殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
万代鈴江は戦後最大のスターとも称された女優である。
昭和期から子役としてキャリアをスタートし、その人生の大半を芸能界に身を置いてきた生粋の芸能人だ。
嘗ては映画やテレビを中心に活動していたが、今では自身が劇団長を務める舞台演劇のみに活動を絞り世間への露出は限られている。
それでも熱心なファンは多く、万代鈴江は間違いなく銀幕のスターだった。
と、ここまでが万代の表の顔。
その本性は醜い強欲な心を女優の仮面で隠した犯罪者だ。
野々宮先輩が予想したように万代は『赤髭のサンタクロース』の常連客であり、自身も使用する傍ら購入した麻薬を演出家の虹川と共に劇団内に流通させ小金を稼ぐ麻薬の売人の一面を持っている。
それどころか、麻薬の売買を巡るトラブルから虹川と共謀し『赤髭のサンタクロース』を殺害し、奴の持つ麻薬の販売ルートを乗っ取ろうと企んでいた。
幸いというべきか、『赤髭のサンタクロース』は自身の流通ルートや麻薬の保管先を巧妙に隠していたお陰で万代達の企みは道半ばで潰えた。
しかし、万代と虹川は私の正体に気が付くと警察が押収した麻薬を自分達に横流しするように要求してきた。
そんなこと絶対に許してはいけない。
私はそう決意すると、万代と虹川を殺害する計画を練り上げたのだった。
そんな万代が、今晩推理劇を上演する予定の『異人館ホテル』に到着した。
相変わらず見た目だけは豪奢な成金スタイルだ。
熱心な舞台演劇ファンならいざ知らず、世間一般ではほぼ忘れ去られた過去の人なのに何時までスター気取りなんだか。
さて、ここで私が計画した万代、虹川の殺害計画について説明しておくわね。
まず最初に、この後すぐホテルに到着した万代の下にファンからのプレゼントが送られる。
それを万代が開けると、中からは猫の生首が!
これは私が前もって用意した物よ。
当然現場には悲鳴が響き渡るわ。
それとほぼ同時に、劇団員の控室が何者かに滅茶苦茶に荒らされていると知らせが届くわ。
もちろんこれも私がやった事。
これがエリートの荒らし方よ!とばかりに衣装やら小道具を散らかしまくり、壁には赤い塗料で「我が忠告に従わぬ者 必ずや後悔するであろう 赤髭のサンタクロース」と書き殴ってやったわ。
混乱した現場の人間は、皆一斉に控室に向かうでしょうね。
その隙に私は万代の台本に書き込む。
「中央のグラスを取る」と。
えっ?なんで私がネタバレ厳禁な推理劇の中身を知っているかですって?
そんなの知ってるものは知ってるんだから仕方ないじゃない!
ともかく、これで万代は毒入りグラスを取る。
そして万代の性格上「ここで引き下がったら犯人の思うつぼじゃない!」とか言って劇は続行されるに違いないわ。
私はすかさず、舞台やその周辺に警官を配備するように通告する。
これで私が舞台袖に居ても誰も怪しまない。毒をワインに入れるチャンスを得るというわけ。
ついでに万が一、万代が毒を飲まずに死ななかった時の為にトリカブトの毒を仕込んだ本物の剣を小道具の剣とすり替えておく。
台本では終盤に万代の役が剣で刺されるシーンがあるから、これで確実に万代は殺せるわ。
え?なんでそんなすり替えても気付かれないほど精密に模倣した本物の剣を用意できたかですって?
死ぬ気で頑張ったからに決まってるでしょうが!
人間死ぬ気でやれば薬物依存にだって勝てるし、生活費を稼ぎながら1年で東大にだって合格できるし、見た目から重量まで寸分小道具と違わぬ本物の剣だって用意できるのよ!
とにかくこれで、万代は殺せるわ。
次に虹川。
こちらはまず『赤髭のサンタクロース』を名乗って315号室に電話を掛け、部屋にいる先輩を外に呼び出す。
その隙に今度は虹川を315号室に呼び出し殺害。あえて虹川の爪の間に私の皮膚片を残しておく。
その後部屋に戻って来た先輩を薬で眠らせ、部屋に鍵を掛けてその場を後にする。
そして自分の部屋に戻ると、部屋の電灯に赤いセロファンを張り深夜0時を過ぎたのを見計らいホテルの外で張り込みをしている警官に『赤髭のサンタクロース』を名乗って電話を掛ける。
そのタイミングで部屋の電灯を点けると、赤い光が部屋を包みあたかも『赤髭のサンタクロース』が315号室に居ると思わせる事が出来るというわけ。
警官が部屋に辿り着くと、鍵の掛かった部屋には眠った先輩と虹川の死体が。
このホテルはカードキーを使用してるけど、午前0時を過ぎるとそれまでのカードキーがリセットされ使えなくなる。
つまり現場は密室になるという事。
私はそれを理由に先輩を逮捕し、警備を一旦解除する。
そうして出来た警備の穴を利用し、316号室で花江を毒殺。
偽装した遺書と部屋に取り付けられた抜け穴、そして双子ゆえに適合する虹川の爪の間の皮膚片のDNA鑑定で全ての罪を花江に擦り付け、最後は自らの手で事件を解決。
私の正体を知る者はこの世から居なくなる。
これが『不破警視の事件簿』の全容よ!
………なんて格好つけてみたけど、改めて計画を見直すと不安になってくる。
なんてったって、あの野々宮先輩がいるのよ。
それだけで犯行難易度は間違いなく激ムズになるんだから。
というか善良さが服を着て歩いてるような先輩を事件に巻き込み、あまつさえ容疑者として一時的に逮捕しなければならないなんて、罪悪感で精神がガリガリ削られそうよ。
これが金田一とかいうガキだったら、こんな思いはしなかったのに…
だけどこうなった以上は仕方がない。
先輩には申し訳ないが、計画通り先輩には1度容疑者になってもらい、速攻で花江を殺して先輩の疑いを晴らす。
そして先輩には全力で土下座する!
そう私が決意を新たにしていると、『文月花蓮』の名で役者をしている花江が台本を万代に手渡し、さらにフロントに届けられたという万代宛のプレゼントを持って来た。
「困るわぁ、ファンのプレゼント攻めで。」
とか言いながら満更でもない様子で万代がプレゼントを開けるが、中から出て来たのは猫の生首。
堪らず万代が悲鳴を上げる。
「大変です!」
すると今度は慌てた様子のカー〇ルが現れる。
「こ、今夜の劇の控室が!」
よしっ!ナイスタイミングよカーネ〇!
控室が荒らされたと知らされた出演者たちは大慌てで部屋から出ていき控室の様子を確認しに行った。
この隙に万代の台本に書き込みをっ!
「ひどい…なんて事を…」
と思ったら先輩が残ってるぅ~!!!
なんでよりによって貴方が残っちゃうんですか!他の人だったら現場指揮官の権力で無理矢理部屋から出て行かせる事も出来たのに!
そんな風に地団駄を踏んでいると、先輩は優しい手つきで床に落ちた猫の首を拾い上げ、丁寧に元の箱に戻すとそっと手を合わせた。
暫しの間、無言で猫の死骸に祈りを捧げた先輩は、悲しい目をして箱を手に持つと私に近づく。
「ごめんねフワちゃん、私の指紋も着いちゃったかも。でもこの子の事をあのままにしておく訳にはいかなくて。」
「あっ、いや、そんなこと気にしないで下さい。鑑識には私から伝えておきます。」
「ありがと。でも、どうしてこんな事が出来るんだろう?いくら脅しの為だからって、何の罪もないこの子の命まで奪うなんて…」
そう話す先輩の手は震え、目元には涙が溜まっていた。
…そういえば先輩は猫派だったぁ。
先輩の涙を見ていると途轍もない罪悪感に襲われる。ごめんなさいごめんなさい。先輩を悲しませるつもりなんてなかったんです!
「…先輩、此方に付いては警察でお預かりします。だから、そのぅ。」
「ああ、ごめんなさい。控室で何かあったみたいね。私達も行きましょう。」
「ええ………え?」
この人、一緒に控室に行こうって言った?
「どうしたのフワちゃん?この子は外で警備している警察に任せて控室に行きましょう。」
「え、ええと、まあ、そうなんですけど…」
「あっ!もしかして現場保存とか必要だった?確かにそれもそうね。うん!すぐに俵田刑事に頼んで応援の警官を呼ばないと。」
そう言うと先輩は俵田刑事に携帯で連絡を取り現場保存の応援を呼んだ。
ちょっと待って下さい先輩!まだ書き込みが。台本への書き込みがぁ~!
「うん。これでOK!よし、じゃあ私達も行きましょうか!」
「あ、いや、先輩、私は後から…」
「ん?何かする事でもあった?」
心底不思議そうに先輩が尋ねてくる。
必死に頭を回転させるが適当な言い訳が思いつかない!
そうしている間に俵田が寄越した警官が到着する。
終わった…完全に詰みだ……。
「ほら!フワちゃん早くいかないと!」
「ハイ。イカセテイタダキマス…」
私は半ば放心状態のまま、先輩に急かされて部屋を後にする。
何の書き込みもされていない台本を置いたまま…
こうして私の殺人計画は、初っ端から計画変更を余儀なくされた…
控室が荒らされたことに騒然とする面々。
俵田は劇を中止する事を進言するが、万代はそれを拒否し公演を強行する事を主張した。
「分かりました。劇は予定通り上演してください。」
私はそれを認め、代わりに舞台周辺に警備の警察を配備させることを承諾させた。
第1の計画は破綻したけれど、まだ予備案であるトリカブト付きの剣が残っている。
大丈夫大丈夫。まだすべての計画が破綻したわけでは無い。
私は必死に自分に言い聞かせ、何とか平静を装った。
その後万代たちは本番に向けて台本を手に持っての立ち稽古を始めた。
私は立場上その稽古に立ち会っているけど、金田一やその取り巻き、そして野々宮先輩も見学に来ていた。
稽古は第1幕のラストシーン、ピエロ役の榎戸が毒の入ったワインを飲んで死亡する場面に差し掛かる。
私の当初の計画では万代の台本には『中央のグラスを取る』と書き込みがされており、それに従って万代は毒入りのグラスを取る筈だったのだが、それは出来なくなってしまった。
「私を撮るんじゃない!」
何とも虚しい気持ちを抱えながら稽古を眺めていると、突然万代が後ろを振り向き背後からビデオカメラで撮影していた佐木という少年の手からカメラを叩き落す。
あーあ、ずいぶん必死になっちゃって。
一部では年老いて醜くなった姿をスクリーンで写されたくないから舞台に専念するようになったと言われてるけど、本当はシャブの影響をモロに受けた画像を撮られたくないからでしょ。
どんなに化粧で誤魔化しても、白黒にして陰影をハッキリさせたらシャブ中毒者特有の醜い容姿が顕になる。
それを恐れての事だ。
万代もシャブになんか手を出さずに女優業に専念していたら、もしかしたら今でもテレビや映画で大活躍していたかもしれないのに。
やっぱりシャブはダメね。どんなことがあってもシャブに手を出すなんてしちゃダメよ!
ダメ!ゼッタイ!
ていうかあの眼鏡の子、こんなピリピリしたムードの中でよく無遠慮にカメラなんて回せるわね。
あれがZ世代っていうもんなのかし………ちょっと待って。あの子万代の背後からカメラで撮ってたわね?
もし万代の台本に書き込みをしていたら重大な証拠が残されていた事になるわ!
あっぶな!なんてギリギリなのかしら!
下手すれば証拠隠滅のためにもう一人殺さなくちゃいけないところだったわ。
災い転じて福となるじゃないけど、こうなってくると書き込みが出来なかったのは良かったのかもしれないわ。
あとは、隙を見てトリカブトを塗った本物の剣を劇の小道具とすり替えておけば…
「あれ?劇で使う剣の装飾になんか疵みたいなのが着いてますけど大丈夫なんですか?」
「ああ、舞台上の小道具には照明の光が反射しないように加工がされているんです。宝石なんかの飾りつけや金属製のものには表面に鑢掛けとかして。」
「へー、そうなんだ。初めて知ったわぁ。」
………え?いま先輩と七瀬とかいう子が聞き捨てならない話をしていたんだけど。
私が用意した本物の剣は小道具と寸分違わぬよう作ったけれど、装飾の鑢掛けなんかしていない。
って事は上演中に光が反射したら気付かれるし、それ以前に劇団の人間が違和感に気が付くかもしれない。
…………
マズいマズいマズいマズい!
ここにきてとんでもないミスが明らかになってしまったわ!
どうする?どうするの私!?
いまから鑢掛けをする!?いや、そんな時間は無い!というか鑢なんて用意していないし、する場所も確保できていない!
じゃあこのまま続行する!?気が付かない可能性にワンチャン掛ける!?
ぶっちゃけアリとは思うけど、先輩さえいなければイケると思うけどっ!
立ち稽古の段階で小道具の瑕にさえ気付く先輩が、舞台上での違和感に気が付かないとは思えない。
そうなったらその後どうなるかが予想がつかない。
そう思考が固まった時、私は決心した。
これ今日はムリだわ。先輩を前にこのまま計画を続行するのは危険すぎる。
正直未練はある。
あの本物の剣だって、足が着かないように相当慎重に調達した。費用だって100万以上掛かっている。
それと殺害計画を立ててこのホテルを下見したのは3か月前。
まだ9月で残暑が厳しく、身元が分からないように全身厚着をして顔が分からないように包帯でグルグル巻きにしていたから滅茶苦茶暑かった。
最近は北海道だって平気で35℃近くになる驚異の猛暑。
あの時は危うく熱中症になるところだったわねぇ…
それらの苦労を思えば本当に、本当に苦渋の決断だが、今日のところは諦めるしかない。
斯くして『ミステリーナイト ナルシスの鏡』の1日目は、劇団員の控え室が荒らされた事以外は何事もなく進み、無事にその日の公演を終了することが出来たのだった。
「………疲れた。」
そう独り言を呟くと、私は倒れるようにベッドに横たわった。
刑事になってから徹夜の1日や2日は当たり前にやってきたけど、今日1日はそれとは別種の疲れがあった。主に精神面への。
柔らかな感触に身を委ねながら、明日の計画に思考を巡らす。
明日はもうなんか適当に万代を殺そう。
そして虹川は当初の予定どおり先輩の部屋で殺して、最後に花江を殺す。
よくよく考えてみれば舞台上で万代を殺すなんて凝った真似をする必要なんてなかったわね。
最初からこうしてれば変に気を病む必要も、ボーナスを全て費やし本物の剣を用意する必要も無かったのに。
ああ、不味い。なんかダメな方にネガティブになってる。
どうやら本格的に疲れているみたいね。
化粧も落としてなければ着替えもしてないけど、今日はこのまま眠りに落ちて…
そんな風にウトウトしていたら、不意にノックの音が耳に届く。
一瞬シカトしてやろうかとも思ったがそうもいかず、重たい身体を引き起こすとドアの前に立つ。
「はい。誰ですか?」
「あ、ごめんフワちゃん、寝てた?」
「先輩?」
不機嫌を隠さず素性を尋ねると、ドア越しに野々宮先輩の声が聞こえる。
ドアを開くと、そこにはビニール袋を手にした先輩がいた。
袋からは仄かに香ばしい香りがしている。
「どうしたんですか、こんな時間に?」
「いやぁ、フワちゃん今日1日凄く忙しかったでしょ?もしかしたら夕御飯食べて無いんじゃないかって。色々積もる話もあったし、少し話せないかなって。」
「え、ええと、お気遣いはありがたいですが…」
差し入れは無用だと続けようとした私だったが、途端に腹からグゥ~という間の抜けた音がする。
私が気まずげに顔を反らすと、耐えられぬ様子で先輩が吹き出す。
「へへへ!口ではそう言うが体は正直だな!」
「どこのサオ役ですか。ああ、もう良いです。部屋に入って下さい。」
「ありがとう。でも本当に良かったの?捜査資料とか置いてない?」
「ここまで来といて今更そんな事いわないで下さい。それに今日は少し酔いたい気分なんです。」
ビニール袋の中にある缶ビールを指差しながら言うと、先輩は少し驚いた様子を見せる。
「へー、珍しい。まあ良いわ。私もそのつもりで来たんだし。」
ルンルン♪という擬音が聞こえてきそうな足取りで私の横を通りすぎると、部屋の机に料理と飲み物を並べていく。
…どうせ今日はもう事件が起きる事はない。
だったらせめて今日1日の疲れを癒すくらいリラックスする時間を過ごしても良いだろうと思い、私はドアを閉めた。