殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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開桜学院高校不正入学未遂事件
なぜ彼の入学は取り消されたのか?


 開桜学院高等学校。

 都内有数の進学校として知られ、東京大学への進学率で全国一位を誇るこの学校は、囲碁の名門としても有名だ。

 全国大会で上位進出は当然、卒業生や在校生からは毎年のようにプロ棋士を輩出している。

 

 そんな超名門校が野々宮珠樹の母校であった。

 珠樹は現在、卒業以来久し振りに開桜学院を訪問していた。

 しかし、訪問の目的は母校を懐かしんでというのではなく、依頼を受けての仕事である。

 

「此方が報告書になります。決して数は多くありませんが、世間一般的に見て時代にそぐわないと判断される校則が幾つか見受けられますね。」

 

 近年、教育現場では「ブラック校則」というものが問題になっている。

 主に頭髪や服装、更には男女交際や携帯の持ち込み等について、現代の若者の感覚からすれば明らかに時代錯誤としか言い様の無い校則の事であり、それを教師が生徒に強要しようとした結果、トラブルが頻発する事態を招いていた。

 

 これは設立が古い名門校において顕著であり、古い校則が伝統として残り、外部からもそれを指摘する声が無く、結果的に時代に合わない校則が何時までも残り続ける例も少なくない。

 

 しかし近年はSNSの普及により、閉鎖されていた学校内の問題が外部に流出しやすくなり、場合によっては炎上騒動に発展する事もある。

 

 そうした時代の変化に教育現場も対応せざるを得なくなり、開桜学院高等学校では弁護士に依頼し法的、あるいは社会通念上問題があると判断されうる校則を見直す事になったのだ。

 

「いやぁ、助かったよ。何分こうした事は当校でも初めての事でな。野々宮が弁護士になってくれていて本当に良かった。」

 

 そう言いながら報告書を受け取るのは、開桜学院教師の岡目秀策である。

 珠樹が在学中から古文の担当として勤務していた岡目は囲碁部の顧問も務めており、授業中にも時折囲碁の話を絡ませる事を珠樹は憶えている。

 

「しかしまぁ、我が母校でも遂にスマホ解禁ですか。私達の頃だと考えられなかったなぁ。」

 

「うむ。今やスマートフォンは生活必需品になってしまったからな。以前から生徒の親からも、学内への携帯端末の持ち込みを正式に求める声は上がっていたんだ。」

 

「時代ですねぇ。まあ、私達の頃もマナーモードにして教室で使用しなければ黙認って感じでしたけどね。」

 

 いまや学校の授業でもタブレットを利用する時代である。

 学校も時代の流れに取り残されないよう必死なのだ。

 

 そのような雑談を交わしつつ一通り報告書について説明すると、本日は解散の流れになる。

 報告書は近日中に職員会議で活用されるとの事だ。

 

「スマートフォンを認めるとなると、SNSの利用に関する事柄について教育を行う必要があるな。場合によってはSNSの利用について新しく校則を定める事もあり得る。」

 

「確かにそれも有りかもしれないですね。校内の写真だったり、生徒の個人情報が分かる内容を慎ませる内容とかなら。でも実際に新しい校則を作るなら、生徒達の意見なども「だから違うって言ってるじゃないですかっ!!」なっ、なにっ!?」

 

 突如として応接室にまで響いてきた怒声に珠樹は目を丸くする。

 部屋から顔を覗かせると、事務室の来訪者対応窓口に中学生くらいの少年が立ち、職員に対して必死の形相で捲し立てていた。

 

「何度も言いますけど、俺は入学辞退届なんて送っていませんっ!なのに何で入学取り消しになってるんですかっ!?」

 

「そうは言われましても、此方としては書類は受け取っていますし、今さら辞退届を取り下げると言われましても…」

 

「だ か ら !!俺はそもそも辞退届自体提出していないんですって!」

 

 少年は顔を真っ赤にしながら訴え掛けるが、職員の反応は芳しくない。

 明らかに面倒臭そうにしているのが表情から窺える。

 

「なんだかトラブルのようだな。」

 

「みたいですね。話を聞く限り、彼が知らないところで勝手に入学を辞退させられてたようです。私ちょっと話聞いてきます。」

 

「…は?いや、ちょっと、野々宮っ!?」

 

 岡目が止める間もなく、珠樹はスタスタと受付窓口まで歩いていく。

 そうして事務員の背後に立つと声をかけた。

 

「失礼、よろしいですか。何か問題が起きてるみたいですけど、私もお話を聞かせてもらっても?」

 

「えっ!?って、貴方は確か弁護士の…」

 

「野々宮です。応接室まで話し声が聞こえてきたので何事かと思いまして。なにやら、此方の彼の入学が勝手に取り消されたとか。」

 

「そ、そうなんです!いつの間にか入学を辞退している事になってて。俺、身に覚えが全く無いんです!」

 

「となると、誰かが無断で入学辞退の手続きを行った事になるんですが、その辺り学園側としてはどうなんですか?」

 

「い、いやいや!何も無いのに勝手に入学を取り消すわけ無いじゃないですか!こっちは電話と書類で辞退届を受け付けてるんですよ。」

 

「という事は、何者かが勝手に辞退届を提出した可能性があるわけですね。ところで、その入学辞退に関する書類と言うのは保管されていますよね。少し確認させて頂いてもよろしいですか?」

 

「えっ!?いや、部外者に個人情報が含まれる内容を見せるわけには…」

 

「では、此方の彼に見せるというのは?提出された書類が彼自身に関する情報なら、本人が確認する分には問題ありませんよね?その上で、彼の許可を得て私も内容を確認しますので。」

 

「いや、でもしかし…」

 

 尚も渋る事務員であったが、そこに岡目が助け舟を出す。

 

「まあ、見せてもいいんじゃないか。本人の分だけなら。野々宮もこの学校の卒業生だし、身元もしっかりしてるしな。」

 

「は、はあ、岡目先生がそう言うのであれば…」

 

「ありがとう御座います、岡目先生。あっ、そうだ!君の名前を教えて貰える?」

 

 珠樹が少年に尋ねると、少年は少し緊張気味に答える。

 

「お、俺は海峰学って言います。」

 

「うん!学君ね。私は弁護士の野々宮珠樹よ。よろしくね!」

 

 珠樹はそう言って手を差し出すと海峰と握手する。

 手を握られた海峰はドギマギした様子で顔を赤くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらが提出された辞退届になります。」

 

 事務員がクリアファイルを持ってくると、珠樹、海峰、岡目の3人の前にボールペンで記入された辞退届の用紙を出す。

 

「最初は電話で入学を辞退したい旨を伝えられました。そこで当校のホームページから辞退届の定型がダウンロード出来るのでそこからデータを落として印刷し、必要な記入を行った上で書類を送るように説明したと記憶しています。」

 

「つまり、記入用紙を手に入れるだけなら誰にでも可能だったという訳ね。」

 

 今回の事例から考えると、同様のトラブルはいつ起きてもおかしくなかったと言う他無い。

 

 それは兎も角と内容を確認すると、住所、氏名、年齢、連絡先、在学校など、記入を要する部分は全て直筆で書かれており、押印もしっかりとされていた。

 

「ふむ、これを偽物だと証明するなら、多少手間だが筆跡鑑定や印鑑の照合が必要か?」

 

「いえ、そこまでする必要は多分ありません。ちょっと待って下さい。」

 

 岡目に対しそう言うと、珠樹は自身の携帯で用紙に書かれている電話番号に電話を掛ける。

 しかし番号を全て入れて通話ボタンを押しても、電話口からは『お掛けになった番号は現在使われておりません』と返って来るだけであった。

 

「やっぱりね。何かの拍子に学校から学君の家に連絡があったら、その場で偽物の辞退届が提出されたとバレちゃう。だから電話番号は適当なものを入れたのね。」

 

「なるほど。連絡が付かなくても既に辞退届の書類が提出されている以上、辞退の手続きは問題なく行われてしまうという訳か。海峰くんの知らない所で。君、すぐに海峰くんの入学辞退を取り消す手続きをしてくれ。本人も否定し届出も偽物だと分かった以上、彼の入学を拒否することは出来ない。」

 

「わ、わかりました!すぐに取り掛かります!」

 

 岡目の指示を受け事務員は慌てた様子で事務室へと向かう。

 恐らくこの後事務室は、今後の対応について大騒ぎになるだろう。

 

 一方で海峰はホッとした様子を見せつつも、進学が危うくされた事実に憤慨していた。

 

「いったいどこのどいつだ!人を勝手に入学辞退させようとするなんて!」

 

「そうねぇ。岡目先生、これって偽造私文書行使罪とかに該当する犯罪になるんだけど、学校側として警察に通報するつもりはありますか?」

 

「うむむ。学校としては、実害を被りそうになった海峰君の意思を尊重したいところではあるが…」

 

 恐らく岡目としては、学院側の不手際もあるのであまり事を大きくしたくないというのが本音だろう。

 とはいえ海峰がいる手前、そのような事は口にしない。

 

「…俺は、犯人が警察に捕まろうがどうかなんて興味は無い。」

 

 そう話す海峰は拳を握り締め、怒りに満ちた目で珠樹を見た。

 

「だけどこんなクソダセェ真似した奴の顔をブッ飛ばしてやらねぇと気が済まねえっ!」

 

「…分かったわ。学君の気が済むまで、私がその依頼を受けてあげる。だけどね。」

 

 珠樹は海峰の両肩に手を乗せると、視線を合わせてニッコリと微笑みかけた。

 

「ブッ飛ばすなら、暴力以外の方法にしてね。傷害事件なんか起こしたら、今度こそ本当に入学が取り消されちゃうわ。わかった?」

 

 海峰は思わず視線を外し、ぎこちなく頷くしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして早速2人は偽物の入学辞退届を提出した下手人を探し始めた。

 意気込んだは良いが、どうやって犯人を探せば良いのか海峰が頭を悩ませていると、珠樹は海峰を連れてある場所を訪れた。

 そこは…

 

「郵便局?」

 

「そっ!まずは偽物の辞退届がどういう経路で提出されたのか調べましょ。」

 

 珠樹は戸惑う海峰を伴い郵便窓口に行くと、開桜学院に辞退届が郵送された日にちから逆算した日付、且つ『海峰学』の名義で出された郵便物が無いかを尋ねた。

 

 本来こういった頼みが郵便局で取り合ってくれる事などまず無いが、珠樹が弁護士の身分を明かし事情を説明すると、郵便物を受け付けた局と日時を教えてもらう事が出来た。

 

「ふむふむ。郵便局に辞退届が入った封筒が持ち込まれたのは2月中頃。受け付けたのは東不動郵便局かぁ。」

 

 郵便局を出て近くの公園に移動した珠樹と海峰は、公園内の移動販売車でコーヒーとジュースを買いベンチに腰掛けていた。

 

 メモ帳にこれまでの情報を整理する珠樹を横目に、海峰は搾りたてのオレンジジュースをチビチビと飲む。

 

「…俺、てっきり郵便局の防犯カメラでも見せてもらって犯人を特定するのかと思ってました。」

 

「ん?ああ、そんなのムリムリ!警察だって正式な令状を出さなきゃ調べられないわ。」

 

「でも結局教えて貰ったのって、何時何処で辞退届が出されたかくらいじゃ無いですか。こんなんで犯人を見つける事なんて出来るんですか?」

 

「出来る。この時点の情報でもかなり対象は絞れたわ。」

 

 不安そうにする海峰に珠樹は断言した。

 これには海峰も目を丸くする。

 

「えっ!?野々宮先生、犯人が分かったんですか!」

 

「おおよそはね。学君、この事件の犯人には幾つかの条件が当て嵌まるわ。条件その1、犯人は学君が開桜学院に合格した事を知っている。条件その2、犯人は学君の家の住所を知っている。」

 

 珠樹は指を立てながら犯人の条件を上げていく。

 それを聴きながら、海峰は条件に該当する人物がいるか考え込んだ。

 

「俺が開桜に合格したのを知ってて、住所も知っている人物…」

 

「条件その3、犯人は学君を辞退させる事で利益を得る、或いは学君に個人的な恨みを持つ人物である。」

 

「俺に恨みを持つ人物…」

 

 海峰自身、自分が誰かの恨みを買った覚えなど1つもない。

 しかしこれまでの人生で、クラスメイトと喧嘩をしたりトラブルになったりした事も多少はある。

 

 だとすれば、犯人は過去にトラブルになった事のある学校の誰か…

 

 そう海峰が予想を立てていると、珠樹が4本目の指を立てる。

 

「条件その4、おそらく犯人は学君の学校の生徒では無い。」

 

「ええっ!?どうしてですか?」

 

「学区の問題よ。犯人が辞退届を出したのは東不動郵便局。学君達が通う公立中学校の最寄駅からだと電車を乗り継いで1時間くらい。流石に離れすぎよ。」

 

「た、確かに。でも正体がバレないように、わざと遠くの郵便局を利用したってのは無いですか?」

 

「その可能性は否定出来ないけど、それなら私は道中にある中央郵便局を使うわ。ここならアクセスも遥かに容易だし、郵便物の取り扱い量もこの辺りじゃ圧倒的だから局員に顔を覚えられる心配も無い。犯人は自分の生活範囲にある郵便局を使ったんだと思うわ。」

 

「じゃあ犯人の条件の5つ目は、東不動郵便局の近くに住んでるって事ですか?」

 

「そうなるわね。」

 

 あくまでも私の予想だけど、と付け加えるが、珠樹は明らかに自分の推理に自信を持っている。

 

 しかし一方で、海峰は混乱していた。

 珠樹が示した条件に合う人物がまったく思い浮かばなかったのである。

 

「どう、学君。誰か心当たりがある?」

 

「………いや、ぜんぜん思い付かないです。」

 

 学校の誰かであればある程度絞れたのだが、それ以外となると自分が開桜に合格した事実を知る人物などほとんどいない。

 

 そのように考え当惑する海峰に、珠樹は一言告げる。

 

「塾の人は?」

 

「…え?」

 

「学君、塾に通ってたりしない?そこで開桜に合格した事を話したり、家に遊びに行ってたりする人がいるなら、条件に合うと思うのだけど…」

 

「いや、そんな奴は…」

 

 いない、そう言いかけて海峰はハッとする。

 1人、条件に合致する人物を海峰は知っていた。

 

 彼について今まで思い出せなかったのは、相手が海峰にとって大切な親友だからだ。

 

 同じ塾で出会い、共に開桜を目指している事で意気投合し、互いの家に遊びに行き、囲碁やリバーシに興じた親友。

 

 2人は「一緒に開桜に行こう!」と誓い合い、切磋琢磨して受験に臨んでいた。

 

 しかし、その結果は海峰のみが合格し、親友は補欠2位での合格だった。

 

 辞退者が出れば入学出来る。そう励ました海峰だったが、

 

『誰が入学辞退なんかするかよ!開桜は東大に一番近い学校だぜ!』

 

 と親友は叫んだ。

 

 しかし次の瞬間には、精一杯の笑みを浮かべ、

 

『海峰、合格おめでとう。おまえだけでも受かってくれて嬉しいよ。』

 

 と祝福してくれた。

 

 だから、あの親友だけは俺を裏切る訳が無い。

 そう思ったから、無意識の内に容疑者から外していた。

 

 だけど、もし珠樹の推理が正しく、その条件に合う人間がいるとすれば…

 

「ねぇ、学君。誰か心当たりがあるの?」

 

「え、ええと…」

 

 海峰は思わず言い淀む。

 そんな彼を、珠樹は何も言わずじっと見詰めてくる。

 

「お、俺はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから1週間後の事である。

 

 事務所で業務をしていた珠樹の元に、1本の電話が掛かってきた。

 相手は岡目だった。

 

『例の一件。偽物の入学辞退届を出したのが誰か解ったぞ。』

 

 どこか疲れた様子で岡目は話す。

 

『野々宮の予想通り、補欠合格になっていた受験生だった。海峰君と同じ塾に通っていたようだ。』

 

「そうでしたか。無事にと言うべきかどうかは分かりませんが、一先ずは一件落着ですかね?」

 

『まぁ、そうだがなぁ…』

 

「……何か気になる事でも?」

 

『まあな。なあ野々宮、海峰君は辞退届を提出した犯人が誰か気付いていたんじゃないか?』

 

 あの日、犯人の条件を示した珠樹は、海峰に犯人に心当たりが無いか確認したが、海峰は「無い」と答えた。

 

 珠樹はその旨を岡目に伝え、自身が予想した犯人像『開桜学院を受験し、海峰と同じ塾に通い、不合格或いは補欠合格になり、東不動郵便局が最寄りの郵便局である人物』について報告した。

 

 その予想を元に学院も調査を行い、該当する受験生のいる学校に確認を取ったところ、当該学生が犯行を認めたらしい。

 

『学校の聞き取りによると、件の受験生は海峰君とは学校こそ違ったが、塾ではとても仲が良い友人だったそうだ。だから、もしかしたら海峰君も誰が犯人か、本当は察して…』

 

「先生、先程も申したようにこの件は一旦解決したものと考えています。無用な詮索は不必要かと。」

 

『…そうだったな。悪い、野暮な勘繰りだった。』

 

「…学院としては今後どのような対応を?」

 

『無論、海峰君の入学辞退は取り消す。正式に入学手続きを進めると共に、ご両親を含め海峰君には謝罪に出向く予定だ。』

 

「不正行為を行った受験生は、入学取り消しですか?」

 

『そうなる予定だったんだが、此方がアクションを起こすよりも早く、彼の学校から入学を辞退する旨の連絡があった。本人の希望だそうだ。どうやらかなり反省しているらしい。ご両親にも報告し、学校としては処分を下すとも言ってたな。』

 

「…気の迷い、だったんですかね?」

 

『かもしれんな。彼は補欠合格2位だったんだが、塾の講師から1人辞退者が出たと聞いたそうだ。もしかしたら、もう1人辞退者が出たら…と考えてしまったのかもしれんな。いずれにせよ、勿体ない事をしたもんだ。』

 

「勿体ない?って、まさか…」

 

『海峰君の入学辞退届が出された後に、もう1人辞退届を出した合格者がいたんだ。こんな事をしなくても、彼は合格できていた筈なのに…』

 

 もし、その受験生が待ち続ける事が出来ていれば。最後まで己を信じている事が出来ていれば。

 彼が海峰と共に、開桜学院の学び舎で学生生活を送れる未来は確実にあったのだ。

 

「やりきれないですね、本当に。その事は本人には?」

 

『いや、言ってない。私も少し話をしたが、ひどく憔悴していてな。私が見たところ、心から反省していたと思えた。だからあれ以上、落ち込ませる事も無かろう。』

 

「ですね。必要以上に打ちのめして立ち直ろうとする気概さえ奪うのは、教育観点からも望ましくないですから。」

 

『まったくだ。ともかく、野々宮には世話になった。ありがとうな。今後も何かあれば、頼りにさせてくれ。』

 

「はい。その時はどうぞよろしくお願いします。では、失礼します。」

 

 電話を切り、珠樹はフゥーと一息吐く。

 

 窓の外を見下ろすと、まだ花を咲かせていない桜の街路樹が見えた。

 

「…もうすぐ春だってのに、寒すぎるわ。」

 

 誰にも聞かれない溜息を、珠樹はコーヒーで流し込んだ。

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