エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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選択の季節

 ノラは重要な課題に直面していた。何度もリストを見返しては、手元の紙にペンを走らせかけて、そのたびに手を止めた。

 

「……」

 

 静まり返った図書館で、彼女は何時間も同じ場所から動けずにいた。三年生で取る科目。何を取るべきか。あまり取り過ぎてしまうとそれはそれでパンクしてしまうので良いやり方とは言えない。ノラは授業外でも授業に相当するような行動をとっている。かといって将来的に実は使いました、なんて言うのもまた困った話だ。

 そして、取りたい科目は──すべてだった。わがままな脳みそと足りない体で引っ張りあいっこだ。特に悩んでいるのは数占い学と占い学。最悪全ての科目を取るにしてもこの数占い学と占い学は同じ時間に集まってしまっている。

 数占い学──数秘術は確たる数字の上で占う、ある意味での験担ぎにもなる。もう片方の占い学も占い学だ。大雑把な枠組みではあるものの逆に言えば全体的に何が起るのかを占う事ができる。

 

 だが正直なところ、ノラ自身は占いの才能があるとはまるで思えなかった。これまで運命ではなく偶然によって生き延びてきた身として、運命という言葉に命を預ける気にはなれなかった。

 悩んでいるのはそこでもあるのだが、切り捨てられないのには一つ、大きな理由がある。魔法界には本物の(・・・)占い師がいるという事だ。所謂予言者という者である。彼らの占いは当たるというよりも未来を見てきたかの様な──実際に見ているのかもしれない。ノラには分からないが──口ぶりで誰かの未来を語る。

 そしてその占いは魔法省の地下九階、神秘部の予言の間に収められる。それは小さくても人の人生を、大きいものは魔法界のみならずマグル界、即ち世界の未来を確定させるものだからだ。故に、運命をあり得ないと切り捨てるのも話が変わってくる。

 今のノラには辿る道を運命というのか、辿った道が運命になるのか、どちらなのか分からないけれど

 

「やぁ、君も悩んでいるのかい?」

「あら、リーマス。奇遇ね」

 

 ノラの隣に腰掛けたのはリーマス・ルーピン。今月もどこで作ったのか分からない傷をガーゼで覆っている。大丈夫かと聞こうとしてやめる。ノラの言葉にリーマスは困った様な顔をしながらいつも大丈夫だというのだ。本心で言っているようには思えないがノラはリーマスと寮や性別が違う。下手に踏み込んで失敗すれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。だとすれば彼が困っている時に声を掛ければいいのだ。

 リーマスが座れるように机の上に広げておいたリストを少し寄せる。リーマスも同じリストを開いてノラと同じように悩み始めた。

 

「君はマグル学を取るのかい?」

「取ろう、とは思っているのだけれど……」

「けれど」

「ルーン文字学も魔法生物飼育学も占い学も数占い学も取りたいのよ」

 

 ノラの言葉を聞いてリーマスは苦笑した。

 

「ま、なにか言いたげね?」

「僕は単位が合えば何をとってもいいと思っているからね。逆だと思ったんだよ」

「もったいないわ。せっかくホグワーツで学べるのに。学校で学べる時間は限られているのだから、学べるうちに学んでおくべきだと思うの」

「本当に人生一周目かい? 父さんみたいな事言うじゃないか」

「もったいない精神が旺盛なんだわ、きっと。楽しめるものは楽しめるうちに楽しんでおくのが重要だもの」

 

 リーマスは悩む。確かに、その通りなのかもしれない。ただ、自分には授業を少しでも減らしておく事が重要なように感じていたのだ。授業に出るということはそれだけ多くの学生と絡むということ。そうなれば毎月満月の日だけ居なくなるということをもっと知らしめてしまうようなものでもある。

 

「君はホグワーツを卒業してもきっと勉強を続けるだろうね」

「そうかしら。そうだといいのだけれど」

 

 知識は人生を豊かにするから。ノラはそう言いながらリストに穴を開けようとしているのかと思うほど凝視する。結果は変わらないのに遠ざかって目を細めてみたり、近づいてキョロキョロと文字を眺めている。そんなノラの斜め前にある本を指さしてリーマスは問い掛けた。

 

「その本は?」

「今教科書になっている本を読めば数占い学と占い学、どちらを取ればいいのか決まるかと思ったの。結果としては逆の方向に走ってしまったけど」

「あー……」

 

 どうやら、彼女の言う「もったいない精神」は本物らしい。どちらを選ぶか悩み調べてみたところ、どちらも美味しそうに見えたのだろう。

 

「リーマスなら数占い学と占い学、どちらにする?」

「僕? 僕ならそうだな……」

 

 リーマスもリストに目を移して少し考える。しかし、答えは自分の人生でほとんど決まっているようなものだった。

 

「占い学かな」

「どうして?」

「数は裏切ってはくれないから。数は必ずそこにあるものだろ? 数は数えるだけ。占い学の方がもっと魅力的だよ」

 

 その言葉にノラは腕を組みながら眉をひそめ考え込む。リーマスはそれを横目に自分も持ってきていた教科に合わせた本を読み始めた。放置しているのはなにも呆れたわけではない。同室であるジェームズも似たような動作をするから慣れている、それだけの話だ。ジェームズもよく自分の世界に閉じこもる。天才肌というやつなのだろうか。自分の思考がまとまるまで返事がないなど良くある話。その結果は大抵良いもので、悪いものであってもシリウスが止めに入る。

 ──逆に言えば、二人が悪い方向に走れば誰も止められないという事でもあるが。

 三分ほど経って、ノラは口を開いた。

 

「占い学にするわ」

「本当に?」

「えぇ、まぁ、どちらにせよ、不確かなものなら数は決まっていたら覚えればいいだけだし、それなら流動的な占い学を選択した方が良いように感じてきたの」

「僕の一言に流されてない?」

「確かに決定の一つの理由ではあるけれど思考自体は自分のものよ。うん、占い学は決定ね。後は残り……どうしようかしら」

「他もまだ悩んでいたの……」

 

 じゃん、とノラは長椅子に置いていたのだろう、自分の横から三冊の本を取り出した。右から魔法生物飼育学、古代ルーン文字学とマグル学。完全に学ぶ気である。リーマスはため息をついた。うちの天才(ジェームズ)も学べる時に学んでおけ派閥だ。ノラもきっと最終的には全部の授業を取るに違いない。なぜならあっさりと受ける授業を決めた時のジェームズと似た、好奇心を持った目をしている。

 

「リーマスはどうするの?」

「マグル学はまぁアリかな、同室みんな取るっていうしテストの時にも助けてくれるだろうし。占い学は──紅茶を飲めると聞いたし、悩んでる。古代ルーン文字学と魔法生物飼育学はナシかな。特に興味があるわけじゃないし……」

「魔法生物飼育学に興味はないの? リーマスは闇の魔術の防衛術の授業でも闇の生物について良く知っていたから興味があると思ったわ。意外ね」

 

 ──興味がないと言えばウソだった。けれども狼人間を目の前にした魔法生物たちがどのような反応をするのか分からない。怯えられでもしたら、なにかあるのか分かってしまう。それが怖かったのだ。

 

「魔法生物たちの事が怖くてね。なにかあった時に命の責任を負うのは僕には重たいよ」

「まぁ……」

 

 ノラはハッとしたようにリーマスの顔を見る。

 

「そこまで考えていなかったわ。どうしましょう。私、授業で魔法生物たちに嫌われてしまったら」

「君が?」

「ハグリッドのところに遊びに行った時、たまたまハグリッドが飼育していたオーグリーに怯えられてしまったの。特に何かをした記憶がないのだけれど毎回ファングも鶏たちも怯えてしまって……」

「待った、君、オーグリーにあったの?」

「え? そうよ。怯えてたし鳴いていたから早々に帰ることにしたのだけれど……」

「鳴き声を聞いてよく平気でいられたね」

「あぁ、聞いたら死ぬっていう迷信ね。気にしてないわ。真実はもう解き明かされているのだし、それに噂と存在は別のものよ。噂ではなく目の前に居る存在がどのようなものかを見るのが大切だもの。たとえ真実だったとしても、生きている以上危険をゼロにすることはできない。それでも関わっていきたい、そう思うわ」

「……」

 

 リーマスは黙り込んだ。目の前に居る少女があっさりと言ったことがあまりにも眩しかったのだ。

 狼人間もまた噂や偏見、歴史的恐怖の集合体として見られてきた。それより()もリーマスという人間を見てくれるのかもしれないという希望。危険をゼロにすることはできない、それでも関わろうとしている。その姿勢を小さな鳥にすら向けているのだ。

 もしかするとノラは自分が狼人間だとバレたとしても自分を“人間”として扱ってくれるのかもしれない。受け入れてくれるという確信があるわけではない。怖がられるかもしれない、けれども噂だけで僕を拒絶することはしない。そう、希望を持ってしまった。

 これまで積み重なってきた年月が覆る(救われる)わけでも、狼人間と打ち明けようとも思えない。けれど、拒絶される未来だけは、初めて想像しなくてよくなった。

 

「……僕、魔法生物飼育学、とってみようかな」

 

 怖がられるかもしれない、それでも、決めつけで話をするのは自分が一番嫌だったはずの出来事であるということに気がついた。受けてみよう。ダメだったらダメだったで、授業を取るのをやめたら良い。……きっとこの選択をジェームズたちが知ったら喜ぶだろうな。

 

「いい決断だと思うわ。ついでにルーン文字学もどう?」

「残念。時間割として遅すぎるよ。遊びたい学生にとって遅い時間割というのは受け入れられないね」

「でもこれが便利そうなのよ。医務室で過ごしていた時にだってルーン文字で栄養補給とかできたりしたし」

「なら君がとって僕に教えてよ。空いてる時間でいいからさ」

「リーマス、あなたいいとこどりをしようとしているわね」

「バレた?」

「いいわよ。それなら私はルーン文字学を取るわ。それに……リーマスが取るなら魔法生物飼育学、取ってみようかしら」

「えっ、僕?」

「友達が居るなら私も取ってみたいわ。授業は楽しく、ね? それに、命を大切に扱うなら扱い方を知っておかないと」

 

 ノラの言葉にリーマスはほほ笑んだ。

 

「きっとハグリッドも喜ぶよ」

「よし、これで数占い学以外は全て取ることになったわ」

 

 晴れやかな顔をして選択授業を書き込んだノラを見てリーマスはジェームズを思い出す。彼も似たような顔を浮かべて選択授業を書き込んでいたっけ。

 

「僕も取る授業が一つ増えちゃった」

「宿題手伝ってね?」

「それは僕のセリフだよ。ノラ。君の方が成績がいいんだから」

「勉強は成績だけじゃないわ。色々な視点から一つの物事を見るということが大切なのであって必要なのはそこよ」

「君の学力の高さはそういうところから来ているんだろうね。ただ、僕は君の心配をしているところがある」

「心配?」

「ローズベルトの事だよ」

 

 そう言われてノラは固まった。

 

「試験で君が受かるのか。そこを心配しているんだ。ローズベルトの事だから、君を簡単に合格にさせはしないだろう。なんなら合格基準より上の点数を叩きだしたところで筆記、実技共に点数を意図的に下げられる可能性がある。それに──」

「それに?」

「最近のローズベルトの様子はおかしい。最近君があの暴力的な授業で負けているのが不思議でたまらないんだ」

「……」

 

 リーマスの言う通りだった。闇の魔術に対する防衛術の授業は相変わらずノラを実験体にすることで続いていた。しかし、最近はローズベルトの思惑通り、ノラが一方的に襲われて終わり、という事態が続いていたのだった。

 

「最近、ローズベルトの魔力が異様に高まる瞬間がある。そんな風に感じる時がある」

「授業中に紅茶を飲んでいる時が多いわ。いったん落ち着いてから攻撃すれば強い、のかもしれない」

 

 実践講義の前、ローズベルトは真っ赤な紅茶を一口飲み干す。アールグレイのいい香りがふわりと教室中に広がるのだ。

 

「落ち着いたぐらいで魔力の貯蔵量は変わらない。君だってわかっていることだろう。魔力は元の量もあるけれど食事、睡眠、そして特筆すべきはしっかりとした運動。以上の三つで魔力は増加する。ホグワーツの中に階段が多いのも運動をすることで魔力を増加させる為に存在していて、そう言った意味でもホグワーツは立派な魔法学校だ。疲れている時などに糖分を取って一気に魔力の回復を行うことだってできる。あの真っ赤な紅茶の中に大量の砂糖が入っているのかもしれない。でも魔力の増加はあり得ないんだ」

「それは、そうなのだけれど」

「気を付けた方がいい、ノラ。あの紅茶にはなにか嫌なものを感じる。あの紅茶は良くない」

「どう気を付けたものかしら。飲ませるのを防止するわけにもいかないし」

「うーん。そこが悩みどころだよね。よし、夕食時にでもグリフィンドールの席においでよ。ジェームズとシリウスとピーター、そしてノラと僕。五人で集まって話せば何か案が浮かぶかもしれない」

「シリウスが嫌がらないかしら」

「シリウスはローズベルトが勝ち続ける方に苛立っているよ。授業終わりノラにいつも負けやがって、って悪態をついてる」

「痛い思いをしているのは私なのに──」

 

 ノラがそう話していた時だった。図書館の二階から大きな悲鳴が聞こえてきた。

 

「やめてよ! どうしてこんなことするの!誰か助けて!」

 

 その叫び声を聞いた途端ノラは弾かれたように立ち上がって二階へ繋がる螺旋階段を駆け上っていく。ノラは司書に怒られる可能性を考えていない。悲鳴と助けを求める声を聞いた。理由はそれだけで十分だ。

 リーマスはトラブルに慣れている。さっと自身のリストと本を片付け、ノラの広がっていたリストと紙、本をまとめる。他の生徒はめんどくさいのか司書に怒られるのが嫌なのか見て見ぬふりをしているか、立ち去ろうと自分の荷物を片付けて立ち上がっている。

 

「ノラ、本が多いよ」

 

 若干文句も出たが選択授業の紙を司書に捨てられるよりかはマシだろう。リーマスは本を持ってノラの後を追った。

 

 

 

 

 

 未だに聞こえる悲鳴を元にノラはトラブルの場所に遭遇した。ドタドタとふわふわの茶髪がまず目に入る。青色の瞳からは涙が零れていた。彼はマリオネットのように宙に浮かんで手足がしっちゃかめっちゃかに動いている。彼の下で杖を振る少女が一人、彼と似たような髪色で腰までウェーブかかった髪を下ろしている。スリザリンのローブを着ていた。

 

「レオ……!」

「めんどくさい人のご登場ね」

「ライラ、一体なにをしているの」

 

 ノラが問い詰めたのはライラ・グッドフィールド。ノラよりも二年年上、今は四年生である。マグル界によくある苗字だが、れっきとした魔法族、純血一族だ。彼女は優秀な成績に反して問題児であり、マグル産まれや半純血、血を裏切るものに対しての当たりが酷い。当然、親マグル派であるノラの事も嫌っていた。

 フンと鼻を鳴らしながらノラの疑問に答える。

 

「見てわからない? 授業の練習よ」

「練習なら訓練用人形を使えばいいじゃない」

「あら、そう」

 

 そう言うと杖をフイと振ってレオの魔法を解除した。たちの悪いことに二階から一階に放り投げられる。

 

「わぁっ‼」

「危ない……‼」

 

 ノラは瞬時に足に魔力を込めて身体強化を行い、手すりを乗り越えてレオをお姫様抱っこして着地した。

 

「大丈夫?」

「痛い……体のあちこちが痛いよノラ」

「分かった。医務室に向かいましょう」

 

 

 

 

 医務室に行ってノラはマダム・ポンフリーの診断を椅子に座って待つ。そうしているとリーマスが医務室に顔を出してノラの元に歩いてきた。

 

「あなたも怪我をしたの?」

「ううん。ノラの事だから荷物、忘れると思って」

 

 リーマスに言われてノラはハッとする。言われて気づいた。今ノラは何も持っていない。図書室特別禁則事項第百四十九条『読書席に三十分以上私物を放置していたものは何であろうとその場で処分する』に当たるところだった。

 完全に失念していた。

 

「ありがとう。リストと紙をもう一度もらいに行かなくちゃいけなくなるところだったわ」

「どういたしまして。幸運にも僕はこういう役回りには慣れているからね」

 

 リーマスが隣に座る。レオの診察が終わるまで一緒に待ってくれるのだろうか。しかし、医務室で話すとろくなことが起こらない。マダム・ポンフリーの怒りはダンブルドアですら震えさせると噂が回ってくる程度には。

 五分ほど経っただろうか。マダム・ポンフリーに連れられてレオがやってきた。

 

「お待たせ……」

「レオの体はどうですか?」

「裏返っていた膝を直して、少し強引に動かされた体に張る湿布を出しました。今回の流れを聞いても?ほら、座って」

 

 マダム・ポンフリーはレオを椅子に座らせて紅茶のティーカップを渡しながら問いかける。

 

「実は……」

 

 レオは図書館で静かに本を探していたそうだ。しかし、そこにライラがやってきてレオに呪文をかけた。レオは入学当初からライラに目をつけられている。理由は不明だが、二人の姿はなぜか少し似ているところがあるのが理由ではないかとレオは語った。同じ茶髪にふわふわとした髪質、丸っこい青色の瞳。ライラが穏やかな表情をしたらもっと似ているのではないかと話もあるぐらいだそうだ。

 

「この事はスラグホーン教授にも報告しておきます。いいですね?」

「はい……」

 

 マダム・ポンフリーの言葉にレオは静かに頷く。そうして一同解散となった。

 

「ありがとう、ノラ、リーマス」

「ううん。僕は何もしてないから」

「私も、ただ連れて来ただけよ。もっと早く気づけなくてごめんなさい」

 

 そんなこんなで各寮に戻ることにした三人。別れた後、リーマスは少し足を止めて、ノラの背中を見送った。悲鳴を聞けば迷わず駆け出し、危険を前にしても助けを求める存在が居れば躊躇なく飛び込む。

 その姿はあまりにも眩しく、同時に、どこか危うい。

 ──それでもきっと、彼女は変わらない。

 そうどこかで確信しながら、リーマスは静かに息をついた。

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