殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

26 / 32
お久しぶりです。
非常に難産な章でしたが何とか完成出来ました。

今更ですが、本作は現代基準で構成されています。
なので原作の連載当時に無かった法律や文化、テクノロジーは当然出てきますので、ある意味現代風リメイクとして読んでください。原作開始が34年前とか嘘だろ…


四ノ倉学園イジメ死亡事件
なぜ学園は訴えを起こしたのか?


 古舘法律事務所の大会議室、そこには現在、総勢30人近い弁護士が詰めていた。

 

 彼らの目線の先にはプロジェクターで映された画面と、その前に立つ事務所所長、古舘豊彦の姿があった。

 

「みんな、忙しい中集まってくれてありがとう。今回わざわざ皆を召集したのは他でもない。久々の大型案件が舞い込んだんだ。」

 

 そう語る豊彦の口調には、いつもと同じように朗らかで気楽な様子を漂湧せている。

 ただ一つ、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。

 

「簡単に状況を説明しようかな。先日うち事務所にネット上の炎上に関する相談があったんだ。飲食店を経営する依頼主の店が、レビューサイトで根も葉もない噂を書き込まれ、コメント欄が荒らされているそうだ。それに伴い店には悪戯や誹謗中傷の電話が相次ぎ、業務に多大な影響を与えていた。」

 

 画面にレビューサイトから抜粋されたコメントが映される。

 見るに耐えない罵詈雑言の嵐だった。

 

「当初はプロバイダーを通じて該当コメントを削除するよう要求したんだけどね、そこである事実が判明した。この炎上のきっかけとなったコメントを書き込んだユーザーなんだが、以前介護施設で虐待行為が起きていると掲示板サイトにスレッドを立て、当該施設のホームページを閉鎖に追い込んだ人物と同一人物であることが分かったんだ。」

 

 豊彦の説明に合わせ画面が切り替わり、神経質そうな眼鏡の男が映し出された。

 

「この男性の名前は鯖木海人。職業無職。これまでに確認されただけで64件の炎上案件の関与が疑われている。そのほとんどが些細な出来事を誇張して騒ぎ立てたり、事実無根の批判で店舗や個人を炎上に追い込むというものだが、既に何軒もの店舗が炎上により閉店に追い込まれ、自殺者も生まれている。」

 

 予想以上の事態の深刻さに集まった弁護士達の表情が固くなる。

 これ以上、この鯖木という男の暴走を許してはいけない、という気持ちが一致した。

 

「鯖木氏の行動は意図的に炎上を煽り店舗・個人に危害を加えるものだ。被害者の数、その被害内容からいっても、とてもじゃないが看過できない。既にいくつかの被害については確認が取れ、正式な依頼として引き受けている。僕たちがやるべきは被害実態の把握と意図的炎上の証明。最終目標は被害者を纏め鯖木氏を集団告訴し賠償請求を行うことだ。」

 

 一度言葉を切ると、豊彦は部屋に詰めた弁護士達の顔を見渡す。

 

「被害者の数が膨大である以上、長期的な訴訟問題になる事は避けられない。加えてうちの事務所だけでは人手が足りないことが予想される。よって複数の事務所に伺いを立て、合同でこの案件に対処する事になったんだ。」 

 

 豊彦はそう言うと、集まった面々に向かって深々と頭を下げる。

 

「私が君たちに言える事はただ一つだ。1人でも多くの被害者を救済するために、皆の力を貸して欲しい。」

 

「「「「「おうっ!」」」」」

 

 弁護士達は一斉に立ち上がると、気合いの入った掛け声で応じる。

 ここにいる全ての弁護士が使命感に燃えていた。

 

 理不尽に苦しむ人々を救わなければならない。

 法を持って世に正義を問わねばならない。

 

 そう心に誓う法の担い手たちが、救済の先兵として鬨の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 豊彦は所長付きの事務員であるハルに担当の振り分けを頼むと部屋を出ていった。

 託されたハルがテキパキとした手際で集まった人員に担当を振り分けると、彼らは気合が入った様子で自分の担当する案件に取り掛かっていく。

 

「はい、野々宮先生と若先生はこちらの案件になります。」

 

「ありがとうハルさん。さあて、早速依頼主のところに行きましょうか。」

 

「ええ、既に何人も被害者が出てるみたいですし、一刻も早く解決しましょう。」

 

 久々の大型案件だからか2人ともヤル気満々。特に恭一郎は正義感を刺激されたからか、傍目にも気が逸っているように見えた。

 そんな2人をハルは呼び止める。

 

「ああ、ちょっと待って下さい。野々宮先生たちには今回他事務所の方が同行することになっています。」

 

「他事務所の?だれ?」

 

「それは…」

 

「俺だよ。久しぶりだな。」

 

 首を傾げる2人の元に、細身の男が現れる。

 白いTシャツにジャケットを合わせ、ジーンズを履いたラフな姿はスタイルの良さも相まってモデルのようにも見えるが、ジャケットの胸元に光る弁護士バッジが彼の身分を表していた。

 そんな男の登場に、恭一郎は目を輝かせる。

 

「冬部先生!先生も今回の案件に参加されるんですか!」

 

「おう。そんで、お前たちと同じ依頼人を担当するんだ。よろしくな。」

 

「本当ですか!よろしくお願いします、冬部先生!」

 

 恭一郎にとって冬部蒼介は司法修士課程時に師事した弁護士の先輩にあたる。

 主に少年犯罪を担当し、少年少女の更生に尽力する冬部の姿は当時の恭一郎に強い影響を与えていた。

 憧れの人と共に仕事が出来る喜びを大きな体で表現する恭一郎に、冬部は苦笑いを浮かべる。

 そんな2人のやりとりを見ていた珠樹が笑顔を浮かべながら冬部に近づく。

 

「久しぶりね、冬部くん。また痩せたんじゃないの?」

 

「そうか?別にダイエットとかはしてねえんだけど。」

 

「冬部くんの場合、仕事にかまかけて食事や睡眠を平気で削るでしょ。いい加減生活リズムを改善しないと本気で体を壊すわよ。」

 

「心配すんなって。健康診断じゃ異常無しってなってるから大丈夫さ。」

 

「そう言ってられるのは若い内だけ、ってこれ以上言うのは流石にお節介ねぇ。」

 

 珠樹は頬に手をやると「はあ…」と溜息を吐く。

 珠樹にとって冬部は司法修士課程の同期である。

 当時から同業者にして友人である2人だが、珠樹は冬部がどうにも自分の事を顧みずに仕事に没頭するところがある事を昔から心配していた。

 そんな冬部の下で世話になっていた恭一郎が、冬部の事を大変尊敬している事も珠樹にとって密かな懸念の種だったりする。

 せめて仕事で無茶をするのだけはマネしないで欲しいと、自分の事を棚に上げ珠樹は願わずにはいられなかった。

 

「ところで冬部先生、僕たちが担当する依頼人って誰か知ってます?」

 

「ん?ああ。俺もさっき知ったところだ。ええと、確か…」

 

 そう言うと冬部は手元にあった資料を読み上げる。

 

「『四ノ倉学園』学長の久米裕一郎さんだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

……………

 

「そもそも俺が今回の案件に関わる事になったのは、3年前に担当した炎上騒動が切っ掛けなんだ。」

 

 四ノ倉学園へと向かう道中、冬部は愛車を運転しながら珠樹達にこれまでの経緯を語って聞かせた。

 

「当時まだ駆け出しのアイドルだった『雪原さやか』さん、彼女が中学時代にイジメを受けていた画像がインターネット掲示板『うぇぶすれっど』に上げられて炎上した事があっただろう?」

 

「ああ、そういえばそんな話もあったわね。なんかニュースサイトで見た覚えがあるわ。」

 

 雪原さやかと言えば、今では日本屈指の人気を誇るアイドルである。

 そんな彼女が本格的に人気を得る前に、決して軽くない騒動に巻き込まれた事を珠樹は思い出した。

 

「俺は雪原さんが所属する事務所と彼女をイメージガールに採用していた企業の依頼を受け、イジメ画像の削除と画像を上げたユーザー、並びに炎上を扇動したユーザーの特定に動いたんだ。今と違ってネット上での個人の特定は容易じゃなかったけど、古舘先生の助けなんかも借りて何とかユーザーを特定する事が出来たんだ。」

 

「『発信者開示請求』や『発信者情報開示命令』に関する『プロパイダ責任制限法』が改訂されたのはつい最近の事ですからね。」

 

「で、冬部くんが特定したユーザーの1人が鯖木海人だったってわけ?」

 

「ご名答。鯖木はもともと雪原さんがアイドル活動を始めた初期からのファンだったんだが、いわゆる厄介ファンという奴でな。彼女のSNSに気色の悪い粘着をしてブロックされた事を逆恨みしたんだ。そんで偶然イジメ画像がネットに上げられたのを見つけて、これ幸いにと炎上に誘導したのさ。」

 

「はあ、反転アンチの末路ってやつね。結局その件ってどうなったの?」

 

「イジメ画像をネット上に上げた雪原さんの中学時代の元クラスメイトの2人については動画を削除した上で雪原さんに正式な謝罪をしてもらったよ。2人とも当時は未成年の女子高生だったけど、個人的に色々と『お話し』させて貰ったし、親や学校にも事情は伝えたから相当堪えたみたいだったな。けど、鯖木の奴は…」

 

「屁とも思ってなかった?」

 

 冬部は苦々しい様子で頷く。

 

「まったく反省している様子は無かったし、接見中も目線を合わせず舌打ちばっかしてた。こりゃダメだと思って『今後雪原さんに関わったらより法的な処置を取る』と脅したからそれ以上粘着してくる事は無かったけど、性根が腐ってたからな。また同じような事をするだろうと思ってたが、案の定だ。」

 

「みたいねぇ、そういう人は一度シャレにならないくらい痛い目に遭わないと変わらないから。」

 

 死ななきゃ性根は変わらない、とまでは言うつもりは無いが、他人の痛みをこれっぽちも共感できない人間というのは存在する。

 資料を見る限り、この鯖木という男は典型的なその類の人間だ。

 

「それはそうと、僕たちが向かっている四ノ倉学園でしたっけ?そこって予備校なんですよね。」

 

「ああ。元は別の場所にあったんだが、10年ほど前に売却に掛けられていた現在の建物に移転したらしい。この建物が何かと曰く付きのものらしいんだが…まあその件は置いといてだ、鯖木はこの予備校もターゲットにしていたみたいだ。ほら。」

 

 冬部はハンドルを握り前方を直視したまま、後部座席の珠樹達に封筒に入った資料を手渡す。

 封筒から資料を取り出すと、そこには『うぇぶすれっど』の書き込みが切り抜かれていた。

 

「えーと何々。『悲報 首吊り学園、またも自殺者を出す 原因は講師によるイキ過ぎた指導のもよう』。見た感じ塾の職員のせいで生徒が自殺したって煽ってるみたいね。」

 

「ああ。もう既にある程度鎮火はしてるみたいだけど、いまでも日に10件くらいはイタズラ電話が掛かってきてたみたいだ。以前はその10倍以上だったとか。」

 

「10倍って…まともな業務は出来ないですよ。」

 

「だろうな。依頼主もかなりご立腹で、炎上を煽った奴は絶対に訴えてやるって息巻いてるみたいだ。ただな…」

 

「…何か気になる事でも?」

 

「…ああ。もしかすると、このスレッドの事、あながち間違いじゃないって思ってさ。」

 

「それって、どういう…」

 

「まあともかく、詳しい話は依頼人の話を聞いてからだな。ほら、着いたぞ。」

 

 車が止まり、3人は車外へと出る。

 目の前には厳めしい佇まいの歴史を感じさせる建物が聳え立っていた。

 

「予備校だって聞いてたけど、なんか予想とは全く様子が違うわね…」

 

「言っただろ。もともと売却に出ていた建物に移転したって。内装はともかく、外観は建設当初から全く変わって無いんだってさ。」

 

「…冬部先生、ここって元々なんの建物だったんですか?」

 

「俺が聞いた話じゃ、以前は結婚式場や出版社、病院に美術館が入っていたらしいが、本来は別の用途で建てられた物らしいんだ。」

 

「…いったい何なの?」

 

 珠樹の問いかけに、冬部は重苦しい口調で答える。

 

「プリズン。要は戦争犯罪者たちを収監する監獄さ。ここではかつて、収監された戦争犯罪者たちの集団自殺があったらしい。」

 

「集団自殺…」

 

「その後どれだけ持ち主が変わっても、必ず首吊り自殺するものが現れる。現在の所有者になって予備校を開いてからも、この10年で20人もの人間が首を括ってるそうだ。」

 

「20人って…」

 

 あまりの数に恭一郎のみならず珠樹も絶句してしまう。

 

「そんなわけで、四ノ倉学園は別名こう呼ばれているのさ。」

 

 

 

「『首吊り学園』って。」

 

 

 

 

「首吊り学園…なるほど、冬部くんがスレッドがあながち間違いじゃないって言った理由がそれね。」

 

 悍ましい曰くを持つ灰色の建造物を見上げながら、珠樹は静かにそう呟いた。

 

「そんじゃ、早く行こうぜ。依頼人を待たせるわけにもいかないしさ。」

 

 冬部に促され3人は四ノ倉学園の門を潜る。

 入口で訪問目的を守衛に伝え、事務所への道筋を教えて貰った3人はキョロキョロと周囲の様子を観察しながら広大な敷地内を歩いて行った。

 

「それにしても、元が刑務所だけあって相当広いわね、ここ。正直予備校としては手に余る気がするけど。」

 

「それがそうでもないんだぜ。少子化で子供が減ってるにも拘らず、四ノ倉学園は毎年のように受講者が増えてる。国内トップクラスの難関校への進学率を背景にしてな。」

 

「へー、私塾とか通った事が無いから知らなかったなぁ…」

 

「そうなのか?てっきり通ってるのかと思ったけど、一度も?」

 

「うん。というか真面目に勉強してたら塾とか行く必要ある?予習して授業聞いて宿題やって復習しとけば、それで良くない?」

 

「……なあ恭一郎、お前もそうなのか?」

 

「はい、僕も珠樹先生と同じで塾には行ってませんでしたね。だいたい必要な事は教科書に書いてあるんだし、それで十分じゃないですか。」

 

 さも当然のように『真面目に勉強しとけば塾とか必要無いだろ』という顔をする2人に、冬部は複雑な表情を向ける。

 勉強を苦行に感じた事の無いこの優等生コンビが、この学園の担当になった事に冬部は僅かに不安を感じ始めていた。

 

 そんな時である。

 

「くそっ!やめろよっ!」

 

「おい!それが人にモノを頼む態度かよ!」

 

 3人の耳に争うような声が聞こえてきた。

 ただ事では無いと感じた3人が声のした方に向かって行くと、花壇の中で尻餅を着いた眼鏡の少年と、その周りを囲む3人の少年がいた。

 いったい何事かと見守る3人の前で、ひときわ体格の良い少年が足元にあったサッカーボールを蹴り飛ばし眼鏡の少年にぶつける。

「ナイスシュート!」と近くで見ていたぽっちゃり体系の少年がそれを囃し立て、少し離れたところに立っている肩まで髪を伸ばした少年がそれをニヤニヤと笑いながら携帯で動画に撮影していた。

 

「っ!?お前たちっ!何をやってるんだっ!」

 

 最初に駆け出したのは冬部だった。それに珠樹と恭一郎も続く。

 冬部は眼鏡の少年を庇う様に前に立つと、3人の少年たちを睨みつけた。

 

「は?誰、あんた?ここは部外者は立ち入り禁止だぜ。」

 

「んな事はどうでも良いんだよ!それよりもお前たち、この子にいったい何をっ!」

 

「…何って、遊んでただけだよ。なあ、宮園!」

 

 そう言って体格の良い少年は未だに座り込んでいる少年に話を振るが、少年は俯いたまま応えようとしない。

 その態度に大柄な少年は忌々し気に舌打ちをする。

 

「おい宮園、無視してんじゃ…」

 

「もういい、室井。」

 

「古谷さん!」

 

 体格の良い少年から古谷と呼ばれる長髪の少年は、冬部の前に立つと興覚めした様子を見せる。

 

「すいません。遊んでたら悪ノリが過ぎました。以後気を付けます。」

 

「悪ノリだと?とてもそうは見えなかったがな。」

 

「悪ノリですよ、悪ノリ。それとも何ですか?そうじゃないって証拠でもあるんですか?」

 

「………」

 

 言葉を返さない冬部を馬鹿にするように鼻を鳴らすと、古谷という少年は「行くぞ」と言って残りの2人を引き連れ冬部たちの前から立ち去った。

 それを冬部は悔しげな表情で見送るしかなかった。

 

 

「大丈夫?ケガは無い?」

 

 一方で珠樹は眼鏡の少年、宮園を気遣うとハンカチを渡した。

 宮園は顔についた汚れをハンカチで拭く。

 

「ありがとうございます。大丈夫です。ケガはありません。」

 

「そう。それはよかった。ねえ君、この事を学園の講師の人に…」

 

「言っても無駄ですよ。浅野先生以外、ここの講師は偏差値を上げることしか興味が無いから…」

 

「浅野先生?」

 

「とにかく、ありがとうございました。これ、お返しします。」

 

「ああ、ちょっと待って!」

 

 ハンカチを返して立ち去ろうとした宮園に、珠樹は鞄から名刺を取り出し手渡す。

 

「もし何かあったらここに連絡して。必ず君の助けになるから。」

 

 名刺を受け取った宮園は少し驚いた様子を見せるが、ぺこりとお辞儀をすると足早に3人の前から立ち去る。

 その後姿を、珠樹はジッと見つめ続けた。

 

 

 

 

 

………

 

 その後、3人は学長室に赴くと、学長である久米裕一郎と面談した。

 

「本日はどうもありがとうございます。どうぞ、こちらへ。」

 

 久米は物腰の柔らかい白髪の男性だ。

 彼は丁寧に頭を下げると3人をソファーに促す。

 

「初めまして。本学園の学長を務めております。久米です。」

 

「初めまして、弁護士の冬部蒼介です。」

 

「同じく野々宮珠樹です。」

 

「古舘恭一郎です。」

 

「わざわざ弁護士の先生に3人も来ていただき、とても感謝しています。どうにも、我が学園だけでは対処出来ない問題でして。」

 

「それは、ネットの書き込みの事ですね。」

 

 冬部が尋ねると、久米は深刻な表情で頷く。

 

「ええ。ネットではうちの講師が受講生を追い詰め自殺に追いやっていると。酷いものです。根も葉もない噂を面白半分で…」

 

「心中お察しします。では、具体的な解決としては書き込みの削除と被害賠償請求という事でよろしいでしょうか?」

 

「ええ。こちらも少なからず業務に支障が出ています。二度と同じことが起きぬよう対処すると共に、少額でも良いので悪質な書き込みをした者に賠償を請求して欲しいです。」

 

 見せしめにし同じような事をする輩が現れないように、と久米は懇願する。

 

「分かりました。今回この学園に対する誹謗中傷を煽った人間は、他でも悪質な炎上を誘導しています。四ノ倉学園様が受けた被害を含め集団告訴を行えば、恐らく警察も動くでしょう。どうか、それまでご辛抱下さい。」

 

「ありがとうございます。本当に助かります。」

 

 久米はホッとした様子で冬部に礼を言う。

 その不意を突き、珠樹がブッ込んだ。

 

「それはそうと、こちらの予備校では自殺者が続出しているというのもお聞きしてますが。」

 

 その指摘は学長室の空気を一変させた。

 久米の顔は明らかに強ばり、平静を努めようとしているのかゴクリと唾を飲み込んだのが分かった。

 

「…ええ、確かにそういった事もごく稀にありますが、続出していると言うには…」

 

「10年間で20件、実に半年に1人が学園の敷地内で自殺を図っている。これをごく稀にと表現するのは些か難しいかと。」

 

「だったらなんなんですか?貴方達の仕事に影響があるんですか?」

 

「ええ、とても。」

 

 不機嫌な様子で尋ねる久米に、珠樹は澄ました顔で答える。

 

「裁判において重要になるのは、事実の認定です。名誉毀損は例え発露された情報が本当であれ、嘘であれ、それが他者の利益を侵害をしたと認められる場合に適用されます。」

 

「…それなら、今回の場合だとなんの問題もないのでは?こっちは迷惑を被ったんですから。」

 

「迷惑とは嫌がらせの電話の事ですよね?しかしこれは炎上騒動に煽られた人物が自分達の意思で行ったものであり、炎上を煽った人物が指示したものではありません。この件について当該人物を訴えるのは難しいでしょう。」

 

「じゃあ我が校の評判を下げられた事はどうなんだ!?自殺に追い込むような授業をしていると言われウチは…」

 

「そこですよ。事実認定が大きく関わってくるのは。この予備校では過去10年間で20人もの自殺者が出ていて、既にそれは『首吊り学園』という異名が名付けられるくらいに広まっていた。しかしその一方で、受講者の数は年々増加している。つまり、この学園で自殺者が多発していたのは周知の事実。ですが、それが学園の経営に影響を及ぼした事実はなく、炎上による悪評の被害は無かった、という主張が成り立つ可能性があります。」

 

 無論、炎上により批判にさらされた講師などが精神的苦痛を受けたと主張すれば賠償を求める事も出来るであろうが、と珠樹は続ける。

 

「いずれにしろ、自殺を図った生徒の皆さんの動機が、学園による指導の影響によるものでは無かった、と証明するのは重要でしょう。なのでよろしければ、自殺を図った生徒さんの情報なんかを見せて貰いたいんですけど、どうですか?」

 

 珠樹は敵意の無い穏やかな笑みを浮かべながら、久米に対して提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前なぁ、やってくれたな。」

 

 学長室を出て正門に向かっている道中、冬部はジトりとした目で珠樹を見つめる。

 その視線の先にいる珠樹は、先ほど久米から預かった自殺を図った生徒達の個人情報に目を通していた。

 

「だって気になったんだもん。なんでこの学園ではこんなに自殺者が出るのかって。」

 

「気になったって…珠樹先生、僕たちは仕事をしに来てるんですよ。」

 

「分かってるわよ。これはあくまでも炎上問題の参考にするため。それに、対応する過程で自殺問題における学園側の指導の影響が何らかの形で判明したなら、それを改善するよう提案するのは学園側にとっても良いことじゃない。」

 

「まあ、そりゃあそうなんだけどよ。」

 

 釈然としない様子で冬部は頭を掻く。

 そうして3人は、今後の対応を協議するべく学園をあとにしようとする。

 

 そんな時であった。

 

 

 

 

「自殺だ!」

 

 叫び声が近くから聞こえてきた。

 

「えっ!!いま自殺って!?」

 

「っ!?行くぞ、恭一郎っ!」

 

「ハイッ!」

 

 弾かれるようにして、声のした方に冬部と恭一郎が駆け出す。

 現場では、開いた窓から男子生徒が部屋に入ろうとしているのが見えた。

 中を覗くと、既に部屋の中にはもう一人少年がいて、首を吊った女子生徒の身体を必死に支えていた。

 

「そのまま抱え上げてて!」

 

 恭一郎は上着を脱ぐと窓を飛び越えるようにして部屋に入り、少年と共に女子生徒の身体を持ち上げる。

 

「冬部先生!今のうちにロープを!」

 

「分かってる!」

 

 冬部は近くにあった椅子に登ると、女子生徒の首からロープを外す。

 恭一郎はぐったりとした女子生徒の身体を床に寝かすと、すぐさま蘇生処置を施した。

 ほどなく、女子生徒は「かはっ!」と咳き込み息を吹き返す。混乱した様子で周囲を見回すが命に別状はなく、後遺症の心配も無さそうだ。

 そこに携帯を持った珠樹が駆け付ける。

 

「大丈夫、恭一郎先生!いま救急車を呼んだけど。」

 

「ええ、なんとか大丈夫そうです。発見が早くて助かった…」

 

「そう、本当によかっ…あら?」

 

 珠樹は部屋にいる男子生徒の顔を見ると目を丸くする。

 つられて恭一郎も男子生徒の顔を見るが、そこには予想外の人物がいた。

 

「あれ?珠樹先生に恭一郎先生じゃんか。どうしてここにいんの?」

 

 珠樹にとっては異人館ホテル以来、恭一郎に至っては六角村以来となる、金田一少年との再会だった。

 




・アイドルイジメ動画拡散事件
 3年前に当時駆け出しのアイドルだった『雪原さやか』が、中学生の頃に同級生の女子たちからイジメられてる様子を撮影した動画がウェブ上で拡散した事件。
 犯人は中学時代にさやかをイジメていた当事者たちであり、アイドルとして活動し始めたさやかの事を「生意気だ」として昔のデブでブスだった頃の姿をネットに晒してやろうとしてやった。
 当初は『うぇぶすれっど』で炎上し祭り状態になったが、事務所側が弁護士に相談し、さやかをイメージガールとして採用したIT企業と共に毅然とした態度で法的処置を取る事を宣言すると流れが変わり、イジメに負けずアイドルとして活動をするさやかに対して同情的かつ応援する世論が形成される。
 
 それと同時にネット上では、さやかをイジメた女子たち特定する動きが始まり、程なく主犯たちの名前や住所、通っている学校やSNSのアカウントが特定され大炎上。自宅や学校に凸する者が現れる騒ぎになりテレビでも取り上げられる。

 ここに至ってイジメを行っていた側の保護者や学校も事態を把握し、さやか側の関係者と接触。当事者たちに話を聞いて動画の内容が本物であると判明すると、すぐさま親が娘たちを伴って謝罪した。

 最終的にはイジメを行っていた当人たちの謝罪、並びに賠償金として大学進学に向けて積み立てていたお金を崩し、総額500万円を支払う事で和解が成立した。
 この出来事でイジメを行っていた主犯たちは周囲に自分たちの悪行が知れ渡り腫物扱いされるような日々を送る事になり、親たちを大いに悲しませる事になり、ようやく自分達が愚かな事をしたと自覚し反省する事が出来た。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。