殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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エピローグ 綾辻真理奈 21歳、そして30歳の手紙

 ずっと、地獄の「夢」に悩まされてきた。

 

 飛行機の残骸が散らばった雪原で、今にも潰されそうになっている母を救おうとするも、助けを求めた大人たちに見放され、目の前で母親が潰される光景を…

 

 何度も、何度も、夢に見てきた。

 

 あの金に群がるゴキブリどもを殺せば悪夢から解放されるのでは、と期待していた。

 

 だけどゴキブリどもを皆殺しにしても、毎晩のように母は死んでいった。

 

 もう一生、私はこの悪夢に縛られ続けるのだと絶望するしかなかった。

 

 それが変わったのは、私の殺人計画を全て解き明かし、私を刑務所にぶち込んだバイトの少年と面会してからだ。

 名探偵を祖父に持つという彼は、私に母の願いを伝え、私にも幸せになる権利があると言ってくれた。

 

 私は、母の気持ちをちっとも理解できていなかった。

 何のために、母があの時私を突き飛ばしたのかを。

 

 ゴキブリどもを殺したことに後悔はない。

 

 だけど、母の願いを無碍にしていまった事は、強く後悔した。

 

 その日の晩、私は夢の中で母に謝罪した。

 

 ごめんなさい。お母さんの気持ちに応えて上げられなくて。

 ごめんなさい。幸せになる道を選べなくて。

 

 そのように心で祈ると、夢の中の母は私に向かって優しく微笑んでくれた。

 

 翌日以降、悪夢は見なくなった。

 もしかしたら、あの悪夢は母に対する罪悪感が見せていたのかもしれない。

 私が私を許せたから、きっと母が悪夢から私を守ってくれている。

 そんな風に思えた。

 

 あの少年には感謝しないといけない。

 彼は私の心を救ってくれた。

 

 これからも私は長い罰を受けなければならない。

 だけどそれは辛くない。

 

 だって私は、長年苦しめられてきた悪夢から解放されたのだから!

 

 

 

 

 

 …

 ……

 ………

 

 私がとんでもない勘違いをしていたと気付かされたのは、刑務所に入って数か月が経った頃だった。

 

 

 

「37番!面談だ。」

 

「はいっ!」

 

 いつものように作業場で刑務をしていると、刑務官からの呼び出しがかかる。

 面談と言っているが、恐らく弁護士か何らかの面会があるのだろう。

 

 もしかしたら、またあの少年が会いに来てくれたのかもしれない。

 それなら、もう一度ちゃんと礼を言いたい。

 あなたのおかげで、悪夢を見なくなったと。

 

 しかし予想と違い、私が通されたのは仕切りのある面会室ではなく、刑務官の詰所に近い個室であった。

 

 部屋に入ると、私の担当刑務官を含め3名の刑務官がいた。部屋の中央には机が一つと、それを挟む形で椅子が置かれていた。

 

「そこに座りなさい。」

 

 担当刑務官が机の奥の椅子を示す。

 私が椅子に座ると、机を挟んだ反対側、出入り口を背にする形で担当刑務官が椅子に座る。

 

「これから貴方に被害者遺族からの心情伝達を行います。」

 

「………え?」

 

「今から読み上げるのは比留田雅志氏の御遺族から、貴方にぜひ伝えて欲しいと希望された御遺族の心情です。また、最後に貴方の今の心情に関する御遺族からの質問もあるので、しっかりと清聴するように。」

 

 戸惑う私をよそに担当刑務官は淡々とした口調で話す。

 だけどその口調や雰囲気には、普段接する時とは違う厳かさがあった。

 

 刑務官はファイルを取り出し表紙を捲る。

 そして眼鏡を掛けると、その内容を音読し始めた。

 

 

 

 

 私は、比留田雅志の娘です。今年で17歳になります。

 父が貴方に殺されてから、私たち家族は地獄のような日々を過ごしています。

 

 私たち家族の時間は、あの凍てつくような北海道の病院で、冷たくなった父と対面した時から止まってしまいました。

 あの日以来、朝に目を覚ますとリビングでいつものように父がコーヒーを飲んでいて「おはよう」と挨拶する夢を見ます。

 それが夢だと理解するたびに、私は泣きながら神様にお願いします。

 

 ああ、どうかこの夢を現実にして下さい。

 お父さんを生き返らせて下さい、と。

 

 もちろんそんな願いが叶うことなどありません。 

 でも、そう願わずにはいられません。

 

 お母さんは、お父さんが死んでから笑わなくなりました。

 私の前では気丈に振る舞うけど、深夜遅くにお酒に酔いつぶれ「あなた…」と譫言を言っているのを何度も目にしました。

 とても見ていられません。

 

 私達家族の未来は、貴方のせいで無茶苦茶になりました。

 

 貴方がどれほどお父さんを憎んでいたのかは知りません。

 

 だけど、どの様な事情があろうと、私達の幸せを貴方が壊した事に変わりはありません。

 

 私は貴方が憎いです。

 

 貴方に対する私の願いはただ一つ。

 

 お父さんを返して下さい。

 

 

 

 

「続いて、御遺族からの質問を読み上げます。時間を掛けて良いので、よく考えてから答えなさい。一つ、被害者や遺族の方に対して謝罪の気持ちを持っていますか?」

 

「………」

 

「………この質問の答えは御遺族にも伝わります。誠意をもって、貴方自身の言葉で答えなさい。」

 

 刑務官はそう言うと、神妙な面持ちで私の顔を凝視してくる。

 私は耐えきれず視線を外し、膝の上に置かれた自分の拳を見る。

 拳は細かく震えていた。

 

 何を言えば良いのだろう…

 何が正解なのか分からない…

 

 あんな金のために人を見殺しにするゴキブリどもなんて殺されて当然。

 

 そんな風に思ってたのに…

 

「……………ひ、比留田に...……家族がいるなんて……思っても………みませんでした。」

 

 自分でも驚くほどか細い声が出た。

 

 だってそうでしょ。

 ゴミ溜めに群がる様なゴキブリに、その死を悲しむ人間がいるわけが無いと、私は本気で思っていた。

 

 そうだ、あんなゴキブリの家族なんて、碌な人間な訳が無い!

 どうせ金蔓が無くなったから恨み言を言っているだけだ。

 そんな奴らに申し訳なく思う心なんて無い。

 

 そう考えて、「あんた達にどう思われようが、後悔も謝罪の気持ちも一切ない」と言ってやるつもりで口を開いた。

 なのに…

 

「…っぁ……っうぅ……ぇあ」

 

 どうしても、言葉を紡ぐことが出来なかった。

 喘ぐような、言葉にならない音しか出て来ない。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 顔色を変えた刑務官が私に呼びかける。

 

 そこで私はようやく、自分が滝のように汗を掻いている事に気が付いた。

 心臓が早鐘を打ち、呼吸が徐々に早くなってきていた。

 

「おい!しっかりしろ!大きく深呼吸をするんだ!」

 

 異変を察知した刑務官達が私を介抱する。

 だが刑務官の呼びかける声は段々と遠くなっていき、視界の端からは闇が侵食し、やがて目の前は真っ暗に覆われ私の記憶はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、いつかの雪原に立っていた。

 

 ああ、またこの夢か。

 

 何度も観た悪夢とよく似た光景にデジャヴを感じ、私は陰鬱な気分を感じた。

 

 だがすぐに、そこがいつもの場所ではないと気が付く。

 周囲はただ一面に銀世界が広がるばかりで、飛行機の残骸も、弱弱しいうめき声も、機体に今にも押しつぶされそうになっている母の姿も無かった。

 

 ここはどこだろう?

 

 そう当惑していた私だったが、不意に背後から声が掛かる。

 

『ねえ、どうして?』

 

 そこには、おかっぱ頭のセーターを着た女の子が立っていた。

 それが誰なのか、私には直ぐに分かった。

 10歳の頃の私だ。

 

『どうしてあの人たちを殺したの?』

 

 どうしてだって?

 そんなの決まっている。

 あいつらはお母さんを見殺しにした。

 薄汚い欲望を優先し、助けを求める私の声を無視したんだ。

 

『だから殺したの?それはどうしてもお父さんを殺さなければいけない理由だったの?』

 

 えっ?

 お父さん…って…

 

 よく見ると、女の子の顔は黒く塗りつぶされていた。

 

『どうして私達からお父さんを奪ったの?どうして私達を苦しめるの?どうしてゴメンナサイの一言も言えないの?』

 

どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?………

 

 黒塗りの少女は延々と私の答えを求めた。

 

 やめて こないで

 

 私は少女に背を向けると駆けだした。

 だけど少女の声は耳に纏わりついて離れない。

 

 声はやがて吹雪を纏い始めた。

 冷たい雪が背中にへばり付き、私から逃げ出す気力と体力を奪う。

 

 雪の重みに耐えられなくなり、私は膝から崩れ落ちた。

 

『逃げないで答えて。あなたは私達が憎かったの?』

 

 ちがう ちがうの!

 関係のない人まで不幸にするつもりなんてなかった!

 これは私の復讐で、あいつら以外を苦しませるつもりなんて!

 

『じゃあどうして私達は地獄にいるの?』

 

 

 

『もうわかっている筈でしょ』

 

 

 

 

「ハッ!」

 

 目を覚ますと、目の前に白い天井が広がっていた。

 周囲を見渡すと手摺柵越しに白いベッドが見え、自分が寝かせられている事に気が付いた。

 

「おおっ!目が覚めたか!」

 

 足元の方から声が聞こえる。

 視線を向けると刑務官と白衣を着た医師が顔を覗き込んできた。

 

「気分はどうだ?何が起きたか覚えているか?」

 

「え、ええと…」

 

「37番、貴方は面談中に過呼吸になって意識を失ったんだ。それで医務室に運ばれた。」

 

「医務…室…?」

 

 そう言われて私は初めて薬品の臭いを感じ取った。

 

「…どれくらい、気を失っていたんですか?」

 

「ん?だいたい20分くらいだ。」

 

 20分…

 丸1日眠っていたような気怠さを感じたけど、たったそれだけだったなんて…

 

 すると、腕を取って脈を計っていた医師がバインダーに挟んだ用紙にボールペンで描き込み刑務官に渡す。

 

「恐らく心因性ストレスによる急性パニック障害でしょう。念のため、今日1日は経過観察のために医務室で過ごさしてください。」

 

「分かりました。そういう事だ、37番。本日の残りの課業は免除する。夕飯は後程運搬するので、明日の朝まではこの部屋で過ごすように。明日朝の検査で問題が無ければ通常課業に戻る事とする。以上、何か質問は?」

 

「…いえ、大丈夫です。」

 

「よしっ。では十分に体を休めるように。」

 

「…はい。ご心配をおかけしました。」

 

「…それと、今日の面談の続きはまた後日行う。それまでに心の整理をしておきなさい。」

 

 最後にそう言い残し刑務官は医師と共に出ていく。

 

 一人残された私は、目を瞑って体を休めようと試みる。

 だけど気怠さに相反し神経が冴え、とても眠れるような心持では無かった。

 その原因に、私はとっくに見当がついていた。

 

「あの子は…私だ……彼女もきっと……」

 

 家族を理不尽に奪われる苦しみを、私はよく知っている。

 あの喪失感、あの狂おしい程の怒りに勝る感情を、私は知らない。

 

 なぜ私たちなのか?

 なぜ母があんな死に方をしなければ成らなかったのか?

 何度問い掛けたか分からない。

 

 だからこそ、比留田の娘の気持ちは痛いほど分かってしまった。

 

 ざまあみろ。そんな言葉はとても言えないほどに、共感してしまっていた。

 

「っ!?」

 

 鋭い痛みが胸を刺す。

 耐えがたき羞恥心が体を震わせる。

 

 私は、かつて自分が苛まれた苦しみを、名前も顔も知らない少女に与えていた。

 

「………ごめんなさい。」

 

 気付けば白い天井に向かってそんな言葉を呟いていた。

 一度口にした言葉は私の心を絞めつけ、瞳からは止めどなく涙が溢れた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいっ!」

 

 何度口にしても、押し潰されそうな罪悪感は晴れない。

 

 結局その日、私は一睡もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 私は再び刑務官との面談に望んでいた。

 

「本当に、申し訳ないと思ってます。誰かの命を奪う事が、その人を大切に思っている誰かを苦しめる事になるなんて、想像もしていませんでした。」

 

 あの日と同じ質問に、私は項垂れながら答える。

 刑務官は時折相槌をしながら静かに私の言葉に耳を傾けている。

 

 あれから何度も自問自答を繰り返したが、私には謝罪するという選択肢しかなかった。

 比留田の娘からの質問に対し、出来る限り誠実に答える。それが私の義務だと思ったからだ。

 

「…以上で聞き取りは終わりだ。ところで、最近眠れているか?」

 

「……いいえ。あんまり夢見が良くなくて。」

 

 ここ数日、あの雪原の夢を何度も見る。

 顔を塗りつぶされた少女は、今でも私に問いかけ続けている。

 

「なるほど。なら近いうちにカウンセラーとの面談を行おう。もし体調に異常が出た場合はすぐに申しつけるように。」

 

「ありがとう御座います。あのぅ…」

 

「ん?なんだ?」

 

「その方に、手紙を書くことは出来ますか?」

 

「…比留田氏のご遺族にか?」

 

 刑務官の言葉に私は頷く。

 刑務官は少しの間考え込むと口を開いた。

 

「外部の人間に対する手紙の郵送は許可されている。御遺族に対しても弁護士を通じて連絡を取ることが出来るだろう。だがこれだけは忘れないように。貴方は加害者だ。貴方の言葉が御遺族の方々の心にどのような影響を及ぼすか、その意味をしっかり考えてから手紙を書きなさい。」

 

 そう説明する刑務官に、私は再び黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 それから1月後…

 私は面会に来た弁護士に、御遺族に向けて綴った手紙を渡した。

 比留田だけではなく、他の3人の御遺族に対しても用意した。刑務に服したとして支払われる僅かばかりの作業報酬を慰謝料として添えて。

 

「確かにお預かりしました。ですが綾辻さん、返信はあまり期待しないで下さい。御遺族の中には、加害者からの接触を拒まれる方もいます。もし受け取りを拒否された場合には、そのまま破棄される事もあり得ると御覚悟ください。」

 

「はい。分かっています。」

 

 そう。最初から分かっている。

 これは全部私の都合だ。

 

 個人的な復讐で人の命を奪い、傷付ける必要のない多くの人を傷つけ、今更ながらその重大性に気づき慌てて謝罪をしようとする。

 我ながらなんと愚かしいのだろうか。

 

 このような事をしても遺族の方々をさらに苦しめるかもしれないのは十分に理解している。

 だけどどうしても、謝らずにはいられなかった。

 

 誰よりも大切な家族を奪われる苦しみを理解していたのにも関わらず、その苦しみを与えたクズどもと同じ存在に成り果ててしまった私には、ただ謝る事しか出来ないのだから…

 

 その日から、毎月の月命日に向けて自由時間を使って4通の手紙を書く日々が始まった。

 

 程なく、最初の返信があった。明石の母親からであった。

 手紙には短く、こう書かれていた。

 

『お願いします。こんな手紙もう送ってこないで下さい。お金もいりません。』

 

 覚悟はしていた。だけど、私は足元が崩れ落ちるような感覚を覚えずにはいられなかった。

 もしかすると明石の母親には、私の行為は卑しくも赦しを請う様にしか見えなかったのかもしれない。

 

 それでも、私は他の3名の遺族のもとに手紙を送り続けた。

 ほんの僅かでも、私の後悔が遺族の気持ちを救う事を願って。

 

 手紙を送り始めてから1年後、面会に訪れた弁護士が私に告げた。

 

「加納さんの御両親が亡くなられた。」

 

「えっ?」

 

「加納さんは芸能人だったから、例の横領の件が明らかになると特に非難が大きく、誹謗中傷も多かったらしいです。しかも本人が亡くなっているから、その矛先は家族の方に…」

 

 そこから先、弁護士が何を言っていたかは良く覚えていない。

 理解できたのは、加熱する誹謗中傷によって加納さんの御両親は家に篭りきりの生活を送っていた事。郵便ポストは投函物で溢れ、私が送った手紙も全てその中にあった事。御遺体は腐敗が進み、その側には『申し訳ありませんでした。』と書かれた遺書があったという事であった。

 

 私が殺したのは4人ではなく、6人だった。

 

 

 

 

 

 

 それからも、私は手紙を書き続けた。

 残りの2人の遺族からは何の反応もない。

 

 3年が過ぎ、5年が過ぎ、気が付けば10年の月日が流れていた。

 同じ同室者が続々と入れ替わる房の中で、私は最古参になっていた。

 だからと言って何かが変わるという事は無く、刑務に服し謝罪の手紙を書くというルーティンをこなす日々を送っていた。

 

 そんなある日の事であった。

 

「37番。手紙だ。」

 

 刑務終了後、自由時間を使って手紙を書いていた私の元に1通の封筒が送られてきた。

 

 送り主の名を確認すると、そこには『比留田沙良』と書かれていた。

 

 まさか…

 

 逸る気持ちを抑え丁寧に封を開け、三つ折りの便箋を開き中身を読む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓 綾辻真理奈様

 

 早いもので父の死から10年の月日が過ぎました。

 この10年で貴方からの手紙は100通を超えましたが、こうして私から貴方に手紙を送るのは心情伝達制度を利用して以来になります。

 

 正直言うと、最初の頃は毎月送られてくる貴方からの手紙を目にするのも嫌でした。

 何度読まずに捨ててやろうと思った事でしょう。

 だけど母が「それだけはしてはならない」と言い、封を切らず実家の仏壇の前の戸棚に保管していました。

 

 この10年で私の身の回りにもいろいろありました。

 私は医科大学を卒業し、今は都内の病院で産科医として働いています。

 日々命が誕生する現場において、未熟ながらも命の輝きに心を震わされる日々を送っています。

 命というのは、本当に尊いものだと毎日実感します。

 

 最近ようやく、10年前の出来事を振り返り、20年前に何があったのか、詳細を関係者の方々から聞く機会を得ることが出来ました。

 残念ながら、私が愛した父は、人間として問題のある一面を持っていました。

 私にとって優しかった父は、誰にでも優しい人では無かったのです。

 

 正直なところ、かなりショックでした。

 父との楽しかった想い出が、全てまやかしだったかの様に色あせて見えてしまいました。

 

 もし、父が貴方の助けを求める声に応えてさえいれば、私も貴女も、こんなに苦しまずに済んだのかもしれません。

 

 そんな風に思った時です。私は貴方からの手紙の存在を思い出しました。

 実家に帰り母に手紙の所在を尋ねると、母は全ての手紙の封を切り、大切に保管していました。

 母は貴方の手紙に全て目を通していたんです。

 

 私も全ての手紙に目を通しました。

 貴方が、とても後悔している事が伝わりました。

 

 父を殺した貴方を、私は今すぐに心の底から赦すことは出来ません。

 だけど、貴方の心からの謝罪を受け取ります。

 

 そして、比留田雅志の娘として、父が貴方と貴方のお母様を見捨てた事を、父に代わり心よりお詫び申し上げます。

 

 貴方がこの10年間でしてきた謝罪に比べれはとても足りないと理解していますが、どうか受け取っていただけると幸いです。

 

 最後に、感謝の言葉を綴ります。

 貴方が己の罪と向き合い、真摯に謝罪をしてくれたことが、私や母にとっての救いになりました。

 本当に、ありがとう。

 

 

 

 追伸

 

 出来る事なら、今後もお手紙を頂ければと思います。

 私はもっと貴方の事を知りたい。貴方に私の事を知って欲しい。

 そうすれば、いつか貴方を心から赦せる時が来るかもしれない。

 そう願います。

 

 

 

 …

 ……

 ………

 

 

 手紙を読み終えると、私はすぐに便箋を広げペンを握った。

 だけど手が震え、視界が涙で滲んだせいで、いつまで経っても書き出す事が出来なかった。




「金田一少年の事件簿」の二次創作を執筆するのにあたり、作中ではほとんど光を当てられない「被害者側の家族」をメインテーマにした話は必ず書くことを、この小説を構想した段階で決めていました。

非常に繊細な内容も含まれ、作者自身難しいテーマとは感じましたがラストは満足のいく内容に仕上げられたと思います。

世の理不尽を受け入れるには、彼女たちはまだ若すぎた。
だけど時の流れは人を成長させ、悲しみや憎しみを乗り越えさせることが出来る。
そんな気持ちで書きました。

本エピソードをもちましてストックしていた話がなくなりましたので、次回は少し日にちが空くと思われます。どうぞ暫くの間お待ちください。



最後に、比留田をはじめとした4人が横領した金銭の賠償について軽く解説します。

原作の中で氷室一聖の親族は確認されず天涯孤独だった可能性が考えられます。
この場合、氷室が死んだら遺産は国庫に納められる事になるので、4人は国から不当利益の返還を求められることになります。

比留田は死亡した為、国に対する返還義務は比留田の遺産の相続者に移換します。つまり、遺族である妻と娘です。
しかし遺族が比留田の相続権を放棄した場合、返還義務も放棄されます。

この際、比留田雅志名義の預金、車両、物件、高価な美術品、装飾品などは国によって差し押さえられますが、冷蔵庫、調理器具、洗濯機、家具、衣服、寝具、日用品などの生活必需品は差し押さえの対象外になります。
他にも、妻名義で購入された車両、娘の教育費の積み立てや学資保険、仕事や就学に必要な物品なども差し押さえ対象外になりますし、妻が働いて稼いだ金銭を夫名義で共有財産にしていた場合、収入証明が出来れば差し押さえを免れる事が出来ます。

そして比留田雅志の保険金に関しては、これらは遺族が受取人の為、遺族の財産と認められるので差し押さえられることはありません。(掛け金が不当利益によって賄われていると国が主張し、それが認められると差し押さえられる可能性はある。)

以上の事から、比留田雅志や他の被害者達の遺族が使い込んだ金の返還を求められたとしても、相続権を放棄すれば即座に金銭的に困窮するという事は無いと思われます。

ただし、これらは全て法律素人の作者が個人的に調べて考察した物であり、実際には違った法律の運用が十分に有り得ますのであしからず。

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