エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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二人だけの勉強会

「できるだけ静かな場所で勉強会をしたいです。可能であれば──二人きりになれるところで」

 

 ただ、そう言ったものの、ノラの交友関係の広さに驚いた。何処に行ってもノラは話しかけられ、自然と人が集まってくる。普段は気にしないから二人きりになれる場所を考えた事なかったわ。そう呟くノラの背中を見つめる。これではノラに取り入る作戦も失敗に終わるだろう。二人きりになってレギュラスという個人を見るのではなく、大勢居る後輩(モブ)の一人としてしか見られないだろう。

 ブラック家である自分をそんな風に取り扱うのは気にくわない。やはり約束を取りやめるべきだろうか。別に、ノラ一人と繫がらなかったからと今後、人との関係性に困る事はないだろう。ブラック家なのだから。そんな風に考えているとピタリと止まってノラは呟いた。

 

「──知ってるわ」

 

 ただ、と彼女は言葉を続けた。

「割と人目に付きやすいところに秘密の部屋があるのよ」

 

 意味が分からない。秘密の部屋なのに人目につきやすいとはどういう事なのだろう。実はあんまり部屋ではない可能性を考える。ノラについてレギュラスは歩いて行く。着いた場所は温室。確かに、人に会わないといえば会わないのだろう。しかし、秘密の部屋、というにはあまりにも知られすぎている。しかしノラは教室を通りすぎて人気の無い奥へと進んでいく。この先にはノラとレギュラスが出会った木と小さな池しかないはずだ。確かその側にベンチがあった筈だ。……まさかと思うが、そこを部屋というつもりなのだろうか。

 若干疑いの目線を向けながら歩く。そして少し曲がりベンチの前に着いた。やはりこの温室が秘密の部屋なのだろう。正直に言うと落胆した。勉強を教えると誤魔化して責任逃れをするつもりなのだろう。

 

ホネマム・レベリオ(人よ現われよ)

 

 急にノラが魔法を使った。そこまで厳重に人を探さなくてはいけないのだろうか。この場所は人が来るときは来るし、来ない時はとんと来ない。

 

「あー、それではコホン。『君の事を愛してる』」

「はい?」

 

 急な告白とも言えない、平坦でどこか恥ずかしそうなその言葉に首を傾げる。なんの儀式なのだろうか。勉強を始める前には気合いを入れないと始まらないとかいう、そういう話なのだろうか。

 レギュラスの怪訝そうな顔にノラは慌てて目の前で手を振りながら誤魔化すように言い訳をする。

 

「いや、その、呪文で」

 

 それと同時に目の前の石畳がガタガタと大きな音を立てて動き始める。すると口を開けるようにして階段が現われ、思わず息を呑む。ホグワーツは見えない場所がある。そう本で読んだ。常識に囚われていた自分を恥じながらノラを見る。先ほど疑いながら見たにもかかわらず一切気にしていない様子でレギュラスに向かって太陽のような笑顔を向けている。

 

「たまに一人で来てここで落ち着いてるの。私とあなたの秘密の場所よ?」

 

 そう語りながら手慣れた様に階段を降りていくノラの後ろを着いて歩く。昼の陽の光があるからと言って暗闇に歩いて行く階段を見ずに歩くほどレギュラスは愚かではなかった。一歩一歩確かめるように階段を降りる。後ろからまたガタガタと大きな音を立てて扉は閉まっていく。本当に口みたいだ。そう思いながら。

 そこは薄暗い石造りの部屋だった。壁は荒い岩肌をそのまま残し、天井は低く孤を描いて迫ってくる。レギュラスの目線は大きくはめ込まれた円形の窓に向けられていた。厚いガラス越しに青緑色の水の世界が広がっている。水の中では無数の気泡がゆっくりと上昇し、淡い光を散らす。向こう側には木の根っこが生えてるのがランプがついていないのにはっきりと見えた。沈んだ古城の残骸を思わせる。窓から差し込む水底の光が、部屋の床に揺らめく波紋を描き、静寂の中に不思議な動きを与えていた。

 ここはまるで時間から忘れ去られた部屋。──故に、秘密の部屋なのだろう。

 

「……僕に教えて良かったのですか?」

「あなただから教えたのよ。レギュラス。あなたの事を信頼しているから」

「出会ったばかりなのに──」

「どうしてかしら。あなたなら、と思ったの」

 

 そんな信頼を寄せているのか。その言葉にレギュラスは固まる。彼女の言葉にすぐに返せる程、自分は清廉ではない事をレギュラス自身が知っていた。しかし、不思議とこの場所の事を話そう、だなんて思いもしない。この場所は秘密であるからこそ美しい。この美しさを損なう事などレギュラスには到底できない事だった。

 紅茶のポットと驚く程の量のスコーンが置いてあり、ポットを触ると先ほど淹れたばかりのように熱かった。レギュラスのそんな様子を見ていたノラが口を開く。

 

「ここすらは屋敷しもべ妖精も知っているのね」

「屋敷しもべ妖精は裏切りませんから。この場所の秘密も守ります」

「えぇ、私も彼らを信じているわ。掃除してくれているのもきっと彼らね」

 そういいながら暖炉にポッと火を付け、ランプに灯りを点しながら言うノラに思わず視線を寄せる。屋敷しもべ妖精を信じる、それは良い方面なのか悪い方面なのかレギュラスにはまだ判断がつかなかった。

「ほら、そこのテーブルに座って。一緒に勉強するんでしょう?」

「え? あ、はい。それでは失礼します」

 

 ノラの言葉に促される様に荷物を横に置いて椅子に座る。まず、習いたい授業と言えばこれだ。教科書を取り出し、ノラの方に本を向けて科目を伝える。

 

「闇の魔術に対する防衛術の授業なのですが」

「ひぇ」

 

 するとノラは怖い物を見たかのような声を上げ、固まって背筋が伸びている。そういえば、最近噂で聞いた。ノラは闇の魔術に対する防衛術の教師、フレイラニア・ローズベルトから酷い嫌がらせを受けていると聞く。レギュラスとしてもあの教師は苦手だ。

 教師という立場を逆手に取って人を差別する。レギュラスは差別されているタイプでどちらかというと気に入られている方だった。様子を見ていると顔や成績、立場などで区別しているようで、パッとしない生徒やマグル生まれで授業についていけないタイプの生徒を見下している。一方気に入られているレギュラスとしては確かに扱い易い教師であった。

 

 だからといって気に入られる努力をした訳ではない。レギュラスはそんな気に入られ方は慣れている。特別扱いをした事もなく、取り入った事もない。顔や成績、血筋での立場が良いのは当然とも言えることだった。

 だが、ノラとしては嫌がらせを受けている方だ。しかも他の生徒よりも断然酷いらしい。何が気にくわないのかは興味がないがおそらく僻みだろう。

 彼女のバック(保護者)が誰なのかを知らない、愚か者だった。しかし、それを理由に勉強を教えて貰わない、というのはレギュラスにとって困る話だった。そこの事情を鑑みる必要はレギュラスにはないのだから。

 

「……どうしましたか?」

「コホン何でもないわ。それじゃあ今の所は……やっぱり、闇の魔法生物ね。分かったわ」

 

 そう言いながら教科書をよく見ようとしてくる彼女に少し驚いた。自分の顔が良い分類である事を理解し、顔の整った父や母、兄に囲まれて育ったレギュラスは他の人間の美しさというモノにはもう慣れていた。

 それでも、今、この瞬間。彼女が近づいた一瞬。静かに、確かに、心が揺れた。

 彼女の美しさが「綺麗」などという言葉に気づく。サラリと流れる金髪、完璧すぎる輪郭、透き通るような白い肌。わずかな影さえも計算されたかの様に美しく、まるで世界が彼女を中心に色を付けたようだった。

 

「これは……チュトラリースピリット。指導霊。……あら、これここまでしか語られてないの?」

 

 ノラもレギュラスのノートを見て不思議そうに首を傾げた。知識が足りないと言わんばかりの表情に少し嬉しく思う。やはり勉学に励んでいる者からすると知識があまりにも足りないのだろう。

 

「後は授業で守護霊とは違うという言葉だけだったのですが、腕がこの通りで本を探せずにいたんです」

「うぐ」

「理解が出来るように教えて頂きたいです」

「えぇ! 任せて!」

 

 ノラの説明は非常に分かりやすいものだった。ローズベルトの授業ではこうはいかない。ただ手取足取り差別して贔屓して、勉強の面白さの欠片もない下品な授業で得られる情報はあまりにも少なすぎた。これなら家で習っていた方が断然マシである。

 ダンブルドアはこれで何も言わないのか、イライラすることも多数あった。

 

「それで、守護霊の魔法(パトローナス)はありますが、あまり指導霊というのを聞いたことはありません。守護霊との違いはあるんですか?」

「そうね、守護霊との違いは言葉の通り、私たちを指導してくれる精霊なの。そうね……例えば個人、家族、集団、あるいは彼らを守って導き、教える精霊。個人個人に存在して邪道には入らないように導く守護霊とは違ってね……どちらかというと気まぐれに現れる天使のような存在かしら。ともかく、指導霊は真実の道を辿らせる為に人間の非行を諭すことさえあるのよ」

「……清く生きるように促す守護霊に対し、真実を求めて生きるように促す指導霊、という事ですか?」

 

 レギュラスの要約にノラはぱぁっと音が着くような程に明るく、喜ぶ。

 

「大雑把に言えばその通り。守護霊は闇の魔術を使わずに遠回りでより良い方向へ向かわせる、指導霊は本人や集団が正しくあろうとする方向に向かわせるためには闇の魔術でも使わせるって事。だから、私は指導霊はあまり好きじゃない」

「正しさに辿り着けるなら、方法が闇であるかどうかは重要ではないと思います。手段の一つとして存在するのであれば実際にソレが闇の魔術かどうかは──」

 その言葉を発したレギュラスはノラは人差し指で口を塞がれた。文句を言おうとしたその口に対するその軽い接触に思わず黙り込んでしまう。

「いいえ、レギュラス──闇の魔術は正しさの名で選んだ瞬間に、もう正しさではなくなるのよ。その考え方そのものが、もう闇に片足を踏み入れているの。闇の魔術ではなく普通の魔術で対処できるように魔法を学びなさい」

 

 だからと言って、ノラの言葉に納得がいった訳ではなかった。正直、闇の魔術と分類される方がおかしい。レギュラスはそう考えていたからだ。魔法使いが魔法を封じられたら、それはただのマグルと同じだ。全てを野蛮に解決しなくてはいけない。魔法使いの魔法を封じるなど、面白くもない冗談に聞こえる。だが、目の前の少女はそれを本気で()とした。当然だと言うように。

 

 再度文句を言おうとしたが今はディスカッションをする場ではない。ここで文句を言おうものなら彼女はレギュラスから離れていくだろう。それに──腹立たしい事だが──闇の魔術とは違法なものだった。それを()とする事は違法行為を肯定している様な立場になる。それは、不味い。それがバレれば犯罪者と一緒になってしまう。法律とは見知らぬ誰かだけを救う物ではない。自分を救う物でもあるのだから。

 

「そうですね」

 

 とレギュラスは静かに返事をした。ここは「正しい」答えを返すところだ。

 

「──すみません。軽率でした。ただの、例え話です」

「良かった。どうしても闇の魔術というのは軽んじてしまうものだから。特に魔法に浸ってるとその感覚が鈍ってくる。レギュラスも気を付けてね。一度闇の魔術に手を出したら後には闇の魔術を使うという手段が入り込んで来るから」

 

 いくつかの闇の生物を教えて貰い、今日の分は終わりだという話になるとノラは真っ先にスコーンと紅茶を手に取った。皿に取り分けて貰いレギュラスもそのスコーンを割って紅茶を飲む。砂糖が入っていないのにこの甘さ──。ノラは一口飲んで嬉しそうに

 

「今日はステビアの紅茶なのね」

 

 と味の感想を言った。

 

「この少し塩味を感じるスコーンに良く合います」

 

 レギュラスもその味の考察に乗る。ノラの感想と同じだったからだ。この甘さとスコーンの塩加減。これ以上はないほどに食べ合わせが良かった。

 

「えぇ。とっても美味しいわ。──この場所ってとっても幻想的よね。水面を逆から見れるだなんて水に沈んでるときにしか見えないのに、こうしてガラス越しにゆったりと見れるなんて。この木の根や魚も命を感じて素敵」

 

 ノラはそう言うと窓に手を当てる。この空間が本当に好きなようだ。彼女ほど人に囲まれた生活を送っていれば、たまに一人になりたい事もあるのだろう。そうであるなら静かで落ち着いたこの空間は好ましい。

 口からフとこんなことを口にしていた。

 

「スリザリンの寮からはこのような景色は見られますよ」

 

 スリザリンの寮を思い出す。スリザリンの寮はここと同じように石造りの壁と床で構成されており、冷たく湿った空気を感じることができる、荘厳な空間だ。壁にはスリザリンの象徴である蛇があらゆる所に刻まれ、レギュラスの自宅と同じような緑と銀色の豪華なカーテンやタペストリーが吊り下げられている。陽の光を感じられないその部屋はどこか物寂しいと言っても過言ではなかったが、不思議とレギュラスはそんな談話室が好きだった。

 

「あら、それじゃあ見慣れた空間かしら」

 

 ノラの言葉に同意は出来なかった。ランプのお陰もあるが、なぜかこの空間は明るく、照らされているようで──。レギュラスは自身の寮とこの場所の違いを探ってみる。そして気がついた。

 

「……いえ、ここには」

 

 あなたが居ますから、と言いかけて、その言葉を紅茶と一緒に飲み干した。

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