エンゼルランプの天籟   作:星の海1961

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ダイアゴン横丁

 少女の言葉にミネルバはぴしゃりと言い、歩き出した。二人は顔を見合わせた後、マクゴナガルについていく。マクゴナガルは表通りに行くと近くの本屋とレコード店に歩いて行った。

 

「先生? そっちには何もないぞ」

「いいえ。ここは魔法界への入り口、『漏れ鍋』があります」

 

 マクゴナガルが漏れ鍋という単語を出した瞬間、ちっぽけな薄汚れたパブが目の前に現れた。

 

「──全然目に入らなかった」

 

 ノラは驚嘆の言葉を漏らす。確かにここには先ほどまで何もなかったように見えた。それにも関わらずまるで魔法のように現れた。

 

「魔法です。そういう魔法を掛けられているのです。存在を知らない者には目に入れる事ができない。正確に言うと気にならない、ような魔法が掛けられています。人間、全ての事に関心を向けることはできませんから。通りすがりの人をいちいち覚えていないのと同じ。目には見えていても記憶には一切残らない。そんな魔法を」

「なるほど。道理で気づかないわけです」

 

 ノラの言葉に満足したようなマクゴナガルはパブの扉に手を掛ける。マクゴナガルを先頭にして、ちびっこ二人は後ろをチョコチョコとついていく。

 中には老人から若者まで様々な年齢層の人物が酒や食事にありついており、とっても活気に満ちあふれていた。ノラ達を見るまでは。

 シンとパブの中は沈黙に包まれる。店内の視線がジッと自分たちに向いている事に気がつき、ノラはポツリと呟いた。

 

「変な格好してない、わよね?」

「知らね」

 

 ノラの言葉に心底興味無いのか少女は端的な言葉を返した。マクゴナガルはそんなパブの様子を気にすることなくパブを通り抜け壁に囲まれた中庭に着いた。杖を取り出し、レンガを叩く。次の瞬間、マクゴナガルの叩いたレンガを起点に周りのレンガがガタガタと音を立て始めたかと思うと次にレンガが揺れ始めた。それと同時に壁の中央部分に穴が開き、その奥で人が行き交っているのが見える。クネクネと動きが止まった。いつの間にか数メートルの高さのアーチができあがり、その向こうには沢山の店や石畳の通りが続いている。

 

「ようこそ、二人とも。ここがダイアゴン横町。二人にとって最初の魔法界への入り口です」

 

 マクゴナガルは厳格な顔を少し和らげ、微笑みながらそう告げた。

 

「──ここが」

「──魔法界」

 

 ノラはライの街にある魔法使いの街に行ったことがある。魔法薬に使う材料が足りないから買いに行くと言ったステヴについていったのだ。だが、ライという街はそこまで大きくない上に観光地であり、魔法界の一つというよりも街の一角という方が正しかった。

 だが、このダイアゴン横丁はどうだ。魔法使いや魔女で溢れかえり、この街には魔法界のありとあらゆるものが存在する。(まじな)いの品から食材、日用品、子供用のいたずら道具までが揃いに揃っている。横から親子の声がする。

 

「こら、ディーダラス! 流星ののど飴はもう買ったでしょ!」

「だってホグワーツに行ったらなかなか買えないんだよ?」

「ホグズミードに行けばいくらでも買えます!」

 

 ノラ達より五歳ほど年上の男の子だろうか、母に怒られながら歩いて行くのをノラは見送った。そんな横で少女は半目でノラを見据える。

 

「……ところで先生。隣に居る、こいつって」

「本日一緒に行動する同級生です」

「ノラ・エディソン。よろしくね。気軽にノラって呼んでくれたら嬉しいわ」

「──マジかよ」

「あなたのお名前は?」

「……ジュディ、ジュディ・ボードマンだ。今日だけ、よろしく」

 

 マクゴナガルの言葉に一瞬言葉を失ったかのように頭を抱える少女──ジュディ・ボードマンは返事をした。今日だけは、を強調してみたのだが、ノラが気にする様子も見せないことにため息をつく。

 

「では、自己紹介も終わったようですし、行きましょうか」

 

 店の外に積み上げられた大鍋は、太陽の光を反射して輝いている。看板を見るにどうも鍋屋らしい。深い青緑色のコートを着た男性がトランクを片手に頭を抱えている。その肩には葉っぱのような小枝のようなボウトラックルを乗せている。

 

「二人とも、手紙は持っていますね?」

「えぇ、勿論です。先生」

「持ってるよ。先生」

 

 マクゴナガルの問いに答える二人に満足そうにマクゴナガルは頷き小さな革袋を取り出した。

 

「よろしい。ではボードマン。あなたにこの世界のお金を渡しておきましょう」

「マジかよ!」

 

 喜んで手を差し出したジュディにミネルバは硬い顔をしながら手のひらに革袋を置く。硬貨の音がする。

 

「ですがボードマン。このお金はホグワーツからの資金です。あなたはいくつかの呪文の本などを古本で買わなくてはならないかもしれませんが──」

「あぁ、分かってる。分かってますとも先生。アタシなんかがご立派な学校に通えるんだ。本が中古な事ぐらい気にしやしないさ」

「そう卑屈にならずとも。ホグワーツの授業料や食費などは全て無料です。安心してお過ごしなさい。五年生になったら夏休みの間のバイトも社会勉強の意味を含めて許可されますから、五年生までの間少し窮屈でしょうが我慢してください」

「いいや、先生。卑屈だなんて冗談じゃない。アタシは本当に感謝してるんだ。──本当に」

 

 そう言いながらもジュディはどこか苦々しい顔をした。

 

「あー……それじゃあ、マクゴナガル先生。最初に何を買いに行ったら良いですか?」

 

 そんな雰囲気を払拭しようとノラは明るい声で問いかける。

 

「そうですね。まずは仕上がるのに時間のかかる制服にした方がいいでしょうね」

 

 そう言ってマクゴナガルは歩き出す。ノラとジュディはその後ろをとことこと素直についていく。カルガモの親子のように。

 

「この店の店主は少し変わっていますが腕は保証致します」

 

 マクゴナガルはそう言いながら扉を開けるとベルがカランカランと鳴る。柔らかな自然光が店の中に入り込み、壁には色とりどりの高品質な生地が丁寧にディスプレイされ、シルクの光沢やウールの柔らかな質感が目を引く。

 

「いらっしゃい! ……あら……あら、あらあらあらまあっ!」

 

 顔を出したのは女性。鮮やかな水色の髪を高くまとめあげ、すっきりとしたアップスタイルにしている。白いブラウスと淡いグレーのスカートをまとい、シンプルながらも洗練された雰囲気を漂わせている。首元には小さなシルバーのネックレスが光り、控えめなアクセントを加えている。

 

「ミネルバ! 今年もまた美しい少女達を連れてきてくれたのね! あなたって本当に最高! 私、あなたと同じ部屋で本当に良かった!」

 

 ハイテンションっぷりに驚かされる。マクゴナガルは頭を抱えてため息をつく。

 

「ローラ。そのテンションを抑えなさいといつも言っているでしょう。あなたはもう一人の立派な母なのですから落ち着いて貰わないと」

「お嬢さん達、この店は初めてよね? 任せてちょうだい。あなた達の美しさは私、ローラ・トゥアハが存分に引き出してあげるから。もうこれは以上はもう無いほどにね!」

「は、はぁ……」

 

 ノラは困惑を隠しきれない返答をする。ローラと呼ばれた女性はマクゴナガルの制止などもう既に聞こえないといった様子でノラ達に詰め寄った。

 ノラとジュディが一歩下がればローラは二歩近づいてくる。気づけば二人は壁に追いやられていた。

 

「ローラ! ……はぁ、後は頼みましたよ」

「はぁい。分かってるわよ。私の最愛なる友人ミネルバ!」

「えっ、置いていくのか? ここに? この人と?」

「私は他の用事をこなしてきますので」

 

 ジュディの言葉にマクゴナガルは容赦なく答えると再びカランカランと音を立てて立ち去っていった。

 

「それじゃあ、お二人さん。私の工房にいらっしゃーい!」

 

 その言葉と共にノラとジュディの腕を掴み、店の奥に連れて行く。カーテンをくぐるとそこに十体以上のマネキンがあり、その一つ一つが魔法で縫われている最中だ。生地も型紙に沿って切られていたり、編み物も編まれている最中だったりする。これだけの数を一人の魔法で操っているのか? その技量にノラは驚嘆する。マクゴナガルが腕を保証すると言ったのも頷ける。

 

「さ・て・と。まずはその柔肌を見せてちょうだいねー! やだ! 二人ともお肌もちもち! うちの娘達もそうだけど若いっていいわよねぇ!」

 

 が、そんな納得したノラを放置してローラが杖を振るとノラとジュディは下着姿になる。

 

「な」

「え」

 

 一瞬の出来事に二人は呆然とした後に状況を理解してノラはキャミソールの裾を押さえ、ジュディはタンクトップの胸元を隠す。

 

「ふ、服返せよ!」

「それはできないわよ。今から採寸するんだから」

 

 ローラがそういうと共に指揮者の様に杖を振りかざす。どこからかメジャーが飛び出してノラの胸に真っ先に飛びついた。ちなみに防御力の薄い上半身を隠していたジュディの手はメジャーに叩かれ、その手を摩っている。

 トップとアンダーを測り、ウェストと来たところをおとなしく計られていく。だが、隣でジュディがなんだかんだと喚いた。聞き耳を立てていた訳ではないがこの距離の為どうしても耳に入ってきた情報を整理すると、トップを測った後、すぐにウェストを測ったらしい。

 

 無し。何がとは言わないが、無い。

 

 ローラが決めたのではなく魔法のメジャーが判断したのであるがそれが更に気にくわないらしい。ジュディの髪の毛が逆立っていく。

 

「──ま、そういう時もあるよ」

「うるせェ!」

 

 ノラの言葉に鼓膜を突き破らんとばかりにジュディが叫ぶ。少々カルシウムが足りていないのではないかと不躾な感想を抱きながらノラはローラに声を掛ける。

 

「ここまで細かい採寸となるとオーダーメイドになるのではないのですか? 大体一ヶ月ほど掛かると思うのですが、今年ホグワーツ入学なので既製品を買わせてもらえたらそれで」

「残念ながらこの店には既製品というものはないの。全部オーダーメイド」

 

 その言葉に怒りで真っ赤になっていた顔のジュディが一気に真っ青になっていく。

 

「オーダー……メイド……?」

「あぁ、大丈夫よ。料金は他の店と一律。特に制服なんていうのは基本の型紙は決まっているのだから後は採寸、年齢に合わせた成長の仕方に合わせられるような物を作るだけ。うちの店の魅力はそこと……」

「そこと?」

「後は二人にお似合いの制服にしちゃうってトコロ! あなた達、お名前は?」

「ノラです。ノラ・エディソン」

「ボードマン」

 

「ノラの適度に引き締まった筋肉には無駄な脂肪がないっていうのが分かりますわ。丁寧な運動をしているのが見て取れます。えぇ。十一歳という大人になりかけの段階でここまで完成に近いプロポーションを保つには努力が必要。止まっているのに流れる肌の艶から見ても手入れを怠っている様子は見えませんわね。この感覚はミルク系かしら。でもまだ大人の女性と言うには物足りませんわね。ふむ、そうなるとスカートはミニスカートがオススメですわね。流行りは過ぎ去ったという人も居ますがミニスカートの需要はこれからですもの。今までの様に女性が家の中の存在というにはもう時代が過ぎ去りましたものね。十一歳のこの時期はまだ胸よりもこの細く長い脚。ミニスカートが似合いますわ。ボードマンも、明らかにスポーツをされている筋肉の付き方ですものね。同学年に比べてしっかりとした体格ですが、まだ未成熟な少女としての魅力を引き出すには、ミニスカートですわね。ミニスカートに対してスパッツを穿くのが運動好きな少女には実にオススメですわ。というか二人そろって魅力が足に詰まっているというのは少々やりすぎなので──」

 

 兎に角少し落ち着いてほしい(早口過ぎる)。やりすぎなのは誰よりもローラである。

 と、語っている間にももう既に制服は制服の形となりはじめている。セーターなども高速で編まれており、下から編まれていく様は見ていて実に気持ちが良い。

 

「あの、採寸が終わったなら洋服を返して頂いても……」

 

 そんな様子を横目に見ながらノラが控えめに声を出す。

 

「あぁ、そうね。そうね。……はい。それじゃあ、お先に代金を頂いておくわね。また三十分後ぐらいに取りに来てちょうだい」

 

 若干嫌そうにしたが杖を振ってノラとジュディに服を返す。ノラとジュディは防御力が高まった自身の服装に安堵しながら、代金を払う。カーテンを開けるとそこには誰も居なかった。あの早口に再び捕まるわけにはいかないと二人で代金を払ってそそくさと店の外に出る。

 

「マクゴナガル先生、居ないわね」

「他の用事ってやつが忙しいんだろ」

 

 雑談でもしようかしら、と考えていた時だった。一般人の会話の中から叫び声が聞こえた。路地裏の方だ。他の誰にも聞こえていないようで、ジュディもぼーっとした様子で立ち止まっている。しかし、あの悲鳴はただ事ではない。ノラはそれを察知し、後ろにあった路地裏に駆け込んでいく。

 

「はっ? あ、おい!」

 

 心臓がバクバクしている。速く、悲鳴の元に辿りつかねば。曲がり角を曲がった先には赤い髪の青年──歳は十七才ぐらいだろうか──が地面に倒れ伏し、数名の黒いローブを着た三人の大人達に囲まれている。あの歳なら魔法で対処できるのではないか、と思ったがどうも杖を奪われているらしい、一人の大人の手の上で弄ばれている。

 

「──ッ」

 

 杖を抜く時間もなければまだそこまで扱える自信も無い。勢いを付けて杖を弄んでいるその背中にドロップキックをかます。ジュディの様に上手くはいかないが勢いのついた十歳の体重だ。それだけで十分な凶器たりうる。

 

「グアッ!」

 

 無事に不意を突けた。杖を強引に奪い取りながら近くの怪しげな屋台に手を掛け、並べられた商品を勢い良く蹴り倒す。袋が転がり、狭い通り道を塞いだ。

 男達が舌打ちを漏らす。

 

「こっち!」

 

 助けが入ったことに驚いたのか、青年は唖然とした様子で地面に転がっている。その腕を強く引いて立ち上がらせながら迷路の様に入り組んだ横道に入り込んで行く。この路地裏に入るのは簡単だったのに、出るのは難しい様で右に左にと迷路の様に入り込んでいく。ダイアゴン横町の大通りへ向かう方向は見失っていない。問題はどうやって行くか、だ。

 背後から迫る魔法の破裂音。石壁が砕け、砂埃が舞う。

 ノラは目を細め、その砂埃を利用する事にした。古びた階段の下に青年を押し込み、自分は看板の支柱を引き倒す。錆びた鉄の軋む音がし、通路を塞ぐ障害物となった。青年に杖を押しつけながら、自分を囮にしようと再び駆け出そうとした時だった。青年が逆にノラの腕を掴む。

 

 パチン、と弾けるような音がして、気がつけば──。

 

「ダイアゴン横町……?」

「君、どうしてノクターン横町になんか居たんだ!」

 

 ガシリと肩を掴まれ、怒鳴られる。

 

「悲鳴が聞こえたから、つい、入ってしまったの。そしたら、あなたが居て」

 

 青年はその言葉で頭を抱える。

 

「それは……私の落ち度だ。怒ってすまない、私のせいだったのか。ありがとう、君が居てくれたから私は無事にしてられる」

 

 その言葉でどこかムズムズする。褒められる為に助けに行ったわけではないのだから。

 

「いえ、私こそ、助けて貰ったわ。杖があるなら、そう、そうよね。姿くらましだってできるわよね」

 

 私、それなのに走り回っちゃって。とノラが付け足す。青年は困ったように笑いながらノラの頭を大きな手で撫でる。

 

「この杖は私にとって大切な杖なんだ。取り返してくれてありがとう」

 

 そう言うと青年は手の中で杖を大切そうに撫でた。年期の入った杖だが、それでも大切に扱われているのが分かる杖だった。

 

「君は元々何処にいたんだい? その歳だとまだダイアゴン横町に慣れてないだろう? 私が送っていこう」

「あっ、じゃあ、お願いするわ」

 

 しまった、店舗の名前を見てない。伝わるか分からないが店の内装、制服を作りに来た事を伝える。

 

「君……まだ入学前だったのか」

 

 驚いた様に青年が言うのを聞きながら手を差し出される。

 

「私の名前はアーサー。アーサー・ウィーズリーだ。気軽にアーサーと呼んでくれ」

「私の名前はノラ・エディソン。ノラって呼んでくれると嬉しいわ」

 

 迷子にならないようにね。そう言いながらアーサーはノラの手を繋ぐ。兄が居たらこんな感じだったのだろうか、そう思いながらアーサーに手を引かれて歩き出した。

 

「アイスクリーム、食べるかい?」

「いいえ、まだ買わなくちゃいけない物があるから。大丈夫。ありがとう」

「そうだよね。ここのアイスは絶品だから覚えておくと良い。おすすめは爆発ボンボン味だ。君もホグワーツに行くなら先輩に爆発ボンボンを買ってきてもらうと良い。そうだ、なんなら私も買ってこようじゃないか」

 

 そんな雑談をしながら手を引かれて歩いていた時だった。

 

「アーサー! ここに居たのね!」

 

 ガバリと誰かがアーサーに誰かが抱きつく。

 

「すまない、発音を間違えてしまってノクターン横町に行ってしまったんだ」

「ノクターン横町!? それで、無事だったの?」

「まぁ、君から見て聖マンゴ病院に行かなくちゃいけない傷は負ってないよ。後でウィゲンウェルド薬でも飲めば一発さ」

「それで……この子は? 見たところ──少し怪しい気がするけれど?」

 

 アーサーと同じく赤毛の女性だった。女性は訝しげな目でノラの顔を見た後にアーサーに指を突きつけながら問いかける。さながら浮気を見つけた奥さんの様だ。

 アーサーが先ほどあった出来事を女性に説明する。

 

「全く、私が君を裏切るわけないじゃないか。私の可愛いモリウォブル。君が私の事をそんなに信用してないとは思わなかったよ」

「ごめんなさい。だってこの子……いいえ、その話は後にしましょう。あなた、アーサーを助けてくれたのね! ありがとう! ……ありがとう!」

 

 人生初めてのハグだった。胸がいっぱいになる。きっとこの女性はなんてことの無い、感謝を伝えるハグの一つなのだろう。だが、ノラにとっては人生初めてのハグで、愛情に溢れたハグだった。少し戸惑う気持ちがあったが、ぎゅっと抱きしめられた暖かさをそのまま返す。ノラの行動に満足したのか女性は

 

「私の事はモリーって呼んでちょうだい。今年でホグワーツ七年生よ。それで、あなたの名前は?」

「私の名前はノラ。ノラ・エディソン」

「ノラ! なんて素敵な響きかしら。えぇ、私、あなたにどう感謝したら良いのかしら。

「──なら、しばらくこのままで」

 

 ノラの言葉を不思議に思った様だったが、そのままハグをさせてくれた。その暖かさに十分浸った後、ありがとう、と言ってその温もりを手放す。

 

「ノラは今年入学するんだそうだ」

「そうなのね。ノラみたいな子が居たらホグワーツ中の人間がノラの事を覚えてるわよ」

「そんな事ないわ。でも、そう言ってくれると嬉しい」

 

 褒められ続けて照れるも、アーサーとモリーはなんとも言えない顔をして互いの顔を見つめあっている。

 

「そうだ、今、ノラを送っていく所だったんだ」

「あら、そうだったのね。どこまで?」

「洋装店さ、ほら、誰もを着付けるのが好きなあの店」

「あぁ……ローラの店ね」

 

 それじゃあ行きましょうか、と今度は二人に手を引かれながら歩いて行く。

 店の前にはジュディだけではなく、マクゴナガルがイライラした様子で立って居た。しまった、何も言わずに駆け出して行ってしまったんだった。ノラはハッとしながら思わずアーサーとモリーの手を握る。なんて怒られるだろうか。失望させてしまったらどうしよう。

 

「マクゴナガル先生。こんにちは」

「ウィーズリー。プルウェット。あなたたち、こんなところで何をしているのですか?」

「教材の買い出しですよ。先生」

「それで、二人の間に居る女の子の事を説明してくれるのでしょうね」

「えぇ、当然です」

 

 そう言いながらアーサーが適当な嘘をでっち上げていく。あの路地裏に居たことを知られるのは少し具合が悪いらしい。ノラもアーサーの適当な嘘にうんうんと頷きながら誤魔化す。

 

「そうですか……。まぁ、校外ですしなんとも言いませんが」

 

 三人で胸をなで下ろすもマクゴナガルはピシャリと言ってのける。

 

「休み期間だからといって変な事をしないように。良いですね?」

「はい、マクゴナガル先生」

 

 アーサーとモリーが声を合わせて返事をする。

 

「それではこの子は私が引き取ります。──二人とも、よく迷子にせずにしてくれました」

 

 その言葉で二人の顔が明るくなる。アーサーが含みを持たせたウィンクをノラにしながら答える。

 

「このぐらい、当然です」

 

 

 

 そうして、マクゴナガルとジュディに合流してから三人で次の店へと歩き出す。

 

「この硬貨なんか柔らかいな……」

「ガリオンは純金でできているの。柔らかいのも当然よ」

「この硬貨は純金!? 溶かして売ったらどれだけの金になるか⁉」

「ジュディ。それを言ったらガリオン金貨でボロ儲け出来ちゃうわ」

 

 先ほどの事件など無かったかのようにノラとジュディは話す。

 ガリオン金貨と(ポンド)のとの価値は明らかに逆転している。金で作られているガリオンと特殊加工された紙で出来ている£。物質的価値は明らかにガリオン金貨の方が高いのだが、何故かこの魔法界では£の方が価値が高い。5£所持していれば1ガリオンとの交換が出来る。そして、そのガリオンを持ってマグル界に行く。純金で出来たガリオンは5£以上の価値を持つ。後はそれを繰り返すだけ。──が、そこまで上手い話はない。魔法界の金貨は流出や偽造をさせない為に、ガリオンはゴブリンの鋳造で出来ている。つまり、ただの金貨ではなく、魔法的物質になるのだ。ダイアゴン横丁の隠し方と同じ。マグル界にガリオン金貨を持って行った所でゲームセンターのコイン程度の価値しかない。そういう認識になるのだ。

 

 何故ならばそれが魔法だから。

 

 だが、そんなことは知らない少女二人は年齢に見合わぬ知能とがめつさを隠しもせずにダイアゴン横丁を歩いて行く。

 

「純金製の鍋を買って溶かして売れば……」

「違法行為です」

 

 大人しく錫製の鍋を買わされ、純金製の鍋を買おうとして失敗して頬を不満げに膨らませるジュディは放置しておいて順調に買い物は進んでいく。

 

「えぇっと? 幻の生物とその生息地はここにあるわ。──でもこれ家にあるのと版も同じね。もしかして買わなくてもいいんじゃ?」

「魔法薬調合~初級編~はここに……いや、こっちが古本か? 新品と古本を同じ場所に置くなよ」

 

 その後、書店では別段事件も起こらず、本を買い、また天秤や大鍋、望遠鏡などを購入し、制服を受け取り、荷物の重たさにジュディとノラの腕が痛くなってきた頃、マクゴナガルは最後の店へと二人を連れてきた。

 

「さて、最後は杖ですね」

「あ、私杖は持っています。先生」

「来たついでです。診てもらった方が良いでしょう。杖も手入れしなくては劣化します」

 

 マクゴナガルの口から放たれた衝撃の事実にノラとジュディはそうなんだぁ、と口には出さないが語彙力の無い感想を抱く。ノラの所持している杖は机の引き出しから出てきたものだ。手入れのされてない拳銃を今まで振り回していたのではないか、という思考が頭の中を過ぎるが考えすぎだと首を横に振ってその思考から逃げ切る。そうでもしないと背筋が凍りそうだ。

 

 オリバンダーの店──紀元前三八二年創業 高級杖メーカー、と書かれた店の中に入る。どこか、古典的な図書館のような雰囲気だった。ただ、積み重なっているのは本ではなく、小さく細長い小箱。恐らく杖であろうことは流石に理解できる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 その場所の主にふさわしく、柔らかい声の老人がカウンターの奥に立っていた。

 

「この子の杖をお願いします。こちらの子は杖の点検を」

「お任せください」

 

 大きく薄い色の目が太陽の様に輝いた。先程、同じような目(マダム)を見た少女二人は苦笑する他なかった。マクゴナガルという標準な感覚を持っている人と中心に会話をしていた為気づかなかったが、魔法界というのは存外変人が多いのではないか、と考えていた。

 

「杖腕はどちらですかな?」

「利き手の事か? それなら右だ──です」

 

 言い直したジュディを気に留めることなく老人はさっそく巻き尺を取り出しジュディの腕の長さを測り始めた。ほほぅこれが杖選びの儀式か、とノラはその様子をジッと眺める。本で現代の英国魔法界では『杖が魔法使いを選ぶ』という事は既に読んでいた。杖がどのようにして使用者を決めるのか、実に興味深い。

 

「ボードマンさん。わし、オリバンダーの杖は一本一本、強力な魔力を持った物を芯に浸かっております。様々な魔法動物から頂き物をしてそれを芯にしておる故同じ杖は一本もない。逆に言えば他の人の杖を使っても自分の杖ほどの力は出ないのです。じゃから今から購入する杖は大事にするのですよ? まぁ、杖の主従の問題もありますが、そこは杖について勉強してからの問題じゃの」

 

 測り終え、オリバンダー老人は棚の中を飛び回るようにして杖の箱を何本か取り出した。

 

「ブナの木に一角獣のたてがみ。手に取って、振ってごらんなさい」

 

 ジュディの手に乗った瞬間オリバンダー老人は杖をひったくり、ジュディは目を丸くして驚いた。

 

「リンゴの木に一角獣のたてがみ。二十四センチ。柔らかく動物に愛されやすい」

 ジュディが杖を手に取り振ると、窓がパリンと盛大に音を立てて割れた。マクゴナガルが杖を振って窓を直した。

 

「トネリコにドラゴンの琴線。二十五センチ」

 

 ジュディがそれを手に取ると杖の先から柔らかな風が吹き、部屋の隅の方の澱んだ空気すら澄んだ空気に変わった。

 

「固い信念や目的を持った精神力のある者が選ばれ、うぬぼれをしない力強い魔法使いを好む子ですな」

 

 ジュディはその言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「杖の代金は?」

 

 特に返事をすることなく問いかける。

 

「十ガリオン、丁度です」

「えーっと、一、二、三……」

 

 金貨を十枚取り出し、オリバンダー老人にジュディは手渡しした。

 

「で、そちらのお嬢さんは杖の点検、じゃったかの?」

 

 眼鏡の縁をズイと持ち上げながら問いかけられノラは少し上ずった声で返事をする。

 

「あ。はい」

「お嬢さんの杖を貸して頂けますかな?」

「これです」

 

 ノラは上着の内側に腕を突っ込み、杖を探り出す。杖に手入れをしなくてはいけないことなど知らなかった為、少し汚いのではないだろうか、と思いながらもソッと老人に手渡す。

 

「これはこの店(オリバンダー)の作品ではないな……。ふむ、ジミー・ギデルの作品ではないと良いのじゃが。彼の作品は嫌いではないのじゃが、やはり安価だからといって質の悪い物を手に取ってしまうと良くない。ファーストフード店のハンバーガーなんかと一緒じゃよ。安くて美味しくて早い。だが、カロリーが非常に高くて栄養バランスもひねくれておる。まだそこら辺のパブに入って豆の自己主張の激しいスープを飲んだ方がマシじゃ──ほぉっ⁉」

「……あの、何か問題でも?」

 老人の御託が終わったかと思えば何か喉に詰まったのではないかと心配する程の反応を示され、ノラは恐る恐る問いかけた。

「この杖、お売りになる事は考えてはおりませんかの? この杖の学術的価値は計り知れぬ……。五百、いや、七百ガリオンは出す。この杖は、実に、実に珍しい……‼」

「一人で盛り上がり始めたぞジジイ」

「シッ――その、この子は特に売りに出したりするつもりはなくて。この杖そんなに珍しいんですか?」

「そうじゃな。杖の素材はおそらく今は無き、おそらく、おそらくじゃ世界樹(ユグドラシル)の枝が使われておる。ワシも見るのは初めてでの、確実な事は言えんが。音の響きからして、芯はドラゴンの琴線。何のドラゴンの琴線なのかは不明じゃな。しかし、しかしじゃ。何故この杖にそこまでの技術を詰め込んだのか、まるでこれは──」

「まるでこれは?」

 

ノラはオリバンダー老人の言葉に眉を顰める。

 

「いや……何でもない。それで扱えておるのであれば別に構わないんじゃ。さて、これは返させてもらおうかの……売る気は?」

「ないです」

 

 悔しいという表情を思いっきり浮かべながらオリバンダー老人はノラを見つめているがノラは首を横に振る。

 

「大事にしてやってください」

「勿論です」

 

 ノラの返答にオリバンダー老人はあれだけの金額を積んでもいいので買いたいと思っていたはずの杖に優しい眼差しを送った後にフッと目を逸らした。

 

「あの、杖の手入れのセットなどあれば買いたいのですが」

「あっ。私も買いたい」

 

 ノラの言葉にジュディが口を開く。マグル生まれではあるが杖の重要さは理解しているらしい。オリバンダー老人は頷きながら机の下から2つの木箱を出す。

 

「これがまぁ、基本的な杖の手入れの道具じゃな。専門家でなくてもある程度の手入が出来るのはこれじゃ。じゃが、もしも放った呪文がズレてくるなどの不具合が出てきたらすぐに持ってきてくだされ」

「分かりました」

 

 オリバンダー老人の言葉にノラは返事を返す。

 

「ついでに杖の手入れ仕方を教えておこうかの」

 

 そう言うとオリバンダー老人は他の場所より同じ木箱を持ち出してきた。

 

「エディソンさん。杖を」

「あっ。はい」

 

 ノラは杖をオリバンダー老人に渡す。

 

「まずはやっぱりこれじゃよ」

 

  木箱からスプレーを取り出し、スプレーをかける。

 

「これは樹皮のスプレーじゃ。まずこれをかけることによって杖自身の木を厚くするんじゃ。そしてこっちのヤスリで手に馴染むように擦る。スプレーをかけ、擦る。スプレーをかけ、擦る。この動作を何度か繰り返していく毎に自分の手にしっくり来るようになるだろう。じゃが、あまり削りすぎる事のないようちゃんとスプレーをかけるんじゃぞ? 杖芯まで削ってしまった場合は──まぁ、買い直したほうが賢明じゃろうな。これが杖の手入れのやり方じゃ」

「これをすることによって何か変わるのか?」

 

 疑問に思ったジュディが口を開く。

 

「そうじゃな。例えば自分の手ということは他人には分からんものでな。やはり自分の手の感覚、杖の感覚。それらが分かれば自然と握りやすい形になるじゃろう。また、これをすることによって魔術的な後押しを得られるのじゃ。木は生命の象徴じゃ。木は年輪を重ねるごとに太く、大きくなっていく。詳しく説明すると長くなるのじゃが、生命の積み重ねという魔術的記号を得ることが出来るのじゃ」

 

 一度言葉を区切り。

 

「例えるならば買ったばかりの靴と履きなれた靴。ぐらいの違いじゃの。なんと言っても使いやすい」

「なるほど」

「金額はなんと六シックル。今なら樹皮スプレーをもう一つおまけじゃ」

 

 綺麗なまでの実演販売。英国魔法界では杖と魔法はあまりにも密接な関係だ。ここで買わない馬鹿は居ない。

 

「買った」

「買います」

 

 二人して同じ言葉を口から出しながら財布から代金を取り出しオリバンダー老人に渡した。

 

「では、一通り購入したようですね。時間も時間ですし、服を受け取ってから帰りましょう」

 

 マクゴナガルが胸元から懐中時計を取り出して時間を確認しながら言う。

 

「では、またのご来店をお待ちしております」

 

 オリバンダー老人のお辞儀を背に三人は外に出る。

 

「先にボードマン。あなたの家に向かいましょう」

「家、ねぇ……」

 

 マクゴナガルはそう言いながら二人に向かって両手を差し出した。

 

「姿くらましですか?」

「えぇ。初めてなので酔うかもしれませんが。何事も経験です」

 

 ノラは体験したことのない事を体験できる喜びでパァっと微笑みながらマクゴナガルの手を握る。ジュディは姿くらましが何かわかっていないようで首を傾げながらマクゴナガルの手を掴んだ。

 パチンと何かが破裂するような音がした。ゴム管の中に詰め込まれているかのような、排水にでもなったかのような感覚。と、本では書いていたのにノラには全くそのような感覚は訪れなかった。と、いうかよくよく考えてみれば先ほどアーサーにしてもらったのも姿くらましだ。一切訪れなかった感覚を疑問に首を傾げながら周囲の様子が変わった事だけ受け取りキョロキョロと周囲を見渡す。

 

「うぇっ」

 

 そんなノラの様子とは真逆でジュディは気持ち悪そうに嗚咽を漏らしながら壁に手を突いている。

 どこか病院を思い起こすような白く生活感を感じない建物。──何らかの事情を抱えている。そう、親のわからない孤児など、さして珍しくはないのだ。

 

「今日はありがとうございました。先生」

 

 ジュディはそう言って銀髪を靡かせながらノラとマクゴナガルに背を向け、大きな門を潜っていった。

 

「……」

 

 それをじっと見送り、ジュディの背中が玄関の扉によって見えなくなったその時、マクゴナガルがノラに声をかけてきた。

 

「これからお時間ありますか?」

「え? えぇ。どれぐらい時間がかかるか分からないので時間は空けてあります」

「では、少しだけお時間いただけますか? 話があります」

「はい」

 

 どんな話をされるのだろうとノラはドキドキしながら再び差し出されたマクゴナガルの腕を握る。

 

 パチン。

 

 見慣れたノラの屋敷の前に立っていた。本当に姿あらわしというのは便利だな。などと思いながらマクゴナガルを見つめた。マクゴナガルは何かを思慮した様子で黙り込んだ後、なんてことはないようにこう言った。

 

「あなたの保護者が決まりました」

「なんですって?」

 

 思いもよらぬ言葉にノラは聞き返す。

 

「ですから、あなたの保護者が決まったのです」

「……先生ですか?」

「いいえ、私ではありません。ダンブルドア校長です」

「だ、ダンブルドア校長!?」

 

 ノラはあまりの驚きに二、三歩後ろに下がる。

 

「ダンブルドア校長って、あの……!?」

「そうです。ホグワーツ魔法魔術学校の校長、アルバス・ダンブルドア。その人です」

「保護者って、その……私の?」

「ここにあなた以外の人間がいるようには私は思いませんが」

「いえ、いえ、先生。私その、信じられなくて。私に保護者がついてくださったと言うことと、その人があのアルバス・ダンブルドアだなんて」

 

 ノラの動揺にマクゴナガルは一つ息を吐いてから続ける。

 

「そこで、もし異議があるのでしたら私からダンブルドア校長に伝えておきますが」 

「異議だなんてそんな滅相もない。ただ、一度も会ったことのないただの生徒の保護者になるだなんて、私、思いもしなくって」

「……校長は心が広い方ですので」

 

 一瞬、目が泳いだのをノラは見逃さなかったがそれよりも嬉しいという感情が上回っていた。

 

「私、本当に魔法界に居て良いんですね」

「居て良いとは?」

 

 マクゴナガルの問いに、ノラは少し唇を噛んでから目を伏せた。

 

「……だって、私は……どこにも所属していないような気がしてたんです。誰かの娘でもないし、名前だって、言われただけです」

 

 風が一陣、屋敷の庭先を撫でた。夏の名残がまだ色濃く残る空の下、ノラの瞳がゆらゆらと揺れる。マクゴナガルはその姿をしばらく見つめてから、淡く微笑んだ。

 

「名前があるというのは、それだけで尊いことですよ。名前を持ち、誰かに呼ばれ、そして誰かに大切にされる。──ダンブルドア校長は、あなたにその『誰か』になろうとしています」

 

 ノラは顔を上げた。その青空のような瞳に、いくらか涙がにじんでいるのを、マクゴナガルは見て見ぬふりをした。

 

「本当に……校長先生は、私のことをご存知なんですか? 私、何か……特別なことをしたわけじゃありません。私、絶対に校長先生に迷惑をかけない人になります。勉強だって、お掃除だって、何でもできるようになります。人に優しくして、繋がりを絶やさないようにします。これからもっといっぱい人を笑顔に出来る人間になります。それに、それに」

 

 胸に溢れた言葉をそのままノラは言葉に出していく。これだけの想いを与えてくれた存在に見捨てられたくないのか、失望させない、といった旨の言葉だらけだ。

 

「──大丈夫です。ノラ。無理に何かをする必要はありません。これまでの通り生活を送ってください。私が、あなたの支えになるのです。その逆は、子供であるあなたが今、考える事ではありません。特別なことなど、しなくていいのです。あなたは──ただ、そこに居てくれるだけで、価値があるのです」

 

 ノラはしばらくの間、その言葉を反芻するように立ち尽くしていたが、やがて胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、小さく頷いた。

 

「ありがとうございます。先生、それから……ダンブルドア校長にも。その、お伝えしていただけたら」

「勿論です。伝えておきます」

 

 マクゴナガルの答えにノラはそっと微笑む。胸の奥に、じんわりと温かい光が灯るのを感じながら。

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