ガタンゴトンとまだ体に慣れていない揺れを感じながらホグワーツ特急の中でジュディは大きくため息をつく。
「いい加減にしてくれ」
「僕は新しい人たちと挨拶出来るの嬉しいな!」
新しい人たち。レオの言葉にジュディの頭が痛む。忘れていたが冗談みたいに顔の良いノラはそもそも交友関係が馬鹿みたいに広い上に一年生でありながらヌンドゥを倒したという特例中の特例。顔を合わせた事もない一年生ですらノラに会う目的でコンパートメントを訪れてくる。
「あなたがノラ・エディソンさん、ですか?」
「うん。そうよ。君は新入生?」
「はい! 一年生のダーク・クレスウェルと言います! ダークと呼んで欲しいです! 俺、いや、僕、マグル生まれなんですけど、雑誌で読んだノラ先輩に憧れて絶対にレイブンクローに入ろうと思っています……! ノラ先輩みたいになる為にはやっぱり勉強が大切だと思うので! 一年生でヌンドゥを倒してしまうだなんて本当に凄い……!」
緊張しているのか大きな声を出してズレた眼鏡を治しながら挨拶する少年にジュディはまたか、と頭を抱える。一人一人の声量は大きくないもののずっと聞いていたら流石に疲れてくる。
「確かに勉強は大切よね。機知と学びの友人をここで必ず得るだろう。レイブンクローに入りたいと思うのなら組み分け帽子はきっと受け入れてくれるわ」
「本当ですか⁉ やったぁ!レイブンクロー寮には沢山の本があるって聞きます! 僕それを聞くだけでワクワクしちゃって……もしかしたらゴブリディグック語についての文献もあるかもしれないし……」
「ごめんなさい、最後なんて言ったかもう一度良い?」
「……いえ! また勉強を教えてくれたらいいな、って思います! またレイブンクロー寮でお会いしましょう!」
そう言ってダークは立ち去って行く。
「このままだと今年のホグワーツは六割がたレイブンクロー寮に所属する事になりそうだね」
「……わぁ」
「お前のせいだからな」
レオの言葉に今気が付いたという顔をしているノラにジュディは窓の外をみる。
「このコンパートメントにいなけりゃ今頃、四肢が別々のコンパートメントに居たかもしれないな」
「流石にそこまでは……」
「駅のホームにノラを狙った記者達は居たよね」
「それは……そうだけど」
「もっと自分のしたことを自覚して動け。お前は注目されてるんだ。一挙手一投足に気を付けろ」
「ジュディはノラの事が心配なんだね」
馬鹿言え面倒事に巻き込まれたくないんだ、とレオの足を軽く蹴飛ばしながらジュディは窓の外を見たままだ。
昼ご飯を食べて制服に着替えたらホグズミード駅に向かうだけだ。ホグズミード駅からの階段をゆっくりゆっくり歩いて行く。こんなに夜が暗いのに灯りが曲がり角にしかないのはおかしいと皆で抗議の声を口にして。
ルーモスを消すのは姿の見えない馬車に乗り込んだ後だ。ジュディとレオに左右を囲まれてその前後をトゥアハ姉妹がカバーする事で漸く人混みから抜け出してほっと一息ついて正面玄関から入った。
「それにしてもジュディは随分丸くなったものね」
「雇い主を邪険にすると後が怖いからな」
マーサの言葉にジュディはそう返事をした。
大広間につき、左右はトゥアハ姉妹。正面はジュディとSPを受けながら大広間で見知った顔に出会う。
「あ、ノラ。元気してた?」
「えぇ。有意義な夏休みを過ごす事が出来たわ。あなたは? アリス」
「私もよ。座っても?」
「──どうぞ」
アリスが座りたい旨を伝えるとジュディがこれ幸いにと一人分横にずれる。
「ほら、リラも来て」
そう呼ばれて現われたのは先日アリスにラブレターを送ろうとしていたリラ・ビオラだ。
「やめて……やめて……ラノベみたいな男女比じゃん……おかしい、おかしい」
「また変な事言って。ごめんなさい、夏休み明けでハイになってるみたいなの」
「ハイ!? 俺どこから見てもローですよね!? はぁ……もう……ツッコミも疲れてきた……」
フランクとアリスに囲まれるとボケしかいなくて困るんだ。そうぼやきながらアリスの隣に座る。
「それで、今年の夏休みはどうだった?」
「まぁそれなりに有意義な夏休みを送れたわ。フランクとリラと一緒に海に行ったの。寒くて入る事は出来なかったけど……それでも砂浜を踏む感覚は忘れられないわ」
「イギリスの海は寒流だから寒いよね。確か……十五度ぐらいだった?」
「気温は三十度ぐらいあったのだけどね。フランクはウェットスーツを着て入っていたわ。クィディッチには体力が大切だって」
「俺は引き返して甲羅干ししてたね。あんな海に入るだなんてお断りさ」
そんなこんなで六人で──ジュディは時折相づちを打つ程度だが──話していたら先生方がゴトゴトと入ってきた。
「あら、新しい先生がいるわね」
「真っ赤なコート。派手な先生だわ」
「遠くから見てもどんな先生か分かりやすいわよね」
「俺はあんな服着たくないね。目立つのはごめんだ」
そんな事をアリスと話している。
だが、大広間の中二人だけ、反応が違った。
「あの、女」
アラクネが呟くのと同時に右側に座っていたマーサの様子がどうもおかしい。息がだんだんと荒くなり、最終的には息が出来ない様子になっていた。
「マーサ!」
アラクネが立ち上がってマーサの背中を撫でる。
「過呼吸……!? 医務室に行こう」
マーサの様子を見てリラが症状を見抜いてベンチをまたぐ。
「大丈夫。大丈夫だから一端外に行きましょう」
アリスがそう言いながら机の端に向かう。その間も段々とマーサの息が荒くなっている。手足が震えだしており、どうにも歩けそうにない。
「マーサ。抱きかかえるわよ」
ノラの言葉にマーサが震えながら頷くとノラは身体を杖でなぞってからマーサを抱きかかえて大広間の外へ向かう。
「リラ、先生方に報告を、私はマーサを抱えて医務室に行くわ」
「よく持てるな……」
「身体強化呪文ね。分かったわ。私は先生方に伝えてくる」
「アリスはアラクネと一緒に来てちょうだい。マーサ、少し早いけど大丈夫?」
荒い呼吸の中で頷いたのを確認して背中で押し開けて医務室へ向かう。トン、と軽く駆け出すその一歩が大きい。二年生が出していい速度ではないまま、ノラはうさぎのように飛び出して行った。途中、一年生の姿が見えたが今はマーサの方が重要だ。マーサは未だ腕の中で息が荒い。階段を一歩で飛び上がり、らせん階段すら四歩で登り終えた。
いつもの医務室に向かうとマダム・ポンフリーが一人で紅茶を飲んでいた。マーサの様子を見るとノラにベッドに座らせるように指示し、背中を優しく撫で続ける。大丈夫だから、ひとまず大きな息をしましょう。背中を撫でるタイミングに合わせて息をして。そう言い続ける。そうしている内にマーサの呼吸は段々とおちついてきた。
「神経性呼吸困難──過呼吸です」
「ではなんらかの病気ではないんですね?」
アラクネの言葉にマダム・ポンフリーは確信を得たように頷く。その他の異常は見当たらなかった、という言葉にノラ、後から追いついて来たアラクネ、アリスの三人で同時にため息をつく。
「何かあったのですか? なんでも構いません。大丈夫です。ここには──勇敢過ぎる──友達もいるようですから」
言葉の間にマダム・ポンフリーがノラをチラリと見たのでノラもチラリと視線を逸らしてみたり。
「あの女が、あの女が、いたの」
この場に居る全員が首を傾げる事になった。アラクネだけは苦虫を噛みつぶしたような顔をして、「そうなの」と頷いた。
『あの女』
あの女、という言葉が指し示したのは新しく赴任してきた闇の魔術に対する防衛術の教員だった。彼女の名前はフレイラニア・ローズベルト。
彼女は街角にいても、まず誰も振り向かない、ありふれた主人公の一人だった。黒髪は肩より少し下まで伸びたくせっ毛で、ただ整えているだけ。黒目もまたよく見る濃い焦げ茶色で瞳に強い光や個性は感じられない。顔立ちは典型的な「どこにでもいる顔」。鼻は低すぎず、高すぎず。口元も大きすぎず小さすぎず。身長も体型もどこも強調されないシルエット。
しかし、そんな彼女が来ているのは真っ赤なトレンチコート。膝下にまで届く長さでウェストには幅広の白いベルトが巻かれ、バックルは無駄のない銀色。それだけが彼女の存在を主張していた。きっと、顔は忘れてもその珍妙な出で立ちだけは忘れないだろう。
平均と言えば平均的。可も無く不可も無くといった印象だが、いささかその性格に問題があった。
教師というにはあまりにも公平性が著しく欠けているのだ。例えば問題に答えられない生徒が居ると。
「一角獣は基本的にいつ頃発見されたのは説明してもらえるかしら? ミスター・ペティグリュー」
「え……えっと、西暦が始まる前から、です」
その言葉にあからさまに困った生徒を見るように──実際にそうなのだろう──教科書を撫でる。
「ここに書いてあるでしょう? 基礎は創造ではなく先達に従う事です。そうね、じゃあ、答えてくれるかしらエディソン」
「はい。一角獣の存在が確認できたのはピーターの言う通り西暦の始まる数千年前の事です。岩に彫られた絵文字において一角獣と思われる文字が描かれており、マグル界ではこの絵文字をシヴァの前身と類似するものではないかと言われています」
ノラの言葉にフランシアはため息をつく。
「私より一角獣についてよくご存じのようね、是非あなたに授業をしてもらいたいわ」
「えっと、それは私に不相応な立場に感じます教授」
「そうね、あなたの中にあるのは固い知識だけ、それを日々の生活に使える訳じゃないもの。今聞いたのは『いつ頃現れたのか』であって、マグル界での解釈まで話す必要はないわよね。授業外の言葉を入れたレイブンクロー、二点減点」
ノラは何も言い返さなかった。
悔しさよりも先に、「自分の答えは、今の問いに本当に必要だったか」を考えてしまったからだ。しかし──。
「ミスター・ボーン。スフィンクスの産まれはどことどこかしら」
「はい先生。スフィンクスにはエジプト産とギリシャ産があります」
「エディソン。二つの存在の差について答えなさい?」
「はい。北欧のスフィンクスといえばギリシャ。エジプト産とは姿かたちが異なる場合があります」
「せめて年代について答えることはできなかったのかしら。勉強不足ね、レイブンクローから三点減点」
「……」
「申し訳ありませんは?」
「申し訳ありませんでした。ローズベルト教授」
ノラの言葉に満足したようでローズベルトは鼻をフンと鳴らして授業に戻った。
マーサは気つけ薬で強引に心を押しつぶして出席点を手に入れる事にした。が、ノラも若干その薬を分けて貰いたい気分である。何かしらが気に入らないのだろう。ノラに質問をしてみては教科書を読んでも知識通りだ、語りすぎだと揚げ足を取っては減点していくを繰り返していた。ノラだけではない。ノラ程酷くはないがリリーも同じ状況に陥り、後日二人でうんうん唸りながら図書室で教科書を読み漁ることになる。
「今日の授業だけで十点も引かれたわ……」
「あのおん」
アラクネが途中で口を閉じる。マーサの前ではあの女という言葉が禁句になったからだ。
なんとなく会話をしていると目の前から一人の少年が走ってくる。ホグワーツ特急の中で会った少年。ダーク・クレスウェル。
「ノラ先輩! ちょっといいですか?」
「ダーク。えぇ、勿論。ごめん、先に行っててちょうだい」
へーい、と気のない返事をしながらジュディ達は歩き去っていく。
「先日教えてもらった天文学の本とても面白かったです! タッカー氏の星座の本は愛が溢れていて、それでいて理性的に書かれていて役に立ちます! 教えてくださってありがとうございました!」
「えぇ、私も彼の本は好きよ。勇敢なる冒険について描かれた物語も面白いから是非読んでみてね。……それで、どうしたの?」
「その、僕まだ、一年生だからレイブンクロー塔のバルコニーに出る事が出来なくて……良かったら星座を見に行って欲しいです!」
「そっか、そうよね。それじゃあ、今晩一緒に星空を見ましょう。私もまだ天文学についてそこまで詳しくないの。一緒に星座を探してみましょう!」
「ありがとうございます! それじゃあ、えっと」
「そうね……夜八時ぐらいにしましょう。あまり遅すぎても怒られてしまうから」
監督生にね、と肩をすくめながら言うとダークは頷いて嬉しそうに走っていった。
「次の授業は……」
空きコマだった。今の時間ならきっと時計台には。
「ギデオン! 久しぶりね!」
「お、ノラじゃないか。夏休み前にあってから会ってなかったな」
「えぇ、二年生になってから色々なクラブに誘われるようになってね」
「あぁ、聞いたところによるとあのゴブストーンクラブに入ったそうじゃないか」
「そうなの。神経を研ぎ澄ますにはゴブストーンって凄く素敵じゃない?」
ノラの言葉を聞いてギデオンは若干ドン引いた顔をしながら答える。
「素敵……とは思えないが……まぁ、臭液さえかからなければ問題ないな。今のところ何勝だ?」
「今のところ十勝二敗よ。リーマスが強くてね。彼と対戦して二回とも負けてしまったわ」
「それでも十勝してれば十分さ。それで……俺の所に来たということは?」
「勿論。決闘を教えて欲しいの」
「ヌンドゥを相手にして勝った相手にか?」
「あの時は助けがあったわ。でも……それを無かったことにしたくないの」
ノラの言葉にギデオンは首を横に振る。
「事実を事実として受け止めるのは大切だ・覚えておくんだ」
「……分かったわ」
「それじゃあ、やろうか」
中央に立って背中合わせになる。誰も居ない二人だけの決闘。ノラは息を吸い、高鳴る胸を落ち着かせる。実戦の時の緊張はこんな物ではなかった。
「一、二、三!」
「
雷撃より速い赤い光が飛んでくる。それを飛んで避け──。
「
「二年生でプロテゴの習得とはな!」
ギデオンが思わずといった具合に笑う。その笑いはどこか獰猛な獣のように感じた。
「えぇ、何かが飛んできた時に対処できないと思ったのよ!
ギデオンはノラの呪文をそのまま杖でねじり取り、バドミントンのサーブの如く打ち返してきた。リバース。自身の呪文や魔力すら使わずに相手の呪文を弾き返す。七年生になった彼の実力だ。それも無言呪文。
「本当に遠慮が無いわね!
「遠慮なんてしていたら君の練習の意味にならないだろう?
「それは、そうなのだけれど!
ノラの杖の先から縄が飛び出てギデオンの身体を狙う。しかし。
「それに君に時間を与えるワケにはいかない。身体強化呪文を使われたら、それこそ、一大事だからな」
そう言った瞬間、ギデオンの身体が消えた。
「え?」
疑問の声の次、ノラは咄嗟に本能だけで後ろに跳び逃げる。
「こんな風に近寄られちゃうだろ?」
ギデオンの顔が目の前にあった。そしてその腕が遠慮無くノラのみぞおちを狙い──。
「プロテ──」
「遅い」
気がつけばノラの懐にギデオンの腕が入り込んでいた。しかし殴られることはなく、ピタリと止まる。
「と、このように相手に自分の能力を知っていたら対策される事が多い。気をつけるように」
「は、い」
ギデオンはみぞおちから拳を離す、殴られなくて良かったー。と思いながらノラはため息をつく。
「君がこれから学ぶべきは呪文を使わずに身体強化呪文を使えるようになることだ。戦う相手は手足をなぞる時間なんてくれないぞ」
「……それもそうだけれど、できるかしら」
「君は一年生にも関わらず身体強化呪文を使えるようになった。そのまま続ければいいだろう。それに、さっきの後ろに下がる判断は良かったぞ。体術でも学び始めたのか?」
「えぇ……まぁ」
その夜、ジュディとノラは真っ暗な外に居た。走るぞ、と言われて毎日走っているのだ。元々授業が終わってから走っていたが、それでもジュディの体力についていくにはかなりの体力が必要だった。正直、鍛えている所をこれまで見たことなかったので体力の差でおいて行かれることに驚いたのはここだけの秘密だ。
「それで、負けたわけだ」
ふぅん、と特に興味もなさそうにジュディは言ってのけた。
「えぇ、完敗よ、完敗。綺麗な程に」
「それじゃあ、アタシも勝っておくか」
「はい?」
ノラが返事をするかしないかの瞬間にジュディの身体が沈みこむのを見た。嫌な予感がしてお辞儀をするように思いっきり頭を下げる。それと同時に頭上をジュディの足が通り過ぎていった。
「ちょっと!」
「反射神経も良くなったんじゃないか?」
「ジュディ……」
ノラの恨めしげな声にジュディは口笛を吹きながら返事をする。
「ギデオンの言うことが正しいなら不意打ちにも対応出来るようになっておかなくちゃならないだろ」
「それは! ……そうだけど」
ジュディの言葉に頷きたくはないが、素直に頷くことにした。
「まぁ、普段うるさい女をここで一発黙り込ませるのも良いかもしれない、と思ったんだ」
「ジュディ!」
「強くなりたいという雇い主様を強くするようにして何が悪いんだよ」
「む……」
どちらが本心なのか考えながら大広間へと歩く。中央ホールに踏み込んだ時フと灰色のレディーが居る事に気がついた。フヨフヨとその場で浮いているのは珍しく、中央ホールの噴水の下にあるセイレン達が回っている様子を見ながら何かを考えているようだ。
「レディー」
こうして声を掛けるのは初めてだろうか。ゴーストと話すのは日常茶飯事だが、いつも彼女はノラを見ては避けるようにどこかへ飛んで行ってしまう。正直に言えば、話してみたかったような、興味を持ったと言うべきか。
ノラの声に灰色のレディーは振り向き、ノラの顔を見るなり驚いた表情をして──。
「きゃぁぁぁっ」
甲高い悲鳴を上げて、後ろに下がった。
「え?」
口から出たのは驚きの声、叫ばれるような声のかけ方をしたつもりはない。灰色のレディーは頭を抱えてノラの顔を見つめている。その目は正気とは思えない光を宿していた。
「来ないで! その顔で、その声で! 私の側に来ないで!」
「レディー。気に障ったならごめんなさい。でも、私そんな変な声のかけ方をしたつもりはないのだけれど」
「私はあなたと話す事はない! これまでも、これからも!」
そう言うと灰色のレディーは逃げるように飛び去っていった。
「お前、なにしたんだよ」
そんな様子を見て、ジュディは不思議そうにノラを見る。
「私、何もしてないわ。本当よ。彼女と話したことないもの……」
「ふぅん、ま、関わっても関わらなくても特に変わることないんだから気にする必要なくね? ゴーストなんて焼き増しでしかないしな」
「……それも、そうなのかもしれないけれど」
気になるわ、そう答えながらも、ノラの足取りは少しだけ重かった。
拒まれた理由が分からないままでも、人の心が動く瞬間を見逃してしまった気がしたからだ。
自分は何もしていない。
けれど、何もしなかったからこそ、触れてはいけない何かがあったのかもしれない。
ノラは一度だけ振り返り、誰もいない空間を見つめてから歩き出した。
分からないことは、いつか分かる。そう信じるしかない夜だった。