エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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終わりの後に残ったもの

 皮膚に熱が当たっていると気がついたのはいつだったか。

 今日は柔らかな日差しのようだ。まぶたは重く、開くのも辛い。

 もう一度眠ってしまおうか。そう悩んだが朝が来たなら起きなくては。眩しさにくらみながら目を開く。

 日常はもう既に始まって──。見慣れたような、見慣れてないような。そんな天井を見上げていた。

 

「……ここ、は」

「医務室だ」

 

 ノラの疑問にそう答えたのはジュディだった。珍しく深海の様な瞳を潤ませている。状況を整理するに、どうも事は片付いたようだ。二年生になってようやく医務室にこうして寝ている事が平穏の始まりだということを理解していた。

 

「起きたんだな」

「えぇ、はっきりと。起きたわ」

 

 何があったのかは、理解した。ジュディの元に駆け出した自分が愚かな選択肢を取った。そして、腕が肘から先がなくなり──。痛みも、違和感もない。それがかえって現実味を遠ざけていた。すなわち。

 

「腕、なくなっちゃったのね」

「あぁ──今はな」

「今は?」

「見てみろよ」

 

 本当は見たくない。自身の腕がなくなった事など到底理解もしたくない。だが、言葉に釣られるように視線は下に動く。

 

「うぇ」

 

 肘の先には、見覚えのない赤子のような手が、不自然なほど無垢に生えていた。はっきり言うと、気持ち悪い。自分の腕になんて言いようだ、と文句が聞こえてきそうだが気持ち悪いものは気持ち悪い。普段から見慣れて受け入れていれば話は別だろうが、腕がなくなったと思った次の瞬間に唐突として現われたのだから許して欲しい。

 

「ブラックに感謝しろよ。あいつがいなけりゃ、お前は死んでいたんだから」

「それは、感謝しなくちゃいけないわ。……私、どれぐらい眠っていたの?」

「四日だ。ったく、心配させやがって」

「心配かけてごめ──今なんて?」

「二度同じ言葉を言う趣味はない」

 

 ジュディの言葉にノラは目を輝かせる。それが気恥ずかしいのか、ジュディは顔を背けた。

 

「心配、心配って言ってくれたわよね!」

「うるさい」

 

 うふふ、とノラが嬉しそうに笑う。実際にあんなに心を閉ざしていた少女がここまで言ってくれるのは、嬉しいことだ。

 

「あぁ、もう! 調子が狂う! アタシ、マダム・ポンフリー呼んでくるからな!」

 

 ジュディはそう言うと立ち上がってノラに背を向けた。ノラはその背に微笑みながら声を掛ける。

 

「ありがとう、ジュディ」

「……知らね」

 

 マダム・ポンフリーが現われるのとほぼ同時刻に滑るようにして医務室の扉からダンブルドアが現われた。姿くらましは使えない筈なのに、大階段を通ってここまで現われたのだろうか。

 

「ノラ、君にまたこうして会えた事を嬉しく思うよ」

 

 マダム・ポンフリーがノラに新たなルーン文字を描くのをぼーっと見ていたら、ダンブルドアは青い瞳をはっきりとこっちに向けているのに気づき、ダンブルドアの方向を見た。

 

「私もです。ダンブルドア先生」

「君が怪我をして医務室に運び込まれた時は心臓が止まりそうじゃった。本当じゃ。ローズベルトの凶行は知っておったが、教師としての立場を崩すとは思いもしなかった事。わしの判断は誤っていた。君はわしに怒る権利がある。校長として生徒を守りきれなかった、責められて然るべき立場じゃ」

「先生が悪いわけありません。……私が、どこかでローズベルト先生の怒りを買う点があったのだと思います。私の落ち度です。きっとどこかで私が折れるべきでした。教授に相談するとか、もっと方法があった筈なのに」

「言い訳をすると理不尽な体罰に罰則、君に当たる度にわしはローズベルトに注意していた。毎週のように、同じ事を言い聞かせた。しかし──それもローズベルトの精神を追い詰める事になったのかもしれん。考える程にわしの思慮が足りなかった事を痛感する」

 

 心の底から申し訳なさそうな顔をするダンブルドアにノラはそんな表情をして欲しくないと、ただそれだけを思った。首を横に振る。

 

「この話は止めておきましょう。私はダンブルドア先生を責めるつもりはありません。きっと、誰も悪くなかったのだと思います。感情の行き違いでこうなってしまった。誰も悪くない。きっとそんな話です」

「君は、そこまで──」

 

 ダンブルドアはノラの言葉を聞いて衝撃を受けたような表情に変わったが首を横に振る。

 

「……君はきっと、もっと怒るべきじゃ」

「え?」

 

 その言葉に今度はノラの方が衝撃を受けたような表情になる。

 

「どうしてですか? 怒る事は良くない事では?」

「感情の発露とはそういうものではない。良い悪いではなく、力の湧き所の話じゃ。きっと君はこれから色んな感情に触れることじゃろう。それをどうか恐れないで欲しい。それは悪いものばかりではないのだから」

「……はい」

 

 いまいち分からないが、ダンブルドアがそう言うならそうなのだろう。しかし怒りの感情は冷静さを失わせる、そうなれば正しい行動が取れない。優しさの行動を取れない。ローズベルトを見ていれば分かるが荒ぶった感情は全てを失わせる。はたして、それを恐れない、という事こそ恐怖ではないのか。それとも──正しすぎるのが間違いなのか。

 

「ローズベルト先生はどうなりましたか? 身体は元に戻りますか? その、常人的な身体を失いましたから、心配で」

「隠そうかとも思ったが、ローズベルトがどうなったのかはいつかは分かることじゃ。少しショッキングな経緯だから病み上がりの君に伝えていいのか、わしが悩むのはそこじゃよ」

「……私は知らない方がいいですか? ならできるだけしばらく新聞を取らず情報をシャットダウンしておいたら」

「いいや、ホグワーツの中でももう十分有名な話じゃ。内密の話じゃったのじゃが、どうやら魔法省の中で元気にしている親御さんを持つ子が真実を知ってしまった。そしてその話を生徒がホグワーツの中でしてしまった。君は今年もみんなに愛されていたようじゃからの。どうしてそうなったのかはみなが知りたがるところじゃろうて」

「……知りたいです。できれば、先生の口から」

 

 ノラの言葉にダンブルドアは一瞬の沈黙の後に目をつむりながら話し出した。

 

「ミス・ボードマンの魔力暴走により受けた一撃の衝撃が強く治療中、だそうじゃ。しかし君とは違い、千切れた腕は元に戻らない。加えて、呪文ではなく体内に取り込む形の魔術で元の人間に戻るのは難しい。また、言語を発することも難しいので取り調べも難航しているようじゃ。殺人未遂などの罪でこのままいけばアズカバン送りは確実、クィンタペッドの姿から戻れないようであれば、死刑になると」

「私は生きているので、できれば生きて罪を償って欲しいです」

「酷な事を言うようじゃが、君が生きていようとも死んでいようとも、そして許していようとも刑罰は変わらない。罪には罰を。それは社会の根幹。秩序の維持は何よりも優先される。いや、されなくてはならない」

「そう、ですか」

 

 ノラはその言葉に黙り込むがダンブルドアは話を続けた。ノラもそれが良いと感じる。あんな関わり方であったが、立場上であっても一年間授業を教えてくれていた先生なのだ。そんな人間の終わりなど、可能である限り考えたくはない。

 

「ユージニアには薬の出所が分かるまでは捕縛しておくべきじゃと伝えたのじゃが、クィンタペッドに変身した人間はあまり置いておきたくないと考えているようじゃ」

「魔法省大臣もそのような判断なのですね……そういえば先生、薬をくれたのは白髪の女性、とローズベルト先生は仰っていました。もしかすると、ミス・ファースが関わっていたのではないかと、一瞬思ってしまいました」

「白髪の女性じゃと?」

 

 ダンブルドアはノラの言葉を反芻すると少し黙り込んでしまった。

 

「貴重な情報をありがとう。ミス・ファースの足取りは未だ掴んでおらんが、ローズベルトの自宅周辺から足取りを追えるかもしれぬ。すぐにでも情報を魔法省に送ろう。ノラは落ち着いて状況を把握している。勇気のある子じゃ」

「いえ、少しでも生き残りたい、そう思っただけです」

「謙虚さも持っている。毎年君には驚かされるのぉ。君は本当に良い子じゃ」

 

 今年も褒められた。その事実に内心喜びながら、少し、傲慢な問いかけをしてみる。

 

「……ダンブルドア先生の保護を受けている者として、私は釣り合いますか?」

「当然。釣り合うどころかそれ以上にノラは良くやってくれている」

 

 

 

 

 

 

 

 医務室は大盛況を見せていた。その賑わいをマダム・ポンフリーが快く思っていないことは明らかだったが、それでも体調不良を訴える生徒は次々と現れた。そうなるともう見舞いに時間制限を設けた方がいいと気づいたのだろう一人五分と決められた直後、ジェームズたち──例のいたずら仕掛け人は「四人なら二十分ですね」と得意げに言い出し、マダム・ポンフリーに頭を叩かれていたのは印象的な出来事だった。

 赤子のようになった手でリリーたちに手を振りながら次の見舞客を待つ。ノラは窓を見上げ、ステンドグラス越しの澄んだ青空に視線を預ける。

 次に入って来たのはレギュラスだった。

 

「レギュラス!」

「静かに!」

 

 ノラが喜びの声を上げるとマダム・ポンフリーは叱責の言葉をすぐに発した。反応が早すぎる。だがレギュラスはその一連のやりとりにも反応せず、無表情のままノラのベッド脇の椅子に腰を下ろした。

 

「レギュラス、あなたは怪我しなかった?」

 

 だが、ノラが問いかけても無言だ。どう声を掛けるべきか迷っているうちにやがて一分ほどの沈黙が流れ、レギュラスはうつむいて表情が見えないまま、ようやく口を開いた。

 

「……怪我をしていないかどうかを、あなたが言うんですか」

「え、えぇ、心配だったから、その、そうよね」

「僕を見たら分かるでしょう。怪我をしていないのは一目瞭然です。あなたが昏睡してからも何も変わらぬ日常を送っていました」

「それは良かったわ」

「良いわけないでしょう……!」

 

 表情は相変わらず読み取れなかったが声の震えだけは隠しきれておらず、ノラはそれに気づいて言葉を失った。

 

「あなたは、どうしてそこまで……。屋敷しもべ妖精は代わりが沢山居ます。エディソン先輩が命を賭ける必要なんて一つも無かった。僕には理由が分からない」

「レギュラスは、いいえ、あなただけには分かるはずよ」

 

 レギュラスの言葉にノラは即座に返答する。その言葉にレギュラスは顔を上げてノラを見る。その目はどこか潤んでいるようで安心させなくては、と微笑みながら口を開く。

 

「あなたは誰よりも熱心にラビットを救う事を考えてくれた。他の誰でもない、あなたが。……レギュラスが屋敷しもべ妖精の代わりが居ると本心から思ってみるとローズベルトの暴挙を止めようとする必要は無かった。あなたのおじいさまに頼る、そんな話をする必要もなかったはずなのに。あなたは屋敷しもべ妖精を心から愛している。私はそう思ったわ」

「それ、は」

「レギュラスは命を大切に扱える人なの。私は──自分が多少怪我をしてしまう事を許容してしまうから。私の行動も許せなかった。だからレギュラスは私に怒っている。違う?」

「……」

 

 レギュラスは再び黙り込んでうつむいた。ノラの推理は当たっていたようだ。ノラの為にレギュラスが怒っている。不謹慎だと分かっていても、それが何より嬉しかった。微笑みを浮かべていた筈だが思わずニヘラと顔を崩す。レギュラスにはこんな表情は見せられない、とレギュラスがうつむいている事を良いことに、表情を元に戻してレギュラスの言葉を待つ。

 

「……その通りです。僕は怒っているんだと思います。あの時からずっと。僕は怒っている」

 

 自分の感情を確かめるようにレギュラスは言葉を句切りながら話す。

 

「あの時、軽率に自分の命を投げ出した。あなたの行動にずっと怒っています。エディソン先輩が強いのは分かっています。去年起った事件は誰でも知っている。杖十字会の戦績も僕の耳に届いています。けれど、けれども──あなたはお人よしが過ぎる。いつもそうです。誰かが困っていたら手を差し伸べなくては気が済まない。自分にできないことであっても、きっとあなたは人を助けようと動くでしょう。けれども、あなたがそう突っ走ってしまったら、いったい誰が、あなたを助けるというのですか」

 

 レギュラスの言葉に思わず黙り込む。けれども、その答えはもうとっくに出ている。

 

「私はもう十分色んな人に助けられているわ。勿論、あなたにもね」

「僕は、何もしていません」

「いいえ。私はあなたに助けられたわ。あの時レギュラスが居なければラビットを救う事はできなかったし、誰も助けを呼ぶことはできなかった。ジュディもそう、ジュディが居なければ私はずっとローズベルト=クィンタペッドに追われ続けていた。去年もそうなの、みんなで進級できるノートを作れたのは教授達が、そう、うっかりなのだけど、テスト用紙を落とさなければどこをまとめていいのか分からなかった。それにジェームズは自分のしたことを誇ろうとはしないけれどジェームズが居なければヌンドゥを助ける事は出来なかった。──私は誰かが欠けていたら、もうとっくに死んでいるの」

「……」

「ほら、あのホラー小説の主人公もそうだったでしょう? 自分が助かる為にまずヒロインを逃がした。でしょ? 私の行動は、私を助けてくれる。だから、私は怖くないの。誰かを助ける事は自分の為でもあるんだから」

「でも、それでも──僕はあなたを失う事の方が怖い」

「……うん」

 

 レギュラスは相変わらずうつむいて表情は見えないがはっきりと分かるほど声が震えていた。

 

「ありがとう。レギュラス。私の為に、怒ってくれて」

「いいえ、これはきっと僕のエゴですから」

「私ももっと自分の命を大切にするようにする、約束よ。けれども、どうしても対応してなくちゃいけない時はからなずあるわ。だから、その時は──私をまた怒ってくれる? その為に私は必ず生きて帰るから」

「……はい。何度でも、何度でも僕はエディソン先輩を怒ります。止めてと言っても止まりませんから」

「う、程々にね」

「程度によります」

 

 ノラの言葉にレギュラスはきっぱりと返した。さっきまでの泣きそうなレギュラスはもう居ない。どこか晴れやかな顔で自然に笑っている。今まではほとんど笑う事がなかった。笑っているとその直後にどこか自分を責めたような顔をしていたが今は違う。素直に、心から笑っている。その笑顔は、ノラが今まで見たどんな表情よりも眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったー! 勝ったわ!」

「どうして……!」

 

 ジェームズが崩れ落ちるのを見ながらノラはガッツポーズを取る。胸を張り、フンスと鼻を鳴らした。

 

「図書館で勉強しなかったのがあなたの敗因よ。先日テストの範囲内で新たな論文が出たの。図書館にはその知らせが出ていたわ」

「知っていて教えなかったのか……!」

 

 悔しそうにノラを睨むジェームズを見て胸を張り、フンスと鼻を鳴らした。

 

「教科書の範囲内とその周辺さえ固めておけば良いと考えたあなたが悪いのよ。情報収集の失敗を私のせいにしないで欲しいわ」

「今年も首席おめでとう、ノラ」

「ありがとう、リーマス」

「三点差で次席とか許せないー!」

 

 ジェームズの言葉に肩を竦めながらシリウスが口を開く。

 

「俺、四位。特に口を出せる範囲に居ないぜ。トップスリーに入る事すらできなかったんだから。首席は無理にしても次席ぐらいは取るつもりだったんだがな……なぁお前ら、100点超えて点数争いするの止めてくれないか?」

「四位って十分凄いさ、シリウス。僕なんて十五位だからね」

「そうだよ。うぅ、僕三十八位だよ。地面に入らないと気まずいよ」

 

 リーマスとピーターが次々に口を出す。ピーターは地面に入らないと気まずいと言うが、彼の周辺がおかしいだけで百五十人程度居る中、三十八位は頭の良い分類に入って居る事に気づいていない。

 五人で点数表の前で談笑していたがノラは一人の少年を見つけ、程々に切り上げて少年の横に立つ。

 

「レギュラス、テストはどうだった?」

「エディソン先輩のおかげで首席でした。全てのテストで百点超えです」

「おめでとう!」

 

 ノラがレギュラスの手を取って上下にする動きはどこか可愛らしくてレギュラスはふふ、と笑う。

 本当にレギュラスが笑う回数が増えた。一緒に居る時、休憩時間のすれ違いの時、大広間で目があった時。目を合わせる度にレギュラスは笑ってくれる。

 

「レギュラスの努力が報われた瞬間よ! 私はただの添え木でしかない。私と居ない時でもレギュラスが自習していた事を知ってるわ。その度にあなたの凄さを実感していたの。私にはできない事だなって」

「そうなんですか? 見られていることに気づきませんでした」

「それだけレギュラスが集中していると言うことよ。良いことだわ。過集中も悪いけれど、ちゃんと時計を確認しながら勉強しているじゃない」

「そこまで見られてましたか……声を掛けてくれても、良かったじゃないですか」

 

 レギュラスがモゴモゴと言葉を付け加えるのを聞きながらノラはうんうん頷く。

 

「たまには一人で勉強するのも大切だと思って。それにほら、私が自習室で勉強しているとどうしても人が集まって来ちゃうから。迷惑になることも多いの」

「自慢ですか?」

「いいえ、事実よ。嬉しいことにみんな私に分からない所を聞いてくれるの。それを答えたり一緒に悩んだりしていると自分の分からない所も理解してくるからとっても助かっているわ」

「……ノラ先輩がそう思っているなら良いですけど」

「ありがとう、そう言ってくれ──なんですって?」

 

 レギュラスの言葉にノラは自分の言葉にストップをかける。気のせいでなければ、気のせいでなければ、だ。今、レギュラスは確かに。

 

「名前、呼んでくれた?」

「……周りの人が呼んでるのが、少し羨ましくて」

「先輩無くてもいいのよ?」

「それは踏み込み過ぎてる気がして……」

「そう、それならレギュラスの尺度に任せるわ。いつか名前だけで呼んでくれたら嬉しいわ」

 

 ノラのその言葉にレギュラスはこくりと頷いてはい、と返答した。

 そんな二人の目の前にパチン、と音がして目の前に一人の屋敷しもべ妖精が現われた。生徒が沢山居る中で屋敷しもべ妖精が出てくるのは珍しい。彼らの姿を見ても一瞬でどこかに消えてしまうからだ。だが、目の前の屋敷しもべ妖精は違った。その大きな瞳でレギュラスとノラをはっきりと見つめている。

 

「おめでとうございまピ。お嬢様、お坊ちゃま」

 

 元々は白いリネンであったのだろうが灰色になり、あちらこちらがシミまみれになっている服の上に赤い襷のような布をかけているという出で立ちの、白い垂れ下がった耳が特徴的な屋敷しもべ妖精だった。そう、彼女の名前は。

 

「「ラビット!」」

 

 レギュラスと二人で思わず声が被りながら彼女の名前を呼ぶ。あれから厨房に行ったりしていたがノラ達に迷惑をかけたからと精一杯仕事をしている、と聞いていたので無理矢理に会うことは叶わず、今まで会えていなかったのだ。

 

「ラビット、あぁ、あなたに会えて良かった。テスト期間が終わったら厨房を見張ろうかと思ってたの」

「思ってたんですか……」

 

 ノラの言葉に若干ドン引きながらレギュラスは呟いた。幸運な事にその言葉はノラの耳に入らずノラはラビットを抱きしめている。周囲の生徒達が何事かと覗き込みに来たのでレギュラスはそんなノラの手を引いて歩きだした。ノラは嬉しそうにもう片方の手でラビットの手を握りしめている。何処に行こうとしているのかは考えていない様子だ。

 テスト勉強も終わったので誰も居ない闇の魔術に対する防衛術(DADA)の塔にある空き教室に来た。ラビットがちょこんと長椅子に座ったのを見ながらレギュラスとノラはその隣に座る。

 

「君に会えて良かった。僕も会いたいと思っていたんだ」

 

 レギュラスがそう話を切り出した。

 

「お二人がラビットの事を覚えていてくださってラビットは嬉しく思いまピ」

 

 ラビットはそう言うと大きな瞳から涙を流す。

 

「テスト期間中にお会いするのは良くないと思ったのでテストが終わるまで待っていたんラピ」

「ラビットはもう元気?」

「はい! お嬢様のお陰で怪我一つないラピ!もう身体に傷は一つもありません。── 坊ちゃんもラビットが渡した屋根裏おばけの肉でお嬢様を救ったと聞きました! ラビットもお役に立てたようで嬉しいラピ!」

「……はい?」

 

 レギュラスはその言葉にカチン、と固まりノラは不味いと頭を抱える。

 

「今、なんて?」

「屋根裏おばけの肉でお嬢様を救ったと聞いたラピ!」

「僕はそんなことをしていないよ。──屋根裏おばけの肉?」

 

 意味が分からないという顔をしているレギュラスにノラは“例の肉”について話をすることになった。

「──」

 

 何も言えないレギュラスの肩をポンと叩きながらノラは一つ疑問に思った。

 

「そういえば意識がないけれど私あの固い肉を食べることができたのね。意外に元気だったのかしら」

 

 ノラの言葉にレギュラスは唾が気道に入ったのか大きな咳をしてゲホゲホと苦しそうに息をする。

 

「大丈夫⁉」

「えぇ、大丈夫、大丈夫です。大丈夫なので、あの件……いえ、あの肉に関しては突っ込まないようにしてください」

「え、えぇ。そうね、あまり思い出したくない原材料だし……」

「はい、そうです。絶対に忘れてください」

 

 レギュラスはどことなく不自然な返答をしたがノラは全く気付かずに話を進める。

 

「でもありがとう。ラビット。あなたのお陰で命拾いしたわ」

「光栄でございます……! そんな! お嬢様がありがとうと仰った! そんな! ラビットは信じられないと思いまピ……!」

 

 ラビットは目から大粒の涙を流しながらおいおいと泣いている。ノラがハンカチを渡そうとするとレギュラスが止める。そうだ、何かを与えるという事は屋敷しもべ妖精にとって良くない事だ。

 

「レギュラスもありがとう」

「屋根裏──肉を渡してくれていたのはラビットのお陰なので僕に感謝する必要は」

「あなたはラビットからのプレゼントを大切に持っていてくれた。そのおかげで今私はここに居るの。だから、ありがとう。レギュラス」

 

 レギュラスは少し困った様にした後、笑顔ではい、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、空席はっけーん」

 

 ジュディはそういうと窓から強引にショルダーバックを放り投げて入れる。トスンと綺麗にコンパートメントのソファに鞄が着地した。

 

「で、またあんたらがいるわけ」

「今年もお邪魔します」

「邪魔するのが分かってるなら帰れよ……」

「まぁまぁそう言わずに」

「……まあ、いっか」

 

 ジュディの言葉にレオとノラは顔を見合わせる。レオは天変地異でも起るのではないかと言わんばかりの顔だ。

 

「ンだよ」

 

 ジュディはその二人の顔を見て文句ありげに窓の外を見た。

 

「別に~」

「嬉しいだなんてこれっぽっちも~」

「「思ってないから~!」」

 レオとノラが声を合わせていう言葉にジュディは頭を抱える。コイツらを受け入れなければ良かったのかもしれないと後悔しながら。

 

「今年もとても濃かったわ」

「まぁ、腕が無くなったら濃くもなるだろうよ」

「また生えてきて良かったわ。魔法族の頑丈な体に感謝よ」

「そんな幸運がなんども続くとは考えない事だな」

 

 ガラリ、とコンパートメントの扉が開くとそこにはギデオンが立っていた。

 

「体力は常に減っていく。最高のコンディションじゃなくて最悪のコンディションで戦える事を頭の片隅に入れておくことだ」

「闇祓いになる人の言葉は違うわね。闇祓いおめでとう。魔法省から公式にオファーが来たって聞いたわよ」

「知ってたのか。報告に来たのに」

「ホグワーツで知らない人間はいないんじゃないかしら。ギデオン・プルウェットが闇祓いになるっていう事を」

「実は、それだけじゃないんだ」

 

 ギデオンはポツリと呟いた。

 

「それだけじゃない?」

「……きっとノラにも声が掛かる。兄貴も姉貴も同じだ。その時、ノラがなんて言うのかは分からないが同じ選択をすることを祈っているよ」

 

 はて、と首を傾げる。今のところ魔法省からお呼びを貰う予定もないし、将来闇祓いになるという目標もない。声が掛かるというのは一体なんなのか。

 

「何のこと?」

「その時が来たら分かるさ。まだ何年も先の事だが」

「もう、随分もったいぶるのね」

「なにせ卒業時のお楽しみ、だからな」

 

 ギデオンとそんな会話を楽しみ、ギデオンが立ち去った後はルシウスが訪れた。ルシウスは就職するのではなく父の後を継ぎ土地の経営で過ごしていくそうだ。そんなこんなで卒業する上級生や駄弁りに来た同級生達と会話をする。気がつけばお昼になり、あっという間に夕方になった。

 

「はぁ、やっと静かになれるぜ」

 

 キングズクロス駅に着いてジュディはそう言った。その言葉にノラは首を傾げる。

 

「あら、ジュディの周囲はこれからもうるさくなるわよ?」

「はい?」

「ジュディはクリスマス休暇と同じく夏休みも私の家に来てもらうんだから」

「誰と約束したんだ?」

「ジュディと」

「してない!」

「してたわよね?」

 

 ノラはレオに問い掛ける。レオはうんうんと頷きながらノラに同意を示した。

 

「確かにジュディは夏休みにノラの家に行くって話をしてたね」

 話をねつ造するな! ジュディはそう怒鳴りながらトランクケースを持って外に歩いて行く。三人ともホームに降りてじゃあと手を上げる。

「また手紙を送るわね」

「僕も送る!」

 

 ジュディは声を出さなかったが諦めたようにため息をついた所をみると観念したようだ。

 今年も無事、一年が終わったのだ。ノラは自宅に帰る為に足を踏み出した。

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