エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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完全犯罪

「たしかここら辺……。あった、あの店だ」

 

 ノラは久しぶりにロンドンを訪れていた。理由は簡単でマクゴナガルの付き添い付きで学用品の買い出しだ。ロンドンの待ち合わせ場所といえばリトルベン辺りが選ばれやすいのだがここは路地裏の近くだ。おそらくマクゴナガルが姿あらわしをして来るのだろう。人気の無い場所でそっと壁に背を預け待ち人が訪れるのを待っていた。それにそう、もう一人同行者が居るらしい。ノラと同じく今年から入学する同級生だ。

 魔法界の街に入ること、同級生に会えること、どちらもノラの胸を躍らせるには十分だ。ノラは手鏡を取り出して自分の見た目を確認する。こうでもしないと落ち着かない。

 

 今日は少しおめかしをして、軽く髪を巻き、編み込んで少し大きなリボンで整えてある。甘めの髪型に対して服装はあめ玉の踊る柄の白いTシャツにジーパンで動きやすくシンプルに。制服を準備すると言うことはおそらく服を脱ぐこともあるだろうと簡単に脱ぎ着しやすい物にした。鞄は少し大きめで。学用品が入るようにとステヴが検知不可能拡大呪文をかけてくれているので鞄の口から出入りできるものなら何でも入れられる。しかし今のノラの鞄の中にはリップクリームや日焼け止め、ハンカチなどの簡単な物と魔法界のお金が詰まった革袋しか持ってきていない。

 

「本の一冊でも持ってくるべきだったわ」

 

 自身の失敗に頭を抱えてため息を吐いた時だった。

 後ろから肩を叩かれ、待ち人来たれり! と喜んで振り返った時だった。

 見知らぬ五人の男性だった。明らかに同級生でもマクゴナガルでもない。しかし五人は少し困惑した様子でノラを見て固まっている。

 

「あの……?」

 

 ノラの言葉で弾かれたように体を動かすと思い出したようにノラに笑いかけてくる。その笑みはどこか邪悪に見えてノラは一歩後ずさる。

 

「……何かご用ですか?」

「用? あー、そう、うん。ご用ご用。ちょっと俺達と楽しい事しない?」

 

 明らかに良くない誘いだ。危ない目に遭うのは目に見えている。──いや、もうすでに危ない目に遭っているのか。世の中を舐め腐っているような顔の男の一人がノラの肩を抱こうとした。ノラはさっと動いてその腕を避ける。

 

「ごめんなさい、待ち合わせをしているもので。この後すぐに大人も来ます」

「それなら早く遊びに行かねぇとな」

 

 ノラの一言で焦ったのか男はノラの腕を掴み路地裏に引きずって行こうとする。他の男達もノラを周囲から隠すように背後に立って路地裏に引きずって行こうとする。魔女とはいえ、たかだか十歳の少女はその力に抗う事はできない。魔法を、いや、魔法を使ったらホグワーツへの入学を取り消されるかもしれない。そもそも記憶を消す呪文をノラはまだ会得していない──。

 

「なァにやってんだよ。ロリコン野郎」

 

 途端、ノラの腕を掴んでいた男の体が宙に浮いた。

 

「え?」

 

 残りの男四人とノラは以心伝心したかのように、いや、以心伝心して声を合わせて同じ音を出した。男が吹き飛ぶなんていう事態、日常でお目にかかれることじゃない。

 

「えー……ロリコンって言っても限度があるだろ。アタシと同年代じゃねェか。……いや、同年代だからロリコンなのか? うぇ、お前達最悪。とっととどっかに消えろ。邪魔なんだよ。今から待ち合わせだってのに、事件起こされたら困るんだ」

 

 彼女は路地裏の奥から現れ、薄暗い路地裏に立つ。健康的に焼けた浅黒い肌は路地の影の中でもほのかに陽光を反射し、生命力を放っている。ウルフカットに切られた銀髪は路地を抜ける微かな風に揺れ、まるで夜の月光が照らしたように輝く。深海のような深い青色の瞳は路地の雑多な喧噪を静かに見つめている。

 

「お前、ジャックになにしやがった!」

 

 男が吹き飛んだ理由がこの少女にあると察知した二人の男がズカズカと少女に近寄っていく。

 

「危な──」

「おっとお前はこっち」

 

 少女を庇おうとしたノラを残った男の一人が羽交い締めにする。

 

「ちょっと、放して!」

 

 抵抗しながらノラは少女の動きを見る。少女は自分より大きな男達に凄まれているというのに気にしている様子は一切無い。

 

「気絶してるお友達抱えてお家に帰って、そんでママに美味しいハンバーグでも作ってもらえよ」

「言わせておけば言いたい放題……!」

 

 激怒した少女を捕まえようとする男の腕をサラリと躱すとその勢いのまま大きく足を振り上げたまま一回転。全身の体重を乗せて男を蹴飛ばし地面に転がす。少女は躊躇無く男の鼻っ面を殴り飛ばそうとしたが男が顔面を守った為、そのままよいしょとお腹の上に飛び乗って男を完全に昏倒させた。

 

「こ、このガキ!」

 

 三人目の男が少女に向かってパンチを繰り出すもそれをくるりとバク転して避け、路地裏の狭い壁に“着地”。壁に足を乗せ、ジャンプの要領で飛び出すと膝蹴りを男の顎に一撃入れた。男がフラフラと蹌踉(よろ)けた隙を狙い、大きく足を振り回して腹を蹴飛ばした。

 三人の男があっという間に地面に転がり呻き声を上げている。

 

「なんなんだよお前!」

 

 勢い良くボールを蹴るように少女に足を繰り出したが、少女は両足を思いっきり開き、体操選手の準備体操の様に足を九十度開き、全身をぴったりとくっつけてほぼ地面と一体化させて避ける。

 その体勢は不味いのではないか、とノラが焦ったのも一瞬。勢い良く両手を地面に突き、足をまっすぐにしてそのまま足を跳ね上げる。それと同時に腕の筋肉を使って自身の体を上へと跳ね飛ばし、男の顎に勢いの乗った一撃を当てる。

 ノラはあり得ないものを見た顔で少女の整った横顔を眺める。ゆっくりと少女の顔がノラ達の方へ向き、少女はノラではなく、ノラを羽交い締めにしている男を見つめる。

 

「で、アタシは今から待ち合わせなワケ。早くどっかに行ってくんない? この男達抱えてさ。それともどうする? やっぱ一撃食らっておきたい?」

「こ、こっちへ来るな。こっちにはガキが居るんだぞ」

「あっそ。そうするんだ。ふぅん、ま、アタシには関係ないけど」

 

 少女はそう言うと思いっきり男の顔面近くまで飛んだかと思うと足を蹴り出そうとしていた。

 ノラは咄嗟に体重を掛けてしゃがみこみ、その動きに引きずられた男の顔に二撃の蹴りが入り、ノラを羽交い締めにしていた男が真後ろに倒れた。

 

「あーっ! すっきりしたー! オカルトやらマジカルやらよりやっぱ物理物理」

 

 一仕事終えたと言わんばかりの少女にノラは声を掛ける。

 

「あの、ありがとう」

「はァ? ……あぁ、別にお前を助けたとかそういうんじゃないから。お前もとっととこの場所離れてくんね? アタシここで待ち合わせしてるんだわ。ミラクルマジカルの邪魔だからとっとと行った行った」

 

 しっしと手を振る少女にノラは合点がいったように口を開く。

 

「もしかして、あなた魔女?」

「はぁーっ!? 今の動き見てどうしてアタシが魔女呼ばわりされなくちゃなんないんだよ! この恩知らず!」

「実は私も待ち合わせしてるんだ。ここで」

「……ってことはお前も。いや、お前が」

「そう、私も魔女。マクゴナガル先生と待ち合わせしてるの。あなたもでしょ?」

 

 少女は深いため息を吐くと頭が痛いというポーズを取った。

 

「なんだ。魔女なら放っておけば良かった。自分でなんとかなっただろ」

「ううん。未成年魔法使いはホグワーツ以外では魔法を使っちゃいけないから私一人じゃどうにもならなかったわ! ね、あなた何かスポーツでもやってるの”?さっきの動きとっても凄かった!!」

 

 ノラのキラキラした目線を受けて少女はうげーっといった顔をするが、ノラは気にとめない様子で話し出す。新しい知識の前には止まっていられない。

 

「特徴から言ってカポエイラ? 私初めて見た。あんなに実戦的な動きができるのね! メインはダンス? それとも格闘技? 体のバネの使い方もとっても素敵だったわ! まるでアクション映画を見ているみたいだったわ。あんな風に動けるようになるまでどのぐらいかかった?」

「だーーーーーッ!! なんなんだ!? なんなんですか!? ちょっと怖い目にあって怯えてるかと思ったらキラキラした目しやがって! ちょっとは落ち着けよッ! というかなんでテンション上がってんの!?」

 

「教えてくれたら静かにするわ!」

「すでにうるさいんだよ!」

 

 少女の動きはノラにとって新しい知識だった。ステヴは魔法や言語、授業が必要な物はありとあらゆる知識を教えてくれていたが、格闘技を教えてくれることはなかった。魔法界の人間にとっては当然のこと。魔法使いにとって拳を持ち出すなど野蛮な行為でしかないからだ。

 

 そんなこんなでワーギャー喚いているとパチンと何かが弾けたような音がした。姿あらわしだ。

 

「……どういう状況ですか。説明しなさい」

 

 音がした方向を見るとマクゴナガルが立っており、ジトッとした目つきで転がっている三人の男を見つめている。

 

「その、先生。これは色々と事情があってですね」

「その、先生。これは色々と事情がありまして」

 

 息を揃えた訳でもないのに少女とノラの言葉が被る。マクゴナガルはそんな二人を見て眉間を押さえながら口を開いた。

 

「既に仲良くなったようで良かった、と言えばいいのでしょうか。しかし、まずはこの方々についてお聞きしても?」

 

 マクゴナガルの言葉にノラが説明を入れる。──少女の余計な言葉を意図的に除けながら。

 

「正当防衛だ」

「それにしても大声を上げたりや、助けを呼ぶなどの方法もあった筈です。まったく、淑女たるものもう少しお淑やかにしなくてはなりません」

 厳しい言葉が二人に飛んできてノラと少女は首を竦める。

 

「──ですが、二人ともに怪我がないようで安心しました。では、彼らには記憶を消した後にどこかに消えて貰いましょう。 レペロマグルタム(マグルを避けよ)。怪我は……気絶しているだけのようですね。モビリコーバス(人よ浮遊せよ)

 

 マクゴナガルはマグル避けの呪文を使った後にフヨフヨと五人の男を呪文で持ち上げたかと思うと路地裏の奥の方に並べておく。

 

オブリビエイト(記憶よ消えよ)

 

 白い煙の糸の様な物が頭から抜けだし、マクゴナガルはその糸を道に放り捨てた。

 

「さて、これで良いでしょう」

「すげェ、完全犯罪だ」

「人聞きの悪い事を言わないでください。そんなことよりダイアゴン横町に向かいますよ」

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