エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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気づかぬ想いのかたち

 レギュラスはなんてことのない一日を過ごす──そのはずだった。

 

「君はどうしてノラ先輩の隣にいる表情が柔らかくなるの?」

 

 唐突に問い掛けられた問い。それはレギュラスを困らせる問いだった。

 レギュラスは闇の魔術に対する防衛術(DADA)の塔の三階で特等席に座っていた。軽やかな音楽を奏でながら、ひとりでに踊るバイオリンたちの真横。紅茶を楽しめる一人席で、彼は静かに本を読んでいた。

 今日は休みの日で同室たちがトランプで騒ぎ出したが注意するのは流石に気が引ける。王族のような立場にあるからこそ、周囲を軽んじる振る舞いは許されない。それに、学生に休日に遊ぶなという方がおかしいだろう。レギュラスは本を片手に談話室に移動することにした。

 

 古い石造の談話室。高いアーチ状の天井から垂れ下がるカーテンはレギュラスの何倍も大きい。隅に据えられた暖炉は、室の一角を照らしあげている。

 レギュラスは談話室が好きだった。かつての栄光を静かに語っている談話室は暖炉の火がパチパチと音を立てる以外の音はせず、豪奢ながらもどこか寂寥とした空気が満ちて静かな空間だ。そう、普段であれば、の話だ。

 しかし今日の談話室は、例外的に騒がしかった。話を聞いているとルシウス・マルフォイが開催した魔法のチェスの大会が行われているようだ。優勝者には賞品が与えられるとなって男女入り交じって野次を飛ばしたりしている。自分も誘われたが断ったことをそこで思い出した。

 

 ルシウス・マルフォイも今年で卒業だ。卒業すれば他の家と関わる場はどうしても少なくなる。そのため、少しでも純血一族や優秀な生徒との関係を増やしておきたいのだろう。実際あの輪の中にいる人物は全員なんらかの突出する血筋や能力を持ち合わせている。半純血が混じっているのも、きっと有能な人間に対して今のうちから唾をつけておきたいのだ。

 ──別にそれが悪いことと言うつもりはない。むしろルシウスの行動は真なるスリザリン生のやることであり、正しい選択だ。ルシウスはスリザリンの中で目立つ栄誉と友を探す場を与え、その代わりにルシウスの地盤固めの土台となる。ウィンウィンの関係。それが社交界というものである。

 

 本来は自分も参加しておくべきだったのだろうが、レギュラスは騒がしい場は好きではないし、個人開催の大会など出たところで得られる名誉は知れている。そもそもレギュラスはああいうことをしなくても有能な人間や純血主義者達は寄ってくる。レギュラスは、選ばれる側ではない。常に、選ぶ側だ。

 唯一、こちらから声を掛けたのはノラだった。彼女は人気者だがその分、生徒が千人も居る中でわざわざ関わりの無いレギュラスを選んで声をかける事もない。レギュラスからもノラはイギリス魔法界の中で大人子供問わず名前を知っている有名人だということは知っていた。その絵画に描かれたような見た目から何らかの魔法生物か魔法族の血が流れていることも推察できる。でも、それだけ。

 

 レギュラスの中で興味を持った瞬間は、あのノートの制作者だということを知った瞬間。それだけでレギュラスが多少の関心を寄せるには十分な理由になったのだ。

 

「このノート勉強になるから是非使ってみて」

 

 最初、マルシベールからそう言われてノートを受け取った時には正気ではないと思ってしまった。ノラが作ったノートは貨幣で裏取引されるほどの人気を博していた。

 しかし、物品的価値があるなら兎も角、勉強に使っている一般的なノートなど貨幣でやりとりする程のものでもないだろう。しかし貰った物の価値も知らぬ訳にはいかない。話題になった時にまだ読んでません、は印象が悪すぎる。パラパラと捲って軽く内容を頭に入れればいいだろう。そう、思っていた。

 

「──」

 

 気がつけばレギュラスは前のめりになってそのノートを読んでいた。それは、ブラック家の教育にも匹敵するほどの知識が詰め込まれたノートだった。しかし過分に内容が書かれているわけでもない。更に横に付け加えられた豆知識はハッとさせる物で印象に残る。更に持っている科目とは別の科目でも活かせるものだった。慌ただしい状況だったとは聞いているが、その渦中でも焦りを感じさせない内容、読みやすく落ち着いた筆跡。科目は一つではなかろうに。

 あの偶然が生んだ出会いがなければ、レギュラスも話しかけることもなかっただろう。ノラの能力を高く評価していた所にノラに申し訳なくさせるというカモネギ状態。咄嗟にノラに「勉強を教えてください」と言ったのは今年一番の収穫だろう。

 そんな風にノラの事をフと思い出しながら本を読んでいた。

 

 おとなしく読書をしていたが、だんだんとテンションが上がってきた生徒達の声が大きくなってきている事に気づく。ナルシッサもそれが気に障ったのか少し乱暴に本を閉じると自室に戻っていった。レギュラスにはその行動が羨ましかった。自分も自室に戻りたかったが自室も騒がしい。仕方ないと本を持ってここまでやってきたのだ。休みの中わざわざ教室に近寄る事もない。誰も居らず、一人で寛げる場所。

 

 だが、彼は暴風のように現われた。

 

「レギュラスくん!」

「……ミスター・クレスウェル。何かご用でしょうか」

 

 ダーク・クレスウェル。レイブンクロー生であり、ノラの良き後輩。その能力は高く、スラグホーンの宝石の一つ。そして──マグル生まれ。

 自分でも口から飛び出た冷たさに驚いた。普段マグル生まれと関わる事の無い自分は今日もマグル生まれ(クレスウェル)と話す事はない。加えて今日の自分の機嫌は悪い方だ。

 侮辱すると反論されて、無視すると角が立つ。かといってマグル生まれである相手は怒りを向ける相手ですらない。誰が好き好んで穢らわしい相手に感情を付け加えるのか。感情を添えるのは格が同じの時、比較相手でも競争相手でもないマグル生まれ相手にそんな暇はないのだ。

 マグル生まれであることに怒りをぶつける人物や表立って差別をして優越感に浸ろうとする人間も居るだろうが少なくともレギュラスはそういう立場は取っていない。相手にするだけ無駄。マグル生まれなど存在など初めから必要とされていないのだから。

 

 つまり、関わるにしても常に最小限で済ませるべき存在だ。意味のない行為をするつもりはなかった。

 喧嘩になるのもめんどくさい。自身の行為に後悔するもすぐに立ち直る。マグル生まれ相手に気を遣うこともないだろう。要件さえ聞いてしまえばそれでいい。

 

「レギュラスくんが居たから声をかけてみたんです。普段はほら、お友達と一緒にいるから邪魔しちゃうかなって遠慮してたんだけど今は居ないみたいだし」

 

 しかし、目の前の人物はレギュラスのそんな魂胆を一気に壊してしまった。

 

「スラグホーン先生の集まりでもレギュラスくんは上級生と話したりしているでしょう? やっぱり邪魔しちゃうかなって。あの集まりでもレギュラスくんは特に目立つ存在だから僕一人の為に時間を使わせるのもって」

 

 なら今も時間を使っているのだから遠慮してほしい。レギュラスは心の底からそう思った。

 

「僕は読書をするので──」

「あっ、美味しそうな紅茶! いつも変わらぬ同じ味、ってね。老舗の料理屋みたいだ!」

 

 そういうとレギュラスが驚く間もなくクレスウェルは紅茶を手に取る。ここの紅茶は日によって茶葉や濃さが違う。そんなことにも気づけないのか。屋敷しもべ妖精達もこれでは報われない。加えて本格的に居座る気だ。そうなると報われないのは、レギュラスも同じだった。

 

「君は人気者だよね。大広間でも色んな生徒が話しかけてて僕とは大違いだ」

 

 純血とマグル生まれは人種も違いますからね、レギュラスはそう開きそうな口を必死で抑える。人種も違えば立場も違う。どうしてそんなに簡単な事が分からないのだろう。マグル生れがどうして恥知らずにも、純血の自分(レギュラス)に話しかけるのかがさっぱりだった。

 

「最近よくノラ先輩の側にいるな、って思ったんだ。見ていると君から他の人に話しかけることは少ないから。でもノラ先輩を見かけると目で追っているし、ノラ先輩の隣にいる時の君の表情は柔らかい。結構仲良しに見えてちょっと羨ましくてさ」

「……そうなんですか?」

 

 目で追っている? 表情が柔らかい? そんな風にしているつもりは無かったのに。自分で気づかなかった事を指摘され、少し脳内の思考が停止する。

 

「レギュラスくんもノラ先輩も目立つ存在だからね。二人が近くに居る。そんな時に気がついただけ」

「そうなんですね」

 

 口から出たのは端的な言葉だった。思考の停止も一瞬だけ。その一瞬でレギュラスの冷静さは戻ってきていた。自身の癖を把握されるのは痛いことだ。だが今後修正していけば良いだけの話で今からの会話は不要である。

 

「それでは僕は読書に」

「君はどうしてノラ先輩の隣にいる表情が柔らかくなるの?」

 

 戻ります、という言葉は更に上から重ねられて消えた。レギュラスは言われた言葉に今度こそ思考が停止した。なぜかと問われてみるとこちらが聞いてみたい程だった。そもそもレギュラスはノラの側に居て表情を柔らかくした瞬間など知らないのだから。

 側にいる理由なら沢山ある。成績、立場、影響力、将来性。それらは現在進行形でレギュラスの役に立っている。レギュラスにとって合理的な立場であればそれで構わない。

 

「僕もノラ先輩と一緒にいると落ち着くから分かるんです。君もそうなのかなって考えると親近感が湧いちゃって……。ノラ先輩のどこが好きなのかなって。あ、ラブじゃなくてライクの方ね。言葉って難しい……」

 

 脳天気に彼が語る様にレギュラスは目を閉じる。意味の分からない質問、釣り合わない立場。それらを考えると上等彼と話したはずだ。ここら辺で切り上げるべきだろう。しかし、頭の中に一つ疑問があった。無駄な事だと思いながら問い掛けてみる。

 

「それを聞いてミスター・クレスウェルはどうするんですか?」

「え? いや、別にどうするってわけじゃありませんよ? 別に噂話にするつもりもありませんし……。本当に興味本位で他には何も」

「そうですか。ならこれ以上話すこともありません」

「え? そんな急に言わなくても……」

「それに僕がエディソン先輩と一緒に居て表情が変わっている事も事実ではありません」

 

 クレスウェルの言葉を真正面から否定する。しかし──。

 

「嘘だぁ。僕の目はごまかせませんよ!」

 

 本日何度目だろう。レギュラスは言葉を失った。

 レギュラスの言葉をヘラヘラとしながら否定する。その中身にはなんの根拠も証拠も存在しない。ただそう思っただけ。それだけでレギュラスの言葉は否定されたのだ。人生で初めての事だった。これまでレギュラスの言葉を否定する時は誰でもなんらかの合理的な事実でしか否定しなかった。

 

 確かにクレスウェルはスラグホーンからの覚えが良いほど能力を持ち合わせている。スラグホーンを良く知るものから言わせると選ばれた者は砂漠の中の砂金だ。千人中多くて十数人程度。大きくない円卓に座れるほどの存在ではある。

 ブラック家の中でもスラグホーンという存在は大きかった。ブラック家の中でもスラグホーンに選ばれた者、選ばれていない者で明確に立場が分かれる。スラグホーンに選ばれる事、それは自身の能力の高さを象徴するものでもあった。

 ──だからと言って、マグル生まれであるだけでその価値は消え去る。当然だ。これまで魔法族(純血達)が、必死に積み上げてきた世界を横取りしようとする浅はかで愚かで厚かましくて、穢れているのだから。

 

「……マグル生まれとはやはり愚かだ」

 

 そう呟く。レギュラスの中で再度事実の確認をした。冷たい感覚がレギュラスの中に広がっていく。自身の中の(感情)が沸騰していくのではない、ただ氷のように固まっていく。

 

「僕の言うことを信じられないならもうそれで結構です」

「え? あ、ごめん。不愉快にさせちゃったかな」

「そう思うなら僕に関わらないでください」

 

 椅子から立ち上がる。これなら談話室で読んだ方がマシだった。今なら何にでも付き合う。例え騒がしいチェス大会だろうとトランプだろうと。クレスウェルを近づけないように早足でスリザリンの寮まで戻る。なにかクレスウェルが叫んでいたがもうそれは耳に入ってこない。

 

 普段より早歩きで寮に戻る。

 カツカツカツ。自分でも驚く程足音を立てながら歩いていく。誰もいないからなのか、自分自身が普段以上に自分に意識を向けているからなのか。その理由は分からなかった。中央ホールを通って階段を上った。そんな時だった。

 

「あ」

 

 思わず口から声が漏れる。レイブンクロー寮に戻るのだろうか、階段を上っていくノラの背中が見えた。

 金色の髪が歩くたびに柔らかく波打ち、窓から差し込む光を一瞬だけ奪っては、また次の段へと流していく。髪の毛が揺れるたびに陽光が滑り落ちていくようだった。ローブの裾が軽やかに踊り、リズムが刻まれていく。階段を上っていくその後ろ姿は決して急がず、そして振り向かない。

 他の生徒ならどうでもいい。だが、ノラの背中を見てレギュラスは彼女の笑顔を思い浮かべた。レギュラス、そう楽しそうに名前を呼ばれる瞬間。勉強を教えてくれる時の真剣な眼差し。人を助けに行くときの素早さ。紅茶を飲むときの美味しそうな微笑み。それらを思い出してまた話したい、今すぐ振り向いて自分の存在に気づいてほしい、そう思った。

 彼女を思わず目で追って、彼女について思考して、気づく。思わず、頬を抑えた。

 ノラを目で追っていることも、表情が柔らかくなることも、どちらもレギュラス自身が知らない──しかし否定しきれない事だという事に気が付いてしまう。

 

「嘘だぁ。僕の目はごまかせませんよ!」

 

 クレスウェルの陽気な声がレギュラスの頭の中に響いた。

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