするシリウスの言葉にむ、と口を尖らせたノラだったがアイスクリームに必死になっていたのは確かである。ので静かにその言葉を受け止めた。
なんだか寮が違う私服姿の四人と会うのは久しぶりだ。その内三名に感謝の言葉を述べて、内一人にはわざとらしくツンとする。シリウスはその様子を見て何がおかしいのかケラケラと笑った。
アイスクリームを受け取ってこれからバタービールを飲む予定だという四人と一緒に漏れ鍋に向かう。お礼にバタービールを奢るしかないわね、なんて思いながら歩いていると次はジェームズから、わ、という言葉が聞こえてきた。誰かがジェームズにぶつかったようだ。
「ごめん。……おや、赤毛のおチビちゃんじゃないか」
「私の名前はリリー・エヴァンズ。そろそろ覚えたらどう? 学年二位の名前が泣いてるわよ」
「なら、声が枯れるまで泣かせとくよ。称号に慰められる趣味はないんでね。そんな君はボクに敵わなかったらしいけど」
「貴方の傲慢さに敵う人はそうそう居ないでしょうねポッター」
リリーとジェームズの応酬を聞いているとリリーがノラに気が付いて眉根を顰める。
「ノラ、あなたこんなの達と一緒に居ると大変な目に会うわよ」
「あー……否定はしないけどアイスクリームを助けて貰って。今から漏れ鍋に向かう所なの」
「アイスクリームだけじゃなくてお前自身も助けただろ」
「助けたのは誰かしら? シリウス」
「事実だろ」
肩を竦めるシリウスを横目に、逆に首を振りながらリリーに声を掛ける。
「今漏れ鍋でジュディ達とアイスクリームを食べる予定なんだけど一緒にどう? アイスクリームならトムさんに声を掛けてカップを貰ったら私のバタービールアイスを食べたらいいし」
「誘いは嬉しいけどそこの四人と一緒に──特にポッターと──漏れ鍋に行くなんてお断り。それに」
リリーが言葉を紡ごうとした時、一人の少年の声がした。
「リリー、満月草の根は買ってきた」
黒い髪をした少年だった。肌は土気色で、陽に当たっていないせいか血色が悪い。鼻は鷲鼻で、口の形はいつもへの字だ。誰とも目を合わせようとしない。笑ったところなど誰も見たことがなく、口を開いても必要最低限の言葉しか出さない。しかし、彼は彼女の前だけは違う。
「──些か君には似合わない人達と一緒みたいだな」
「セブルス!」
セブルス・スネイプ。ノラのコミュ力でさえ一年で両手の数で足りる程の会話しかしたことのない少年だった。
彼の顔を見た瞬間ジェームズがあからさまに嫌そうな顔をして、シリウスは侮蔑の表情を浮かべながら揶揄うように口を開く。
「キーキー女と泣きみそが一緒とは恐れ入る。実にお似合いのお二人だな」
「リリーを! 馬鹿に! するな!」
「シリウス! 人を馬鹿にするのを止めて──そんな顔をしてもあなたが悪いわ! スネイプも杖を取り出さないで!公衆の面前で決闘は良くない特に子供は尚更! 退学になりたいの!?」
今にも喧嘩を始めそうな二人の間に物理的に入ってノラは距離を離す。シリウスに向き直った。ノラは一瞬だけ息を吸い、言葉を放つ。
「シリウス、謝って」
「事実を言って何が悪いんだよ!」
「事実じゃないし今のあなたは言わなくていい事をわざわざ口に出した。今のあなたは……自分がどう見えているか、考えていない。学ぶつもりはないのかしら、シリウス」
ノラの言葉で何かを思い出したようにハッとした後に黙り込むシリウスをノラは黙って見続ける。謝るまで絶対に許してはいけない。前例を作ってしまうと今後同じ過ちを繰り返すだろう。許してはいけないことに前例を作ってはいけない。
しかしシリウスは謝る気はないようでノラから灰色の目を逸らす。まるでいじけた子供のように。けれどもノラは睨むのを止めない。
「アイスが!」
そんな一言が雰囲気を打ち壊す。ピーターの一言でノラがシリウスからほぼ反射的にアイスに眼をやると、どう考えてもアイスが垂れ始めている。というか結構垂れてる。
「アイスが!」
ピーターの言葉を反芻したようにノラの悲痛な声がダイアゴン横丁に響く。アイスはもう一度買えばいいだけだが、このままアイスを溶かして道においておくわけにはいかない。そんな中スネイプの見下げ果てたような声が困惑するノラの後ろから聞こえてくる
「そもそもお前らは常に奇人じゃないか。テストでライバル認定だなんて馬鹿馬鹿しい。テストは自分の知識を試すものであって人と戦うモノじゃない」
「それは──」
「それは、ボクとノラの関係を馬鹿にするのか?」
ジェームズの言葉にしまった、とノラは息を呑む。売り言葉に買い言葉だが些かジェームズの声のトーンが明らかにさっきとは違う。
「ははっ、なんて愚かなんだろう。そんなバカ二人に負けたのはキミじゃないか。負け惜しみを吐いていくのは実にスリザリンらしい。純血主義なんて大層な理想を掲げてる癖におつむは悪いみたいだな」
「もうやめてちょうだい!!」
リリーの悲鳴のような言葉に場が静まる。
「もういいわノラ、ありがとう。でも私たちはその高慢ちきな二人から謝罪を受けるつもりなんてないの。受けたところで許せない。私は良い。セブルスと
「ボクは事実を言っただけで」
「聞きたくないわ!! 黙りなさいポッター!! 行くわよセブルス。余計なことを言う価値なんてこの人達にはないんだから」
「……あぁ、そうだな。行こう、リリー」
怒ってリリー赤毛を揺らして人混みの間に消えていく。追おうとしたが既に時遅し、大人の群れに入ったら、目立つ綺麗な赤毛であっても、もう見えなくなってしまう。そんな状況にノラは深いため息をついて言葉を続ける。
「悪いけれど、私もリリーと同じ意見よ。漏れ鍋には一人で行くわ。私は納得できないの」
「あぁ、そうかい。それじゃあ、とっとと行けよ」
シリウスの言葉に何かを言おうとして口を閉ざす。
「えぇ、そうするわ。アイスクリームと私を助けてくれてありがとう。それじゃあね」
ノラは早足で歩きながら自分の考えを整理する。──結局、責めているのは自分だった。
あの場で、もっと違う言い方があったはずなのに。彼の謝る機会を逃してしまった。もっと自分がハッキリと言えば良かったのかもしれない。いいや、彼の事だ強く言うよりも諭した方が早いのかもしれない。
どちらにせよ、シリウスが頑固者なのは、分かっている。だからこそ、どう言葉を選ぶべきだったのかが分からない。……スネイプの方はあまり関わりが無いのでどういう存在なのかが理解できていない。
ノラは強く息を吐いた。胸の奥が、まだざわついている。
「遅かったじゃねぇか。ってかアイス溶けてるし」
「溶けちゃった……ごめんね……」
若干泣きそうなノラの言葉にトゥアハ姉妹が反応する。
「どうしたの? 何かあった?」
「えぇ、まぁ、結構大変なことがね」
「話、聞くわよ?」
「私たちの話は十分ジュディに聞いて貰ったし」
「耳も溶けるかと思った」
ノラは一瞬言い淀んだ後先程の出来事をアイスを食べながら話す。アラクネとマーサはその話にうんうん、と頷いて素直に話を聞いてくれた。
「それって結局ノラがどうこう出来る問題じゃないよね」
マーサの一言にノラがピコンと跳ねる。だって、とアラクネは続けて口を開く。
「ブラックの頑固さは学年一と言ってもいいでしょ? アイツは痛い目を見ないと自分の考えを変えないわ。でもそれがアイツの良い所でもあるんじゃないか? 純血主義から手を引いたのもその頑固さ故だろうしな」
肩を竦めながら言う言葉にノラはハッとする。確かに、その通りではあった。しかし、痛い目というのは些か気になるところでもある。ノラが困惑しているとジュディは嫌々自分の感想を口に出す。
「そもそも先に煽ったのはスネイプだ。お前が口を挟む事じゃねぇよ」
「そうよ、私たちみたいに一方的に言われてるなら兎も角ね」
「私もうあの人の顔見たら気絶する自信があるわ。思い出すだけで体が動かなくなるもの」
マーサの言葉で再びあの人の話に戻るのに相槌を打ちながらノラたちの話は続いて行く。
アイスと話が終わると一先ず教科書を買おうという話になり、くねくねとした石畳の上を歩きフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店にたどり着く。
「えっと、闇の魔術に対する防衛術の教科書はっと、存在課の歴史、それに闇の魔術の生物とその対処法、二冊ともフランシア・ローズベルト……。えっちょっと待って頂戴。合わせて十ガリオンもするじゃない!」
マーサの言葉にジュディがガチリと固まる。それはもうエルンペントの角の如し。
「不味い。ジュディが死んだ」
「正確に言うとジュディのお財布が」
トゥアハ姉妹のひそひそ声にノラはどう反応していいのか分からずノラも固まる。貸してくれと言われれば貢ぐ勢いで五ガリオンを貸すが相手から言い出さない限りこちらから貸すとは言い出しずらい。三人して十ガリオンを前にしたジュディを見守る。このままだと他の学用品を買うことができないのは明らかだ。ジュディは言い出さないが彼女が少ない奨学金を小遣い帳につけて頭を抱えていることを三人は知っている。ドラゴンの肝が一ガリオンもしないあたり十ガリオンがどれぐらいの価値なのかは考えるまでもない。
「……ノラ」
「はいっ‼」
唐突な名指しにノラはピコンと飛び跳ねる。
「一日十シックル。雇ってくれ」
「一日二十シックル」
「破格すぎる気がする」
「日給としては安すぎるわ」
「乗った」
二人でパンッと手を叩いて契約は完了した。とりあえず二冊の本はノラが二冊買って話は終わった。が、やはり内容は充実しているが一年で学び終わる量ではない。二、三年で終わるといいのだが。このままだと実技が始まらない勢いである。
「途中で金銭トラブルがあったものの」
「無事に買い物は終わったわね」
トゥアハ姉妹の言葉にうんうん、と四人で頷く。その他の買い物を終えてそれじゃあ、と別れた時にはもう既に日は落ちかけていた。
「それで、アタシはなにをすりゃいいんだ?」
「あなたの能力を教えて欲しいの」
「とは?」
「パルクールや体術。ジュディ、そういうの得意でしょ?」
「はァ……ま、雇い主の言うことは聞きますよ」
やれやれ、と落胆を隠すつもりのない様子のジュディに笑う。
「何笑ってんだよ気持ち悪」
「失礼ね」
そんな会話をしながらジュディと二人でロンドンのマグルの町へと戻る事にした。