年下に対する勉強会は二度行われた。一度目は今の真夜中に行われる勉強会だった。
ノラは立ちあがる。時計を確認するともう二十二時。これ以上は体に悪い。
「ダーク。そろそろ切り上げる頃合いよ。外出にはならないけれど明日の授業に差し支えるわ。脳を休める時間も必要よ」
「はい! 分かりました! あ、借りていたマフラー、洗って貰ってから返します!」
「ううん。構わないわ。どちらにしても洗ってもらえるのは間違いないから」
「ノラ先輩は寒くなかったですか?」
「えぇ、まぁ。私はほとんど見ているだけだったし」
ノラの言葉にダークは首を横に振って否定した。
「いいえ、そんな! ノラ先輩の星座に関する豆知識は聞いていて星座に対する想いが募りました! 新しいことを知るのはとても楽しい事です!」
「そう言ってもらえると私も嬉しいわ。時折、口を挟み過ぎだって怒られる時があるから」
「ローズベルト教授は人で対応を変え過ぎです。僕は馬鹿にしたように教えられる側なのですがそれはあまり知識にはなりません。授業内で手取り足取り何もかも教えてもらえるのは勉強であって学びではありません。何故そうなるのか、自分で考えて、自分で知って。こうやって授業外でノラ先輩の話を聞いている事で新たな学びを得ています」
「私もただ、勉強を教えているだけ。それを学びに変えているのはあなたよ」
そう言いながらノラはダークにソファに座るように指示し、自身も暖炉の側に置いてあった本を危ないわ、なんて呟きながら本を地面に降ろして座る。
「いいえ、ノラ先輩は教科書に載っていない事、その他の繋がりだって教えてくれました。これは学びです」
「そう言ってくれると嬉しい、わ」
「正直な所、星座に関係した知識は勿論ですがそこから発展する物話には驚きました。昔の人は想像力が豊かだったのですね」
「あら、今の人には想像力が欠けているかの言い様ね。──そうだ! 次やる時にはダークが作った物語を聞かせてもらおうかしら」
「創作ってことですか⁉」
「そう言う事、楽しみにしてるわ」
悪戯っ子の様にニヤリと笑って見せるノラにダークは困った表情を浮かべる。しかし、確かにその通りだ。昔の人の想像力に驚くだけではなく、自分の想像力で新しい星座を感じる事、それがとても大切なのではないかと感じたのだ。
それじゃあ次は厚着してきましょうねと言って立ち去ったノラに後ろ髪をひかれるようにしながら寮部屋へと歩いていった。
レギュラスは会うと同時にこう言った。
「できるだけ静かな場所で勉強会をしたいです。可能であれば──二人きりになれるところで」
そういう事で二人で色々と静かな場所を探して居たのだが、休みの日ということもあって空き教室にも人がいっぱいでおしゃべり会のようになっていた。
それでもそれなりに静かだったのでレギュラスのお眼鏡にかなうかと思ったが、ノラが入ってきた瞬間にノラを中心にワッと人が集まり、レギュラスがあからさまに嫌そうな顔をしたので会話をそれなりで切り上げて別の場所に向かう事にした。
二人きりになれる場所と言えば、知っている。
「知ってるわ」
ただ、とノラは言葉を続ける。
「割と人目に付きやすいところに秘密の部屋があるのよ」
人目の付きやすいところに秘密の部屋とは、と相変わらず腕に包帯を巻いたレギュラスは首を傾げながら、ついてきて、というノラの言葉に従いついていく。
場所はノラと出会った温室。こんなところに秘密の部屋があるなんて聞いてない。とレギュラスはノラの背中を疑いの目で見ながら──ノラが振り返った時にはただの素晴らしい後輩の顔をしながらついていく。
「
と呪文を使う。休みの日に温室に来る人は少ないようだ。ノラの感知する周囲には人が居ないようで安心する。
「あー、それではコホン。『君の事を愛してる』」
ノラの一言にレギュラスは死ぬほど怪訝そうな顔をして首を傾げてこういった。
「はい?」
「いや、その、呪文で」
ノラが説明すると同時に足元の石畳がガタガタと音を立てながら蠢いて地下に続く階段が作られた。
「たまに一人で来てここで落ち着いてるの。私とあなたの秘密の場所よ?」
「……僕に教えて良かったのですか?」
中に入るとノラはそんなことを言った。
「あなただから教えたのよ。レギュラス。あなたの事を信頼しているから」
「出会ったばかりなのに──」
「どうしてかしら。あなたなら、と思ったの」
中身は変わっていなかった。強いて言うなら机の上に暖かい紅茶の入ったポットとティーカップが二つ、お菓子がいくつか入ったバスケットがあるぐらいだった。まるでこれからノラとレギュラスが勉強することを知っているようだった。表立って活躍をすることは少ないがノラにとって彼らは尊敬するべき存在だった。生活の上で欠かせない、影の立役者とはまさに彼らの事だとノラは思っているからだ。
「ここすらは屋敷しもべ妖精も知っているのね」
「屋敷しもべ妖精は裏切りませんから。この場所の秘密も守ります」
「えぇ、私も彼らを信じているわ。掃除してくれているのもきっと彼らね」
そういいながら暖炉に火を付け、ランプに灯りを点しながら言うとレギュラスはジッとノラの事を見つめている。
「ほら、そこのテーブルに座って。一緒に勉強するんでしょう?」
「え? あ、はい。それでは失礼します」
「闇の魔術に対する防衛術の授業なのですが」
「ひぇ」
「……どうしましたか?」
「コホン何でもないわ。それじゃあ今の所は……やっぱり、闇の魔法生物ね。分かったわ」
レギュラスが開いた教科書をよく見ようと一歩近づいてくる彼女に一瞬驚く。
「これは……チュトラリースピリット。指導霊。……あら、これここまでしか語られてないの?」
「後は授業で守護霊とは違うという言葉だけだったのですが、腕がこの通りで本を探せずにいたんです」
「うぐ」
「理解が出来るように教えて頂きたいです」
「えぇ! 任せて!」
ノラは胸を堂々と張りながら答えた。
「それで、
「そうね、守護霊との違いは言葉の通り、私たちを指導してくれる精霊なの。そうね……例えば個人、家族、集団、あるいは彼らを守って導き、教える精霊。個人個人に存在して邪道には入らないように導く守護霊とは違ってね……どちらかというと気まぐれに現れる天使のような存在かしら。ともかく、指導霊は真実の道を辿らせる為に人間の非行を諭すことさえあるのよ」
「……清く生きるように促す守護霊に対し、真実を求めて生きるように促す指導霊、という事ですか?」
レギュラスの言葉にノラはパァッと顔を明るくしながらう頷く。
「大雑把に言えばその通り。守護霊は闇の魔術を使わずに遠回りでより良い方向へ向かわせる、指導霊は本人や集団が正しくあろうとする方向に向かわせるためには闇の魔術でも使わせるって事。だから、私は指導霊はあまり好きじゃない」
「正しさに辿り着けるなら、方法が闇であるかどうかは重要ではないと思います。手段の一つとして存在するのであれば実際にソレが闇の魔術かどうかは──」
レギュラスの一言にノラは人差し指で口を塞ぐ。
「いいえ、レギュラス──闇の魔術は正しさの名で選んだ瞬間に、もう正しさではなくなるのよ。その考え方そのものが、もう闇に片足を踏み入れているの。闇の魔術ではなく普通の魔術で対処できるように魔法を学びなさい」
「そうですね」と言ったレギュラスの声には、納得ではなく、しまい込むような静けさがあった。
「──すみません。軽率でした。ただの、例え話です」
「良かった。どうしても闇の魔術というのは軽んじてしまうものだから。特に魔法に浸ってるとその感覚が鈍ってくる。レギュラスも気を付けてね。一度闇の魔術に手を出したら後には闇の魔術を使うという手段が入り込んで来るから」
それからノラはいくつかの闇の生物を教えた。そして終わった後にその場にあったスコーンと紅茶を口にする。
一度ティーセットをおいておけばそこに定期的に屋敷しもべ妖精がおやつを持ってきてくれるから屋敷しもべ妖精には頭が上がらない。影の立役者とはまさに彼らの事である。ノラはそう考えていた。
「今日はステビアの紅茶なのね」
「この少し塩味を感じるスコーンに良く合います」
「えぇ。とっても美味しいわ」
「この場所ってとっても幻想的よね。水面を逆から見れるだなんて水に沈んでるときにしか見えないのに、こうしてガラス越しにゆったりと見れるなんて。この木の根や魚も命を感じて素敵」
「スリザリンの寮からはこのような景色は見られますよ」
「あら、それじゃあ見慣れた空間かしら」
「……いえ、ここには」
レギュラスが何かを呟いたがあまりにもその言葉は小さく聞こえなかった。だが、そもそも聞かせる様子もなかったようなのでノラは特に言及しなかった。何を呟いたのかは、レギュラスしか知らない。