殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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エピローグ 六星竜一 47歳の贖罪

 東北地方某県にある刑務所。

 そこの正面玄関から少し離れた場所に、出所者のみが利用できる出口がある。

 刑期を満了し、法律上の罪を償いを終えた者達は皆ここから出ていく。

 即ち、この場所から歩き出す事こそ社会復帰の第一歩と言って良かった。

 

「…長い間、お世話になりました。」

 

「うん。もう二度と戻ってくるんじゃないぞ。」

 

 そんな場所で、テンプレートのような出所の挨拶を見送りの看守と交わす男がいた。

 顔立ちは40歳半ばくらいの中年男性であるが、頭髪の半分以上を占める白髪が彼を実年齢以上に老いて見せた。

 

 彼の名は六星竜一。

 殺人と殺人教唆の罪に問われ、20年の懲役刑を宣告された彼は今日この日、刑期満了による出所を迎えていた。

 

 看守が背を向け、出口のドアが閉まるまで頭を下げ続けた竜一は一つ大きく息を吐くと後ろを振り向く。

 そこには一人の女性が立っていた。

 

「…まさか本当に迎えに来るなんてな。」

 

「…お勤め、ご苦労様です。竜一さん。」

 

 女性は感極まった様子で涙ぐみ竜一を労うが、竜一は気不味げな様子で顔を背ける。

 そこには深い後悔の色が見て取れた。

 

「……本当に一緒に来るのか?俺がこれから行く場所に、お前は無関係なんだぞ。」

 

「行かせてください。私も貴方の罪を背負う、なんて無責任な言葉は吐けません。だけど、貴方がこれから歩む道を共に歩んでいきたいんです。私自身の贖罪の為に。」

 

「…自分自身の贖罪か。」

 

「ええ。時田十三の娘として、私は六星さん御一家に対して償いをする義務があるんです。自分都合と言えばそれまでですけど、今度こそちゃんとした償いがしたいんです。あの時の間違いを繰り返さないように。」

 

 濃い憂いを帯びた女、時田若葉の顔に竜一は何も言えなくなる。

 無言のままバス停までの道を歩き始めると、若葉が横に並んで歩を同じにする。

 

 暫しそのまま無言で歩き続ける二人であったが、沈黙に耐えきれなかったのか竜一は咳払いをすると口を開いた。

 

「この20年、何があったのか教えてくれるか?一応手紙や弁護士を通じて話には聞いてるけど。」

 

「…はい。あの事件の後すぐ、村に対して警察の強制捜査が入りました。それで館の主人たちだけでなく、大麻の密造に関わっていた村人は全員逮捕されたんです。」

 

 警察の捜査はこれまで賄賂を贈られて見逃していたとは思えないほど執拗かつ徹底的であった。

 最終的には裏山で栽培されていた大麻草だけではなく、各館で保管されていた数tにも及ぶ覚醒剤が発見され、麻薬取締法違反の容疑で村人の約半数が逮捕された。

 村ぐるみによる麻薬の製造という前代未聞の大事件により、六角村の名は一躍全国に広がった。

 

「だけど、牧師一家の殺人に関しては年数が経過し過ぎていたせいで有力な物証がなく、館の主人たちは全員不起訴になったんです。」

 

 証言というのは裏付けが伴って初めて証拠採用される。

 兜礼二は6人の主人による六星一家殺害を自白したが、その犯行を裏付ける有力な証拠を警察は発見することが出来ず、6人は罪に問われる事は無く不起訴となった。

 

「でも裁判が始まろうとした頃から、おかしな事が起こり始めたんです。今思えば、あれは本物の呪いだったのかもしれない。そう思う事すらあります。」

 

 まず最年長の『ツタの館』の主人、草薙三子は元々あった認知症の症状が逮捕後に急速に悪化し、検察は裁判に掛ける事が不可能と判断し不起訴処分となった。

 その後、医療施設に収容されるが認知症による幻視や幻聴が顕著となり、常に何かに怯えるような様子を見せ「ごめんなさい、ごめんなさい」とひたすらブツブツ呟き続ける状態になる。

 そして不起訴から半年後、草薙は自室にて口に一杯にティッシュを詰まらせ窒息死した。

 その死に顔は大変おぞましいものだったという。

 

 

 

 『ステンドグラスの館』の主人、一色寅男は逮捕後に麻薬の密造こそ認めたものの、主犯はあくまでも草薙であり自分達は従属的な立場だったと言い張り、27年前の事件への関与も否定した。

 もちろん検察はそれを信用せず、いくつもの証拠を並べて一色を追求したが、一色は大金を叩いて弁護士団を雇い徹底抗戦の構えを見せた。

 しかし、それから間もなく一色は体調不良になり、味覚を感じなくなったと訴える。

 

 病院での検査した結果、舌に悪性腫瘍が出来ていると診断され、緊急手術で舌の切除が必要となった。

 本来ならもっと早く気が付くチャンスはあったのだが、自身もまた麻薬を常用していた一色は感覚が鈍り舌の違和感に気付く機会を逸していたのだ。

 ゲテモノ食いを趣味にしていたのも麻薬の影響によるものだったらしい。

 手術は一応は成功。

 しかし術後に腫瘍が内臓のあちこちにも転移しているのが発覚する。

 このとき既に手の施しようがなかった。

 裁判の開始を前に、一色の症状は一気に進行する。

 

 一色は腹部を襲う激痛に「もう殺してくれ」とのた打ち回り、食事もまとも取れずに瞬く間に痩せ細っていった。

 そのままかつての面影すら感じられない骨と皮だけの姿になり、多臓器不全によってこの世を去った。

 

 

 

『塔の館』の女主人、五塔蘭も一色と同じく弁護士を立てて自分は従属的な立場であったと主張するが、彼女もまた長年に渡る薬物の常用の影響を受けていた。

 彼女は逮捕直後から、『若さを保つ秘訣は処女の生き血』などと訳の分からない主張をしていた。

 精神錯乱の疑いも見られたが、それから間もなく五塔の若々しい美貌に陰りが見えてきた。

 

 豊齢線が深く刻まれ、目元口元に小じわが増え、肌の張りは無くなり、白髪が目立ち始め、所々シミが見られるようになった。

 そうして第一審から半年が経つ頃には、あの美魔女ぶりは何処へやら、まるで老女のような容姿に様変わりしていた。

 これも一種の麻薬の副作用であったらしい。 

 

 それによるショックか、五塔の錯乱状態は悪化する。

 自分の事をヨーロッパの貴族だと称し、派手な化粧と奇抜な衣装を好むようになり、拘置所の職員や担当弁護士に対して卑猥な言葉を掛けるようになった。

 五塔蘭は明らかに正気を失くしていた。

 弁護士は「被告人は裁判に耐えられるような精神状態には無い」と裁判の延期を求め、裁判所もそれを認めた。

 

 しかしその翌日、五塔は全裸となって自らの爪で喉を掻き切り自殺した。

 死因は自分の血が気管に流れ込んだことによる溺死。

 彼女の首から下は、首から噴き出した血で真っ赤になっており、まるで生き血の溜まった浴槽に浸かった後のような有様であったという。

 

 

 

 残りの3名、時田十三、兜礼二、そして風祭淳也は共に逮捕後素直に麻薬密造について認め、館の主人達は全員が同等の権限を持ち主従関係は無かったと証言する。

 特に娘が犠牲になった兜、そして娘が殺人犯になった時田の自責の念は顕著であり、自分達の犯した業が娘を追い詰めた事実に打ちのめされ、証言台で涙ながらに反省の弁を口にした。

 

「それと、風祭さんについては…」

 

「…うん、そうだな。まさか自分にも、館の主人の血が流れてるとは思わなかった。」

 

 風祭惇也は竜一の父であった。

 竜一はそれを警察の取り調べ中に知り愕然としたが、同時に母の詩織が「風祭だけには手を出すな」と言っていた理由を察し納得した。

 詩織と風祭は恋仲であったのだ。

 竜一の裁判が始まると風祭も証人として出廷し、当時の出来事を話すと同時に「本当にすまない。全部私達の責任だ」と涙ながらに竜一に詫びた。

 

 当時風祭は竜一の母である詩織と密かに付き合っており、お腹に出来た子供の名前を決めるなど、人目を忍んで愛を育んでいたのである。

 事件のあった日、風祭は煙の充満する教会から詩織を救出し、誰にもバレないように匿っていた。

 そして剥製作りの知識を生かし、既に息を引き取っていた他の養女達の死体を解体し、体の一部が欠損した『七体のミイラ』を製作して詩織の生存を隠したのである。

 その後、詩織は入院先の病院から脱走し、以来行方知らずになっていた為に風祭は我が子の存在も、詩織の死をも知らず、ずっと後悔の念を抱え続けていたのであった。

 

 そうして各々に自分達の過ちを悔やみ、反省の意思を見せていた3人であったが、検察は長期に渡り組織的に大量の大麻を栽培し、その利益で贅沢な暮らしをしていた事実と、警察をはじめとした複数の行政機関に賄賂を送り犯行を隠蔽し続けた悪質性を厳しく糾弾し、厳罰を求めた。 

 

 結果、初犯かつ調べに対し素直に犯行を認めた点を考慮されるも、営利目的による大麻の密造により3人には懲役10年という厳しい判決が下され、そのまま確定した。

 

「そして私には、殺人と死体損壊で5年から10年の不定期の懲役刑が科せられました。」

 

「…確か、8年目に仮釈放が降りて出所したんだってな。」

 

「はい。兜さんと風祭さんも10年の刑期を終えて出所しました。だけど父は、刑務所に入って3年目に心臓病で亡くなりました。」

 

 死に際で十三は、何度も娘との面会を望んだらしい。

 無論、懲役刑の真っ只中にいる若葉には駆け付ける事など不可能。

 十三は一人寂しく、己の悪徳により行き着いた末路を悔やみ、その命を終えた。

 

「父を不憫に思う気持ちはあります。だけど、父のやった事を考えると自業自得と言われても仕方がないとも…」

 

 若葉は父の事を思い出し苦しげに顔を歪める。

 決して良好な親子関係とは言えなかっただろう。

 だがそれでも親子の情は残っており、父親の生涯には複雑な感情を抱いているのが伺えた。

 

「…残りの2人も既にこの世にいないんだってな。」

 

「はい。兜さんは刑期中に教誨師の洗礼を受け、出所後は神学校に入った後に正式な司祭として六角村に帰って来ました。そして亡くなった方々を弔い続け一昨年に。風祭さんは、村の再興の為に色々と手を貸してくれました。竜一さんが出所した時に、帰ってこれる場所を作ってあげたいって。だけど去年病気で…」

 

 ずっと竜一さんの事を気に掛けていた、と若葉は竜一に視線を向けながら話す。

 

 竜一は結局、実の父親と親子として話す機会を持たなかった。

 出所後の風祭が竜一との面会を求めた事があったが、どんな顔をして会えば良いのか分からず拒絶していた。

 

 それでも、出所の日が近づけば再会を意識せざるを得なくなる。

 出所の1年前、竜一は風祭に手紙を送った。

 来年刑務所を出たら、きちんと話したい事があると。

 

 その直後であった。

 風祭が脳梗塞で倒れ、意識が戻らぬまま亡くなったと知らされたのは。

 

「俺も、随分と親不孝だよな。」

 

 思わずそんな言葉が漏れる。

 これも一つの罰だったのかもしれない。

 唯一の肉親が会いたいと望んだ時にそれを拒んだ故に、自分が会いたいと願った時には叶わない。

 これ以上の仕置きは無いとすら思えた。

 

「…あの人は、村に戻ってから何を?」

 

「風祭さんは私や兜さんと一緒に、六角村を療養地にしようとしていました。6つの館をホテルやコテージに改装して、都会の喧騒から離れた山奥で心と体を休める場所にする。そういう風に変えていこうってしたんです。」

 

「………上手くいったのか?」

 

「最初はなかなか。でも連城さんが手を貸してくれて、少しずつ軌道に乗ったんです。」

 

「連城って、お前の婚約者だったあの!?」

 

 思わぬ人物の名前に驚き声を上げると、そんな竜一の姿に若葉は笑みを浮かべる。

 

「ええ。もちろん、とっくの昔に婚約は破棄されてます。それでも、あの方は私に対する義理を通すために法人の設立や運営に手を貸してくれたんです。本当に頭が上がりません。」

 

「…あいつは本気でお前に惚れてたんだな。」

 

「はい。なのに私は一度もあの方をまともに見ようとすらしていませんでした。本当に申し訳ない事をしたと思います。」

 

 婚約者がいながら別の男性との恋路に走り、言われるがままに殺人を犯した若葉を連城は恨まなかった。

 それどころか出所した若葉に手を差し伸べたのは、彼にとって若葉が生きる希望だったからに他ならない。

 

 生まれた頃から病弱で、見た目にハンディキャップを背負い人との交流もままならなかった連城にとって、婚約者の若葉は自分と外界を結び付ける数少ない繋がりであり、若葉と愛を育むことが生きる目標になっていた。

 

 その初恋は実らなかったが、幼き頃の孤独を和らげ、病に苛まれる心を救ったのは紛れもなく若葉の存在である。

 だからこそ、若葉の心が自分に向いていないと知っても、彼女が許されざる罪を背負ったとしても、自分の恋心を裏切った嘗ての婚約者を許し、贖罪の道を歩もうとする背中を押すことが出来るのだ。

 

 そんな話を若葉から聞いた竜一は苦し気な顔を俯かせる。

 

「…優しい奴だな。連城は。」

 

「はい。本当に、謝罪と感謝の言葉が尽きません。」

 

「…もし良かったら、お前の方から連城に会えないか聞いてもらえるか?俺からも、面と向かって謝罪したいんだ。」

 

 その言葉に若葉は驚きを表情に出すが、竜一が冗談の類いを言っているのでは無いと理解すると固く口を結び頷いた。

 

 2人はやがて、駅に向かうバスの停留所に到着する。

 発車前のバスの扉は既に開いており、2人は最後部に座った。

 

 再び2人の間に沈黙が流れる。

 竜一がチラリと横顔を伺うと、若葉は思い詰めた様子で前方を直視していた。

 

「…この15年ずっと、手紙を送り続けてた。」

 

「………小田切進さんの家族に?」

 

「…ああ。」

 

 不意に竜一は話し始めた。

 これから自分が行こうとしている場所に若葉を連れて行くならば、これだけは話してはおかなければと思っての事だった。

 

「申し訳ありません。この言葉を何度書いたか分からない。けれど、そう書き続けるしかなかったんだ。返事が一度も来なくても。」

 

「………」

 

「ほんの少しでも、謝罪の気持ちが伝わればと思ってたんだ。だけど時々考えてしまう。こうして手紙を送り続ける事が、余計に相手を傷付けて、事件に縛り続ける事になってるんじゃないかって。そう思ったら、もう手紙を書かなくても良いんじゃないかってもなるけど、それでもし『ああ、やっぱりこれまでの謝罪はポーズだったんだ』って思われるのが怖くて。ほんと、ワケ分からないよな。」

 

 毎月必ず1通、15年間、己の想いを文字にし送り続けた。

 それが本当に正しい事なのかも分からず。

 

「それで先月、出所日が決まった事を手紙に書いて、進さんのお墓に手を合わせてもいいですか?って、尋ねたんだ。そしたら、初めて返事が来て、進さんを俺に殺されてからの苦しみとか、俺に対する憎しみとか、色々書かれてたけど、最後には『お待ちしております。』って…」

 

 竜一は言葉を震わせると、服の胸元を握り締め背を丸める。

 

「なんかもう、ありがたくって、申し訳なくて、怖くて……」

 

 後悔しても意味は無い。

 館の主人達の悪行や、母親の教育は言い訳にならない。

 小田切進の遺族にとっての事実はただ一つ。

 

 なんの罪も無い大切な家族を、身勝手な理由で竜一に殺された。

 ただそれだけである。

 

 竜一は、その重みを十分に理解していた。

 それは若葉も一緒だった。

 

「分かるよ、竜一さん。」

 

 震える竜一の手に自分の手を重ね、怯えた眼をする竜一に視線を合わせて言う。

 

「私もね、兜さんに謝ったの。兜さんは赦しの言葉をくれたけど、凄く苦しそうだった。それがもう本当に申し訳なくって。」

 

 兜礼二もまた自分の罪に向き合い、霧子の死の責任を若葉だけに求められないと思っていたのだろう。

 それでも、『君を赦すよ。』と血を吐くように言った男の表情が忘れられず、今も若葉を苛んでいた。

 

 自分達は決して下ろす事の出来ない十字架を背負っている。

 どんなに善行を積もうと取り返しのつかない過ちの十字架を。

 

「だからこそ、誠実でなければならない。赦されざる罪を背負った私達だけど、手を差しのべてくれた人達を今度こそ裏切らない為に。それが、私達の贖罪。」

 

「…出来るかな、俺に?」

 

 返事をする代わりに若葉は冷たさの残る手を優しく握った。

 

 灰色の壁沿いを走るバスに揺られる2人の罪人。

 彼等が目指すは海を望む墓所。

 そこで待つ人が2人に何をもたらすのか。

 そして、2人の未来に幸福はあるのか。

 

 それはまだ、誰にも分からない。

 

 

『青森県六角村女子高生殺人事件 完』

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