殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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宮崎県悲報島連続バラバラ殺人事件
なぜ少年は殺戮を繰り返したのか?


「先生には随分と世話になったな。こんな日に見送りにまで来てくれて。」

 

「ええ、向こうでも元気でね。」

 

 明るい調子で笑いかけてくる青年に、珠樹はぎこちない笑みを返す。

 

 場所は埼玉県にある国立児童自立支援施設。

 ここでは、刑事処分の対象とならない14歳未満で犯罪を犯したり、複雑な家庭環境などによって家庭裁判所が保護が必要と判断した子供達が、社会復帰へ向けて専門的な治療、指導を受けながら生活している。

 

 少年達は広大な敷地と自然豊かな環境のもと、規則正しい生活リズムの中で自分の犯した罪や自身の未来と向き合い、来るべき社会復帰へ向けて誠心努力している。

 

 そんな場所で約5年の月日を暮らしてきた少年が1人、今日旅立ちの日を迎えた。

 

 少年は施設の職員や仲の良かった友達と別れの言葉を交わし、少し寂しそうにしながらも晴れやかな表情をしていた。

 

 ただ、それを見送る大人達の表情には暗い影が差す。

 まるで少年を引き留めたい、と思っているようにも見えた。

 この日のために東京から駆け付けた珠樹、そして恭一郎も同じだった。

 

「恭一郎先生も来てくれてありがとう。会いに来てくれて本当に嬉しいよ」

 

「…体には気をつけるんだぞ。多分、色々と日本とは環境が違うと思うから。」

 

「心配しなくても大丈夫。むしろ、向こうでの生活の方が俺は長かったんだから。久し振りの里帰りって感覚だよ。」

 

「里帰りって、そんな…」

 

「…ああ、うん。今のは適切じゃなかったな。俺は罪を償うために行くんだから。」

 

 どこか諦めと不安を感じさせる少年の声色に、恭一郎は悔しげに口を歪ませる。

 

「…ごめんな。」

 

「…何で先生が謝るんだよ。」

 

「俺達は、君のために何も出来なかった!君のために、もっと出来る事はあった筈なのに!」

 

「恭一郎先生…」

 

 涙ながらに悲痛な叫びを上げる恭一郎。それを嗜めようとした珠樹だったが、その心情が理解できるが故に上手く言葉を纏める事が出来なかった。

 

 そんな2人を、少年はどこか哀愁を帯びた笑みを浮かべる。

 

「………ありがとう、珠樹先生、恭一郎先生。でも、俺は大丈夫。」

 

 涙も見せず、少年は気丈に振る舞う。

 その年齢不相応の笑い方が、どうしても痛々しく見えた。

 

 彼と珠樹達の出会いは、この時から5年前の事である。

 

……

………

 

 

 

 宮崎少年鑑別所。

 その面会室で1人の少年と珠樹達は対面していた。

 

「はじめまして、佐伯君。私の名前が野々宮珠樹よ。」

 

「…あんたが金田一が言ってた弁護士?」

 

 珠樹の自己紹介に応えず、少年はぶっきらぼうに質問する。

 

「そうよ!で、こっちいるでっかい彼が古舘恭一郎先生よ。」

 

「でっかいは余計です。古舘恭一郎だ。どうぞよろしく。」

 

「はぁ、どうも。」

 

 見るからに生真面目な恭一郎の自己紹介にも、少年は興味を覚えた様子は無く無愛想に返す。

 その反応に、珠樹と恭一郎は軽く目線を交わした。

 

 これが、珠樹達と少年、佐伯航一郎とのファーストコンタクトであった。

 

 

 

 

 佐伯航一郎。

 彼は先日、宮崎県日向灘西南沖に浮かぶ孤島、通称『悲報島』で5人の男性を殺害し、うち3人をバラバラに解体した。

 

 世間では彼の起こした事件を『宮崎県悲報島連続バラバラ殺人事件』と呼称していたが、何よりも注目を集めたのはその残虐性よりも、犯人が13歳の少年という異常性であった。

 

 人を殺し、その死体をバラバラにする凶行を行ったのが中学生になったばかりの年齢の少年であるという事実は日本中を震撼させた。

 当然ながら少年法により航一郎の氏名は伏せられているが、これ程の大事件を起こしたのが何処の誰なのか、少年法の枠組みで裁くべき事案なのか、ネットを中心に様々な議論を生んでいる。

 

「私達は。はじめ君から是非とも佐伯君に力を貸して欲しいって頼まれたの。はじめ君からは何か聞いてる。」

 

「…あんた達が信頼できる弁護士だってのは聞いたよ。まあ、どうせ国選弁護士を頼るくらいなら知り合いに紹介して貰ったのが良いかなって思って。」

 

「おおっ!国選弁護士なんて難しい言葉よく知ってるわね。それじゃあ早速、色々話をしていきたいんだけど、良いかしら?」

 

「ん。まあ、別に。」

 

「ありがと。それにしても…」

 

 話をすると言いながら、珠樹は何も言わずジッと航一郎の顔を見詰める。

 真顔のまま顔を凝視され、航一郎は思わず身動ぎした。

 

「な、なんだよ?」

 

「………やっぱり可愛い。」

 

「は?」

 

「うん!思ってたよりずっと可愛い顔してる!これで女装なんてしたら絶対に男だなんて解らないわぁ。あっ!ごめんね。急に変なこと言っちゃって!可愛いなんて言われて不快だったでしょう?」

 

「……いや、別に。そんな不快って程じゃ。」

 

 まさか顔が可愛いなんて言われるなんて予想していなかった航一郎は戸惑いを隠せない。

 それでも悪い気はしない事を伝えると、珠樹はホッとした様子で笑みを浮かべる。 

 

「良かったぁ。それにしても、肌艶なんて本当に良いわ。もうプルンプルンじゃない。ねぇ、スキンケアとかしてるの?」

 

「えっ?ああ、うん。ここに入る前は毎日。男だってバレないようにしてたから。」

 

「やっぱり!でも私も朝と夜はしっかりやってるつもりだけど全然違うわ。年齢の差かしら?」

 

「いや、先生も全然イケてるじゃん。普通に綺麗だと思うよ。」

 

「あら、ありがとう。これでも、もうアラサーなのよ。」

 

「マジで!?普通に24才くらいに見えたよ。正直こんな若い弁護士で大丈夫かよって思ってたんだ。」

 

 いつの間にか、航一郎の珠樹に対する口調は非常に砕けたものになっていた。

 

 航一郎の素の性格は決して社交的では無い。

 コミュ障という訳ではないが、過酷な生い立ちであるが故に中々他人に対して心を開かない部分があった。

 

 それが珠樹に対しては、不思議と最初からリラックスして話が出来ている。

 珠樹のどこか柔らかく暖かい雰囲気が、航一郎の警戒心を解きほぐしていた。

 

 しかも初対面にも関わらず妙に会話が弾むのだ。

 とにかく珠樹相手だと喋りやすい。

 相槌の打ち方やリアクションが心地好く、自然と次の言葉が出てくるので不自然な会話の切れ目が生まれず何時までも話続けてしまえる。

 航一郎にとって、こんな風に楽しくお喋りが出来る相手は恋人であった美作碧以外に初めてだった。

 

「ええっー!?はじめ君ったらいきなり航一郎君の服を胸元から引き裂いちゃったの!?」

 

「そうなんだよ!俺が男だったから良かったんだけどさ、もし本物の女だったらどうするつもりだったんだろうな。」

 

「それだけ自分の推理に自信があったって事ね。」

 

「野々宮先生、そろそろ。」

 

 楽しげに航一郎と話していた珠樹の横で、ずっと会話の内容をパソコンで記録していた恭一郎が自身の腕時計を示す。

 時計の針は面会終了時間になった事を教えていた。

 

「おっと、もうこんな時間。ごめんね、そろそろ帰らなくちゃ。またすぐに会いに来るから、その時はよろしくね!」

 

「うん。楽しみにしてる。」

 

「ありがとう。じゃあ、またね。」

  

 別れの言葉を交わし、珠樹は笑顔を浮かべ恭一郎と共に面会室を跡にした。

 

 それを見送った航一郎は久々に人と談笑をした満足感に浸っていたが、一つだけ気になる事があった。

 

「結局、事件の事はほとんど話さなかったけど、大丈夫だったのかなぁ?」

 

………

 

 

 

 翌日以降も珠樹達は日を置かず面談に現れ、航一郎と話をした。

 しかし話の内容は相変わらず雑談メインで、事件に関する話は一切しない。

 

 そうなってくると流石に航一郎の胸中にも不安が芽生える。

 珠樹との会話は確かに楽しいが、いつまでもこうしていて良いのか?という考えが脳裏に浮かんだ。

 

 そして珠樹が面談に現れるようになって2週間後、航一郎は遂に事件について自分から話を振る決心をする。

 

「こんにちわ、航一郎君。この前読みたいって言ってた雑誌、買ってきたから後で係の人から受け取って。私も先に読んだけど、けっこう面白い記事があったから今度感想会をしましょ。」

 

「う、うん。ありがとう、先生。」

 

「…どうしたの?何だか緊張しているみたいだけど?」

 

 珠樹はいつもと微妙に違う航一郎の雰囲気を察し尋ねる。

 航一郎も指摘されて初めて自身の鼓動がいつもより早くなっている事に気が付いた。

 

「いや、緊張とは少し違うというか、ちょっと先生に聞きたいことがあって…」

 

「聞きたいこと?なに?何でも聞いて。」

 

「………俺が起こした事件について、先生全然聞いてこないじゃんか。それが、どうしてだろって思って。」

 

 航一郎の問いかけに珠樹は表情を崩さない。

 ただ少しだけ真面目な顔になると、隣の航一郎に目配せした。

 

「…そう、ね。航一郎君の言う通り。私は航一郎君に事件の事を聞くのを躊躇ってたわ。」

 

「どうして?俺の弁護をするのなら必要な事じゃあ…」

 

「うん。だけど、人を殺した記憶って辛いじゃない?」

 

 当然のように珠樹が口にした言葉に航一郎は驚く。

 

「それって、俺に気を遣ってたって事?」

 

「そうなるわね。もしそれが不満だったのならごめんなさい。」

 

「いや、別に謝る事じゃねぇよ!こっちこそ気を使わせて悪ぃ。それと、あんまり気にしなくて良いから。人を殺して辛いなんて、俺は何とも…」

 

「本当に?」

 

 その声は、いつもの珠樹の声とは違っていた。

 まっすぐに航一郎を見詰め、まるで心の奥底まで見通そうとしているかのような珠樹の視線に、航一郎はそれ以上言葉を紡げなくなってしまう。

 

「航一郎君、これはとても重要な事よ。貴方が被害者の方々の命を奪い、その御遺体を損傷させた事をどう思っているか、今の心境を嘘偽りなく私に話して。」

 

 決して激しい口調ではない。言葉の端々には優しささえ感じる。

 なのに、珠樹の言葉は脅しの言葉なんかよりも遥かに航一郎の心を委縮させた。

 

 航一郎は唾をゴクリと飲み込むと、少しだけ頭を垂れた。

 

「…気分が悪い、なんてもんじゃねえよ、あんなの。人を殺した感触も、それをバラバラにした感触も、その時の臭いや音も、体中にこびりついて離れないんだ…」

 

「…そこまでの事をしてでも、航一郎君にとって彼らは殺さなければいけない存在だったの?」

 

「…俺は、復讐に取りつかれてた。親父を殺した4人を、碧を死に追いやった財宝を、心の底から憎んでいた。」

 

「…憎んでいた、ね。今はどうなの?」

 

 そう聞かれた航一郎の表情が悲痛に歪む。

 長い沈黙の果てに、航一郎はようやく口を開いた。

 

「…………俺は、俺たちをどん底の人生に突き落とした奴らを憎んでいたんだ。あいつ等のせいで、俺や碧は死ぬほどつらい人生を歩まなくちゃいけなくなったんだって!だけど…」

 

 航一郎は俯かせた顔を上げ、珠樹と視線を合わせた。

 

「金田一から『自分の不幸を他人のせいにするのはガキだ』って言われて、いろいろ考えたんだ。そしたら、もしかしたら俺の復讐って筋違いだったんじゃないかって、思ったんだ…」

 

「…それはどうして?」

 

「…親父はあの4人に殺されたんだとずっと思ってた。だけど思い返してみると、確かにあいつ等は崖際で親父を問い詰めてたけど、直接手を出したりはしていなかったんだ。あいつ等にとって重要なのは宝の在処で、その場所を知る親父を殺す事に何のメリットは無かった。親父が死んだのは、事故だったんだ。」

 

「…航一郎君のお父さんが死亡した事故について、実は少しだけ調査したの。そしたら当時の事を知る刑事さんが県警に残ってて、話を聞くことが出来たわ。その人曰く、航一郎君が『お父さんは殺された』って証言していたから当初は傷害致死事件で捜査されていたそうよ。」

 

「えっ?」

 

 3歳の子供の証言なんて重要視されない。だから父の死は事件化しなかったのだと信じていた航一郎にとって、珠樹の言葉は完全に予想外だった。

 

「いくら3歳の子供の証言だからと言って、人が死亡した案件で死亡原因の重要な証拠と成り得る証言が全く勘案されないなんてことは無いわ。美作さんをはじめとした4人はそれぞれ個別で事情聴取を受けてるし、御遺体は司法解剖に回されていた。その上で、4人とも佐伯教授に対する暴行を否定し、遺体からも滑落時の外傷以外に暴行の痕跡は見当たらなかった。加えて事故直後、4人はすぐに救急に連絡し佐伯教授の救護に努めていたわ。」

 

 無論、佐伯教授を助けようとしたのは彼に死なれると財宝の在処が分らなくなるという事情があったのかもしれないが、いずれにせよ4人は人命救助に可能な限り手を尽くしていたのだ。

 

「以上の事から、検察は4人を過失致死罪での立件を諦め不起訴にしたの。あと、これは佐伯教授に対する批判に聞こえるかもしれないけど、80億円にもなる宝を発見したのに共に発掘調査をしていた仲間の誰にもその場所を教えず、一方的に全て国に寄付しようというのは少し配慮が足りなかったと思うわ。」

 

 当時佐伯教授が主宰する「佐伯古学会」は日本全国の財宝伝説を調査しており、その一環で悲報島で発見された遺跡の財宝を探索していた。

 当然メンバー同士それなりの時間を過ごしており、彼らが財宝を見つけ一攫千金を夢見ていた事は佐伯教授も知っていた筈である。

 であるならば、学術的な意義を示し財宝を見つけたら国に寄付する旨を予め伝えておくことが筋だったと言えるだろう。

 

「それと事故の後、佐伯古学会は解散し美作オーナー以外の3人のメンバーは宝探しに執着せず悲報島から出て行ってるわ。以後招待状が送られてくるまでの10年間、彼らは悲報島を訪れる事は無かった。これは私の予想なのだけど、3人とも佐伯教授の死について少なくとも当時は思う所があったんじゃないかしら?彼らなりに責任を感じてた部分があったのかもしれないわ。」

 

 3人とも既に死亡しているので確かめる術は残されていない。

 しかし財宝の手掛かりが新たに発見されたという知らせが招待状と共に届けられるまで、3人が悲報島に戻らなかったことは事実である。

 もしかしたら、彼らの中には財宝に目が眩んだ貪欲な人以外の一面もあったのかもしれない。

 

「…ははっ、本当に見当違いだったわけだな。俺は碧を失った苦しみと怒りを、理由を付けて誰かにぶつけたかっただけなんだな。」

 

「…航一郎君、あなたが手に掛けた人達について、今どの様な感情を抱いているのか、率直な想いを聞かせてくれないかしら?」

 

「………碧の親父については、もっと碧の事を見て欲しかったって思ってるよ。そうすれば、碧が死を選ぶ事は無かった。他の3人は……殺す必要は、無かったように思ってる。」

 

「…火村康平さんについては?」

 

 その問い掛けに航一郎は今までで一番大きな反応を示した。

 体をビクリと跳ねさせ、震える視線は珠樹を避けるように下を向いた。

 

「答えて、航一郎君。貴方は、貴方の正体を偶然知ってしまって殺された火村さんの事を、どういう風に思っているの?」

 

「…………悪かったと、思ってる。あいつは、俺が殺人計画を進める上で検視役で選んだんだ。殺すつもりなんて無かったんだ。」

 

「じゃあ、クリス・アインシュタイン君については?彼は貴方の行いで危うく殺人鬼にされ、殺されるところだったわ。」

 

「………謝っても、許されない事をした。本当にすまなかった。」

 

 絞り出すように漏らした言葉と共に、航一郎の瞳から一筋の雫が堕ちた。

 それは紛れもなく、彼の後悔と反省の証だった。

 

「…航一郎君、まず大前提だけど日本の法律では14歳未満の者が犯罪を犯しても刑事処分は受けないわ。貴方は今後、精神鑑定などを踏まえ家庭裁判所の審判により自立支援施設へ送致される事になるでしょう。そこで時間を掛けて罪と向き合い、これからの人生をどうしていくか考えていくことになるわ。」

 

 厳しい表情で話す珠樹に、航一郎は鼻を啜りながら無言で頷く。

 それを見て珠樹は優しい笑みを浮かべた。

 

「大丈夫。貴方が心から自分の過ちを後悔し、反省しているのは分かってる。貴方ならきっと、どん底の状況からでも立ち上がり、光に向かって進んで行けるはずよ。これから長い付き合いになるだろうから、私達にもそれを手伝わせて。」

 

「良いのかよ、俺なんかの為に。」

 

「もちろん!貴方みたいな人を助けるために、私たち弁護士はいるんだから。」

 

 そう言いながら珠樹が見せた笑顔は、航一郎に希望の光を示した名探偵が崩れ落ちた洞窟の底で見せたものとよく似ていた。

 

「これからよろしくね。佐伯航一郎くん。」

 

「…はい。よろしくお願いします、珠樹先生!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの事は、珠樹の予想通りに進んで行った。

 家庭裁判所は航一郎に対する精神鑑定を行い、精神的な異常は無いと判断し最大で3年間行動の自由を制限する処置を認めた上で、埼玉県にある国立児童支援施設への送致を決定した。

 

 送致後の航一郎は、問題行動を起こしたり反抗的な態度を見せたりする事の無い模範的な生徒であった。

 当初は他の入所児童とは隔離され、専用棟で矯正教育や精神科医・臨床心理士による心理検査が行われるのみであったが、徐々に集団生活に移行していった。

 

 他との子供達との関係性も当初は浮いたところがあったが、次第に馴染んでいき同年代の子供と同じように屈託なく笑う姿も見られるようになった。

 

 それと同時に、事件の被害者に対する想いを謝罪の言葉と共に真摯に手紙に書き留め、それを事件関係者や遺族に対して送っている。

 

 珠樹と恭一郎はたびたび施設を訪れ航一郎と面談し、良い方向に変化していく航一郎の姿を確かめていた。

 

「この前施設の行事で初めて登山をしたんだ。ほら、これがその写真。」

 

 そう言って航一郎は、山頂の広場で撮った写真を珠樹たちに見せる。

 そこにはジャージ姿の航一郎が、仲の良い友達や職員に囲まれ笑顔を浮べていた。

 

「へぇーっ!良いじゃない!すごく楽しそう。」

 

「うん、思ってたより滅茶苦茶大変だったけど、その何倍も楽しかった。また行ってみたいな。」

 

「行けばいいわよ。たぶん今の感じだったら20歳になる前に施設を出られるわ。そしたら、私達と一緒に行きましょ。」

 

「ふーん、そんな事言って珠樹先生登山の経験あるの?かなりキツイよ。」

 

「心配御無用。なんせ此方にいる恭一郎先生は、休日に富士山や八甲田山に登るような登山経験者よ。初心者2人くらい余裕でナビゲートしてくれるわ。」

 

「いや、僕も行くんですか!?」

 

「あら?行ってくれないの?」

 

「ああ、まあ、誘われたら行きますけど…」

 

「じゃあそういう事で。予定決定!」

 

 本人以上に航一郎の出所後の予定を楽しげに話す珠樹と恭一郎に、航一郎の顔が綻ぶ。

 しかしその一瞬、僅かに航一郎の顔に影が差した事を珠樹は見逃さなかった。

 

「ん?航一郎君、どうかした?」

 

「えっ?ああ、いや、ちょっと考えちゃって。俺なんかが、こんなに人生を楽しんでいいのかって。」

 

「……航一郎君、確かに貴方のやった事は取り返しのつかない行為よ。貴方の罪は貴方が一生を掛けて背負って行かなくちゃいけない。けどね、だからと言って残りの人生を惨めな思い出だけで過ごしていかなくちゃいけないって道理は無いと思うの。」

 

 珠樹はあの日と同じように真っすぐな視線で航一郎の目を見る。

 航一郎は、それを正面から受け止めた。

 

「貴方は命というとても大切な物を奪ってしまった。だからこれからの人生は、誰よりも命を大切にする生き方をしなくちゃいけないわ。そしてその中には、貴方自身の命も含まれている。」

 

「俺の、命…」

 

「そう。罪を後悔するのはいい。自分自身を罰しても構わない。だけど自分の命を粗雑に扱う事だけはダメよ。貴方の事を大切に思っている人たちが、それを望んでいないんだから。」

 

 命を奪った責任があるからこそ、自分も含めたあらゆる命を大切に扱え。その先に幸せな人生はあるのだと、珠樹は航一郎を諭す。

 

「航一郎君、これからの貴方の幸せのために頑張って生きて行きましょう。」

 

「…うん。ありがとう先生。俺、頑張るよ。」

 

 航一郎は目に涙を溜めながら、光差すような笑みを珠樹に見せる。

 

 この時、珠樹と恭一郎は確信した。

 

 きっと彼なら大丈夫。

 しっかりと罪と向き合い命の大切さを知り、どん底からでも這い上がろうと足搔き前を進もうとする意志を見せる航一郎なら、更生し幸せな道を歩むことが出来る。

 

 そう信じる事が出来た。

 

……

………

 

 

 

 

 

 事態が急変したのは、それから間も無くのことである。

 

 

 

 

 その日、出先で連絡を受けた珠樹は、全ての予定をキャンセルし急遽事務所へと戻った。

 

 タクシーで事務所に着くと一万円札を運転手に渡し釣銭を受け取らずに駆け出す。

 後ろから呼び止めようとする声に耳を傾けずエレベーターのボタンを押して乗り込むと、僅かな時間で息と身なりを整える。

 フロアに到着すると一目散に事務所のドアを開き、早足で奥へと進んでいく。

 それ気が付いた恭一郎が、珠樹の元に駆け寄る。

 

「珠樹先生!」

 

「恭一郎先生、先方は?」

 

「すでに到着しています。所長室です。」

 

「了解。」

 

 短い遣り取りを交わし、2人は所長室の前に立つ。

 そこでお互いに服装の乱れが無いか確認すると、ノックをしてドアノブを回す。

 

「入ります。」

 

 そう言ってドアを押すと、中には複数の人間がいた。

 一番奥の机で手を組むのは部屋の主である所長の古舘豊彦。その横には彼の秘書がいる。

 応接用の席には3人のスーツ姿の人物が座っていた。

 うち2人は役人風の男性。

 そしてもう1人は、金髪の白人女性であった。

 

 珠樹達が入って来たのを確認すると、豊彦が口を開く。

 

「ああ、2人ともよく来てくれた。皆さん、紹介します。彼らが例の少年を担当している弁護士の野々宮と私の倅の恭一郎です。野々宮君、此方の方々は外務省の鴨井さんと、法務省の宇川さん。そして彼女が…」

 

「はじめましテ。California state police(カリフォルニア州警察)のパトリシア・オブライエン捜査官です。」

 

 白人の女性は豊彦が紹介するよりも先に立ち上がると、珠樹達に向かって自己紹介し笑顔で右手を差し出す。

 珠樹は驚きながらもその手を握った。

 

「初めまして、野々宮珠樹です。日本語お上手ですね。」

 

「以前ロサンゼルス市警殺人課に居た時に、警視庁から来た研修生のワーキングパートナーをしてたんデス。日本語は彼から。今回私が日本に派遣されたのも、日本語が堪能だからデス。」

 

「なるほど。それでカリフォルニアの警察の方が、外務省と法務省を引き連れてどの様な御用なんでしょうか?」

 

 珍しく警戒心を顕にして珠樹が尋ねると、パトリシアは朗らかな笑みを消して簡潔に用件を告げた。

 

「私の目的はただ一つ。コウイチロウ・サエキを、アメリカに連行する事です。」

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