殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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なぜ彼は親友を裏切ったのか?

 自分は殺されても仕方の無い人間だ。

 

 己の浅はかな過ちを思い出す度に、星桂馬はそう考える。

 

 本当に、本当にどうかしていたんだ。

 

 

 

 

 

 桂馬はイギリスの帰国子女だった。

 父母共に一流大学を卒業したエリートで、それなりに裕福で教育熱心な家庭だったが決して厳しいだけという訳では無かった。

 両親は桂馬がやりたいことは何でもやらせてもらった。

 リバーシだって、開桜学院を受験する事だって、全て桂馬自身が自分からやりたいと言った事だった。

 両親はそれを温かく見守ってくれた。2人とも、愛情を持って桂馬に接してくれた。

 

 受験本番に向けても、両親は勉強に口を挟むことなくサポートに徹してくれた。

 その期待に応えたい。その想いも桂馬のモチベーションになっていた。

 

 合格発表の日、桂馬は自信を持って開桜学院に赴いた。

 しかし、結果は補欠合格。一緒に合格発表を見に来た親友が合格した事も、桂馬のショックを大きくさせた。

 精一杯の強がりと祝福の言葉を親友に送り、失意の内に家路に着いた時、桂馬は落ちた事よりもそれを両親にどう説明するかで頭がいっぱいだった。

 あれだけ支えてくれた母と父の期待を裏切ってしまった罪悪感は、桂馬の中から冷静な判断力を失わせていた。

 

『結果、どうだった?』

 

 家に着くなり、母は我が子に尋ねた。

 

 だめだった

 

 そう口にするつもりで開いた口から零れたのは「受かってたよ」という言葉だった。

 その瞬間、母はワッと息子に抱き着き「よかったね!よかったね!」と繰り返した。

 母の抱擁を受けながら、桂馬は顔を真っ青にさせていた。

 だけど、歓喜の声を上げる母を前に、吐いた言葉を訂正する事など出来なかった。 

 

 

 それからの毎日、桂馬は神に祈った。

 

 どうか、誰でもいいので開桜学院への入学を辞退させて下さい、と。

 

 時間は無情にも過ぎていった。

 焦りの気持ちは徐々に高まっていく。

 

 そんなある日、星は通っていた塾の講師から開桜学院に入学辞退者が出た事を教えられた。

 

『まだ可能性はある。決して諦めるな!』

 

 講師から励まされ、星の心に希望の灯がともった。

 

 しかし、そこからまた無為に月日が過ぎる毎日が続いた。

 桂馬はひたすら合格者の不幸を願った。

 

 そうこうする内に2月の中旬となったとある日、不意に母がこう呟いた。

 

『そういえば、もうそろそろ入学案内が届いても良い頃なんじゃないかしら?』

 

 家族そろっての夕飯時に何気なく投げ掛けられた言葉に、桂馬の心臓は跳ね上がった。

 もう誤魔化すことは出来ない。

 そう思い箸を置くと、桂馬は決死の覚悟で口を開いた。

 

『あ、あのね、実は…』

 

『おっ、そうだ。桂馬、少し遅くなったが合格祝いだ。おめでとう。』

 

『え?』

 

 父からの突然の言葉に桂馬は固まる。

 そんな息子の様子に気付くそぶりを見せず、桂馬の父は包装された小箱を息子に差し出した。

 

『桂馬、開けてみてくれ。』

 

『う、うん』

 

 恐る恐る包装紙を外すと、中から真新しい腕時計が出て来た。

 

『お父さんが高校に入学した時な、お爺ちゃんが腕時計を買ってくれたんだ。それがすごく嬉しくてな。自分の息子が高校生になった時に、合格祝いで買ってやろうって決めてたんだ。』

 

 父は心底嬉しそうに桂馬に話す。

 

『桂馬、お前が父さんの夢を叶えてくれた。本当にありがとう。』

 

 父の言葉が桂馬の胸に突き刺さる。

 もう合格は嘘だなんて、とてもでは無いが言えなかった。

 

 そして、桂馬の中で悪魔が囁いた。

 

 こうなったら、どんな手を使ってでも開桜に合格するしかない。

 どんな手を使ってでも…

 

 その翌日、桂馬は友人の名を騙った偽物の入学辞退届を家の近くの郵便局に持ち込んだ。

 

 1週間後、学院から入学案内が届いた。

 

 

 

 

 

 

 思い返せば、あそこが最後のラインだった。

 あの時すべてを告白しておけば、両親を絶望に叩き落すことも無かっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 入学式まで残り1月が過ぎたある日、桂馬は学校の教師から呼び出しを受けた。

 校長室に通された桂馬は、そこで開桜学院から合格発表後に不正行為が行われ、それに桂馬の関与が疑われている旨の通知を受けた事を知らされた。

 教師たちは突然の通知に戸惑いながらも、本人に話を聞く必要があると判断し桂馬を呼んだのだ。

 

『星、何も知らないのならそれで良いんだが、もし何かあれば教えて欲しい。』

 

 真剣な面持ちで尋ねてくる担任に、桂馬の体が震える。

 その反応で全てを察し、校長室に集まった大人たちの顔が強張る。

 

 ああ、やっぱり、こうなったか。

 

 そんな諦念の想いを抱きながらも、桂馬は蚊の鳴くような小さな声で言った。

 

『ごめんなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは早かった。

 学校はすぐさま開桜学院と桂馬の家に連絡を入れた。

 母が、そして遅れて父が現れ、最後に開桜学院の教師が到着した。

 

 開桜の教師は桂馬の両親と担任、校長を交えて事の経緯の説明を開始する。

 

 先週、身に覚えのない入学辞退をされた合格者が学院に説明を求めて現れた事。

 学院が外部の協力者に依頼し調査した結果、何者かが合格者の名を騙って勝手に入学辞退届を提出していた事。

 その何者かが、桂馬である疑いがあり学校が確認したところ、本人が認めた事。

 実害が出る前に食い止められたので、今回のところは被害届を提出する予定は無い事。

 相手の受験生と親御さんには、学院から謝罪をする事。

 

 これらを丁寧に、一つ一つ説明していった。

 

 最初は信じられないという顔をしていた桂馬の両親も、何一つ反論せず項垂れる息子の姿に全てが真実だと察した。

 母は泣き崩れ、父は沈痛な面持ちで『息子が大変な事をしてしまい、申し訳ありません。』と頭を下げた。

 その姿を見た瞬間、桂馬の目から涙が溢れた。

 たくさんの人を裏切って、それ以上の人達に迷惑を掛けて、ただただ申し訳なくて…

 世界から、消えてしまいたかった…

 

 

 

 後日、家を訪問した担任から『入学辞退』を行う手続きをする説明を桂馬と両親は受けた。

 それに合わせ、桂馬には1週間の停学処分が下された。

 

『…なあ、星。お前これからどうするつもりだ?』

 

 1週間分の課題と反省文の用紙を渡した担任は、憔悴しきった桂馬に尋ねる。

 これからの事など考える余裕は無い。そう答えると、担任は桂馬の目を見詰め語った。

 

『今回お前がやった事はいけない事だ。相手からすれば、絶対に許せない事だろう。だけどな、人生が終わるって程、取り返しのつかない罪じゃない。先生はお前がどうしようもない馬鹿だとは思わない。きちんと反省し、後悔できる人間だ。だからな、十分に反省したら今度は前を向いて進まなくちゃいけないんだ。』

 

 そう言って担任は1枚の案内用紙を桂馬の前に出した。

 

『不動高校の2次募集がまだやってる。お前の気持ち次第だが受けてみないか?そりゃ開桜に比べれば何枚か落ちるかもしれないけど、不動高校からだって東大に行った人はいるし、囲碁部からはプロを輩出したことだってあるんだぞ。ここからもう一度、頑張ってみる気はないか?』

 

 差し出された案内用紙を眺めつつ、桂馬は両親の反応を確かめた。

 父も母も何も言わず、ただ桂馬の選択を見守っていた。

 暫くしたのちに、桂馬はおずおずと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 一月後、桂馬は真新しい制服に身を包み、不動高校の門を潜っていた。

 不動高校は一学年20クラスもあるマンモス校だ。

 部活動にも力を入れており、演劇部やスキー部など、その筋では名を馳せる部もある。

 

 桂馬が入部した囲碁部も、嘗ては全国大会の常連。

 最盛期には30人もの部員を擁し、何人ものプロを輩出した名門であった。

 

 だがそれも今は昔の話。

 現在の部員は桂馬も含めて3人。うち1人は名義だけ在籍している幽霊部員である。

 部長である3年生の小角由香里こそ名門復活に意欲を燃やしているが、新任顧問の大塚は経験者であるものの、兎に角アバウトでイマイチ熱意というものを感じられない。

 

 そんな中、新入部員の桂馬が経験者の上にかなりの実力者であると知った小角は、これが名門復活の足掛かりだと一人息を荒くしていた。

 

 一方で桂馬は、いまだ自身が犯した罪を引き摺っていた。

 中学校の担任の言葉は胸に響いたし、桂馬の両親は息子の高校生活を前と変わらず応援してくれる。

 囲碁部に入ったのも、自分なりに少しでも前向きに成れればとの思いからだった。

 

 なのに桂馬は、いまだに心の切り替えが出来ていなかった。

 それはきっと、あの日裏切ってしまった親友への負い目があるからだろう。

 

 合格発表の日以降、桂馬は親友と会えていない。

 

 

 

 

 

 開桜学院と3対3の対抗戦をやる。

 そう小角から知らされた時、桂馬は自分の気持ちが沈んでいくのを自覚した。

 

 開桜学院と不動高校との対抗戦は、不動高校が囲碁の強豪校として名を馳せた頃から続く行事であり、ライバル同士として鎬を削った両校の伝統の一戦であった。

 それは、不動高校が強豪の地位から転がり落ちた現在も変わらない。

 

 正直桂馬からすれば、自分の落ち度とはいえ因縁ある開桜学院と試合をするなんて気乗りしない。

 しかし、小角はこの交流戦に勝利すれば名門復活の狼煙になるとヤル気満々。

 新入生の桂馬が「出たくない」と言える空気ではなかった。

 

 とにかく空気に徹し、当たり障りの無い試合をしよう。

 

 そんな風に考えていた桂馬だったが、小角から渡された対抗戦の参加メンバー表を見て愕然とした。

 

 開桜学院の出場選手に、桂馬が裏切った親友の名前があったのだ。

 

 まさかそんな。同姓同名の別人の可能性は?いや、自分の不正が明らかになったのだから、親友は問題なく開桜に入学出来たはず。

 となればこの選手は、間違いなく親友であろう。

 

 桂馬は顔から血の気が引いていくのを自覚した。

 

 果たして親友は、桂馬が勝手に入学辞退届を提出した事を知っているのだろうか?

 そもそも自分は、いったいどんな顔をして彼に会えば良いのか?

 洗いざらい全てを話し謝れば良いのか?

 素知らぬ顔で再会を喜び握手して良いのか?

 それとも完全に初対面な風をしていれば良いのか?

 

 モンモンとした気持ちを抱え過ごす中で、対抗戦当日までに悩みに悩み抜いた末に桂馬が出した結論は、全ての過ちを認め親友に謝るというものだった。

 

 一度は理由を付けて当日は欠席しようかとも考えた。

 だけど、それは出来ない。

 

 両親は、愚かな間違いを犯した自分の事を見捨てないでくれた。

 中学の担任は、自分が立ち直てくれると信じてくれた。

 

 だから、その期待を裏切る事は二度と出来なかった。

 

 親友が真実を知っているかどうかなんて関係ない。

 きっとこの再会は、自分に対する試練なのだ。

 ここで謝れなければ、自分は一生後悔する。

 

 自分自身が生まれ変わるためにも、桂馬は覚悟は決まった。

 

 

 

 

 

 そうして迎えた対抗戦当日。

 幽霊部員の代わりに呼んでいた2年生の助っ人の七瀬美雪が実はまったくの素人で、更にその知り合いで自称五目並べ無敗の金田一が急遽参戦する事になったり、顧問の大塚が急病によりこれまた知り合いの剣持というおじさんが引率する事になったりとトラブルに見舞われながらも、不動高校の面々は集合した。

 

 そうしている内に不動高校の校門前に一台のマイクロバスが留まる。

 中から引率の教師とおぼしき中年の男性が降りてくるが、その顔を見た瞬間に桂馬は固まった。

 

「どうも不動高校のみなさん。私は開桜学院囲碁部顧問の…っ!」

 

 相手の教師も桂馬の顔を見て驚きの表情を見せる。

 何故ならこの教師こそ、桂馬の中学校に不正行為の説明に訪れた人物だったからだ。

 当然ながら、彼は桂馬がやった事をよく知っている。

 

「ん?どうか、されましたかな?」

 

「えっ、ああ、いや。これは失礼。開桜学院囲碁部顧問の岡目秀策です。本日はよろしくお願いします。」

 

 岡目は桂馬の方を目配せするが、それ以上は何も言ってこない。

 ただ少しだけ、ホッとしたように顔を綻ばせた。

 

「さっ、会場の準備は出来ています。どうぞ此方へ。」

 

 岡目に案内され不動高校の面々はバスに乗り込んだ。

 

 予想外の再会に動揺しながらも、桂馬は気を取り直しバスに乗り込む。

 最後に乗車した桂馬は車内を見渡した。

 そして、見つけた。

 

 彼は、海峰学はバスの最後方で頬杖を着きながら、つまらなそうに窓の外を眺めていた。

 それを見た瞬間、桂馬は胸に込み上げるものを感じ立ち尽くしてしまう。

 

「どうしたの星君?早く座ったら。」

 

「え?あっ、はい。すいません。」

 

 小角に促され桂馬は慌てて座席に着く。

 荷物を膝の上に抱え、大きく息を吐くとチラリと後方を盗み見した。

 海峰は相変わらず、桂馬が現れた事に気付いていないかの如く窓の外を見ている。

 

 本当に気付いていないんじゃないか?

 

 そんな懸念を桂馬が抱いていると、不意に海峰の目線が動き桂馬と眼が合った。

 

 ほんの一瞬の、旧友との交差。

 

 桂馬は即座に目線を外し、暴れる心臓を必死に落ち着かせた。

 周囲から不審に思われていないか。

 そんな心配が脳裏に過るが、幸い誰も自分の事を気にした素振りは見せていない。

 

 もう一度だけ、後ろをチラ見する。

 海峰は再び窓の外を眺める作業に戻っていた。

 

 そのまま対抗戦の会場に到着するまでの間、2人の視線は交わる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の対抗戦は2日掛けて行われる。

 初日に2戦、翌日に1戦が取り仕切られる運びで、初日の夜には両校による親睦会も行われる予定だ。

 

 会場である梔子荘に到着後始まった対抗戦は、初戦から波乱の展開で始まった。

 

 開桜学院の先鋒は部長である三ッ石勲。

 かつてはプロ養成所機関の「院生」を目指し、全国大会でも名を響かせる実力者だ。

 

 対する不動高校の先鋒は、助っ人の金田一。

 祖父から囲碁の手解きを受けていた、という事だが1度も勝った事は無かったそうだ。

 

 普通に考えて結果なんて見るまでも無い。

 誰もが三ッ石の圧勝を予想する中、剣持だけは妙に自信たっぷりだった。

 

 かくして始まった三ッ石も金田一の一戦は、序盤から初心者相手に時間は掛けられないとばかりに三ッ石が急戦を仕掛けた。

 しかし金田一はこれを難なく躱すと、三ッ石の荒攻の穴を的確に突き、自陣を増やし敵の陣地を分断した。

 慌てて三ッ石はカバーに向かうが、序盤の攻防で金田一に大量リードを許し、主導権を握られてしまう。

 それでも全国大会レベルの実力者のプライドか、なんとか形勢を立て直し中盤以降は徐々に挽回していく。

 だが序盤の失点は取り返し難く、金田一に逃げきりを許してしまう。

 まさかのジャイアントキリングの達成である。 

 驚く面々に剣持が金田一は名探偵として知られた金田一耕助の孫であり、本人もいくつもの難事件を解決した天才だと知らせる。

 

 予想外の展開に本職の囲碁部関係者が動揺する中、続いて2戦目が始まった。

 不動高校からは小角が、開桜学院からはプロになれる実力もあると言われる天元花織が対戦する。

 試合は初戦と違い、実力者同士の落ち着いた流れになる。

 

 天元は高校囲碁界どころかアマチュアに限れば文句なしのトップ選手。

 対する小角も十分実力者と呼べる腕前だが、流石にプロに行っても即通用すると言われる逸材が相手では分が悪かった。

 盤石な打ち筋の前に順当に実力差が出て、2戦目は開桜学院の勝利となる。

 

 2戦が終わり1勝1敗の五分。

 決着は翌日に行われる第3戦へと持ち越された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に…最低だ…」

 

 対抗戦1日目の晩、小角とのミーティングを終えた桂馬はトボトボと廊下を歩きながら呟いた。

 

 全国常連の開桜学院に対し、助っ人の手を借りたとはいえ五分の戦いを演じている。

 明日の結果次第では不動高校の勝ち越しとなり、これは20年以上続いている対抗戦の歴史の中で実に10年ぶりの事だ。

 部長の小角は鼻息を荒くし、明日は絶対に勝つように桂馬へ発破を掛けた。

 

 一方で開桜学院は初戦でのまさかの敗北に気落ちしているのか、食事を終えるとそそくさと自分たちの部屋に戻ってしまった。

 

 何度か声を掛ける機会を窺っていたが、いざ話しかけようとすると身が竦んであと一歩が前に出ない。

 桂馬はまだ、嘗ての友と話し合う機会を得れていない。

 

「分かってる。このまんまじゃいけないことぐらい…でも…」

 

「何がこのまんまじゃいけないんだよ。」

 

「っ!?」

 

 突然の背後からの声に桂馬は驚き後ろを振り向く。

 そこには、硬い表情で桂馬を見詰める少年がいた。

 

「か、海峰…」

 

「…少し話をしようぜ、星。」

 

 少年は、かつて桂馬が裏切った親友の海峰は、そう言って顎を癪った。

 それを拒否する言葉を、桂馬は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 2人はラウンジに移動した。

 既に夜の9時を過ぎ、利用する客もまばらである。

 

 備え付けの椅子に座った2人は机を挟んで対面する。

 先に口を開いたのは海峰だった。

 

「……不動高校に行ったんだな。知らなかったよ。」

 

「う、うん。」

 

「お前だったらさ、開桜じゃなくても、もっといい学校に行くもんだと思ってた。」

 

「…2次募集が、ここしかなかったんだ。」

 

「……そうか。」

 

 沈黙が2人の間に流れる。

 

 先に耐えれなくなったのは桂馬だった。

 臆する心を奮い立たせ、海峰にしっかりと目を向けながら口を開いた。

 

「あ、あのさ!海峰に言わなきゃいけない事が、あるんだ。」

 

「…なんだよ?」

 

「海峰が、開桜に合格した時さ、俺補欠合格だっただろ。しかも2位で。お、俺、本当どうかしてたんだ!やっちゃいけない事だってのは分かってた!な、なのに…」

 

「………」

 

「お、俺、海峰の名前で、入学辞退を…」

 

 言葉を紡ぐうちに桂馬の両目から涙が流れ落ちる。

 海峰はそれを、沈痛な面持ちで黙って見ていた。

 

「本当にごめん!謝って許される事じゃないと思うけど、おれ、おれ………」

 

 それ以上、言葉を続けることが出来なかった。

 本当に、なんて馬鹿な事をしてしまったんだろうと思う。

 

「………お前だけは、そんな事はしないって、信じてた。」

 

 それまで何も言わなかった海峰が重い口を開く。

 

「今すぐここで、お前を許すかどうかなんて俺には言えない。本気でショックだったんだぜ。きっとあのまま入学出来なかったら、俺はお前を殺したい程憎んでたと思う。」

 

 海峰の言葉に桂馬はビクリと肩を跳ねさせる。

 

「だけど、これだけは知ってて欲しいんだ。」

 

 海峰は涙に耐えるように眼に力を込めながら、血を吐きそうな形相で言った。

 

「俺は、お前といっしょに開桜に行きたかった…」

 

「………ごめん。」

 

 それしか言えなかった。

 桂馬は改めて自分の愚かさに失望した。

 

 海峰は最後まで自分の事を信じようとしてくれていた。

 そんな親友の信頼を、裏切りの刃でズタズタに引き裂いてしまったのだと。

 

「…今日、お前と話せて良かった。」

 

 不意に海峰が声を漏らす。

 悲しみを引き摺りながらも、どこかサッパリとした口調である。

 

「お前があの事を本気で後悔しているのは伝わった。俺に申し訳ないって思ってる気持ちも。本当に苦しんでいるんだな。」

 

「そんな、お前を傷つけた事に比べれば…」

 

「良いから聞けって。結果的に見れば俺は無事に開桜に入れて、お前はしっかりと反省した。これで今までの事は終わりだよ。」

 

 これまでの事にずっと縛られ続けたくは無い。

 そう、海峰は語った。

 

「だからさ、明日は正々堂々、真正面からやり合おうぜ!」

 

「海峰…」

 

「お前の事、おもいっきりブッ飛ばしてやるからさ!」

 

 そう言って海峰は、かつてのように桂馬に向かって笑い掛けた。

 

 桂馬は涙を拭いて「俺だって負けないよ!」と言いたかった。

 けれど次々と溢れ出す涙のせいで、いつまで経っても言葉を紡げなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、桂馬は制服に身を包み試合会場にいた。

 既に対戦相手の海峰は席に着いている。

 

「本当に大丈夫、星君?」

 

 部長の小角が桂馬に話し掛ける。

 傍目から見れば桂馬の眼は真っ赤に充血し、昨晩はあまり眠れなかったかの様に窺えた。

 

「昨日はごめんね。星君にプレッシャーを掛ける事ばかり言って。」

 

 小角は昨晩のミーティングで自分が発破を掛けすぎたせいで、桂馬が緊張し眠れなかったのだと思い謝罪した。

 

「ダメね、部長なのに。1年生に重荷になるような事ばかり言って。星君、今日はどんな結果になっても良いから、自分の力を出し尽くして。」

 

「…大丈夫です、部長。最初からそのつもりなので。」

 

 桂馬の眼を赤くしながらも、その先にいる対戦相手をしっかりと見詰めていた。

 

「今日は全力を出し尽くして、おもいっきりブッ飛ばされてきます。」

 

 気合いの入った後ろ向きな言葉を口にし、桂馬は碁盤も前に座る。

 

 対戦を前に静かに瞑想していた海峰が、ゆっくりと眼を開いた。

 その眼は、桂馬と同じく真っ赤になっていた。

 

「昨日は眠れなかったみたいだな。」

 

「お互い様だろ。」

 

「まあな。何せ此方は名門校なんで、絶対に負け越す事なんて出来ないって上からのプレッシャーがえげつないんだ。」

 

「そりゃ大変だな。けれど、俺だって簡単には負けられないよ。」

 

 2人は背筋を伸ばし、赤く腫れた視線を交差させる。

 どちらともなく、手が伸ばされた。

 

「今日はよろしく。」

 

「うん。よろしくお願いします。」

 

 この日、それまでの2戦を遥かに越える大熱戦は、『礼』ではなく『握手』によって幕を開いた。




その後の彼ら

・海峰学
 開桜学院で勉学に励み、3年後に東大法学部に合格。
 本人曰く、「将来的には弁護士を目指したい」との事。
 星とは学校の枠を超えて切磋琢磨する親友に戻れた。

・星桂馬
 対抗戦を経て心機一転し、以前より格段に前向きになり勉学に励む。
 こちらも東大理工学部に現役合格し、自立型AIの作成について学んでいる。
 将来的には、人工知能による囲碁、リバーシの大会で優勝するAIを作る事を目標にしている。



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