殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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今回のエピソードのメインテーマは、『他人から見たその人の人間性は一側面でしかない』、そして『どんな人間にでも家族はいる』です。
原作キャラがほとんど登場しない話になっていますので、ご了承ください。
また、恭一郎がメインとなる話になっています。


北海道テレビクルー連続殺人事件
なぜ彼女は賠償請求を行おうと思ったのか?


 

 法律事務所への相談は多種多様だ。

 身近な近所トラブルから交通事故案件、最近多くなっているのはSNS 等のネット上の問題。

 刑事裁判の当番弁護に企業案件。

 いずれにせよほとんどの依頼者は、自分達だけでは解決できない悩みを抱え弁護士を頼りに来る。

 

 『古舘法律事務所』では、そんなトラブルを抱えた依頼者が少しでも頼りやすくなってもらう為に初回30分無料で相談を受け付けている。

 

 今回古舘恭一郎が担当する事になったのも、電話予約時に無料相談を希望した依頼者であった。

 

「ええと、比留田沙良さんでよろしかったですか?」

 

「はいっ。そうです。」

 

 恭一郎が目の前に座る依頼人の女性に確認を取ると、女性は固い表情で返答する。

 若い、いや寧ろ幼いとさえ言える顔立ちである。

 受け付け時の簡単な聞き取り書によれば二十歳と言うことだが、どう見ても高校生くらいにしか見えない。

 そのくせに服装や化粧は大人向けのシックなスタイルのせいで、どうにもチグハグな印象を恭一郎は受けた。

 

「本日はまず30分の無料相談をという事ですが、よろしいですか?」

 

「…はい。」

 

 恭一郎の問い掛けに沙良は深く頷く。

 そして顔を上げると、視線を恭一郎に合わせる。

 

「わたし、損害賠償訴訟を起こしたいんです。」

 

「損害賠償訴訟ですか。では比留田さんが受けた被害内容をお聞かせ願えますか?」

 

「…殺されたんです、お父さんが。」

 

「…殺人事件ですか。」

 

「はい。わたしは、お父さんを殺した『綾辻真理奈』を訴えたいんです!」

 

 

 

 

 

 

 

 『北海道テレビクルー連続殺人事件』。

 それは北海道の背氷村にバラエティ番組の撮影に訪れていた番組製作スタッフ並びに女優の4名が、おなじ撮影クルーによって殺害された事件である。

 

 犯人の名は綾辻真理奈(20歳)。

 警察の取り調べにおいて彼女は、動機として10年前に起きた飛行機事故での出来事を話した。

 当時10歳であった真理奈と彼女の母親が乗った旅客機が雪山に墜落。

 奇跡的に生き残った真理奈は墜落現場を彷徨い歩き、飛行機の残骸に押しつぶされそうになっている母親を発見した。

 直ぐに母親を助け出そうとした真理奈だったが、子供1人ではとても無理であった。

 

 そんな時、真理奈の耳に大人の話し声が聞こえてくる。

 別の撮影で現場近くに来ていたテレビクルーの4人が、事故直後の現場をスクープ目的で取材に来ていたのであった。

 真理奈はすぐに4人に助けを求めた。

 しかし彼らは、彼女の助けを無視するとその場を後にしてしまう。

 

 実はこの時、4人は現場に散乱していた遺体の中に著名な画家である氷室一聖がいる事に気が付いていた。

 そして彼らは氷室の財産を乗っ取る事を計画し、秘密裏に氷室の遺体を処分しようとしていたのであった。

 故に彼らは真理奈の言葉を無碍にした。

 その後、4人の助けを得られなかった真理奈の母親は、娘の目の前で機体の残骸に押しつぶされて死亡した。 

 

 そしてその10年後、真理奈は母と自分を見捨てた4人を特定しテレビ番組制作会社に入り込むと、北海道で撮影されるドッキリ番組の現場を利用した殺人計画を練り実行。

 復讐を完遂したのであった。

 

「そうして殺された4人の内の1人が私の父、『比留田雅志』です。」

 

「ええ、その事件については存じています。確かつい最近判決が出たはずでしたね。」

 

「はい。当然綾辻は死刑になると思ってました。だけど結果は…」

 

 沙良は膝の上で拳をギュッと握ると目に涙を溜め唇を噛む。

 

「精神鑑定の結果、心神耗弱が認められ無期懲役の判決でしたか?」

 

「…はい。上告も棄却されて判決が確定してます。だけどそんなの、納得できないっ!」

 

 感情が高ぶり沙良は声を荒げる。

 その様子を恭一郎は沈痛な面持ちで見つめる。

 

「お気持ちお察しいたします。」

 

「…すいません。大きな声出しちゃって。」

 

「いえ、お構いなく。それで、比留田さんは綾辻真理奈に損害賠償請求を行いたいと?」

 

「はい。だけどわたし、あまり法律には詳しくなくて。実際犯人を訴えるのってどうすればいいのか…」

 

「分かりました。では加害者に対する損害賠償請求に必要な手続きについて簡単に説明しますね。」

 

 そう言うと、恭一郎は近くにあったホワイト―ボードを持ってくるとペンを片手に解説を開始する。

 

「まず訴訟を起こすにあたり、損害額と加害者の責任の証拠を揃える必要があります。一番重要なのは刑事判決文の謄本です。有罪判決は民事訴訟で加害者の責任を立証する強力な証拠となります。判決確定後に、事件を担当した裁判所に「刑事判決謄本交付申請」を行う事で取得できます。次に被害者が死亡した事を裏付ける証拠。そして被害者遺族、比留田さんの戸籍謄本。これは比留田さんが遺族として損害賠償請求できる立場を証明します。」

 

 恭一郎はホワイトボードに、

 

・加害者の責任を立証する証拠→刑事判決文謄本 

・被害者の死亡を裏付ける証拠→比留田雅志さんの戸籍謄本、死亡診断書、検視調書

・損害賠償請求証明→比留田沙良さんの戸籍謄本

 

 と書き記す。

 

「これらは損害賠償請求を行う根拠を示すものです。次に請求額の根拠として葬儀費用領収書。年収証明、職歴、将来の収入見込みといった逸失利益の計算資料。それと遺族の続柄や被害の重大性を記した慰謝料請求の根拠なども必要になります。これらを揃えて初めて私達弁護士が訴状を作成できるんです。」

 

「けっこういろんな書類を集めなくちゃいけないんですね。」

 

 沙良は余すことなくメモ帳にホワイトボードの内容を開き書き写しながら呟く。

 

「まあ死亡証明なんかは刑事裁判が終結していると簡略化できますので今回の場合は必要ないんですけどね。訴状が完成するとそれを加害者が起訴された裁判所に提出します。今回の場合ですと札幌にある北海道地方裁判所になりますね。」

 

「北海道…じゃあ、裁判に出るなら北海道まで行かなくちゃいけないんですね。」

 

「必ずしも賠償請求者が裁判に出廷しなけらばならないという訳では無いです。けれど仮に意見陳述を行うなら出廷する必要はあります。」

 

 遠方で行われる裁判の場合、交通費や宿泊滞在費等の観点から原告は出廷せず代理人に全て任せる事も多い。

 しかし、いくら費用が掛かっても最後まで裁判を見届けたいと思う依頼者も少なくなく、弁護士はそうした依頼者のサポートを行うこともある。

 

「さて、ここまで裁判を起こすまでの流れを簡単に御説明しました。必要書類の準備には我々もお手伝い出来ますが何か質問はありますか?」

 

「…いえ、今のところ大丈夫です。」

 

「では、訴状を裁判所に提出した後の流れについて説明します。」

 

 恭一郎は更にホワイトボードに書き込んでいく。

 

「訴状を裁判所に提出すると裁判所が受理し、被告へ送達します。その後、口頭弁論、証拠調べが行われ最終的に判決または和解が成立。判決確定後、加害者に支払い請求が行われます。以上が賠償請求の主な流れです。簡単に説明しましたが、ここまでで何か質問は?」

 

「いえ、大丈夫です。とても分かりやすかったです。」

 

「…そうですか。では此方から1つお願いがあるのですが。」

 

「お願いですか?」

 

「ええ。比留田さん」

 

 恭一郎は沙良の眼を真っ直ぐに見詰めると問い掛けた。

 

「身分証明書を拝見させて頂けますか?」

 

「っ!?」

 

 沙良の顔がひきつる。

 その様子を見て恭一郎は自分の予想が正しかったと確信するが、それでも一応相手の意思を確認しようと質問を重ねる。

 

「免許証、学生証、マイナンバーカード、保険証。いずれかでも構いませんが、年齢を確認できる物はお持ちで無いですか?」

 

「……今は無いですけど、なにか問題ですか?」

 

「…比留田さん、これはとても大事な事なんですが、賠償請求に限らず訴訟を起こす場合、原告は成人している事が前提です。仮に未成年者が訴訟を起こす場合、保護者の同意が必要です。これはうちの事務所だけの話ではなく、法律で定められた事項なんです。」

 

「………」

 

「…比留田さん、受付の書類では二十歳だと書かれてますけど、本当ですか?」

 

 沙良はその問い掛けに答えず、唇を噛み締めキッと恭一郎を睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあその依頼人、本当は16歳だったの?」

 

「ええ。家の電話番号は本物だったんで連絡を入れたら、母親が出て高校2年生だって分かりました。」

 

 事務所の休憩室。そこで恭一郎は先ほど対応した依頼人について珠樹に話していた。

 珠樹は自分で淹れたコーヒーを口にし、その味に渋面を作った。

 

「あ゛ぁ、ちょっとこの豆失敗だったかも。あんまり聞かない産地の奴だったから興味本位で買ったけど、私には渋すぎるわ。」

 

「毎回思うんだけど、豆ガチャするんじゃなくて御店の人に相談するとかして選んで貰った方が良いですよ。大抵失敗してるじゃないですか。」

 

「分かってないわね。ハズレが多くとも無数のバリエーション中から珠玉の一杯を見つけた時の感動が良いんじゃない。それが分からない内はアンタまだまだヒヨっ子ね。」

 

「さいですか。」

 

 呆れを含んだ気の抜けた相づちを打ち、恭一郎は自販機で買った缶コーヒーを飲む。

 

「それにしても、16歳の女の子が父親を殺した犯人への判決が納得がいかないと民事訴訟を起こそうとするかぁ。なんともやりきれないわねぇ。」

 

「すこし調べてみたんですけど、精神鑑定を行った専門家の全員が被告人の精神障害を認め、それが犯行に影響していると証言しているんですよね。だからまぁ、精神耗弱で死刑が回避されたのは比較的妥当ではあるんです。」

 

「そうは言っても遺族の心情を慮るとねぇ。本当に犯罪って誰も救われないわ。」

 

 すると休憩室のドアが開き、ベテラン事務員のハルが顔を覗かせた。

 

「あっ、いたいた若先生。」

 

「ん?何か用ですか、ハルさん。」

 

「若先生にお客様です。さっき先生が対応した娘の親御さんが来られてますよ。」

 

「ああ、分かりました。すぐに行きます。」

 

 恭一郎はコーヒーの残りを一気飲みすると、服装を軽く整えた。

 

「そういうわけなんで、親御さんと少し話してきます。」

 

「私も同席しよっか?」

 

「いえ、まずは僕1人で話してみます。」

 

「OK。なんかトラブりそうだったら早めに呼んでね。」

 

 恭一郎は休憩室を出ると沙良とその母親が待つ部屋に向かう。

 部屋に入ると、どこか不貞腐れた様子の沙良と、彼女とよく似た女性が椅子に座っていた。

 女性は恭一郎が部屋に入ってくると立ち上がり勢いよく頭を下げた。

 

「本日は娘が大変失礼をいたしました!年齢を誤魔化して弁護士さんに依頼をしようだなんて…」

 

「まあまあ、落ち着いて下さい。此方としては特に迷惑は受けてません。顔を上げて下さい。」

 

 恭一郎に促され女性は頭を上げる。

 化粧はしているが目の下には誤魔化しきれない濃い隈が出来ており、その姿からはかなり心労が溜まっているのが見受けられる。

 恭一郎が怒っていないのを理解したのか、女性はホッと息をつく。

 

「そう言って頂けると大変有難いです。あっ、申し遅れました。比留田沙良の母の比留田裕子です。」

 

「弁護士の古舘恭一郎です。沙良さんが依頼をしようとした事情については伺っていますか?」

 

「……はい。父親の損害賠償を行おうとしたと。」

 

「ええ。その通りです。確かに損害賠償請求を行う場合には年齢による制限があります。未成年者が損害賠償請求を行うには保護者の許可が必要です。」

 

 恭一郎はそう言って指を組むと、真剣な面持ちで裕子の顔を見詰めた。

 

「比留田様、失礼を承知でお伺いいたします。旦那様の事件について、加害者に対し賠償請求を行う気はありませんか?」

 

「っ!?そ、それは…」

 

「比留田様にも事情はあるでしょう。無理強いはしません。しかし賠償訴訟を起こす事は何も金銭的な解決を求めてだけではありません。刑事裁判では詰め切れなかった責任の所在を追求し、被害者が納得できる事件の幕引きを求める。そうした事も民事訴訟では可能なのです。」

 

 恭一郎はチラリと沙良の方を見る。

 

「ご息女とは少し話をさせて頂きましたが、沙良さんはお父様の事件の判決に納得が出来て無いご様子でした。あの裁判は関係者にとって非常に難しいものであったと思います。もし心残りがあるというのなら、民事訴訟という形で私共にお手伝いできることがあると思うんです。もちろん比留田様の経済的に許す範囲内ですが。」

 

「………正直に言うと、悩んでいます。」

 

 そう言って裕子はハンカチを取り出し目元の涙を拭った。

 

「夫は、悪事を働いていました。不慮の事故で亡くなった方の財産をかすめ取るなんて、とても許される事では在りません。私も知らなかったとは言えその恩恵を受けていました。だけどそれは、殺されなければならないほど許されざる悪なのでしょうか?」

 

「…横領や窃盗は犯罪です。しかし、それで命を奪われるような無法は、この国では認められません。」

 

「………ええ、そうなんでしょう。けれど世間はそうでは無いんです。遭難者を見捨てるなんて死んで当然。自業自得、殺されたって文句は言えない。そう言う人たちは少なからずいます。もし私達が綾辻を訴えた時、世間から何と言われるか不安で。きっと他の被害者のご家族も同じ気持ちだと思います。」

 

「…申し訳ありません。先程の提案は比留田様の心情に寄り添ったものではありませんでした。お詫び申し上げます。」

 

「いえっ!古舘先生は娘の気持ちを考えて頂いたんです。私なんて、これからの生活、特に娘の学費をどうしようかなんてばっかりで…」

 

「沙良さんは私立に通っていらっしゃるんですか?」

 

「はい。秀央学園というところなんですが。」

 

「秀央っ!私の出身校ですよ。」

 

「まあっ!そうだったんですか!?」

 

 予想外の繋がりを知り恭一郎が声を上げると、裕子の口からも初めて明るい声が漏れる。

 

「秀央は学校の設備にかなり力を入れてますからね。その分、授業料が他の私立に比べても割高でした。」

 

「そうなんですよ。だからと言って、娘に学費の心配をさせるのもどうかと思ってまして。なのにこの子ったら、所属していたバドミントン部を辞めて『電子技術研究部』なんてのに入ったんです。体育会系より理系の方が将来的に潰しが効くし部活動の費用も安くなるからって。」

 

「お母さん!勝手に人の事話さないで!」

 

 ここまでツマラなそうにそっぽを向いていた沙良が初めて母親の前で口をきいた。

 親子らしい遣り取りに恭一郎の口元が僅かに綻ぶ。

 

「もし経済的な不安があるのでしたら、『犯罪被害給付金制度』を活用してみるのは如何でしょうか?」

 

「犯罪被害給付金制度ですか?」

 

「はい。これは文字通り犯罪の被害を受けた方、又はその家族を経済的に救済する目的の制度です。警察から説明を受けてないですか?」

 

「そういえば、もしかしたら言っていたかもしれません。事件から数日は気が動転していてあまり覚えていなくって…」

 

「ではもう一度警察署を訪ねてパンフレットを貰う事をお勧めします。条件にもよりますが、最大で約3000万円の給付を受けることが可能です。」

 

「3000万円…確かにそれだけあれば当面は学費の問題は…」

 

 優子は恭一郎の説明を受け考え込む。

 

「………分かりました。明日にでも警察に行って説明を受けてこようと思います。ただ賠償請求についてはもう少し考えさせて下さい。」

 

「それが宜しいかと。重大な事なのでよく考えてみて下さい。」

 

「はい。何から何まで本当にありがとう御座います。」

 

 優子が頭を下げ、その日の話は終わった。

 恭一郎は自ら比留田母娘の帰りを見送る為に事務所の出入り口まで案内した。

 

 2人が扉を出て最寄りの駅に向かう帰り際、母親の後ろを着いて行く沙良が振り向き恭一郎を見た。

 

「ねえ、古舘先生。損害賠償請求をする場合の時効ってある?」

 

「えっ?ああ、殺人事件の場合だと犯人が発覚して5年を越えると時効になって請求出来なくなるよ。」

 

「ふーん。じゃあもう一つ質問。民事訴訟でも犯人が出廷する事もあるよね?」

 

「…場合によるかな。加害者の証言が必要だと判断されれば、証言台に立つ事もあるよ。」

 

「そっか…安心した…」

 

「え?」

 

「ありがとね、先生。いろいろ質問に答えてくれて。」

 

「沙良さん、貴方は…」

 

「沙良ぁー、早く来なさーい!」

 

「はーい!ごめんね先生。お母さんが呼んでるから。それじゃ。」

 

 そう言うと沙良は軽やかな足取りで母親の元に駆けていく。

 

 それを見送る恭一郎の胸中には、言い現せぬ不安が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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