殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
本作、及び原作のこのエピソードのメイントリックは、推理作家島田荘司氏の代表作『占星術殺人事件』のトリックが使われています。
その事をご承知の上、本作をお読みください。
なぜ六角村に行く羽目になったのか?
東京都千代田区丸の内。駅から程近いオフィスビルのワンフロアに『古舘法律事務所』は存在する。
設立は戦後まもなく。『古舘恭三』という人物によりその長い歴史をスタートした。
現在の所長は2代目であり、恭三の養子に当たる。
名を『古舘豊彦』と言い、彼の父も弁護士であり恭三とは師弟関係にあった。
しかし、豊彦が赤子であった時に父親はとある事件に巻き込まれ急死してしまう。
当時はまだまだ母と乳飲み子だけで生きていくには世情は厳しく、話し合いの末に豊彦は父の師であった恭三の元に引き取られたのであった。
こうして恭三の養子になった『古舘豊彦』は、養夫婦の手厚い保護のもとスクスクと成長し、やがて実父や養父と同じ法律家の道を志した。
大学在学中に司法試験を見事突破。
卒業後弁護士資格を取得し父の事務所に入ってキャリアを積むと、養父の勧めもあり30代後半にアメリカに留学し現地でも弁護士資格を取得するに至る。
帰国後は高齢のため引退する養父に代わって事務所の代表に就任。
国際弁護士としての一面を持ち海外の法律事情にも詳しい豊彦は海外市場に進出する企業から重宝され、父から受け継いだ事務所をさらに発展させる。
現在、古舘法律事務所は所属弁護士50名以上を抱える準大手事務所となっている。
顧客には企業が多いものの、豊彦の方針もあり刑事事件の弁護も積極的に受け、法曹界に少なくない影響力を持っていた。
そんな『古舘法律事務所』のオフィスで、眉間に眉を寄せ書類を睨み付ける青年がいた。
座っていても分かるガタイの大きさはアメフト選手を彷彿とさせるが、日本人にしては色素の薄い肌色は体格とは反比例の繊細さを醸し出している。
加えて明るい髪色と蒼色を帯びた瞳の色が、彼の血に異国の流れが含まれている事を物語っている。
そんな大男が気難しげに唸っていれば周囲から浮きそうなものだが、周りにいる職員は皆青年には目もくれず各々の職務に専念している。
時折年配のベテランがチラリと目をやるが、その視線に一向に気付かず書類を睨め付ける青年を確かめると苦笑を浮かべて再び自分の仕事に戻って行った。
そんな中、青年の背後に近づいた人影がポンッと大きな背中を叩いた。
「おっす!若先生どうしたの、そんなしかめっ面して?」
「若先生と呼ぶのはやめて下さい、ってお願いしませんでしたっけ?野々宮先生。」
「あら、じゃあ昔みたいに『マーくん』って呼んだ方が良かった?」
「…その呼び方をするなら、小学生の頃のあだ名で呼びますよ。たしかタマキn―」
「ちょっとそれはセクハラでしょ!」
何やら不穏な言葉を口にしようとした青年の口を、古舘法律事務所所属弁護士である野々宮珠樹は慌てて塞ぐ。
「要するに僕が言いたいのは、人の名前を面白半分で弄るんじゃないってことです。親しき仲にも礼儀ありって言いますしね。」
「ほんと可愛くないわねぇ。私の事をマキちゃんって呼んでくれた優しいマー君はどこに行ったのかしら。」
「そのセリフ、もう10年以上も言ってるからいい加減諦めて下さい。」
大げさに嘆くフリを見せる珠樹に青年こと『古舘・マーカス・恭一郎』は素っ気なく答える。
名前からも分かる通り、恭一郎は古舘法律事務所の2代目所長である古舘豊彦の息子である。
将来的には彼が3代目として事務所を継ぐと目されており、そのため事務所の一部の職員からは『若先生』と呼ばれている。
ただし、本人は生真面目な性格からそう呼ばれるのを好んでいない。
気易い遣り取りからも分かる通り、珠樹と恭一郎は古馴染み。それこそ恭一郎にとっては物心つく前からの幼馴染でもある。
珠樹の祖父は信州の資産家の生まれであるが、とある出来事をきっかけに妻と共に地元を出て東京で再出発をすることになった。
その時、土地に馴染みのない夫妻に色々と手を貸したのが、祖父の実家の顧問弁護士を務めていた古舘恭三、すなわち恭一郎の祖父であった。
また珠樹の父が産まれると年が近かった豊彦とも友人となり、両家の間には家族ぐるみの付き合いが出来た。
両家の関りは孫世代になっても変わらず、珠樹が父の友人の事務所に就職したのもその伝手である。
「まあそれは良いとして、さっきから何考え込んでんの?難しい案件でもあった?」
「難しいというよりかは、このままで良いのかって悩んでる事があるんです。担当してる刑事事件なんですけど、この前判決が出たんです。」
「判決の内容が気にくわなかったの?」
「言い方。まあ、あながち間違いじゃないですけど。」
「ふーん。ちょっと見させてもらっていい?」
そう言いながらも返事も聞かずに書類に手を着けた珠樹へ恭一郎が抗議の声を上げようとするも、真剣な面持ちで紙面に目を通す幼馴染みの姿に諦めた様子で溜め息を吐く。
「………なるほど。娘を殺された父親が犯人を刺殺した件ね。殺人罪で懲役8年ってところだけ見ると割りと妥当、むしろ情状要件なんかを考えると少し厳しめな判決かしら。」
事件の概要を確かめるように呟くと、珠樹は恭一郎の方へ目を向ける。
「恭一郎先生は殺人罪ではなく傷害致死罪の適用を求めたみたいだけど、その根拠はあるの?」
「被告人は事件があった日、警察から呼び出されて現場となった校舎にいた。そこで学内で発生した連続殺人事件の真相を解き明かす実証に立ち会ったそうなんですが、その時明らかにされた真犯人が自分の娘を殺した犯人だと初めて知らされました。ところが犯人の口から被害者達に責任転嫁させるような言葉が出たので、カッとなって持っていたナイフで刺殺したんです。」
事件現場の状況について恭一郎は簡潔に説明し、一旦言葉を切る。
「被告人がナイフを持っていた理由は、犯人がシラを切るなら脅すつもりだったからです。集められた時点では誰が犯人なのか被告人も知らず、明確な殺意も持っていなかったと判断できます。その上で計画性は皆無であり、激情による犯行で正常な判断能力を失っていた精神状態だったといえます。以上のことから殺意の立証は満たしておらず、傷害致死罪の適用が妥当だと主張しました。」
「うん。その主張は間違いじゃないわね。最終的にはナイフを用意した時点で殺意は存在したという検察の主張が認められた形だけど、恭一郎先生の主張に傾く可能性は十分にあったと思う。ただやっぱり情状要件があるにしては少し判決が重いようにも感じるけど、その辺りはどう考えてるの?」
「検察が被告人尋問で被害者に対して申し訳ない気持ちはあるか、って聞かれた時に「全く思わない。殺しても殺し足りない」って答えたんです。殺意の認定に関しちゃ、多分この発言の方が大きかったと思います。」
「あちゃあ、検察も意地悪な質問するわね。子供を殺された親の気持ちに沿うならその発言も当然でしょうに。」
「いや、でも想定できたはずの質問です。そこをキチンと考慮しなかった俺の手抜かりです。」
もし最初から検察からの被告人尋問を想定し、それに対する対応を依頼者である被告人と詰めていたら、裁判官の心証ももっと違っていただろうにと、恭一郎は悔しそうに拳を握る。
「確かにそこは恭一郎先生の反省点だけど、質問に対する答えは依頼者の嘘偽り無き本心であり、犯罪被害者の無念の声よ。それを否定することは出来ないわ。」
唇を噛む恭一郎に珠樹は真に迫った表情で指摘する。
「何より大切なのは、弁護士が判決に不服を覚えても、最終的に控訴するかどうかを決めるのは依頼者の権利ということ。そこは確認したの?」
「…依頼者は今回の判決に対してなんの不満も述べていません。むしろ「自分はアイツと違いしっかりと罰を受けるつもりです。」と、判決を受け入れる姿勢を見せています。」
「なら私達が出来ることは限られてるわね。もちろん控訴期限が来るまでに心変わりする事はあるし、不当判決だと思うのなら依頼者を説得して控訴に持っていくのも弁護士の仕事よ。だけど、依頼者の意思を無視した自分本意の行動で依頼者の信頼を失うのだけはダメ。わかった?」
「…ハイ。心掛けておきます。」
幼馴染みとしてではなく、先輩弁護士としての珠樹の忠告に恭一郎は素直に頷く。
普段から年下の恭一郎に馴れ馴れしく接することの多い珠樹だが、弁護士として若いながらも実績を積み、事務所では若手のエース格と見られている。
恭一郎も弁護士としての珠樹を素直に尊敬しており、後輩としてその姿勢を近くで見習っていた。
「野々宮先生、恭一郎先生、よろしいでしょうか?」
そんな2人の話が一段落したのを見計らってか、事務員の女性が2人に声を掛ける。
「うん、大丈夫だけど、どうかした?」
「所長先生が野々宮先生に所長室まで来て欲しいとの事です。」
「所長が?なんだろ。恭一郎先生知ってる?」
「いや、俺は何も。」
顔を見合せ互いに?を浮かべる2人だったが、ともかく行ってみないと分からないと、共だって所長室に向かう。
職員達が働くオフィススペースを抜けた先、フロアの一番奥にある扉の前に立ち、珠樹がノックをする。
中から「どうぞ」という声が聞こえると、「失礼します」と一声掛け扉を開いた。
部屋に入ると、口髭を生やした恰幅の良い男性がニコニコとした笑顔で2人を迎え入れた。
「おおっ、来たか。悪いね。忙しいところを呼び立てて。」
「いえ、そんな。所長がお呼びとあれば、何時だろうか何処だろうか駆けつけますよ。」
「はははっ。相変わらず嬉しい事を言ってくれるね。マキちゃん。」
珠樹の軽口に豊彦は楽しげに顔を綻ばせる。
反対に恭一郎はムッスリとした顔で肉親を見た。
「所長、一応ここは職場ですよ。プライベートとは分けて下さい。」
「固いなぁ、おまえは。まぁいいや。2人ともそこに座って。貰い物だけど美味しいお菓子もあるから。」
豊彦は部屋の中央にある応対用のソファに2人を座らせると、内線でお茶を持ってくるように指示して対面側のソファに座った。
程なく2人を呼びに来た事務員が3人分の湯飲みを持ってくると、ソファの前の机に湯飲みを置いて部屋を出ていく。
豊彦は自分の湯飲みを啜り口を湿らせてから話を始めた。
「さて、2人は時田十三氏という人物を知っているかな?」
「時田十三氏?」
「確かうちの事務所の顧客の1人でしたっけ?」
珠樹が首を捻る傍らで恭一郎が記憶の片隅にあった情報を口にすると、豊彦は満足そうに頷いた。
「うん。時田氏は青森県の資産家なんだが東京に所有する資産の管理をうちに依頼していてな。決して太い付き合いではないが、かれこれ20年以上細々と贔屓にして貰ってる。ただ、つい最近その時田氏とトラブってしまってねぇ。」
「はあ、トラブルというと?」
「時田氏の御息女、若葉さんというお嬢さんなんだが、彼女は親元を離れ東京の高校に通っていたんだ。時田氏は娘さんの東京での後見もうちに依頼しててね。ところが、先日その若葉さんが不純異性交遊をしているのが発覚してね。」
「ウゲェ!」
「しかも相手は通っている高校の教師。」
「ウゲゲェッ!!」
「2人がラブホテルから出てくるところをパシャリと撮られたらしい。」
「ウゲェッー!!!」
「いや何ですかそのリアクション。でも、東京にやった娘がそんな事をしてたんじゃ、時田氏はかなり立腹したんじゃないですか?」
珠樹にツッコミを入れつつ恭一郎が確かめると、豊彦は困ったように眉を下げた。
「そうなんだよ。問答無用で娘さんを実家に連れ帰っちゃってさ。うちに対しても『信頼して任せてたのに何を見てたんですか!』だって。いやうちは財産管理が主で娘さんのプライベートまでは範疇外なんだけどねぇ。」
「それ、時田氏には伝えたんですか?」
「言えるわけ無いだろ!一応相手はお客様だよ。まぁ、それを抜きにしても20年以上付き合いのある御方だ。今回のところは此方が頭を下げて丸く収めるのが良いだろう。そこでだ、珠樹先生、恭一郎先生、2人で時田氏の所に行って謝ってきて欲しいんだ。」
「ええっ!?僕たちがですか!」
「そう。」
「青森まで行って?」
「そうだ。あっ、もちろん出張扱いだから諸費用の心配はしなくていいぞ。領収書だけ貰ってきてくれ。」
父でもある所長の指令に恭一郎は唖然とする。
いくら相手が怒っているとはいえ、わざわざ遠く離れた東北の端まで謝りにいくなど、正直言ってごめんこうむる。
その事をハッキリと豊彦に伝えようとしたところ、黙ってお茶を飲んでいた珠樹が口を開いた。
「所長、もしかして時田氏って、なにかヤバい事やってます?」
その問いに豊彦はニンマリと口端を吊り上げた。
「流石マキちゃん。察しが良くて助かるよ。時田氏が昔からの顧客である事はさっきも言ったけど、実はその頃から不透明な金の流れがあったんだ。まあこの仕事をしてたら隠し財産や税金逃れは珍しい事じゃないし、余程の事じゃない限り職務上知り得た秘密は漏らさないのが業界の鉄則だ。だが、最近警察筋でイヤな噂を耳にしてね。」
そう言うと豊彦は声を潜めて珠樹達の方へ顔を近づける。
それにならって珠樹と恭一郎も身を乗り出した。
「……東北各県や北海道で出回っている違法薬物。長いこと朝鮮半島やロシアを経由して持ち込まれていたと思われていたが、日本国内、それも東北地方で製造されたとおぼしき物がかなりあるらしい。」
「…まさか時田氏がそれに関わっているんですか!?」
「それはまだ分からん。ただ、時田氏が家業とは別に資金源を持っているのは間違いない。もし今後警察や厚生労働省のマトリが大規模な取り締まりを行い時田氏の関与があった場合、長い付き合いのあるうちにも捜査員が来るかもしれん。そうでなくても、要らぬ噂を立てられたり下衆な勘繰りをする輩は出るだろう。」
「なるほど。つまり謝罪に行くというのは表向きの名目で、時田氏に探りを入れて違法薬物との関わりを明らかにするのが主題だと。」
「そう言うことだ。無論、時田氏に後ろ暗いモノが無ければそれに越したことはないが、何かあった時その背後を知っているのと知らないとでは出来る対応が変わってくるからね。」
「分かりました。恭一郎先生、私は行ってみようと思いますけど、先生はどうします?」
「正直弁護士の職分を越える仕事だと思います。そういうのは探偵にでも依頼するのが筋かと。ただ、下手に部外者を関わらせて事が大きくなる可能性も考えるなら、ある程度下調べをしておくのも悪くないかと。」
「決まりだな。出張期間は明日から3日間。引き継ぎの仕事はこっちで調整するから今日はもう上がって明日の準備をしてくれ。はい、飛行機のチケット。それと時田氏に関する情報をまとめた資料だ。移動中にでも読んどいてくれ。」
「随分と準備が良いですね。」
父親の用意周到さに多少呆れながらも、恭一郎は資料に付されている2枚の写真へ目を向ける。
1つは人の良さそうな中年男性。もう1つは深窓の令嬢を思わせる、おしとやかな雰囲気の少女である。
恭一郎は写真の中の少女の、空虚な瞳に言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。
あるいはそれは、これから起こる恐ろしい事件の前触れを感じていたのかもしれない。
自分達に流れる血の因縁を引き寄せる事件の…