殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
とある日の昼休み、古舘恭一郎が事務所の休憩室に入ると先に休憩に入っていた珠樹がソファに腰掛け写真週刊誌を読んでいた。週刊MONDAYの最新号である。
その様子を意外に思いながら恭一郎は声をかける。
「お疲れ様です。珍しいですね。珠樹先生がそういう雑誌を読んでるなんて。」
「ん?ああ、お疲れ様。ちょっとね、昔の依頼人が取材を受けてたから。」
「へえぇ。」
興味を持った恭一郎が覗き込むと、雑誌には作業服を来た若い女性が笑顔を浮かべる写真が掲載されていた。
「『あの海難事故を乗り越えて』ですか。もしかして彼女、例のオリエンタル号沈没事故の遺族ですか?」
「そう。オリエンタル号に衝突されて沈没した竜王丸の船長の娘さん。今はお父さんと同じ船乗りを目指して修行中なんだって。あれからもう3年かぁ。時間が流れるのは速いわねぇ。」
感慨深そうに珠樹は語るが、それを見た恭一郎は「言い方が年寄り臭いなぁ」と思ってしまった。
思うだけで口にはしない。
「そういえば、この事故の賠償問題って解決したんでしたっけ。」
「うん、去年にね。賠償額がとんでもない数字だったから支払いが何時になるか不安だったけど、意外に早く終わったのよねぇ。」
3年前の民事訴訟。
竜王丸側に事故責任があるとして遺族が起こした賠償訴訟は、事故原因の根拠とされた船員の証言が虚偽であったことが発覚し大きく流れが変わった。
原告であるオリエンタル号の遺族達と被告である竜王丸の管理会社は話し合いの場を設け、最終的には訴えを取り下げ、捜査機関に事故原因の再捜査を連名で依頼することに合意した。
それに際し、双方の代理人の計らいによって再捜査の正当性を認める裁判所の意見書も付随された。
裁判所から「竜王丸側に事故責任があるという捜査結果には疑問がある」と言われた以上、警察や検察も重い腰を上げざるをえなかった。
警察は関係者からの聴取を開始した。
すると間も無く、生還したオリエンタル号の船員より「事故当時一部の船員によるボイコットが発生し、見張員を置いていなかった」という証言が出てきた。
更に詳しく調査すると、オリエンタル号の船長と副船長の間で出世を巡る派閥争いが起きており、船長は船内で行われたパーティーで船舶関係者に顔を売るために自身の派閥の船員を出席させる一方で、シフトを強引に変更し副船長とその派閥の船員をパーティーから閉め出していた。
それに反発した副船長は閉め出された船員にボイコットを指示し、船舶の運行に必要な人員の配置を怠ったのであった。
事故はその最中に発生した。
この証言により「警告したにも関わらず回避行動を行わなかった」とする鹿島船長の航海日誌の記載が信憑性が増し、警察は東亜オリエント海運に対する疑惑を深めた。
当の東亜オリエント海運はと言うと、再捜査後に明らかになった数々の疑惑についてはノーコメントを貫き、加納達也を買収し嘘の証言をさせた事については事実無根を主張した。
しかし従業員に対する更なる聴取により、「事故後にシフト表の改竄」並びに「『船乗りを続けたければ何も喋るな』という通告」がされていた事が告発される。
なお、相次ぐ内部告発について珠樹達の上司である豊彦は「どんなに上が腐った組織でもマトモな人間は少なからずいる。彼らは保身しか考えていない人間に愛想が尽きたのだろう。」とコメントした。
その後の裏付け捜査の結果、遂に警察はオリエンタル号船長の『鷹守郷三』、並びに副船長の『若王子幹彦』を業務上過失致死の容疑で逮捕した。
逮捕された2人は当初、見張りの不備を否定し無実を主張していた。
だが、再捜査の過程でオリエンタル号の生還者から驚くべき証言がもたらされていた。
衝突後、オリエンタル号が沈み始めた段階で船長の鷹守は航海法上定められている乗客の避難誘導義務を放棄し、いち早く救命ボートで脱出していたのが明らかにされたのだ。
日本の海事における『船長の最後退船の義務』は、70年代に起きた海難事故に際し、船長が退船を拒否し殉死する事例が続発した事により法改正が行われ義務ではなくなった。
しかし、航海中の船の最高責任者である船長が避難誘導等乗客の生命保護に必要な処置を一切行わず船から退避するなど、絶対にあってはいけない事である。
若王子に至っては乗客の1人を暴行し救命胴衣が奪い取っていた事が発覚した。救命胴衣を奪われた乗客は溺死した事が確認されている。
遭難等による不測の事態においては、こうした行為も緊急避難として法によっては裁かれない事も多い。
しかし若王子は曲がりなりにも副船長という船長に次ぐ責任者である。
この場合は当然ながら自分の身の安全よりも乗客の生命を優先する義務が若王子には有り、若王子の行為に擁護の余地はなかった。
これらの事実がメディアで報じられると、東亜オリエント海運は世間から猛烈な非難を受け、緊急の記者会見を開く必要に迫られた。
会見で東亜オリエント海運の社長は、世間から批判を受ける疑惑については目下調査中として陳謝するにとどめるが、その答弁に納得出来ない記者たちからの追及に窮し「オリエンタル号側に事故原因があった可能性がある」と発言。
直後に「事故原因については船員によるヒューマン・エラーがあった可能性を認識している」と言い繕い、組織的な隠蔽は確認されていないとした。
しかし、この会見を知った鷹守と若王子は、会社が自分達を切り捨て保身に走ったと思ったのか、社長を含めた重役達の指示により加納の買収を行った事を自供。
加納に会った日時や渡した金額の供述も一致し、警察は遂に東亜オリエント海運に対する家宅捜索を行った。
この家宅捜索により改竄されたシフト表が発見されオリエント海運による隠蔽が明らかにされると共に、事故当時のオリエンタル号には法律が定める旅客船舶の運行に必要な乗務員数を大幅に下回る乗員しかいなかった事が明らかになった。
オリエント海運はオリエンタル号に設置された最新鋭自動運行システムを過信し、経費削減の為最低限の人員さえ用意しないという本末転倒な処置を行っていたのだった。
更に押収された帳簿の中から会社の金で加納に対する買収費用を捻出していた証拠も見つかり、警察は遂に東亜オリエント海運の社長及び役員数名を業務上過失致死、並びに犯人隠避の疑いで逮捕した。
その後の刑事裁判により、船長の鷹守は乗客の生命保護に必要な処置を行わなかったとして遺棄致死罪により懲役7年、若王子は傷害致死罪により懲役10年の実刑判決が下された。
そしてオリエント海運の社長は業務上過失致死により拘禁2年の実刑判決、その他役員に対してはそれぞれ執行猶予付きの拘禁刑が言い渡された。
一方で金を貰って虚偽の証言をするように求められた加納は起訴猶予処分が下される事になった。
そして刑事裁判と平行して行われた民事での賠償訴訟では、既にオリエント海運の数々の失態が明らかにされた事もあってか、オリエント海運は早々に遺族やタンカー船の管理会社の要求を受け入れる姿勢を見せた。
いわゆる白旗宣言である。
最終的にオリエント海運が100億円を超える賠償金を払う事を条件で和解が成立。
しかし東亜オリエント海運の船会社としての信用は地に堕ち、国土交通省から監査を受けると共に業務停止命令を受け業績は急激に悪化。
そこに莫大な賠償金の支払いも重なった事で完全に窮したオリエント海運は同業他社と吸収合併、実質的な身売りを行うことでなんとか賠償金を捻出したのであった。
「とにかく遺族への賠償金がキチンと支払われたのは良かったわ。それで全ての遺族の心が救われたとは言えないけど。」
「でもこの記事を読む限り、裁判でオリエント海運の責任がハッキリと示された事で救われた人はいるみたいですよ。もしあのまま真実が明らかにされなかったら、きっと今よりも多くの人が苦しんでいた筈です。」
記事の中には事故で家族を失い悲しみが癒えないながらも懸命に生きている人の現在が記されていた。
鹿島洋子もまた、父のような立派な船乗りを目指し洋上訓練に日夜汗を流している様子をインタビューで語っている。
『父を失った事で改めて海というのは怖い場所だと思いました。だけど同時に、船乗りにしか分からない魅力が海にはあるのだと、生前の父は言っていました。私にはまだ、父の言う海の魅力を本当の意味で理解できていません。だけどいつか、父の感じた気持ちを自分も感じられるように成りたい。そう思っています。』
「…きっと成れる筈よ。海の怖さを知りながら、その魅力を知ろうとする貴方なら。」
よく日に焼けた肌に汗を輝かせながら笑う洋子の写真に微笑むと、珠樹はそっと雑誌を閉じた。
その後の彼ら
・鹿島洋子
船乗りとして経験を積み、大手海運会社で大型船の女性船長を務めるまでになる。
プライベートでは事故慰霊祭で出会った元オリエント海運の船乗りに直接謝罪されたことで彼と交流するようになり、数年後に結婚。子宝にも恵まれプライベートでも充実した日々を送る。
・鷹守郷三
裁判では加納の買収については認めたものの、衝突事故の自身の過失は認めず「職務放棄した若王子の責任」と主張し遺族への謝罪は無かった。
最高裁まで争うも懲役7年が確定。
出所後は地元の解体業者などで働くも長続きせず、酒浸りになるなど荒れた生活を送る。
最終的には酒で体を壊し、医療施設に入院。その時点で、手の施しようが無いほど体はボロボロであった。
そして死の間際、朦朧とする意識の中、初めて遺族に対して「申し訳なかった」と謝罪の言葉を口にし程無く息を引き取る。
・若王子幹彦
当初は自身の過失に対して否定し鷹守に責任があったという主張をしていたが、裁判が進むにつれ心境の変化があったのか徐々に過失を認める発言をするようになり、客から救命胴衣を奪った事についても「パニックになっていたとはいえ、船乗りとしては絶対にやってはいけない行為。本当に申し訳ない。」と謝罪の言葉を口にした。
第1審で懲役10年の判決が下されるとそれを受け入れ、傍聴席に対して深々と頭を下げた。
満期出所後は地元に帰りタクシー運転手として静かに暮らしている。
また、生活費の一部を自分が死なせてしまった乗客の遺族に毎月送金している。
・葉狩京士郎
「37歳の事件簿」の「殺人二十面相」のエピソードに登場する雑誌記者。
オリエンタル号沈没事故を取材する中で心境の変化があったのか、それまでとは違い事件や事故の犠牲者の心に寄り添った記事を書くようになる。
鹿島洋子に対してもその後謝罪しており和解した。珠樹が読んでいた雑誌の記事も彼が執筆したものである。
・某ジェイソン氏
遺族として学生の身でありながら徹底的にオリエント海運の責任を糾弾。裁判でも鷹守や若王子に厳罰を求めた。
そして恋人の死の直接のきっかけになったS・Kの人物を明らかにするために、事故から3年後、条件に合う人物たちを「悲恋湖」を舞台にしたミステリーツアーに招待する。
ただし参加者全員を殺害するようなことはせず、本物のS・Kにしか伝わらないような状況や謎を提示し、招待客の反応から目的のS・Kを炙り出そうとした。
結果、早々に本物のS・K氏がミステリーツアーその物が自分の罪を明らかにするものだと悟り、自ら名乗り出てジェイソンに謝罪。
当初はS・Kに危害を加えようとしていたが、偶然参加し謎を解いた一や美雪、他の招待客からの説得、そしてあらゆる罰を受け入れようとするS ・K 氏の真摯な態度に復讐の虚しさを感じ、謝罪を受け入れ復讐を諦めた。
原作とは違い、事故の真相が明らかにされS・K以外に復讐心を向ける対象がおり、ある程度の報いは受けさせることが出来たので原作のような狂い方はしなかった。